株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


「マネー敗戦は構造なのだ」 吉川元忠
竹中金融大臣に職務執行停止の仮処分を


2003年8月13日 水曜日

金融相、幹事長の交代「求めれば首相は意地になる」=森前首相

自民党の森喜朗前首相は10日午前のテレビ朝日の番組で、9月の同党総裁選後に予定される内閣改造、党役員人事での竹中平蔵金融・経済財政担当相と山崎拓幹事長の処遇について、「その2つを代えなさいと言っちゃいけない。言うとあの方(小泉純一郎首相)の性格から意地になるところもある」と語った。
 改めて挙党態勢確立には、竹中、山崎両氏の交代が必要との考えを明らかにしたものだが、あえて首相には進言しない意向を示したものだ。 (時事通信)
[8月10日15時3分更新]

「マネー敗戦」は構造なのだ

一九九〇年代にゼロ成長を余儀なくされてきた日本経済は、ここに来て正真正銘の危機的状況に追い詰められてしまった。八○年代と比べるとあまりにも対照的な、」の苦境には、何か根本的た問題があるはずである。その原因を的確に分析することができなければ、いつまでたっても重病の日本経済に処方塞を提示することはできない。

その処方箋を書く前にまず私が指摘しておきたいのは、日本の「輸出至上主義」がとうに限界に来ていたという事実だ。そしてその現実を、経済学者や経済理論が正しく捉え切れていない「経済学の貧困」と呼ぶべき論壇の無力さが、この国の深刻さの度合いをますます深めているのである。

第二次世界大戦後、疲弊した経済を再建しなくてはならない時、日本では経済政策の路線を巡って一大論争が起こった。一九五〇年前後の「開発主義」対「貿易主義」という論戦 だ。少々とっつきにくい話かも知れないが、まずこの関係を説明しよう。開発主義というのは、石炭などの国内資源の開発を優先し、これをべースとして輸出にあまり依存しない自立経済を目指すという考え方である。これに対して貿易主義は、日本のとるべき道は貿易立国であり輸出立国である、という考え方だった。結局、貿易主義が勝利を収め、日本は輸出の大半をアメリカに引き受けてもらうようになったが、これは今から考えると、実に運命的なことであった。

貿易主義は一九世紀イギリスの学者、D・リカードの理論からきていた。そのポイソトは、世界各国が国際的に見て比較優位にある分野に特化し、その製品をお互いに輸出し合えば、それぞれの国がより水準の高い製品をより安価で得ることができ、それぞれに利益になりうるという国際分業論であった。これが白由貿易理論の原型となり、現在の国際経済学の基礎にもたっている。

この学説は、現代を生きる我々の眼にも一見もっともらしく映る。けれどもこの理論には、実は大きな欠陥がある。最大の弱点は、「モノ経済」と「マネi経済」の分離を捉え切れていないところである。

一九八○年代、アメリカの金融資本が為替取引だけで利益を得られるよう、モノの輸出入を伴わない外為取引が認められるようになった。この金融自由化の流れの中で、マネー経済はモノ経済から分離し、急激に肥大化していったのである。一九世紀に生まれた貿易主義の 考え方に、このマネー経済の生態が勘案されていなかったのは当然と言えぼ当然である。

またリカードの白由貿易理論は、市場が無限であることを前提としていた。しかし現実的には、貿易収支や経常収支が赤字に転落した国には、「もうこれ以上は輸入品を呑み込めない」という臨界点が存在する。自国の体力以上に輸入を続けようとするなら、どこからか赤字を補填するおカネを持ってこなけれぼならない。自由貿易の理論はそれも説明していなかった。

日本は八○年代初めに、モノ作りで世界経済のトツプに立った。モノの輸出で世界を圧倒し経常黒字を積み重ねていけぼ、為替レートは上昇していく。すると輸出競争力が低下し、次第に貿易収支は均衡していく。ただし、それまでに貯め込んだ貿易黒字が円建て資産になっていれぼ、その価値は増えるし、円も国際(基軸)化して、日本もモノ経済から全体としてマネー経済に移っていく。

世界最大の債権国となったアメリカはドル建てであったし、かつてのイギリスもポンド建てであった。しかし日本は、銀行・証券・生保といった全マネー部門への大蔵省のコソトロールの下、ひたすら米国債投資を続けるだけとなってしまった。円建て化で対米輸出を抑制したり、輸出先を分散する努力も行われなかった。

一方アメリカは、もっぽら日本からのドルで赤字を埋め、輸出を続けられることになった。この構図は現在も変わっていない。アメリカは気楽に赤字を膨らませ、日本はドルを支 えている。本来ならこの「歪んだ構造」が孕む問題性を、経済論壇が指摘し、改善する努力をしてこなけれぼならなかった。しかし論壇の実態は、理論のための理論研究に終始し、経済学の主流となった新古典派経済学が捉えきれない問題点をことごとく無視してきた。これこそ「経済学の貧困」と呼ぼなけれぼならない実態なのである。

拙著『マネー敗戦』は、この「構造」を指摘することが最大の狙いだった。アメリカの対外赤字や債務が膨らんでいくにつれ、ドルを支える手段も、生保の米国債購入から、零細な個人の外貨資産、さらには巨大なドル買いへと次第に重点が移ってきた。輸出至上主義は、まず第一にアメリカ・ドルを支え、その中で日本が生きようという、倒錯した関係に変わった。

こうした中で、一九九〇年代半ば以降、アメリカは巨額の資金を取り入れてニュー・エコノミーを証い、株価はITバブルに突入した。この時期に埋め込まれた日米の株価ギャップは、日本がドルを支え、ドルの罠に落ちた、マネー敗戦の"構造"の投影である。

この投影の構図は、はっきりするばかりである。技術力があって、勤勉な国民もいる。対外収支は黒字だし、巨額の個人金融資産もある。しかしその日本の株式市場は、目を覆いたくたるほどの惨状にある。これと裏腹に、対外赤字を垂れ流しているアメリカでは、バブルが弾けているとはいえ、日本に比べれぱまだまだ株式市場は堅調である。


日経平均株価とニューヨークダウの平均株価を比較してみると、その差はより明瞭になる。 八五年一〇月の株価を基準にし、現在までの株価の動きを比べると、日経平均がダウ平均を上回っていたのは、八七年のブラックマソデー以降から日本の株式バブルが崩壊するまでの、およそ二年の期問でしかなかった。その後、日本の低迷を尻目に、ダウ平均は順調に上昇した。二〇〇〇年からはアメリカもバブル崩壊を経験したのだが、現在の株価を比べてみても、日本がプラヅクマンデー直前の水準よりも下がっているのに対し、アメリカのそれは同じ時期のおよそ八倍になっている。ニューエコノミー論が持てはやされたピーク時に比べれぼもちろん下落しているのだが、日本の惨状から見ればまだまだ"調整の範囲内"なのだ。

つまり、債権国の株価が低く、債務国の株価が相対的に高い。しかもその債務国アメリカは、実は日本からの資金の流入なしにはドルの安定性が保てず、経済が成り立たない。日本はアメリカへの無限の資金供給をするために、どんどん金利を下げ、金融を緩和せざるを得ないという構造に、どっぶり浸かって身動きが取れない状況に追い込まれている。しかも、自らの 株式市場ではヘッジファンドや外資系証券が我が物顔で空売りを仕掛け、「ウィンブルドン現象」(英国の名門テニスコートのように、外貨が国内市場を席巻する状態)が進行している。こうして株価の惨状を招いているのである。

こうして肝心の国内市場には資金が回らず、日経平均も二〇〇三年四月には七六〇〇円を割り込む寸前という末期的状況となった。これは、二〇〇二年の九月に竹中平蔵経済財政政策担当大臣が金融大臣を兼務するようになってから鮮明にしてきた、銀行のハードランディソグ路線も影響している。二〇〇三年五月末に至って表面化した、りそな(旧大和銀行等)の経営危機は、その路線が挙げたさしあたりの成果である。株価の動向にもよるが、銀行・生保、さらにこれと関連する企業の共倒れが、いつ起きても不思議ではない危機的状況にある。

実際には、日本企業の業績は悪くない。経常利益はピーク水準の九割を回復し、過去の最高益を更新している企業も多い(二〇〇三年三月期)。これは無限とも言うべき金融緩和のもと、失業や自殺の増大といった多大の「痛み」を伴うリストラの効果などによるものである。しかもこの状況で、経済の根幹である株式が上昇どころか絶えず下落不安に脅かされているとは、一体どういうことであろうか。

それは、時価会計や竹中金融再生プログラムの早急な導入等、日本企業にとっての基本的な「ゲームのルール」が突然変えられることと無関係ではあるまい。これでは企業は闘えな いが、政治や企業の側の対応が後手に回りがちなのも問題である。銀行にしても本当に自信があるならぼ、石原新税を問題にするよりは、行政の裁量範囲を逸脱しているとして、竹中金融相の職務執行停止の仮処分を請求するくらいのことをやったらどうであろうか。

いずれにせよ、日本がアメリカ・ドルをあくまで支え続けるというポジションをとるかぎり、真実の日本経済の姿はマネー部門の弱さに圧殺されてしまう。こうしたマネー敗戦のツケが、今や抜き差しならない危機として立ち現れてきているのである。(P20−P26)

吉川元忠 リチャード・A・ヴェルナー著 「なぜ日本経済は殺されたか」


7月7日の「株式日記」の続きになりますが、「なぜ日本経済は殺されたか」から吉川教授の文を紹介させていただきました。日本がアメリカの経済を支え、巨額の貿易赤字や財政赤字を支え続けるのか不思議でならない。おそらく秘密協定でアメリカが日本製品を「買ってやる」代わりに、その金をアメリカに貸し続けろ、と言う約束を交わしたのだろう。

1990年頃に株価の日米逆転が起こり、日本が20年前の株価に戻ってしまったのに対し、アメリカの株価は8倍に値上がりした。それだけの金が日本からアメリカに流れ込んだのだ。もし流れ込まなければブラックマンデーの大きなものがアメリカに起きていたはずだ。今でも日本からの資金流入が止まれば、巨大なブラックマンデーが起きることだろう。

米英のジャーナリズムは日本経済の低迷をあざ笑って「ジャパンパッシング」だの「ジャパンナッシング」だのと、言いたい放題の事を言っている。もし円建てでアメリカに貸し付けていたならば、アルゼンチンタンゴを踊るのはアメリカなのだ。この現実を日本のエコノミストは何も言わない。分からないのか、知らないのか、無能なのか。

「日米株価の推移」の図が日米経済の実態を表しているとはとても言えない。アメリカの膨らみきった株価を日本からの資金が必死に支えている。今年に日銀がドルを買い支えた金額は9兆円を超えている。先日のニュースを紹介します。

財務省は7日、4〜6月期の外国為替市場への介入実績の詳細を発表した。急激な円高を阻止するため、政府・日銀が実施した円売り介入の総額は4兆6116億円に達し、四半期ベースでは過去最高となった。また、1月から7月までの介入総額は9兆円を突破し、こちらも過去最高を更新中している。

 円売り介入は急激な円高が進んだ5月中旬ごろを中心に計18日間に及んだ。4月には介入しなかったが、5月8日から21日まで10営業日連続で介入を実施。このうち、19日には1日だけで1兆401億円も介入した。その後も、6月25日まで断続的に介入した。

 大半は円売り・ドル買い介入だったが、5月8〜9日には計829億円の小規模なユーロ買い介入も行った。いずれの介入も、実施の有無を同時には公表しない「覆面介入」だった。

 外国為替市場では5月に入ってから急激な円高が進み、東京市場の円相場は同月19日、一時、1ドル=115円10銭まで急騰した。同月の大規模な介入以降は円高ペースに歯止めがかかり、最近は1ドル=120円台前後で推移している。

 財務省が同時に発表した7月末の外貨準備高は、5568億3600万ドルで、6月末より112億1800万ドル増え、8カ月連続で過去最高を更新した。政府・日銀が7月、総額2兆円余の円売り介入を実施したため。

吉原宏樹】(毎日新聞) [8月7日11時45分更新]

このような福井日銀総裁によるアメリカへの資金供給は、8倍に膨れ上がった株価を必死に支えている。日銀は短期の米国債を買うことになるがドル建てで買っている。もしドルがこのまま暴落すればそれだけ損することになる。なぜ円建てで買わないのか。カーター大統領時代にサムライボンドが検討されたが取り止めになった。それを裏付けるニュースも紹介します。

[ドル・円東京為替市場概況]
*10:45JST 「スノー米財務長官VS竹中担当相(120.10)」
 ドル・円は120円05銭から120円27銭までの小動きに推移している。
7月末の外貨準備は、5568.36億ドルで、6月末から112.18億ドルの増加、昨年末から
は、871.08億ドルの増加となり、9兆円介入を裏付けている。

証券分は、4421.51億ドルで、年初来544.08億ドルの増加、金融機関への預金が、
886.02億ドルで、年初来295.09億ドルの増加となっている。
ニューヨーク連銀が保管する海外中央銀行の米政府証券は、約800億ドルの増加とな
っているが、このうちの約7割が日銀分で、米国の長期金利の上昇に歯止めをかけて
いる。

超党派の米上院議員が、スノー財務長官に書簡を送付し、通商相手国の為替政策に関
する報告書で、日本が為替操作を行っていると財務省が断定するよう要請したが、ス
ノー米財務長官は、訪米中の竹中金融・経済財政担当相と本日あたり会談の予定であ
る。


(フィスコ) [8月7日10時47分更新]

このような政府・日銀の垂れ流し為替介入のため、日本の外貨準備高も膨れ上がり、ますます円高要因を作り上げている。アメリカのブッシュ政権は一時期、輸出産業のためにドル安政策をとろうとしたが株が暴落して慌ててドル高政策に切り替えた。アメリカの産業はとっくに空洞化してドル安にしたところで復活しないことが分かった。

日本企業は為替リスク回避のため多くの企業がアメリカへ進出したが、法律的な嫌がらせ行為で苦戦している。トヨタも数兆円もの訴訟を抱えている。ブリジストンなども欠陥問題でダメージを負ったが、メーカーのフォードがタイヤの空気圧を守らなかったことが分かり濡れ衣を着せられた。アメリカは経済の行き詰まりをイラク侵略で打開しようとしている。

アメリカはカルトまがいのキリスト教が蔓延り、その勢力がブッシュ政権を支えている。そのブッシュ政権はイラクの泥沼に嵌り込み、ベトナム戦争の悪夢が蘇ろうとしている。やがてアメリカ経済は破綻しドル札は紙切れとなるだろう。それでも政府日銀は資金をアメリカに供給し続けるのだろうか。確実にその分の日本の富は失われる。そのような仕組みを日本の竹中氏やエコノミストが指摘しないのは、みんなアメリカのエージェントだからだ。




「宗教国家アメリカ」 英ガーディアン紙(電子版)
先進国でアメリカだけが政教分離が行われていない訳


2003年8月12日 火曜日

アメリカは宗教国家です。

米国のリーダーは、悪魔を世界から除去する神の使命の聖職者として自覚している。

ジョージ・モンビット 2003年7月29日(火) ザ・ガーディアン

「ウダイとクサイの死」とイラクの地上軍の指揮者は水曜日にリポーターに伝えました。「明確に抵抗の転機になるだろう」 さて、それは転機でした、しかし、不運にも、彼は意図しませんでした。 彼が発表を行なった日に、イラクの反政府運動家は1人の米国の兵士を殺し、6つの他の兵士を傷つけました。 翌日に、それらはさらに3人を殺しました。

週末に、ゲリラは5人を暗殺し、7人を負傷させました。 ゲリラは昨日さらに1人を虐殺し、3人を負傷させました。 ジョージ・ブッシュが戦争終結宣言して以来、これはイラクで米国の兵士のための最悪の週でした。 ほとんどの人々は、イラクの抵抗がサダム・フセインおよび彼の家族によって指揮されているか、その人々たちが死ぬ時それが終わるだろう、と信じません。 しかし、少数は、アメリカの軍隊の軍および民間のコマンドを含むように見えます。

情報へのアクセスを備えたものによって作られた予測は、それらによって作られた予測ほど信頼できないと分かりました。 また、公式予測の不正確は「情報戦の失敗」の責任にされました。 その説明は少し薄くぼかされています。 実際に私たちである、米国安全保障機関のメンバーが多くのイラク人が米国軍隊をそれらがサダム・フセインを取り除きたかったのと同じくらい熱心に取り除きたいことを理解することができないただ一つの人々であると信じることを期待した。 ペンタゴンとホワイトハウスが不足しているものは、知能(あるいはない。とにかく、私たちはここで考慮しています)ではなく感受性です。

それらのものは情報戦の失敗ではなくイデオロギー戦の失敗です。 なぜこの失敗が固執するか理解するために、私たちは、印刷でめったに議論されていない現実を最初に理解しなければなりません。 アメリカはもはや単に国家ではありません。 それはいまや宗教国家です。

アメリカの兵士は、独裁者、石油および主権だけでなく暗黒からもその人々を解放するためにイラクに入りました。 彼が勝利を発表したとジョージ・ブッシュが彼の軍隊に伝えたとともに: 「行くところならどこでも、希望のメッセージを伝えます-古代の常に新しいメッセージ。 予言者イザヤの言葉で、「捕われし者現われよ。そして暗黒の中の者は自由である」

非常にアメリカの兵士はもはや、単に地球上でない格闘士です; 彼らは宣教師になりました。 それらは単に敵を殺しているのではなく悪魔を投げています。 ウダイおよびクサイとフセインの顔を変装した人々は、額の上の悪魔の小さな角を回復することを不注意で忘れました。しかし、これらが異なる領域からの相手だったという理解はそれにもかかわらず送信されました。

宣教師を外国へ派遣するすべての人々のように、アメリカの司祭長は、不神論者が自分の自由意志によって抵抗してもよいと考えることができません;。彼らが改心することを拒絶する場合、それは、イラクの元独裁者としての彼の現在の外観の中に、悪魔の仕事です。 昨年公表されて、クリフォード・ラングレイが彼の魅惑的な本、神の選民の中で示すように、アメリカの創立者は、それらは時々そうでなければ公言しましたが、彼らが神の目的によって選ばれることに気づきました。

トマス・ジェファーソンは、アメリカの国旗が、「日までに雲、および夜までに火の柱によってリードされた」、イスラエル人を描くべきであると主張しました。 ジョージ・ワシントンは、彼の就任演説で、独立に向けての毎ステップが「幸運な作用のある印によって識別された」と主張しました。

ラングレイは、アメリカの構成が「交替」のプロセスの一部だったと主張します。 ローマカトリック教の教会は、ユダヤ人が神によって否認されたように、それが選ばれたものとしてユダヤ人に取って代わったと主張しました。 英国のプロテスタントは信頼を壊したことでカトリック教徒を非難し、彼らが神の下部になったと主張しました。

アメリカの革命家は、英国人が次には、彼らの契約を壊したと信じました: アメリカ人は、神の主権の世界を配達する神の義務と共に、好きな人々になりました。 6週間前に、あたかもこの確信が固執することを示すかのように、ジョージ・ブッシュはウッドロー・ウィルソンの発言を復唱しました。

「アメリカ」、彼は引用しました、「米国に他の国家が人類の解放に寄付することができない精神的なエネルギーを持っている。」 徐々に、選挙についてのこの概念は別のもの、さらに危険な考えで校合して一本とされました。 アメリカ人が神の好きな人々であることは正当ではありません;。アメリカはそれ自身、神のプロジェクトととらえられます。

元大統領のロナルド・レーガンは、「丘の上の光る都市」(山上の垂訓への言及)として彼の祖国のことを話しました。 しかし、イエスが記述していたものは一時的なエルサレムではなく天の王国でした。 だけでなく、レーガンの発言の、アメリカ合衆国で見つかる神の帝国だった。しかし、地獄の帝国も今地球で位置することができた。それはソ連(彼の神聖な勇士はそれに対して投げられた)の「悪の帝国。」だった。

ニューヨークに対する攻撃以来、アメリカについてのこの概念、神のものは拡張され精製されていました。 2001年12月に、ルディー・ジュリアーニ(その都市の市長)は、セントポールの礼拝堂(粉砕された一対のタワーのサイトへ接近している)の彼の最後の市長のスピーチを行いました。

「重要なものすべて」、と彼は、「アメリカを抱擁し、その理想およびその肝心なところを理解するということである。」と主張しました。 アブラハム・リンカーンは、あなたのアメリカ精神のテストがそうであるとかつては言いました。アメリカでどれくらい信仰したか。それは 私たちの宗教に実際に似ている。」 彼が話した礼拝堂は、ちょうど神によってではなくジョージ・ワシントンが以前そこに祈ったという事実によって奉納されました。

今、彼は言いました「アメリカの重要なところを感じる人々への神聖な土地。」 アメリカ合衆国はもはや神を訪問する必要はありません。それは神だからです。また、光を広げるために外国へ行く人々は天の領域の名のもとにそうします。 バイブルとして神聖にされるように、国旗はなりました; 神の名前ほど神聖な国家の名前。 大統領職は僧職へ変わっています。

したがって、ジョージ・ブッシュの外交政策を批判する人々はもはや単に批評家ではありません; それらは悪魔か、あるいは「反アメリカ人。」 この政策を変更するように努力する外国はそれらの時間を浪費しています。また政治家と交渉することができますが、しかし聖職者と交渉することができません。 ブッシュが1月以内を示唆したので、米国は神の使命を持っています。「防御することは、すべての人類の希望。」そして災難はアメリカ的生活様式以外に何かを望む人々に生じます。

神政国家の危険性は説明をほとんど要求しません。 日本はジョージ・ブッシュのように、確信していた1930年代に戦争に行きました。それは、アジアを「解放し」、かつその神の至上権の領域を拡張する時機を得た使命を持ちました。 それは以下のことをするでしょう。ファシスト理論家北一輝は予言しました。「全世界の暗黒に明かりをつける。」 と

America is a religion George Monbiot  Tuesday July 29, 2003


昨日は大東亜戦争が人種解放戦争であると書きましたが、イギリスのジャーナリストのジョージ・モンビット氏も、英国ガーディアン紙において、良い意味か悪い意味かの違いがありますが、1930年代の日本の戦争をアジアの「解放」戦争として引用している。事実英国は第二次大戦後植民地のインドとシンガポール、マレーシアを失った。大東亜戦争の日本のイデオロギーはアジアの開放であった。226事件で刑死した北一輝は「日本改造法案大綱」において次のように書いている。

まず第一は、白人帝国主義に対するアジア主義です。アジア主義は近衛文麿の父で、公家の俊秀として西園寺公望と並び称されながら早く逝った篤麿、犬養毅などの伝統があります。「現状即ち正義ではない。英国がインド人を犬馬の如く扱い、豪州がアジア人を締め出し、レーニンがシベリアを独占するのも正義ではない」として、「無産階級が流血に訴えても不正義なる現状を打破するならば、日本が戦争に訴えても国際的不正義を匡(ただ)すこともまた是認さるべきだ」と、北は、その「日本改造法案大綱」で論じています。

岡崎久彦 「百年の遺産-日本近代外交史(46)」


226事件は失敗に終わりましたが、その後の日本は北一輝の描いた「アジア主義」のイデオロギーに基づいて政治が行われた。日本が戦争に訴えても国際的な不正義がまかり通ることに対する、白人帝国主義との戦いであった。ガーディアンの記事は当時の日本とジョージ・W・ブッシュのアメリカとを対比している点で大変ユニークだ。

当時の日本も「神国」として八紘一宇の思想によってアジアの開放を目指した。結果的に日本は米国との戦争に破れ、日本は侵略国家の汚名を被ることになった。しかし日本が勝っていたらどうなっていただろう。日本はアジアの解放者として評価されていたことだろう。最もこのような評価は東京裁判史観に汚染された進歩的文化人には受け入れられないが。

英国のジャーナリストから見ると「神の国」アメリカは、自由と民主主義を世界にもたらすための宗教的使命を帯びて、アメリカ兵自らが宣教師となってイラクに乗り込んだように比喩している。サダム・フセインを排除すれば、イラク国民はアメリカ軍を解放者として迎えられると思っていた。

このような原因としては、アメリカ国内のキリスト教原理主義者たちとネオコンのグループの活動が、ワシントンを動かしているからだ。神に選ばれし我が国家は、世界の悪と戦う宣教師となっている。彼らによると日本は解放されたよき見本であるようだ。日本の小泉首相もそのようなことを言っていた。

まさに大東亜戦争は日本という「神国」と、「神に選ばれし国家」アメリカとの宗教戦争だったのだ。そして大東亜戦争は天皇陛下の「人間宣言」によって終結した。天皇の転向によって「神国」日本は滅び去った。しかしもう一つの「神に選ばれしアメリカ」はそのまま残り、悪と戦い続けている。

宗教国家アメリカの大統領は聖職者としての地位を確立し、ブッシュ政権への批判は許されないものとなっている。いまや星条旗はキリスト教の十字架のごとくシンボルとしての地位を確立した。日本にも日本人の顔をした宣教師達が大勢いて、神の国アメリカの一部となることを夢見ている。特に永田町や霞ヶ関にはアメリカ帰りのエリートが宣教師となって活動している。そして小泉首相はイラクにおける戦争に日本も参戦させるべく活動し、近く1000名の自衛隊員が派兵される。小泉首相も神の国アメリカの宣教師なのだ。




大東亜戦争でアメリカが最も認めたくない事は
人種開放戦争であったと言うことだ。


2003年8月11日 月曜日

戦争と平和」について。

 終戦記念日が近づいてきたので、戦争と平和について考えてみよう。

 「第二次大戦は回避できたか?」という問題提起がある。それに対して、「回避することは可能だった。日本軍の独走を阻止すれば、戦争を回避できた」という主張がある。なるほど、それはそうかもしれない。そうすれば、戦争は回避できたかもしれない。しかし、戦争を回避できたからといって、それが最善かどうかは、また別の問題である。

 「平和こそ最善だ。戦争は是が非でも回避するべきだ」という主張がある。しかし、本当に、そうだろうか? これについては、現代の価値基準でいえば、「イエス」だろう。しかし、現代の価値基準とは、「戦争は莫大な損失をもたらす」という教訓を得たすえに、獲得した価値基準である。その価値基準は、莫大な損失を代償として得たものなのだから、その莫大な損失を経験していなかった時代には、まだ誰も信じていなかったのだ。

実際、その手痛い代償を味わった日本も、中国も、ソ連も、欧州も、その教訓を得たが、その手痛い代償を味わなかった米国だけは、その教訓を得なかった。米国は、「平和こそ最善だ。戦争は是が非でも回避するべきだ」とは考えず、「戦争こそ自由の砦だ」と考えている。人類の長い歴史では、こういう好戦的な考え方が、ずっと連綿と続いていたのだ。平和主義というのは、人類の長い歴史では、1945年以降に生じた、きわめて歴史の浅いものにすぎない。

 では、1945年以前の価値基準では、どうだったか? もちろん、現代のアメリカと同様な価値基準が世界的に支配的だった。欧米では「白人こそ優秀な人種であり、有色人種は猿のようなものだ。顔を見てもわかる」という考えが主流だった。そのせいで、アジア人を「黄色い猿」と呼んだり、アフリカ系の米国人を奴隷にしたりした。人種差別は、悪いことではなくて、むしろ、良いことだったのだ。逆に、人種間の結婚などをすれば、それこそ、背徳の悪行だったのだ。(刑務所にぶち込まれる例もあった。)

 実は、生物的には、極東の黄色人種が最も進化していると言える。日本人や韓国人の脳の容量と、白人の脳の容量と、アフリカ人の脳の容量を比較すると、この順で優れている。差はわずかであるが、統計的にはっきりと有意の差が出ている。逆に、体力面で言うと、この逆である。ついでだが、ネアンデルタール人は、これらのどれよりも体力は優れており、かつ、知力は劣っている。

 別に、私は、「黄色人種優位論」を唱える気はないが、少なくとも、「白人こそ優れた人種である」なんていう説が、根も葉もないデタラメであることは、この事実からもわかる。なのに、こういうデタラメが、1945年以前の欧米では主流であったのだ。

 さて。話を戻そう。こういう差別主義がのさばっている時代に、日本のような新興国家が登場すると、どうなるか? 当然、旧来の国家は、地位を脅かされるので、圧迫にかかるだろう。そのことは、今の米国を見てもわかる。ちょっとでも自己を脅かそうとする国家が出ると、たちまち、たたきつぶそうとするのだ。

 たとえば、イラクでは、大量破壊兵器などは実際には存在しなかった、ということがわかってきた。少なくとも、「大量破壊兵器が存在する」という根拠が捏造であったことは証明された。つまりは、こういうふうに事実を捏造してまで、自己を脅かす危険のある国家をたたきつぶそうとするのだ。それが、その時代の帝国国家のなすことだ。帝国国家は、決して、「平和主義」なんかを信じてはいないのだ。

 かつて、米国は新興国家である日本に対し、極端な屈服を強いた。たとえば、石油の禁輸なんていうのも、そうだ。「こうすれば屈服せざるを得まい」というわけだ。こんなことは、事実上の宣戦布告なのだが、こういう圧迫を加えて、「これでおれ様に屈服するだろう」という発想そのものが、帝国国家の発想である。(たとえば、今でも、北朝鮮に対して「経済封鎖」をして屈服させよう、という案がしばしば出される。ついでだが、逆に、北朝鮮が日本や米国を経済封鎖したとしたら、どうなる? そう想像しただけでも、米国の発想には驚かざるを得ない。)

(中略) なお、私の感想を言っておこう。われわれが今、思考の自由を保てるのは、昔の人々が命を投げ出して、米国と戦ったからである。

 米国は当時、日本のことなど、「黄色い猿」としか考えていなかった。なのに、初期には、圧倒的な敗北を喫した。このことで、日本人に対する差別感情を弱めたのである。(恨むことはあったが、差別することはなくなった。危険な敵と見なしたとき、猿と見なして軽蔑することをやめた。)

 仮に、日本が平和主義を取っていたら、日本は米国に徹底的に屈服するしかなかった。すなわち、まさしく猿としてふるまうしかなかった。はっきり言えば、米国または英仏の植民地となるしかなかった。その結果、日本はベトナムやシンガポールなどと同様に、本来の言葉(日本語)を失い、英語や仏語を話すしかなくなっただろう。考え方も、欧米を中心として考え、何でもかんでも欧米に従うしかなくなっていただろう。つまり、言葉を失い、かつ、思考の自由をなくしていただろう。

 われわれは、今、戦争狂の米国に対して、「彼らは間違っている」と指摘することができる。そして、そういうふうに正常な判断ができるのは、日本が米国の植民地ではなかったからだ。つまり、日本語を備えて、日本人として思考できるからだ。そして、それは、昔の人々が、命をかけて、欧米の属国となることを拒んだからなのだ。

 日本はかつて、平和主義を取らなかった。そのことで、莫大な人命を失い、広大な領土を失った。しかし、そのかわり、欧米からの尊敬ないし認知を得たのだ。すなわち、猿と見なされることがなくなり、対等な人間として扱われるようになったのだ。われわれが今、欧米流に染まっていない言葉で自由に思考できるのは、かつての戦争のおかげなのだ。

 われわれの自由は、先人の血によって得られたものだ。そのことを理解しよう。理解できない人々は、米国に向かってシッポを振っていなさい。「I am sorry. I am 総理」というふうなチャンポン英語でね。

( ※ ただし、先人には予想外のことが起こった。せっかく先人が子孫に自由を与えたのに、子孫はそれを自ら捨てようとしているのだ。しきりにカタカナ英語を使って。流行歌はそうだし、映画の題名もそうだし、学者や官僚の使う用語もそうだ。「英語は先進的だ」と信じているようだ。日本人はふたたび、黄色い猿になりたがっているのである。「せっかく俺たちが血を流したのに……」と先人が嘆きそうだ。)


ニュースと感想 (8月11日) 南堂久史より


今日あたりから夏休みシーズンで東京はだいぶ静かになり、空は青く澄みわたる。自動車さえ走り回らなければ東京も空気はこのようにきれいなのだ。テレビでは松井のヤンキースと、イチローのマリナーズとが三連戦を戦っている。松井、イチロー、長谷川のような東洋人や黒人選手やラテン系の選手達が混ざって一緒にプレーをしている。今でこそ当たり前の風景ですが、一昔前は当たり前でなかった。

極端な事を言えば戦前においては人種差別は当たり前のことであり、第二次世界大戦の映画などを見ても、軍の将校には黒人は見当たらない。海軍などでは炊事係のような部門しか見当たらなかった。国家機関ですらこのような差別があり、アメリカ国内でもトイレから学校まで、何から何まで白人用と黒人用に分けられていた。

国家においても白人国家が多くを占めて、日本は有色人種の国家として例外的存在だった。4月9日の「株式日記」でもジョン・ダワー教授の「容赦なき戦争」を紹介しましたが、白人達は有色人種を野蛮な猿の一種として見ていることを率直に述べている。戦争プロパガンダだから極端なのでしょうが、アメリカ軍の戦場における日本兵の死体の扱いを見ると、日本人を人間としてみてはいないことは明らかだった。

戦前においては白人至上主義があたりまえであったし、欧米などへ長期滞在してみれば人種差別はいまだになくなってはいない事がわかる。戦前において日本は国際連盟へ人種差別撤廃の条項を盛り込むように何度も運動をしたが、その都度却下された。国際連盟においてすら白人至上主義がまかり通っていたのだ。

そのような風潮が変わったのは明らかに第二次世界大戦以降のことである。日本軍が瞬く間に東南アジアからイギリス、アメリカ、オランダなどの勢力を追い払った。近代兵器を用いての戦闘で、有色人種の軍隊が、今まで300年にわたって支配してきた帝国の軍隊を追い払った日本軍をみて、有色人種が猿の一種でないことを始めて悟ったのだ。

大東亜戦争を人種解放戦争としてみる場合、大戦は不可避であったとしかいいようがない。現実に東南アジア人の前で、完璧なまでに白人の帝国軍を打ち破って見せなければ、東南アジアの人々は独立しようとは思わなかったであろう。もちろん反乱程度の独立運動はあったが、本格的にはなりえなかった。アジアの人々も数百年も植民地支配されて当たり前と思い込んでいたようだ。

戦後、イギリス、フランス、オランダ、アメリカなどは再占領を試みたが、独立戦争に敗れ、東南アジア諸国は相次いで独立した。人種意識において白人至上主義が一掃されたから、独立戦争に勝利することが出来たのだ。もしあの時点で日本が戦争をせず、平和の道を選んでいたら、東南アジア諸国は独立できたのだろうか。アフリカ諸国も独立できたのだろうか。

アメリカ国内でも黒人の市民権運動が力を得たのも、アジア、アフリカ諸国が独立して、世界的に白人至上主義が誤りであることが分かったからだ。それ以前は黒人自身がそのことを認識していなかったのではないか。人種問題は宗教問題と並んでデリケートな問題だから、進歩的文化人はそのことを取り上げようとしない。

南堂氏も少し触れているが、最近の日本の若者達の英語かぶれを指摘している。私も若者達の茶髪に染めたり、青色コンタクトをしたりして白人かぶれな風潮を嘆きます。白人達から見ればバカにされるだけだ。靖国神社に眠っている英霊達も死んでも死に切れない思いだろう。




なぜ「敗戦の日」を「終戦の日」と言い換えるのか
官僚支配体制は米国の占領体制の存続である


2003年8月10日 日曜日

GHQの呪縛から逃れられない日本

振り返れば、先の大戦においての日本の真珠湾攻撃は「最初の一撃を日本に撃たせる」ルーズベルトとチャーチルの陰謀にまんまとはまったものである。中国での日中戦争に陰で支援をして武器弾薬を大量に供与すると共にABCD包囲網を敷き、石油やゴム、タングステンなどの資源の禁輸と、在米日本人資産の凍結と最後通牒(宣戦布告)ともとれるハルノートを突き付けて日本の暴発を促し、盗聴と謀略情報を駆使、暗号を解読し日本からの宣戦布告の暗号を日本大使館より先に解読して攻撃情報を知りながら自国民に知らせず、真珠湾を犠牲にした。このような卑劣な手立てで自国民を欺き、念願のヨーロッパの戦争に裏口から参戦した。

 「リメンバー・パールハーバー」と世論を煽って一気に戦争に駆り立て、ヨーロッパの戦争には参戦しないという選挙公約を反故にしたこのやり口も、まさに情報戦の勝利と言えよう。今回の9・11同時テロ後一年の米国の戦略をみても、情報戦の凄さを戦後60年近く経った今もまざきざと見せ付けられた思いである。

 こうした米国の情報戦を駆使した、国益のための国家戦略を見るに付け、今日の日本の閉塞感は先の大戦の総括をいまだしないままにしているためではないかと思わざるを得ない。先日対談した「親日派のための弁明」の著者である韓国人作家キム・ワンソプ氏の言葉ではないが、「ディバイド・アンド・コンカー」、つまり分割して統治せよに代表される伝統的なアングロサクソンの占領地政策の呪縛に囚われ、いまだに自虐史観に陥らされている日本は本当に情けない。

 東西冷戦の45年間はある意味では敗戦国日本が世界第二位の経済大国に成長、発展を遂げる過程で大変な恩恵であった。日本がこの間、米国の保護のもと半植民地的状況ではあるが冷戦の漁夫の利で、千四百兆円もの金融資産を貯め込むことができた。これは、日本人の勤勉さと努力もさることながら、「日本人は儲けることは上手いが、使うことを知らない」と米国が安心して高を括っていた部分が大きいといえる。すなわち見逃していたのである。

 しかし、冷戦が終わり、経済的利害が対立する立場となった今や、日本は、米国にとっての経済的ライバルである。ライバルは叩き潰し、預けてあった貯金は返してもらうというのが米国の論理である。

先の大戦の総括なくして日本の再建はありえない

ポスト冷戦国家戦略として米国がグローバリゼーションの大義名分のもと次々としかけてくる経済戦争に打ち勝たなければならないにもかかわらず、日本はこの10年間何の警戒心もなく、戦後、額に汗して貯めた金融資産を巧みに収奪され続けていることに気付かずにいる。そして今もなお、米国の国家戦略の結果ともいえる資産デフレは進行中である。

そもそも日本には冷戦終結という大変大きな変わり目を迎えながら「ポスト冷戦国家戦略」というものは無いにひとしい。このことを考えねばならない立場の政治家も官僚もマスコミも、今次の資産デフレ不況の実態を把握せず、弥縫策に終始している。本来、国家には国家戦略というものが不可欠で、どんな国でもその国の国家戦略はある。この際日本も、広く世界から、民間から英知を結集して5年後、10年後、50年後を見据えた国家戦略をつくるべきだ。

今日の日本がなぜこうも先見性もなく世界観も歴史観も国家観もない人ばかりになってしまったのか。それは、戦後教育が真のエリートを育てることをせず、記憶力重視の偏差値教育を採用し、活字で得た知識を経験と見聞で検証することもせず、ディベートもできないデジタル記憶勝者をエリートとして崇める学歴社会をつくってしまった結果にほかない。

 そしてその記憶力エリート官僚が政治家を動かし、マスコミが世論を操作するこの国においては官僚機構がはびこり、その結果、当然のように高物価非効率社会がいつまでも拡大して持続していく。

原爆投下責任を問われることを恐れる米国

今日の閉塞社会をつくった元凶である官僚支配体制も実は米国の占領地政策の一環なのである。米国は戦後の占領地政策で何が有効かと考えた末、「天皇制の存続」、「官僚機構の温存」と「マスコミの飼いならし」の三つを柱に据えた。そして国民に戦争を煽り、戦争に導いた官僚とマスコミは終戦と同時に自らの保身をはかり、一転して米国にすり寄り占領地支配の道具と化したのである。

考えれば、そもそも8月15日を終戦の日と呼ぶのもおかしい。「敗戦の日」とすれば、敗戦責任を問わなければならなくなるので、誰も責任をとらないですむように「終戦の日」としたのは、まさに官僚的な発想である。日本が戦争を総括し、広島、長崎や東京大空襲を始めとし、戦地における数々の残虐非道の責任を問われることを恐れた米国が、日本をいつまでも米国主導で間接統治できる官僚主導の国にしておけば、再び白人国アメリカに刃向かってくることはないと考えた。

 政・官・業の癒着の源泉は、「天下り」「談合」「集票利権」といった戦後システムであり、今やこれを一掃すべき時期に来ている。新生日本創成のためには、遅きに失した感がないでもないが、どうして戦争への道を進むことになったのかを徹底的に検証して総括し、教育と官僚機構とマスコミのありようなどあらゆる戦後システムを作り直すことが肝要である。

 日本が第二次世界戦争に突っ込んでいった遠因は、日露戦争の勝利にあるというのが私の持論である。あの戦争で、有色人種が白人種に初めて勝った。これを機に、米国やヨーロッパを中心とする白人社会は日本の将来に脅威を感じ出し、日本潰しにかかったのである。私は先の大戦に際し、この戦いは日本にとって自存自衛の戦いであるとともに、植民地解放戦争であると宣言し、ドイツが始めたヨーロッパの戦争と一線を画すべきであったと思う。

この戦いにおいて日本に間違いがあるとしたら、それはそのドイツを同盟相手に選んだことであろう。日本は一日も早く先の大戦の総括をし、米国による戦後の日本の統治政策は、官僚だけでなく、マスコミを総動員して全ての国民に自虐史観を強いる洗脳報道と自虐教育であり、日本人の民族と国家に対する誇りを失わせるものであったことを自覚し、米国による戦後統治のわなから自らを解き放たなければいけない。

日本は東アジアにおける二十一世紀の新しいパワーの核として、独立自衛の国家を築く時に来ている。今度の対イラク戦争はブッシュ大統領再選のための戦争であるとしても、これを機会に国家戦略を構築し、現行憲法を廃止して新しい自主憲法を制定し、台湾や韓国と手を携えて、集団安全保障体制をつくり、スーパーパワーの米国と連携を強め、共産党独裁国家中国を民主的国家にソフトランディングさせていくことでアジアの平和と繁栄を図っていくことが肝要である。

米国軍事一極支配への道 藤 誠志 2002年7月号


現在の米国占領支配体制を形作っている官僚独裁体制を打ち壊すには、政権交代がなければ実現は不可能である。日本国民のほとんどはいまだに米国に占領されていることにすら気付いていない現実は、官僚とマスコミによる洗脳工作が巧みだからだ。憲法第九条と日米安保がある限り日本が独立国であるとどうして言えるのか。

私は経済問題を論ずる時に、日銀を攻撃目標にしている。日銀こそがアメリカ政府ならびにFRBの出先機関であり、日本の経済は日銀のサジ加減一つで、景気不景気が左右されるのは、日本の失われた十年を見ても明らかだ。

戦後間もなく日銀の総裁の一万田尚登氏が経済の法王として君臨した。バックにはGHQがひかえていたからである。ちょうど現在の日銀体制と同じである。1942年に制定された日銀法においては、日銀は大蔵省の下に入っていた。それを日銀はアメリカと結託して日銀法の改正圧力をかけた。その結果日銀法が改正され1998年から施行された。この事を見ても日銀がアメリカの出先機関であることが言える。日銀の法王と言われた一万田氏はアメリカ大使になっている。

そのほかにもエリート官僚の多くはアメリカに留学し、アメリカのエージェントとして日本の官僚組織の中枢を握っている。このように強固な官僚組織を打ち壊すには、アメリカのエージェントとなっている官僚を首にする必要がありますが、自民党政権では無理だろう。自民党議員の中にもアメリカのエージェントがたくさんいるからだ。

私自身は日本経済が上手く行っているのならそれでもいいと考えていましたが、冷戦崩壊以降のアメリカの対日政策の転換に早く気付くべきであった。1985年のプラザ合意以降アメリカは日本の経済的資産の収奪を実行してきた。その尖兵となったのが日銀であり官僚組織の中のアメリカのエージェントたちだ。ビックバンを実行させた榊原英資などいい例だ。

日本が独立国であるのなら金を貸す場合、自国の通貨で貸すのが常識だ。しかし日本はアメリカへドルで貸している。そのおかげで240円で貸した金が今は120円になっている。ドルが紙切れになれば日本は丸々損をすることになる。このような馬鹿なことがどうして起こるのか。日本がアメリカの植民地であるからだ。

日本には民族主義政党が存在していない。自由民主党はアメリカのCIAによって作られた政党であり売国政党だ。だから憲法改正すらする事が出来ない。自民党より右の政党が存在しないと言うことは何が原因か。文部官僚により学校教育で徹底的な反日思想教育が行われたからだ。東京裁判史観は歴史教科書に色濃く反映されている。




ベストセラー 養老孟司著 「バカの壁」
世襲制度の蔓延と若者の思考停止


2003年8月9日 土曜日

第四章 「万物流転、情報不変」 私は私、ではない

このように考えれば、「個性」は脳ではなく身体に宿っている、というのは当然のことです。が、それが現在ではまったく逆転して受け止められている。非常に似た勘違いが、「情報」についての受け止め方でも往々にして見られます。一般に、情報は日々刻々変化しつづけ、それを受け止める人間の方は変化しない、と思われがちです。情報は日替わりだが、自分は変わらない、自分にはいつも「個性」がある、という考え方です。しかし、これもまた、実はあべこべの話です。

少し考えてみればわかりますが、私たちは日々変化しています。ヘラクレイトスは 「万物は流転する」と言いました。人間は寝ている間も含めて成長なり老化なりをしているのですから、変化しつづけています。咋日の寝る前の「私」と起きた後の「私」は明らかに別人ですし、去年の「私」と今年の「私」も別人のはずです。しかし、朝起きるたびに、生まれ変わった、という実感は湧きません。これは脳の働きによるものです。

脳は社会生活を普通に営むために、「個性」ではなく、「共通性」を追求することは既に述べました。これと同様に、「自己同一性」を追求するという作業が、私たちそれぞれの脳の中でも毎日行われている。それが、「私は私」と思い込むことです。こうしないと、毎朝毎朝別人になっていては誰も社会生活を営めない。では、逆に流転しないものとは何か。実はそれが「情報」なのです。

ヘラクレイトスはとっくに亡くなっていますが、彼の遺した言葉「万物は流転する」はギリシャ語で一言一句変わらぬまま、現代にまで残っている。彼に「あなたの〃万物は流転する〃という言葉は流転したのですか」と聞いたら何と答えるのでしょう。このように永遠に残ってしまう言葉を情報と坪びます。情報は絶対変わらない。私が インタビューを受けたとして、同じ聞き手に同じように聞かれても、話すたびに内容は徴妙に変化します。しかし、話した内容を収めたテーブの中身は変わらない。生き物と情報との違いはまさにこれです。

自己の情報化

生き物というのは、どんどん変化していくシステムだけれども、情報というのはその中で止まっているものを指している。万物は流転するが、「万物は流転する」という言葉は流転しない。それはイコール情報が流転しない、ということなのです。流転しないものを情報と呼び、昔の人はそれを錯覚して真理と呼んだ。真理は動かない、不変だ、と思っていた。実はそうではなく、不変なのは情報。人問は流転する、ということを意識しなければいけない。

現代社会は「情報化社会」だと言われます。これは言い換えれば意識中心社会、脳化社会ということです。意識中心、というのはどういうことか。実際には日々刻々と変化している生き物であ る自分自身が、「情報」と化してしまっている状態を指します。意識は自己同一性を追求するから、「咋日の私と今日の私は同じ」「私は私」と言い続けます。これが近代的個人の発生です。

近代的個人というのは、つまり己を情報だと規定すること。本当は常に変化=流転していて生老病死を抱えているのに、「私は私」と同一性を主張したとたんに自分自身が不変の情報と化してしまう。だからこそ人は「個性」を主張するのです。自分には変わらない特性がある、それは明日もあさっても変わらない。その思い込みがなくては「個性は存在する」と言えないはずです。

『平家物語』と『方丈記』

脳化社会にいる我々とは違って、昔の人はそういうバカな思い込みをしていなかった。なぜなら、個性そのものが変化してしまうことを知っていたからです。昔の書物を読むと、人間が常に変わることと、個性ということが一致しない、という 思想が繰り返し出てくる。

『平家物語』の書き出しはまさにそうです。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という文から、どういうことを読み取るべきか。鐘の音は物理学的に考えれば、いつも同じように響く。しかし、それが何故、その時々で違って聞こえてくるのか。それは、人間がひたすら変わっているからです。聞くほうの気分が違えば、鐘の音が違って聞こえる。『平家物語』の冒頭は、実はそれを言っているのです。

『方丈記』の冒頭もまったく同じ。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」川がある、それは情報だから同じだけど、川を構成している水は見るたびに変わっているじゃないか。「世の中にある、人と栖と、またかくのごとし」。人間も世界もまったく同じで、万物流転である。中世の代表的な名作の両方ともが冒頭からこういう世界観を書き出している。ということは、中世が発見した基本的な概念がそういうことだった、と考えられる。

では、中世以前はどうか。平安時代というのは、まさに都市の世界です。人問が頭の中で作った碁盤の目のような都市が作られている。今の我々とよく似た時代です。その時代には、きっと「私は私だ。変わらぬものだ」と藤原道長あたりが言っていたに違いない。しかし、実はそうではない。人生は万物流転なのです。

「君子豹変」は悪口か

先日、講演に行った際の話です。控室にいらっしゃった中年の男性が、「私は、君子豹変というのは悪口だと思っていました」と言っていた。もちろん、実際にはそうではありません。「君子豹変」とは「君子は過ちだと知れば、すぐに改め、善に移る」という意味です。では何故彼はそう勘違いしたか。「人問は変わらない」というのが、その人にとっての前提だからです。いきなり豹変するなんてとんでもない、と考えたわけです。現代人としては当然の捉え方かもしれません。

「男子三日会わざれば刮目して待つべし」という言葉が、『三国志』のなかにあります。 三日も会わなければ、人間どのくらい変わっているかわからない。だから、三日会わなかったらしっかり目を見開いて見てみろということでしょう。しかし、人間は変わらない、と誰もが思っている現代では通用しないでしょう。刮目という言葉はもう一種の死語になっている。いつの間にか、変わるものと変わらないものとの逆転が起こっていて、それに気づいている人が非常に少ない、という状況になっている。

いったん買った週刊誌はいつまで経っても同じ。中身は一週間経っても変わりはしません。情報が日替わりだ、と思うのは間違いで、週刊誌でいえば、単に毎週、最新号が出ているだけです。西洋では十九世紀に既に都市化、社会の情報化が成立し、このおかしさに気が付いた人がすでにいた。カフカの小説『変身』のテーマがこれです。主人公、グレゴール・ザムザは朝、目覚めると虫になっている。それでも意識は「俺はザムザだ」と言い続けている。変わらない人間と変わっていく情報、という実態とは正反対のあり方で意識されるようになった現代社会の不条理。それこそが、あの小説のテーマなのです。

「知る」と「死ぬ」

人間は変わる、ということについていえば、学生たちを教えているとしみじみ思うのが、彼らは勉強しないという以上に、勉強するという行為の意味を殆ど考えたことがないのではないか、ということです。それをしみじみ感じる。勉強するということは、少なくとも知ることとパラレルになっている。知ることイコール勉強することではないが、非常に密接に関係があるのは当然です。

ところが、あるときから、知るということの意味や捉え方が何か違ってきたんじゃないかな、と思えてならなくなってきた。私は東大を辞める少し前まで、東大出版会の理事長をやっていた。その時に一番売れた本が『知の技法』というタイトルでした。知を得るのにあたかも一定のマニュアルがあるかのようなものが、東大の教養の教科書で出ている。気に入らない。それで、何でこんな本が売れやがるんだ、と思って、出版会の中で議 論したことがある。結局、答えが得られない。私以外は、そんなことを気にしてはいなかったのでしょう。

その後、自分で一年考えて出てきた結論は、「知るということは根本的にはガンの告知だ」ということでした。学生には、「君たちだってガンになることがある。ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう」と話してみます。この話は非常にわかり易いようで、学生にも通じる。そのぐらいのイマジネーションは彼らだって持っている。

その桜が違って見えた段階で、去年までどういう思いであの桜を見ていたか考えてみろ。多分、思い出せない。では、桜が変わったのか。そうではない。それは自分が変わったということに過ぎない。知るというのはそういうことなのです。知るということは、自分がガラッと変わることです。したがって、世界がまったく変わってしまう。見え方が変わってしまう。それが咋日までと殆ど同じ世界でも。

「朝に道を聞かば・・・」

昔の人は、学ぶ、学問するとは、実はそういうことだと思っていた。だから、君子は豹変した。男子三日会わざれば・・・だった。これに一番ふさわしい言葉が『論語』の「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」。道を聞くというのは、学問をして何かを知るということです。朝、学問をして知ったら、夜、死んでもいいなんて、無茶苦茶な話だ、と思われるでしょう。私も若い時には何のことだかまったくわからなかった。しかし、「知る」ということについて考えるうちに気がついた。

要するに、ガンの告知で桜が違って見えるということは、自分が違う人になってしまった、ということです。去年まで自分が桜を見てどう思っていたか。それが思い出せない。つまり、死んで生まれ変わっている。そういうことを常に繰り返していれば、ある朝、もう一度、自分ががらっと変わって、世界が違って見えて、夕方に突然死んだとしても、何を今さら驚くことがあるか。絶えず過去の自分というのは消されて、新しいものが生まれてきている。

そもそも人間は常に変わりつづけているわけですが、何かを知って生まれ変わり続けている、そういう経験を何度もした人間にとっては、死ぬということは特別な意味を持つものではない。現に、過去の自分は死んでいるのだから。そういう意味だと思うのです。しかし、おそらく「朝に道を聞かば・・・」なんてことは、今の人にはまったくわからない。自分は不変で情報が変化するから、です。

いい例が名前です。現代では名前を一切変えなくなりました。昔は、幼名から元服して、名前を頻繁に変えていった。「名実ともに」という言葉にはその状態がよく出ている。つまり、人間自体が変わるものだという前提に立っていれば、名前は本人の成長に伴って変わって当たり前なのです。五歳の自分と二十歳の白分は違うのだから、名前が変わっても不思議は無い。

逆に言えば、社会制度が固定されて、社会的役割が固定されてくれば、今度は襲名ということが当然出てくる。父親がやっていた仕事と同じ仕事を継ぐのであれば、父親と同じ名前のほうが社会的にははるかに便利。ですから、歌舞伎の世界でいえば、人は変 わっても何回も「菊五郎」が登場していい。そこの前提が変わってきたために、我々の日常生活も変わってきた。例えば、約束ということに対する感覚が根本的に違います。

武士に二言はない

もし、現代人に、「人は変わる」ということだけをたたき込んだら何が起こるかというと、「きのう金を惜りたのは俺じゃない」と、都合のいい解釈をするだけです。借りるということは、返すという約束が前提にある。本来、約束を守れというのは社会でトップに来るルールのはずでした。人問は変わるが、言葉は変わらない。情報は不変だから、約束は絶対の存在のはずです。しかし近年、約束というものが軽くなってしまった。

これも繰り返し言うところの「あべこべ」の表れです。変わるはずのものが変わらなくなって、変わらないはずのものが変わってしまった。だから、約束を守るなんていうことを小学校の先生も言わなくなったし、子供たちは 友達同士で言わなくなった。指切りげんまんが、どんどん廃れていくのも無理はない。大人の社会を見ればもっとわかりやすい。政治家は公約なんか屁とも思っていない。全部嘘つきになった。受け止めるこちらの方も、彼らの公約なんてものはすぐに変わるものだ、と承知している。

これも約束が軽くなった、すなわち情報は変化する、という勘違いから生まれた最たる例です。政治家は誠心誠意その時々で公約を言うのだけれど、自分の言ったことにこだわっちゃいけない、と思っている。言ったことはどうせ変わっていくのだ、「情報」の類に過ぎないから。でも、選挙で当選した自分は不変なんだからそれでいいじゃないか、と。

人間は変わるのが当たり前。だから昔は「武士に二言はない」だった。武士の口が重かったのは、恰好をつけていたからではない。うっかり言ったら大変だからです。武士は下手な約束をして守れなかったら命に関る。責任を持とうと思えば、.要するに責任の重い人ほど口が重くなった。綸言汗の如し、ということです。約束、言葉が軽くなった理由は、同じ人なんだから、言うことは変わるはずがないだろうという前提がいつの間にかできてしまったところにある。 (P52−P65)

養老孟司著 「バカの壁」 新潮新書


「バカの壁」と言う本がベストセラーになっている。テレビで紹介されて私も面白いと思って買って見ました。第四章の「万物流転、情報不変」という章からの文を紹介しましたが、情報と言うものは刻々変化しており、それに対して変わらぬ私自身を合わせていくというように現代人は捕らえている。私もそう思っていた。

しかしながら私自身は刻々変化しており、情報は幾多年月がたっても変わらないものであると著者の養老氏は述べている。押し寄せてくる情報は次々来るから情報自体が変化しているように見えるがフイルムの一コマに過ぎず、今日のニュースは一週間経てば一週間前のニュースになるだけで変わらないのに、私自身は新たな情報を知って一週間前の私自身とは明らかに違っている。

昔は成長するにしたがって名前を変えた。人間は月日が経てば変わるものとして名前を変えたのだ。ところが最近は名前を変えることが大変困難な時代になった。夫婦別姓を主張する人がいるように結婚しても苗字も変えたがらぬ風潮が生まれている。たとえ結婚してもお互い個人個人は変わらぬと思っているからなのだろう。

名前が固定化されてきたということは社会も固定化されてきたということの反映なのだろう。子供も父親と同じ役割を与えられ、世襲化が進めば名前も父親と共通した名前が都合がいい。名前だけで親子と分かるように名前をつけている。姓だけでなく名も父親の名の一部を受け継いでいる。

子供が父親と同じはずがなく、全く別人格であり、育ちも違えば環境も違うのに、親子は一緒と考えるのだろうか。逆に名前を変えないことによって個性も変えないような教育がなされている。教育では個性個性と強調しながら、変わらぬ情報に合わせて個性すらも没個性の変わらぬ人間に育てているのではないか。

街を行く若い人はほとんどがジーンズをはき、Tシャツを着て髪の毛を染めている。変わらぬ情報を基に合わせているから、皆同じファッションで同じヘアスタイルなのだ。若者の頭脳に同じ情報がインプットされれば、同じ反応が返ってくるのは当然のことだ。なぜそのようになるのだろうか。テレビが影響している。

養老氏も本の中で「NHKは神か」とか「マニュアル人間」と指摘していますが、変わらぬ情報を叩き込み、平準化したマニュアルに従ったロボット人間を作り出している。人間は変わらぬものという常識がそのような人間を作り出しているのだろう。そこには思考能力よりもマニュアル理解力が重要視される。テレビも何時間も見て友達との話題の共通化も図られる。

おそらく学校の中で、皆と異なる個性を主張したら変人奇人呼ばわりされるだろう。今の若者は仲間はずれにされることを異常に恐れる。だから同じファッションをし、同じ話題に同じ反応を示すことが求められる。サラリーマン社会も同じだ。人間は日々変化し、成長し変わってゆくという真理から、全く逆のことを教えられ、変わらぬ情報に合わせた他人と変わらぬロボット人間を作り出している。




退任すべきはパウエルよりもラムズフェルドだ
イラクに40万の米兵を投入することは出来るのか


2003年8月8日 金曜日

米大統領、国務長官退任報道について明言避ける

[クロフォード(米テキサス州) 6日 ロイター] ブッシュ米大統領は6日、地元テキサス州クロフォードのレストラン前で記者団のインタビューに応じ、パウエル国務長官がブッシュ政権2期目に退任するとのワシントン・ポスト紙の報道について明言を避けた。
 パウエル長官と共に軽装で姿を現したブッシュ大統領は、同長官が2期目も務めるとは断言せず、「来年の大統領選で再選されることが先決だ」と強調。パウエル長官も、退任報道を憶測にすぎないと一蹴、政権内で協力して仕事をしていると述べた。(ロイター)
[8月7日12時39分更新]

厭戦気分高まる兆候

今後さらに治安が悪くなりそうだと考えると、今のイラクの治安維持に必要な兵力は、冒頭のケーススタディに基づく場合、1000人あたり20人、総勢46万人ぐらいだといって過言ではない。国防総省の中でも「企画担当」のネオコンではなく、現場に近い軍人(制服組)は、戦前からこうした状況になることを心配しており、陸軍トップのシンセキ参謀総長は2月末に「戦後のイラクを安定させるためには数10万人の兵力が必要だ」と議会で証言した。

 ところが、この証言の2日後、ネオコンの筆頭であるウォルフォウィッツ国防副長官は「(シンセキ発言は)まったく見当はずれだ」と公式にこき下ろし、5−6万人の兵力で十分だ、と主張し続けた。結局、ウォルフォウィッツは最近になってようやく「少なくとも20万人の兵力が必要だ」と認めるに至っている。(関連記事

 問題は、40万人といわず20万人であっても、今のアメリカには、それだけの兵力をイラクに駐留させる兵力と資金力がないことである。現在イラクにいる16万人の兵力のうち、米軍は陸軍を中心とした14万8000人(残りのほとんどはイギリス軍)だが、これはすでに米陸軍にとってかなりの負担となっている。

 米陸軍の総兵力は48万人(予備役をのぞく)、そのうち海外駐留が可能な兵力は32万人で、このうち25万人がすでにイラクを含む海外にいる。残りは7万人だが、もしイラクに駐留する兵力を約5万人増やして20万人にすると、米陸軍は交代要員もなく、イラク以外の国に増派することもできない状態になってしまう。(関連記事

 米軍はすでに、これ以上兵士を酷使するとまずい状態になっている。英米政府がイラク開戦の理由としていた「フセインは大量破壊兵器を開発している」という主張の証拠がウソだったということが暴露され、イギリスで大問題になっている。アメリカではまだ国民的な政府批判にはなっていないが、イラクで米兵が死ぬごとに「この戦死は意味があるのか」という問いかけが少しずつ広がる。

 イラクに駐留する主力部隊の一つである陸軍第3歩兵師団は、これまでに2回も帰国を延期させられている。当初この部隊は6月初旬に帰国するはずだったが、イラク中部の町ファルージャで激化したゲリラ戦を鎮圧する任務が入り、延期された。7月に入り「8月から順次帰国させる」と決定されたものの、インドがイラク派兵を断ったため、帰国は無期限に延期されてしまった。

 事態がどんどん悪化する中で2度も帰国が延期され、同僚が毎日ゲリラ戦で殺されていく状況で「無期限駐留」を命じられたら、兵士たちの不満がつのって当然だ。アメリカABCテレビは7月中旬、この部隊の兵士の何人かが「もしここにラムズフェルドが来たら、国防長官を引責辞任しろと言いたい」などと愚痴を言ったことを報じた。

◆ウォーターゲートよりすごい事件に?

 アメリカが兵力不足と資金不足を解消するためには「国際社会」に協力を仰ぐしかない。米議会上院では7月上旬、ブッシュ政権が国連にイラク復興の協力を要請すべきだという決議を全会一致で可決した。だが、ウォルフォウィッツやラムズフェルドら国防総省のタカ派は、国連など消滅した方がいいと主張してきたので、いまさら国連に協力を求めたくない。

 アメリカが国連に協力を求めたら、フランス、ロシア、中国などは、イラク復興に関する権限を国連に委譲せよという条件を出す可能性が大きい。また、開戦直前にイラクの大量破壊兵器についてアメリカが国連の場でウソを言ったことが問題になるだろう。いずれもブッシュ政権にとって屈辱的なことだ。アメリカ国内的には、ネオコンが不利になり、国連支持の中道派が強くなる。下手をするとブッシュ大統領かチェイニー副大統領に対する辞任要求が強まる。来年秋の選挙で再選を果たしたいブッシュは、国連に協力を求めたくないだろう。

 しかし、どうしても国連に話を持っていかねばならないかもしれない。ネオコン系の評論家からは最近「国連と仲直りが必要だというなら、そうしたらいいじゃないか」という主張が出てきている。「大事なのは、アメリカの都合にあわせて国連とつき合ったり捨てたりできる力を持っていることだ」という示唆である。(関連記事

 この場合、政権内では「そもそも国連決議を経てから開戦した方がいいと主張したのはパウエル国務長官だったのだから、パウエルが国連と話をつけるべきだ」という話になるだろう。イラク復興の全権を握っているのは国防総省であり、米政府内で外交を担当していたはずの国務省は、イラクに関しては権限を剥奪されている。だからパウエルが国連と話をつけてきても、アメリカが譲歩すべき点を国防総省のネオコンがOKしない限り、間に挟まれたパウエルの立場が悪くなり、政権内から中道派を追い落とせる。


◆イラク駐留米軍の泥沼 2003年8月6日  田中 宇


アメリカのイラク侵略で14万の兵ではイラク全土を掌握するのは不可能だと指摘してきましたが、おそらく40万から50万の兵を派遣しないとゲリラを鎮圧できない。ベトナム戦争のときも最盛期に55万の兵士を派遣したが無理だった。ゲリラを追い詰めても隣国へ逃げてしまう。ネオコンの計画ではイランやシリアやサウジまで戦線を広げるつもりらしいが、イラク一国でも苦戦している。さらに戦線を広げることは自殺行為だ。

ワシントン・ポスト紙のパウエル国務長官の辞任報道は、ネオコン側から出たものなのか、中道側から出たものかよく分からない。イラク攻撃が国連決議を経ないで行ったものだけにその付けが回ってきている。当初から分かっていたことだが、イラクへの武力侵略は明らかに失敗である。ネオコン側は4,5万の兵で大丈夫と言っていたが、今ではその10倍の兵力が必要なことがわかってきた。

アメリカのこのような迷走ぶりはブッシュ大統領が、単なる操り人形だから起こることである。本来の共和党の主流派は世界情勢に詳しいから、このような事は起きないが、ネオコンに政権を横取りされてから、アメリカはおかしくなってしまった。アメリカ国内におけるネオコンとキリスト教右派による勢力は7000万人にも及ぶ。しかも選挙で組織票として強力な力を持っている。

2002年の中間選挙でも勝利を収めることが出来たのもキリスト教右派の力によるものだ。NHKのテレビでキリスト教右派の特集番組を見たが、明らかにカルトだ。彼らの子弟は宗教教育が出来ないとして公立学校にも行かせず、家庭で宗教教育を行っている。その数は200万人にもおよぶ。彼らの目つきは何かに取り付かれたようで異様だった。彼らが大人になって政治活動に乗り出したのだ。

キリスト教右派によるワシントンでのロビー活動は、アメリカ議会の上下議会議員たちの動きを見ても圧倒的だ。日本における創価学会の数倍もの勢力を持っているから、議員のほとんどはキリスト教右派の支援がないと当選できない。ブッシュ大統領も彼らの支持で当選した。

キリスト教右派については以前にも書きましたが、キリスト教原理主義的宗教であり、原始的キリスト教すなわちユダヤ教イエス派とも言うべきで、旧約聖書に重きを置いているようだ。ネオコンのメンバーもユダヤ人が多く、キリスト教右派と連帯を組むのはユダヤ教とキリスト教右派の教義が似ているからだ。アメリカのイラク侵攻も聖地奪還のための「聖戦」なのだ。

21世紀の現代に聖地奪還とはアナクロもいいとこだ。パウエル国務長官が退任すれば、ネオコンに対する歯どめ役がいなくなり、アメリカは「聖戦」にのめり込むのだろう。キリスト教右派の信者達を改心させることは不可能だ。おそらくハルマゲドンまでアメリカはイスラエルと共に突き進む。日本はこのような宗教戦争に巻き込まれてはならない。先日紹介したキリスト教牧師の富井氏は次のように述べている。

なぜアメリカのクリスチャンは戦争を抑止できないのか?

日本の40倍ものクリスチャン人口がありながら、なぜアメリカのクリスチャンは政治に影響を与えることができないのだろう。

私がミレニアムのHPにおいて繰り返して主張してきたように、その原因の一つは、アメリカのクリスチャンのナイーブさにあった。

彼らは簡単に騙されるのである。

今回のイラク戦争に対してもろ手を挙げて賛成したアメリカクリスチャン同盟などはその典型である。

(中略) 騙される人間に共通しているのは、「すけべ根性」である。

真理を知るよりも、偽りを信じるほうが自分にとって利益があるからである。

「真理を主張することによって生じる摩擦を避けたい」、「この地上生活においてできるだけ迫害を避けたい」、「この世界を御国と変えるには犠牲を払わなければならないので、世界はまもなく終わって携挙されると信じよう」、というアメリカのクリスチャンの心理は、相応しい神学(ディスペンセーショナリズム)を求めてきたのである。

このようなクリスチャンが数千万人いても、戦争の抑止という点で何の役にも立たないのは明らかである。

tomi <kbzwezlcwe> 2003/08/08 19:01:09





不良債権比率の半減を公約<竹中金融相>
政府・日銀、過去最大4.6兆円の円売り為替介入


2003年8月7日 木曜日

小泉再選が基本シナリオ 竹中氏、米補佐官に解説

 【ワシントン6日共同】「小泉純一郎首相の再選と11月の解散、総選挙が基本シナリオだ」。訪米中の竹中平蔵金融・経財相は6日(日本時間7日)のフリードマン米大統領補佐官との会談で、小泉政権の継続を前提とした今秋の政局見通しを米側に伝えた。
 小泉首相の信任が厚い竹中氏としては、首相が再選されれば自身の続投も視野に入るだけに、期待を込めた予想とみられるが、自民党内から「竹中おろし」の声が高まっている最中の発言には波紋も予想される。
 竹中氏は会談で「日本は今後、政治の季節を迎え、総選挙が見込まれている」と言及。「一般的な見方としては小泉首相が再選され、郵政民営化が再選後の重要な政策になる」と今後の政局を米側に解説した。
 ただ自身の去就については触れず、会談後の記者会見で「人事権者である総理が決めることだ」とだけ語った。(共同通信)
[8月7日10時20分更新]

◆不良債権比率の半減を公約=竹中金融相が米大統領補佐官に

 【ワシントン6日時事】訪米中の竹中平蔵金融・経済財政担当相は6日、フリードマン大統領補佐官(経済政策担当)と初めて会談した。席上、同金融相は大手邦銀の不良債権比率(2003年3月期7.2%)を半減させる政府目標に関して「半分にできる。その方向に向かっている」と言明した。米側は事実上の「国際公約」と受け止めたもようだ。 (時事通信)
[8月7日9時2分更新]

◆<財務省>円売り介入、過去最高4兆6116億円


財務省は7日、4〜6月期の外国為替市場への介入実績の詳細を発表した。急激な円高を阻止するため、政府・日銀が実施した円売り介入の総額は4兆6116億円に達し、四半期ベースでは過去最高となった。また、1月から7月までの介入総額は9兆円を突破し、こちらも過去最高を更新中している。

 円売り介入は急激な円高が進んだ5月中旬ごろを中心に計18日間に及んだ。4月には介入しなかったが、5月8日から21日まで10営業日連続で介入を実施。このうち、19日には1日だけで1兆401億円も介入した。その後も、6月25日まで断続的に介入した。

 大半は円売り・ドル買い介入だったが、5月8〜9日には計829億円の小規模なユーロ買い介入も行った。いずれの介入も、実施の有無を同時には公表しない「覆面介入」だった。

 外国為替市場では5月に入ってから急激な円高が進み、東京市場の円相場は同月19日、一時、1ドル=115円10銭まで急騰した。同月の大規模な介入以降は円高ペースに歯止めがかかり、最近は1ドル=120円台前後で推移している。

 財務省が同時に発表した7月末の外貨準備高は、5568億3600万ドルで、6月末より112億1800万ドル増え、8カ月連続で過去最高を更新した。政府・日銀が7月、総額2兆円余の円売り介入を実施したため。【吉原宏樹】(毎日新聞)
[8月7日11時45分更新]

「為替」 スノー米財務長官VS竹中担当相

ドル・円は120円05銭から120円27銭までの小動きに推移している。
7月末の外貨準備は、5568.36億ドルで、6月末から112.18億ドルの増加、昨年末から
は、871.08億ドルの増加となり、9兆円介入を裏付けている。
証券分は、4421.51億ドルで、年初来544.08億ドルの増加、金融機関への預金が、
886.02億ドルで、年初来295.09億ドルの増加となっている。
ニューヨーク連銀が保管する海外中央銀行の米政府証券は、約800億ドルの増加となっているが、このうちの約7割が日銀分で、米国の長期金利の上昇に歯止めをかけている。
超党派の米上院議員が、スノー財務長官に書簡を送付し、通商相手国の為替政策に関する報告書で、日本が為替操作を行っていると財務省が断定するよう要請したが、スノー米財務長官は、訪米中の竹中金融・経済財政担当相と本日あたり会談の予定である(フィスコ)
[8月7日10時47分更新]

◆<日銀>統計ミス隠ぺいで職員処分へ

日銀は6日、統計数値の誤りを把握しながら1年間放置した隠ぺい問題で、適切な対応をしなかったとして、関係する複数職員を処分する方針を固めた。統計の集計に関する処分は極めて異例。先月末以降、事実関係の本格的な内部調査を進めており、調査結果や再発防止策と併せ、早ければ週内にも発表する。

 日銀は毎月、金融機関の貸出金残高などをまとめた統計「貸出・資金吸収動向」を公表している。先月、このうち企業の資金調達手段であるコマーシャルペーパー(CP)の発行残高に誤りがあると発表した。担当者が1年前、金融機関の集計手法に誤りがあり、CP市場が実態より大きく見積もられていると気づいたが、その後も修正せず、間違った数値を公表し続けていた。CP発行残高は6月末時点では24兆2264億円と発表したが、実際は9兆円程度少ない約15兆円とみられている。

 日銀のこれまでの内部調査で「隠ぺいによって、金もうけを図るなどの悪質な意図はなかった」(幹部)ことが判明したが、職務の不作為や管理責任は否めないと判断した。CP残高の統計自体は、金融政策の方向を決定づけるような最重要な指標ではない。しかし、政策形成の土台となる統計のミスを是正しなかったことは、日銀の信認低下に直結しかねないとして、異例の処分に踏み切ることにした。

 懲戒処分など就業規則に基づくものではなく、「注意」などの形で処分する方向で最終調整をしている。ミス予防策や、間違いが生じた場合に解決を先送りせず迅速に対処する仕組みを盛り込んだ再発防止策の策定も検討している。CPの発行残高の修正値も近く公表する方針。【白戸秀和】(毎日新聞)
[8月7日3時14分更新]

公的資金新制度の検討必要 竹中金融相、米政府に説明

【ワシントン6日共同】訪米中の竹中平蔵金融・経財相は6日(日本時間7日)、フリードマン大統領補佐官(経済担当)と会談し、日本の金融再生のため、銀行への公的資金の予防的投入に関する新制度を検討する必要があるとの見解を表明した。日米両国の経済の現状については、回復傾向にあるとの認識で一致した。

 公的資金の新制度では、金融審議会が賛否両論を併記した報告を提出、政府として明確な方向性を打ち出せておらず、竹中氏は米国への説明で検討に弾みを付けることを狙ったとみられる。ただ自民党は新制度の議論凍結を要求しており、国内論議を素通りした形での竹中発言に強い反発が出ることも予想される。

 竹中氏は会談で「危機ではないが健全でもないグレーゾーン(灰色の領域)にある銀行に、資本を注入できる仕組みを検討した方がいいと思っている」と強調。予防投入で、金融システム不安を一気に解消したい意向を米側に伝えた。(共同通信)
[8月7日10時18分更新]


本日の金融関係のニュースを取り上げてみました。私は日本の金融政策を見るために日銀の動きを絶えず見張っている。紹介したニュースを見ただけで日本がアメリカの植民地であることが良く分かる。英語の話せる竹中金融大臣がアメリカ政府のエージェントとして働いている。早期の不良債権処理もアメリカから強制され定期的に報告に行っているのだ。

日本政府によるアメリカ政府への利益供与は数十兆円単位で行われている。それがアメリカ経済を支えているのだ。イラク侵略でアメリカ軍は泥沼の恐怖に脅えている。本来ならばドルが大暴落する場面ですが、福井日銀総裁が史上空前の4,6兆円ものドルの買い支えをやり、アメリカの債券相場の暴落は防げた。ニュースでは日本の輸出企業の為だと言っているが嘘だ。ドルの暴落を防ぐために行ったのだ。

政府・日銀による垂れ流しドル買い介入で、外貨準備高は五千億ドルもの金額に膨れ上がってしまった。外貨準備高の増大は円高をもたらす。つまり円高スパイラルに日本はのめり込んでしまっている。本来ならば米国国債を円建てで発行させてサムライボンドにするべきだ。でなければドルの買い支えはしないと宣言すればいい。そうしなければアメリカは垂れ流し的にドル札を刷り続ける。

日本政府ならびに財務省・日銀はアメリカ経済を支えることこそ我が使命と心得ているようだ。日本の失われた10年はアメリカを支えるために使われたしまったからこそ起きている。バブル崩壊の始めの時点でアメリカが日本の株を売り叩いてきたら、日本も対抗してアメリカ国債を売り叩けばよかったのだ。しかし腰抜けの日本の政治家にそんなことは出来るはずがない。

竹中金融大臣はまだ日本のメガバンクをアメリカに売り払う陰謀を捨てていないようだ。私が何度も主張してきたように、銀行の不良債権問題は、銀行の不良債権を公的資金で簿価で買えば片付く問題だった。今ごろになって公的資金を投入して銀行を国有化しているが、バブル崩壊の最初に宮沢首相が公的資金で片付けようとしたが、マスコミが騒いだために出来なかった。マスコミもやはり外資の手先だったのだ。

今ごろの竹中大臣の訪米は、アメリカの小泉内閣支持を取り付けに行ったのだ。お土産としては日本のメガバンクの一つを差し出すのだろう。国を売ってまで小泉・竹中内閣は政権を維持することに、日本国民はなぜ怒らないのだろう。その原因はテレビですっかり洗脳されてしまっているからだ。

私のようにニュース記事を集めて並べてみれば、小泉・竹中内閣が何をしているか、はっきり分かるのだが、多くの国民はテレビでしかニュースを見ず、新聞の切抜きや、ネットのニュース記事で分析している分析家はほとんどいない。「株式日記」を以前から見ている方は、経済予測を外していないことがわかるだろう。日本経済は亀井氏あたりにやってもらわなければ立ち直れないだろう。




女(クリントン)と軍事力(ブッシュ)に溺れた
世界帝国アメリカはイスラエルのように分裂する


2003年8月6日 水曜日

律法において、「馬を増やしてはならない」といわれているのは、侵略するな、という意味である。古代において馬は攻撃用の武器であった。

しかし、これは、単に侵略という行為そのものを禁止しているだけではなく、侵略に誘う誘惑物を目の前に置くなという戒めでもある。

つまり、「馬を多く所有すれば、どうしても、それを使用してみたくなるから、増やすな」という意味なのである。

ちなみに、カナン民族の絶滅命令も、このような「誘惑物を置くな」という律法である。

カナン民族は、非常に堕落しており、彼らに対する刑罰は、死刑以外にはなかった。神は、イスラエルを通じて、民族を絶滅することを望まれた。それだけではなく、カナン民族の絶滅命令は、イスラエルへの誘惑物を除去するためでもあった。

「あなたは、あなたの神、主があなたに与えるすべての国々の民を滅ぼし尽くす。彼らをあわれんではならない。また、彼らの神々に仕えてはならない。それがあなたへのわなとなるからだ。」(申命記7・16)

アメリカの軍事力は、世界の他のすべての国の軍事力を合わせたものよりも大きいという。

次々と最先端の科学的成果を取り入れた兵器が登場し、軍備の質は絶えず向上している。

兵器があってもそれを使わないでいるのには、よほどの克己心が必要である。

アメリカの肥大化した軍事力は、アメリカを侵略に誘惑しているのである。

ソロモンは、律法に違反して、多数の馬を所有した。

ソロモンは戦車と騎兵を集めたが、戦車一千四百台、騎兵一万二千人が彼のもとに集まった。そこで、彼はこれらを戦車の町々に配置し、また、エルサレムの王のもとにも置いた。ソロモンの所有していた馬は、エジプトとケベの輸出品であった。それは王の御用達が代価を払って、ケベから手に入れたものであった。エジプトから買い上げられ、輸入された戦車は銀六百、馬は銀百五十であった。同様に、ヘテ人のすべての王も、アラムの王たちも、彼らの仲買で輸入した。(第1列王10・26-29)

この記述は、ソロモンが誘惑の中に落ち込んだことを示している。なぜならば、その次に、彼が女の誘惑に陥ったことが併記されているからである。

ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。(1列王11・1-3)

この時を境に、ソロモン政権は腐敗し、ついに、死後、イスラエルは北王国と南王国に分裂してしまう。

「軍事力と女性」は、統治者の判断を誤らせる。

そのことを神はよくご存知なのである。

今のブッシュ政権を担っている人々は、軍事力に誘惑された人々である。

「俺達を打ち負かす者は誰もいない。このような強力な力を持っている我々こそが、世界の覇者となり、遅れた国々を解放し、自由と民主主義を植え付けてあげるべきである」と豪語している。

そして、それに追随する偽預言者ファンダメンタリストたちは、教会の講壇から神の御名を使って、侵略を後押ししている。

まことに、歴史から何も学べない愚か者である。

古来、傲慢になり、力によって覇権を獲得しようとした帝国は短命であった。

「ローマや中国の歴代王朝など、諸国を従えた帝国の歴史には、一つの法則性が見られる。それは、帝国の覇権が周辺諸国から正統なものと認められ、自発的な服従に基づかない限り、帝国は長期の繁栄を享受できないというものである。力に頼る支配はコストが高く、長続きしないのである。」(大沼保昭東大教授『力の支配は長続きせず』朝日新聞2003年7月11日朝刊)

国際世論を無視して、戦争を強行したツケは、ゲリラ攻撃という形で回ってき始めている。

このままだと、多大な戦費が国の経済を圧迫し、国力は衰退の一途をたどるだろう。

早晩、賢い国民は、この愚かな三流大統領を捨てるだろう。

tomi <kbzwezlcwe> 2003/07/23 17:52:46


アメリカのキリスト教はヨーロッパのキリスト教ほど世俗化されておらず、宗教戦争を経ていない国だけに、キリスト教と宗教の結びつきはかなり強い。大統領宣誓の時にも聖書に手を置いて宣誓している。この事はアメリカがキリスト教国家であることを証明している。つまりキリスト教徒しか大統領になれないのだ。

ブッシュ大統領も宣誓したが、その聖書は新約聖書だったのか旧約聖書だったのか、はたしてどちらなのだろう。それほどアメリカは親イスラエル国家となっている。アメリカのイスラエルに対する国家援助は30億ドルにも及ぶ。それらの多くは軍事費に使われ、対パレスチナ紛争に使われている。

イスラエルは、イラクへのアメリカの介入させる事に成功し、その様相はアメリカのイラク侵攻と、イスラエルのパレスチナ侵攻とはほとんど同一化してきた。敵は同じイスラム教徒である。アメリカのユダヤ系マスコミは、911以降、一斉に911テロを支援したのはイラクのサダム・フセインであるかのようなプロパガンダをした。

アメリカ国民の半数は911とイラクとは関係があると信じている。911の犯人がアルカイダというイスラム原理主義勢力とするならば、イラクのバース党は社会主義政党であり水と油の関係だ。イスラム原理主義国家のイランと8年も戦争したのをみてもわかる。それにもかかわらずアメリカ国民はイラクを911の黒幕と見たのだろうか。

アメリカのテレビは繰り返しフセイン=テロ組織と放送した。イラクが大量破壊兵器をテロ組織に渡しアメリカを攻撃するかのようなキャンペーンを繰り返した。国家保安省のリッジ長官も何度も警戒警報を流しアメリカ国民の恐怖を煽った。しかしイラクを陥落して探してみても大量破壊兵器はいまだに見つからない。イラクを民主化させるだけに侵略したのならば、アメリカはとんでもない事をした事になる。

アメリカはイスラエルの謀略に踊らされて、大軍をイラクに送り込んだ。その結果泥沼に嵌り込みアメリカ本国を滅亡の危機に陥れるだろう。14万の軍隊を駐留させるだけで年間数兆円の経費がかかる。戦闘が激化すれば天井しらずの費用がかかるだろう。アメリカはこれに耐えられるだろうか。

イラクをこれと言った理由もなしに侵略した事は、バカなアメリカ国民にもだんだんとわかってくるだろう。毎日毎日アメリカ兵の死亡が伝えられている。イラクを開放しに行ったのになぜ攻撃されるのかアメリカ国民もいい加減わかってくる日も近い。たった14万の軍隊でイラク全土を掌握するのは不可能だ。油田のパイプラインも爆破されている。

アメリカはいつの間にか自由と民主主義の旗頭から、世界支配の野望を顕にし始めた。その第一歩がアフガニスタンでありイラクなのだ。そのアメリカを陰で操っているのがイスラエルだ。アメリカが狂い始めたのはキリスト教原理主義運動が広まったためだ。原始的キリスト教とはすなわち「ユダヤ教イエス派」のことである。

ユダヤと言えばどうしても「ユダヤ議定書」なるものを連想してしまう。偽書であることが言われているが、現実世界で行われていることは「ユダヤ議定書」に書かれていることそのままが現実に起こっている。アメリカと言う世界帝国を自在に操ることが出来るユダヤの民は世界を支配することに成功したかのように思える。偽書であろうとなかろうと彼らは議定書にかかれたことそのままを実行している。「ユダヤ議定書」には次のようなことが書かれている。

『全世界皇帝』たることの宣布の時機

 我々の世界独裁君主を承認することは、あらゆる憲法を最終的に排除してしまふ以前に行うことも出来る。さうした好機は、永年の動乱に苦しみ、我々の仕組んだ為政者の無能のために困憊(こんぱい)の極に達した諸国民が、これ等支配者の面前に於て、次の如く叫ぶ時が到来する。即ち「こんな連中を片付けてしまへ。そして、我々すべてを統一し、かの永遠の闘争の原因たる『国境、宗教、国家的打算』などを除去し、我々が、我々の支配者達や議会から求めようとして徒労に終わつたところの平和と安泰とを、遂にもたらすような世界的独裁君主を我々に与えよ」といふのがその叫びである。
 諸国民を、かような絶叫へと誘導するためには、永年の撓まざる労作が必要である。我々は、あらゆる国々に於て、人民と国家の相互関係を毒さなくてはならない。また我々は、全人民をして”嫉視と憎悪と戦争”あるいは”欠乏、饑餓、疾病の伝播”等によつて極度に困憊せしめ、その結果、非ユダヤ人たちは、我々の金力と完全なる主権とに服従するより外に、何等の逃げ路がないようにするであらう。

ユダヤ議定書 (プロトコール) エス・ニールス著





福田官房長官9日から訪中。謝罪外交を繰り返すな。
北岡俊明著「ディベートからみた東京裁判」


2003年8月5日 火曜日

福田官房長官は4日、今月9〜11日の日程で中国・北京を訪問すると発表した。日中平和友好条約締結25周年レセプションに出席するため。中国側からも、李外相が10日から来日する予定。小泉首相の靖国神社参拝が支障となり、首相訪中が実現する見通しが立たない中、政府要人の往来で関係改善を図る狙いがある。(毎日新聞)
[8月4日13時13分更新]

日本は政治的に大虐殺を否定すべし

中国は政治的に南京事件をとらえている。しかし、日本人は研究対象として科学的に検証し、それだけで中国と対決しようとしている。南京虐殺を政治的に肯定している中国人に、南京事件の科学的な検証や論理だけでは通用しない。日本人はこのことに気がつくべきである。日本は科学的論理的な否定とともに、今後は政治的にも否定する必要がある。科学的にいくら否定しても、中国人は絶対に納得しない。ますます政治的になるか感情的に反発するだけで不毛の論争になるだけである。

中国が政治的に南京大虐殺を肯定するならば、日本は政治的に否定しなければならない。政治の舞台での論争ならば、政治的に否定しなければならない。これは原爆投下について、被害をいくら言いつのっても、アメリカは政治的に否定していることと同じである。「太平洋戦争の終結を早めるためにやむをえざるものであった」というアメリカの主張はきわめて政治的な結論である。被害者数や残虐性をいいつのる土俵にはのぼってこない。

南京事件についても同じである。日本は政治的発言をしなければならない。もし、それで一時的に国交が断絶しようとも、未来永劫の日本の国益を考えたならば、政治的に否定するのが 国益にかなう。これが戦略的判断である。

我々は、北京詣でをして中国人に謝罪する日本の政治家のリップサービスの犠牲になってはならない。まして、子々孫々を知能指数の低い政治家の犠牲にするなど一言語道断である。政治家は、過去の歴史ではなく、日本の未来の歴史にこそ責任をもたなければならない。過去の歴史への無貢任なリップサービスは、日本の未来の歴史に取り返しのつかない害毒をもたらす。戦略的思考のかけらもない知能指数の低い日本の政治家たち、臆病で腰抜けな政治家たち、彼らには総退場してもらうほかはない。

南京大虐殺を一言いつのり、記念館を建てて日本を非難する中国へ、断固たる抗議ができない連中が政治を語る資格などまったくない。南京攻略戦で戦死した勇敢な日本兵に対して顔向けができるのか。(P142-P143)

三〇万人説を論破するディベート

中国人 「南京大虐殺を謝罪しろ」
日本人 「大虐殺とは何か定義してくれ」
中国人 「大量の中国人を虐殺したことだ」
日本人 「大量とは何人だ」
中国人 「三〇万人だ」
日本人 「三〇万人の根拠を示せ。具体的な氏名を出せ」
中国人 「そんなことは不可能だ」
日本人 「ならば、三〇万人は嘘だ」

南京攻略戦は正規の戦争であるというディベート

中国人 「日本は南京で大虐殺を行なった」
日本人 「それは根拠のないつくり話だ」
中国人 「そんなことはない。南京城が陥落した後、城内で大量の人間を虐殺した」
日本人 「南京攻略戦では、日本軍は降伏勧告をした後、戦端を開いた正規の戦争である。戦争に戦死はつきものである。日本軍も損害を出している」
中国人 「民間人を虐殺したのだ」
日本人 「中国兵は卑劣にも軍服を脱いで民問人になりすました。軍人としては恥ずべき行為だ。首都を死守しない恥ずかしい軍隊ではないか」
中国人 「日本軍が迫ってきたからだ」
日本人 「情けない軍隊だ。軍隊ならば、首都を死守し、捕虜となるくらいなら、死んでも守り通す気概が必要だ」

中国軍の恥ずべき実態を突くディベート

中国人 「南京での日本軍と日本人は残虐だ」
日本人 「中国人は自分たちの南京戦における敗戦や弱さを日本軍の残虐行為にすり替えている」
中国人 「残虐な日本人は反省がないのか」
日本人 「残虐さは歴史的に中国人のお家芸ではないか」
中国人 「日本人は南京大虐殺の反省がまったくない」
日本人 「首都を防衛できなかった中国軍の弱さを反省しろ。軍服を脱ぎ捨て逃亡するなど軍人としてあるまじき行為だ。恥を知れ」

以上が、中国人との想定ディベートの事例である。中国からの非難に対して、現状では断固として反駁する必要がある。日本が謝罪して中国が納得し矛を収めるきざしがない。共産主義独裁政権が続くかぎり、この事態は変わらない。ならば、日本の子々孫々を守るために、断固として謝罪を拒否し、徹底的に反駁する必要がある。すでに述べたように、この点が私が南京大虐殺事件を政治的に否定せよという理由である。

.アメリカなどの自由民主主義の国ならば、お互いを認めあうことができる。しかし、中国は、国内の不満を対日にすり替えることを国家ぐるみでやっている。反日の施設や展示やキャンペーンは、この国が日本を見通しうるかぎり、敵対するという意思表示とみなければならない。だいいち核ミサイルの照準を日本に合わせている国と、自由主義諸国と同じような友好などありえない。中国は、仮想敵国として、厳重なる警戒の中での友好しかない。

南京攻略戦は父祖たちの誇るべき歴史である

南京攻略戦は日本民族として恥ずべき行為ではない。恥ずべきは中国軍である。首都を防衛できず、軍服を脱ぎ捨てて逃亡するという軍隊としてあるまじき行為である。すでに述べたように、強い軍隊とは徹底的に敵を圧倒職滅するものである。敵を圧倒残滅するからこそ強い軍隊なのである。強い軍隊は誇りにこそすれ何のやましいこともない。イラク戦争での強いアメリカ軍と同じで、自国民の誇りである。

日本人は、我等の父祖たちの雄々しい戦いの跡、世界に冠たる強い軍隊をもっていたという歴史の事実を誇りにすべきである。このことと南京攻略戦での犠牲者の問題は別である。日本軍も多くの損害を出した。上海戦以後、一万人以上の戦死者を出している。松井司令官は熱海に興亜観音をつくり、日中両軍の戦死者の霊を弔っている。まことに武士道精神にもとづく振る舞いである。

日本が衰退しているほんとうの埋由

南京攻略戦では日中に多くの犠牲者がでた。しかし、その後の対応がちがう。中国は英雄として祭っている。日本は戦死者の屍に苔をうち足蹴にしたままである。国家を死をもって守った人間をないがしろにしている国に未来はない。国家は衰退に向かうしかない。もし、日本が衰退しているとするならば、その原因は不況ではなく、日本のために 黙って死んでいった犠牲者をないがしろにしたせいである。

歴史をないがしろにするものは、歴史からしっぺ返しをうける。今、日本はそのしっぺ返しを受けているのかもしれない。南京事件は謝罪してすむという問題ではない。日本民族の未来がかかっている重大なるテーマである。ゆえに、ディベートを学び、中国からの理不尽な非難に対して、徹底的に反駁することが必要なのである。全否定で戦うことが重要である。感傷的な反戦感覚では子々孫々に重大な損害を与えることを自覚したほうがよい。(P149-P153)

PHP 北岡俊明著 「ディベートからみた東京裁判」


今月も8月15日がやってまいりますが、今年も靖国神社参拝をめぐり左翼マスコミが騒ぎ立てるのだろう。中国や韓国はA級戦犯が祀られた神社だから、参拝はけしからんと言っている。しかしA級戦犯と決め付けたのは東京裁判である。私はこの東京裁判に多くの疑問を持っている。これは「裁判」と言いながら「裁判」ではないのである。戦勝国による報復ショーなのである。

東京裁判が公正な裁判といえないのならば、A級戦犯と言う判決も不公正なものである。東京裁判においては弁護側から様々な反論が出されたがことごとく却下された。だから中国・韓国からA級戦犯がどうのこうのという問題は、東京裁判を肯定するか否定するかの問題となる。小泉総理は今年は8月15日に靖国神社を参拝しない。この事は東京裁判を肯定しているからなのか。

まず第一は裁判長の忌避を申し立てたが却下された。前歴に問題があった。明らかに中立公正な立場の人物でなかった。これだけでも裁判として成立しない。第二は管轄権の問題であり東京裁判で日本を裁く権利があるかと言うことだ。終戦時に日本国も日本政府も存在しており連合国と日本国との間でポツダム宣言の受諾があったから戦争は終わったのである。無条件降伏したのは日本国軍である。

ナチスドイツはヒトラーをはじめ要人は自殺したり逃亡して、ドイツ政府そのものが無くなってしまった。政府がなければ裁判所もないから連合国が裁判することになる。しかし日本国には政府も裁判所も存在していた。だから日本国の責任で戦争犯罪人を裁判すべき問題なのだが、連合国から否定された。これは日本国への主権の侵害である。だから東京裁判には管轄権がない。B級C級裁判も日本国への主権の侵害のもとに行われた違法裁判である。

いわゆる南京事件は東京裁判の中で突然出てきた事件である。しかし裁判で証拠能力のあるものは一つとして示されず、多くが伝聞を言うだけで物的な証拠も、状況証拠も怪しいものばかりだ。朝日ジャーナリズムもたびたび決定的証拠があったと騒ぐがその都度、欠陥を指摘され否定されている。東京裁判においても30万人の虐殺を言い立てたが、弁護人の証言でも「南京の人口は20万人であります」と釘を刺されている。

このような伝聞証言を証拠として採用され松井司令官は処刑された。B級C級裁判においてもこのような伝聞証拠で次々と処刑された。このようなデタラメな裁判を裁判として認めることは常識としてありえない。だから中国の首脳がA級戦犯が祀られているからけしからんと言うのは、政治的な効果をねらった発言なのだ。このような内政干渉を許してはならない。

竹本忠雄・大原康男著 「再審南京大虐殺」




キューバ危機を描いた 『THIRTEEN DAYS』
北朝鮮のミサイルに小泉首相は米国に丸投げ


2003年8月4日 月曜日

映画『13デイズ』をみて、あらためて思った。アメリカ人というのはどうしてこうも独善的なのか。

この映画は1962年10月のキューバ危機を描いている。図々しくもキューバに核ミサイルを持ち込んだソ連のフルシチョフと、それをただちに攻撃しようとする好戦的なアメリカ軍の間に立って、若きケネディ兄弟と補佐官のケネス・オドンネル(ケヴィン・コスナー)が、全面核戦争にもつながりかねない危機をなんとか収拾しおおせる、というわけだ。確かにケネディが苦闘したのは事実である。だが、公平にみれば、危機が回避されたのはフルシチョフが譲歩したからであって、アメリカの強硬な対応はきわめて危険なものだったと言うべきだろう。

ケネディが大統領に就任したのは61年のこと。この年すでにアメリカはピッグス湾事件を引き起こす。59年の革命で成立したキューバのカストロ政権を転覆させるため、反革命勢力を支援して攻撃をしかけ、まんまと失敗するのだ(この頃ヴェトナムにも同様な形で介入し、それがやがて泥沼の戦争につながってゆくことも、想起しておこう)。キューバ危機でケネディが軍の大言壮語に懐疑的だったのも、前年のこの失敗が記憶に新しかったためにほかならない。(ちなみに、ケネディ政権が、中国の核兵器開発に対し、核兵器の使用まで含む攻撃を検討していたことも、最近あきらかになった。)

それにしても、巨大な軍が存在するとき、アメリカ大統領ほどの権限をもってしてもそれを抑えるのが容易でないことを、この映画はよく物語っている。とくに、当時のアメリカ軍のトップといえば、第二次世界大戦を勝ち抜いた将軍たち(そのなかには、対日爆撃を指揮し、冷戦下で戦略空軍司令部を創設した、カーティス・ルメイのような歴史的人物が含まれる)であり、その圧倒的なプレッシャーを、わずか45歳の大統領がよく抑えたことは、認めておくべきだろう。たとえば、新大統領のブッシュ・ジュニアが同じ立場にあったとしたら、これほど頑張れただろうか。いや、冷戦期にはそもそもブッシュのように人好きのするだけが取り柄の凡人が大統領に選ばれたはずがないのであって、これは仮定の質問としても的外れと言わねばならない。

むしろ、現在のアメリカに見られるのは、ある意味で不思議な逆転現象だ。ケネディからジョンソン、ニクソンへと受け継がれたヴェトナム戦争は、双方にとっておそるべき悲劇に終わった。そして、湾岸戦争の時点でアメリカ軍のトップにいた将軍たち(新国務長官のパウエルを筆頭として)は、愚かな指揮官のために無意味な殺し合いが続くのを呪いながらヴェトナムの現場で苦労を重ねた世代にほかならないのだ。彼らがそこで大きな教訓を学んだことは、パウエルが統合参謀本部議長時代に打ち立てたドクトリンに明らかである。

1:軍事的に見て圧倒的な優位が確保され、2:「エグジット・ストラテジー」(何をもって目標が達成されたと判断し、どのように軍を引き上げるかの手順)が前もって明確に規定されていないかぎり、軍を投入すべきではない。このドクトリンに従って、オルブライト前国務長官がユーゴスラヴィアへの軍事介入を主張したときも、軍は同意しなかったのだった。こうしてみると、万一ブッシュ・ジュニアが危険な賭けを思いついたとしても、パウエルや軍がそれに反対するという、ケネディ時代とは逆の構図が描かれることになるのかもしれない。

だが、同じ論理でいけば、世代交代の次のサイクルも見ておくべきだろう。湾岸戦争は「ヴェトナム戦争パート2・ハッピーエンド版」とも呼ばれ、アメリカのヴェトナム戦争後遺症を良くも悪しくも吹き飛ばす効果をもった。とくに、ハイテク兵器の圧倒的な力はアメリカに自信を回復させ、その延長上でミサイル防衛への取り組みも本格化しつつある。(ヴェトナム戦争後遺症をいい意味で受け止めて、コッポラの「地獄の黙示録」をはじめとするすぐれた作品(必ずしも戦争ものとは限らない)を撮ってきたアメリカ映画界が、近年やたらとコンピュータ・グラフィックスを濫用した戦争ゲーム紛いの映画に退行しつつあるのも、それと同じ世代交代の現れだろう。

湾岸戦争の英雄が大統領になるが、妥協の技術である政治に嫌気がさしていた、そこへエイリアンが侵略してくると急に元気を取り戻し、勝手に世界を代表して人類の独立を宣言したかと思うと自ら戦闘機で突撃していくという『インディペンデンス・デイ』は、その典型だ)。こうして、ヴェトナム戦争のヴェテランたちが退役する一方で、コンプレックスをもたない湾岸戦争の世代がアメリカ軍を指導するようになるとしたら、それはケネディ時代の軍にも似たパワー・グループになるおそれがある。とすれば、やはり問わねばならない。アメリカの政治は、それを制御するだけの力を維持しえているのだろうか。


(浅田彰『13デイズ』の教訓より)

昨日のテレビ朝日で『13デイズ』という映画を放送していたので見ました。現代史や国際情勢に関心のある人にとっては興味のある映画だ。しかし娯楽映画としてはこれといった戦闘シーンもなく会議場面ばかりの映画につまらなさを感じるだろう。また当時の状況を知らない若い世代にとっても冷戦の実感は分からない。40年以上も前の事件でありケネディーも歴史上の人物になってしまった。

ソ連のフルシチョフからブレジネフの時代は、西側の諸国はソ連の巨大な核兵器と通常兵器の恐怖に脅えていた。特にSS-20という中距離核ミサイルはヨーロッパからオーストラリアまですっぽりと射程圏内にする移動式の恐ろしい兵器だった。このようにミサイル兵器は破壊力もさることながら、政治的恫喝手段として絶大な威力を持つ。

ソ連のフルシチョフはアメリカの青年大統領ケネディを舐めてかかって、キューバに核ミサイル基地を作ってアメリカ本土をすっぽりと覆う恫喝手段に出た。なぜ秘密裏にキューバにミサイルが搬入できたのか不明ですが、アメリカにとってはソ連に王手を掛けられた事になる。

映画の中でどこまでが真実なのか分かりませんが、インタビューなどの取材を通じて、政権内部の葛藤が描かれていて大いに興味がわいた。米ソの首脳にとっては常に核戦争の瀬戸際にあり、表に表れない外交交渉の席では、核ミサイルの恫喝合戦が行われるのは常識だ。

日本の政治家が気の毒なのは、武力を持たずに外交交渉に挑まなければならない事だ。中国や北朝鮮の外交官は平気でミサイルによる恫喝を行ってくる。「ソウルの街を火の海にする」とか、「戦争行為とみなす」とか平気で言ってくる。アメリカの外交官は中国の軍首脳から「空母など対艦ミサイルで仕留められる」と言われて驚いたそうだ。

自由党の小沢党首は中国の首脳と会談した際に「日本はその気になれば2年で核武装できる」と発言して話題になりましたが、その前に中国首脳からの核の恫喝があったのだろう。このようにヤクザの脅しなど子供騙しに見えるほど、政治家の国際交渉の場では恫喝合戦が行われる。ナイーブな日本の政治家がこれに耐えられるはずがない。

ぎりぎりの国際交渉の場では、外国の首脳は表の交渉のみならず、裏交渉も仕掛けてくる。罠かもしれないし本音かもしれない。報道記事になるのは表の交渉のみだが、裏交渉が暴露されればその交渉は失敗したと見ることが出来る。8月2日に書いた北朝鮮からの7000億円の身代金交渉も裏交渉だった。小泉首相なら7000億円払いそうだったから、阻止するためにバラした人がいるのだろう。

映画「13デイズ」でもケネディーは結局は一人で決断を下さねばならない立場に立たされる。周囲にいくら優秀な補佐役を揃えても、決断は一人でしか出来ない。アメリカの大統領は常にそのような試練にさらされている。ところが日本はいったい誰が最高権力者かわからない不思議な政治をしている。小泉首相の公約は自民党の公約とする論理が通用しない。明らかにおかしい。

1962年のキューバ危機と1994年の北朝鮮危機と今回の北朝鮮危機は非常によく似ている。1994年の危機のときは空爆寸前まで行ったが、カーター元大統領が訪問して最終的に回避した。いずれも民主党政権だった。しかし今回の北朝鮮危機は共和党政権である。このままなら強硬手段に打って出るだろう。ケネディーと軍部の関係とは異なり、ブッシュと軍部は同じメンタリティーを持っている。その間に立って小泉首相は問題を丸投げせざるを得ない立場だ。本来なら金正日を北朝鮮から追放してしまえば簡単に片付くのだが。




ポスト小泉内閣は亀井静香氏にするべきである。
地方の自民党支部も続々亀井氏支持を決定。


2003年8月3日 日曜日

亀井静香氏を支援する会を発足 新潟県議団

自民党新潟県議団(38人)が8日、同党総裁選出馬に意欲的な亀井静香前政調会長を支援する会を発足させた。会長の星野伊佐夫県議は「景気回復を成しとげ、明るい希望を持ってもらうには、亀井さんが一番だ」と述べた。このほか、自民党千葉県議団(71人)の有志62人も先月、「亀井静香総理大臣の実現を期す決意表明」に署名、支持を表明している。【小畑英介】

[毎日新聞7月9日] ( 2003-07-09-02:07 )

小泉首相と総裁候補亀井氏の対立軸

1. 日本経済の現状の認識

 小泉
・・経済は低迷しているが、これは改革の成果が現われるまでであり、
    国民は痛みを覚悟してもらいたい。

 
亀井・・最悪の状態であり、至急経済の底上げが必要。


2.デフレ対策

 小泉・・デフレは貨幣的要因で起る。したがって対策は金融政策が中心。
     ETF(株価指数連動型上場投資信託)、 REIT(不動産投資信託)
     の購入も検討。

 
亀井・・需要不足が原因であり、あらゆる手段で需要を創出。ただし金融
     政策に偏重しない。



2. 財政

  小泉・・緊縮財政の堅持。公共投資・補助金・地方交付金のカット。税源
         移譲も補助金のカットが狙い。さらに増税の機会を伺っている。

 
亀井・・デフレ克服が先決であり、このためには積極財政への転換を行う。

 
4.不良債権問題


  小泉・・金融機関の不良債権の処理をとにかく急がせる。これよって構造改
         革が進む。

 
亀井・・まず経済の底上げが必要である。まず資産デフレをストップさせる
        くらいの経済の活性策が必要。



5.中小・零細企業対策



 小泉・・新たな不良債権の発生を防ぐため、銀行の債権の保全を優先。

 亀井・・中小・零細企業への金融へは最大限の配慮。銀行借入金に対しては
     支払猶予(モラトリアム)を検討。



6.雇用問題の認識

  小泉・・今日の日本の失業はミスマッチ。

  
亀井・・特に高年齢層と若年層に失業が集中していおり、深刻な問題。


7.雇用問題の解決

  小泉・・失業はミスマッチであるから教育・訓練で解決する。規制緩和によっ
      てサービス分野で530万人の雇用増を実現。これらも構造改革である。

  
亀井・・新たな失業を生まないよう、景気の底上げが必要。特に深刻な高年
         齢層と若年層の失業には、特別の施策を考える。


8.公共投資

   小泉・・とにかく削減する。

   
亀井・・金利が低く、工事代が安い今日、必要な公共投資を行う。都市再生
          事業、地方での下水道工事などが適当。財政投融資の活用も考える。



9.政府の大きさ

   小泉・・とにかく小さな政府を目指す。民営化できるものは民間に。

   
亀井・・政府は効率的である必要がある。政府の規模は、その時の経済状態によって決める。

10.構造改革

   小泉・・構造改革なくして成長なし。

   
亀井・・成長なくして構造改革なし。


11.特殊法人の民営化

   小泉・・とにかく民営化することが大事である。

   
亀井・・特殊法人の効率化は必要であり、民営化はその手段の一つである。
      特殊法人の改革は、国民の利益を第一に考えて行うべきである。



12.税源の移譲

   小泉・・三位一体の改革。補助金・地方交付金を削り、税源を地方に移譲。

   
亀井・・地方の均衡ある発展というこれまでの理念をどうするのか、これを
      まず議論すべきである



13.対米関係

   小泉・・完全な対米追随。

   
亀井・・もちろん対米関係は最重要である。しかし時には米国も判断ミスを
      する。その場合には、勇気をもって助言する。

亀井静香勝手連のホームページ

志師会のホームページ


自民党総裁選挙は9月20に行われますが、小泉氏に対する対立候補はまだ一本化されていない。橋本派の動向が決め手になりますが、派内からも3人ほどの声が聞かれるが、どの候補も知らない顔ぶれだ。橋本派としては抵抗勢力としての存在価値を示すだけでいいのだろう。近づく総選挙では、やはり小泉首相を担いだほうが選挙がやりやすいと計算している。

今のところ正式に対抗馬として立候補しているのは亀井静香氏だけだ。これで最悪の無競争当選はないが、自民党に小泉首相の有力後継者がいないのが、自民党政権の終焉の時代を予言している。小泉首相がいくら「構造改革」と連呼したところで、自民党・官僚・業界の癒着構造は政権が変わらない限り断ち切れない。

公社公団の民営化を推進したところで、官僚の天下り構造はますます拡大する一方だ。政治家の口利きビジネスもなくなるわけではない。長い間同じ政権が続くというだけで利権の支配が行われ、その構造改革は政権そのものを変えないと政官業の癒着は断ち切れない。そのための政権の受け皿として民主党と小沢自由党の合併がおこなわれた。

民主党は300選挙区に全区の立候補を予定している。これで小泉首相には二重の関門が出来た事になる。たとえ総裁に選ばれても総選挙で敗れる可能性が出てきた。総裁選挙でも衆議院総選挙でも地方の動向が勝敗を決定する。小泉内閣の誕生には地方の圧倒的支持がきっかけになりましたが、今回は難しいだろう。

小泉内閣の経済政策は橋本内閣の失敗した行財政改革をそのまま継承している。この事は小泉内閣が誕生した時から警鐘を鳴らしてきましたが、予想通り最悪の結果を招いている。株価は半分に値下がりし、銀行の倒産や企業の倒産は相変わらずだ。痛みに耐えれば良くなるといいながら2年たっても良い兆候は見られない。

森内閣の当時の亀井政調会長の政策に期待していたのですが、亀井氏は小泉首相に遠ざけられ、景気回復の政策は見送られた。小泉首相の政策の狙いは明らかだ。銀行や企業を倒産に追い込み、それをハゲタカ外資に売り渡すのが目的なのだ。正当な手段で外資が日本企業を買収するなら問題はない。ところが政策的に行うことは売国行為だ。

小泉内閣は生贄をアメリカに差し出すことで政治生命を保っている。近いうちに自衛隊員の血をアメリカに差し出すようだが、バカな日本国民もこれには小泉内閣の売国体質に気付いてきたようだ。毎日のようにアメリカ兵の戦死が伝えられている。小泉首相を引き摺り下ろさないと、日本もイラクの泥沼に嵌ることになる。




金正日、子供と引き替えに7000億円要求!
劇的な外交成果が欲しい小泉首相は罠にはまる


2003年8月2日 土曜日

拉致問題幕引きと経済支援の一石二鳥狙い

『狂気の独裁者』がまた理不尽要求!? 北朝鮮の日本人拉致事件で人質状態にある拉致被害者の子供たち5人を帰国させるとの意向を非公式ルートで日本政府に伝えていた問題に絡み、「北が見返りに、戦後補償も含めて7000億円の経済支援を求めている」との有力情報が流れている。金正日総書記は金王朝存続のため、核開発に関する6カ国協議の受け入れに同意したが、拉致問題の全面解決を求め、一歩も譲らない被害者家族の分断と拉致問題の幕引きを狙い、崩壊寸前の北の経済まで潤わせようという作戦なのか−。

【生き残り戦略】

「金正日の狡猾(こうかつ)な生き残り戦略だ。国際的に孤立化するのを避けるために6カ国協議に応じる意向を示しただけでなく、対日工作も仕掛けてきた」「9月20日投票の自民党総裁選や総選挙を間近に控えて、外交得点を重ねたい小泉純一郎首相に揺さぶるには絶好のチャンスと見たのだろう」こう語るのは、北朝鮮問題を担当する日本政府関係者である。

【重大な情報がある】

 驚愕(きょうがく)の「7000億円要求情報」は後述するとして、まず、5人の拉致被害者家族の帰国問題について振り返る。北への人道支援を続ける非政府組織(NGO)「レインボーブリッヂ」(東京・日本橋馬喰町)から、拉致被害者家族連絡会代表の横田滋さんに、連絡が入ったのは7月29日夜のことだった。「重大な情報がある。蓮池薫さんら帰国した被害者に直接伝えたい」横田さんは、安倍晋三官房副長官と中山恭子内閣官房参与らの対北交渉を信頼しているため、「政府を通してほしい」と言い、電話を切った。

 その後、31日付の韓国紙「大韓毎日」が「北が日本の人道支援団体を通じ、蓮池さん夫妻の家族を帰す意向があると伝えてきた」と報道した。「レインボーブリッヂ」の小坂浩彰事務局長は31日夜、マスコミ各社の取材に応じ、「(記事にある)この団体とは無関係だ」と語った。だが、北で蓮池さん夫妻の長女と長男、地村保志さん夫妻の長女と長男、曽我ひとみさんの長女と2女に面会して、手紙や写真を預かってきたことは認めた。

【素顔】

 突如注目された「レインボーブリッヂ」は、アジア諸国の友好関係、及び平和の樹立に貢献するとして平成12年に設立された。13年以降、北に廃タイヤチップ約6万4000トンを送っている。事務局長の小坂氏は、小泉政権の現職官僚や与党幹部にも太いパイプを持つといわれる。政府関係者によると、北とは複数の非公式ルートで被害者家族の帰国に向け折衝をしている。

 最近になって、家族計9人のうち、蓮池さん夫妻と地村さん夫妻の子供5人に関して前向きな返答があったという。日本政府は、曽我さんの米国人夫、ジェンキンスさんと娘2人(これで計9人)に加え、「死亡」が伝えられた横田めぐみさん=失跡当時(13)=の娘キム・ヘギョンさんを含めた家族全員の帰国を求めるのが基本方針だが、4人については言及がなかったという。さらに、別の政府関係者は驚くべき有力情報をこう披露する。

【見返り条件】

 「首相官邸にも近い自民党有力者が北と秘密交渉をしている。仲介者はアジア情勢に強い国際ジャーナリストで、交渉相手は朝鮮労働党幹部だ」「(米朝中に日韓露を加えた)6カ国協議にも参加する某国で交渉したところ、北側は戦後補償も含め、7000億円の支援を求めたという。別ルートで並行して被害者家族の帰国問題が話し合われていただけに、自民党有力者は『帰国条件か?』と受け取った」

【北の軟化】

 この動きと歩調を合わせるように、北の朴義春・駐ロシア大使は31日、ロシアのフェドトフ外務次官との会談で、核問題での6カ国協議を受け入れる立場を明らかにした。「核問題は米国とのみ話し合う」。北はこれまで米中朝に日韓を加えた5カ国協議には「日韓は米国の同盟国だ」として難色を示していた。だが、『対話と圧力』で、軍事力行使もチラつかせる米ブッシュ政権の怒りを鎮め、これ以上の孤立化を避けるために、友好国とみなすロシアの参加を条件として態度を軟化させたようだ。

【揺さぶり】

 ただ、日本との非公式ルートによる交渉を見る限り、被害者家族の一部だけの帰国を示唆するなど、拉致問題の全面解決を掲げ、北への強硬姿勢を崩さない日本の世論に揺さぶりをかけようという意図はミエミエである。

 北は5月末にも、食糧支援を条件に、ヘギョンさんとジェンキンスさんの帰国を打診してきたが、日本政府は「被害者家族の一部帰国を受け入れれば、北は拉致事件の幕引きを図ろうとするはず。拉致事件の全容解明と他の被害者の全員帰国の原則を譲るべきではない」と提案を拒否した。

【外交成果と総裁選】

 ヘギョンさんらの帰国打診の際は、拉致問題の解決に取り組む米国務省幹部も、日本の外務省幹部から提案内容を知らされ、「対話路線がこれまで何を生んだのか? 米政府の考えとは相いれない」と不快感を示したという。このため、今回の被害者家族5人の帰国示唆は、自民党総裁選や総選挙直前に劇的な外交成果がほしい官邸周辺としては魅力的だろうが、党内には批判的意見も強い。

 「数人の帰国だけでは、逆に『北に取り込まれた』『100人を超える行方不明者を見捨てるのか』と受け取られ、国民世論の反発を受ける可能性がある。総裁選や総選挙の逆風になる」(自民党中堅議員)ましてや、7000億円の経済援助が条件だとすれば…。国民の支持率だけが頼りの『丸投げの殿』の小泉首相は、どう判断するのか?

ZAKZAK 2003・08・01 金正日子供と引き替えに7千億要求狙う 


暫く、こう着状態が続いてきた北朝鮮に動きが出てきた。北朝鮮は兵士の軍事パレードも出来ないほど追い詰められた状態だ。金も物資も食料も尽きかけている。普通ならばとっくにクーデターや市民蜂起の革命が起きているはずだ。ところが起きる兆候も見られない。

独裁国家はクーデターや革命は独裁者に未然に粛清されて難しい。成功するとすれば反政府勢力を支援する外国の勢力がある場合だ。ところが北朝鮮の場合には反政府勢力を支援する外国がない。韓国も北朝鮮にスパイを送り込んでいるのだろうが、肝心の韓国が北朝鮮の崩壊を望んでいない。経済が北朝鮮の面倒を見られる状態ではないからだ。

中国もロシアも北朝鮮の崩壊は望んでいないし、アメリカも、崩壊して統一された朝鮮を望んではいない。日本はスパイを送っていないから北朝鮮を崩壊させようがない。だから死に体でありながら金正日の北朝鮮は生きながらえている。これを日本のマスコミは瀬戸際外交と呼んでいるが、いわば物乞い外交なのだ。

韓国も基本的な体質は北朝鮮と似ていて、アメリカの援助があって国家が成立している。朝鮮半島は歴史的に見てもずっと中国の従属国家だった。中国が朝鮮を対等の国家とみなしたことは一度もない。絶えず中国に忠誠を誓いながら、王権を認めてもらい外交と防衛を中国に丸投げできた。その中国が北朝鮮の面倒を見られなくなったから、北朝鮮が物乞い外交をするようになった。

日本としては北朝鮮は、拉致問題や麻薬の密売などを除けば放置していてかまわない国家だった。資源も何もないし痩せた土地があるだけで、大国の緩衝地帯でしかない。中国は改革開放で北朝鮮は緩衝地帯としての価値も少なくなりつつある。だから援助を少なくした。韓国と米国の関係も同じであり、米軍は韓国から引き揚げるだろう。当然米国も韓国への援助も減らすだろう。

緊張緩和時代になり朝鮮半島の自立が望まれているが、周囲の大国の気まぐれがそれを邪魔して来た。李氏朝鮮時代は軍隊というものがほとんどなかった。必要がなかったのだ。中国(清)が守ってくれたからだ。アメリカも最終的には中国に朝鮮半島を引き渡すのだろう。もはや共産主義の脅威はなくなり、共産主義の防波堤も必要なくなった。

日本としても将来は自立した統一朝鮮として行くことが望ましい。中国ともロシアとも対等な国としての自立が出来ればいい。しかし統一朝鮮が繁栄してくると再び中国やロシアが触手を伸ばして朝鮮の富を奪っていくだろう。それを防ぐためには朝鮮の核武装化も肯定されるべきなのだが、日本にとっては困った問題だ。日本も核武装化は避けられなくなる。

日本としてはこれからのシナリオをいろいろ考えておくべきだ。理想としては金正日が亡命して民主的な北朝鮮になるのが望ましい。最悪の場合は第二次朝鮮戦争だ。核戦争になる可能性もある。日本政府は北朝鮮の脅威をアメリカに縋っている。その姿は李氏朝鮮と中国の関係に似ている。自分の国を守る気概を持たない国は永久に立ち直れない。




小林よしのりが司法により謀殺される!
ブッシュと小泉・福田コンビの陰謀か?


2003年8月1日 金曜日

◆「新ゴーマニズム宣言」似顔絵、高裁は名誉棄損を認定

 漫画家小林よしのり氏(49)の作品「新ゴーマニズム宣言」で似顔絵を描かれた上、「ドロボー」と書かれ、名誉を傷つけられたなどとして、「日本の戦争責任資料センター」事務局長・上杉聡氏(55)が小林氏と作品を出版した小学館に損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決が31日、東京高裁であった。

 西田美昭裁判長は名誉棄損があったと認定し、上杉氏の請求を棄却した1審・東京地裁判決を変更し、小林氏と小学館に計250万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じた。

 似顔絵が上杉氏の肖像権を侵害したかどうかも争点だったが、西田裁判長は1審同様、「侵害にはならない」との判断を示した。

 高裁判決によると、上杉氏は1997年、従軍慰安婦問題などについて小林氏の主張に反論した「脱ゴーマニズム宣言」を出版した際、小林氏の漫画を引用。これに対し、小林氏が新ゴーマニズム宣言の中で、上杉氏の著書を「ドロボー本」などと批判した。

 小林氏の新ゴーマニズム宣言について、1審は「評論の域にとどまっており、上杉氏への人身攻撃とまではいえない」と判断したが、東京高裁は逆に「上杉氏に精神的に多大な苦痛を与えた」と認定した。(読売新聞)
[7月31日22時25分更新]

◆漫画「ゴー宣」が逆転敗訴 小林よしのり氏に賠償命令

雑誌「SAPIO」に連載された漫画「新ゴーマニズム宣言」や単行本で名誉を傷つけられたとして、関西大講師の上杉聡氏が、作者の小林よしのり氏と発行元の小学館に損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は31日、請求を棄却した1審東京地裁判決を変更、250万円の支払いと謝罪広告掲載を命じた。
 判決によると、両氏は従軍慰安婦問題をめぐり激しく論争。上杉氏が著作で小林氏の漫画のカットを引用したため、小林氏がSAPIOの1997年11月26日号で「絵を勝手にドロボー」「上杉のドロボー本」と批判し、泥棒姿の似顔絵を描いた。
 判決理由で西田美昭裁判長は「漫画の引用は、無断盗用で違法とまではいえず、『ドロボー』の表現は不相当」とし「どぎつい表現を繰り返した」と名誉棄損の成立を認めた。「似顔絵で肖像権を侵害された」とする主張は退けた。(共同通信)
[7月31日19時31分更新]

私の「株式日記」においても漫画の無断登用のオンパレードですが、今のところ作者からの苦情のメールは入っていない。苦情が入る前に消してしまうから確信犯である。ウェブサイトの文章も引用しているが、出処も明らかにしているし、引用しなければ本論文の意味が分からなくなるから著作権の侵害ではない。あくまでも無断登用である。(盗用ではない)

東京地裁の判決においては論争上の争いであり、泥棒呼ばわりしただけで名誉毀損が成り立つのなら、論争そのものが成り立たなくなる恐れがある。私にしたって小泉首相やブッシュ大統領を人殺し呼ばわりしている。小泉首相の経済失政により毎年3万人が自殺している。ブッシュ大統領にしてもアフガニスタンやイラクで無実の人を数千人も殺している。

東京地裁の判決を援用すれば小泉首相やブッシュ大統領を批判できなくなる。ましてや風刺漫画を相手に名誉毀損は納得しがたい。おそらく政府筋からの裁判に対して漫画家小林よしのりを謀殺すべく圧力を掛けたのだろう。

おそらく最高裁まで行けば、より政府権力寄りに近くなるから、反政府的漫画家小林よしのりの抹殺を謀るべく極刑が下されるであろう。日本の司法は政府権力に弱く、政治家裁判においてはなかなか判決を下さず、司法は骨抜きにされている。田中角栄も最後まで判決を先延ばしにして、事件そのものをうやむやにした。中村喜四郎裁判も10年も争っている。

自衛隊も憲法九条違反なのだが、日本の司法は判決を下そうとしない。政府権力からの圧力で下せないのだ。選挙制度の一票の不公平格差も是正判決は生ぬるい。このように三権分立といいながら、司法は独立していない。小林よしのりの裁判もそれを証明している。

アメリカにおいても911テロ事件以降、ブッシュ大統領をからかったコメディアンが番組から下ろされた。漫画家やコネディアンを敵視するようになったら、その政治家はお仕舞いだ。アメリカはまさに独裁国家に変貌しつつある。選挙制度も議会制度も骨抜きにされ、国民は秘密警察に脅えながら生活するようになる。小泉首相もアメリカに習おうとしている。

かくしてアメリカ政府と日本政府は結託して司法的手段で小林よしのりの抹殺を謀った。


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