株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


エマニュエル・トッド著 「帝国以後」
「2050年前後にはアメリカ帝国は存在しない」


2003年12月15日 月曜日

訳者解題

対イラク戦争がついに開始されるまでの国連安保理の討議は、これまでの常識を覆すような驚くべき展開を見せた。アメリカに対する多数の理事国の頑強な反対である。その中心は言うまでもなくフランスで、非常任理事国のドイツの強硬な反対姿勢に支えられて真っ向から論陣を張り、伝統的なロシアと中国の反対姿勢を励ましつつ、イラク攻撃の明示的な決議をもぎ取ろうとしたアメリカの思惑を打ち砕き、アメリカを国際的孤立と正当性の欠如へと追い込んだ。トッドも「日本の読者へ」の中で指摘しているが、それはまさに本書末尾でトッドが提出しているいくつかの提案の一つ、すなわち安保理常任理事のポストをフランスとドイツが分かち合うという提案の、ほぼ完全な実現に他ならない。

このような事態を、例えぱ昨年のうちに想像し得た者は果して何人いるだろうか。私としては、このような事態はかなりの程度に本書のお蔭で実現した、という思い込みを禁じ得ない。一九九五年にシラクが初めて大統領に当選した時に客観的にトッドが果した役割は、フランスでは知らぬ者とていない。右派の大統領侯補としては、時の首相バラデュールに遅れをとっていたシラクは、トッドがサン“シモン財団主催の研究会で行なった発表からヒントを得た「社会的断層」というキャッチフレーズを掲げて、「疑似左派的な」キャンペーンを行ない、優勢を伝えられたバラデュールを破って当選したのである。

トッ ドはシラク陣営の「グル」などと呼ばれ、一躍時の人となった。実際はトッドはことさらシラクの参謀ないし顧問を務めたわけではなく、シラクが彼の発表からアイデアを盗み出して勝手に利用したというのが真相である。しかし結果的にシラクがトッドのお蔭で当選したことには変わりはない。そんな巧妙な利用をしたくらいであるから、シラクはもちろんトッドの真価をよく承知しているはずであり、当然、.本書も読んでいるはずである。

そういう訳で今回のフランスの、つまりシラク大統領の頑強な姿勢の背後には、トッドヘの「信頼」、彼の分析の正しさと先見性への確信が窺えるのである。イラクヘの武力攻撃への反対を貫いたことで、シラクの支持率はうなぎ上りのようであるが、だとすると彼は二度もトッドに救われたということになる。

もちろんシラクだけの力でそれが可能になったわけではない。何よりもドイツのアメリカに対する「独立宣言」に等しい外交姿勢の大転換が不可欠な要因となった。しかしこれにしても、本書の提案への積極的反応と考えることも不可能ではない。本書の刊行は昨年九月。ドイツでもベストセラーとなっていると聞く。当然、政権担当者たちも直接間接に読んでいると考えられる。

つまり本書はまさに顕在化しようとしていた潜在的状況を把握し、それを提示した。そして指導者たちは、いくぶんは本書を通して、いくぶんは本書から独立して、本書が分析した潜在的な事象の力に呼応した、ということではなかろうか。優れた書物が現実を変える、というのはそういうことなのであろう。そこまで考えると、中国は兎も角、ロシアの態度にも本書の影響が読み取れるとさえ言えそうであるが、どうであろうか。

本書は昨年九月に、同時多発テロの一周年に合わせて刊行されたが、あらゆる新聞・週刊誌に取り上げられ、たちまちベストセラーになった。 一一月に『フィガロ・リテレール』誌が行なった一〇人の代表的な書評担当者のアンケートでも、一〇篇の評判のノンフィクションの中で、本書だけはすべての担当者から積極的な評価を得て一位にランクされている。また論争誌として定評のある『デバ』誌は「エマニュエル・トッドの『帝国以後』をめぐって」という特集を組んで、前外務大臣ヴェドリーヌを含む四人の論客に本書を論じさせている。またイラク問題の緊迫化の中で、トッドは頻繁にメディアに登場しているようである。

また昨秋のフランス読書界の主たる話題の一つは反アメリカ主義であったようで、ジヤンーフランソワ・ルヴェルの『反アメリカの強迫観念』やフィリップ・ロジェの『アメリカという敵』等、フランスにおける反米主義の歴史的検討の本が相次いで刊行され、話題を呼んだ。あたかもアメリカ帝国の崩壊を予言する本書の衝撃に対抗しようとする問題提起が、本書を取り巻くように布陣しているかの観がある。しかしフランスにおける反米主義という問題の枠組みに本書が収まらないのはもちろんである。

ソ連邦崩壊以来、唯一の超大国となったアメリカ合衆国が古代ローマ帝国にも匹敵する(しかも地球全体への支配権という点では人類史上未曾有の)帝国をなしているという認識は、このところ急速に広まっている。これについて論じる著作はいずれも、アメリカ帝国の強大さを前提としており、その世界支配を道徳的立場から告発する論も少なくない。アメリカ帝国論としての本書の基本的性格は、そうしな言わば反体制的ないし異議申し立て的著作とは、根本的なスタンスを異にするという点であろう。

科学者であるトッドにとって、道徳的告発は無縁な立場である。第二の特徴は、アメリカ帝国の強大さではなく、その脆弱さを分析・研究し、その崩壊を予告している点である。これこそ本書の真骨頂であるが、いままで何者がこのような挙をなし得たであろうか。アメリカ帝国の衰退という、この何ぴとも抱 き得なかった観念によって、本書はフランス中に(おそらくはヨーロッパ中に)衝撃を与えた。まさに「予言者」の面目躍如というべきであろう。

アメリカ帝国の衰退という着想から遡ってみるなら、そのヒントはあるいはブレジンスキーやチャルマーズ.ジョンソンの著作の中に見つかったかも知れない。しかし複雑を極め錯綜するパズルを解く鍵を発見したのは、トッド自身であり、アメリカ帝国の衰退は本書の中で疑い得ない事実となり、次いで現実の中で確実な事実となりつつある。

なぜアメリカは脆弱なのか。トッドの挙げるその第一の理由は、貿易収支の赤字の急速な増大を通してうかがえる、工業生産の不振である。アメリカは半世紀前の旺盛な工業生産国ではなくなっており、自国製品の輸出によって輸入の代金を賄うことができない。ところがアメリカ人の消費はますます旺盛になって行き、輸入は増大の一途をたどっている。対等の国同士の対称的な交換関係を大幅に逸脱したこの輸入超過に、トッドは帝国としての構造の一端を見抜く。

つまり需要不足に喘ぐ世界全体にとってアメリカ合衆国は、あたかも国家予算によって需要を作り出してくれるケインズ的国家が一国の経済にとって果すのと同じ機能を果している。つまりアメリカ合衆国は世界全体にとっての国家なのである。ではそのような赤字はどのようにカヴァーされるのか。ドルという基準通貨の力が引き寄せる全世界からの資本の流入によってである。要するにアメリカ合衆国は全世界から集まった資金によって、消費の代金を支払っていることになるのであり、トヅドはそれをアメリカ合衆国の「略奪者」的性格と定義する。

このように世界から富を吸い上げる構造にトッドはローマ帝国のシステムと類似の帝国システムを見る。アメリカ合衆国は全世界からさまざまな形で貢納物を徴収し、それで自国民の過剰な消費を賄う帝国なのである。このシスナムによって消費を行うアメリカ国民は、あたかも帝国によって「パンと見 世物」を無償で提供された古代ローマの市民にもなぞらえられる。しかしアメリカは帝国として成功するための重要な条件、すなわち普遍主義を持たない。本国の市民権を属領の住民にまで拡大する普遍主義こそが、ローマ帝国の安定の要因であった。アメリカも第二次世界大戦直後は豊かで寛大な国として、普遍主義への傾斜を見せたものだが、近年はその普遍主義が著しく後退している。

こうした帝国的構造からトッドが引き出す命題は、アメリカ合衆国の世界に対する依存性に他ならない。すなわちアメリカにとって世界は不可欠だが、世界にとってアメリカは不可欠ではなく、むしろ不必要となっているということである。そもそもアメリカ合衆国は西半球の別天地で独自の自由な生活を調歌していたのが、ナチス・ドイツ(もっとも直接のきっかけは軍国日本だったが)、次いでソ連という、自由を脅かす全体主義から世界を護るために、懇願されてユーラシアヘと介入した。しかしソ連邦崩壊とともに自由のための守護者としてのアメリカ合衆国の役割は終わりを告げる

そこであり得た選択は、ユーラシアから撤退し、通常の国(ネーション)として健全な貿易収支の均衡を図りつつ生きるという道であったが、アメリカ合衆国はその道を選択しきれず、奇妙な帝国の道を歩み始めた。そうなると不必要かも知れない己の存在を糊塗し、己が世界にとって不可欠なものであることを証明しなければならない。そこで選ばれたのが、「弱者を撃つ」という手である。イラクなどの弱小国を世界に対する脅威に仕立て上げ、それに対して武力を行使する「小規模軍事行動主義」によって、己の必要性を納得させようというのである

しかしそのようにせわしなく軍事力をちらつかせるアメリカの態度は、いたずらに警戒心を掻き立てることになる。それも大国の警戒心を。ヨーロッパにとって、ロシアにとって、日本にとって、アメリカは世界秩序の守護者ではなく、世界秩序の安定の撹乱要因となるのである。その結果、それらの大国 は互いに連携を深めつつ、アメリカからの離反・独立を志向することになる。

具体的にトッドが最も可能性が高いものとして予測するのは、仏独の連携の強化による、アメリカの後見からのヨーロッパの独立と、さらに共産主義崩壊後の混乱から立ち直ったロシアとヨーロッパの協調である。今回、安保理を舞台に繰り広げられたフランスとドイツとロシアの連携は、まさにその見取り図の現実化に他ならなかった。まさに書物が現実を促し、現実もどんどん前進して、書物に追い付き追い越さんぱかりであった。

こうした展望の果てにトツドがアメリカ合衆国に寄せる勧告は、帝国を諦めて、ユーラシアから手を引き、普通の強国として、他の大国との間に対等の関係を築くことを受け入れることである。その上でトッドが想定する未来の世界は、唯一の国に支配される帝国ではなく、複数の大国が均衡を保って共存する複合的なシステムに他ならない。トッドにとっては、それこそが真の戦後の終結なのである。(P289−P294)

トッドは一九五一年生まれの気鋭の人口学者、人類学者で、ケンブリッジ大学で歴史学の博士号を取得。現在、国立人口統計学研究所(INED)の研究員を務める傍ら、通称「シヤンス・ポ」で名高い政治学研究学院(IEP)で講義を持っている。一九七六年に弱冠二五歳にして、当時、隆盛の一途をたどりつつあると思われたソ連邦の崩壊を予言した衝撃的なソ連研究の書『最後の転落』を刊行して、著作家としてデビュー。一九八三年に『第三惑星』で全世界の家族制度の定義と分類を完成させ、家族制度によって近代のイデオロギー現象を説明しようとする方法を確立する。さらに一九九九年には『経済幻想』によって経済学に進出した。本書はその意味で、人類学と経済学というトッドの足場をなす学問分野が有機的に統合された研究をなしているわけである。すでに二度来目しており、二〇〇〇年六月の二度目の来目からは、『世界像革命』(藤原書店)が生まれた。

エマニュエル・トッド著 「帝国以後ーアメリカシステムの崩壊」


(私のコメント)
昨日の夜のニュースでフセイン大統領の捕獲が報ぜられましたが、かつての独裁者の面影はなく、ひげ面の浮浪者に過ぎない老人だった。フセインを匿ってくれる国はあるはずもなく、7ヶ月も逃げ回っていたわけですが、ようやく身内の証言で隠れ場所を突き止めることが出来た。しかしフセイン一人をイラクから追放するのにアメリカは陸海空の大軍事力を動員した。

アメリカがアフガニスタンやイラクへ侵攻した理由としてはいろいろ挙げられていますが、一番大きな理由としては軍事的に弱体な国を見せしめのために血祭りにあげて、アメリカの軍事力の誇示にあったのだろう。しかし本書でエマニュエル・トッド氏が指摘するかごとく、この事は世界の国々の警戒心を掻き立てるだけに過ぎない。

アメリカな何故そこまで追い詰められてしまったのだろうか。弱者を攻撃するということが自分の強さを人に納得させる良い手とは言えない。人口2300万人足らずの低開発国に超大国アメリカが戦争を仕掛けることはみっともない事だという意識がアメリカ人の中から消えうせてしまった。第二次大戦以降アメリカは大国とは戦争をせず、北朝鮮や北ベトナムや中南米のパナマ・グレナダといった弱小国としか戦争をしていない。

はたしてそれらの国と戦争をする必要性が戦略的にいってあったのか疑問に思えるが、アメリカはソ連崩壊以降その存在意義を失ってしまっているから、よけいに血迷っているのだろう。ソ連が存在していてくれれば、ソ連が悪役を一手に引き受けてくれて、アメリカが正義の味方よろしくスーパーパワーを誇ることが出来た。

ソ連はなぜアフガニスタンへ侵攻したのであろうか。それは経済的ゆきづまりから国家的威信を見せつけるために、軍事的に弱体なアフガニスタンを手に入れて国家の威信を示すことにあった。経済的ゆきづまりを軍事力で打開しようとしたのである。これは現在のアメリカにそのまま当てはめることが出来る。まさにアメリカは経済的に行き詰まっている。

アメリカは自由世界のリーダーになることはおろか、世界と対決姿勢まで示し始めている。アメリカは国連が引き止めるのも聞かずにイラクへ侵攻した。湾岸戦争の頃のような世界の支持を取り付けることすら出来ないほど外交力は低下した。親米国家のトルコですら米軍の通過を拒否した。サウジやイランも協力を拒否した。

ロシアや中国はともかく、フランス・ドイツがアメリカの外交に反旗を翻すようになったことは、アメリカの孤立化を象徴するものだ。アメリカはもはやイデオロギー的にも外交的にも敗北は明らかになった。アメリカはこのような世界に対して報復するだけの力はもはやない。イギリスやオーストラリアやカナダといった伝統的友好国ですら国民の間では反米感情が高まっている。

唯一つ変わらない大国がある。それは日本だ。国民の間でも反米デモは起こらず、アメリカを支持し憲法を空文化してまでも自衛隊をアメリカ支援のために派遣しようとしている。世界の流れを読み取れない日本の政府と外務省の責任である。私自身「株式日記」でアメリカの没落を予言しているが、日本の識者でこのような見方をしている学者はごく少数だ。

エマニュエル・トッド氏はソ連の崩壊を予言して当てている。そのトッド氏が2050年前後にはアメリカ帝国は存在していないと予言している。その鍵となるのが日本の存在だ。アメリカの戦費に日本が協力しないだけでもアメリカ・システムの崩壊には十分かもしれないと指摘している。この意見には私も賛成だ。

アメリカは日本に見捨てられれば崩壊する運命にある。その事を知らないのは日本のバカ学者や評論家達だ。私はこの事を「株式日記」で何度も指摘している。素人の私が言っても信用されませんが、エマニュエル・トッド氏の「帝国以後」を読んでほし
い。




竹村健一、岡崎久彦氏の歴史認識不足を指摘する!
日本の延べ22万の陸軍のシベリア出兵を忘れるな!


2003年12月14日 日曜日

◆岡崎久彦  「百年の遺産-日本近代外交史(32)」

日英同盟の後半期の試練は、英国がその存亡を賭(か)けている欧州大戦に、同盟国としてどこまで協力するかでした。しかし、日本は結局、陸兵の派遣は見送り、海軍も巡洋戦艦の要請は断って駆逐艦の派遣にとどめました。

 日本が積極的でなかった一つの理由は、日英同盟の主な目的地域はインド洋までということでしたが、駆逐艦を地中海に出しているのですから、理由になりません。むしろ、日本が虎の子の巡洋戦艦を失うと、戦後の軍事バランスで不利になるという計算があり、さらにその裏には、山県有朋は白人間の戦争が終わると、今度は白人諸国が連合して日本に向かってくるとまで考えていました。

≪日本と対照的な米国≫

 こうした日本の中途半端な姿勢に対して、米国は桁(けた)はずれの大軍と大艦隊を送りました。それだけでも、戦後処理の過程で英仏が日本より米国の言い分を聞いたのは自明の理です。後年日英同盟廃棄の際、英連邦側の中で、賛否両論が伯仲していたことを考えると、日本がもう少し同盟の証しを立てるゼスチュアを示していれば、あるいは結果は変わっていたかもしれないと思うと残念です。

◆第一次大戦 シベリア出兵

1918年8月、日本はシベリアに出兵した。直接の目的はチェコ軍の救出だったが、実際はザバイカル州以東に白色傀儡政権を樹立することだった。そして1922年10月、4600人の戦病死者を出し撤兵した。・・・最盛時3個師団(7万人)で4年3ヶ月戦ったにしては軽微な損害だった。この4年3ヶ月はちょうど第1次大戦と同じ長さだ。

(中略)

この戦いに参加した日本兵は延べ約22万人だった。参加した兵士は参戦の理由に納得がいかなかったと戦後も長く語った。始めはともかく政治家、軍人、外交官すべて後半は形作りで駐兵の理由などなかったのだろう。

徴兵軍の兵士は考える。それでも日本軍の兵士は国の要請に従い、それが義務だと思い戦った。ある者は極北の地に倒れた。そして彼らの倒れた早春の頃、想いだそう。やはり彼らは英雄だったと。

彼らはおそらく第1次大戦で最後に倒れた兵士だった。彼らを描写する言葉は全てが始まった時1914年9月ロイドジョージの演説がふさわしい。

「国家にとって必要な永久に続く偉大なこと、それは平和の時代には忘れられている。名誉、義務、愛国心だ。輝く白衣につつまれて犠牲の偉大な尖塔ははるかなる天空を指している。」

そして4年3ヶ月はシベリアが流刑地でなかった短い一瞬でもあった。

◆第一次大戦 日本軍派兵決定

これまでも英仏から東部戦線または西部戦線への派兵を要求されていた。ただ陸軍という組織は非常に国内・周辺的だったから連合国の言う大義については当初から理解を示さなかった。

シベリア派兵でも英仏が要請した目的は2点あり、東部戦線の維持と干渉戦争にあった。東部戦線の維持とはそこに貼りつくドイツ50個師団を釘付けにする目的だ。また干渉戦争とはボルシェビキ政権を打倒し再度連合国にたって戦う政府の樹立を目指した。後者はイギリスとくにチャーチルが主導したものでイデオロギー的なものも含まれていた。但しロイドジョージは疑問だったようだ

ところがアメリカのウィルソンはボルシェビキ政権を説得により自陣営に組み入れる事が可能とみていた。これを理由として日本軍の派遣に反対していた。ウィルソンとしては友邦とみなした日本と共同出兵を行い、英仏を牽制したかった。

◆第一次大戦 シベリア撤兵完了

この戦いは第1次大戦の後遺症だが、始めは重なっていた。この時の日本の指導者は大アジア主義の影響を受けていなかった。日本と中国が共同して欧米諸国と戦うというのは、論理の世界からは無理があり、以降もまともな政治家が信念として保有したわけではない。西園寺(*)、松方は親仏、原、幣原は親米、加藤(高)は親英といずれも連合国を支持しておりまた親といっても気分上のことで政策で対立するものではなかった。

もちろん大戦中に陸上兵力を派遣すべきだとの声は強かった。しかし誰もが短期戦と思い躊躇しているうちに西部戦線の悲惨な塹壕戦が伝えられ、今度は損害を考慮して派兵は見送られた。だが終盤となり小規模な派遣と見通されるシベリア出兵であれば、領土・威信・義理すべてをカバーするように思われた。そして日米共同出兵の形がとれ8ヶ国の多国籍軍の指揮権も得られた。

しかし中心となるべき陸軍は多国籍の軍人をリードするだけの抱負、識見、能力に欠けていた。とくに東部戦線の構築と白色政権樹立に生死をかけて戦っている英仏に迫力でかなうことはできなかった。一方アメリカは対英仏に、日本の大兵力展開を自分の外交的力、すなわち日本への影響力を行使することにより見せつけるという外交カードとして利用した。これはウィルソンのパリ講和会議でのリーダーシップの発揮に有益と考えられた。そしてウィルソンはボルシェビキをも善意により取り込めると考えた。

しかしこのような外交的駆け引きは戦後世界で列強の一員としてあれば十分だと考える日本とは距離があった。すなわち余りにも急速に事態が進展したためしばしば自分で方針や目的を決定せねばならない立場に追い込まれた。これは日本の追求する戦争のやり方ではなかった。本来他の連合国に依頼されて動くはずだった。

第1次大戦以降ヨーロッパは没落した。そして世界の中心はアメリカに移った。日本はこの潮流にいち早く気付いた国かもしれない。第1次大戦終了後しばらくしてイギリスは世界政策のなかではアメリカに決して抵抗しない道を選びその一環として日英同盟を廃棄した。日本は不愉快ながらも幣原外交のもと親英米路線を守った。しかしシベリアから早期に撤兵しないことは日本が近隣での領土拡大を狙っているとアメリカに思わせた。

それでもアメリカは伝統的外交カード日本を棄てることはできず、不承認政策で臨んだ。この不承認政策はアメリカが武力行使を行った国にたいする最も弱い措置だった。だが陸軍が大アジア主義を標榜し本当に武力行使を始めたとき、イギリスのとった策、アメリカ追随を容れることはできず、結局広田弘毅らは論理矛盾を内包する独自外交を追及することになった。(後略)


(私のコメント)
今朝のフジテレビの「報道2001」で竹村健一氏が、日英同盟が廃棄されるきっかけになったのは、日本が第一次大戦で陸軍をヨーロッパに派遣しなかったからだと解説していました。確かに西部戦線には派兵はされませんでしたが、しかし東部のシベリア戦線には日本は延べ22万の陸軍を派兵している。

同じことは岡崎久彦氏も指摘しているが、どういうわけかシベリア出兵には触れていない。竹村健一氏や岡崎久彦氏が言いたいのは、今回のイラク派兵に協力しないとアメリカは日米安保を破棄するかもしれないよと恫喝しているわけですが、歴史的無知を自ら示している。

ドイツ帝国とソビエトの講和は1918年3月に成立しましたが、東部戦線に張り付いていたドイツ軍50個師団は直ちに西部戦線へ投入することが出来なかった。それはソビエト自身が信用できるものではなく、白軍との内戦状態にあり、白軍が勝利すれば再び東部戦線が復活することになり、ドイツも軍隊を移動させることが出来なかった。

日本のシベリア出兵もロシアに取り残されたチェコ軍の救援と白軍支援のためですが、この事がドイツ軍50個師団の釘付けとなり、第一次大戦の連合国勝利の大きな要因となった。しかしこの事は日本の歴史教育には教えられていない。日本の知識人や評論家の歴史知識はこの程度であり現在の日本の戦略形成の大きな妨げとなっている。

さらには米英仏の要請で日本軍はシベリア出兵しましたが、その後米軍などは勝手に撤兵してしまい、日本軍のみがシベリアで戦うはめになってしまった。今回のイラク派遣もアメリカ軍が勝手に撤退してしまって自衛隊だけが取り残される、といった事になる可能性もあります。つまりアメリカという国は外交に非常にブレがあり、小泉首相がブッシュ大統領にべったりなのは危険だ。

竹村健一氏の言うがごとく、イラク派遣に協力しなければアメリカは日本に対してリベンジしてくるよと警告していますが、それならば日本もアメリカ軍に出て行ってもらう事を警告したほうがいい。アメリカはニクソン大統領の頃から日本の弱体化政策を始めている。湾岸戦争で日本は軍を出さなかったからアメリカは報復してきたとか言いますが、そんなことは関係なく長期的視野で日本の弱体化を謀っているのだ。それを前提として日本の戦略を立てるべきである。その証拠に次のニュースを見てほしい。アメリカは信用できない国だ

◆「日本抑制は米の利益」 故ニクソン元米大統領、中国に明言

1972年2月、ニクソン米大統領(当時)が訪中した際、周恩来首相(同)に対し「太平洋の平和のため、日本を抑制することが米国の利益と信じる」と明言していたことが11日までに会談議事録から明らかになった。

 会談ではまた「米中のいずれかが日本について情報を手に入れたら相手に通知しよう」と提案した周氏に、ニクソン氏が「完全に秘密にできるようにすべきだ」と賛成。同席のキッシンジャー大統領補佐官(同)は「米中は直接話すべきで、間接的に日本を通すのはやめよう」と日本排除を提案していたことも判明した。

 当時、急速な経済成長を続けていた日本に、軍事大国化を懸念する中国だけでなく、同盟国・米国のトップが根深い警戒感を明確に示していたことが裏付けられた。

 米中国交樹立に道を開いた当時の歴史的会談については、これまで議事録の大部分が公表されているが、判明部分は外交関係に微妙な影響を与えるとして非公開だった。米国立公文書館が、民間シンクタンク「国家安全保障公文書館」の求めに応じ、11日までに機密解除した。


 会談では、日本の台湾への軍事的進出を懸念する周氏に、ニクソン氏が「米軍が日本に駐留しなければ、日本人は(台湾に進出させまいとする米国の意図を)気にも留めないだろう」と述べ、日本の台湾進出を防ぐためにも米軍駐留が必要と強調。日本が台湾独立を支持しないよう影響力を行使すると約束している。(共同)





「慎重な敗退」 ポール・クルーグマン 12月12日
アメリカが撤退時期を探っているのに出兵する小泉首相


2003年12月13日 土曜日

A Deliberate Debacle

慎重な敗退


James Baker sets off to negotiate Iraqi debt forgiveness with our estranged allies.And at that very moment the deputy secretary of defense releases a "Determination and Findings" on reconstruction contracts that not only excludes those allies from bidding, but does so with highly offensive language.What's going on?

ジェームズ・ベーカーは私たちの疎遠になった同盟国とイラクの負債免除を取り決めるために出発します。また、そのまさに瞬間では、国防副長官は、入札からそれらの同盟国を除外するだけでなく非常に攻撃的言語でそうする、復興契約に関する「決定および調査結果」をリリースします。何が起こっているのだろう。

Maybe I'm giving Paul Wolfowitz too much credit, but I don't think this was mere incompetence.I think the administration's hard-liners are deliberately sabotaging reconciliation.

恐らく、私はポール・ウォルフォビッツのあまりにも多くの功績を認めています。しかし、私は、これは単なる不適当ではなかったかと思います。私は、政府の強硬派は慎重に和解をサボタージュしていると思います。

Surely this wasn't just about reserving contracts for administration cronies.Yes, Halliburton is profiteering in Iraq will apologists finally concede the point, now that a Pentagon audit finds overcharging?And reports suggest a scandal in Bechtel's vaunted school-repair program.

確かに、これはちょうど管理契約の保存に関係していませんでした。まさしく、ハリバートンはイラクで暴利をむさぼっています。弁解者は最後に今ポイントを与えるでしょうか。ペンタゴンの監査は不当要求して見つけます? また、報告書は、ベクテルの自慢の学校修理プログラム中のスキャンダルを示唆します。

But I've always found claims that profiteering was the motive for the Iraq war as opposed to a fringe benefit as implausible as claims that the war was about fighting terrorism.There are deeper motives here.

しかし、私は、不当暴利行為が戦争がテロリズムと戦うことに関係していたというクレームほど本当らしくない給付に対立するものとしてのイラクの戦争の動機だったというクレームを常に見つけました。より深い動機がここにあります。

Mr. Wolfowitz's official rationale for the contract policy is astonishingly cynical:"Limiting competition for prime contracts will encourage the expansion of international cooperation in Iraq and in future efforts" future efforts?and "should encourage the continued cooperation of coalition members."Translation:we can bribe other nations to send troops.

ウォルフォビッツ氏の契約保険用の論理的基礎は驚くほど皮肉です。「元請契約のための競争の制限は、イラクおよび将来の努力で国際協力の拡大を促進するだろう」将来の努力? そして、「連合メンバーの継続的な協力を促進するべきです。」翻訳すると、私たちは、軍隊を送るように他の国家を賄賂で誘惑することができます。

But I doubt whether even Mr. Wolfowitz believes that.The last year, from the failure to get U.N. approval for the war to the retreat over the steel tariff, has been one long lesson in the limits of U.S. economic leverage.Mr. Wolfowitz knows as well as the rest of us that allies who could really provide useful help won't be swayed by a few lucrative contracts.

しかし、私は、ウォルフォビッツ氏さえそれを信じるかどうか疑問に思います。昨年は、鉄鋼関税に関する撤廃への戦のために国連の承認を得ることの失敗から、米国の経済レバレッジの範囲の1つの長い授業でした。ウォルフォビッツ氏は、有用で、実際に提供することができる同盟国が支援する私たちと同様に知っています。少数の有利な契約によって動かされないでしょう。

If the contracts don't provide useful leverage, however, why torpedo a potential reconciliation between America and its allies?Perhaps because Mr. Wolfowitz's faction doesn't want such a reconciliation.

しかしながら、契約が有用なレバレッジを提供しない場合、なぜアメリカとその同盟国の間の潜在的な和解を、恐らくウォルフォビッツ氏の党派がそのような和解を望まないので壊すだろうか。

These are tough times for the architects of the "Bush doctrine" of unilateralism and preventive war.Dick Cheney, Donald Rumsfeld and their fellow Project for a New American Century alumni viewed Iraq as a pilot project, one that would validate their views and clear the way for further regime changes.(Hence Mr. Wolfowitz's line about "future efforts.")

これらは、単独行動主義と予防戦争の「ブッシュドクトリン」の戦略家のためのつらい場面です。ディック・チェイニー、ドナルド・ラムズフェルド、および出身者が計画(それらの見解を有効にするもの)としてイラクを見て、一層の政権に活路を開く「新しいアメリカの世紀」のそれらの仲間プロジェクト (従ってウォルフォビッツ氏の「将来の努力」に関するライン)は変わります。

Instead, the venture has turned sour and many insiders see Mr. Baker's mission as part of an effort by veterans of the first Bush administration to extricate George W. Bush from the hard-liners' clutches.If the mission collapses amid acrimony over contracts, that's a good thing from the hard-liners' point of view.

代わりに、ベンチャーは持っています。強硬派からジョージ・W.ブッシュを脱出させるために、多くの部内者が、父親のブッシュ政権のベテランによる努力の一部としてベーカー氏の使命を見ます」。使命が契約に関する辛辣さ(それは強硬派からのよいものである)の中に崩壊する場合の視点です。

Bear in mind that there is plenty of evidence of policy freebooting by administration hawks, such as the clandestine meetings last summer between Pentagon officials working for Douglas Feith, under secretary of defense for policy and planning and a key player in the misrepresentation of the Iraqi threat and Iranians of dubious repute.Remember also that blowups by the hard-liners, just when the conciliators seem to be getting somewhere, have been a pattern.

禿鷹によって海賊行為をする政策を示す多くの証拠が、ダグラス・ファイトのもとで働くペンタゴンの職員間に秘密の夏の会議のようにあると心に留めておってください。ちょうど懐柔者がどこかに得ているように見えると、さらに強硬派によるその爆発を思い出す、パターンでした。

There was a striking example in August.It seemed that Colin Powell had finally convinced President Bush that if we aren't planning a war with North Korea, it makes sense to negotiate.But then John Bolton, the under secretary of state for arms control, whose role is more accurately described as "the neocons' man at State," gave a speech about Kim Jong Il, declaring:"To give in to his extortionist demands would only encourage him and, perhaps more ominously, other would-be tyrants."

8月に著しい例がありました。コリン・パウエルは私たちが北朝鮮との戦いを計画していなければ交渉することが意味となすとブッシュ大統領にとうとう確信させたように見えました。しかし、その後、ジョン・ボルトン、軍備制限のための国務次官、その役割は、「ネオコンの人」とより正確に評される。キム・ジョンイルに関するスピーチで「彼の搾取者要求に屈服することは単に彼を激励するでしょう、そして、恐らくより不気味な独裁者に他ならない。」と宣言した。

In short, this week's diplomatic debacle probably reflects an internal power struggle, with hawks using the contracts issue as a way to prevent Republican grown-ups from regaining control of U.S. foreign policy.And initial indications are that the ploy is working that the hawks have, once again, managed to tap into Mr. Bush's fondness for moralistic, good-versus-evil formulations."It's very simple," Mr. Bush said yesterday."Our people risk their lives....Friendly coalition folks risk their lives....The contracting is going to reflect that."

要するに、今週の外交敗退は、恐らく契約を使用して、鷹派と、党内抗争を反映します。共和党が米国の外交政策のコントロールを回復するのを防ぐ方法として出ます。また、最初の表示は、鷹派が持っている策略が働いているということです、もう一度、ブッシュ氏の道学者的な、よいに対して有害な公式化の愛好をどうにか利用したとブッシュ氏は、「それは非常に単純である」と昨日言いました。「私たちは彼らの生命を危くします。。。。親しみのある連合は生命を危くします。。。。収縮はそれを反映するでしょう。」

In the end the Bush doctrine based on delusions of grandeur about America's ability to dominate the world through force will collapse.What we've just learned is how hard and dirty the doctrine's proponents will fight against the inevitable.

結局、力によって世界を支配するアメリカの能力に関する誇大妄想に基づいたブッシュの主義は崩壊するでしょう。私たちがたった今学習したものはそうです、どれくらい激しく、また主義の提案者を不潔にする、避けられないものと戦うでしょう。

Originally published in The New York Times, 12.12.03


(私のコメント)
最近のアメリカ政府の政策の迷走ぶりは、ポール・クルーグマン氏が指摘するまでもなく、ネオコンの内部同士にも意見が割れ始めている。ウォルフォウィッツ国防副長官がイラクの復興事業から独仏を排除すると言ってみれば、ブッシュ大統領も同意したのにたいし、クリストルやケーガンなどのネオコンの論客が「愚かである」と批判しました。

この事はベーカー元国務長官が行っているイラクへの債務削減交渉に影響を与え、独仏などの協力は得られなくなることを意味します。ブッシュ大統領と国防副長官は発言を撤回せざるを得ないだろう。さらにもっと悪いことはハリーバートンに水増し請求疑惑が持ち上がり、関係しているチェイニー副大統領もスキャンダルに巻き込まれそうだ。

チェイニー副大統領はエンロン疑惑でも名前が浮上しましたが、対イラク戦争でなんとか誤魔化すことができました。彼らは自分のスキャンダルを誤魔化すために戦争を始めるような狂った人々だ。少なくとも戦争を続けている限り副大統領を非難することは非国民と言うことになり批判は免れる。しかしこんなことが何度も通用するわけがない。

またラムズフェルドがイラクへの駐留軍を13万から10万人へ減らすと発表して間もなく、海兵隊が3000人増強されたりと混乱している。ブッシュ大統領にはもはや政権をまとめる力がなくアメリカの政策に一貫性がなくなっている。イラクへの占領軍派遣が大幅に増強できない以上は全面撤退しか選択肢はない。少数だけの軍隊を駐留させておくことはゲリラの攻撃目標にしかならない。

イラクのゲリラは携帯式のロケットや対空ミサイルで武装しており、また反米感情もこれだけ強いところでは制圧することは無理なのだ。ペンタゴンの高官が予測したとおり40万人以上の兵力でないと制圧できないことがハッキリした。今日のニュースでもポーランド兵と米兵がテロで戦死している。

日本の親米派の言論人たちは、それでもブッシュ大統領は再選され、日本はイラクへ自衛隊を送れなどと、テレビに出まくって煽動しているが、彼らの言動も支離滅裂であり、小泉首相の説明も憲法の一部だけを引用したデタラメなものだ。テレビの報道ディレクターたちは小泉首相を支援して来たために、日本が戦争中の国へ兵力を派遣することを認めた首相を支持したことになる。

今頃になってテレビは盛んにイラク派兵反対の論調の報道をしているがもはや手遅れだ。小泉首相の正体に気が付くのが遅すぎたのだ。このまま日本はアメリカの命ぜられるままに軍隊を海外へ派兵する前例を作りつつある。まさに日本のマスコミが軍国主義復活の手助けをした事になる。今回は国連軍として行くのではなく、日本の独自判断で派兵するわけだから、これからはどこへでも派兵できる前例を作った事になる。もはや憲法は歯止めにならず憲法は空文化した。

憲法改正は民族保守派の主張でもありましたが、憲法の空文化はそれよりも過激な軍国主義への道筋をつけたことになります。憲法の前文の一部だけを拡大解釈すればどうにでもなるのだ。小泉首相は総選挙が終わったとたんイラク派兵を決め、年金控除の廃止も決めた。あと3年は総選挙はないのだからやりたい放題の事が出来る。日本は恐ろしいことになってきた。




ハリウッド映画 「ラストサムライ」トム・クルーズ主演
葉隠武士道と徳川武士道は仏教と儒教の哲学の違い


2003年12月12日 金曜日

トム・クルーズは「アメリカの顔」だ。この20年間、アメリカのあらゆる価値観を、あますところなく体現してきた。
 『卒業白書』では資本主義と快楽主義を、『トップガン』では軍国的な愛国主義を、『7月4日に生まれて』では正義と慈悲を求める理想を、そして『レインマン』では平等と友愛の精神を――。さわやかな笑顔とたくましい肩で、クルーズはアメリカ的なカリスマ性を世界中に振りまいてきた。
 そんなアメリカの顔が、新作『ラスト・サムライ』で初めてアジアへ進出した。
 クルーズ演じるネイサン・オールグレンは、南北戦争の記憶に苦しむ軍人。1876年、日本の明治政府の要請を受け、近代的軍隊を訓練する教官として日本に赴く。
 だが、オールグレンは反乱軍の武士たちに捕らえられ、村へ連行される。その村で武士道の精神に触れた彼は、祖国とアメリカ的な考え方を捨てて、日本文化が重んじてきた価値観を選ぶ。
 「武士道というと、よく刀や戦いのことを思い浮かべる」と語るのは、共演した渡辺謙。渡辺は、オールグレンに武士の魂を教える勝元を演じている。
 「でも日本人の体に染みついた武士道って、年輩者を敬う、約束は守る、自分を律する、子供を守るといった精神的な部分じゃない? そういう根源的な、道徳面のほうが武士道の本質に近いと思う」
 クルーズがオールグレン役を引き受けたのも、そんな精神に引かれたからだ。
 「名誉、忠誠心、慈悲。こうした美徳にすごく共感を覚えた」と、クルーズは言う。「武士道のおきてを初めて読んだとき、友人たちにもファクスした。おきての純粋さを、僕が大切にしたいものをわかってほしかったから」
 そうした精神は、現代のアメリカ社会では見つけにくいものなのだろうと、渡辺は考える。「アメリカは日本や欧州よりも合理的な社会をつくり上げてきた。そういう精神世界をあまり意識しないまま大人になるから、よけいにサムライに引かれるんだと思う」
 もっとも一般のアメリカ人は、武士道というものが存在することさえ知らない。武士の精神や日本文化を正面から取り上げたハリウッド大作は、過去に一つもない(関連記事56ページ)。
 そこに登場したのが、世界的な大スターを主役に迎え、1億3500万ドルをつぎ込んだ超大作。史実を尊重し、日本の習慣や建築物、衣装を忠実に再現しようとした『ラスト・サムライ』は、まさに異色の存在だ。
 しかもタイトルロールの「最後のサムライ」は、クルーズではない。西郷隆盛と山岡鉄舟をモデルにした勝元こそ、悲劇の英雄だ。
 「正直言って、初めは実感がなかった」と、渡辺は言う。「規模も内容も途方もない話のような気がして、マジでやる気なのって少し斜に構えていた」(後略)

最後の武士たちの戦いを描くハリウッドの挑戦 ニューズウィーク

武士道って何?

「武士の道です」といえばそれまでですが、日本の国も二千年前後の歴史を有し、島国とはいえ外国との関係も相当あったわけで、武士の道もいろいろと変化してきました。また、武士道に関係の深い「切腹」の意義などを考えると、それは国家観の問題につながっていきます。
その変化を知ることが、「日本の今」を知ることになるのです。
難しくいえば、「武士道とは、行政主体(国、公共団体、幕府、藩)を担う公務員や武士の職業倫理ないしは統治の理念である」といったところでしょうか。

武士道の二つのタイプ

この博物館では、武士道を大きく2つに分けて紹介していきます。
1葉隠武士道  2徳川武士道です。そして 1は更に、竜造寺隆信型と鍋島直茂型に、 2は水戸型、会津型、そして、徳川本家型に別れます。
2はよいとして、 1は初めて聞いた、とか忍者の本かな、などと誤解している方があるかもしれませんね。葉隠は、1716年、享保元年に、九州の佐賀藩に成立した本です。元鍋島藩士だった山本常朝(じょうちょう)という隠者が、田代陣基(つらもと)という若侍に語った内容を、陣基がまとめたものといわれています。ちょうど徒然草みたいなものといってもあながちまちがいではないでしょう。

武士道というと、一般には 2の方がイメージされると思います。むしろ、 1と 2との違いなど意識されないことの方が多いでしょう。しかし、この2つは明らかに異なり、その違いを良く認識することが大切です。
では、葉隠武士道と徳川武士道とのちがいはどこにあるのかといいますと、東大名誉教授の相良亨先生も述べておられますが、前者は仏教(特に禅宗)をバックボーンとし、後者は儒教(ただし、日本化されたそれ)をバックボーンとしている点にあります。2つの武士道の細分化された中身についてはおいおい説明していきますが、とりあえずこの2つのタイプを歴史的に考え、特に葉隠武士道の意義を紹介するのがこの博物館の目的です。

儒教武士道による法治主義

即ち仁義礼智信という人倫五常の道などということを正面に据えての武士道、先年、当時の細川首相が米国で講演した新渡戸稲造の「武士道」などがそれです(岩波文庫にありますから読んでみて下さい。頭がコチコチになりますよ。しかし、一般には武士道というと、これのことだと思われていて、ながい間、葉隠も、それといわば「十把一からげ」にされているのです)。
 そういう儒教的な武士道というものが、このあたりででき上がりました。この武士道は情や実の中世武士道に対して、合理的で知性的で、悪くいえば形式的です。そしてそのことが法的な意味を持った典型的な事例が、例の赤穂浪士の処分なのです。
 赤穂浪士が敵討ちをしたときに、彼らをどう処断しようかということが問題になりました。幕府がいろいろな学者に聞いたところ、儒者荻生徂徠曰く、「これは私情としてはかわいそうだけれど、公的にみると明らかに違法なんだから責任とってもらいましょう」と。そしてそれが通った。大義名分というものをピチッと通さなきゃだめと、違反したものは違反という、いわゆる「法治主義」。形式を重視する主義が出てきたというわけです。
 徂徠には「明律国字解」など明の法律を解説した大著があります。

葉隠れの武人たち

葉隠に因む武人は沢山います。とりあえず取り上げたい人として、明治以降では乃木希典大将、空閑昇少佐、肉弾三勇士、そして大空のサムライ・坂井三郎氏など。
 これらの人物の内の一体だれが葉隠的人物であるのかは議論の別れるところです。
 私は、著書「大空のサムライ」の中で、葉隠にもふれておられる零戦のエース坂井三郎氏こそ真に葉隠的な生き方、あるいは戦い方をされてきた人物ではないかと思っております。坂井氏は日華事変以来第二次大戦終末まで、96式、あるいは零戦のパイロットとして60数機の敵機を撃墜した空のエースであられ、その経験談は数々の著書にも書かれております。2年半程前、機会があって坂井氏のお話を伺うことができ、私は、上記のとおり坂井氏こそ葉隠的武人であるとの感を深くしました。是非多くの方々に坂井氏のお話を聞いていただきたいものと思っています。
 坂井氏のお話には、戦争という極限状態を経験した方でなければわからない緊張感、切実さがあるとともに、正に鍋島直茂のいう「実」をもって物事を判断し、死地を脱出してきた方の、あらゆる場面に応用できる人生の知恵、あるいは、企業や国家の方針・生き方というものが示されているのです。

武士道バーチャル博物館

葉隠 聞書第一 聞書第二

(私のコメント)
ハリウッド映画でトム・クルーズ主演の「ラストサムライ」が公開されていますが、私はまだ見ていません。ビデオやDVDで買った映画を見る時間もないからですが、ハリウッド映画としては時代考証も比較的なされているようだ。映画ですから史実に比べて違うからどうこう言うより、アメリカ人がサムライというものをどのように捕らえているかを見るべきなのだろう。

トム・クルーズが演ずるのは南北戦争やその後のインディアン撲滅戦争で傷ついたオールグレン大尉は明治政府の雇われ軍事顧問として日本に来るわけですが、腐敗した明治政府と不平士族の対立をみて、西郷隆盛がモデルと思われる勝元に引かれてゆくわけです。西郷隆盛こそ葉隠れ武士の見本のような人物で、徳川武士的な明治政府の官僚と対立するのは当然のことなのだろう。

私は武士道といっても三島由紀夫の書いた「葉隠れ入門」を愛読書にしていたのですが、三島由紀夫は戦国武将には興味を示さず、徳川時代の武士道しか興味はなかったようだ。つまり徳川武士道で「葉隠」武士道を解説していたわけです。だからいわゆる武士道は葉隠から徳川型に進化していったのかと思っていましたが、二つの武士道は対立するもののようだ。

戦国のサムライは主君を何人も代わる事が当たり前だった。戦に負けるたびに主君に詫びて許しを請う。負けた主君は敵に捉えられ首を打たれるわけですが、戦国のサムライは許してくれた主君の「情」に対して「追い腹」するわけです。だから徳川時代の忠臣蔵に見られるような刑罰といしての「切腹」とは意味合いが異なります。

だから見た目は全く同じサムライであるにしても、葉隠れ武士もいれば徳川武士も混在しているわけで、西郷隆盛と大久保利通の対立は根が深い問題なのだろう。明治時代の乃木希典大将は日露戦争で多くの将兵を死なせた。それを明治天皇は許してくれた。その「情」にたいして「追い腹」をしたのだろう。だから乃木大将は葉隠れ武士だった。

ところが昭和天皇は大戦に負けたにもかかわらず首を打たれることはなかった。そして乃木大将のように多くの部下を死なせたにもかかわらず、お詫びをすべき天皇自身が人間宣言をして生き延びてしまったのだから、葉隠れ武士も呆れて「追い腹」も出来なくなってしまった。戦後における日本の武士道精神の崩壊はここに原因があるのだろう。




リドリー・スコット監督 「ブラック・ホーク・ダウン」
イラクへ出征する自衛隊員におくる映画


2003年12月11日 木曜日

リドリー・スコット監督作品(『ハンニバル』『グラディエーター』『GIジェーン』)。1993年10月にソマリアで行われた米軍の作戦行動を記録したマーク・ボウデンの原作(訳書のタイトルは『強襲部隊』。映画公開に合わせて『ブラックホーク・ダウン』に改題)を映画化したもの。何はともあれ、本作が『病院狂時代』(1982)や『キャット・ピープル』(1981)以来の、まともに見られるブラッカイマー映画であることを喜びたい。

 原作にはアメリカ人兵士とソマリア人の双方の視点があったが、本作はアメリカ人兵士の側に焦点を絞り、「ハリウッド・スター・フレンドリー」な形にストーリーをいくらか変更している。その背後には明らかにアメリカ人にとってのfeel-good movieにするという意図があるけれども、リドリー・スコットとジェリー・ブラッカイマーという固有名詞から想像するものと比べるとずっと穏健なものだった。日本人ジャーナリストによる『ソマリア ブラックホークと消えた国』という本(お勧めしない)には、ソマリアの屋外映画館で一緒に本作を見たソマリア人たちが、「ブラックホークが撃墜されるシーンや、アメリカ軍兵士に銃弾が命中した時など、全員が立ち上がり拍手喝采を送っていた」という記述がある。本作はソマリア人がそのように楽しめるぐらいに中立的だったと言えるのかもしれない(ただし、ソマリアで上映されていたものは大幅にカットされていたとのこと)。

 基本的には、ハリウッド戦争映画のセンチメンタリズムを排して、戦場にいる兵士たちの混乱をリアリスティックに描くというアプローチをとっている。ただ私には、そのドキュメンタリー・タッチのアプローチが中途半端であるように思えた。描写がリアリスティックであればあるほど、部隊からはぐれた兵士たちのコミック・リリーフや、致命傷を負った兵士をめぐる思い入れたっぷりの場面などが邪魔に思えてくる。もちろん、そういうものを入れないとポスト9.11事件の娯楽映画として成り立たなくなるという判断があったわけだが、最終的にできあがったこのミックスは最適なものと感じられない。ただし、そのような夾雑物を無視して楽しめるほど、他の部分に迫真性があったことはたしか。

 ソマリア人の描写はほとんど西部劇のインディアンや『バタリアン』のゾンビや『スターシップ・トゥルーパーズ』の虫のレベルで、原作を読むと、これはどうやら本当にそういうものだったようだ。ソマリア人たちが撃たれるのがわかっているのに突撃してくるとか、相手の弾はほとんど当たらず、こちらのはどんどん当たるというような「リアリティのない設定」は、アメリカ人の兵士たちの体験と実感に基づいている。映画では描写が控えめだったけれども、基地への帰還時に車輌に乗り損なった兵士たちは、視野に入ったソマリア人を片っ端から撃ちながら道路を走り、全員が生還した。クリントン政権の日和見的な態度が引き起こした大失策ということになっていても、戦闘そのものは間違いなく非対称的だったのである。

 米軍にとっては小規模なオペレーションであり、原作があまりにも網羅的なものなので、この事件を別の視点から取り上げるアメリカ映画が近いうちに作られるということは考えにくい。膨大な数の死傷者を出しながら、圧倒的な火力の差がある侵入者の撃退に成功した根性ある人々を描くソマリア映画が作られる日が一刻も早く訪れるよう祈っている。

 ジョッシュ・ハートネット、ユアン・マクレガー、トム・サイズモア、サム・シェパードなどが出ているが、個人的にはウィリアム・フィクトナーが活躍しているのが嬉しかった。

よく出来た戦争映画 ブラックホークダウン


(私のコメント)
イラクのフセイン大統領は、このブラックホークダウンという映画を見てアメリカ軍を研究したらしい。南部での抵抗を除くと、ほとんど抵抗も見せずに米英軍から姿を消してしまった。ハイテクで装備されたアメリカ軍に戦闘をいどんだところで勝てるわけはない。だからイラク戦争が始まる前から食料も武器も国民に分け与えて、みな隠してしまった。

アメリカ軍は5月に戦闘勝利宣言をしたあとの掃討作戦に入りましたが、ここでアメリカ軍は思わぬ弱点をさらしてしまった。ローテクで向かってくる敵に対して効果的な作戦が出来ないでいる。アメリカ軍はイラクの住民の家々をしらみつぶしに掃討作戦を始めたが、敵意を高めるだけでかえって新たな敵を作り出している。

サダムフセインの反撃は8月頃から激しくなり、ブラックホークも次々とRPGで落とされ始めた。低空で飛ぶアメリカ軍の戦闘用ヘリコプターはRPGの格好の標的だ。その事をブラックホークダウンという映画は描いている。ソマリアにおける強襲作戦は規模は小さな作戦ですが、ハイテクと機動力を生かしてゲリラを掃討する作戦が上手くいかないことを描いて警告している。

アメリカ軍はデルタフォースや特殊部隊で編成された、極めて高度に訓練された精鋭部隊なのですが、ピンポイント攻撃作戦も一歩間違えると大損害を出す。結果的には19名の戦死者を出し、多くの重傷者を出した。ゲリラ軍の捕虜になったり、群集に引きずり回されたりして、アメリカの世論は狼狽し、結果的にクリントン大統領はソマリアから撤退した。

イラク戦争におけるアメリカ軍の損害はアメリカ国内ではあまり大きく報道はされてないようだ。1700名もの脱走兵や、7000名もの戦闘不適格者を送り返したり、2000名もの負傷兵を出すなどのニュースはフランスから漏れ出ている。この調子でイラクで戦闘が続けばアメリカ軍の戦闘能力は落ちてゆく一方だ。地続きのソ連軍ですらアフガニスタンで10年も持たずに敗退した。

アメリカにおける愛国報道機関はこれらのゲリラ戦士をテロリストと呼んでいるが、アメリカ軍がイラクから出て行ってほしいいだけのナショナリストがほとんどだ。アルカイダもアフガニスタンからイラクへ集結するようだ。アメリカのイラク侵攻はテロリストに活躍の場を与えてしまった。彼らは周辺諸国から援助をもらって戦い続けるだろう。

愚かなる小泉首相はアメリカへの忠義立てのために、憲法違反を承知で自衛隊をイラクに送り出す。私は前から小泉首相の高い支持率は異常であり、悪い予感を指摘してきましたが、いよいよそれが実現し始めたのだろう。愚かなる小泉首相の支持者達は彼の本性に気がついたときは、日本は取り返しのつかない姿になっているだろう。自衛隊から戦死者が出たときは小泉首相の支持者達はその責任を免れない。




小泉首相のイラク自衛隊派遣の記者会見サイト中継
日米安保こそ日本の最高法規であり憲法は飾り物である


2003年12月10日 水曜日

日米同盟と国際協調の両立、行動が試されている=首相

[東京 9日 ロイター] 小泉首相は、自衛隊のイラク派遣の基本計画決定を受けて記者会見し、日米同盟と国際協調の両立を図ることが日本外交の基本だとし、国際社会の責任ある一員として、口先だけでない、その行動が試されていると、自衛隊派遣を決断した背景を説明した。
 小泉首相は会見の冒頭、「イラクの安定した民主的政権を作るために、日本も国際社会の責任ある一員として、イラクの国民が希望をもって自国再建に努力できるような環境整備に責任を果たすことが必要と考える。そのために、日本は、資金的援助のみならず、物的支援、自衛隊を含めた人的支援が必要と判断した」と説明。
 さらに、「日本は米国にとって、信頼に足る同盟国でなければならない」、「(国連が加盟国に対して要請したイラク復興支援に)日本も答えなければならない」と強調。「それには資金的支援だけではすまない」と述べ、日米同盟と国際協調の観点から、自衛隊を含む人的支援を決断したと表明した。
 治安の悪化が伝えられるなかでの派遣決断については、「イラクの情勢は厳しい。必ずしも安全だとは言えないと十分認識している」としながらも、「テロリストの凶悪に屈して、日本が手を引くことになって、一番不安定になるのは世界であり、イラク国民であり、その被害を被るのは日本だ」と指摘。派遣は、「憲法前文の理念、精神にマッチする。大義名分にかなう。イラク、日本にとって、世界の安全のために必要だ」と強調した。
 そのうえで、攻撃も予想される自衛隊員に対しては、「厳しい訓練に耐えた自衛隊だからこそ、出来る分野がある。必ずや高い評価を受ける」と語気を強め、「危険を伴う困難な任務に、決意を固めて赴こうとしている自衛隊に対して、多くの国民が敬意と感謝の念を持って送り出して欲しい」と訴えた。
 具体的な活動については、「イラクの人道復興支援のために活動してもらう。武力行使はしない。戦闘行為にも参加しない。戦争に行くわけではない」と説明。復興支援活動のなかで、「武器弾薬の輸送は行わない」と強調した。
 派遣時期については、「今後、実施要綱を決めてから判断したい」とした。(ロイター)
[12月9日20時8分更新]

<自衛隊派遣>米が最大級の賛辞

米国務省のバウチャー報道官は9日の会見で、日本が自衛隊派遣の基本計画を閣議決定したことについて「米は心から歓迎し、小泉首相と日本政府が重要なステップを踏んだことを喜んでいる」と歓迎の意向を表明した。派遣時期に関しては「日本政府が決めること」と日本の判断を尊重する姿勢を示した。(毎日新聞)
[12月10日12時44分更新]

◆日米安保の行く末ーー集団的自衛権

自衛隊は、米軍の補完部隊として形成されてきた。米国からの装備購入圧力も加わって、米軍との相互運用性を大きな考慮の要素として装備を選択している。
 RMAが進行したとき、この延長線上に予想される日米安保体制の姿は、自衛隊が米軍にますます従属して組み込まれる姿であろう。日米両軍は、高度に統合されて行く。
 米軍は、従属関係があからさまになることを嫌う。同盟国が自負を失わず志気を維持できるような君臨の仕方を探している。たとえば、大きな情報の傘と地域的な自由な戦闘空間を米軍が保証し、その中で同盟国が存分に「自律的」に戦えるような仕組みである。
 しかし、それでも本質は変わらない。日米安保体制の場合、憲法が禁じる集団的自衛行動の問題が、大きな障害となる。米軍の情報格子を活用した新作戦概念の一部を自衛隊が担ったとき、自衛隊の情報もリアルタイムでその格子を走り巡る。戦域内の米軍を防衛するのに、自衛隊の回路を断つことは不可能であろう。

 このことは、TMD(地域ミサイル防衛)で具体的に問われようとしている。本誌127号で訳出した米専門家グループの報告は、この事態を予測し、日本に集団的自衛の解禁を主張したのである。
 これを避ける道は、自衛隊が独自情報網を構築し、従属的でない自衛隊のRMAを追求する道である。
 しかしこの道は、それ自身でアジアの緊張を高める。日本の防衛費は、桁違いに増大する。
 米国のRMAの一部を担うか、独自のRMAかという選択ほど、夢のない陳腐な選択肢はない。


(私のコメント)
昨日の記者会見で小泉首相の言わんとする真意をいろいろ考えてみました。日本には国内向けと海外向けに使い分けているメッセージがあまりにも多く、国民は日本の政治家がどうしてこのような不可解な行動をとるのか理解できない人が多い。日本国憲法が国内向けに作られた法律なら、日米安保が海外向け(アメリカ向け)に作られた日本の最高法規なのだ。

日本国憲法と日米安保とがセットで作られた経緯があるだけに、どちらか一方だけを改正することは事実上難しい。憲法を改正して自主防衛体制を整えた場合、日米安保は存在意義を薄める結果となり、米国も表では自主性を尊重しながら、裏では日本を骨抜き状態のままにしておきたいようだ。アメリカは軍事的には強大でありながら、経済では日本を植民地として生かさず殺さずのまま上納金を納めさせて生きてゆかなければならない。

日本の自衛隊はますます米軍のシステムに組み込まれ、情報から装備に到るまで米国から提供されないと行動できないようになっている。自前の情報衛星すら打ち上げて失敗している。本気で日本が宇宙開発しようと思えばできるのでしょうが、裏からのアメリカの妨害で出来ないのだ。長引く日本経済の低迷はアメリカの戦略的日本弱体化政策の影響であり、日本の首相は自分の責任で経済政策すら打つことが出来ない。

日本の野党がなかなか政権をとれないのはアメリカの妨害によるものだろう。与党と野党を分けているのは親米か反米かの差に過ぎず、政策の違いではない。日本の国民も事大主義的な情けない精神状態に陥って、アメリカさえ支持していれば大丈夫といまだに思い込んでいる。

非自民政権が出来た細川政権の時、北朝鮮の動きがにわかに活発になり、米朝が開戦寸前まで行きましたが、日本に反米政権が出来れば韓国は袋のネズミになることがわかっていたからだ。台湾も中国の圧力に屈するだろう。民主党も旧社会党系の議員を抱え政権をとるのは難しい。政権を狙うなら旧自由党の政策路線をとる必要がある。

小泉首相の記者会見は日米同盟最優先の政策を明らかにしたものだ。憲法違反ではないかという質問にも、前文を持ち出して根拠にしていたが、法解釈に無理がある。明らかに日本では憲法よりも国際条約のほうが優先する国家である。これは法令でそうなっているのではなく、歴代の内閣がそのような運用をしているからだ。分かりやすくいえば日米安保がある限り日本はアメリカの従属国だ。

表面では日本とアメリカとは「イコールパートナー」と言いながら、裏ではあの手この手と日本を締め付けてくるのがアメリカだ。いよいよ日本軍も自主防衛体制をとれぬままアメリカの戦争に駆り出されるようになりました。小泉首相はその決断をした首相として歴史に残るだろう。ちょうどアメリカは徳川家康のように譜代大名をこき使って生かさず殺さずの幕藩体制を整えたのだ。




テレビ朝日「たけしのTVタックル」サイト中継
日本政府は米国の主導権争いに巻き込まれている


2003年12月9日 火曜日

◆<イラク支援>自衛隊派遣を閣議決定

政府は9日の閣議で、イラク特措法に基づき自衛隊をイラクに派遣する基本計画を決定した。派遣期間は「03年12月15日から04年12月14日までの1年間」、この範囲内で実際の派遣時期を決定する。陸自の規模は「600人以内、車両200台以内」、空自は「8機以内」、海自は「輸送艦、護衛艦各2隻」と規定。(毎日新聞)
[12月9日16時32分更新]


(私のコメント)
先ほど小泉総理の記者会見を見ておりましたが、憔悴しきっていて苦悩の色が隠せません。イラクの復興支援のためならばイラク国内が落ち着いてから行けばいいのであって、ますますテロの被害が増大してきている今になって派遣するのは、はたして復興支援になるのか。たった600名足らずの陸上自衛隊では大した事は出来ない。

ならば何のために行くのか。政治的意味しかない。昨日の「たけしのTVタックル」を見ましたが、アメリカのブッシュ政権内部の勢力争いに、完全に日本の小泉総理は巻き込まれて翻弄されている様子を指摘していました。大きく二つに分ければ国防省派と国務省派の主導権争いだ。

国防省派のラムズフェルドやウルフォウィッツはネオコンの米国単独主義でどんどんやっていこうとする方針に対し、国務省派のパウエルやアーミテージは外国の支持を得ながらやっていこうとしている。その意味でアーミテージは日本が参加することを求めている。それに対しネオコン派はいやなら来るなというスタンスだ。

どちらにしろ小泉首相がテキサスの牧場でブッシュ大統領に密約をした以上、アメリカを怒らせるわけには行かないから小泉首相の独断でイラク派遣を強行せざるを得なくなった。アメリカに対する面子は立ちましたが、日本国民は8割以上が反対か慎重論だ。もし自衛隊に犠牲者が出たら政治責任を問われるだろう。

私がイラク派遣に反対しているのは平和主義者だからではなく、憲法を改正し正式な軍隊として派遣すべきで、なし崩し的なやり方は憲法を空文化するものだ。憲法が空文化したら憲法9条を改正するより危険な国家に変わってゆく可能性が出てきます。戦前の治安維持法だって復活して政府のやりたい放題が出来る事になる。

「たけしのTVタックル」を見てわかることは、日本の最高権力者は小泉首相ではなくてアメリカのアーミテージ国務副長官のようだ。内政はコイズミに任せるにしろ、外交防衛はアーミテージの指示に従わないといけないようだ。自衛隊のイラク派遣によって日本の軍隊はアメリカの植民地軍として海外派兵させられるのだろう。そのことを小泉首相ははっきりとテレビで言うべきだ。




永田長太著 「永田町のからくり」(集英社)
委員会の審議も国会議員は秘書達に丸投げしている


2003年12月8日 月曜日

近藤浩議員が口裏合わせ指示?元秘書が供述

衆院議員の近藤浩容疑者(42)(自民・比例東海ブロックで復活当選)の選挙違反事件で、近藤容疑者から、票の取りまとめなどの目的で現金100万円を手渡されたとされる元秘書谷典芳被告(38)(公選法違反の罪で起訴)が、愛知県警捜査2課の調べに対し「現金は立候補準備金だったと言うように、議員側から求められた」と供述していることが7日、わかった。(読売新聞)
[12月8日3時6分更新]

夜遊びと代理出席は比例する「議員怠慢化の法則」

10時00分、昨日、代議士に指示されたとおり通商産業部会に代理出席し、途中から憲法調査会にまわって、そのあと環境部会にも顔を出し、それぞれの資料をもらってこなければならない。これらの会場が第二衆議院会館、国会議事堂内の衆議院本館、さらに党本部とまたがっているので、歩いていたのでは間に合わない。移動はすべて駆け足だ。かつての人気テレビドラマ『太陽にほえろ!』の刑事のごとく全力疾走だ。

みなさんに言っておくが、国会で肥満の秘書を目にしたら、その多くは議員会館に長年住み続けている古狸で、私のように走ることをまったくしていない狸種だ。よく働く秘書は、まず体型でわかる。人気ハードボイルド・コミックス『ゴルゴー3』にもあるように、永田町の地下には、国会議事堂と各議員会館、はては首相官邸にも通じている地下通路がある。その地下通路で、互いによく走りながらすれ違う秘書仲間が大勢いる。

「やあ、今日も代理出席?」「そう!うちは2つだけどそっちは?」「うちも今日は3つ」それにしても国会議員の怠け癖は、この代理出席を禁じ手にしないとまず直らないだろう。うちの代議士も一年生議員のときは、まじめに会合に出席をし勉強をしていたのだが、今はその片鱗すらない。当選の回数を重ねるうちに、要領というものが身について怠慢になってきたのだ。さらに夜の宴 会の数が増えるにしたがって、午前中の会合の代理出席も右肩上がりに増加する。こうした現象をわれわれ秘書仲間は「議員怠慢化の法則」と呼んでいる。

その反動のツケは秘書に回ってくるのも、この法則の特徴である。国会議員になると、議会内に設置された委員会や部会、党の部会や各種会合、超党派の議員連盟、各種勉強会など週にいくつもの会合が入ってくる。これらの会合は、出欠だけはとられるのだが、多くは代理出席がきく。だから本人が顔を出すのは、せいぜい2つか3つで、あとは秘書に代理出席をさせて点数を稼いでいるのだ。

いつも欠席をしていると党の上層部からクレームがくることもあり、われわれ秘書は彼らにとって都合のいい防波堤なのだ。だが、常任委員会や特別委員会など、いくつかの委員会や会合は代理出席がきかない。そのなかのひとつに党幹部が霞が関のキャリアに講義を依頼した会合がある。こちらの会合は、出席が極端に悪かったり、秘書ばかりで国会議員がひとりも出席していないと党幹部の面子は丸潰れになる。そこで彼らはこんな妙案を考えた。会合の最前列だけは、何人かの国会議員が持ち回りで座るというルールをつくったのだ。普段はあまり頭をつかわないが、その場を取り繕うことには恐ろしいほど知恵が回るのだ。

2002年11月、代理出席慣れした議員センセイの醜態は実にひどいものだった。北朝鮮に拉致された被害者の支援に関する法案を審議する衆院厚生労働委員会で、22人の自民党委員のうち、なんと出席したのは7人ほどだった。

さて、その日は、 たまたまうちの代議士が部会に自ら出席をした日だった。会合から帰ってきた代 議士の開口一番には、ほとほと呆れてしまった。「おい、おい、まわりを見まわしたら、なんか衆議院の女性秘書よりも参議院のほうが、美人の数は断然多いな。そう思わないか」「そりゃ、向こうは任期が6年もあって解散がありませんから、優雅な女の子が集まるんじゃないですかねえ。

それに参議院は昔は貴族院っていってましたから。衆議院の野武士どもとは違いますよ」「お前も結構言ってくれるじゃないか」うちの代議士は本業よりも、社民党の福島瑞穂幹事長のところにかわいい女の子がいるとか、あそこの女性秘書は元クラブの女だったとか、こちらの分野には精通しているのだった。

「それで会議の内容は、テーマはなんだったんですか?」「そんなこと聞くなよ!俺も隣も後ろも寝ていたんだから……。資料もらってきたから、お前が読んであとでレク(レクチャー)してくれよ」と、いった具合なのである。彼らは本も大事な資料もロクに読まないのだ。その分、秘書の抱え込む仕事は多くなる。しかし、どんな代議士であってもひとたび仕えた以上は、少しでも有能な政治家であることを国民にアピールするのが、秘書の大事な使命なのである。

真実はゴックリ、生ツバといっしょに腹の中に飲み込まなければいけない。そんな国会議員が永田町でヌクヌクと生活ができるのは、この村には不思議な風習があるからだ。できない人間が束になって、できる人間を追い落としにかかるのだ。辞職に追い込まれた辻元清美元衆院議員や議員バツジはないが竹中平蔵大臣などは、われわれ秘書からみて、よく勉強し仕事もデキるタイプだ。だが、それだけに多くの議員にとっては脅威であり嫉妬・羨望の対象だった。

竹中大臣はアメリカに事務所を置き、海外の工ージェントとも契約をして独自の情報収集ルートをもっている。そういえば田中真紀子元外務大臣も、さまざまな部会に自ら顔を出し勉強をしていた。「出る杭は打たれる」ではないが、永田町という小さな村では、村に新たな風穴を開けようとする人間を、どうもみんなで寄ってたかって足を引っ張る憤習が根強く残っているようだ。

官僚になめられっぱなしの国会議員がうようよ?

12時30分、代議士に命じられたすべての代理出席をこなし、議員会館の地下食堂で昼食を流し込み事務所に戻る。デスクには留守中の電話メモが10枚以上も貼りつけられていた。大事と思われる用件に電話を入れる。なんのことはない、どれも口利きのお願いだ。

「ありとあらゆるお願いに、私たち秘書が絶対に言ってはならない言葉がある。それはできません!のひと言だ」これは駆け出し秘書時代に、先輩に叩きこまれた掟だった。どんな無理難題でも一応お受けする。そしてしばらくしてから「努力はいたしましたが、由こ期待に添うことができずに大変に申し訳、こざいません!」と言うのが、秘書稼業のイロハの「イ」なのである。

口利きの内容もいろいろだ。なかでも多いのは、後援会企業や有力後援者への仕事の斡旋だ。国、都道府県、市区町村にいたるまで、あらゆる公共事業の受注を目当てに、国会議員にはある種の人たちが集まってくる。あの鈴木宗男衆院議員だけが、業者に手ごころを加えているのではない。個人的な仕事では、就職、転職、入学の口添え、トラブルの調停役などもあった。今は滅多にない が交通違反のモミ消しなどもよくやった。

最近の特徴としては、金融機関への焦げつき(不良債権)問題、もっとわかりやすくいうと借金の踏み倒しのお手伝いなんて仕事もある。政府が実施した中小企業対策の融資の口添えなども、大きな仕事となっている。まさに便利屋だ。このようなことに国会議員が血眼になっていることに、この国の政治家のレベルが端的に表れている。ひと昔前までは「経済は一流、生活は二流、政治は三流」といわれたわが国だが、今や経済も三流となり政治は推して知るべしだ。

この国に心ある政治家は果たしてどれだけいるのだろう。雨漏りのするあばら家に居住、総理大臣に推されながらもそれを断り、政治・行政改革を成し遂げた伊東正義衆院議員。田中角栄の巨悪に目をつぶらず、逮捕の決断を下した三木武夫総理と稲葉修法相。道理をわきまえ教育熱心で無類の読書家だった灘尾弘吉衆議院議長。日中国交に尽力、三度の自民党総裁選挙に敗れはしたが、私財を投じて政治に情熱を捧げた藤山愛一郎衆院議員。

20年も前の永田町には、まだまだ高き理想に向かって適進した政治家がいたのだが……。現職国会議員の多くはけいるい鈴木宗男の係累では・…・・。昨今の国会議員は、永田町に住み慣れてくると、常任委員会の委員長や政務次官、副大臣を狙いたがる。そしてひとたびポストを得ると、今度はそれを後ろ楯に金儲けに奔走する。誰がいったい、鈴木宗男を糾弾できようか。

13時00分、代議士より事務所へ電話が入る。取り次いだ事務員によると、「党本部へ寄って打ち合わせをしたあと、議員会館へ向かう」という。これは遅刻するときの決まり文句だ。正確に言えば、これから家を出るから到着は1時問半後ということになる。今日は本会議がないからまだいいけれど、毎晩のように接待、接待でご馳走になり、体重は増えるばかりで脳みそはカラッポになるだけだ。

「さっちゃん、代議士から今みたいな電話があったら『またお寝坊ですか?早く来てくださいね!』ぐらい言ってくんないと困るよ。男どもが言うと角が立つからさ」「私も前にそう言ったんですよ。そうしたら代議士が逆に『キミまでそんなこと言うのか!さては頼まれたな』ってお目玉だったんですよ、向こうはお見通しなんですよ」「これじゃ、午後の会合も代理出席をしなくちゃいけないな。今日の代理出席は5つだよ」たわいもない代議士への陰口で、昼食後の束の間のひとときは盛り上がる。

食後の一杯のコーヒーを飲み終えると、午後の財務・金融委員会と議員連盟の会合の代理出席、そのあとは霞が関の総務省へ立ち寄らねばならない。さすがに一日に5つも代理出席をした日には、この国の将来を真剣に憂えてしまう。そもそも国会議員は、三権分立の立法府の主たる構成員で、その仕事は天下の、こ政道を明るくするための法律を作ることにある。しかしながら、昨今の国会議員は本当に勉強をしない。

それでは官僚が作った法案を精査する能力など養われるはずがない。結局、党の方針にただ従い採決に応じるだけなのだ。だからますます霞が関の役人に馬鹿にされる。国会議員がテレビ中継の入る予算委員会で質問に立つときは、それこそ一世一代の檜舞台だ。そう思って私たち秘書は、関連資料をくまなく吟味しいくつもの質問内容を事前に準備し、代議士に手渡すのだが、どうもうちの代議士センセイには「猫に小判」だったようである。

「質問は10用意しています。そのなかのいくつかは必ず官僚もお茶を濁す回答をするはずです。その ときのための質問も別に用意していますから、ここがチャンスとみたら、追撃の質問をビシツとやってくださいね。テレビで代議士の名を売る、またとないチャンスですから!」事前のレクチャーであれほど説明をしたのだが、代議士には官僚がお茶を濁したかどうかさえ、わからなかったのだ。

「ただ今の○○局長のお答えには、私が質問した肝心な点に対してのお答えがスツポリと抜け落ちています」のひと言も出てこないのだから、とほほ……。結局、通り一遍の質問で終わってしまい、同席していた"子どもの役人〃にまでナメられていた。それこそ1週間残業をして、各省庁から関連資料を集め、国会図書館の方々にアドバイスを受け、党の政策担当とも何度も協議を重ねてつくった質問はなんだったのかと呆れてしまう。

そればかりではない。議員会館の事務所に法案に明るい課長もしくは課長補佐クラスの官僚が、レクチャーにたびたび来るのだが、うちの代議士センセイは毎回、同じ資料をもらっては喜んでいる。暮れの大掃除のときに資料を点検したら、一番多いものでは同じ資料が6冊もあった。官僚が前回と同じ資料を持ってきたら、「その資料はすでにいただいているから結構です。むしろ別の角度から詳細に解説した資料はないのですか」なんていうセリフを一発かましてほしいのだが、うちの代議士には逆立ちしても出てきそうにない。

なにしろ同じ資料を6冊ももらって、まったく本人は気づいていないのだから。「代議士、ちょっとなめられています」と前に一度指摘したら、反対に怒りだす始末だ。「なぜもっと早く知らせないんだ。そういうことを事前に教えることがキミたち秘書の仕事だろ。この月給ドロボーめが!」 昨今、日本の学生の学力低下が深刻な問題になっているが、正直言って学生以上に心配なのは、国会議員の学力低下、社会見識のなさだ。

早稲田大学の学生サークルが起こした集団レイプ事件についても、「集団レイプする人は、まだ元気があるからいい」なんて発言を平気でする議員もいるのだから、たまったものじゃない。ましてや総理大臣経験者の口からこんな趣旨の発言が飛び出したときは、耳を疑った。「子どもをひとりもつくらない女性の面倒を、税金でみなさいというのはおかしい」こうした人たちが「男女平等共同参画杜会」なんて本当に考えられるのだろうか。(P60−P67)

永田長太著 「国会のからくり」 元議員秘書の歯ぎしり


(私のコメント)
私は近藤浩衆議院議員の逮捕に驚いている。この程度の選挙違反なら議員秘書が罪をかぶって議員本人は逃れられるはずだ。ましてや今の自民党は過半数ぎりぎりであり、1名欠けても政局運営が危うくなる。本来ならば幹事長あたりが検察に手を回してもみ消しも効くのだろうが、三年生議員の安倍晋三新幹事長ではそのような手腕は期待できない。

小泉総裁の飯島議員秘書あたりが動くべきところが、イラク問題などで手がまわらなかったのだろう。自民党が政権与党を手放さないのも、地検や警察をコントロールできるからだ。今回の衆院選で選挙違反で捕まっているのは皆野党議員や落選議員ばかりだった。だからこそ近藤議員の逮捕は何を意味するのだろうか。新聞記事では次のように書いている。

谷被告は先月11日に逮捕された後、近藤容疑者から直接現金を渡されたうえ、供与する相手も指示されたことを認め、「選挙後に議員側から『警察から事情聴取を受けたら、立候補準備金だったと説明してくれ』と言われた」と供述した。さらに、別の関係者からは「後援会の活動費だったんじゃないか」と言われたとも、話したという。

「永田町のからくり」と言う本を見れば、議員秘書のまず第一位の仕事は議員の身代わりになってムショに入ることなのだ。近藤浩議員の場合、議員秘書との間にトラブルがあったと見るべきだろう。「永田町のからくり」の中でも先輩秘書から検察に捕まった時の心構えなどを教え込まれている事を書いている。近藤議員の場合まだ若く秘書を使いこなすことが出来なかったのだろう。

「永田町のからくり」と言う本は政治部の記者が議員秘書を取材して書いたものだ。しかしながら検察にパクられて拘置所に入れられての体験記は真にこもっている。いままで国会議員の名刺片手に仕事していたのが、いきなり犯罪者になるのでは天国と地獄だ。鈴木宗男議員は400日以上に渡って拘置所に拘留されましたが、さぞかし大変なことだったろう。

国会と言うところは金と権力に取り付かれた俗物たちの集まりであり、国政のために志を持って仕事をしている議員はごくわずかだ。ほとんどの議員は当選回数を重ねるにつけ議員バッジを着けたブローカーに変身していく。国会審議などは秘書の代理出席で間に合わせ、議員本人はもっぱら夜の赤坂、六本木あたりでの仕事に明け暮れる。

これでは政策審議など出来る訳がなく、役人からもらった資料で秘書達に質問事項をまとめさせる。先生はそれを必死に覚えて国会で質問などをするわけですが、これではまったくアドリブが利かないのは当然だ。テレビで予算委員会の審議を見ていても議員の間抜けぶりは隠しようがない。小泉首相のはぐらかし答弁や官僚たちの手抜き答弁にも全く追求が出来ないのは、頭の中が空っぽだからだ。

「永田町のからくり」と言う本の中で書いてあるのですが、統一教会から美人秘書をあてがわれ、関係を持ってしまった議員先生が大勢いるようだ。証拠もありながら検察も警察もこの件ではまったく動かず、マスコミの記者たちも取り上げなかった。山崎元幹事長の女の件は、これも統一教会の女でしたが、これも権力争いのアヤで表面化したに過ぎない。全部ばらされれば自民党はそれこそ解体の危機にさらされただろう。

この本の終わりに様々な改革案が提言されている。一つ一つもっともな事ばかりだ。内容についてはこの本を買って読んでみてください。国民の多くが怒りの声を上げれば国家議員の先生方も改革に動いてくれるだろう。それが出来ずにいるのは、我々がそのような先生方を選挙で選んで国会に送り出しているからだ。




12月5日 西尾幹二先生講演会 早稲田大隈講堂
「現代の少女達はなぜ羞恥心を失ってしまったのか」


2003年12月7日

儒教と呼ばれた社会シュミレーション 橘 翼のホームページ

前略) 男女が結婚して夫婦となることで、初めて父と子の関係が生じ、父と子の関係があって初めて君臣や上下の序を整える礼儀すなわち儒教道徳は成立するといった意味だが、逆に言えば、儒教道徳を否定すれば、生まれて来る子の父親を特定することが無意味になり、父と子の関係は成立しなくなるとともに、女性達は羞恥心を持たず、不特定多数の男性とセックスを楽しむため、結婚という制度も崩壊すると示しているのである。すなわち儒教道徳は男尊女卑を前提としているので、男尊女卑があって初めて女性は羞恥心を持ち、セックスの相手を特定し、夫婦となってその男性の子を生もうと考えるようになるのだということである。

 ただし儒教で言う男尊女卑は、中世ヨーロッパのキリスト教徒のように、神の定めとして「女性は生まれながらに穢れている」と蔑むのではなく、男性が女性から尊敬されるべき人格を養うことを要求するものであって、決して武力や経済力で女性を隷属させようとしているのではない。

 一般に、モーソ族のような社会は母権制社会、他の結婚という制度を有する社会は父権制社会と呼ばれているが、この両者を比較してみると、男女平等は幻想に過ぎず、人間社会は男尊女卑か女尊男卑かの何れでしかなく、それは社会が結婚をどのように位置付けるかで決まって来るように思える。

 そう言えば3〜4年前、ヨーロッパの女性についての興味深い記事が新聞に載っていた。
 男女平等が最も進んだ国のひとつデンマークでは、結婚する男女の数は年々減り続け、代わって未婚の母が急増し、今では全出生数の約2割が婚外子だという。それにその婚外子、父親が特定できない場合も相当数あるらしい。また、未婚で未出産の女性の中にも、結婚はせずに子供だけ欲しいと考える人々も少なくないとのことである。

 この傾向は単にデンマークのみならず、実数には多少の差異があるものの、他のヨーロッパ諸国や米国でも顕著で、将来的にはさらに進むものと予測されている。

 考えてみると、女性が自立し、婚外子が差別されない社会であれば、わざわざ結婚という手続きを踏み、父親役を男性に求める必要はどこにもなく、父親が不必要ならば、生まれて来る子の父親が誰であろうと問題ではなくなるのが、自然の成り行きというものだろう。

 いや、むしろ積極的に父親を特定できないようにした方が、女性には好都合である。
 結婚しないのだから、当然嫁姑の関係に悩まされることはなく、子供は自分の思いのままに育てられ、自由気ままに不特定多数の男性とセックスを楽しみ、さらにはそのことで金銭を受け取ったとしても、誰にも咎められないどころか、却って憧れの眼差しで迎えられよう


 欠点と言えば、男女間に「愛」といった精神的な繋がりがなくなることだろうが、愛を信じて結婚しても不幸になる場合が往々にしてあることからすれば、自分の母親や兄弟姉妹およびその子供といった肉親の絆を強固なものにしておけば、心の寂しさは癒せよう。

 もっとも優れた能力を有する特定の男性だけは、この競争社会の中、優秀な子孫を残そうとする女性達から子種提供者として引っ張りだこになり、父親としての地位も与えられよう。しかし一般庶民の男性は、そうはいかない。女性に快楽を提供するための、言うなれば使い捨てのモノでしかなくなってしまう。

 これではモーソ族と同じ女尊男卑の母権制社会の到来である。
 と言うと、何やら誇大妄想の様相を呈しているかのように思われても、致し方ないところだが、昨今の不倫や援助交際には、どうしてもそんな兆候を感じてしまう。
 少なくとも男尊女卑の否定が叫ばれるに従って、羞恥心を顧みない女性が増えつつあるのは事実である。

 羞恥心と言えば、『旧約聖書』冒頭の「創世記」、そのアダムとイブのところに、こんなことが書いてある。
 神は、禁断の木の実を食べて羞恥心を知ったアダムとイブを、エデンの園から追放するわけだが、その時イブに対し、「おまえは夫に情熱を燃やすが、夫はおまえを支配する」と告げているのである。

 夫に情熱を燃やすというのは恋愛感情、おまえを支配するというのは男尊女卑を指すわけだが、何やら羞恥心により恋愛感情が育まれ、それが社会を男尊女卑にすると示唆しているかのような印象を受ける。

 また、イブが先に禁断の木の実を食べ、アダムはイブに勧められたから自分も食べたとあるのだから、羞恥心を知る前は、イブすなわち女性がイニシアチブを取っていたのであって、要するに二人の間は、それまで女尊男卑だったことになる。とするとここでも羞恥心のあるなしが、男尊女卑と女尊男卑を分けているのだと言えよう。

 モーソ族のような閉ざされた少数民族ならば、社会全体がひとつの大家族のようなものだからそれでよいが、我々が住む巨大社会にあっては、他人同士の男女が夫婦という単位を構成して家族となることで、初めて人々に思いやりの心が培われ、社会は平和になるのではないだろうか。

 街行く見知らぬ他人も、もしかしたら自分とどこかで血の繋がりがあるかもしれない。あるいはこれから親戚の誰かと夫婦になり、一族の和の中に入って来るかもしれない。
 コーヒーショップの窓辺に腰掛け、ガラスの向こう側の風景の中に、そんな幻想を思い描ける世の中であってこそ、他人に対して優しくなれるのではないだろうか。

 しかし個人主義と称して、「家」という単位や父系の血統を無価値としてしまえば、要するに他人は永久に他人のままであり、利害関係以外の繋がりを持ち得ない。その結果、人間は利己主義になり、力で他を圧倒することが謳歌され、目先の利益や直情的快楽追求を人生のテーマとしない慎ましやかな人間は行き場を失い、社会は荒廃し、犯罪や暴力の蔓延になす術がなくなる

 いささか悪夢のようなシミュレーションになってしまったが、要するに儒教の根底に流れる価値観では、女尊男卑は人間を打算的にし、思いやりの心を育むためには男尊女卑が必要なのだということである。ただし、男尊女卑があれば自然に思いやりの心が育まれるのだと考えてはいけない。生活の中に、それを実践する心の余裕ができるということである。男尊女卑の上に胡座をかいているだけでは、無論、思いやりの心など生まれようはずがない。

 キリスト教が男尊女卑を前提に、貞操や博愛、正義の重要性を主張するのも、このようなシミュレーションに基づいていたのではないだろうか。
 ともあれ儒教や男尊女卑についてはこのくらいにして、この辺でインドの仏教とキリスト教との共通点にも触れておきたい。(後略)



(私のコメント)
一昨日の5日に早稲田大学の大隈講堂で西尾幹二先生の講演会があったので拝聴してきました。前半は外交、防衛問題について論じ、後半は教科書問題や教育問題についての二部構成だった。外交防衛問題はこの「株式日記」でも主要課題としていつも取り上げているので、今日は改めて触れず、後半の教育問題における中から西尾先生の公演内容をコメントしてみたい。

教科書問題も教育問題も、ここで何度も取り上げてきましたが、戦後間もない頃の東大で教育された世代の文部官僚には、マルクス主義や過激なフェミニズムなどの思想にかぶれた人たちがおり、形を変えて日本の教育界に生き残っている。ちょうど全学連の一番盛んだった年代の文部官僚たちだ。

国会内では、社民党のようなマルクス主義や過激なフェミニズムの政党は今や絶滅寸前になっているが、全国の学校教育界には日教組やそのシンパがそのまま残っている。西尾先生が講演の終わりの20分ほど「羞恥心」のことについて述べていた。現代の若い人、特に女性に目立った現象として電車の中でお化粧などをしたり、床や地面にセーラー服のまま座り込んだりといった「羞恥心」の欠如した女子高生が目立つ。

これらは教育界の過激なフェミニズムによる教育の成果なのだろう。おそらく男尊女卑と言っただけでほとんどの人が拒否反応を示すだろう。人権問題から見ても男女に差があってはならないのは当然だ。しかし道徳の問題や倫理面の問題として男と女とでは差があるのが当たり前でなないのか。ものごとの価値観に到るまで男と女は同じでなければならないとするのが行きすぎだ。

最近では夫婦別姓の問題など、社会の一番小さな組織である家庭崩壊につながる問題まで論議されている。子供から見ればお父さんとお母さんがどうして違う姓なのか迷うことだろう。子供もどちらの姓を名乗るかとても微妙な問題になる。つまり戦後は大家族制度が崩壊し核家族が一般的になりましたが、その核家族も分解しつつあるのだろう。

核家族が分解すれば母子社会あるいは母権社会がやってくる。つまり女性たちは結婚からも解放されて、父親のいない母子家庭が多くなってくるのだろう。現に未婚の母が増え、一時的に結婚しても離婚して母子家庭となるケースが増えてきている。過激なフェミニズムが行き着けばモーソ族のような母権制社会がやってくる。

西尾先生は羞恥心を持たない子の親自身がすでに羞恥心を失い、子供が羞恥心を知りえなくなっていることを指摘していた。羞恥心と言うのは道徳のように教育で教えられるものではなく、人間の感情の深いところの問題であり、日常生活の中で絶えず繰り返すことで身に付く感情なのだろう。

最近は町を歩いてみても女性がスカートをはかなくなった。スカートをはいている女性は10人に1人ぐらいだろう。ほとんどはジーンズやスラックスがほとんどだ。ファッションでもジャンダーフリーが進み男と女の服装にも同一化が進んでいる。職業も警察官から自衛隊まで女性の進出が盛んで同一化が進んでいる。これもフェミニズム運動の成果だろう。

しかしこの事による副作用も出てきている。羞恥心を失った女性たちの出現だ。この事が家庭の崩壊を招き、未婚の母達の増加とフリーセックスが蔓延して、社会組織の弱体化と崩壊を招くだろう。警察官だって女性で暴漢を取り押さえることが出来るのか。軍隊も女性が混ざった軍隊が果たして軍隊として戦争に勝てるのだろうか。

橘氏の論によると「羞恥心」のあるなしが、男尊女卑と女尊男卑の分かれ目になると指摘している。つまり羞恥心をなくした女性たちの出現は、これから女尊男卑の社会が日本に訪れることを予言しているのだ。そのことが家庭の崩壊と社会組織の崩壊と国家の崩壊が必然的に訪れることになる。そしてアダムとイブがりんごを食べる前の原始社会に戻り、モーソ族のような母権制社会がやってくる




森田芳光監督 「ハル」 1996年作品
血のかよう「高度情報化社会」とは何か


2003年12月6日 土曜日

 森田芳光監督の映画「ハル」はパソコン通信を通じて心を通わせる孤独な若い男女の現代の相聞歌だが、その相聞を成立させているのは、コミュニケーションの道具としての電子メールではなく、むしろ現実の直接なコミュニケーションを遅延させ、迂回させる電子メールの機能だった。
 このように、メディアと人間との関わりは逆説的なものがあり、単に技術のトレンドの延長上に近未来社会を描いてみても、「情報」は行き交っていても温かい血の通わない空疎な「バラ色の高度情報化社会」像か、その裏返しに過ぎない「恐怖の情報管理社会」像しか得られない。むしろ私たちは時間をかけて、一人一人の暮らしの中でメディアを自分流に使う工夫をし、ときには感動し、ときには傷つくといった経験を積み重ね、その小さな経験が打ち抜く針の目から「高度情報化社会」を語っていくことが大切ではないか。

 映画監督森田芳光の最新作「ハル」の主人公である地方都市に住む若い女性<ホシ>(ハンドルネーム)は、パソコン通信で知り合った東京の若いサラリーマン、<ハル>と電子メールでプライベートな心の触れ合いを求め、<ハル>もまたこれに応じて心を通わせる。メール上の二人にはガラスを隔てた恋人どうしのような透明な距離感があるが、同時にそのもどかしい距離から濃密な感情が霧のように立ち上がってくる。


 <ホシ>と<ハル>をつなぐ心の糸は細く、頼りなげで、いまにも切れそうだが、二人は互いの吐きだす弱々しい糸を一本一本たいせつに紡いでいく。それは繭から紡ぎだされたばかりの糸のように初々しく、紡がれるほどに太くたくましく育っていくようにみえる。けれども、<ハル>が<ホシ>と同じようにパソコン通信で知り合い、現実の世界で交際していた女が自分の妹だと<ホシ>が知ったとき、二人で紡いできたはずの糸は一挙に断ち切られてしまうようにみえる。<ハル>は<ホシ>へのメールで気軽に「<ローズ>と肉体関係を持った」と書いていたのだ(実は事実ではなかったのだが)。

 ここで、電子メールを通じた<ホシ>と<ハル>の古風な相聞は危機にさらされる。
所詮メール上のやりとりは幻のようにはかない世界での言葉の遊びにすぎないのか。いままで一つ一つ積み上げてきたものは何だったのか。電子メールの世界などさっさと飛び出して、生身の肉体を彼の前にさらした方が良かったのだろうか。・・・・

 <ホシ>と失意を共有しながら、私たちは自問する。
「ネット上の絆とは何だろうか。そこで私たちは互いに本当の意味で心を通わせることができるのだろうか。それは現実とどんな関係にあるのだろうか。」
 ここで私たちは<ホシ>と共に、ネットという個々人にとって身近になりつつある新しいメディアを、本当に私たち自身のものにできるのかどうか、という問いの前に立っていることになる。
 それは本当に私たちの心を表現し、私たちの心を伝え、私たちを幸せにしてくれるものとなるのだろうか。この問いかけは、「高度情報化社会」は私たちに何をもたらすのか、という問いに重なっている。

 これまで「高度情報化社会」について語られてきたバラ色の夢の多くは色あせ、消え失せてしまった。私などは、かつて「ニュー・メディア」騒ぎに出くわし、幾分か強迫観念に駆られてその種の解説本を読んだり講演を聞いたりしたあげく、実に空しい空騒ぎであったと感じた体験から、「この新技術を知らずして二十一世紀は語れない」「新技術が社会を変える」といった言い方にだけは二度と騙されるものか、と思ってきた。

 いまも人々の語る「高度情報化社会」のイメージの多くは、見え始めた近未来の技術のトレンドを単純に延長したところで組み立てられている。そこに描き出される「社会」に生きる人と人との間に「情報」は通っているかもしれないが、温かい血は通っていない。
 私たちは映画の中の<ホシ>と共にあらためて問う必要がある。一つ一つの技術が人間的な体験としてはどんな意味を持っており、私たちに何をもたらすのか、そして何を失わせるのかと。

 私もまた<ハル>や<ホシ>のようにネットを通じて他者と会話し、情報を取り出す。偶然に入ったエレクトロニクスショーのインターネットカフェで初めてインターネットを体験したときの感動はいまも鮮やかだ。初めてアクセスしたのはスミソニアンの航空宇宙博物館のホームページだった。美しい画面がジコジコと時間をかけて現れたとき、はじめての国際電話で父の声を聞いたときのように、いまリアルタイムで自分がアメリカの博物館とつながっている、という実感がこみあげてきて感動した。小さなパソコンの向こうに直に世界が広がっているのが感じられた。

 今では二人の息子もネットの利用者で、ロックに凝っている次男は blur やradiohead のホームページを開き、次々にブックマークを増やしている。お洒落な高校生の長男はインターネットでファッションのカタログを取り寄せたりしている。
 私もはじめはネットサーフィンに夢中になり、やがて得られる情報の限界や特徴もわかってきた。的確な情報を取り出すにはかなり使う側に習熟が必要なこともわかった。また、情報をとりだしてばかりいると、段々自分も表現したくなり、近いうちにホームページを持ちたいと考えるようになった。そして、いまでは一番よく使うのは電子メール、というのも、どうやらインターネット利用者のたどるおきまりのコースらしい。

 電子メールも当初は会社の若い社員や同僚と仕事上の情報をかわすことが多かった。しかし、最近になって、意外な用途がみつかった。それは、高校二年生と中学三年生の息子とのコミュニケーションだ。
 中学生や高校生ともなれば、大事なことを親に話さなくなるものだし、親のほうも照れくさくてつい避けてしまうところがある。ところが電子メールだとその微妙な領域に言葉が入っていく。息子たちも読んでくれる。
 長期の地方出張にパソコンをもっていく。電話だと「変わったことはないかね」「別にないよ」と最小限の会話で済ませてしまうが、電子メールだと、私がその地方で見聞したことや、出会った人のことをつれづれなるままに書いて送る。ふだんは父親がどんな仕事をし、どんな人々に出会い、何を見て何を感じているのか、別に知ろうともしないし、たぶん話してもろくに聞きはしないだろう息子たちが読んでいる。照れくさいから会ってもどちらも話題にはしないが、確かに読んでいる。自分が感動したことをあるがままに語って、それを息子たちがごく自然に読んでくれる。これは父親にとって、いまどき、心躍るような体験だ。


 まどろっこしいな、直接話せばいいじゃないか、という人もあるだろう。そういう親子関係を保っている家族もあることだろう。けれども私たちは<ローズ>のような直接なコミュニケーションを注意深く避けて、<ホシ>と<ハル>のように迂回する。

 映画「ハル」の中で、ネットの世界から現実の世界へと<ハル>を連れ出した<ローズ>は、<ハル>に対して過激にセクシャルな言葉を吐きつづけるが、実際には何も体のつながりなしに終わる。彼女が現実の中で吐く言葉は、<ホシ>が電子メール上に書きつける言葉よりもずっと空虚で、本当のコミュニケーションを呼び寄せない。
 逆にネット上の言葉にすぎない<ホシ>の言葉は、それゆえに慎重に選ばれ、<ハル>の心に届く細いけれども確かな道を手さぐりしていく。それが<ホシ>の創造した使いこなしの方法なのだ。
 電子メールは<ホシ>にとって、<ハル>とのコミュニケーションの便利な道具というよりも、むしろ彼との直接なコミュニケーションを遅延させるものだ。そしてその遅延が二人の気持ちを高め、現代の相聞歌が成立する。メディアと人間の関わりは、いつもこうした逆説を孕んでいるようにみえる。


 ベルが電話を発明したとき、最初にかけた電話の相手は隣の部屋にいる助手で、「ワトソン君、こちらへ来てくれたまえ」というものだったそうだ。
 ここでベルは、<ローズ>が<ハル>をパソコン通信の世界から現実に連れ出したように、電話によるコミュニケーションの世界から現実へと相手を連れだそうとしている。
 メディアがまだ生み出されたばかりの「技術」にすぎず、独自のコミュニケーション空間を構成しえない時期には、みなこれに似た場面を経験するものだ、という意味でこれは普遍的で象徴的なエピソードだ。やがて電話は使いこなされ、単に情報交換の便利な道具であるばかりではなく、愚痴を語り、感動を伝えあい、悲しみを共にすることもできる人間的なメディアとして成熟していく。


 「高度情報化社会」について、もうかつてのように技術一辺倒で組み立てられたバラ色の夢を語る時代でもなければ、未知の怪物への恐怖を語るように情報管理社会の危険性に警鐘を鳴らしていればいいという時代でもない。大上段に構えた論を弄ぶのではなく、私たち市民が、暮らしの中で一つ一つの技術的な達成をどう使いこなしていくのか、それを使うことで何を得、何を失うのか、どんな喜びを感じ、どんな痛みを味わなくてはならないのかを、つぶさに体験し、その一見狭いが身にしみる経験に裏打ちされた視点から語ることが大切ではないか。
 もちろんその体験を持ち寄り、逆に技術のほうへ返していくことも大切であろう。しかし、そのような喜びや悲しみの積み重ねの中で、私たち自身が新しい技術の性格を知り、その使い方に習熟して、本当に自分のものとして使いこなせるようになっていくこと自体に一番大きな意味があると私は思う。
そして、そのような市民が過半数を超えたとき、本当の「高度情報化社会」が来るのだと思う。

温かい血のかよう<高度情報化社会>にむけて 松 野  精



(私のコメント)
しばらく政治、経済、外交といった硬い話題が続いたので、週末は映画の話題にします。この映画も中古ビデオショップで格安で売られていたので買ってみました。この「ハル」という映画は1966年作品でインターネットはまださほど普及せず、パソコン通信が全盛の頃の映画です。私もこの頃はパソコン通信を使っていた。主に株式情報を入手するために山一證券のパソコン通信を利用していたのです。

ニフティーサーブの掲示板などもよく見ていました。メールと掲示板に限ればパソコン通信とインターネットは大した機能の差はなかった。私の「株式日記」も翌年の1997年の5月から始めたのですが、個人のホームページが普及し始めたのもこの頃です。それまではパソコン通信などというものはオタクたちのもので、一部のマニアのものでしかなかった。

その頃の映画だから「ハル」という映画は、現代のネット時代やメルトモの時代を先取りした映画です。この映画が公開された頃はどうせ作り物という意識があって、パソコン通信を使って男女の恋愛が成り立つのかと半信半疑だったのですが、携帯電話やパソコンが本格的に普及するに伴って、出会い系サイトやメルトモなどが普及して、出会いから結婚までインターネットが深くかかわるようになりました。

この「ハル」という映画の半分近くがパソコン画面の文字だけのシーンだ。文字だけのパソコン通信でどれだけ男女の愛が育まれるものだろうか。最初は相手の正体はまるでわからず、「ほし」というハンドルネームを使っていたヒロインは男性を装っていた。ところがメール交換を続けているうちに、だんだんと相手の正体がわかってくる。

人には言えない悩みや本音を語り合っているうちに毎日のようにメールを交換し合うようになる。ヒロインの「ほし」も家に帰るとまずメールが来ているかチェックするのが習慣になる。といってもメールが来る相手は「ハル」という男性だけなのです。映画の中の二人はともに真面目で内気な男女なのですが、彼氏や彼女が出来たとか言って、事実そうなのですが、実際に会っている恋人よりメールを交換し合っている相手に引かれていく。

現実を見ても、携帯電話でメールを打ち込むのに夢中になっている女子高生や若いOLを見ていると、実際に会うよりメールの方が好きなようだ。電車の中で見ていると素早く器用に文字や記号を打ち込んでゆく。何が彼女達をメールに夢中にさせているのだろう。松野精氏も子供達とメールの交換をしている。NTTもテレビのコマーシャルに夫婦もLモードを使いましょうと宣伝している。

黒木瞳のような美人の奥さんがいれば仕事中でもメールを送りたくなるだろう。このように家族の間や恋人同士の間もメールが必需品になろうとしている。血のかよった情報化社会とはこのような形で実現されてゆくのだろう。

テレビや新聞などではネット犯罪がテーマに取り上げられることが多くなりました。実際、見ず知らずの男性と会って犯罪にあったりする事件が続発しています。反面それだけ男女の出会いにネットが普及していることの証明になっている。しかしこの映画の「ハル」に出てくるような美男美女の俳優さんのような友達と出会えるかどうかは保証の限りではない。




公明党は自衛隊イラク派遣で「福祉と平和の党」の
看板を外すのか? 小泉政権はいつまで持つか?


2003年12月5日 金曜日

見直し論に火がつくのは早い

 自公連立はいわば行司のいない相撲を取るようなものだ。自公の意見が食い違った場合はどう収拾するのか。これまでの自公保体制で実質的な舞台回しを担ってきたのは山崎拓、冬柴、二階の三人の幹事長だった。自公の意見が対立すれば、二階が調停案を出して収めてきた。山崎は議席を失い、二階も自民党合流で後ろに引き下がる。結局は冬柴だけが過去の経緯、ノウハウを知るに過ぎない。

 第二次小泉内閣が発足した十一月十九日夜、安倍・冬柴会談で突如として児童手当の支給対象年齢の上限を引き上げることで合意した。冬柴の要求を自民党幹事長安倍晋三が全面的に受け入れたのである。手練老獪という表現がピタリとはまる冬柴と、清新さが売りの安倍との与党幹事長会談などイメージさえ湧かない。酒を飲まない安倍は「これまでの自公調整は山拓さんと冬柴さんが酔っぱらってつくったものばかりじゃないの」と冗談とも本音ともつかない皮肉を漏らしている。

 こうした表の折衝、調整とは別に自公間には水面下のパイプが機能してきた。むしろこっちの方が本筋かもしれない。かつては竹下登と創価学会会長の秋谷栄之助を結ぶ軸があった。秋谷の奥には名誉会長の池田大作の存在がある。この軸は小渕恵三、次いで野中広務と受け継がれて公明・創価学会の窓口になってきた。とりわけ野中は創価学会の実力者で東京都議でもある藤井富雄、公明党参院議員会長の草川昭三、また将来的には太田昭宏に目を掛け、中国の政界要人との会談などに同席させるなど、公明党・創価学会対策では極めて大きな役割を果たしてきた。竹下の秘書から政界入りした青木幹雄も副会長八尋頼雄ら学会の中枢と関係を維持してきたが、野中のように政策的問題まで全般にわたって仕切る力はない。

 当面の課題で言えば、神崎が小泉に進言したようにイラクの自衛隊派遣が自公の前に横たわる。小泉はイラクでの治安悪化を前に年内の自衛隊派遣を見送る考えだ。だが、安倍が言うように「出さないという選択はない」。しかし派遣すれば犠牲者が出る可能性は極めて高い。殉職自衛官の棺が帰国しても公明党は小泉が進める対米追随路線に歩調を合わせるのだろうか。

 公明党は今度の衆院選の比例代表で八百七十万票を超える得票を記録した。来年の参院選は六月二十四日公示、七月十一日投票の日程で行われる。公明党はこの参院選の比例区ではさらに目標を上げて一千万票に置く。党の原点とも言える「福祉と平和の党」の看板に背を向けては選挙にならないはずだ。自公連立見直し論に火がつく可能性は排除できない。

 世論の評価が低く、調整窓口が曖昧なまま、小泉も公明もあまりに大きな決断をいとも簡単にし過ぎたのではないか。

 自民党内でも早くも元幹事長古賀誠が公明党依存体質からの脱却を求める声を上げた。古賀はかねてから、公明党への深入りは自民党にとって決してプラスにならないというのが持論だ。今度の衆院選で古賀自身は楽々と八回目の当選を果たしたものの、同じ福岡県内では腹心の太田誠一(福岡三区)、荒巻隆三(福岡六区)、山本幸三(福岡十一区)の三人を落選させた。選挙戦をめぐる執行部の取り組みに疑問を持っても不思議はない。

最初の試金石はイラク問題

 古賀に限らず、「小選挙区は自民党、比例は公明党」と公然と叫んだ自民党候補者が続出したことに違和感を抱く自民党支持者は相当数にのぼる。自民党公認候補者の中には自分の後援会名簿まで公明党側に手渡した候補者もいた。自民党公認の小選挙区当選者百六十八人中、少なく見積もっても百人ないし百二十人前後が公明票の支えで当選したとの分析もある。もはや選挙協力の枠を大きく超えて「自公党」で当選したと見るべきかもしれない。

 自民党入りした二階は、保守新党出身議員で新派閥「新しい波」を結成した。古賀との関係を忖度《そんたく》すれば古賀別働隊の色彩を強めるのは確実だ。野中が自らの後継者である田中英夫(京都四区)を古賀に預けた。総裁選で善戦した元外相高村正彦らも古賀との連携を深めるのは確実で、古賀を真ん中に新たな勢力形成が進みつつあると見ていいだろう。それが将来的に反小泉連合に繋がるかどうかは現時点では判然としないが、いつ火を吹いてもおかしくない状況だけは生まれている。

 一方、上述したように首相小泉は、山崎拓が落選したことで自民党内をコントロールするための大きな手立てを失った。幹事長の安倍はあくまでも「選挙の顔」に過ぎない。勢い小泉は森喜朗と青木幹雄の早稲田大学雄弁会コンビに頼らざるを得なくなった。衆院選で森派は独り勝ちし、堂々第二派閥に躍進。青木が属する橋本派はベテラン議員の引退もあって数を減らしてはいるものの、最大派閥の座は維持した。この結果、最大派閥と第二派閥が手を結ぶ「森・青木連合」が誕生、小泉を支えることになる。二人とも理念型の政治家ではない。むしろ古典的な自民党議員である。その二人が「自民党をぶっ壊す」と公言する小泉を支えるという矛盾をどう消化していくのか。

 衆院選を経て自公の二党連立体制に移行した。自民党内は「森・青木連合」と小泉に批判的な古賀のグループに収斂されつつある。

 しかし、これで政権内の力関係が定まったわけではない。来年の参院選を睨んで新たな舞台の幕が上がったに過ぎないのである。保守新党という触媒を欠いた自公体制がどのような化学反応を見せるのか。最初の試金石はイラク問題である。

行司役失った「相撲」 選択 2003年12月号


(私のコメント)
イラク情勢でイタリア、スペイン、日本、韓国と続けて米英以外の同盟国への攻撃が相次いでいる。ゲリラ側も米英両国の軍隊を攻撃しても、あまり大きなニュースにならないのを見て、攻撃目標を変えたのでしょう。特に日本の外交官への襲撃は効果的だった。この事は小泉政権への揺さぶりとなり、小泉首相は「飛んで火に入る夏の虫」よろしく自衛隊をイラクへ派遣するようだ。

しかしこの事は自公政権でもあるので、公明党の了承を得なければなりませんが、公明党の原点とも言うべき「福祉と平和の党」という看板はどうなるのでしょうか。党の幹部達は会長の指示によってイラク派遣を認めるようだ。宗教政党の恐ろしいことは信者達が盲目的に教祖の指示に従うことだ。その信者の数が多ければ社会は誰もその動きを止める事は出来ない。

信者達も「これは少しおかしいのではないか」と疑問を持ったとしても、神の祟りを恐れて口をつぐんでしまう。もともと宗教は政治の世界とは別世界のことであり、政治家が宗教を語り、宗教家が政治を語るようになった時、そこには泥沼の世界が待ち受けている。世界の歴史を見ると宗教戦争ほど凄惨なものは無い。

ところがアメリカのブッシュ大統領は中東のイスラム教に対する聖戦を始めてしまった。キリスト教・ユダヤ教連合対イスラム教の戦いは十字軍戦争以来の伝統の復活になるのでしょう。それに創価学会も一枚加わるわけなのでしょうか。アメリカが期待したイスラム国家からの支援はパキスタンもトルコもインドネシアも参加を断ってきた。これは明らかに21世紀の宗教戦争なのだ。

この点で日本の宗教政党である公明党がイラク戦争に参加するという問題に賛成をするということはかなり大きなインパクトのなるだろう。しかし問題がややこしいのは自民党内でも多くの議員が無条件の派遣には反対していることだ。しかし小泉首相は自民党内の反対は無視することが出来る。小泉首相を引き摺り下ろせば選挙に勝てなくなるという自信があるからだ。

しかし自衛隊のイラク派遣で国民の支持率が50%を割ればその神通力も効かなくなる。そこで高村氏を担ぐ古賀氏と、総裁選で第二位となった亀井氏の動きが気になります。二人ともイラク派遣には慎重派であり景気対策優先派だ。だから自民党内の力関係より国民世論の支持率の動向が政局の動きを左右することになります。

小泉政権はイラク問題で進退窮まっている。進めば党内と公明党の抵抗があり、引けばアメリカからの圧力が掛かる。いままで小泉政権を支えてきたいくつもの柱が危なくなってきている。衆議院選挙でも以前のような効果は薄れてきている。反小泉派もそろそろ痺れが来ている頃だ。構造改革の成果がなかなか現れないこともマイナスだろう。

反小泉勢力は、これからどのような手を打てばいいのだろうか。今までの既得権を守るだけの抵抗勢力だったらいつまでも抵抗勢力のままだろう。郵政族の荒井広幸氏も道路族の村岡兼造氏も落選し、亀井静香氏も苦戦した。女性スキャンダルの山崎氏や太田氏も落選した。この事からも抵抗勢力のイメージは非常に悪い。だからこそ国民の目を誤魔化すために小泉氏が総裁をしているわけですが、抵抗勢力自身も身を正さなければ小泉氏を引き摺り下ろしても意味はない。

根本的には自民党は政権から離れて2,3年野党になるべきだ。そうなれば利権にどっぷり浸かった抵抗勢力は死滅する。それがいやだから反小泉と言いながら小泉政権を支えている。反小泉も本物の反小泉かニセモノの反小泉かの岐路に立っている。




<小泉内閣>支持率急落42%に 毎日新聞調査
イラクへの自衛隊派遣 反対・慎重派8割超


2003年12月4日 木曜日

◆<小泉内閣>支持率急落42%に 毎日新聞調査

毎日新聞が29、30の両日に実施した全国世論調査(電話)で、小泉内閣の支持率は42%に大きく落ち込み、小泉純一郎首相が米国のイラク攻撃を支持した直後の今年3月調査(43%)の水準と並んだ。自公連立による第2次小泉内閣の発足後初の調査となったが、不支持理由では「自民・公明党の与党との妥協が目立つから」が24%と、前回10月調査から15ポイント急増した。一方、民主党の支持率は自民党に2ポイント差に迫る27%に急伸し、96年の結党以来、過去最高となった。

 小泉内閣の不支持理由は「景気回復が遅れている」が57%と最も多かったが、前回68%から11ポイント減少した。前回調査では「自民・公明・保守新党の与党との妥協が目立つから」が9%で、「自民党の首相だから」と同率の1ケタ台にとどまっており、今回の急増ぶりが目立った。支持理由では「政治のあり方が変わりそうだから」が34%と最多を占めたが、前回に続いて過去最低を更新した。

 年代別の内閣支持率は20代が20%と低く、不支持が42%と、若年層での不人気が顕著だった。30、40代は支持・不支持率がほぼ同数だが、50代では不支持45%が支持37%を上回った。

 政党支持率は自民党が29%と前回から7ポイント低下し、公明党も2ポイント減の4%と与党側が後退した。「支持政党はない」の無党派は前回比1ポイント減の32%とほぼ同率のため、与党の目減り分を取り込む形で民主党が支持率を11ポイント伸ばした。民主党の支持率は国政選挙後に増える傾向にあり、00年衆院選直後は25%、98年参院選直後は26%だった。

 女性の民主党支持は22%で、自民党の27%を下回ったが、男性は33%で自民党の30%を上回った。20代、40代、50代で民主党支持が自民党支持を上回った。【中西拓司】

   ◇質問と回答◇

◆小泉内閣を支持しますか。

         全体  前回  男性 女性
支持する    42  (56)  42  41
支持しない   37  (26)  40  35
関心がない   18  (14)  15  20

◆<「支持する」と答えた方に>支持する理由は何ですか。

自民党の首相だから
          15  (12)  16  15
指導力に期待できるから
          24   (23)   21  26
新しい政策が期待できるから
          22  (20)   20  23
政治のあり方が変わりそうだから
          34  (40)   38  30

◆<「支持しない」と答えた方に>支持しない理由は何ですか。
           6  ( 9)   10   3
与党との妥協が目立つから
          24  ( 9)   20   27
景気回復が遅れているから
          57  (68)   57   56
政治スキャンダルの対応に消極的だから
           5  ( 7)    5    5

◆どの政党を支持しますか。

自民党      29  (36)   30   27
民主党      27  (16)   33   22
公明党       4  ( 6)    2    6
共産党       3  ( 2)    2    3
社民党       1  ( 2)    2    1
無所属の会    1  ( 1)    1    1
自由連合     ―  ( 0)    ―    ―
その他の政党   0  ( 1)    0    0
支持政党はない 32  (33)   27   36

◆イラクへの自衛隊派遣の時期について、どう思いますか。

可能な限り早く派遣すべきだ
          全体   −   男性   女性
            9   ー    13    6
イラク情勢の安定を待って派遣すべきだ
           40   ー    39   41
時期にかかわらず派遣すべきではな
い         43   ー     43   43

◆自衛隊がイラクに派遣された場合、テロの標的になると思いますか、思いませんか。

標的になると思う 79  ー     83   76
標的にならないと思う
           11   ー     10   12

(注)数字は%、小数点以下を四捨五入。0は0.5%未満、「―」は回答者なし。無回答は除いた。カッコ内の数字は前回10月11、12日の調査結果。

◆ 調査の方法 11月29、30日の2日間、コンピューターが無作為に選んだ電話番号を使うRDS(ランダム・デジット・サンプリング)法で全国の有権者1000人を目標に電話で調査し、1036人から回答を得た。1036人のうち30日に回答したのは246人。(毎日新聞)
[12月1日1時26分更新]

イラクへの自衛隊派遣 反対・慎重派8割超

毎日新聞が11月29、30の両日に行った全国世論調査(電話)で、イラクへの自衛隊派遣(はけん)について「時期にかかわらず派遣すべきではない」と答えた反対派が43%、「イラク情勢の安定を待って派遣すべきだ」と条件付きの慎重(しんちょう)派が40%を占(し)めた。派遣反対・慎重派が8割を超(こ)えたのに対し、「可能な限り早く派遣すべきだ」の早期派遣派は9%だった。一方、第2次小泉(こいずみ)純一郎(じゅんいちろう)内閣の支持率は42%で、前回10月調査から14ポイント急落し、不支持率は37%と11ポイント増えた。

 自衛隊がイラクに派遣された場合、テロの標的になると思うかをたずねたところ、79%が「なると思う」と答え、「ならないと思う」の11%を大きく上回った。死傷者が出かねないことへの心配が派遣反対・慎重論につながっているとみられる。

 派遣については内閣不支持層の65%が反対、28%が慎重で、早期派遣は3%。支持層は早期派遣が17%と高く、反対23%、慎重53%だった。

 回答者1036人のうち、790人(76%)がイラクでの日本人外交官殺害事件が明らかになる前の29日に答えた。(毎日中学生新聞)
[12月2日12時55分更新]


(私のコメント)
選挙が終わった後に小泉内閣の支持率が急落している。この世論調査はイラクの日本人外交官殺害事件が起こる前の調査であり、今はもっと支持率は落ちているだろう。しかし小泉内閣は来週の8日にも閣議決定を下すようだ。しかし閣議決定すればさらに支持率は落ちるだろう。ゲリラ側は一番の政治的弱点を攻めてくるだろうから、日本の自衛隊へのテロ攻撃は十分予想できる。

しかし総選挙で自民党が勝利した以上、自衛隊のイラク派遣は避けられない。そのためにも総選挙では民主党が勝利を得ていればイラク派遣を阻止することが出来たはずだ。いわば国民投票で認めてしまった形であり、今回の世論調査と選挙の結果とがどうして食い違ったのか、分析してみるべきだろう。

事実上の国民投票でイラク派遣に賛成した以上、たとえ自衛隊に死者が出たとしてもその責任は選挙で自民党に票を入れた国民自身にある。国民の多くは自衛隊のイラク派遣問題など他人事であり、自分の利害で投票する人がほとんどだということなのだろう。自民党の中でも意見は分かれており、自民党の外交部会でも早急なイラク派遣には反対者が多いようだ。

小泉政権誕生以来、党の力より官邸の力が増している。経済対策においても党の景気優先の方針は官邸は受け付けず、構造改革が優先されている。マスコミはこの流れに乗り小泉改革を支持して抵抗勢力の自民党議員を標的にした。しかしそれは自民党内の森派を助けたことにしかならなかった。いまや衆議院では森派が最大会派になっている。

自民党内の反小泉勢力は衆参の選挙があることにより小泉首相を引き摺り下ろせなかったが、少なくとも衆議院では選挙が終わったことにより小泉首相にこだわる理由は無くなった。最近ではYKKならぬFKKが話題になっている。総裁選で対立候補になった藤井、高村氏と古賀元幹事長のことらしい。

小泉内閣はイラク問題でつまずいて、イラクへ自衛隊を派遣すれば派遣したで支持率は落ち、戦死者が出れば退陣に追い込まれる。またイラクへ派遣しなければアメリカのブッシュ政権から攻め立てられ、日本の政局が危ぶまれることになります。要するに小泉内閣は進退窮まったのだ。

小泉首相が総裁を辞任するようになった場合、気の早い話ですが小泉総裁の後任には高村氏や平沼前経済産業大臣の名が挙がっている。さらに問題は公明党の出方ですが選挙母体の創価学会の間では反対論が強く6日の全国代表者会議でどのようになるかが注目点です。公明党は小泉内閣と運命を共にするのか、それとも印籠を渡すのかわかりません。しかし公明党が自衛隊派遣に賛成すれば党にもダメージが付きまとうことになるだろう。

<自衛隊派遣>日程に遅れも 慎重姿勢強まる 公明

公明党は自衛隊のイラク派遣に慎重姿勢を強めている。政府が自衛隊派遣の基本計画の閣議決定を来週以降に先送りしたのも、発言力を強める公明党の意向に配慮したためだ。公明党は6日の全国代表者会議で、自衛隊派遣問題をメインテーマにする方針。同党の対応によっては実際の自衛隊派遣は大幅に遅れる可能性が出ている。(毎日新聞)
[12月2日22時33分更新]




Defining the resistance in Iraq


2003年12月3日 水曜日

from the November 10, 2003 edition  

11月10日、2003年の版から

In the Baghdad suburb of Abu Ghraib is a compound on an abandoned airstrip that once belonged to a state organization known as M-21, or the Special Operations Directorate of the Iraqi Intelligence Service.As a UN weapons inspector, I inspected this facility in June of 1996.We were looking for weapons of mass destruction (WMD).While I found no evidence of WMD, I did find an organization that specialized in the construction and employment of "improvised explosive devices" - the same IEDs that are now killing Americans daily in Iraq.

バグダッド郊外のアブ・グライブは、以前M-21として知られている国家機関が所有していた、放棄された複合施設の建物、あるいはイラクの情報局の特別のオペレーション司令室です。国連武器検査官として、私は1996年の6月にこの設備を検査しました。私たちは大量破壊(WMD)の武器を捜していました。WMDを示す証拠を見つけられなかった一方、私は「即席起爆装置」(IED)の構築および雇用を専攻した組織を見つけました―イラクにおいて毎日今アメリカ人を殺しているのと同じIEDです。

When we entered the compound, three Iraqis tried to escape over a wall with documents, but they were caught and surrendered the papers.Like reams of other documents stacked inside the buildings, these papers dealt with IEDs.I held in my hands a photocopied primer on how to conduct a roadside ambush using IEDs, and others on how to construct IEDs from conventional high explosives and military munitions.The sophisticated plans - albeit with crude drawings - showed how to take out a convoy by disguising an IED and when and where to detonate it for maximum damage.

私たちが複合施設に入った時、3人のイラク人が文書を抱えたまま逃げようとしました。しかし、それらはつかまれ、書類を譲渡しました。大量の他の文書が建物の内部で積み重ねたように、これらの書類はIEDについのものでした。私はIEDを使用して、路傍待ち伏せを導く方法上で手に複写された入門書を握り締めました。また従来の高性能爆薬および軍事の軍需品からのIEDを構築する方法上の他のもの。精巧な計画(そのままの図面でとはいえ)は、IEDおよび最大の損害のためにそれを爆発させるべき時間およびどこで偽装するか、警護を回避する方法を教えました。

Because WMD was what we were charged with looking for, we weren't allowed to take notes on this kind of activity.But, when we returned to our cars, we carefully reconstructed everything we saw.

WMD(大量破壊兵器)が、私たちが責任を負ったものだったので、見ること、のために、私たちは、この種の活動のノートをとることを認められませんでした。しかし、自動車に戻った時、私たちは見たものすべてを注意深くメモしました。

What I saw - and passed on to US intelligence agencies - were what might be called the blueprints of the postwar insurgency that the US now faces in Iraq.And they implied two important facts that US authorities must understand:

私が見た(そして米国の情報局に渡された)ものは、米国が今、イラクで面する戦後の暴動の青写真と呼ばれるかもしれないものでした。また、それらは、米国の当局が理解しなければならないという2つの重要な事実を意味しました

The tools and tactics killing Americans today in Iraq are those of the former regime, not imported from abroad.

今日、イラクでアメリカ人を殺す道具と戦術は前政権(外国から輸入されなかった)のものです。

The anti-US resistance in Iraq today is Iraqi in nature, and more broadly based and deeply rooted than acknowledged.

今日のイラクの反米国レジスタンスは自然においてイラクで、より広く定着しています。また、認められたより深く定着した。

IEDs are a terrifying phenomenon to the American soldiers patrolling Iraq.The IED has transformed combat into an anonymous ambush, a nerve-racking game of highway roulette that has every American who enters a vehicle in Iraq today (whether it be the venerable, and increasingly vulnerable, Humvee, or an armored behemoth like the M-1 Abrams tank) wondering if this ride will be their last.

IEDはイラクをパトロールするアメリカの兵士への恐ろしい作戦です。 IEDは戦闘(この旅行が彼らの最後になるかどうかと今日(かどうか、それ、尊敬すべきである、そしてますます脆弱、ハンビー、あるいは1つの、装着された、M-1エイブラムス・タンクのように巨大)思うイラクで乗り物に入るすべてのアメリカ人を持っているハイウェー・ルーレットのいらいらするゲーム)を無人の待ち伏せに変形しました。

Far from representing the tactics of desperate foreign terrorists, IED attacks in Iraq can be traced to the very organizations most loyal to Saddam Hussein.M-21 wasn't the only unit trained in IEDs.During an inspection of the Iraqi Intelligence Service's training academy in Baghdad in April 1997, I saw classrooms for training all Iraqi covert agents in the black art of making and using IEDs.My notes recall tables piled with mockups of mines and grenades disguised in dolls, stuffed animals, and food containers - and classrooms for training in making car bombs and recruiting proxy agents for using explosives.

イラクのIED攻撃は、必死の外国人テロリストの戦術を表わすどころか、サダム・フセインに最も忠実なまさに組織まで辿ることができます。 M-21はIEDの中で訓練されたただ一つのユニットではありませんでした。イラクの情報局の1997年4月のバグダッドのトレーニング・アカデミーの検査中に、私は、IEDを作り使用する技術をイラクの隠密のエージェントすべてに仕込むために教室を見ました。私のノートは、人形、縫いぐるみの動物人形および食品容器の中で変装した山と手投げ弾の模型が積まれたテーブルをリコールします-そして、自動車爆破装置を作り、爆発物の使用のために代理エージェントを募集する際に練習するための教室です。

That same month, I inspected another facility, located near the wealthy Al Mansur district of Baghdad, that housed a combined unit of Hussein's personal security force and the Iraqi Intelligence Service.The mission of this unit was to track the movement and activities of every Iraqi residing in that neighborhood straddling the highway that links the presidential palace with Saddam International Airport.

その同じ月、私は、バグダッド(それはフセインの人的およびイラクの情報局の結合したユニットを収容した)の豊富なアルマンスール地区の近くにあって、別の設備を検査しました。このユニットの使命は、大統領宮殿をサダム国際空港とつなぐハイウェーにまたがるその近隣に駐在するすべてのイラク人の移動および活動を追跡することでした。

A chilling realization overcame us when we entered a gymnasium-sized room and saw that the floors were painted in a giant map of the neighborhood.The streets were lined with stacked metallic "in-box" trays - each stack represented a house or apartment building.A three-story building, for example, contained three levels of trays;each tray contained dossiers on each citizen living on that floor.Similar units existed in other neighborhoods, including those deemed "anti-regime."

私たちが体育館サイズの部屋に入り、床が近隣の巨大な地図で描かれることを理解した時、冷える実現は私たちを克服しました。通りに積み重ねられた金属の「インボックス」トレーが並びました。各スタックは家かアパートを表わしました。 3階の建物(穏やかな3レベル(例えば)のトレー); 各トレーは、その床に住んでいる各市民の調査資料を含んでいました。同様のユニットは、「反政権」と考えられたものを含む他の近隣に存在しました。

Hussein's government was - and its remnants are - intimately familiar with every square inch of Baghdad:who was loyal, where they live, and who they associated with.(The same can be said about all of Iraq, for that matter, even the Kurdish and Shiite regions.)This information allows officials from the remnants of Hussein's intelligence and security services to hide undetected among a sympathetic population.Indeed, a standard quotient among counterinsurgency experts is that for every 100 active insurgents fielded, there must be 1,000 to 10,000 active supporters in the local population.

フセインの政府はそうでした(また、その残りはそうです)。バグダッドのすべての平方インチに詳細に精通しています。誰が忠実でしたか、それらはどこに住んでいますか、また、それらが誰と提携しましたか。 (同じことが、イラクのすべてに関してさらに言えば言えます(クルド人・シーア派の地方さえ)。) この情報は、フセインの共鳴する人の中に発見されない面への知能および安全保障機関の残りからの審判を許可します。確かに、対ゲリラ用のエキスパートの間の標準組織は、守備された100人の活動的な反政府運動家ごとにとって、1,000〜10,000人の活動的な支持者が地元住民にいるに違いないということです。

Though the Bush administration consistently characterizes the nature of the enemy in Iraq as "terrorist," and identifies the leading culprits as "foreign fighters," the notion of Al Qaeda or Al Ansar al Islam using Baghdad (or any urban area in Iraq) as an independent base of operations is far-fetched.To the extent that foreigners appear at all in Baghdad, it is likely only under the careful control of the pro-Hussein resistance, and even then, only to be used as an expendable weapon in the same way one would use a rocket-propelled grenade or IED.

ブッシュ政権はイラクで敵の性質を「テロリスト」であると一貫して見なし、オペレーションの独立した基礎としてバグダッド(あるいはイラクの任意の都市のエリア)を使用する「外国の戦士」、アルカイダについての概念あるいはアル・アンサール・イスラム教が、遠くに連れて来られるとともに、主要なメンバーを識別しますが。外国人がバグダッドにすべて現われるという程度まで、それは、プロフセイン抵抗の注意深い管理の下でのみありそうです。同じ方法で使用認可の武器として単に使用されて、ゲリラはロケット推進式の手投げ弾かIEDを使用するでしょう。

The growing number, sophistication, and diversity of attacks on US forces suggests that the resistance is growing and becoming more organized - clear evidence that the US may be losing the struggle for the hearts and minds of the Iraqi people.

米国力に対する攻撃のますます多く、洗練および多様性は、抵抗がもっと組織されていると示唆します-イラクの人々の心および心のために米国が支持を失っているかもしれないという明らかな証拠です。

To properly assess the nature of the anti-American resistance in Iraq today, one must remember that the majority of pro-regime forces, especially those military units most loyal to Hussein, as well as the entirety of the Iraqi intelligence and security forces, never surrendered.They simply melted away.

適切に今日、イラクで反米レジスタンスの性質を評価するために、一つは、イラクの情報機関および治安部隊の全体と同様に政権支持力の大多数(特にフセインに最も忠実なそれらの軍事部隊)も降参しなかったことを思い出さなければなりません。それらは単に次第になくなりました。

Despite upbeat statements from the Bush administration to the contrary, the reality is that the Hussein regime was not defeated in the traditional sense, and today shows signs of reforming to continue the struggle against the US-led occupiers in a way that plays to its own strengths, and exploits US weakness.

それとは反対のブッシュ政権からの楽天的なステートメントにもかかわらず、現実は、フセインの政権が従来の感覚に失敗しなかったということで、今日、それ自身の強さにプレーし、米国の弱点を開発する方法で米国主導の占領に対する努力を継続するために改善するサインを示します。

For political reasons, the Bush administration and the Coalition Provisional Authority (CPA) haven't honestly confronted this reality for fear of admitting that they totally bungled their prewar assessments about what conditions they would face in postwar occupied Iraq.

政治的な理由のために、ブッシュ政権および臨時暫定政権(CPA)は、それらが戦後の占領されたイラクでどんな条件に直面するだろうかに関する戦前の評価を全く不細工に作ったと認めないように正直にこの現実に直面していません。

The failure to realistically assess the anti-American resistance in Iraq means that "solutions" the US and CPA develop have minimal chance of success because they're derived from an inaccurate identification of the problem.

イラクで現実的に反米レジスタンスを評価しないことは、それらがその問題の不正確な識別に由来するので米国とCPAが開発する「解決策」が成功の最小の機会を得ていることを意味します。

The firestorm of anti-US resistance in Iraq continues to expand - and risks growing out of control - because of the void of viable solutions.Unless measures are taken that recognize that the tattered Hussein regime remains a viable force, and unless actions are formulated accordingly, the conflict in Iraq risks consuming the US in a struggle in which there may be no prospect of a clear-cut victory and an increasing possibility of defeat.

イラクの反米国レジスタンスの嵐は実行可能な解決策の空間のために拡大し続けます(またコントロールできずに成長する危険)。もしぼろぼろのフセインの政権が実行可能な力のままであることを認識する手段が取られなければ、およびもしアクションが従って公式化されなければ、イラクの矛盾は危険を冒して、明確な勝利および敗北の増加する可能性の見通しがないかもしれない努力の中で米国を消耗していきます。

Scott Ritter, a former UN weapons inspector in Iraq (1991-1998), is author of 'Frontier Justice:Weapons of Mass Destruction and the Bushwhacking of America.'

スコット・リッター、前の国連、イラク(1991-1998)の武器検査官は「フロンティアジャスティス: 大量破壊およびアメリカのブッシュウォッチングの武器。」の著者です。

The Christian Science Monitor from the November 10, 2003 edition


(私のコメント)
日本の自衛隊が行く行かないの判断をするために、その前にイラクが今どのような状況であるか、またこれからどのような状況になるのかを分析する必要があるだろう。アメリカ軍が戦っている敵とはどのような敵か。イラクのサダム・フセインがこのような状況を想定した作戦を何年も前から計画していたらしいことがスコット・リッター氏の記事が指摘している。

つまりアメリカのブッシュ大統領はサダム・フセインの仕掛けた罠にはまった事になる。爆弾は道路や建物や車に仕掛けられ、米兵がうかつに触ったりすると爆発する。このような作戦は独ソ戦においてもドイツ軍が撤退する際に、様々な箇所に仕掛け爆弾を仕掛けてソ連軍の進撃を遅らせた。また映画の「イングリィシュ・ペイシェント」の中でもドイツ軍が仕掛けた爆弾をインド兵の工兵が除去していくシーンが描かれていた。

このようにイラクのゲリラは爆弾の専門知識を持った組織が仕掛けている。またロケット砲によるホテルへの砲撃や、対空ミサイルによるヘリや航空機への攻撃は軍事訓練を経た兵士によるものだ。アメリカ兵の士気の低下とともにイラク・ゲリラの規模が大きくなっている。このパターンはフランスのアルジェの戦いやアメリカのベトナムの戦いと同じパターンだ。

アメリカのブッシュはさらなる大部隊を派遣し続けるのだろうか。アメリカ国民はイラクの事などよりマイケルジャクソンのスキャンダルに沸いている。イラクで戦っているアメリカ兵は忘れられた存在となり、アメリカ兵はやけになり麻薬や覚せい剤に犯されてゆく。彼らには湾岸戦争の時のような栄光の凱旋は待っていない。

小泉首相はブッシュのテキサスの牧場で交わした密約の実行を迫られているのだろう。しかしイタリアやスペインの同盟国からも死者が出てきて、各国の指導者への国民の風当たりが強くなり、イギリスのブレア首相は政治生命が危ぶまれている。イラクの戦争はこのままずるずると長引き戦死者は出続けるだろう。小泉首相はそれでも自衛隊をイラクへ派遣するだろうか。

日本の親米派の自衛隊のイラクへの派遣すべしと言う意見は、アメリカを恐れるあまりの情けない意見だ。大儀の無い戦争に憲法違反を承知でイラクへ自衛隊を派遣させれば、日本の指導者は世界の笑いものになるだろう。アメリカの民主党も良い顔はしない。私はアメリカの国内の政治状況を解説してきました。小泉首相がブッシュの言いなりになればアメリカ全部が喜ぶわけではない。

アメリカにとって戦争は構造的に行わなければならない病気のようなものだ。朝鮮戦争で勝てず、ベトナムでも勝てず、イラクでも勝てないだろう。朝鮮、ベトナム戦争当時はアメリカも国力が充実していた。しかしイラク戦争はどうだろうか。ソ連におけるアフガニスタン侵攻となるかもしれない。日本の戦略としてはアメリカが撤退した後の穴を埋めるような役割をすべきだ。




足利銀行の国有化処理の不透明さは問題
株主および栃木県住民はなぜ黙認するのか


2003年12月2日 火曜日

この国の仕組みは本当に分かりにくいね。あしぎんの一時国有化が決定されました。新聞を読むと、監査法人の中央青山が繰り延べ税金資産の資本組入れが認めなかった事が、債務超過の原因らしい。そもそも有税償却と無税償却の論議がないがしろにされ、金融庁は現在、財務省に無税償却を求めているのにも拘わらず、このような曖昧な基準で国民の財産が奪われている。報道によると、栃木県の福田知事は「あと2年半あれば自力再建ができた」と言っています。

我が国は税務署員の個人的な裁量によって納税額も変わると言います。一つの基準はあるのでしょうが、公正でなくてはならない基準に、個人の裁量が働いている。さて今回のあしぎん問題は、法律では過去5年間の繰り延べ税金資産の資本組入れが認められているが、これは黒字を前提とした話。現状は赤字なので過去5年分は認められない。という監査法人側の言い分なのでしょう。しかし株価を見ても分かるように、来年の景気見通しが公認会計士に分かるのだろうか? 来年、破綻懸念企業は好調な業績を示し黒字転換し、借金を返済し始めたら健全な貸出先になります。そうなる可能性があるのです。それなのに、現状が悪いからそんな事はない。だから繰り延べ税金資産は資本ではない。との認定です。

アメリカでは、そもそも金融機関の貸し倒れ引当金は無税償却だと言います。何故、日本は有税償却なのか?


問題の原点は此処にあります。この経緯は財務省が引当に対し、5年間の繰り戻し期間を認めるから、有税で償却して欲しい。と、税収不足の為に、過去に銀行界に頼んだらしいのです。それが手のひらを返したように、3月期末まで認めていたものを、9月になったら認めないと豹変する訳です。あしぎん関係者が憤りを感じるのは無理のない話だね。

(ここで、会計上の見解は私の認識が間違っているかもしれませんが、私は現時点でこのように認識しています。間違っていたらご免ね。)

そもそも年金制度の問題にしても、この国には明確な目標がない。つぎはぎだらけの国家基準が、曖昧さを生み、世の中を混乱させている。それは島国の為に、仲間内で争いを避けようと言う生活感が生んだ弊害なのだろうね。この国の基準は年収500万円前後の人に暮らしやすいように作られています。僕は歩合セールスなので収入が一定しません。少ない時は年収が100万円、多いときは1000万円を大きく越えます。そうなると困った時に国の教育ローンを受けられず、逆に所得が多いときも、基準でローンが受けられないのです。同じ日本国民で税金を払っているのに差別されています。

この国の仕組みが矛盾だらけなのです。所得税だっておかしいよね。少しは下がりましたが所得の多い人は50%の税金を取られるのです。記憶によれば、国民の40%ぐらいは所得税を払ってないと思います。それなら、公平に所得税をゼロにして消費税を20%にすれば良いよね。使った人が税金を払うのです。お金があるから消費をするわけだからね。脱税などと言う問題はなくなるね。年金だって4割もの人が納めていない。私の娘はアメリカの大学の為に、所得がないのに特例が認められずに、13300円を毎月、私が納めているのです。

一所懸命に働けば、所得は増えるのは当たり前でしょう。ところがこの国では所得が増えると監視をされるのです。財産目録を税務署に聴かれる。何故、頑張る人が悪いことをしているみたいに、差別されるのかな? 馬鹿らしい限りで労働意欲はなくなるでしょう。仲間からは嫉妬や妬みを受ける。そもそも二宮尊徳の銅像がおかしいんじゃないのかな? 「清貧の思想」が美徳とされる風習が間違っているのです。だから老人に富が偏り、年金を貰いながら、優雅に旅行をして遊んで暮らしている。一方、若者は、そんな年金を貰って遊んでいる連中を支えるのは馬鹿らしいから、働かないし年金も納めない。

官僚は自分のお金でないから、無駄使いをしグリーンピアを造る。官が一部の族議員の言いなりになって互いの私腹を肥やす仕組みを作った。真面目に考えると馬鹿らしい限りだね。総理大臣が目標を明確にしない。それを容認する国民が多くいる。白けながら問題認識を諦めている国民。いい加減な仕事をしているから起るH2Aロケットの打ち上げ失敗。劣る品質、度重なる企業事故、新聞論調は「清貧の思想」が蔓延っている。日本には1400兆円も眠る資産があるのに、動かない仕組みをマスコミは演出している。世論を誘導しているのはマスコミの存在だね。お金を動かす事が必要なのに…お金は動かすためにあるんだね。(後略)

不思議な国日本 未来かたるのコラム 11月30日


「銀行国有化」について。

 足利銀行が国有化された。好ましいことではないとはいえ、倒産させるよりは、マシであろう。倒産させるとは、預金者の預金をゴミにして、社会的な大混乱を起こすことだからだ。
 一方、「ペイオフ」論者の主張によれば、「ダメな銀行はどんどん倒産させよ」となる。これだと、社会的な大混乱が起こることになる。では、この主張は、どこがおかしいのか? それを説明しておこう。

 「ペイオフ」論者の主張は、要するに、古典派の基本そのものだ。「ダメな銀行を退出させることにすれば、資源(人や資金)が、ダメな銀行から、健全な銀行に移る。かくて、ダメな銀行が消えて、健全な銀行が残る。ゆえに、すべての銀行は健全になる」というわけだ。
 一見、もっともらしい。では、そのどこがおかしいのか? 
 ここでは、ミクロ経済学における「最適配分」をめざしている。なるほど、そうすれば、「最適配分」が可能だ。ただし、ここでは、マクロ経済学における「国全体の総生産(GDP)の変化」を考慮していないのである。
 「GDPが一定である」と仮定すれば、「最適配分」によって、状態の最適化がなされる。それは、古典派の主張だが、その論理自体は正しい。ただし、「GDPが一定である」という仮定そのものが、成立しないのである。
 「ダメな銀行を退出させれば、健全な銀行だけが残る」と古典派は主張する。なるほど、GDPが変化しなければ、そうだろう。しかし実際には、「ダメな銀行を退出させれば、GDPが縮小するので、健全な銀行もまたダメな銀行になってしまう」となる。

結語。

 古典派は、マクロ的なGDPの変化を無視して、配分の最適化だけをめざす。それゆえ、誤った仮定の上に論理を築き上げて、正しいことを主張しているつもりになるのだ。こういう論理を、「砂上の楼閣」と呼ぶ。

[ 付記 ]

 足利銀行の国有化について、「倒産させるよりはマシだ」と述べた。ここでは、「マシ」というのは、「良い」ということではない。当たり前ではあるが、混同しないよう、注意しよう。
 金融庁あたりは、「足利銀行を国有化することは正しいことだ」と思っているようだが、とんでもないことだ。これは「善」というよりは「必要悪」に近い。
 なぜか? 「経営状態の悪い銀行は、国有化するべきだ」(または公的資金を注入するべきだ)という理屈が正しいとしたら、不況が続くと、あらゆる銀行を国営化する必要が出てくる。「郵貯の民営化と、民間銀行の国営化」という、狂気的な策だ。
 「ダメな銀行はさっさと倒産させよ」という過激な主張に比べれば、「ダメな銀行は国有化せよ」という現実的な主張の方がマシではある。しかし、これを「正しい」と評価するべきではない。
 では、正しくは? そもそも、銀行経営が悪化した理由を知ればよい。銀行経営が悪化したのは、日本中の銀行がそろって放漫経営をしたからではない。日本中の銀行がそろって「不況」の只中に投げ込まれたからだ。金を貸した企業が赤字になって、次々と倒産すれば、銀行もまたその影響を受けるのは必須だ。
 だから、正しくは、「銀行が悪い」というふうにスケープゴート(いけにえ)をしつらえることではなくて、「政府の経済政策が悪い」と核心を突くことだ。そうすれば、何かをなすべきは、銀行ではなくて政府だ、とわかるだろう。そしてまた、政府が無策のままであれば、銀行を次から次へと国有化していくしかなくなる。日本がソ連に似てきて、最終的には崩壊することになる。……そして、それこそ、「構造改革」路線のめざすことなのである。

ニュースと感想 12月1日 南堂久史


(私のコメント)
足利銀行の国有化により株券は0円で買い取られ、上場している、あしぎんFGの株券も1円にしかならなくなりました。足利銀行の増資に応じた栃木県民の人たちの700億円もパーになりました。それにもかかわらず栃木県の住民からの怒りの声はマスコミからは伝えられません。明らかに監査法人と金融庁のやり方はルール破りそのものだ。

不良政権の無税償却を認めていれば、債権放棄や売却処分も進み足利銀行の資本の毀損はもっと少なくて済んだはずだ。資産査定の厳格化と言いながら査定方法を変えてしまうのはおかしい。根底には財務官僚たちの長引く不況の銀行への責任のなすりつけがあるのだろう。このような法律のデタラメの運用に対する国会議員たちの反応が鈍い。

本当に不良債権の早期処理を促すのなら、銀行の不良債権の無税償却を認めるべきだ。そうすれば多くの不良債権を優良債権に転換できるものもあるだろう。しかしながら根本的には小泉首相と竹中金融大臣の政策が変わらなければ、これからも不透明な銀行潰しが続けられる。足利銀行のやり方を見ると、途中でルール変更してまでも銀行を潰す狙いは何なのか。

政府・日銀は銀行の数が多すぎると言いますが、営業地域が限定された地方銀行にはその言葉は当たりません。足利銀行が潰れれば町に銀行が亡くなってしまう市や町が沢山出来る事になる。銀行が過当競争だから金利が上がらないといっているバカなエコノミストがいますが、不況だから金利が上がらないのだ。たぶん財務省や日銀の手先が言っているに過ぎない。

都市銀行も四つに纏められましたが、かえって体質的には悪化しているようだ。規模は大きくなりましたが、肝心の経営陣の体質が変わっていない。支店長以上の役員クラスは総入れ替えして思い切った人材の登用をすれば変わりようがあるのでしょうが、今の役員達は問題を先送りにして、なんとか切り抜けることしか出来ないでいる。

私も長年銀行員をしていましたが、仕事のできる社員と出来ない社員は毎日一緒に仕事していればいやでもわかる。ところが役員クラスになると仕事が出来る出来ないが不透明になってしまう。大きな不祥事さえなければなんとか誤魔化せるのだ。ところがバブルの崩壊で役員の力量が発揮されるべき時に誰も銀行を救えるだけの力量が無いことがわかってしまった。

足利銀行も経営危機が長い事言われてきたのだから、もっとリストラを徹底的に出来なかったのだろうか。一番手っ取り早い方法は職員の賃金カットだ。クビにするには法律上制約があるから賃金カットが一番効果がある。ところがりそなを例にとっても経営が破綻する状況でも賃金カットは、国有化されてからだった。

公務員にしても赤字の国や地方公共団体は真っ先に賃金カットを行うべきなのですが、石原知事が数%のカットをしたに留まる。銀行や公務員の意識改革をさせるには賃金カットが一番効果的なのですが、今の経営者はそれを一番最後に回している。倒産させるよりは良い方法なのですが、地方銀行も大胆な賃金カットをしたという話は聞いたことが無い。




坪内隆彦著 「キリスト教原理主義の国アメリカ」
童顔の貴公子ラルフ・リードが米国をリードする時


2003年12月1日 月曜日

リードはロバートソンと違う道を進むか

キリスト教徒連合に問われているのは、どこまでアメリカの変化を受け入れることができるか、である。これについての立場が、アファーマティブ・アクションに対する立場をも、移民問題に対する立場をも左右する。幸いなことにリードの言葉には、多文化社会のアメリカを認める姿勢が貫かれている。

一九九六年二月十二日、ロサンゼルスのタウン・ホールのスピーチで彼はこう語っている。「我々はそれぞれ異なる信仰をもっている。異なる民族的背景をもっている。肌の色も違うし、主義も異なる。この多様性は弱点ではない。これは我々の最も偉大な力だ。キリスト教徒、ユダヤ教徒、その他の宗教を分割するような政治は、アメリカの公正の精神に反している」。

リードはレイシズム、反ユダヤ主義をはっきりと批判しはじめている。一九九五年九月八日、ワシントンのヒルトン・ホテルでキリスト教徒連合の年次総会が開かれた。四千人が出席した総会では、ドール、グラム、ブキャナンなど大統領侯補者たちが次々に演説した。この総会での演説でもリードはこう明言している。「我々はユダヤ人とイスラエルの 最良の友人である」と。この総会には、約百人のユダヤ人が参加していた。ところが、依然としてキリスト教徒連合に厳しい論者の間では、警戒感は残っている。リードはともかく、そのボスのロバートソンはどうなのだ、という声もまた多い。

ロバートソンとリードでは、キリスト教徒連合の目的説明においてすら、若干のニュア.ンスの違いが見て取れる。ロバートソンは、多くの場合「キリスト教徒連合はプロニフイフ派市民の組織だ」、「子供のあるアメリカの中流家庭の声を一つにする」のがキリスト教徒連合の目的だという言い方をする。これに対してラルフ・リードは、「キリスト教徒連合は、自分たちの生活に政府が介入してくることを望まず、家族思いの公共政策を望んでいる家族のためになるように運動する草の根の市民組織」だと説明する。

リードは、最近では「敬虔な者たちが社会的にしかるべき役割を果たせるようにすることを目指す」とか、「キリスト教徒連合は常識を求めるアメリカ人のための運動である」という表現を使い、彼らの運動が特別なものではなく、ごく当たり前の運動であることを強調するようになっている。ロバートソンがより本音に近い部分を語り、リードが一般受けするようなことを語るよ うな分担になっているのか。それとも、二人には路線対立があるのか。それは断定できない。少なくとも、年齢といい、イメージといい、対象的な二人がそれぞれの持ち味で訴えかけることによって、より広範な層にアピールしているということができる。キリスト教徒連合ウォッチャーのロバート・ボストンは、リードとロバートソンを「良い警官と悪い警官のコンビ」とみなしている。

ロバートソンと反ユダヤ主義

曲がりなりにもロバートソンは、過去にキリスト教原理主義者が引きずっていた反ユダヤ主義と決別してきた。その背景としてイスラエルにふれないわけにはいかない。一九世紀に入ると「ユダヤ人が祖先の地バレスティナにユダヤ人の国を建設しようとする運動」、シオニズムが、政治的運動として興り、ついに一九四八年イスラエルの成立をみた。「神によって約束された土地にユダヤ人が帰還した」と解するものもいた。だが、キリスト教原理主義者のイスラエルに対する態度は、はっきりしないままだった。 モラル.マジョリティーのジェリー・ファルウェルもまた、一九六七年まで説教の中でイスラエルのことにふれたことはなかった。

ところが、一九六七年の第三次中東戦争を転機に変化が起こった。六七年六月、イスラェルは奇襲攻撃に出て、一週問でシナイ半島全域のアラブ連合一現エジプト一領、エルサレムを含むヨルダン領、シリア国境地帯を占領したのだった。この瞬間、イスラエル勝利は神の計画だと解釈されたのだった。ここから、ファルウェルらキリスト教原理主義者のイスラエル支持がはじまっている。

これにあわせて、ロバートソンらキリスト教原理主義者の多くが親イスラエル派となった。注目すべきは、ジェシー・ヘルムズらはこの時点で依然反イスラエルだったということである。ユダヤ人と共和党保守派の相性は悪いままだったのである。ユダヤ人の多数は民主党を支持していた。一九八○年当時の調査では無党派のユダヤ人の七五%までが民主党に好感をもっているという結果もでていた。

ユダヤ人社会とキリスト教原理主義の同盟

一九八○年代に異変が起こった。アメリカ国内のユダヤ人の保守化、アメリカ外交上のイスラエル重視の必要性などが重なり、キリスト教原理主義者と保守派ユダヤ人との接近が進んだのである。ファルウェルが明確にイスラエル支持の立場を打ち出すのに合わせて、ユダヤ人側もキリスト教原理主義との同盟路線を主張した。ユダヤ人社会で影響力を持つアーヴィン・クリストルは「コメンタリー」一九八四年七月号で、在米ユダヤ人がキリスト教原理主義を支持すべきだと明確に主張したのである

保守派ユダヤ人たちは、アメリカが外交・防衛政策上リベラル化しすぎることが、イスラエルの防衛という目的にとって不都合だと考え、アメリカの防衛力増強に賛成することが利益に適うと考えた。ここにおいてキリスト教原理主義者たちと「強いアメリカ」の立場を共有することができた。ところが、クリストルはイスラエル支持、「強いアメリカ」支持においてのみの戦術的な同盟を組めと言ったのではない。彼は驚くべきことに、中絶問題などキリスト教原理主 義者たちの主張する社会問題でも歩調を合わせていくべきだと問題提起したのである。

ユダヤ人の多数は、社会問題でもリベラルで、キリスト教原理主義の主張には賛同していなかった。この歴史を転換すべきだとクリストルは唱えたのである。、同時にユダヤ人たちは、民主党に対する見方を変えるようになっていた親第三世界という方針を機軸として、リベラル派のプロテスタントが親アラブ的傾向を強めたのである。NCCは、一九八○年にPLOをパレスチナ人の正当な代表として承認するよう呼びかける決議を採択した程である。こうして、ユダヤ人たちとリベラル派キリスト教徒.民主党リベラルとの蜜月時代は終わった


むろん、キリスト教原理主義者・共和党右派のイスラエル支持への転換は、選挙におけるユダヤ人票が無視できないものであることを見せつけられたことも作用している一九八四年の選挙におけるチヤールズ・パーシム落選は、ユダヤ人票の影響力を十分に見せ つけた。パーシーは、一九六七年にイリノイ州から選出された有力な共和党上院議員だった。一九八○年からは上院外交委員長もつとめ、その地位はしばらくは安泰と見られていたのである。 ところが、彼のいくつかの行動がユダヤ人たちを激怒させた。

一九八一年、レーガン政権はサウジアラビアヘの空中警戒管制機の売却法案を提出した。これは、アメリカがアラブ諸国を軍事的に支援している象徴とみなされたのである。外交委員長として法案に賛成したバーシーは、ユダヤ人たちから敵視されるようになったのである。さらに、翌一九八二年には、パーシーは「イスラエルがレバノン侵攻時にアメリカ製武器を使用した」と非難した。アメリカのイスラエルヘの武器売却の条件は、その武器が防衛の目的にのみ用いられるというものであり、攻撃兵器として用いてはならないとされていた。パーシーはイスラエルがこれに違反したと非難したのだった。

こうして、ユダヤ人たちは反パーシー・キャンペーンに踏み切ったのである。パーシーを八四年の議会選挙で落選させることが具体的目標となった。在米ユダヤ人たちのロビー組織、「アメリカ・イスラエル広報委員会」は、イリノイ州出身の下院議員ポール・サイモンをパーシーの対立侯補としてかつぎだした。そして、サイモンに十分な資金的支援をした。彼らは「パーシーはPLOのアラファト議長を穏健派と呼んだ」というタイトルをつけ た反パーシーの広告を新聞に出した。こうしてパーシーは落選した。一九七二年に七〇%獲得したユダヤ人票は、ちょうど半分の三五%に急落したのだった。ボール・マクロスキー下院議員やボール・フィンドリー下院議員も、同様にユダヤ人組織によって議席を奪われた。ここに至ってヘルムズまでもが、ついに立場を転換し、イスラエル寄りになった。(P213−P220)

突き放される日本

クリントンは、国際市場に関心を持つアメリカ企業の利益に十分配慮し、合理的、現実的な外交路線をとろうと試みてはいる。彼は、前大統領のブッシュ同様、いまのところエスタプリッシュメントの側にいる。日本に対して圧力をかけつつも、決定的な対立は避けようとしている。日本は、このクリントンにしがみついて従来の路線を続けようとしているわけである。しかし、勢いを増すキリスト教原理主義者たちに支えられ、ヘルムズのような外交路線が前面に出てくれば、日本はひとたまりもない。いや、キリスト教原理主義者・ニューライトによる権力奪取への序曲はすでにはじまっているのかもしれない。

第二次クリントン政権からはリベラル派がほぼ一掃された。共和党顔負けに、小さな政府の推進を公然と語るクリントンは、国防長官には共和党のウイリアム・コーエンを、国務長官にはヘルムズお気に入りのオルブライト国連大使を就けた。日本にとっての修羅場は、キリスト教原理主義者寄りの保守政治家たちが冷戦の夢から醍め切ったときである。「共産主義」、「社会主義」という看板だけを頼りに、中国や北朝 鮮あるいはキューバなどを攻撃することの虚しさに彼らが気づいたときこそ、日本に対して容赦ない攻撃をしかけてくるに違いない

ヘルムズとともに過激な反日法案を出してきたカリフォルニア選出のダンカン・ハンターといったキリスト教原理主義に近い立場の議員たちも健在である。彼らは、アメリカの庇護の下、経済力の拡大に邁進する日本の路線に強い不満を抱いてきた。「共産主義国の脅威に対して、自らも大きな役割を果たせ」と唱えてきた。日本を「防衛責任をアメリカに押しつけ、経済的利益をむさぼる不届き者」とみるハンターは、レーガン政権時代に驚くべき法案を出していた。

「アメリカが防衛費にGNPの六%を費やしているのに、日本はわずか一%で、五%の差があるので、その分を防衛負担税としてとりたてろ」という内容の法案である。こうした責任分担論は、防衛力増強を望む日本の保守派にとっては、願ってもない圧力だったかもしれない。反共派・「強いアメリカ」派と国防派議員は多くの場合重複しており、日本の国防派議員との相性もよかった。日米同盟の意義を認識しているヘルムズらは、いまも日米安保の強化を唱えてはいる。

クリントンのすすめる対中接近を警戒する日本の保守派は、ヘルムズをそうした接近策に 歯止めをかける頼もしい味方と考えている。しかし、それは幻想なのではないか。ヘルムズやハンターらの狙いは、必ずしも日本の利益に適うものではなかったのである。一九八○年代後半から、彼らは日本企業に対して厳しい立場を鮮明にしてきた。不道徳な「商人国家」として日本をやり玉にあげるようになったのである。

一九八七年には、東芝機械の対共産圏輸出統制委員会(ココム)規制違反に激怒し、東芝制裁法案を提出、翌八八年には日本企業がリビアなど中東諸国に化学兵器製造用の機材を輸出していると、強く批判してきた。彼らは、九〇年代に入ると、「アメリカの日本企業が税金逃れをしている」として課税強化論を主張するようになった。このとき、ゲッパートなど民主党の対日強硬派と共和党の保守派の共闘といった状況が見られたことはいうまでもない。「アメリカの経済を守れ」という点では、右も左もない。

冷戦の夢から醒め切ったとき、つまり「共産主義」諸国の変質を確認したとき、彼らは「もはや日本は同盟国ではない。日米安保を破棄すべきである」と主張するかもしれない。そのときこそ、ヘルムズやハンターの経済ナショナリズムは、過激な保護主義に向かい、 「日本製品の対米輸出に一律一〇%の関税をかけろ」と叫ぶブキャナンや、「日本が米を買わないから、我々は日本の自動車を買わない」と言い放っデビット・デュークらのアメリカ至上主義へのみ込まれていくに違いない。

合理的な判断の通用するエスタブリッシュメントがアメリカで権力を握りつづけると考えるのは、現実的ではない。キリスト教原理主義者たちが「日本は不道徳だ」と信じるようになり、反日十字軍が叫ばれるような事態も想定して、対米政策を練り直すときではなかろうか。つねに最悪の事態を想定した上で、冷静な戦略分析と正確な評価をくだすことを怠れば、一九四一年十二月八日のような「清水の舞台から飛び降りる」愚を再現することになるのではないか
。(P264−P267)

「キリスト教原理主義の国アメリカ」 坪内隆彦著


(私のコメント)
アメリカにおけるネオコンとキリスト教右派の連帯において、不思議でならないのは白人至上主義的で人種差別的なキリスト教右派と、親イスラエルのネオコンとがどうして連帯を組めたのかの疑問があった。それには双方の思惑が重なって連帯が成立したようだ。キリスト教右派にとってはユダヤ人の選挙に対する力を借りたかった。

ユダヤ人にとっては、本来ユダヤ人はリベラルな民主党を支持していた。人種差別問題で民主党を支持することが利益だったからだ。ところがリベラルな民主党はパレスチナ問題ではパレスチナよりになり、ユダヤ人の保守化とともに民主党から共和党へ乗り換えたようだ。ユダヤ人のこのような自分勝手な論理は許されるのだろうか。

自分達ユダヤ人はアメリカ国内では人種差別に反対してきたにもかかわらず、パレスチナやイスラエルにおける人種差別は肯定するというダブルスタンダードを持っている。これに対してキリスト教右派は人種差別的な方針を反省しリベラルな方針を打ち出した。つまりキリスト教右派がリベラル化して、ユダヤ人が人種差別的になったことにより連帯が成立するようになった。

キリスト教右派とユダヤ人の連帯はブッシュ大統領の選出に大きく貢献し、ブッシュ政権のネオコンが主導権を握り、東部エスタブリッシュメントの代表はパウエル国務長官のみとなった。このような傾向はユダヤとキリスト教右派の連帯が続く限り変わらないだろう。しかしこれが劇的に変わる爆弾を抱えていることも間違いない。

もともとキリスト教右派はKKKなどとも親しく、親ナチ的なグループから大きく発展してきたのだ。ラルフ・リードのリベラル融和路線も勢力拡大のための手段であり、彼らが天下を取ったとき、彼らの本性が現れるだろう。イラクでは毎日のようにアメリカ兵が戦死している。アメリカ国民のいらいらは高まる一方だ。やがてはこの不満がイスラエルおよびユダヤ人に向かって爆発してもおかしくはない。

ユダヤ人たちもアメリカのキリスト教徒を上手く騙してイスラエルのために、アメリカ軍をイラクまでおびき出すことに成功した。やがてはシリアやイランをもアメリカ軍に民主化してもらう計画らしい。しかしイラクで計画はつまずき始めている。この責任をめぐってユダヤとキリスト教右派が責任を擦り合うことは火を見るより明らかだ。そのようになった時アメリカのユダヤ人たちはイスラエルに逃げ出すしか逃げ場がないだろう。

もう一つ懸念されることは、キリスト教右派が反共のむなしさに気が付いた時、反共の防波堤だった同盟国の日本に対しても、日米安保条約の破棄まで言い出す危険性があるということだ。核兵器を開発している北朝鮮に対してイラクに比べ融和的なのも、反共的だったキリスト教右派の変質を物語るものだ。中国が共産主義の色を薄めるとともに日本への風当たりは強くなるだろう。

私はこの事に関して、アメリカから日米安保の破棄を言ってくる可能性を指摘してきた。合理的な考えが通用する東部エスタブリッシュメントが政権の主導権を失い、狂信的な宗教勢力がアメリカを支配し始めている。彼らの過去を洗い出して見ると、まさにオーム真理教とそっくりなのだ。レーガン大統領もハルマゲドンを信じていた。


2000発以上ももの核弾頭とミサイルのボタンをキリスト教右派の過激派大統領が握った時、世界はどうなるのだろう。ラルフ・リードのソフトな融和路線は彼らの仮面に過ぎず、本性を現したとき世界をハルマゲドンから救う手段はないのだ。親米ポチ保守の言論人はこの事実に気が付いているのだろうか。ラルフ・リードの正体を日本人は誰も知らない。



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