株式日記と経済展望


ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


新型肺炎「SARS」は中国のチェルノブイリである
劣悪な衛生管理で海外企業の撤退、移転が続出か


2003年4月30日 水曜日

(前略)じつは筆者は香港で大問題となる直前、広東省を歩き、あちこちを観察して回った。

「世界の工場」としての繁栄は労働者の加重労働をもたらし、加えて衛生管理がおざなりで飲み水さえ不潔である。こうした工場インフラの劣悪さも影響しているのである。屋台で食事する人は相変わらず汚い食器に共通の箸。街でマスクをかけている人は殆ど居なかった。街の一流レストランですら衛生的とは言えない環境で、トイレの傍が台所、同じ水を使っている。

中国人ガイドの話では肉の厚味を見せるためにショーウィンドウの展示肉には泥水を混ぜてあるという。  十数年前、街でミネラルウォーターを買うと、キャップがおかしい。中身が少し汚い。要するに空瓶を集めて河の水を入れ、ミネラルと称して売っている輩がいた。恐れ入った話である。

学校は閉鎖しても工場を閉鎖したメーカーはない。マスクをかけて働いているのだ。しかし船舶での陸揚げも停止状態で、納期の間に合わない部品は飛行機で輸出するなどの応急処置をして出費も大変。「中国の製造業がこれほどの落ち込みを見せたのは89年の天安門事件いらい」(ビジネスウィーク、4月21日号)

「珠海工業デルタへの進出計画の中断もしくは一部撤退が外国企業によって真剣に検討されはじめ、急成長してきた中国が突然土石流に飲み込まれたような惨状になりつつある」(広州のコンサルタント)。

現実にマイクロソフトは製造工場のメキシコ移転を打診、理由として「SARS感染が工場労働者に広がり、責任者の台湾人が広東省に出張できず、香港を含む中国南部の物流機能が低下する懸念」をあげた。安価で豊富な労働力による「世界の工場」がSARSで台無しになる。


中国の衛生部、財政部、鉄道部、交通部、民用航空総局が共同でSARS感染対策に乗りだしたのはWHO(国連・世界保健機構)から広東省、山西省に次いで北京が感染地域に指定された後という後手後手の措置だった。

▲今年後半のマイナス成長へ陥没する可能性がでた

中国共産党中央政治局常務委員会が、ようやくことの重大さに気づき、関係部門からSARS対策の報告を提出させ、対策を協議したのは最近。これを受けて胡錦濤国家主席が「「果断な措置」と「感染の拡大防止」を最優先に、早期発見、早期隔離、早期治療により感染ルートを断ち切る必要性」を強調した。さらに「正しい感染状況を定期的に発表すべきだ」とし情報遅滞、隠匿を叱責、ついでに衛生部長、北京市長、広東の衛生長官を更迭した。

NYタイムズのジョセフ・カーンは次のように書いた。「WHOから台湾を排撃してきた中国が、逆にそのメンバーとしての資格を問われている」(4月18日付け)。それでも国連は「20003年版アジア太平洋経済社会調査」を発表し、今年の中国の実質国内総生産(GDP)成長率を7・7%と予測している。甘い、甘い。今年後半にマイナス成長を逃れられないだろう。

「SRAS」に揺れる中国 宮崎正弘 日文論壇

政府が3日に明らかにしたSARS対策は、WHOの渡航延期勧告から丸1日後の発表となり、対応の遅れが目立った。外務、厚生労働両省などの調整に手間取ったためで、与党からも「国民の生命に関する重大な情報が、縦割り行政の弊害で遅れたのは問題だ」との批判が出ている。

シンガポール、カナダ、米国などはWHO勧告前に渡航自粛を出していた。しかし、日本政府はWHO勧告を受け2日午後、首相官邸で関係省庁幹部による緊急対策会議を開いたが、方針は決まらず。3日午前に首相官邸で開かれた副大臣会議でも、茂木敏充外務副大臣が「3日か4日に勧告を出したい」とあいまいな説明をし、上野公成官房副長官が「ダメだ。今日出すべきだ」と声を荒らげる場面もあった。

対応の遅れについては、厚労、外務両省が責任の押し付け合いをしている。厚労省幹部は「外務省が中国との関係に影響が出るのを避けたいので、渡航延期勧告に慎重になった」と指摘。別の幹部は「アジア大洋州局が経済的な影響を懸念し、外務省内の1本化に時間がかかった」と話す。昨年の中国・瀋陽の亡命者連行事件で不手際の一因と指摘された「チャイナ・スクール」の弊害が、またも表れた形だ。

これに対し、茂木外務副大臣は3日、「すぐ危険情報を出したいが、専門情報を持っている厚労省などと協議しなければならない」と反論。外務省幹部も「命にかかわることについて中国への配慮などあり得ない」としており、「対応遅れ」の真相はやぶの中だ。


( 2003年4月4日付  読売新聞)

「SARS」については4月23日の日記にも書きましたが、中国では病院などの隔離騒ぎがニュースで伝えられている。早くから「SARS」に対して対策を打ったベトナムでは、WHOから終息宣言が出されたのに、中国ではSARSの蔓延は市街地から郊外へ広がってしまっているようだ。

SRASは潜伏期間が10日あまりと長く、発病してから病院へ隔離しても、病原体は多くの人へ広まってしまっている。中国以外の各国は早くから手を打っているために、SARSの爆発的な拡大は防がれているが、中国では情報の公開が遅れた為に保菌者がかなりの地域に拡散して、今後の状況は楽観できないものがある。

一部にはSARSがバイオテロではないかという噂も流れている。真偽のほどはわからないが、中国に与えた影響は、まさにバイオテロ並みの影響をもたらしている。ゴールデンウィークにもかかわらず成田空港はガラガラであり、中国、香港への観光客は激減した。観光業のみならず、他の産業界へも影響は広がっている。

物流機能が低下しており、生産工場も納期の遅れが出始めている。工員にもSARSの患者が出始めれば工場を一時閉鎖に追い込まれるだろう。SARSはインフルエンザほど感染力は強くなく、接触感染が主体のようだ。これには手洗いなど国民一人一人の衛生観念が重要だ。

しかしながら中国のSARSの感染の広がりはいまだに収まらず、日に日に患者数と死亡者が増え続けている。たとえ対策がうまくいって収まっても、終息宣言を出すには数ヶ月必要だ。油断をしていると第二波、第三波と流行が広まる恐れもある。

今回の中国におけるSARS感染はソ連のチェルノブイリ原発事故を連想させます。共に情報の公開が遅れ、海外で大騒ぎとなり、事件の実態が明らかにされた。そのために政府の対策が遅れ、大きな被害をもたらした。国家のシステムが独裁体制のために、情報までもが管理され、このような大事故に対応できない構造なのだ。

このことは日本も他人事ではなく、日本政府のSARSの情報公開が遅れた。特に相手が中国ということで外務省のチャイナスクールが圧力を掛けたようだ。日本のマスコミもニュース報道が遅れた。狂牛病やHIVなどの日本政府の対応やマスコミが見せた鈍感さは、中国を馬鹿に出来ない。




パット・ブキャナンの復活とネオコンとの論争
ブッシュ政権は内部分裂して再選はないだろう


2003年4月29日 火曜日


第二次世界大戦まで米国の政治を覆っていたのは孤立主義、他の国々で何が起ころうともアメリカ人は国際政治に関心を持とうとはしなかった。日本の真珠湾攻撃が米国の孤立主義を転覆させた。今日の歴史学では常識となりつつあるが、当時の大統領ルーズベルトは日本の真珠湾攻撃を事前に知っていながら故意に放置していた。その意味では9・11テロ事件に酷似する。(中略)

90年代に大きな流れになった保守本流は大所帯となった。結果的に、その保守を先鋭的に分裂させたのは「オールド・ライト」と「ウルトラ・ライト」の連合だった。

92年選挙で「アーカンソーの馬の骨」が漁夫の利をさらえたのは、共和党を割ったテキサスの実業家ロス・ペローの突然の立候補だった。ペローは「第三政党」=改革党から大統領候補に名乗りを挙げ、ブッシュに流れるはずの保守を19%も掻き集めた。ペローは96年には同党からの大統領候補として政治評論家パット・ブキャナンを指名した。このときブキャナンは、「米国をわれわれの手に取り戻そう」と唱え、「保守主義の復活」を訴えた。

当時の共和党は長く上院院内総務を勤めた有力議員のドールが候補者で、ブキャナンからみれば「ドールなんぞ、タダの保守議会屋」でしかない。中道志向を強める共和党をこっぴどく批判し、「二大政党とは違う立場をとる」と主張した。ドールは惨敗を喫した。

▲パット・ブキャナンの復活

ブキャナン派の孤立主義的思想は、とりわけ経済政策に顕著だ。自由貿易に反対し、たとえば「鉄鋼ダンピング(不当廉売)問題で解雇された鉄鋼労働者はグローバル経済の犠牲者だ」とする。米国産業の保護や孤立主義的な外交方針を表明した。また同時に共和党が公言できないような「妊娠中絶禁止、保護貿易、孤立主義」を堂々と掲げるため地方では人気が高く、共和党のキリスト教原理主義派の票を浚うのである。

ブキャナンの歴史観は、大胆且つ率直で、「第二次世界大戦での米国の対ドイツ・対日戦開始は戦略的な誤り」とする。ただこれは正しくとも、アメリカ人の平均的意識からかけ離れている。そのため広い支持がブキャナンには集まりにくいのも事実である。


そのブキャナンがネオコンに挑戦するかのように新雑誌創刊に踏み切った。「アメリカン・コンサーバティブ」の復刊である。これにはタキ・セオドラコプロスら有名論客が集まる。

▲ネオコンが保守を乗っ取った?

「本来の保守がネオコンに乗っ取られた」というのがブキャナンや創刊に馳せ参じた論客スコット・マコーネル(前「ニューヨークポスト」編集委員)らの主張。「やつらネオコンはイスラエルのポケットから世界をみてやがる」とも噛みつく。左翼の主張とあまり変わらない。自由貿易は失業を増大させ、外国文化の流入が独自の文化を危機に押しやり、挙げ句には移民政策の貧困が経済を劣化させ、人々を貧困に追いやったのだ、とブキャナンらは唱えるのだ。

一方「ネオコン」の論客が結集するのは「ナショナル・レビュー」誌(リッチ・ロウリー主幹)と「ウィークリー・スタンダード」誌(ビル・クリストル主幹)だ。従来の左右のイデオロギィ論争ではなく、これからは保守派内部の論争が増えるだろう」(「FOX NEWS」、02年9月28日付け)。

イラク復興後の中東政策をどうするのか、早くも米国で保守派の論争は鋭角的に分裂している。

アメリカ・イラク戦争圧勝の後に 宮崎正弘

アメリカは第二次大戦以降、戦争に次ぐ戦争に明け暮れている。これはアメリカがドイツ、日本に戦争を仕掛け、勝利した結果である。本来ならばドイツと日本が共産主義の防波堤になるはずであった。実際にドイツはソ連に攻め込んでいたし、日本は中国に攻め込んでいた。

ところがドイツと日本という防波堤を取り払った結果、アメリカは直接に共産主義と対立することになった。その結果アメリカは巨大軍事大国となり、膨大な軍事予算を計上することになり、慢性的な双子の赤字を抱える結果となった。その為にアメリカ国民の負担は増える一方だ。

アメリカの巨大な軍隊を維持するために、アメリカは絶えず戦争を強いられる結果となった。そうしないと軍事予算が削られ軍縮されるからだ。そうなると世界各地に散らばったアメリカの軍事基地は維持できなくなり、アメリカに引き揚げざるを得なくなるだろう。そうなれば第二次大戦前の孤立主義のアメリカに戻ることになる。

アメリカは絶えず戦争を強いられる結果、今回も対イラク戦争を始めた。その結果アメリカの軍需産業は潤い、軍事予算は増大した。それに対しての疑問が出始めている。その代表がパット・ブキャナンである。「孤立主義、保護貿易、中絶反対」が旗印であり、キリスト教原理主義者のイデオロギーでもある。

このような支持基盤にたってゴールド・ウォーターやロス・ペローやパット・ブキャナンが大統領選挙を戦ってきたが、その勢力を「ネオコン」一派が乗っ取ってしまった。キリスト教原理主義とネオコンとが手を組んだからである。共和党のブッシュが大統領に当選できたのはそれらの協力を得たからだ。

キリスト教原理主義もネオコンも政権を取らねばならならなかった。しかしブキャナンでは政権が取れない。本来ならばキリスト教原理主義とネオコンとはイデオロギーが相対立するはずである。「ユダヤ教徒が死ぬかキリスト教徒に改宗する」と言う教義をイスラエルが受け入れるわけがない。乗っ取られたブキャナンはネオコンの親イスラエルの姿勢を批判し、彼らを左翼と同調して攻撃している。

ネオコンが台頭してきたのはレーガン政権の時であり、タカ派で共和党と手を組んだからである。このようにネオコンは親イスラエルでありながら、キリスト教原理主義勢力と手を結び、元はトロツキストでありながら共和党と手を組む。政権を取るためならば呉越同舟をいとわぬ、訳のわからぬ勢力だ。

共和党の保守本流は親アラブであり、国際協調派のはずである。ところが共和党の重鎮達はほとんど沈黙している。ネオコンはタカ派であり穏健派とは対立する。そのためにドイツ、フランス、ロシアと対立し、トルコも反旗を翻した。さらにネオコンは次の標的を求めている。しかしサダム・フセインのような都合のいい独裁者はいないし、金正日の北朝鮮は石油が出ない。

つまりイラク攻撃が終了してしまえばブッシュ政権の求心力がなくなり、寄り合い所帯の政権は分裂する。ブッシュ大統領も父親の仇を打ってしまえばイラク攻撃の目的は達成した事になる。まさに「ゲーム・イズ・オーバー」である。まさにアメリカ版ブッシュ親子の「忠臣蔵」は終わったのだ。

彼等は日本人に米国ネオコン問題に注目してもらいたくないようだ




拘置所の中でも当選、リコールされても当選
諸悪の根源は現職有利の選挙制度にあり


2003年4月28日 月曜日

(前略)秋田県鷹巣町。金の使い道を土建屋から福祉へと転換した全国でも最先端モデルは否定された。土建屋が建てる場所がなくなったらまた熊でも獲って生きていきな。滋賀県豊郷町。政治とは選挙とは闘いであり戦争であるということを市民ごっこをやっている連中がわからないかぎりあの福永法源クリソツのオヤジはまた当選し続けるであろう。

このことは長野の県議選でも如実に現れた。変革の背後には力と戦略が必要なのである。そのことを鋭い痛みと共に私たちはアメリカというキチガイを通じて知ってきたばかりではないか。倉渕ダムの高崎市川辺川ダムの人吉市。いずれもダム推進派を地元の人々は選んだ。一緒に水没していきなさい。諸君。これらの選択を銘記せよ。

和歌山へ鷹巣町へ豊郷町へ高崎市へ人吉市へ行く時に私は決してこのことを忘れない。そういう選択をした人種が住んでいる事を忘れない。正直に言う。私は君たちを軽蔑する。「地元の人々が選んだことだから」はその通りであろう。しかし日本国という国家の構成員としては私はかかる選択をした人々の良識を疑わざるを得ない。市境村境を越えたら道路はボロボロ路傍には夜盗が立つという自治体のモザイクにこの国はなるかもしれぬ。それはそれぞれの勝手だ。しかしそんな所に人は棲もうとは思うまい。

勝谷誠彦のXXな日々 2003/04/28より

◆1)日本の公選法は、民主主義国では当然認められている戸別訪問を 選挙活動として行うことを違法とするなど、多くの選挙期間中の活動規制を 置いている。戸別訪問禁止について考えながら、公選法の活動規制について 根本的な見直し論を展開する。 ちなみに私は自民党時代から一貫して戸別訪問全面解禁論者である。

2) 戸別訪問こそ政治活動の原点 ・ 自らの支持する候補者の人柄や政策を多くの人にアピールすることこそ 政治の本質である。そして、そのアピールをもっとも丁寧に行おうとすれば 有権者の自宅をこちらから訪問していくことこそ適切な態度であろう。 しかし、わが公選法はそれを違法としている。そのため本来はお金のかからない 純粋な選挙活動の典型であるはずが、罪の意識を植え付けられ、後ろめたいものに おとしめられてしまっている。

3) 禁止の背後に愚民思想 ・ 戸別訪問禁止の立法の趣旨は、訪問した際に、買収行為が行われやすいから 禁止するとのだと説明されるが、これは愚民思想以外の何者でもない。 むしろ金品をちらつかせる候補者には嫌悪感を感じるのが有権者一般である。 ・ これを解禁すると、有権者のプライヴァシーが侵害されることを危惧する 見解もあるが、「侵害」の結果票が入らなくなって損をするのは候補者自身である。 賢明な候補者は相手の迷惑を思いやりながら訪問のTPOを決定するから、 余計な心配である。

4) 禁止の本音、現職優位 保持。 ・ 小選挙制度は、いきおい現職有利の性格を持つ。 新人が現職に徒手空拳で対抗できる武器は、結局の所戸別訪問しかない。 これを、禁ずることは現職を非常に優位にし政治に緊張感を失わせること 大である。 ・どうも現職が、自らの地位を脅かす新人にハンデをつけるための 自己保全の本音がほの見える。そのくせ現職は現職で「ローラー」と 称する大戸別訪問作戦を展開しているくせに。

民主党 簗瀬進 国会通信 No48

(前略)戸別訪問の禁止や文書規制は、国内外で厳しい批判を浴びています。公職選挙法によって不当に起訴され、約百五十件の裁判がたたかわれてきました。そのなかで、「戸別訪問を禁止するのは憲法違反」「文書規制は憲法違反」とする、十件もの違憲無罪判決をかちとっています。しかし最高裁はいまだに「憲法違反ではない」という態度をとり続けています。国会でも、国民の批判を受け、細川内閣の時に、戸別訪問を自由化する法案を可決しました(その後すぐに禁止する法案を可決)

国際的にも批判を浴びています。いわゆる「先進国」で、戸別訪問が禁止されているのは、日本と韓国とイスラエルだけです。九八年の国際人権規約委員会では、委員の一人が祝事件も紹介しながら「戸別訪問などの禁止が国際人権規約と両立するのか」と厳しく質問。日本政府への「勧告」でも「『公共の福祉』という、あいまいな制限規定で人権(政治に参与する権利)を制限することは許されない」と改善が求められました。(後略)


変えよう日本の選挙制度 中村 祝

昨日の統一地方選挙の新聞のニュースを見ると、いったい日本の民主主義はどうなっているのかと思うような結果が出ている。和歌山市議選では拘置所の被告が選挙に出馬して当選した。滋賀の豊郷町では小学校解体問題でリコールされた前町長が再選された。私は現場を知らないから判断できないが、マスコミの報道を信ずるならば結果は明らかにおかしい。

これは選挙制度に問題があるからである。東京都でも昨日、区議会議員選挙が行われましたが、新人が選挙に出てもほとんど勝ち目がない。私には民主党議員候補のの知り合いがいるが、「新人は全く手足をもがれた選挙活動しか出来ない。政策や候補者をアピールする手段がない」とこぼしていた。

現職議員は公職についているから、有権者はある程度候補者の名前や実績や能力を知ることが出来る。ところが新人はポスターと、誰も読まない選挙公報しかない。あとはたった2週間狂ったように選挙カーに乗って名前を連呼するしかない。これでは有権者は候補を選びようがない。

立会演説会も禁止されているし、パンフレットの公布も禁止されている。それぞれ選挙違反が多発して禁止されたのだろうが、有権者と候補者の接点を全て断ち切った選挙制度は明らかにおかしい。私はインターネットを利用した選挙を以前にも提案しましたが国会の動きは鈍い。

これらは有権者の候補者に対する選択の手段を奪うことにより、現職が有利なように選挙制度が作られているからだ。その為に最近は議員たちも選挙区の有権者の意向をないがしろにする傾向が増えてきた。そして党の執行部の方ばかりに関心が向いている。小選挙区では党の公認が得られるかが当落を左右する。

小泉首相は「構造改革」を公約に掲げたが、選挙についても何も改革していない。小泉純一郎のような二世議員にとって現行の選挙制度のほうが有利だからだ。やる気のある新人は当選出来ず、やる気がなくても先代の息子というだけで、後援会が当選させてくれる。いまや内閣の過半数が二世議員で占められるのがあたりまえになった。そのようになった原因は現職有利な選挙制度である。

選挙制度で戸別訪問、立会演説会、パンフレットの公布、インターネット等の解禁をするべきである。それだけで選挙の投票率も上がり、政治の活性化につながるだろう。もちろんそれに伴う選挙違反やトラブルが続出するだろう。しかしそうしなければ民主主義は日本に定着しない。




マネーが流れ込んでこそ需要が生じ
その国の産業が興隆した歴史的事実


2003年4月27日 日曜日

(前略)元代の中国へやってきたマルコ・ポーロは、当時の中国人たちが、紙切れでなんでも欲しいものを買っているのを見た時の驚きを、「東方見聞録」に書き残しています。当時は、ヨ−ロッパや、マルコ・ポーロが通ってきた中東では、ペ−パ−・マネ−は使われていなかったのです。中国で紙がマネ−として使われたのは、唐時代の末期に遡ります。四川省に、寄附鋪と呼ばれる金融業者が現れて、銭貨、金銀、布絹を預かって、預り手形(交子)を発行したことが分かっています。その預り手形が流通したのです。

唐は907年に滅亡しています。その末期といえば9世紀後半です。前節で述べたように9世紀には、バグダッドを中心とした広範なる国際商業ネット・ワ−クが存在していました。唐時代は中頃から、貨幣経済が発展しました。貨幣経済発展の根底には、産業面での生産力の増大があったとされていますが、逆です。マネ−が流れ込んできたからこそ、需要が生じ、産業が興隆したのです

その点、最初の預り手形(交子)が現れた場所が四川省だったというのが面白い。四川省は、広大なる中国の中でも、もっとも中東に近いからです。宋代に入り、交子(ペ−パ−・マネ−)の発行権が民間の有力者に与えられました。宋代は、経済が発展したことで知られています。増大したマネ−に対する需要を、このようなやり方で賄おうとしたのでしょう。

しかし交子はしばしば過大発行され、価値を失いました。その度に経済は大混乱に陥りました。そこで宋王朝は、官営の交子を発行することにしたのです。次の元の時代に入っても、国家が中統鈔という交子を発行しました。最初は、銀との兌換を前提に発行されていたのですが、やがてその節度は放棄され、中統鈔の価値は暴落しました。元は、次々と新しい交子を発行しましたが、同じことの繰り返しで、最後は銅銭が復活せざるをえませんでした。そして元は滅びたのです。

中国で、世界で最初に紙がマネ−として使われた理由は、第一に、中国では金や銀は無論のこと、銅すらも不足していたことを挙げなければなりません。第二は、国家が発行する紙幣は、強大なる国家権力を前提するわけですが、中国の宋や元の国家権力はそんな条件を満たしたのです。しかし中国型のペ−パ−・マネ−は、安定的な社会システムとしては定着しませんでした。

(中略)私が、「マネ−文明の経済学」としてまとめた歴史研究によれば、経済が発展した結果としてマネ−が蓄積されるわけではありません。逆なのです。なんらかの理由でマネ−が流入した地域で経済興隆が起きるのです。理論ではなく歴史的事実です。上記三回のヨ−ロッパのエポックの直前に、如何なるマネ−の流入があったのでしょうか。あくまでも推理にすぎません。しかし歴史的事実に基づいて推理すると、以下の通りのシナリオが浮かび上がってきます

730年頃、ピレネー山脈を越えてイスラム・アラブ軍団がフランスへ侵入しました。迎え撃ったのが、メロヴィンガ朝の宮宰、シャルル・マルテルです。イスラム・アラブ軍団は粉砕され、ヨ−ロッパのイスラム化は、ピレネー山脈以南に押さえ込むことができました。なにしろ、当時のイスラム・アラブはたっぷり貴金属を持っていたのです。遠路はるばる遠征してきたイスラム・アラブ軍団が、豊富な軍資金を持っていなかったはずはありません。その軍資金がシャルル・マルテルの手に入ったことも間違いないと思われます。

751年には、シャルル・マルテルの子、ピピンがメロヴィンガ朝を倒し、カロリンガ朝を始めます。ピピンの子がシャルル・マ−ニュです。タイミングからみて、シャルル・マルテルの手に入ったイスラム・アラブ軍団の軍資金が、ヨ−ロッパを大きく動かしたというシナリオが浮かび上がってきます。次に、神聖ロ−マ帝国を開いたオットー大帝が北ドイツから出た背景を考えましょう。

20世紀に入って、バルト海のゴットランド島から大量の銀貨が出土しました。その銀貨の中に10世紀に中央アジアに存在したイスラム・アラブのサーマン朝の銀貨が大量に含まれていました。カスピ海からボルガ川を経由して、バルト海へ通ずる交易ルートが当時存在していたのです。北ヨ−ロッパは銀貨の見返りになにを輸出したのでしょうか。今となっては、はっきりしたことは分かりません。でも、多分奴隷だった可能性が高いと考えられます。

それはともかくヨ−ロッパは、どうやら北から経済発展し始めたと考えられます。興味深いのは、遥か後世、北イタリア諸都市が興隆し始めた時、毛織物業において、北イタリアは今のオランダ地方から、技術を導入したことが分かっています。

最後に、北イタリア諸都市はなぜ、1250年頃から興隆し始めるのでしょうか。その理由で、もっとも蓋然性が高いのは、第四次十字軍(1202年から04年まで)が、ビザンチン帝国の首都コンスタンチノプールを攻撃し、約半世紀ラテン帝国を維持した歴史的事実です。イスラム・アラブが解放した貴金属のある部分がビザンチン帝国へ流れ込んだことは間違ありません。(後略)

「マネ−文明の経済学」 関岡正弘著より

アメリカのイラク攻撃により、サダムフセインの隠れ家から多額の米ドル札が発見され、その一部を米兵が隠して本国に持ち込もうとして捕まりました。サダム・フセイン自身も本人が印刷されたイラク紙幣より、米ドル札を信用していた。

北朝鮮の金正日もさぞかし米ドル札を溜め込んでいることだろう。金正日はドル札以外にも金の延べ棒も溜め込んでいる。国家の独裁者すら自国の紙幣を信用しなくなったら、その国家は終わっているということだ。

日本の金丸信は北朝鮮から金の延べ棒をもらって返ってきた。しかし金丸信にしてみれば金の延べ棒や米ドル紙幣では、換金する時に足がついてしまうので、日本の紙幣でもらいたかっただろう。

北朝鮮の万景峰号には日本の札束が段ボール箱に詰められて送られていたという。つまり金の延べ棒より、日本の紙幣のほうが価値があり使い勝手が良いからだ。つまり紙幣とはその国の経済力や信用度のバロメーターなのだ。

中国の唐の時代の繁栄も、当時の世界のマネーセンターだったバクダッドからの資金の流入があったのだろう。だからこそ中東に近い中国の内陸部で国が栄えた。だからイスラムの繁栄と中国の繁栄とは繋がりがあり、イスラムの衰退と共に中国も停滞が続いた。最近の中国の繁栄は改革開放政策で、在外華僑や国際金融資本の資金流入が原因になっている。

中世のヨーロッパの繁栄もイスラムとの戦争で勝利をおさめ金銀の財宝などが流入したことが経済の発展につながっている。つまり歴史的に見れば経済が発展してマネーの蓄積が起こるのではなく、金回りがよくなって人々の需要が起きて産業が発展する事実がある。

最近においても日本が景気が良かったのは「ロボット工作機械による革命」が囃されて世界から投資が集まった。アメリカにおいても「IT革命」がアメリカの恒久的繁栄を呼ぶとして投資が集まった。中国も「世界の工場」というキャッチフレーズで投資を呼び込んでいる。

日本が長期不況を脱するためには、新たなるキャッチフレーズで世界の投資資金を呼び込む必要がある。そのきっかけになるのは何なのだろう。最近の日本はヒット商品もなく、お家芸だった液晶は韓国にコピーされ、DVDやプラズマは中国にパクられた。バイオや航空宇宙産業に力を入れるべきと思うのだが、アメリカが妨害してくる。

アメリカではITバブルが潰れたが、「IT革命」はもうダメなのだろうか。アメリカは独創的発想は良いのだが、改良して実用化させることは苦手だ。「IT革命」と言われたくらいなのだから5年や10年で終わりになる訳がない。アメリカでダメになった「IT革命」を日本で完成させる余地があると思う。




モンゴル帝国と紙幣 アメリカとドル紙幣
紙幣を発行できる「帝国アメリカ」の特権


2003年4月26日 土曜日

元の中国支配において、注目されることがある。それは、元が、ほぼ紙幣だけによる通貨政策をとったことで、これによって人類ははじめて広範な地域において紙幣の流通を経験することになった。

宋代においては、銅銭が通貨の基本であったが、銅の不足を補うため「交子」という世界最初の紙幣が政府によって発行されていた。元の紙幣「交鈔」は、したがって世界最初というわけではないが、もっぱら紙幣一本の通貨政策を行なったという点において著しい特徴をなす。

当初は節度ある発行を行なって信用の高かった元の紙幣も、末期にはインフレーションを引き起こすことになるが、元の時代を通じて紙幣が流通したことは注目されることで、マルコ・ポーロもその驚きを「東方見聞録」に書き残している。


モンゴル帝国と元=史上最大の世界帝国 服部弘蔵

(前略) 5 経済的繁栄をつづけることが、全てに優先する。国民生活が貧しくなったら、何のための国家運営か分からなくなる。経済が第一であり、政治はそのあとからついてくるものである。

6 アメリカに、世界平和維持負担金を要求されるのであれば、払えるかぎり払いつづけねばならない。兵隊を出せ、と言われれば、出すしかない。ただし、日本側にも出せる限度というものがあるから、代表者(国民指導者)は、真剣に、アメリカ政府と交渉しなければならない。

7 ドイツ(日本と同様に敗戦した。ドイツの場合は、罰として連邦制(八つの州政府)に解体されて今日に至る)だけでなく、イギリスや、フランスでさえ、実は一九七〇年代に入ってアメリカの部分的属国(従属国)になってしまっていたことを、私は独力で解明した。従って、日本が属国だという事実を卑下することはない。

8 今や、アメリカのドル(紙幣、通貨)が世界の通貨である。ロシア・東欧でも、中国でも、南米でも、アフリカでも、アジア諸国でも、ドルが国内貨幣と同様に通用している。弱小国の場合、自国通貨の通用力が弱いので、米ドルがそのまま通貨となっている。日本の円も、実質的には、ドルとの高い兌換性(交換性)によって支えられている。

9 日本は、覇権国アメリカから見れば、先端産業の生産工業地帯である。日本はアメリカの工業地帯≠ネのだ。だから日本人は、アメリカのワーキング・ロボットである。日本が安価で秀れた工業製品を製造することを、アメリカは大きく上から保護すればよい、と考える。そして、イザという時には、この生産システム(人と技術と設備)そのものを上から抑えてしまえばよい、と考えている。日本は言うことを聞くしかない


10 ところが、世界帝国(世界覇権国)なるものは、内部から崩壊するという歴史法則を抱えている。帝国内部に抱える要因によって、崩壊に至る。世界中から流れ込んでくる、大量の移民たちが生みだす国内の人種対立と、銃・麻薬犯罪と、過度の訴訟と、不健全なマネー・ゲームと化した金融資本市場と、進歩しすぎた個人主義と過度の人権思想による社会機能の低下と、それから各種の度を超した文化的腐敗・退廃によって、帝国内が一種の分裂状態に陥る。

 毎日、小さな戦争(内戦)が起きているようなものだ。その大きな要因は、やはり、世界帝国には、世界中から、移民・難民がおしよせ、帝国の首都には、それぞれの出身国、あるいは人種ごとのゲットー(居住区)ができるからだ。(中略)

25 世界帝国の支配者たち(この内部が、帝権を求める皇帝と、共和政を死守しようとする元老院の議員たちで対立する)は、周辺属国が、自分たちの支配に、反抗したり支配から脱出しようとするのだということをよく知っている。

世界帝国の支配者たちは、むしろ、このような、反抗や反乱を抑え込むために、代表者あるいは交渉係としての国王の存在を認めている。従って、次の王となるべき人間を、帝国の首都で育てる。日本の江戸時代の徳川氏が、各大名に課した「参勤交代」を想起すればよい。大名の奥方と長子は、人質としてずっと江戸にいなければならなかった。(後略)

「日本の秘密」 「私の政治思想の全体枠が完成した」 副島隆彦より

テレビ朝日の「朝まで生テレビ」で「最強の帝国主義、米国の正体」と題して討論していた。ひさしぶりに漫画家の小林よしのり氏も出演していた。しかしながら議題からすると副島隆彦氏が参加していないのが不満である。どうもテレビ局の上層部で出演者が決められてしまうらしく、パネラーの固定化がマンネリ化を呼ぶのではないかと思う。

田中宇氏も出演していたが、田原総一郎氏は田中氏のウェブサイトを見ていないようだ。田中氏のメルマガは20万の読者を持ち、今では小さな新聞社並みの影響力を持っている。数百万単位の視聴者を持つテレビ業界も、ネットの影響力を無視できなくなってきている。

最近ではネットの中からニュースネタを拾ってきて題材にしているケースが、新聞でもテレビでも増えてきている。昔は記事は足で書け、といわれたが、最近は記事はネットで書かれるのがトレンディーのようだ。「朝生」においてもほとんどがアメリカのイラク攻撃の非難する論調が多数派となっている。2ヶ月前は「ネオコン」という言葉が出始めていたが、今では流行語大賞の候補にもなるほどになっている。

この「ネオコン」という言葉の名付け親が副島隆彦氏なのだが、いまではアメリカ政権の主流派になるほどに勢力を伸ばしている。アメリカのイラク攻撃は「ネオコン」なしには、なしえなかった。しかし「ネオコン」の正体がまだよくわからない。彼らの哲学を分析して見ると、トロツキズムが源流となり、ナチズムとも無関係ではないようだ。要するにアメリカによる世界帝国主義のバックボーンが「ネオコン」なのか。

ドル紙幣という紙切れが世界通貨として通用しているのも、アメリカの世界覇権が信用の後ろ盾になっている。この紙幣という通貨が広く使われるようになったのは、モンゴル帝国が最初である。帝国が紙幣を発行し、価値を持つということは、好きなだけ帝国は支配地域のものを略奪できることになる。

私が、日本銀行がアメリカ帝国主義の手先というのも、この論理から証明できる。日本円が通貨として通用しているのも、ドルとの高い交換性があるからだ。だから日銀としてもドルの信用を支えるために働くのも当然だ。しかしその事が日本の国益となっているかというと、全く逆でアメリカ帝国にそれだけ略奪されているのだ。

アメリカ帝国は1960年代にその国力のピークを迎えている。現在は目に見えない内乱が続いている。文化的にも腐敗、退廃が現れて、全盛期のアメリカ文化の栄光は見られない。エルビス・プレスリーもジェームス・ディーンもすでに過去の栄光に過ぎない。現在アメリカを支えているのは軍事力だ。その軍事力が衰退すればドルもインフレに見舞われ只の紙切れとなるのだ。

アメリカの北朝鮮に対する対応が注目されている。核武装を宣言した北朝鮮にたいして制裁をイラクのように下すことが出来るだろうか。本来ならば中国が北朝鮮に対して非核化させるべき立場だが、中国は北朝鮮を泳がせてアメリカの出方を探っているのだろう。妥協すればアメリカは核の脅威に対して弱いということになる。ドルも暴落するだろう。

世界史講義 服部弘蔵




北朝鮮が「核保有」3カ国協議で言明
日本と韓国はどのような対応をするのか


2003年4月25日 金曜日

【ワシントン24日共同】米政府高官は24日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が北京で行われた米朝中の3カ国協議で、核兵器を既に保有していると米側に伝えたことを明らかにした。米情報機関はこれまで北朝鮮が核兵器を保有していると推定していたが、北朝鮮が核兵器の保有を公式の場で述べたのは初めて。北朝鮮はブッシュ米政権の今後の対応次第では、核実験に踏み切る可能性も示唆した

北朝鮮の核保有発言は、米国の強硬派を勢いづかせ、米朝関係の緊迫化が予想されるほか、北東アジアの安全保障情勢にも影響を与えるとみられる。米CNNテレビなどによると、3カ国協議の初日である23日の協議で、北朝鮮の首席代表の李根・外務省米州副局長が米首席代表のケリー国務次官補(東アジア・太平洋担当)に対し、(1)北朝鮮には核兵器開発計画がある(2)核兵器を保有しており廃棄には応じられない(3)核保有の物理的な実証は米国の対応次第である−−と伝えた。「物理的実証」とは核実験を指すとみられる。(共同通信)

◆朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が核武装をすれば、韓国ではどのような変化が生じるだろうか。 まず、安全保障に対する不安心理が広がることが挙げられる。高麗(コリョ)大学の南成旭(ナム・ソンウク)教授は、「北朝鮮が核を保有すれば、休戦線の155マイルで防衛がなされていても国民の不安感は急速に広がるだろう」とし「自ずと軍事費が急増すると観測した。経済的・社会的な不安が深刻化するという見通しも多かった。

対外経済政策研究院の洪翼杓(ホン・イクピョ)研究委員は、「韓国の格付けが引下げられ、外国人投資家による投資低迷や投資回収が予想される」とし「株式市場の崩壊も予想されるほど、韓国経済が極度の混乱に陥る恐れがある」とした。経済界の関係者も「北朝鮮が核を保有することになれば、生産や消費など、正常的かつ合理的な経済活動が行われなくなる」とし「買い溜めが急増し、韓国を脱出しようと、移民が増加する可能性が非常に高い」とした。

韓国国民の「南南葛藤(イデオロギー・世代間の見解の違い)」をもたらす可能性も取上げられている。 中央(チュンアン)大学の諸成鎬(ジェ・ソンホ)教授は、「北朝鮮の核兵器保有が明らかになったか、北朝鮮が保有を宣言した瞬間、『金大中(キム・デジュン)政権の対北太陽政策がこうした結果を招いた』とか、『一部の対北強硬派が北朝鮮を追い込んだため』といった具合で葛藤が噴出する恐れがある」とした。

特に、「北朝鮮が核を保有しても韓国を狙っているわけではないため、韓国が核武装に着手する必要はない」という主張と、「自主国防の意味から、韓国も北朝鮮の核武装に対抗し、核兵器を開発しなければならない」という主張が衝突する可能性も高いと、諸教授は指摘した。
権景福(クォン・ギョンボク)記者


朝鮮日報 2003/02/17 18:32(月)

◆朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が核兵器を保有するようになれば、南北関係や韓半島周辺の状勢はどのように変化するだろうか。ほとんどの専門家らは、現在と180度異なる様相を呈するだろうと口を揃える。まず、南北関係においては軍事的バランスが急激に壊れるだろうと予想する。南成旭(ナム・ソンウク)高麗(コウリョ)大学教授は「軍事的に北朝鮮が優位を占めるだろう」と話した。

これまで国防部は通常兵器の武力を基準に、量的には北朝鮮が1.5倍優勢、質的には伯仲と評価してきた。尹徳敏(ユン・ドクミン)外交安保研究院教授も「韓国も核武装をする前までは、北朝鮮核兵器への対応手段がないため、北朝鮮に対する抑制力が失われるはず」と述べた。政府の某当局者もやはり、「西海交戦のような北朝鮮の武力示威が頻繁に起きるはずで、その度、拡戦を恐れ、戦艦で押し出すことさえできないだろう」と見通した。

「北朝鮮の声がさらに大きくなり、交流協力も萎縮するはず」(諸成鎬(チェ・ソンホ)中央(チュンアン)大学教授)、「北朝鮮がさらに果敢に米軍の撤退などを強要する可能性が大きい」(鄭永泰(チョン・ヨンテ)統一研究院研究委員)という分析も出た。反面、逆説的に核武装で体制への脅威が減少することから、北朝鮮が南北関係により積極的に乗り出す可能性もある(匿名希望の国策研究機関の某研究院)という意見もあった。

韓半島周辺の状勢もやはり、危険な局面に変わる可能性が大きいという予測が大半を占めた。韓国政府もやはり、戦力バランスを考慮して独自の核武装を推進しなければならないという内部からの要求に悩まされることになり、日本や中国、台湾などの“核武装ドミノ現象”や軍備競争の加速化を招くはずだという指摘だ。漢陽(ハンヤン)大学の金慶敏(キム・キョンミン)教授は「日本は指導者が決心さえすれば、核武装が可能になるほど準備が行き届いた国」とし、「きっと日本が大きな刺激を受けるはず」と述べた。

金聖翰(キム・ソンハン)外交安保研究院教授は「日本の核武装はまた、中国の核戦力の強化とともに、台湾の核武装という“核のドミノ”を演出、東北アジアを常時軍備競争体制へと導くはず」と見通した。このため、米国は韓国の核武装化をけん制しながら、1990年に撤退した米国の戦術核兵器を再度韓半島に配置し、戦力のバランスを取ろうとする可能性もあると、全星勲(チョン・ソンフン)統一研究院研究委員は述べた。

これとは別途に、北朝鮮核兵器に対する国際社会の圧迫の強度が高まり、韓半島周辺状勢が一時も安定することなく、緊張が造成される可能性があるという分析も少なくない。匿名希望の某専門家は「米国は外交的手段の強度を高め、究極的には軍事的手段で金正日(キム・ジョンイル)政権の交替を試みるかもしれない」とした。

またの専門家は「国際社会の圧迫とこれに対する北朝鮮の反発などが絡み合い、韓半島周辺は一触即発の危険にさらされることになるだろう」と述べた。諸成鎬教授は、北朝鮮の核兵器に衝撃を受けた中国が北朝鮮に対する経済支援を中断し、米国の主導で国際社会が対北経済制裁を一斉に科する事態を招く恐れがあるが、どっちみち、このような一連の過程で韓半島の緊張は最高潮に達する可能性があると述べた。
権景福(クォン・ギョンボク)記者


朝鮮日報 2002/02/17 18:30 (月)

北朝鮮問題が非常に危険な状況になっている。いままで北朝鮮が核兵器を保有していることは推測されていたが、公式会談で正式に保有を認めた。さらには核実験をも行うと恫喝している。パキスタンと北朝鮮とのミサイルと核兵器のバーターで開発は可能だったらしい。

金正日はアメリカのイラク攻撃を見て、核兵器を持たなければどっちみち攻撃されると判断したのだろう。核兵器さえ持てばアメリカは折れてきて妥協すると見ているのだろう。最近の金正日は焼きが回ったのか外交の駆け引きでのミスが目立つ。対日本、対中国、対ロシア、対アメリカと全て上手くいっていない。

韓国に対してはノムヒョンを大統領にする工作が上手くいったが、核保有を認めては、韓国も太陽政策を続けるわけにはいかなくなるだろう。中国も最低限度の北朝鮮援助は続けてきたが、これも核保有を廃棄しなければ援助を打ち切られる恐れがある。このように全ての外国から援助を打ち切られ、まさに北朝鮮は瀬戸際にある。

韓国と北朝鮮はいまだに休戦中であり、朝鮮戦争は終わってはいない。その片方の国が核武装したわけだから、韓国にも核武装の動きが出てくるだろう。このように南北朝鮮が核武装すれば日本にもその影響が及んでくる。アメリカも韓国に対する影響力が低下し、在韓米軍の撤退という事態も想定できる。

日本が核武装した場合、在日米軍の核の傘は不要になる。しかし日本か核武装することにより、初めて対等の軍事同盟を結んだことになり、アメリカも日本を植民地と見なくなるだろう。その前に憲法も改正する必要がある。日本の左翼は「平和憲法」こそ日本が世界に誇れる唯一のものと学校で教育してきた。アメリカにとっても利害は共通していたから、憲法改正を主張する勢力は軍国主義者と決め付けられてきた。

自民党内でも憲法改正論者は少数派だ。しかし北朝鮮が核武装したということは、国会内でも憲法改正のきっかけになりうるだろう。もしテポドンの十発か二十発でも北朝鮮から飛んでくれば「平和憲法」も吹っ飛ぶことだろう。そしてアメリカとの安保条約も、日本の防衛には役に立たないことが証明される。

朝鮮日報のホームページ




インフレ目標の成功例が地域通貨にあった
「お金は老化しなければならない」


2003年4月24日 木曜日

「第1次世界大戦後、レーテ共和国時代のバイエルンにシルビオ・ゲゼルという人物がいて、ゲゼルは『お金は老化しなければならない』というテーゼを述べています。ゲゼルは、お金で買った物は、ジャガイモにせよ靴にせよ消費されます。ジャガイモは食べられ靴は履きつぶされます。しかし、その購入に使ったお金はなくなりません。そこでは、モノとしてのお金と消費物資との間で不当競争が行われている、とゲゼルはいいます。

お金自体はモノですね。売買されるのですから。しかし、お金は減ったり滅することがないものなのです。一方、本来の意味でのモノは経済プロセスのなかで消費され、なくなりなす。そこで、ゲゼルは、お金も経済プロセスの終わりにはなくなるべきであると言います。ちょうど血液が骨髄でつくられ、循環して、その役目を果たしたあとに老化して排泄されるように。お金とは経済という、いわば有機的組織を循環する血液のようなものです。

 このゲゼルの理論を実践し、成功した例があります。1929年の世界大恐慌後のオーストリアのヴェルグルという町での話です。町は負債を抱え、失業者も多い状態でした。そこでヴェルグルの町長だったウンターグッゲンベルガーは現行の貨幣のほかに、老化するお金のシステムを導入したのです。このシステムは簡単に言えば、1ヶ月ごとに1%ずつ価値が減少するというものでした。町民は毎月1%分のスタンプを買って老化するお金に貼らなくてはならないという仕組みでした。

このお金はもっていても増えないばかりか、減るので、皆がそれをすぐに使いました。つまり貯めることなく経済の輪のなかに戻したのです。お金は持ち主を変えれば変えるほど、購買力は大きくなるのです。1日に2度、持ち主を変えるマルクは、1日に1度しか持ち主を変えないマルクより購買力が大きいのです。2年後には失業者の姿が消えたといいます。お金を借りても利子を払う必要がないので、皆がお金を借りて仕事を始めたのです。町の負債もなくなりましたが、オーストリア国家が介入し、このお金は禁止されました。

(中略)「エンデの遺言」からもう少し引用しよう。労働証明書は非常な勢いで街をめぐりはじめます。それはこうした原理でした。貨幣にかかる持ち越し費用、つまりスタンプ代は一種の税ですが、これはお金を使ってしまえば回避できるものです。そこでこの紙券を受領した人間はできるだけ早く、そしてオーストリア・シリングよりも先に使おうとします。

紙券は猛烈なスピードで循環しはじめ、循環するほどに、取引を成り立たせていきました。町には税金が支払われるようになりました。あまり早く税金の支払いという形で町に労働証明が環流してくるので、町の会計課の役人が、これは誰かが偽札を刷っているに違いない、と叫んだほどです。

(中略) 貨幣の流通する速度は12くらいだったといいます。10シリングの労働証明が月に12回流通したわけですから、120シリングの取引を発生させたことになります。町はこの労働証明の発行後、4ヶ月で10万シリング分の公共事業を実施でき、もちろん滞納された税は解消され、なかには税を前納したいと言い出す市民も現れたそうです。町の税収は労働証明書発行前の8倍にも増え、失業はみるみる解消していきました。焦点は繁盛し、ヴェルグルだけが、大不況のなか繁栄する事態となりました。

 ヴェルグルでは1月に12回流通した、ということは1年で144となる。日本では2000年のM1の流通速度は2.22。ヴェルグルでいかに労働証明書の流通速度が速かったか、今日これほど流通読度の早い国はないし、どのような状況になるのか予想し難い。第1次大戦後のドイツ経済のようだったかもしれない。つまりヴェルグルの状況は同じ頃のドイツと同じ様だったのだろう。伝え聞く所によると、「朝給料をもらったらその日の内に使ってしまわないと、翌日になるとインフレで貨幣価値が半分になってしまう」状況だったと言われる。

毎月1%のスタンプを貼るのだから、1年で12%の貨幣価値の低下となる。つまり12%のインフレ。しかしこれは労働証明のことでオーストリア・シリングは違う。物価がどのように上昇したのか?については記録がない。13ヶ月ではインフレは起きてないかもしれない。上記の恒等式で「P=物価水準」に変化がないとすると、「Y=実質国民所得」が大きいことが予想できる。しかしこれは短期だからで、もっと続けていればインフレになっていたであろう。

銀行などに預金することができなかったこともポイントの1つだ。「預金できないから使ってしまおう」となった。もし預金できれば流通速度が鈍っていたはずだから、これも大きなポイントの1つになる。もっとも預金できなかったから→銀行に預金が集まることがなかったから→民間からの投資が行われなかったから→長期的な経済成長は望めなかった、と言える。(後略)

インフレ目標の成功例が地域通貨にあった TANAKA1942bより

昨日のNHKで「その時歴史が動いた」で、徳川幕府の老中の田沼意次の改革について放送していた。徳川幕府は重農主義が基本であり、田沼のような重商主義は異端視された。この伝統は現在でも生きており、小中の学校の歴史教科書では田沼意次は賄賂政治の悪者として評価されている。「賄賂」というと犯罪だが「リベート」という商行為とみれば犯罪ではない。

田沼意次のことを調べていくうちに「趣味の経済学」のHPが見つかり、その中で「インフレ目標の成功例が地域通貨にあった」というページに、オーストリアの町の例が書かれていた。そのなかでお金と物との関係でシルビオ・ゲゼルが指摘していることは、通貨とは何かということで本質を突いている。

お金で買った物は、食品のように食べてなくなったり、靴や洋服のように傷んで使えなくなってゆく。その反面、お金はそのままの価値で通用するのはアンバランスだ。お金も時間と共に価値を減じてゆかなければならない。実際にインフレ経済下ではそのような通貨の目減りが行われている。ところがデフレ経済下では物は目減りしていくか安くなってゆくのに、お金は価値を大きくしてゆくから異常な現象なのだ。

ならば日本においてもゼロ金利が長いこと続いているが、マイナス金利にしたら良いのではないかと思う。今10000円札が来年には9900円になる事にすれば、1%のマイナス金利ということになる。ならば人々は銀行から預金を引き揚げて現金のまま持とうとするだろう。しかし現金で持っていても1年たったら100円のスタンプを貼らないと使えなくしてしまえば良い。

ヴェルグルの町の地域通貨はマイナス金利を導入することにより、地域経済が活性化したことの実例を示している。お金は誰かが貯め込んで使わなくなると、通貨の回転率が悪くなり経済規模がどんどん縮小してしまう。現在は日本政府が公共事業などで経済規模を支えているが、いつまでも続けてはいられない。民間に偏在したお金を回るようにしなければならない。その為には時間が経つと目減りするマイナス金利にする必要がある。

お金がぐるぐる回るようになればそれだけ税収も増えることになり、財政赤字も解消されるだろう。ところが財務省の官僚たちは減税で景気を支え、増税で歳入を図ろうとしている。これでは通貨は回転せず、ますます人々は預金を貯め込んでデフレが酷くなる。さらにマイナス金利となると借金も元金が減ってゆくことになる。長期に借りれば何も返さずに借金はなくなることになる。となると借り入れ希望者が増えて経済は活性化する。

財務省は税収を増やすために増税ばかり考える。それよりもお金の回転率を上げて税収を図るべきだ。その為にはインフレにするか、マイナス金利にして、お金は使わないと損をするようにするべきだろう。日銀は盛んに資金を供給しているが、お金が回らなければ意味はない。今のところ日銀と銀行とがお金のキャッチボールをしているだけだ。その一方で1400兆円の資金が眠っている。この資金を動かすことにより景気の刺激を図るべきだろう。

趣味の経済学のホームページ TANAKA




新型肺炎「SARS」が胡錦涛新中国を揺るがす
数字改竄、情報隠蔽、責任転換、腐敗体質


2003年4月23日 水曜日

香港や中国を起点にして世界各国へと広がりを見せている「SARS」なる肺疾患性伝染病。その罹患数の多さと多数の死者はエイズ禍の如き様相を呈し始めてもいるが、二転三転とする中国政府の公的数字の発表は実にいい加減で不誠実なものである。

元来がその杜撰さと、いい加減さに於いては、国際社会でも図抜けた存在の漢民族中国でもあれば左もありなんだが、事は人命に関わる重大問題で嘘を吐いている場合ではなく、且つ正確な情報の遮断に拠る処置の手遅れがこの様な増加傾向を見てもいれば、杜撰な中国であるが故に、今回もまた許されると云う事にはならない。

ケネディースクール出身者でもある胡錦涛氏が総書記であったが故に、一時の漢民族中国の恥を忍んでも、公的罹患情報の訂正を決断したのであろうが、前総書記でもある江沢民がその侭に権力者の座に留まっていれば、恐らく事実の公表は為されなかった筈だし、10倍どころか100倍にも上る罹患の事実や死者を出していたであろう事は想定内のものである。また、当該事実判明の場に於いてすら自らの不衛生に対する責任とはせずに、日本民族や朝鮮民族が須らく汚いからである等の、所謂責任転嫁論を常套手段として、平然と披瀝していたであろう事も想像に難くはない。

一時は実数の公表を躊躇い、と云うよりは寧ろ実数なる数字そのものが不正確さを常態とする中国ではあるのだが、それにも況して得体の知れない江沢民がその侭に握り続ける軍部、その軍関係病院での罹患数が、其処には含まれていなかったからであるとの言い訳を用意したのだが、WHOの役員迄罹患させ死に至らしめたそれはSARSでもある、中国国民に通用しても、WHOや国際社会にその様ないい加減な発表が通じる由もあるまい。

経済成長の著しい中国だが、裏に回れば貧富の格差と同様に、国際社会との間に於ける習俗や文化の格差が歴然として在り続ける現実問題を、日本も他山の石とすべきではない。つまり、表向きの経済繁栄が、因習的に残る文化や偏向した教育をも同様に改善に繋げ社会全般の資質の底上げに向かえば、一つ一つ問題も解決するのだが、中国社会の実態はと云えば、刹那的文化体系は旧態依然に置き去りにした侭の状態である。

経済繁栄と云う化粧は不断に施しても、下半身の不衛生には一切気を留めないと云う非均衡型社会体制の維持、或いは因習的に残る責任転嫁を常とした習俗文化の推移容認では、何れ腐臭や不衛生に因る人体への被害が直接的に出る事は必然のものではあるのだ。所謂垂れ流し容認を当然の事とする未成熟な漢文化は、この様な得体の知れない病原菌をさえ発生させても仕舞うのであろう。日本民族も朝鮮民族も何れ責任を押し付けられる可能性すら在る。

「胡錦涛」の名前からすれば、恐らく彼は満州民族の出身ではないかと推測されるが、江沢民ほど覇権を良しとする人物ではなかろうと想像もするし、また、そう思いたい。核兵器を生産する無駄な軍事力に回す余裕の金があれば、上っ面に化粧を施し綺麗に見せ掛けるだけではなしに、衣服に隠された下半身を清潔に保ち、食後の垂れ流し文化の一掃と回収浄化に振り向けるべく、国家予算を回す事が肝要な、それは莫大な人口を抱える国家の執るべき基本的指針としなければならない。

都市部に、未だに板を渡し土を掘っただけの便所や、生ゴミの放置等は徹底的に改善して当たり前のものではあるのだ。可能性は五分五分だが、上っ面の権勢を駆って不条理に拉がれた江沢民一派を名実ともに一掃する事は、実体的にも胡錦涛中国政権の実現と、変わり行かねばならぬ新たな中国を造り上げるもので、現代に生まれた日本民族としても、条理在る漢民族中国を一度は見てみたいものである。(後略)


日本極東ロシア物流事情 2003年4月21日より

新型肺炎「SARS」のニュースが最近は目立つようになりました。最初は毎年発生しているインフルエンザの一種かと思っていましたが、5%と極めて致死性が高く、まだ感染方法などがわかっていない。コロナウイルスが病原体であることがわかってきましたが、ワクチンなどはこれから作ることになる。ILOの役員なども感染して死亡している。マスクなどをしても感染が防げるとは思えない。

その反面、世界中に感染が広がっているが、日本や韓国では発症者はおらず、中国国内でも北京や香港で多く感染しているのに、上海や内陸部などでは患者は少ない。伝染性が低いのか、潜伏期間が長くて発病していないのかがまだわからない。しかし二次感染者には医療関係者や、健康な成人が多く、病院内での感染も多い。下水道の不備が「SARS 」の感染に関係がありそうだ。

イラク戦争の陰に隠れていたせいか、日本のマスコミもなかなか報道しなかった。ネット上では香港でマスクをしている写真を早くから見かけた。どうも日本のマスコミは中国関係のニュースとなると及び腰になり報道を自主規制していた可能性がある。日本の厚生省などは早くから対応して、空港にポスターや検疫官などを配置していたにもかかわらず、ニュースとして報道されたのは3月28日のWHOの渡航延期勧告が出てから報道されるようになった。

これは「SARS」が生物化学兵器であるという噂もネット上では飛び交っているが、それ以上に中国経済などに大きな打撃を与えるからだ。香港などでは観光産業に影響が出ている。中国への観光もキャンセルが相次いでいる。だから日本のマスコミは中国の「SARS」の報道を控えたのだろう。台湾のサイトでは日本での「SARS」報道を次のように皮肉っている。

インターネットでの記事を見ると、毎日新聞、朝日新聞が、WHOの報告として3月17日頃に流したのが最初である(毎日新聞:http://www.mainichi.co.jp/eye/sars/200303/index16-31.html/朝日新聞:http://www.asahi.com/special/sars/TKY200303160198.html)。毎日の記事には、「アジア地域で」とあって、主な感染地域ははっきり書かれていない。なぜ、書かないのかこれも非常に不自然である。また、朝日新聞の記事には「中国、香港、フィリピン、シンガポール、ベトナムなどアジア諸国が中心」とある。NHK、毎日よりは、正確だが、二次感染を起こした患者の発生数から言うと、中国、香港、アメリカ、シンガポール、カナダ、ベトナム、台湾、タイなどの順で、朝日のあげた地域はいったい何を根拠にしているのか、これも不明である。

三者ともに、ニュースソースのはずのWHOの報告には「2月中旬以来、WHOはベトナム、香港及び中国広東省における重症肺炎の集団発生報告の確認作業を積極的に進めているところである」とあるのに、なぜ、「中国広東省」という特定地域にふれなかったのか、理解に苦しむ。こうして、日本では主な感染源が報道されない状態が約10日ほど続いた後、やっと3月末に、WHOによる主要感染地域(中華人民共和国等)への渡航延期勧告(http://www.mhlw.go.jp/topics/2003/03/tp0318-1b12.html)がだされるにいたって、今回の「SARS」の発生源が中華人民共和国広東省・香港であることが報道され始めた。

世界各地への感染の広がりも、やっと伝えられるようになった。しかし、NHKの「ニュース10」で4月8日に流した香港の消毒などのニュース画像は、約二週間前から台湾では流されていたもので、これがいったいニュースになるのかという初歩的な疑問を持たざるをえない内容のものである。台湾の場合と、日本の場合とを見ると、明らかに日本の情報收集は不正確で、しかも遅い。が、その不正確さ遅れやには理由があったように見えるところが一番の問題である。つまり、敢て言えば、何か政治的な理由があって、わざと、報道を不正確にしたり遅らせたとも見えるのである。

 というのは、前回書いたように、私が3月20日前後に、日本の福岡空港へ行ったとき、空港では、今回の「SARS」への警告ポスターが既に掲示され、いつもは出ていない検疫官が出て、調査用紙の提出を求めていたからである。ニュースでは正確に流していなかったが、日本政府のある一部の部局は、今回の情報を知り、対策をとっていたことがわかる。厚生労働省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/topics/2003/03/tp0318-1b.html)を見ると最初の報告と通逹は、3月12日である。なぜニュース報道がはっきりない時期に、政府はいつもはしない敏感な対応をしていたのであろうか?

 ニュースの不正確さ、遅さと、空港での非常に早い検疫は明らかに矛盾している。ニュースに載らないうちに政府が検疫官をだしたことから見れば、政府は、今回の「SARS」はデング熱など、アジア地域で流行している伝染病とは比較にならないほど危険な病気だと認識していたことになる。しかし、日本で本格的な「SARS」報道が始まったのは、3月28日のWHOによる主感染地域への渡航延期の正式勧告が出てからである。また、政府の対策がニュースで出始めたのも、勧告以後である。このことから言えるのは、ニュースでの報道の遅れや、政府の公式な発表が遅れた背景には、中華人民共和国への特別な顧慮があったのではないかということである。言い換えれば、WHOの勧告を言わば、名目にして、やっと日本では本当に言いたかったことが言えるようになったのではないだろうか。WHOという大義名分の権威を借りないと言いたいことが言えない状態ではなかったのかということである。


蓬莱の島通信 最近の話題 「SARS」の危機再びより

このように人の命に関わる事なのに、日本のマスコミは中国・香港で蔓延している「SARS」報道を自粛してきた。もしこの間に病原体が持ち込まれ、死者が出た場合マスコミの責任は免れない。政府当局が早くから対策がとられていたのに、日本のマスコミの報道姿勢は明らかにおかしい。中国では衛生大臣と北京市長が解任された。経済への影響も甚大だ。

ロシアがつかんだ「SARSは作られた伝染病」 週刊現代





「共和国から帝国へ」 ロジャー・モーリス
(英語を勉強するより思考力を養うべきだ)


2003年4月22日 火曜日

昨日パソコンショップで新しい英語・日本語翻訳ソフトを買いました。これで英語翻訳ソフトは六つ目です。今まではアスキーの「翻訳ピカイチV3」を使っていましたが、訳した日本語がいまいちで大雑把に内容を推測するしかありませんでしたが、新しく買った「The翻訳インターネットV7」は比較的日本語になっており、内容も大体わかるようになってきた。辞書が130万語収録されたのが大きな進歩になっている。

19日の日記で日本語と英語の問題点を書きましたが、その趣旨は母国語である日本語を粗末にして英語を小学校から学ばせる事は間違いであるということです。極論すれば英語は勉強する必要がない。仕事などで必要が出た時点でマスターすればよいのだと思う。それより英語を勉強する時間があったら母国語をもっと勉強すべきである。このままでは日本語も英語も中途半端な日本人が出来上がることになる。

新しいパソコンソフトで訳した英語の論文をそのままのせます。ロジャー・モーリス氏はジョンソン大統領とニクソン大統領の顧問をされていた方で、アメリカの権力中枢にいた大物です。「共和国から帝国へ」とはローマ帝国を連想させますが、国家が拡大し強大になるにしたがって共和制から帝政に移り変わるのは歴史的必然なのだろうと思います。

共和国から帝国へ


By ROGER MORRIS 2003年4月14日

彼の勝利がイラクで何でも、ジョージ・W.ブッシュは、既にアメリカで歴史的な大きさの勝利を楽しみました。議会のユニークな支配および政府の残りによって、および投票のアメリカのメディアおよび印象的な大多数の承認に、ブッシュ氏は、任意の前任者の把握の向こうの力を得ました。米国の軍隊がバグダッドを通ってかつて音をたてる前に、それらの陸海空3軍の最高司令官はアメリカのほとんどの帝王的大統領でした。

ホワイトハウスの皇帝の幽霊は、現代の大統領のより広い力と、実行の最高に置かれた長く神聖な構成上の制約の間に傾斜するアメリカのシステムによく知られています。注意された1973年の本では、帝国の大統領職(歴史家アーサー・シュレシンジャーJr.)は警告しました、の「非常に広く絶対的である大統領の力、に関して、従来の政治形態の根本的な変形を意味する。」適例はリンドン・ジョンソンとリチャード・ニクソンでした、誰の、ベトナム戦争からウォーターゲート事件まで導く、危険な頂点である多数に見えた、だろう、また大統領執務室の中で組み立てられた主張。

1970年代中頃までに、ジョンソン氏およびニクソン氏は不評判の中にワシントンを去りました。議会は非常大権行為で再度自己主張しました。それは、戦争に行き、かつある他のステップを取る大統領の一方的な力を制限しました。大統領の権威はジェラルド・フォードおよびジミー・カーターの下で縮みました。


米議会とホワイトハウスが共和党員と民主党員の間に分割するとともに、立法と行政機関の間の従来の変わるバランスは、ロナルド・レーガン、ジョージH.W.ブッシュおよびビル・クリントンの政権の下の1980年代および1990年代の全体にわたって継続しました。帝国の大統領職は過去の時代の遺物に思われました。

今、ジョージ・W.ブッシュは急激にその歴史を逆にしました。彼の帝国は、議会(ほとんどバグダッド政権の落下として掃くこととしての崩壊)の譲渡から始まりました。

1960年代に、リンドン・ジョンソンは彼のトンキン湾決議(ベトナム戦争への米国のエントリーを支持した1964年の行為)を持っていました。立法がすべてをカバーしたので、ジョンソン大統領は、それを「おばあちゃんの寝巻き」と呼ぶことが好きでした。イラクを打つために、立法者に要求され得られたブッシュ氏、中東と他のどこかの侵入、占有およびさらに軍事行動のためのさらに広い外套。

トンキン法案のように、急速に米国の容器、不十分な討論で可決されたこの議会のイラクの解決、およびニジェールからのイラクの核調達の偽造のような偽りの知能の振り回すことに対する北ベトナム人攻撃に関する誤りの報告書であると分かったものの中に投票しました。一挙に、ブッシュ氏のためのブランクの小切手は、戦争あるいは1973年の非常大権行為への従順さえの議会の宣言の法的必要条件を押し流しました。

その結果、ホワイトハウスは全面的な交戦状態を正当化し始める譲られた主権者権威でした--任意の1人の大統領および握りのアドバイザーに落ちるそのような運命的な力を防ぐに議会で憲法によって正確に衣服を着せられた権利。

この横領の基礎に先の9月、国家安全戦略が置かれました、ブッシュ氏、議会へ送られました。このドキュメントでは、大統領は、アメリカのセキュリティに対する知覚された将来の脅威に対する先制の処置を講ずる権利(確かに責任)を要求しました。これから、それはほんの彼のイラクのベンチャーへの短いジャンプでした。平和(それは、世界あるいはイラクの最も親しい隣人さえの多くへ決して「明らかではなかった。」また、それは決してありませんでした「示す」「1年あるいは5年の」脅威の彼の予測でさえ)にとっての「明瞭でと現在の危険」としてイラクに侵入するために特権を要求すること、ブッシュ氏は、別のものを攻撃する任意の国家の右側に対する長く認識された制限を消しました。

しかしながら、一方的な廃止が同盟国、友達および国連に警報を発した場合、それは、米議会、大統領の戦争製作に対するどんな内部民主主義の抑制も配達不能の郵便物だったという別のサインで挑まれなくなりました。

国内政務中の力の等しく歴史的な集中がすべてのこれに加えられました。パトリオット法、および「母国セキュリティ」の浸透している新しい領域の他の許可する法律によって、ブッシュ氏は帝国の大統領職ホームを深さと幅にもたらしました、反戦グループ上でスパイ行為をする内密のFBIとのリンドン・ジョンソン、あるいはウォーターゲート事件「鉛管工」および他の超憲法的な手段(熟考されない)を持ったリチャード・ニクソンさえ。司法長官ジョン・アシュクロフトの下では、司法省は、ニクソンの人の多くが刑務所へ出かけた考えられる原因か法廷制裁のない政治的な監視を行なうために今ライセンスの種類を持っています。その前の他の連邦政府として、ブッシュ政権は、チャージのない容疑者を逮捕し抱き、囚人を無期限に拘留し、法定弁護人(無比の秘密を備えたすべて)へのアクセスを否定する権威を振いません。

アメリカの9月11日の衝撃への反応での予測可能な狂信的愛国主義の政治への力を集中するこの単数に帰着するのは簡単でしょう。変わる波のとさかに乗るもう1人の大統領としてブッシュ氏の思考に気楽さがあります――そして、形勢は、憲法上のバランスに、同じように常に後ろに変わるでしょう。しかし、「テロリズムとの戦い」の不確かなコース、あるいはワシントンのその無制限の喚起とは別にさえ、その楽観的な視界は、米国の政治での決定的な新しい現実を無視します--そしてジョージ・W.ブッシュ自身の新興現実。

今日の帝国の大統領職は政党、および最近の出来事のものと非常に異なる議会にのしかかります。ジョンソン大統領は、上院議員ウィリアム・フルブライト、ロバート・ケネディおよびユージーン・マッカーシーのような自分のパーティーからの恐ろしい批評家に面しました。ニクソン氏は終了へ民主党の規定された上院および家、および多くの有力な共和党穏健派の抵抗と戦いました。ブッシュ大統領は他方では、共和党と、保守的な共和党員によって支配された議会の家へ彼のイラクの戦争勝利スピーチを行うでしょう、消滅した珍品および反逆者を緩和します。それらの宗教の根本主義者リーダー、平党員と同様に、だけでなく、後ろに、大統領の国内の抑制および外国の応報を備えた新しい範囲、また、イラクとの戦いの後ろのアメリカの覇権へのより大きなgeo-戦略の衝動を共有します。

彼らのほとんど暗黙の少数に、今日の議会の民主党員は同様に前任者の政治的権利にいて、国内と海外で拡大した大統領の力にまさしく屈服します--それから利益を得るブッシュ氏にない場合。テロリズムとイラクを越えるこの議会による「二党の」アプローチは、立法の責任の退位です。議会は、貿易協定上のホワイトハウスの例外的な権威を譲りました、それが通常神聖な農場法案を書き直すことを可能にした、4000億ドルの軍事予算上で降伏しました。ジョンソン氏に退くことを強いたパーティー嫌悪の種類、あるいはニクソン氏のコマンドへの二党の脚荷は、ブッシュ氏のための沖合のどこにもありません。

帝国の大統領職の新しい微積分学において最も最小でない、大統領執務室中の人です。ジョージ・W.ブッシュは、もちろん、ありそうもない皇帝--アメリカの世界情勢で最も事情に通じていない現代の大統領--でした。任期(それは今思い出すのが難しく見えます)の最初の9か月の間、彼はlacklustre(嘲られたシンタックスの明らかに無目的で感じの悪い政治家)で、選挙人の合法性を包みました。ワシントンの金持ちの力への容認された束縛より実にひどい彼の疑わしい商取り引きについての疑問、あるいは企業に興味のある彼の政権に対する振動は、ホワイトハウスに関して渦巻き始めました。その後、恐らくアメリカの歴史のその種類の最多の劇的効果では、9月11日は政治的なセッティングと同様に人も変形しました。

「すべての大統領は大統領職を改造します」とシュレージンガー氏が帝国の衝動に書きました。「自分の心理学のニーズを満たす」こと風刺の残部からのテロリスト攻撃によって、威厳があり復讐の力を配置する指令のリーダーに上げられて、ブッシュ氏は、テロリズム上で拡張的に定義された戦争に彼のまだ不確定の政治的な運命を見つけて、熱心な決定(趣味さえ)を備えた自分の改造を引き受けました。

彼の大統領職の証言の内部の1番めが伝えるとともに、彼は非常に残る、その人、彼は新しい力および目的の前にいた、まだ欠けている知識および経験、一方、自分の正しい判断およびモラル端正をまだ確信していた相手に関してまだ腐食性。誰に聞いても、彼は概念を当然採用しました、1つの「広く」、「絶対的な」シュレージンガー氏が選ばれた皇帝で会った権威。リンドン・ジョンソンの離れたワシントン内密の政治工作あるいはリチャード・ニクソンの政治工作とは対照的に、皮肉、帝国の大統領職の彼の練習をなおさら恐ろしくするのはブッシュ氏の彼の古い挑戦的な自信の混合および使命の彼の新しい感覚です。

その掌握は、単に、彼がアメリカのメディアから楽しむ黙諾(完全な支援ではないにしても)、および彼が勝ち取る個人の人気と同様に大統領の彼の下の政府の支配で締まります。イラク(長い間攻撃を主張した国防長官ドナルド・ラムズフェルド、彼の代理のポール・ウォルフォビッツ、ペンタゴン・コンサルタント、リチャードPerleおよび他の人)に侵入する決定における職員の小さな徒党の役割は、戦争の報道から有名です。しかしながら、より注意しなかった、多く、彼らの戦略をそのように完全に包含した大統領の力に加えられたプロセスでの軍、国務省および情報局のそれらの官僚的な支配。ブッシュ氏およびタカ派のアドバイザーは、中東を横切って、イラクの民主主義の彼らの大志を抱いているビジョンおよびより自由な政権のためのそのインスピレーションの中で別の戦いにすべて立ち向かいます。しかしサダム・フセイン、大統領の令状への任意の米国の官僚的な反対、リチャード・ニクソンの政策独裁政治以来ワシントンで見られない外交問題上のホワイトハウスの制御を固定することヘンリー・キッシンジャーに加えた軍備縮小されたそれらの速い軍事的蒸。

したがって、また、ブッシュ氏は恐らくアメリカのメディアを備えた延長されたハネムーンを行うために立っています。それは単にそのテレビ適用範囲ではありません、の中で、特別(皮肉に指名された「埋め込まれたリポーター」によって典型だった)バグダッドへ進歩をcheerledしました。自己検閲によって、しばしば知識または感度のその不足によって、およびデフォルトによって報告するべき議会の中の音声の反対なしで駄目にされて、アメリカのジャーナリズムは、彼の先駆者が単に羨むことができる新しい帝王的大統領周知を与えるでしょう。

最後に、ブッシュ氏の逆説的な人気があります。アメリカ人の70パーセントから75パーセントが彼の戦争と実行を承認する場合、同じ数は彼の最も御用でない領地である下落する経済および他の問題を質問します。しかし、ホワイトハウスには、テロリスト脅威を政治的な先入観にしておく明白なキャパシティーがあります。その公のショー、ポスト9月に対処する強いリーダーの等しく明瞭な受理。 11の世界。コンビネーションは、確かにリターンから国内の関係までブッシュ氏、および彼の父親がペルシャ湾で第1の戦争の後に受けた人気での生じる落下を救出するでしょう--まだこの帝国の大統領職がすぐには減少しない別の理由。

ブッシュ氏が、彼を歓迎するまさに部屋の憲法上の費用で獲得された彼の新しい力をあびて、イラクで勝利を発表するために議会の前で来る場合、これはすべてある反語のために役立ちます。

だからといって、これで私たちが驚くべきであるわけではありません。彼が1989年、卓越したアメリカの作家ロバート・ペン・ウォレン、すべてのキングズメンの著者、民主主義の扇動政治家に関する小説および独裁者に死んだ直前に、彼があまりにも多くの力とのもう一人の大統領を予知するかどうか尋ねられました。

「さて、それは恐らく誰も予知しなかった状況の下で最も期待しない人になるでしょう」と彼が言いました。「また、もちろん、それは議会からスタンディング・オベーションとともに来るでしょう。」

From republic to empire By ROGER MORRIS Monday, April 14, 2003


以上が機械翻訳したままの文章ですが、ほんの少し手を加えれば完全な日本語になります。このようにアメリカのトップレベルの論文が、パソコンで数秒で翻訳が出来る時代になりました。わざわざ英語の勉強の為にアメリカに留学する事は全く無意味です。もちろん金と暇と能力のある人は留学したほうが良いのですが、ほとんどの人の場合、金と時間の無駄遣いになります。

いずれパソコンやソフトが進歩すれば、同時通訳が出来るようになるでしょう。海外旅行に行っても携帯型自動通訳機が会話の不自由さを解消してくれるようになるだろう。私のホームページは日本語のホームページですが、いずれ英語のサイトも立ち上げてみたいと思っています。

ところで、竹中金融大臣は英語の達人ですが、その労力を英語の習得に時間を取られ、肝心の経済学のレベルがお粗末だ。今までなら英語の論文を日本語に翻訳するだけで大学教授が務まったのだろうが、IT時代のおかげで誰でも英語の論文が簡単に読むことが出来るようになった。これからは本当の大学教授としての能力が問われる時代が来たのだろう。




韓国ノムヒョン大統領の事大主義の悲劇
韓国は米国と中国のどちらの覇権を認めるのか


2003年4月21日 月曜日

◆事大主義には利点と欠点があります。通常の状態であれば「大」に依存していればいいのですからすこぶる楽です。軍隊なんか装備しなくても朝鮮が攻められたら親分(宗主国)が守ってくれます。国内のシステムも自ら作る必要がありません。どうせそっくり中国の真似をするしかないのですから。国号(国の名前)は中国に決めてもらいます。自分で決めてはいけません(「朝鮮」も中国(明)にお伺いを立てて決めてもらった国号)。元号は中国の元号をそのまま使います。独自の元号は作ってはいけません。漢字が至上です。漢字以外の文字は見向きもしません。

文学と言えば漢文・漢詩です。服も中国風にしました名前も中国風に変えてしまいました元の頃は服も名前もモンゴル風でした。チマチョゴリはモンゴル服からと言われています。強いものにはヘイコラするんですが、相手が弱いと分かると徹底的に痛めつけるという民族性が事大主義の中で培われていきました。ある意味利点ですが、この卑屈な精神の浸透と、固有の文化を育めなかった事実は悲劇としか言い様がありません。

また、事大は大が強大で1つしかなければ楽ですが、中国での王朝交替期の様に、大が変わるときはどちらに事えるか間違えば大変なことになります。また、大が複数になったときにも困ります。日韓併合前夜は清・露・日という3つの大がありました。朝鮮は伝統と強弱しか目に入らず、本当の友邦を見つけられませんでした…。

朝鮮を縛るもの 「事大主義の悲劇」より

◆韓国知識人の主張によれば、有史以来、千回も侵略を受けたが、すべて撃退したという。しかし、前述のように嘘である。ほとんどの場合、徹底的に叩かれ、連行を免れた者は属国の従順な民となって、宗主国に阿諛迎合したのである。唐軍も、モンゴル軍も満州軍の侵入のときも、その負け方は、たいてい似たり寄ったりである。それは新羅史、高麗史、李氏朝鮮史と諸史の原典記録を一読すれば細かく記述されている。中国諸史だけでなく、朝鮮半島の歴史も大同小異である。韓国知識人の多くは、なぜ歴史を直視する勇気がないのであろうか。

朝鮮半島の歴代王朝の国防政策は、たいてい専守防衛だから、兵数が少ない。李朝末期は数千人の単位程度で、ほとんど宗主国の防衛に頼りっぱなしだから北方から異民族が侵入してくると、たいていは城を棄てて逃げ惑い、農民はわめき、哭くばかりであった。たいがい敵が侵入してくると、各地方の軍隊は総崩れとなり、地方の長官は競って土地を献上し、帰順するか、逆に敵軍に従軍し、火事場泥棒を働く者も少なくなかった。

宗主国をかさに、高麗や朝鮮国王にゆすりたかりを働き、一族の利益を図るのが、朝鮮半島の鉄則のようなものだ。千余年来、たいてい同じようなことを繰り返したのであった。だから千年進入され、千回とも敵を撃退したのではなく、属国になると誓ってから宗主国が兵を引いたという歴史事実が繰り返されている。ではなぜ戦後になると韓国知識人の歴史歪曲が、日を追ってますます神話まがいのものまでに変化していったかというと、それはどの民族も自存自衛のために欠かせない民族の自尊心にある。

韓国は壬辰倭乱(豊臣秀吉公の朝鮮征伐のこと)で焦土と化した。だから三百年もへても立ち直れなかった。いやがうえにも倭乱のひどさを強調したいという気持ちはわからないでもない。しかし、考えてもみると、一回の大乱だけで三百年も立ち直れない民族は、世界中のどこにいるのか。もしあるとすれば、もっと恥を知るべきであろう。戦後、焦土化した日本は半世紀もたたずに再び経済大国になったではないか。千回も侵略され、すべての侵略者を撃退したという自慢話と、三百年も立ち直れないでいるという論理を矛盾すること もなく主張することに自己撞着はないのであろうか。韓国知識人はつねにこのような歴史歪曲で「反日」を正当化する。

韓国人の「反日」台湾人の「親日」  黄文雄著より

韓国のノムヒョン大統領は、韓国国民の反米感情を追い風として当選した。当選した当初は在韓米軍の見直しにも言及していた。私もそこまで言及していいものか見守っていましたが、米国自身が在韓米軍の再配置や撤退まで仄めかすなど、ノムヒョン大統領は、脅されると意見を180度変えてしまった。しまいにはイラク戦争に参戦するまでになっている。

去年は反米デモで、星条旗を引き裂くなど10万人規模のデモを行った韓国の若者達も、最近の反北朝鮮のデモで、北朝鮮の国旗を燃やしている。このように韓国の事大主義は政治家のみならず一市民まで染み付いている。私は「日本も韓国の若者を見習え」と去年書いたことがありましたが、その言葉は撤回しなければならない。

韓国の事大主義は、大国に対しては徹底的に媚び諂う反面、弱小国に対しては残酷なほど強く出る。韓国軍のベトナムに対する攻撃は残虐だった。日本に対しても、日本の政治家が弱腰と見れば徹底的に強く出る。だから日本の政治家が謝罪すればするほど、韓国は居丈高に成ってくる。日本の政治家は韓国の国民性を見て対応すべきだろう。

韓国の事大主義は「5000年」の歴史から染み付いている。事大主義の利点としては外交と防衛は宗主国に丸投げすることが出来る。だから国防に金を使う必要が少なく、頭も使わない。内政も宗主国の言いなりにやっていれば済む。まるで現在の日本のようだ。だからこそ私は「日本はアメリカの植民地」であると指摘している。それが60年近くも続いている。

事大主義はその癖が染み付いてしまうと、抜け出すのが困難になってくる。日本の知識人はすでに事大主義に汚染されている。親米派にしろ親中派にしろ事大主義者に変わりがない。日本人は朝鮮人たちのように事大主義者になってはならない。大国の覇権が強い時は問題がないが、米国が弱り、中国が強大化して二つの勢力が拮抗した時、日本は分裂してしまう。だから事大主義の朝鮮は二つに分断されたのだ。

自分の国を自分で守らぬ国は分断の悲劇が待っている。だからこそ私は憲法の改正を主張しているし、核装備や原子力潜水艦の保有も提言している。幸いアメリカ国内でも日本の核武装論が出てきている。ところが日本国内では極論暴論として話題にもならない。アメリカや中国といった超大国に挟まれると、事大主義は国家の分裂をもたらす。朝鮮半島の悲劇を日本にもたらしてはならない。朝鮮は自分の国を自分で守る意識が無いから分断されたのだ。




日経平均が20年前に戻ったことが意味するもの
最終的には株式市場は崩壊し日経平均2000円?


2003年4月20日 日曜日

日経平均株価が20年前の水準に戻っているのは、何も戦争が原因ではないのです。 買っても、買っても株券が出てくるからなのです。今まで『持ち合い』と称して、株券を市場から隔離し稀少性をつくり出し、世界と比較して高株価を演じてきたのが、日本の株式市場だったのです。バブル前までは、確かに日本の株式は、稀少性がありました。『持ち合い』で市場から隔離された株式が、企業・銀行に溜まっていたからです。 超大型株でも、浮動株比率が、10%以下という事例が多くありました。

ところが、バブルの時に、時価発行増資として、莫大な株式が市場に放出されたのです。今、過剰債務で苦しんでいる殆どの企業は、高株価で新しく株券を発行し、その集めた資金で、財テクと称して株を買い、土地を買い捲ったのです。本業そっちのけで、株・不動産等投機に走ったのです。 このバブルの時に集められた資金は、世界から調達した分も入れれば、総額で100兆円を超えるとも言われています。永遠に株価が上がり続けるのであれば、この集めた100兆円も確かに隔離するだけで素晴らしい収益を生み、見事な投資になります。

ところが、永遠に上がり続ける市場などないのです。どこかで調整があります。その調整が、今起こっており、今迄隔離された株が徐々に市場に出てきたのです。そして、今、この清算を迫られているのです。ところが、この清算する際に、大きな壁にぶつかってしまいました。買い手がいなかったのです。今まで目一杯買い込んだ法人・金融機関は、もはや売るしかありません。しからばとして、個人の≪郵貯満期資金≫をあてにしましたが、今まで散々損をしてきた個人は、殆ど動きませんでした。買うどころか、むしろ、売り越してきたのです。

あてが外れて、どうしたでしょうか? ≪年金資金≫や≪郵便貯金・簡易保険≫で買い出動したのです。 結果、これでも値下がりは止まらず、5兆円を超える莫大な損を抱え込むことになったのです。ここで、<究極の奇策>が登場します。≪株式買取機構≫や≪日本銀行≫で株を買い取らせてしまえ、と。実際、この<奇策>は動きだしていますが、更に株価は下落を続けています。 一向に売りが止まらないのです。買っても買っても、売りが出てくるのです。

この<究極の奇策>では、株式というリスク商品を、政府に転嫁してしまいました。どうせ、アフリカ並みに国債の格付けが下がっているのだから、ここで、日本政府が少々のリスクを抱え込んでも、大したことはない、となったものです。一旦、リスクを抱えてしまえば、後は、永遠に拡大していくだけであり、今後、この株式買い取り額は、天文学的に膨らんでいき、気が付けば、大株主は、<日銀>や<政府関係>だけになっていたということになるかもしれません。何せ、<日銀>が買い取った株を、市場で売ろうと思っても、誰も買い手はいないのですから、当然といえば当然です。

では、ここまで完結すれば、何が起こるでしょうか?答えは、≪完全管理相場≫の出現です。 政府の意向に沿った株価が出現することになります。3月期末の株価を一喜一憂することなどなくなるのですから、これほど、素晴らしいことはありません。今後、株式市場は≪管理相場≫に入り、投資家は居なくなります。既に、売買代金が急減してきており、信用取引残高も減少し続けています。極東アジアの片隅で、丁半博打が行われているとしか世界が見なくなれば、それは、日本経済の【死】を意味します。

既に、多くの外資系金融機関が日本から撤退しています。最も新しいところでは、ドイツ系のコメルツ証券が、日本株式から撤退すると発表しています。 シティバンク(本社)も、日本をアルゼンチン並みの危険国家に認定し、日本から全面撤退する準備を進めています。現在の日経平均株価は、この【死】を予想しているのだと言えると思っています。そして、日経平均株価は、いずれ5,000円を割り、最終的には2,000円をも割り込み、株式市場は崩壊することになると思っています。


ネバダ・エコノミック・エポート2003年4月1日号より


日本政府は経済団体から出された株価対策について、「いま、また税制改正することは考えていない」と突っぱねました。小泉首相は経済音痴だけあって、「株価に一喜一憂しない」と公言している。小泉内閣が発足して以来株価は14000円から下がり続け、今では7000円台だ。株式を保有する銀行や企業にとっては決算上大打撃だ。株式市場では売り手は想像できない位大量にあるのに比べ、買い手は年金などごく僅かしかいない。

私も株価対策については「株式日記」にて何度も提言してきましたが、日本政府は小出しの対策しかしていない。かなり大胆な対策を実施しなければ現状を打開することは不可能だろう。しかし小泉内閣ではその見込みが無いから株は下がり続けるのだ。現在では株式投資をしている個人投資家は僅かであり、東京でも証券会社の店舗を探し出すのは困難なほど整理されてしまった。証券会社の社員も20年前の水準に減ってしまった。

このようにしてみると日本の資本主義はすでに死んでしまったのだろう。日本の資本主義を殺したのは大蔵省、日銀の官僚たちと政治家達だ。しかし当人達は資本市場を殺したとは思っていないようだ。今日の「サンデープロジェクト」には住友三井の西川頭取が出演していたが、日本を代表するメガバンクが、いまや絶体絶命のピンチに立たされている事がわかる。彼らメガバンクの頭取たちは仕掛けられた罠にじわりじわりと追い込まれている。

しかしこれらの原因の多くは、大蔵省銀行局の護送船団行政に原因があり、銀行と企業とが株式を持ち合うことにより、外国資本による企業乗っ取りを防止することにあった。その戦略が破綻したのはバブルの崩壊によるものである。国際金融資本の日本経済乗っ取りは目標を達成しつつある。メガバンクが外資の手に渡れば、日本企業のほとんどが外資の傘下に入ったのと同じになる。

小泉内閣の「構造改革」とは日本企業を外国資本に売り渡すことにある。だから小泉首相は株価対策に興味がなく、景気対策も財政再建と優先して潰してしまった。17日の日記にも書いたように非常事態の日本経済を救うべき対策はいろいろ提案されている。スティグリッツ教授が指摘しているように、ルービンやサマーズ米財務長官がやってきたことは間違いだ。しかし彼らは間違いを認めようとしない。日本政府も彼らの言うとおりやってきたのだが、どちらについていいのかわからないのだろう。

昨日のNHKスペシャルで「アメリカの個人破産」をやっていましたが、アメリカのバブルの崩壊もいよいよ本格的にやってくるようだ。株バブルが崩壊して不動産バブルも崩壊しつつある。アメリカの消費も限界だ。世界の景気をひっぱって来たアメリカの消費が落ち込めば、アジアや日本の景気も落ち込む。いまや「構造改革」よりも日本経済の生き残りを考えたほうが良いようだ。naga氏によると欧米もこれから10年は日本と同じような道をたどるとしている。

日本という国は実に不思議な国であり株価が8000円を割り込んでも国民の多くに危機感はない。それは今までにクソほどやられ続けた個人投資家がソッポを向いた事もあり、一般家庭の株式保有比率が著しく低いせいもあるが、実は国民レベルではまだまだ豊かなんだろうな。若い女の子が自分専用の自家用車を持ち、ブランド物を買い、携帯電話に何万も支払い(この携帯電話という娯楽をもっと安くしないと消費は伸びないと昔から考えている。昔はなくても生きていけた。社会の悪や。)世界レベルで見れば贅沢すぎる。同時にこの事は会社を興してリスクを取っても経営者と労働者の間に賃金格差は生じにくい社会構造となっており、活力も失われていく。昨年、マカオのカジノに行って来た。日本人が腰を抜かすような大きな勝負をやっているのは、豊かに見える香港人ではなく、社会主義のイメージが強い中国本土の金持ちだった。
おそらくは利権を持つ何かを有しているのか?もしくは多くの低賃金労働者からの富の搾取をしている経営者なのだろうな?一見悪のように見える低賃金労働者からの富の搾取だが、それだからこそ人は経営者になるというリスクを取るのではないだろうか?一般労働者の給料が高すぎ、社会インフラも高すぎ、税制面でも非常に厳しい今の日本では新たな企業家など出てくるほうが不思議や。
少なくともわしはもうやりたくないな。疲れるもん。
さて、こんな不思議な国、日本やけど、未だに欧米諸国に向かって胸を張れる事が残っている。それは、日本こそが世界で一番早くバブルが弾けた先進国家だという事である。それを生業とする人たちが米経済についての細かい分析をしておられるが、ダメダメ!米市場の本格回復なんてありはしない。欧米の株式市場のこの先の10年間の動きは日本株の歩んできた道と同じになるだろう。
ただ、そういう意味では日本株は独歩高していける場面もあるはず。と思って待ち続けているんやけどな・・・・・
やっと底割れしたがスッキリするまで下げるかどうかは例によってウルトラマン次第。目先の下値のメドは先日まで底入れ底入れと騒いでいた(過去の日柄や値幅の説明だけが妙に上手で遠い未来が見えないヘッポコアナリスト)達が言っている下値まで届けば目先は充分だろう。ただし、わしはそこから先の相場予測が違うんやけどな。
優良株の下落がスゴイな・・・・・・???何、代行返上売りによる需給悪化だってか・・・・・今頃そんな事言ってどないすんねん?でも優良株の下げの直接の原因は違う。違うからこそ後が怖いな。
とりあえず、買っていくイメージは一度持ちたいとも思うが5年、10年先を見て投資する本物の大金持ちはまだ笑って見ている段階だろう。ただ流れは非常にハッキリしているので準備して待つ段階にあると思う。


naga2383の辛口トーク




「『白人スタンダード』という新たなる侵略」
清水馨八郎著 日本語を世界の公用語にせよ


2003年4月19日 土曜日

近世五〇〇年、地球上の三パーセントの陸地に住むヨーロッパ白人が、地球上の五分の四を植民地として支配してしまったことは、先にも述べたが、中でも強力なアングロサクソン族である英米人は、単なる地方の自然言語にすぎない英語を武器に、世界制覇を進めていった。非白人は英語を世界語に祭り上げられ、その前にひれ伏し、自らその奴隷とな っていることに気がついていない。英語は他民族を植民地人化する帝国主義の手段であり、尖兵だったのである。英語はイギオロギーであり、権力なのだ。今や世界は、英語文の明圏の世界覇権に呑み込まれようとしている。

国際化とは英語化のことだと考え、英語万能論をこのまま押し進めてゆくと、各民族の持っている固有の文化が次々に侵食されてしまうおそれが生じる。事実、情報社会のインターネットで、米国は圧倒的な優位を確実にしつつある。全世界は核の傘に代わって、英語情報の傘で覆われてしまい、世界は英語によって完全に支配されてしまうだろう。これは英語帝国主義と言ってもよい。

戦後の日本では「国際化」という言葉が、舶未、上等、一流、インテリを意味する枕ことば詞として軽々しく流行している。今は英語の普及度が国際化の尺度になってしまっている。これはあくまで植民地的レベルのことなのである。これからの日本での国際化とは、英語が外国人のように流暢に話せるようになることではなく、世界の人々に対して、いかにして秀れた日本語を普及させていくかの過程でなくてはならない。従来とは全く方向が逆になったと知るべきである。

世界の先進国、途上国の中で日本人ほど英会語の下手な民族はない。 それなのに日本ほ ど官民挙げて英語教育に熱心な国もない。中学以上の学校教育で英語は必須課目で、卒業まで一〇年以上も英語を勉強しながら、ほとんどの人が身につけていない。街には、いたる所に英会語学習塾があってブームになっているのに。

このように涙ぐましい努力にもかかわらず、日本人の英全話下手は世界の定評になっている。いったい、これはなぜだろう。従来の識者、文化人は、教授法の巧拙などの技術面を強調してきたが、それにもかかわらず一向に上手にならない。このような熱心な原因分析や学習方法の改善によっても実効が上がらぬ理由は何であろうか。

私はかねてから、日本の英語教育は文明論的視点を欠いていたのではなかろうかと考えてきた。そして文明の長期的展望からして、日本人だけが英語文明にどうしても馴染めないのは、実は神が決めた宿命で、人類にとって幸福なことではなかったかと考えるようになった。こうした文明論的視点に立って、もう少し具体的に日本人の英語下手の根本原因を検討してみょう。

スイスはヨーロッパ大陸の真中にあって、周辺を列強に囲まれている小国だ。彼らは自国語のほかに三ヶ国語を自由に話す。それは北からドイツが攻めてきたらドイツ語で、西からフランスが来たらフランス語で、南からローマが来たらイタリア語で対応するためで、国家自衛の保身術から宿命的に外国語を修得しているのだ。近世五〇〇年は、白人の世界植民地支配の歴史であった。宗主国は当然のように自国語を植民地民族に強制し、現地人の母国語を野蛮だとして排除し、言語による文化侵略を続けてきた。植民地の住民も、主人である宗主国に阿て、進んで西洋語を操り、文明人やインテリになろうと努力してきた。

フィリピンはスペインの植民地時代を経て米国の植民地へとつづく五〇〇年もの間、白人の支配下にあった。今でも英語が公用語になるほど、大統領から庶民まで英語がペラペラだ。その結果、母国語のタガログ語が使われなくなりつつある。本未の自国文化を失った国は、立ち上がるのが容易ではない。フィリピン人は英語上手だが、国は世界有数の貧しい国に成り下がっている。インドもイギリスの支配が長かったので、英語をヒンディー語に並ぷ公用語の一つとしている。しかしインド人は英語は上手だが、貧しさから脱出していない。東南アジアの国々も、アフリカ諸国も、植民地統治が長かったから西洋語は上手に話せるが、いずれも貧困国に留まり、自前の文化が育っていない。

これに対して日本だけが、非白人の中でこの五〇〇年一度も白人の植民地にされなかった国家である。一般国民は英語など全く話せなくとも一生暮らせる、例外的に幸せな国柄だったのだ。他の非白人国のように、仕事を得るために安全に生きるために、英語を覚えなければならないという必要を全く知らないで暮らしてきた。つまり外国語を知らねばならぬという切実な必要性がなかったのである。一般の日本人にとっては、英語が片言話せればハイカラでインテリぷれる、国際人らしく見られるといったアクセサリー程度の必要性にすぎなかった。

言葉は各民族の文化の基本要素である。アイデンティティを主張する唯一絶対の条件である。それを忘れたり失った民族は、容易に立ち上がれない。日本は幸い非白人の中で英語侵略を免れた唯一の国である。英語が非白人の中で世界一下手だったから、その中で独自文化を保って、世界有数の豊かな文明国に成り上がることができたのだ。英語下手は誇るべき日本文化だと断言できるのである。英語の世界一色化の中で、日本のような国が一つでもあることは、人類にとって幸いなことだったのである。

ドイツは一八〇七年、ナポレオンに首都ベルリンを踏みにじられたが、時の哲学者のフィヒテは、ベルリン大学で「ドイツ国民に告ぐ」という大演説を行ない、「ドイツ語を失 わない限り、よみがえ甦る限り、 ドイツ民族は滅びない」と叫んだ。フィヒテはドイツ語の中にドイツ魂が必ず祖国は復興するものと確信していたのである。

日本人の英語下手の第一の原因が植民地にならなかったことにあるとすれば、第二の原因は次に挙げるような日本語の秀れた特性の中にあった。それは日本国民のすべてが日本語という高度の言語を完全に身につけ武装してしまっていたからである。このため、あえていえば、より低級な英米外来語に、どうしても馴染めないのである。

言語学者によると、世界には二七九四の言語があるという。その中で日本語は仲間を探すのが困難で、ひとり孤立しな言語である。同じ漢字文化圏と言われながら、中国語とは文法、発音がまるで違う。日本と韓国は隣り同士で文化同源といわれ、語順こそ共通点があるが、ヨーロッパの英独仏語間にある類似性を、日本語と韓国語の間に見ることはできない。このように見ると、日本語は世界の言語地図の孤児である。

最近になって日本語は世界のブームになりはじめているという。とくに学者、文化人に人気があるという。それは目本語さえ知っていれば、世界の文献を読むことができるからだ。日本は世界最大の翻訳文明の国だからである。日本人は謙虚で、海外のものは何でも積極的に取り入れようとしているからだ。ギリシャ神話も、ハンムラビ法典でも、途上国の史書でも片っぱしから翻訳している。世界の文献は日本に来ればすべて日本語で読めるといわれている。その翻訳量は英語の約一〇〇〇倍とのことだ。英米はすでに世界の先進国に突出してしまっていると思いこんで、途上国の文献など翻訳する価値がないと思い上がっているからである。

以上のような事実からも、日本語は世界で最も秀れな言語で、人類の宝である。だから日本での学校教育では、まず国語の本質を徹底的に学ぷことである。それなのに、政府は二〇〇二年から新学習指導要領を改定して、小学生から英全話を導入するという。それも国語を削って、その分英語に振り向けるという。これからの国際化は英語より、日本語がより大切だというのに。青少年を真の国際人に育てるためには、まず真の日本人を確立することから始めねばならない。目下の英語優先教育は、まさに逆コースである。小学生には英語より何より国語が必要なことを、識者はしっかりと宣言すべきである。

「白人スタンダード」という新たなる侵略 P109-P121


昨日のNHK-BSで「エリザベス」というイギリス映画を放映していましたが、ハリウッド映画と違って史実に近い考証と演出でした。エリザベス女王役も肖像画をもとにメイクをしていた。それにしてもイングランド人は謀略と陰謀の大好きな国民のようだ。エリザベス女王は内外の敵を滅ぼしながら国を立て直してゆきます。特にフランスは強敵でありエリザベスは婚姻により国家の安泰を図らねばならぬほどだった。

イングランドは1066年のノルマン人の征服によりフランス語と、ラテン語が公用語となり、分野によっては18世紀ごろまでフランス語が使われていた。だからフランス語が公用語だから一般庶民もフランス語を話せるようになったかというとそうではない。聖書なども英語に翻訳されたのは17世紀に入ってからだし、フランス語やラテン語を話したのは貴族や聖職者に限られた。

ヨーロッパだからといって何ヶ国語も話せる人はわずかだ。スイスやオランダなど小国でありながら民族が入り組んでいるところは、例外的に数ヶ国語話せる人がいる。このように見ると外国語の言葉を習得するのは一般的にかなり困難なことだ。同じ文化圏の言葉ですらそうなのだから、全く異なる文化の言葉となると習得はかなり困難だ。

日本政府はかなり強引に英語教育を進めようとしている。英語を第二公用語としようとする意見すらあるほどだ。学校教育などで英語の授業に費やされる時間は非常に多い。政治家や文部官僚は何故そこまでして日本国民に英語を強要しようとするのだろうか。それはGHQによってすっかり植民地根性が染み付いてしまったからだ。

イングランドなども200年以上もフランス語が公用語として強要されながら、やがては自国語を復活させた。そして現在では英語を世界の公用語として通用させようとするところまで来ている。だから日本が世界一の文化国家となった暁には、日本語を世界の公用語にしようとするくらいの気構えを、日本の政治家や文部官僚は持つべきである。

逆に欧米人で日本語を話せる人が極めて少ないのは何故だろう。文化の違いもある。アジア文化を見下している面もあるだろう。しかし語学の専門家レベルでも日本語を完全にマスターしている人はほとんどいない。世界一複雑で種類の多い文字を使用しているからだ。だから日本語で書かれた文書を欧米語に翻訳することは困難らしい。日本語がワンランク高度な言語だからである。

バイリンガルのすすめ 金川欣二




イラクの次はシリアを攻撃するのか
米国はイスラエルに乗っ取られた。


2003年4月18日 金曜日

米国は新たな帝国へと歩みだしつつある、いや、米国は世界の平和定着と人道介入のためその役割を担うべきだ、それを前提として外交を進めるべきだ、といった意見も米国内には出始めている。かつての「米帝」批判とは違う帝国容認論である。

もっとも、米国民は自分の国が帝国呼ばわりされることを嫌う。神学者のラインホールド・ニーバーはかつて「自らが帝国主義であるとの認識を死にものぐるいで避けようとする」米国の性格について語ったことがあるが、ブッシュ大統領も「米国は拡張する帝国は持たないし、確立するユートピアも持たない」(ウエストポイント演説)と述べている。このほどワシントンで会ったホワイトハウスの高官はこの話になると「米国民は植民地を求めないし、それを持たない。欧州列強のかつての帝国とは全く違う」と米帝国論をムキになって否定した。ラムズフェルド国防長官の言う「古くさい欧州」と一緒にされては困ると言わんばかりだ。

たしかに米国の世界への拡張は領土や植民地目当てではないし、米国には英帝国のような植民地官僚・帝国官僚はいない。ただ、米国は世界130カ国に757カ所の軍事施設を持っているし、国防総省140万人の職員・軍人のうち24万7千人が海外に勤務・駐留している。同盟と基地を世界中に張り巡らしている。

イラク戦後、米帝国は渋々世界に参画させられてきた「ためらう帝国」から、野心に満ちた「はやる帝国」へと孵化(ふか)するかもしれない。戦後、国連を表に立てて「国づくり」を進めるにしても、米国は軍、治安、情報などの核心部分は握って、放さないだろう。イラク戦争そのものは石油のために戦われたのではなかったとしても、戦後は石油をめぐる各国間の戦いとなる可能性が強い。

ネオコン(新保守主義者)たちは、イラクにおける親米政権を軸とする中東の新たな支配体制構築を夢想し、「自由、民主主義、市場原理」という自らの価値観を世界大に広げることに熱中している。おそらく、強国と帝国の違いの一つは、強国が他国の外交における行動を変えさせようとするだけなのに対して、帝国は他国の内政における行動までを変えようとすることにある。この点、ブッシュ政権の「体制転換」路線は立派な帝国ドクトリンと言えるだろう。

「米国は新たなる帝国か」 船橋洋一 「日本@世界」より

ブキャナンは開戦後、「だれの戦争?」という論評で、ネオコン攻撃ののろしを上げた。

「彼らの傲慢さと、うぬぼれと、好戦的態度のせいでわれわれは世界中のイスラムと西欧社会の友人と同盟国を疎外してしまった」 「彼らの政策はシャロン(注)の利益になるかもしれない。しかし、はたして米国の利益になるのだろうか」 「この戦争は、ハンチントンが警告した『文明の衝突』を引き起こすことになりかねない。それは米国にとってまさに悲劇であり災難となるだろう」

「ブッシュ大統領はこれらのネオコンの罠にはまってしまっている。冷戦時代、2世代にわたってつくりあげてきた平和をかなぐり捨てるように」 「彼らは批判する者を反ユダヤ主義者と非難する。それは間違っている。イスラエルにとってよいことは米国にとってよい、との彼らの前提そのものが間違っているのだ」


私の友人の大学教授(国際政治専攻)は、このブキャナンの論評を読んだ感想を次のように漏らした。「ブキャナンの書いたものなど、これまで一度も読んだことはないし、これからもないだろう。しかし、ある人に言われてそれを読んでみて、そのとおりだと思った。そして、何かとても情けない気持ちになった」

ブキャナンには反ユダヤ主義的言動がある。いかにメッセージに真実が含まれていてもメッセンジャーが怪しげでは、そのメッセージ力は損なわれる。しかし、そうした暇疵を承知しても一流の国際政治学者がなおそれに言及したくなるほど、ネオコンに対する不安と警戒感もまた強まっているのだろう。ネオコンは勝ち誇っている。


「勝ち誇るネオコンの落とし穴」 船橋洋一 「世界ブリーフィング」より

日本のニュースや報道番組を見ていると、アメリカ国内ほどではないにしろ、ユダヤ資本によるマスコミコントロールが効いている様だ。ネオコンに対する扱いが多くなってきましたが、イスラエルに対する報道が規制されているような気がする。アメリカがこれほどイラク攻撃に引きずり込まされたのは、明らかにイスラエルが関係している。日本にもADLの監視体制が引かれているからだ。ADLについては2002年9月2日の日記の「ユダヤの告白」を見てください。

実質的なアメリカの大統領はブッシュではなく、イスラエルのシャロンがアメリカを支配しているようだ。イラク攻撃にしてもシャロンの言うがままに実施された。アメリカの政界はイスラエルの工作機関のモサドに弱みを握られているのだろう。その事も「ユダヤの告白」で述べられている。最近はシャロンは次のようなことを言っている。

[エルサレム 15日 ロイター] イスラエルのシャロン首相は、シリアのアサド大統領は危険な人物で、リスキーな過ちを犯しがちだとして、米国にシリアに対する圧力を強めるよう訴えた。
 日刊紙Yedioth Ahronothに述べたもの。
 同首相は、「アサド(大統領)は危険だ。彼の判断はおかしい」と述べ、米国は、シリアに対してヒズボラ・ゲリラやパレスチナ過激派グループを追放するよう「強い圧力」をかけるべきだ、と語った。(ロイター)
[4月15日22時23分更新]

船橋洋一氏のコラムを読むと、アメリカにおけるネオコンに対する危惧が指摘されている。アメリカの知識人たちもネオコンに対する危険性を指摘している。しかしながらネオコンのマスコミに対する影響力は絶大だ。彼らは毎週のようにテレビに出演し、テレビを用いた世論操作術は非常に巧みだ。これらはテレビを用いたキリスト教のテレビ伝道師たちのテクニックが応用されているのだろう。広告代理店も世論形成に大きく役立っている。

以前だったら、私がこのようなことを書いても「ばかばかしい陰謀論」として相手にされなかっただろう。しかし実際にイラク攻撃が実施され、多くの米英兵とイラク人が亡くなった。しかし戦死した人たちの映像は流されず、アメリカ兵を歓迎するイラクの子供達の映像ばかりが世界に配信されている。アメリカ兵は最初はバクダッドの治安には関与せず、略奪の横行を煽っていたようだ。

船橋洋一氏のコラムによると、ネオコンの基本的考え方は次のようなものだ。

ネオコンは民主主義は輸出できる、と信じている。米国型の民主主義は、イラクに輸出できる、できるはずだ、それはイラクにとどまらず、中東一帯に広げていくことができる。つまりは、民主主義ドミノ論である。ウォルフォウィッツはレーガン政権で、東アジア担当の国務次官補を務めた。

専制政治の弊害が目に余ったフィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領を見限り、フィリピンの民衆革命の引き金を引いた。インドネシアの大使を務めたこともある。世界最大のモスレム人口を持つ国である。ここもスハルト後、民主化へと移行した。東アジアでできたことが、なぜ中東でできないのか──。 ここはほとんど挑発に近い。

 ネオコンの基本的な考え方は、
(1)世界のどの国だろうと、米国の覇権(ヘゲモニー)に対して挑戦することをあきらめさせる。
(2)米国に敵対的な国が大量破壊兵器を保有するのを阻止する。そのためには、政権転換(レジーム・チェンジ)も辞さない。
(3)大量破壊兵器の拡散とテロリズムの蔓延という新たな脅威に対しては抑止力だけでは不十分であり、ミサイル防衛を主とした防衛カを強化しなければならない。


これを読めばアメリカのネオコンが、いかに危険で荒っぽい帝国主義者であることがわかるだろう。日本やフィリピンやインドネシアの首相や大統領は彼らの意のままだ。そのような体制を中東に築こうとしている。日本があまりにもアメリカの権力者の言いなりになっているから、アメリカが思い上がって、このような世界にしてしまったのだ。言い換えればネオコンの暴走を食い止められるのは、日本のアメリカからの真の独立だ。




「政府も紙幣発行」スティグリッツ教授が財務省で講演
「銀行を潰して構造改革」と言うのは官僚が無能な証拠

2003年4月17日 木曜日

◆スティグリッツ教授は、日本経済についてはほとんど言及していないが、実は、「早く不良債権を処理して、腐った企業を淘汰し、解雇すべきものは解雇しろ」という市場原理主義によるショック療法の弊害は、残念ながらいまの日本にもぴったりあてはまる。日本の「小泉改革」はこれとそっくり同じ政策なのである。本書を読み進めていくと、世界各地でスティグリッツ教授が発展途上国で見てきたことと同じことがこの国でもいま起きているのではないかと、恐ろしい感じにとらわれるのである。

腐った企業を淘汰して労働力を新しい分野に移動させよということがいま日本でよく言われている。 完全雇用のときに新しいものをつくるために生産性の低い古い分野を淘汰するのは当然である。そうでないと人も資源も新しい分野へ移らないからである。ところが、いまの日本は完全雇用とはほど遠い。『日本経済生か死かの選択』(徳間書店)でも指摘したように、三七〇万人が失業していて、ホームレスの数がこれだけ多くなっているときに、「とにかく不良債権処理だ。企業をどんどん潰せ」というのは本当に恐ろしいことなのである。

スティグリッツ教授も言うように、低生産は失業よりましなのである。失業はゼロ生産だから、低生産とゼロ生産を比べたらまだ低生産のほうがいいのである。竹中経済財政担当大臣は解雇されてもITなどより生産性の高い仕事が生まれるという理由で五〇〇万人の雇用が創出されるなどと言っているが、スティグリッツ教授は「それほど瞬時に雇用が創出されると信じているエコノミストはほとんどいない」と、ばさっとそれを斬っている。

雇用創出の必要条件が整う前に雇用破壊につながる政策を強要したら経済はもたない。新しい産業がまだ出てきていないのにどんどん古い産業を潰していけば、回復どころか傷口をどんどん拡大してしまうだけである。マクロ経済の現状を無視して不良債権処理をどんどんやるというのはそういうことなのである。やはり先に経済を再生して、それから潰すべきものは潰すという順番が大事なのではないだろうか。

雇用破壊の問題でもう一つ考えなければならないのは、社会全体の安定を維持しないと投資も入ってこないということである。とくに海外からの投資はますます入ってこなくなる。たとえばどんどんホームレスが増えてしまって杜会的不安が高まり、犯罪率も上がるというところに、国内のお金や海 外のお金が入ってくるはずがない。社会は安定して人々は一生懸命働いていると思うからこそ、お金も入ってくるからである。

日本でも九七年の橋本総理の時代にこのことが一回起こった。橋本総理はワシントン.コンセンサス、とくにウォール街のアセット・ストリッパーたちの声を聞いてしまった。「とにかく腐った銀行を潰してその資産を市場で売っていけば、その資産を買った人たちは前向きな発想ができる人たちだから、それらが活用され景気がよくなる。だから、早く腐ったものを売って、それを活用できる人たちの手に渡して、それで景気をよくすべきだ」と。その話に乗って「改革」を叫んだ結果、経済全体がおかしくなってしまった。

北海道拓殖銀行や山一証券を潰すというあの一連の決断はワシントン.コンセンサスと一致していたが、やってみたら日本経済全体がおかしくなってしまったのである。経済全体がおかしくなると日本の資産を買いに来た外資の人たちはみんな帰ってしまった。なぜ帰ってしまったのか。彼らが日本で資産を買うには、この資産が将来どのような利益を生むかという予測を明記して母国の最終投資家に示さなければいけない。これを「デューニァリジェンス」と言うが、経済全体がおかしくなったらデューニァリジェンスの作業はできなくなる。

経済全体がデフレスパイラルに陥ったら、次の年の収益がどのくらいになるかわからなくなるからである。そうなると、商売は上がったりになってしまうのでみんな帰ってしまったのである。スティグリッツ教授も強調しているように、本当に経済、社会の安定が失われて、たとえば暴動が起こるような事態になってしまったら外資が入ってくるはずはないのである。

橋本総理も最後には気づいて財政を出動させたが、橋本内閣で一六兆円、小渕内閣でさらに二四兆 円、それに六〇兆円の金融対策をやって、結局は一〇〇兆円かけてようやく日本経済は安定を取り戻した。この経済対策によって日本経済が安定したらまた海外から投資家が戻ってきた。長銀や、いくっかの保険会社を外資が買うという話も出てきた。しかし、本当にどん底に向かっているときはだれも来なかったのである。日本でも本書で取り上げられていることと同じようなことが起きていたのである。そして九七年と同じ失敗が近年の構造改革至上主義のなかで犯されようとしているのである。

また、スティグリッツ教授はIMFのいわゆる無謬性、秘密主義についてもずいぶん言及されているが、無謬性、秘密主義は日本の財務省にもそのままあてはまる話である。これだけ財政再建で失敗したのに、なぜ相変わらず財政再建と言うのか。答えが一つしかないのはIMFとまったく同じである。間違いが何回もおかされてバランスシート不況から脱却するチャンスを何回も潰してきたにもかかわらず、それを財務省は認めようとしない。

認めないどころか、財務省の官僚はこそこそと政治家を回って、われわれ納税者が納めたお金で彼らの間違ったプログラムを推進しようとしている。官僚がそのような行動をとることについて、国民はなんの相談も受けていないのにである。もっとオープンな議論をして、IMF同様、こういう秘密主義を是正する必要があるのではないだろうか。

こうして見てみると、本書で書かれていることは単に発展途上国の話ではなくて日本のことでもあることがよくわかってくる。世界経済の危機の構造を理解できるだけでなく、日本経済を考える上でも貴重な示唆に富んだ本だということが言えるのである。

J・E・スティグリッツ著「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」の解説 リチャード・クー

◆「政府が紙幣を発行することを提案したい」−一昨年ノーベル経済学賞を受けたスティグリッツ米コロンビア大教授は16日、東京・霞が関の財務省で講演し、日銀が発行する現在の紙幣に加えて、政府も紙幣を発行するべきだという考えを示した。デフレ対策や財源確保をその狙いとしている。政府の景気対策も手詰まり感が漂っているだけに、著名学者の提案は今後の景気回復の論争に一石を投じるかもしれない。

スティグリッツ教授は、紙幣を発行して国の負債の一部を賄うほか、銀行への資本注入にも利用できると説明。発行量に歯止めがかからず、インフレを招く恐れについては「日本政府は抑制力があり、(紙幣発行が)適正量なら、望ましいインフレになる」と持論を展開した。会場では、日銀の岩田一政副総裁が「紙幣発行で財源を賄うのは反対」と発言。前財務官の黒田東彦・内閣官房参与も「日銀が大量に国債を購入するほうが現実的だ」と反論した。
 教授はこのほか「円安はデフレを終結させ、景気回復の手段となる」と、為替相場の円安誘導を主張。消費税の減税を一時的に実施し、消費の拡大を目指すべきだとも指摘した。

ZAKZAK 2003/04/16

ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のスティグリッツ教授が、財務省で講演をしたと言うニュースがあった。ようやく財務省のキャリア官僚たちにも、全く新しい発想の経済政策に目が向いてきたようだ。財務省のキャリア官僚はデフレスパイラルに陥った日本経済に、デフレ政策を推し進め、株価は20年前もの水準まで落ち込み、景気を冷え込ませた結果、税収はますます落ち込み、歳入欠陥は40兆円にも及んだ。

このようになることは私は小泉内閣が発足した当初から指摘している。リチャード・クー氏も以前より財政出動の必要性を説いていた。ところがほとんどの日本の経済学者やエコノミストは、財政再建と構造改革の大合唱をはじめ、リチャード・クー氏は袋叩きになってしまった。テレビなどでは構造改革論者の竹中平蔵氏がスターとなり、経済相のみならず金融相まで担当するまでに抜擢された。

財務省のキャリア官僚にしろ、竹中平蔵大臣のような経済学者たちは何故政策を間違い続けるのだろうか。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言うが、彼らは経験した事からすら学べなかった。ようやく財務省の中にスティグリッツ教授の話を聞いて見ようと言う動きが出てきたことはいいことである。しかし日銀の岩田副総裁や黒田内閣参与たちは異論を挟んでいる。

スティグリッツ教授はIMFなどの国際機関の政策が間違っていることを指摘し、最近になってIMFなどもその間違いを認め始めている。彼らは何故間違えたのだろうか。アメリカにとってはプラスにならず、発展途上国には明らかにマイナスになる事を強制した。それらは一部のウォール街の連中の利益になった。ルービンやサマーズ元財務長官は彼らの代表だ。日本の大蔵省の官僚や政治家は彼らの言われるがままに「経済改革」を行った。このような国際金融資本による陰謀ををスティグリッツ教授は次のように書いている。

失敗がこれほどの規模になった原因の一つは、傲慢さにある。人は自らの誤りを認めたがらないものだ。これほど大きな誤りをおかし、こんな結果を招いてしまったのであれば、なおさらである。フィッシャーもサマーズも、ルービンもカムドシュも、IMFもアメリカ財務省も、自分たちの政策が見当ちがいだったとは思いたくなかった。私の目から見れば、彼らの失敗を示す証拠は歴然としていたのだが、彼らは最後まで自分の見解を押し通そうとした。

だが、アジアにはそれ以外の説が多く流布している。その一つが、陰謀説だ。私はそうは思わないが、この説によると、IMFの政策は故意に東アジアの力を弱めようとしたものか、あるいは少なくとも、ウォール街をはじめ金融の中心地にもっとお金が流れこむようにするための計画的な作戦だった、というものだ。こうした考えがでてきた理由は理解できる。IMFは最初、アジアの国々にたいして市場を投機的な短期資本に開放するようにと言った。各国がそれにしたがうと、大量の資金がいきなり流入してきたかと思うと、また急にでていった。するとIMFは、利率を上げて緊縮財政を実施しろと言った。その結果、深刻な景気後退が起こったのである。

資産価値が急落すると、IMFは損害をこうむった国々に、特売価格にしてでも資産を売却せよと進言した。さらに、こうも言った。会社にはしっかりとした外国の経営陣が必要であり、そのためには外国人に経営をまかせるだけでは不十分で、外国人に会社を売らなくてはならない、と。その売却業務を行なった外国の金融機関は、かつて資本を引き揚げて危機を加速させた当の金融機関と同じだった。これらの銀行は、経営難におちいった会社の売却や分割で多額の手数料を手にしたのである。ちょうど、最初にこれらの国々への資金導入で多額の手数料を手にしたように。

事態が進展するにつれ、冷めた見方はますます強くなった。こうしたアメリカとその他の国の金融機関は再構築をほとんど実施していないではないか。彼らはただ資産を保持したまま経済が回復するのを待って、特売価格で買ったものを通常価格で売って儲けているだけではないか。私自身は、もっと単純な一連の説明がつけられると思っている。IMFは陰謀に加担していたわけではないが、そこには欧米の金融界の利害とイデオロギーが反映されていたのだ。IMFの秘密主義は、政策についても機関そのものについても、徹底的な吟味をしにくくさせている。政策を綿密に吟味していたら、東アジアの状況にふさわしいモデルを使って、よりふさわしい政策を採用できていたかもしれない。東アジアにおける失敗には、多くの面で開発や移行における失敗と共通するものがある。この共通の原因については、八章と九章でくわしく取り上げることにする。

(「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」P190-P191より)

このように小泉・竹中内閣は、ルービンたちの国際金融資本の言われるがままに政策を行っている。しかしその小泉内閣は日本国民から大きな支持率を得ている。なんでだろう。日本の銀行は次々とハゲタカファンドに買収されている。最近は自殺者も毎年3万人を超え、若い人の練炭を使った集団自殺が流行のようだ。学校を卒業しても就職口が無いからだ。

政治家も官僚たちも国民も思考能力を失くしてしまった。選挙があっても国民は誰を選んでいいのかわからない。だから選挙にも行かない。無気力、無関心、無責任のほかに無思考の催眠状態になっている。考える事が仕事の学者達も質的低下が著しい。スティグリッツ教授は「早く日本人よ目を覚ませ」と、言いに来たのだろう。

政府貨幣の理解 経済コラムマガジン




米国の馬鹿息子は父親の仇を取る為に
サダム・フセインの韜晦戦術にやられた


2003年4月16日 水曜日

イラクのほぼ全都市が陥落したにもかかわらず、アメリカ軍はいまだ「解放軍」になり得ない。それどころではない。中東の国々のなかでも、イラクほど数多くの革命とクーデタ、反乱と蜂起を経験している国はない。革命やクーデタが成功して「解放」が告げられる.とき、つねに残酷の色彩に色どられている。

.◆数多くの革命と反乱

一九五八年、イラクの青壮将校が革命をおこして、三十八年問におよぶハシム王家を倒したとき、国王と撮政と宰相三人のばらばらに引き裂かれた遺体はバグダッドの街を引きまわされた。その革命を指揮したカセム将軍も一九六三年のクーデタにあって、遺体は広場にさらされた。カセムを倒したアレフ大佐は陰謀の飛行機事故で死亡し、バース党のクーデタヘの道をひらいた。バース党天下を応用して、独裁をきずいたのが二十五年間におよぶサダム体制であった。バグダッドの広場に立つサダムの銅像を倒して、首と胴体を切り離し、足蹴にする群衆の姿がアメリカのテレビで流された。

占領正当化の「儀式」

なにやら、昔の「解放」の悪霊がよ みがえったような光景であった。アメリカ軍はこのような「儀式」を世界に放映することによって、バグダッド市民がいかに解放されたかを印象づけ、占領を正当化しようとする思いがあったにちがいない。だが、サダムの顔を星条旗でおおったとき、どこからも喜びの声はあがらなかった。改めてイラクの国旗でおおったとき、歓声がきこえた。

民衆にとってのサダムはたぐいなき暴.君であった。だが、アメリカの圧倒的武力がかれらの こころの底に宿しているワタニーヤ(祖国愛)の連帯を打ちくだいてしまったことに一層深刻な屈辱をおぼえている。サダムのアメリカに対する反抗への支持は、そうした連帯感の一部でさえあった。だから、アメリカのカーフィル(不信仰者)がその破壊力でサダムを倒したとする事実はたやすく受けいれられない。

見つからない「敗者」

アメリカは戦闘に勝ったが、「敗者」がみつからない。イラクを代表する責任者の降伏によって軍事的勝利が確認されない限りは、英米軍は侵攻してきた征服者にとどまらざるを得ない。まさか、銅像の 首に降伏をもとめるわけにもゆくまい。ところが、サダムとその一党は魔術使いのように蒸発してしまった。あの独裁体制では、サダム後のイラクを代表して降伏をなのりでる資格をもった人物など育ちようもなかった。

サダムとその一党は、抵抗を名誉ある最小限にとどめて、油井も橋も破壌せず、首都を明けわたして姿を消した。身をくらます韜晦戦術によって、アメリカの白昼公然たる国盗りと油田収奪を浮き彫りさせようとしているかのようにみえる。緑なすメソポタミアは、十三世紀、二次にわたる蒙古襲来で、荒れた砂漠になりはてたといわれる。イラクを精密兵器の試験場に用いた現代の元寇は、ながく、侵略者の地位かちみずからを解放することさえできないであろう。(欧州駐在本社客員)

東京新聞 4月16日朝刊 ヨーロッパ展望台 熊田亨

アメリカはイラク侵略を足場に、中東各国へ外交圧力を掛けて来るだろう。早速シリアに対して石油パイプラインを閉鎖して、経済制裁をかけてきた。同じようにヨルダンはイラクからの石油の援助を受けていたが、おそらく石油はストップしてヨルダンも、イスラエル・アメリカ連合の圧力に屈せざるを得なくなる。イラクの石油がなければシリア、レバノン、ヨルダンは風前の灯だ。

その反面イラクとイスラエルの間にはパイプラインが敷設されて、イスラエルは有利な条件でイラクの石油を手に入れることが出来る。このようにイスラエルは「友好国」で周りを取り囲み、イスラエルの防衛体制は完成し、中東の中枢部をイスラエルの勢力下に置き、大イスラエルは完成することになる。ただしイラクがアメリカの支配下にあるうちだけだ。

アメリカのイラクを民主化して統治する政策はうまくいくだろうか。熊田氏が指摘しているとおり、イラクは血なまぐさい革命とクーデターの歴史だ。アメリカが力で押さえつけているうちはいいが、どれくらいイラクを軍政下に置いておくことが出来るだろうか。アメリカ政府はイラクを戦後のドイツや日本のように考えているが、アメリカ政府もついに焼きが回ったようだ。

アメリカはサダム・フセインを捕まえて「東京裁判」にかけて、有罪にしないと、アメリカのイラク攻撃の正当性は証明できない。イラク人は日本人のようにアメリカの植民地でいることを、喜んで受け入れる国ではない。日本は経済さえ発展すればアメリカの植民地であっても満足する情けない国民性だ。日本人はアメリカから独立しようとする気概さえなくしてしまった。

日本の政治家は何故アメリカから独立することを恐れるのだろうか。アメリカは軍事的にはスーパーパワーだが、経済的に限界が来て破局寸前であり、国力の源泉であった石油ですら6割を海外からの輸入に頼り、国内石油は枯渇が目前である。だからアメリカはあせってイラクに手を出した。そしてイラクの占領支配に失敗すればアメリカの国力は奈落の底に落ち込む。そうなればアメリカの軍事力も崩壊する。そうなった時のことを日本は考えておくべきだろう。

アメリカの双子の赤字は、ドルの信任に影響が及んでいる。だから世界各国のドル離れが進み、ユーロへのシフトが進んでいる。特に産油国のイラン、イラク、ベネズエラなどのドルからユーロシフトは痛い。だから見せしめのためのイラク攻撃とも言うことが出来る。しかし世界各国は背に腹は変えられないから、ドルからユーロへのシフトは避けられない。日本もドル暴落のリスク回避のためのドルからユーロへのシフトを検討すべきだろう。

アメリカがイラクを一方的に侵略したことは、アメリカ外交の致命的な失敗である。さらにフランス、ドイツ、ロシアとの対立が引き返せないほど悪化してしまった。さらにアメリカはシリアの侵略を狙っているようだ。この事によってアメリカ政府が親イスラエル・シオニスト政権であることがはっきりした。イスラエルは核保有疑惑国家であり、パレスチナに対するテロ国家でもある。だからアメリカはテロ支援国でもあるのだ。





アメリカのネオコンの暴走を止められるのは
日本だけ。それが理解出来ない日本の政治家


2003年4月15日 火曜日

関が原の合戦が徳川家康が日本を統一するために行った戦いの一つにすぎないように、イラク攻撃はアメリカが世界支配を達成するための、一つの合戦である。アメリカの目的はイラクを征服して戦後の日本で成し遂げたように、米国の傀儡政権をイラクにつくることである。そして、そこからイラクはもちろん、イランやサウジアラビアの石油を支配することだ。

 そのために新たな戦いが必要であれば、また理由を見つけて、見つからなければねつ造してでも攻撃を行うであろう。戦場は中東だけではない。ベネズエラやコロンビアでも、石油の支配権を手にするためにはアメリカは同じように自分の目的を阻む者への攻撃を行うであろう。

 アメリカは先進工業国にとって最も重要な資源である石油をその手中に収めたいのである。ドイツ、フランス、日本といった先進国は、その経済を石油の輸入に依存している。もしアメリカが石油価格をその意のままに上下することができれば、例えばアメリカの要求をロシアが聞かなければ石油価格を下落させることによって、石油輸出国であるロシア経済はまひするだろうし、アメリカの要求をドイツや日本に聞かせたければ石油価格を高騰させるという脅しをかけることができる。

 ロシア、ドイツ、フランスはこれを理解していたためにイラク攻撃に反対した。しかし永田町はこれを理解できなかった。日本政府がこれを理解できなかったことは、アメリカが日本の資金に頼っている事実を考えると二重に皮肉なことである。ブッシュにとって日本は都合のよい金庫なのだ。必要なときに必要な資金を調達してくれる便利な金庫である。これまでもそうだったし、これからもそうだろう。日本はそれを切り札として使うこともできたし、使うべきだった。もしアメリカが日本の国益に反する政策や行動をとろうとすれば、それに対して拒否権を出すべきだったのだ。

 しかし永田町の傀儡政権は、北朝鮮からの攻撃を守ってくれるのはアメリカしかないということをここであらためて強調し、米国の属国であることを自ら表明した。そして日本のメディアは日本政府を助けるために、テポドンや難民が日本へ押し寄せてくるといった、北朝鮮への恐怖や憎悪をひたすら国民にあおり続けた。そして日本一国だけで日本の防衛は不十分であり、米国は「日本への攻撃は米国への攻撃と見なすと言ってくれたただひとつの国で、それを忘れてはならない」とし、日米同盟にしがみつく姿勢を支援した

しかし日本にとって真の脅威は北朝鮮ではなく、アメリカであり、日本が言いなりになってアメリカに追随すればするほど、日本の危険は大きくなる。日本はいまドイツやロシアのように、アメリカに依存しない、アメリカから独立した態度をとるべきなのである。そして米国を経由した間接的な外交ではなく、西欧諸国だけでなく韓国、北朝鮮を含むその他のアジア諸国とも、日本は独自の直接外交を行うべきなのだ。しかし小泉首相の発言を聞く限り、日本はアメリカ追随を今後さらに強めていくであろう。(後略)

世界支配のためのイラク攻撃 ビル・トッテン

アメリカのイラク攻撃は不可解なことが沢山ある。それらの多くはブッシュとフセインの八百長戦争と言うことで辻褄が合うことが多い。イラク軍が死ぬ気で戦う気があるのなら、現在の米軍では多大な人命損失や長期戦など、国内世論や経済破綻でアメリカが負ける可能性があった。ところが戦争に踏み切ったと言うことは、短期で戦争が終わり人命損失も少ないと言う確かな見通しがあったからだろう。

それを証明するかのように、100機以上あるイラク空軍機はどこかに雲隠れし、橋も落とさず道路には地雷も敷設せず、海には機雷もあまりなかった。戦車も駐車場に100台も置きっぱなしになっていた。バクダッドの市街戦もなくティクリットもほとんど無抵抗だった。このような状況から、ひょっとしたらこれは八百長戦争ではないかと言う疑いを誰もが持って当然だ。

しかしサダム・フセインとイラク軍はなぜそんな事までするのだろう。南部における民兵の抵抗はアメリカ軍の計算外だった。自爆テロも何件かあった。フセインや軍部はこのような対米強硬派に手を焼き、アメリカ軍に任せたのだろう。それともう一つの理由はフランスやロシアなどへの債権をチャラにするためである。その為にイラクはアメリカへ寝返った。

アメリカのほうもイラクの石油がフランスやロシアの債権返済に使われる事を好まない。さらにアメリカの力で日本などに金を出させて只でイラクを再建させる。アメリカにとってもイラクにとってもいい事だらけだ。気の毒なのはこの八百長戦争で戦死したイラクやアメリカの兵士や国民達だ。さらには金を出さされる日本もいい面の皮だ。金を出さなければ北朝鮮からテポドンが飛んでくる。

戦略的に見て、このようなアメリカによる一極支配は日本にとっても、フランス、ロシア、ドイツ、中国にとってもいいことではない。イギリスだって軍隊や金を出して踏んだり蹴ったりだ。このようなアメリカの好き勝手な事が出来るようにしたのが日本だ。日本は経済的にアメリカを支え、軍事的にも基地を提供しアメリカを支えている。ブッシュ大統領は日本に足を向けて寝れないだろう。

日本の政治家達のアメリカへの恐怖心はかなりのものだ。どうしてそんなにアメリカを恐れるのか。それは政治家達が馬鹿だからである。アメリカがどのような謀略を仕掛けてくるか、アメリカが今やっている事はどのような目的かなど、アメリカの手の内を読んで対抗してゆけばアメリカと言えども恐れることはない。しかしそのようなことが出来る戦略家も作戦参謀も日本にはいない。

アメリカが一番恐れていることは、日本にこのような戦略や作戦を考えてアメリカに対抗してくることだ。だから日本に情報局を作らせないし、日本の参謀本部である大蔵省をノーパンしゃぶしゃぶで骨抜きにしてしまった。そして日本には「大蔵省」と言う役所は解体されて無くなった。それ以来、日本経済は長期低迷をしている。

アメリカにはキッシンジャーやブレジンスキーのような天才的な戦略家がいるが、日本にはいない。そのような人材を育成するシステムが無いからだ。だからアメリカの大学やシンクタンクなどに留学してくるキャリア官僚やエリート企業社員が政財界で羽振りを利かせている。しかしそれでは日本人の顔をした心はアメリカ人の人間を育てるだけだ。アメリカの目的はそこにあるからだ。

■キッシンジャーらの「予測」〜シリーズ「第三次石油危機」(3)■佐々木敏





近代国家の国防には「訓令」が必要
西洋の植民地の本質は「民族浄化」


2003年4月14日 月曜日
◆真珠湾の攻撃をした、連合艦隊の司令長官南雲という男。この男は「号令戦法」でしか生きていなかったから、あの真珠湾を、あの程度にしか撃破できなかったんです。つまり彼は、「寝ているおっさんをどつきにいった子供が、一発どついて、起きてきたら怖いから逃げ帰ってきた」というようなことをしたんです。

 しかし、もし彼が、「訓令」による戦法によって訓練された人間なら、こう考えたでしょう。「空母が発見できない。それなら代わりに、空母の修理と、燃料補給をするドック、及び給油施設を全て破壊すればそれで済む。アメリカの空母は、サンチアゴまで戻らねばならなくなるから」と。もしも、そうしていれば、ミッドウェー海戦も起こらなかった可能性があります。

 そして私は、何より山本五十六という男が、国家を破滅させる男だったと思っています。海洋国家である我が日本の守りは、海軍でなければなりません。それも、日露戦争までうまくいっていたように、陸海空の統合的な戦略、リーダーシップに基づく、各々「訓令戦法」に生きる将軍達によって、守られねばならないと思います。

 もしも、山本五十六に、世界は何を戦争の手段として、我が日本に対抗しているのか、我が日本は何を戦争の大義名分としているのか、ということを見つめる目さえあれば、あのような稚拙なことはしなかったと私は思います。先程の南雲に、自分が真珠湾を攻撃する戦略的意味や、その前提としての空母の持つ意味や、空母が何によって動いているのか、といったようなことを考える力があれば、真珠湾攻撃の様相が変わったであろうと同様にです。

 大西洋憲章において、ルーズベルトとチャーチルは「自由と人権のために戦う」というような政府宣言を発しています。アジアにおいては、そのほとんどは、アメリカ、イギリス、オランダ、フランスの植民地で、自由を奪われていました。我が国はまさに、アジアの人達と戦うのではなく、アジアの自由を奪う白人と戦ったわけです。

 日本の連合艦隊は、マレー沖でプリンスオブウェールズとレバルスを沈め、インド洋に入り、イギリスの連合艦隊をセイロン近くまで追いかけ、撃滅寸前まで追い詰めました。しかし、そこで日本の連合艦隊は急きょインド洋から出て、ソロモン沖とかミッドウェーとか、そういう所に向かいました。

 ここで少し考えてみて下さい。その後の歴史の中では、ビルマ戦線に30万人の陸軍が投入され、19万人が戦死しています。これは、インドから重慶の蒋介石に対し、蒋介石支援ルートが開いていたからです。それを閉めるために、灼熱のビルマに30万人が投入され、そのうち19万人が戦死したんです。

 しかしながら、イギリスの富の40%を支えるのは、インドからイギリスへの補給路でした。それさえ絶てば、イギリスはビル・アラメインでロンメルに負けたでしょうし、イギリスから切断されたインドは独立を果たしたでしょう。また、インドから蒋介石のいる重慶への、支援ルートも開かなかったでしょう。そうなれば、30万人の軍勢を投入して、19万人が戦死したビルマ戦線の戦いは必要なかったはずです。たった1つ、日本の連合艦隊が、インド洋でイギリス艦隊を撃滅さえしていればです。

アジアは50年前まで彼らの支配下にありました。彼らはアジアの人々を、「自由」も「人権」も「民主主義」も、認める前提としての人間だとは思っていなかったんです。トインビーが書いているじゃありませんか。「もし神が日本に指名を与えたとするならば、数百年に渡る白人の支配から、アジアを開放することであった」と。「我ら西洋人には、アジアの現地人は、動く樹木としか見られなかった」と。

 50年前には、アジアの人間を人間と思っていなかった者が、やれ「自由」だとか「民主主義」だとか、それが足りないからといって経済制裁をしているんです。我が国では経験しえない、マスコミも報道しないことですが、ノーベル平和賞をもらったアウンサン・スーチーさん。彼女は、ミャンマーの人達に「第二植民地主義者」だと言われているんです。しかし、これを我が国のマスコミは報道しません。なぜ「第二植民地主義者」なのか。

 イギリスのビルマ植民地支配の手法はおわかりでしょう。イギリスは、ビルマ王室の女性をイギリス軍将校の妾にし、子供を産ませました。その子供を、ダージリンのイギリス人学校の寄宿舎に入れて教育をします。10年経てばどうなりますか。10年経てば、ビルマ人の顔をしてイギリス人の心を持った支配階級が生まれるんです。これがイギリスの、西洋の植民地主義の本質なんです。

西洋の植民地主義とは何か。我が日本のマスコミに躍る「植民地」という活字は、木へんの「植民地」です。しかし、西洋の植民地主義こそは「生殖」の「殖民」なんです。血を入れ替えるんです。民族浄化なんです。それを、そのものズバリの言葉でいえば、この日本では大騒動になったでしょう。しかし、イギリスの、西洋の植民地支配のやり方はそうなんです。だから、東ティモールの指導者、20年前までの指導者、そしてノーベル平和賞を貰った者も、ポルトガル人の顔をしているわけです。

 さて、スーチーさんですが、彼女は14歳でビルマを離れてイギリスに住み、イギリス人と結婚して、イギリスに子供がいます。ノーベル平和賞でもらったお金は、イギリスで家を買って建てました。これは、イギリスがビルマを植民地支配した時の、「植民地」のショクは木へんではなく、「生殖」の「殖」だといったやり方と、同じではありませんか。

 そして、スーチーさんは、日本の、ポリオ生ワクチン接種の援助をも非難したんです。これは、ペルーのトゥパクアマルと同じ論法ではありませんか。「日本の支配は、特権階級を利するだけだ」と、「だから援助はけしからん」というものです。ペルーの大使公邸を占拠したトゥパクアマルと、スーチーさんは同じことを言っているんです。

 私は直ちに、ビルマのチャイ島近くの村に行き、ポリオ生ワクチンがどういう風に接種されているか見てきました。私は大使館の世話などにはなりません。ミャンマーは1人で歩きます。若いお母さんが、本当ににこやかに子供を抱えて、次々集まってきて、「日本、ありがとう」と言っていました。看護婦さんも、若いお母さんも、本当に楽しげで、安心した表情で、村に集まっていたんです。

 アウンサン・スーチーは、イギリス人の心を持って、ビルマ人の顔をしていますから、チャイ島のその村に行ったこともなければ、ビルマ人という、自分の同胞の生活を知ったこともありません。あの貧しい国で、未だに1万坪以上の邸宅に住んでいるんです。自分の家で3,000名の集会ができるんです。それは、今のミャンマー政府が、建国の父であるアウンサン将軍の遺徳をたたえ、彼の邸宅を残しているからです。このように、ノーベル平和賞というものも戦略なんです。

「衰亡」の風に立ち向かうために」 衆議院議員 西村眞悟

アメリカは何のためにイラク戦争に踏み切ったのか。表向きは大量破壊兵器を持っているからだとしている。しかし国連査察でも発見されておらず、アメリカ軍の捜索でもまだ出てきてはいない。実際にもっているかどうかはわからないが、最終段階に入っても使用していないと言うことは、兵器としては大量破壊兵器は持っていないのだろう。

最近はアメリカはフセインの独裁からイラクを開放したと言っている。しかしイラク国民がアメリカ軍を歓迎しているようには見えない。アメリカのテレビによるやらせの歓迎シーンはいやと言うほどテレビのニュースで流れている。フセイン政権を倒すために多くのイラクの住民の命が奪われた。米英の兵士も百数十名も亡くなっている。イラクを侵略するためなら理由などどうでもいいのだろう。

ネオコンのラムズフェルド国防長官は今度はシリアにいろいろ言いがかりをつけている。次はシリアなのだろう。このようにイスラエルに敵対している国家は次々とアメリカ軍によって「開放」されてゆくのだろう。やがてはユウフラテス河からナイル河に到る大イスラエルの建国も夢ではなくなってきた。これは陰謀でもなんでもなくイスラエルの国旗の二本の水色の線は、この二つの河を意味している。ヨーロッパの人たちは気がついているが、日本の学者やマスコミはこの事を言わない。

衆議院議員の西村眞悟氏は第二次大戦における、軍の司令官達の無能さを指摘している。この原因は日本の軍隊組織が、司令官に対して状況に応じて適切な対応を取れるような、人材と組織になっていないからである。ナポレオンの軍隊の将軍達も命令には忠実だが、適切な対応が出来なかった。だからワーテルローの合戦でグルーシー将軍は本隊が戦闘をしているのに戦場に駆けつける判断が出来なかった。

米英の軍隊が強いのは司令官達の状況に対する決断の柔軟さにある。イラク攻撃の時でも最前線の司令官達にバクダッドに突入する判断をさせている。ブッシュ大統領も戦争の勝利宣言の判断は現地の司令官に任せている。状況を一番知るものが判断するのが一番間違いが少ない。現代社会でも同じことがいえるのだろう。独裁国家や中央集権的なシステムは情報化社会には適応できない。

私は銀行に勤めていたが、支店長には300万までしか裁量権がなかった。あとはほとんど稟議書を書いて本部決済である。顧客の経営内容を一番よく知る支店長には権限がなく、書類しか見ない本部の役員が決裁していた。アメリカの銀行は支店長に数億円もの融資案件の決済をさせている。そのかわり業績が伸びないと即クビになる。日本のように権限もないが責任もないほうが良いのか、アメリカのように権限はあるが、業績を上げないと即クビのほうが良いのかわからないが、戦争のような生死にかかわる軍隊はアメリカ方式のほうがいいのだろう。

日本の銀行がなかなか改革が進まないのも、業績を上げられない経営幹部は即左遷降格といったシステムが無いからだ。ビジネス交渉でも日本企業はいちいち本社の役員まで判断を仰がなければ交渉は進まない。中央集権的だから日本の企業も政治も停滞してしまっている。権限もない代わりに責任も問われない体質が、無能でも長いこと無難に勤めていれば出世できる弊害が出てきている。真珠湾攻撃の南雲長官もその無難組みの一人だ。

昨日統一地方選挙が行われましたが、石原都知事が300万票とって再選された。中央官庁から地方への権限の移譲と財源の移譲が言われている。地方経済が寂れてしまったのも地方分権が進んでいないからだろう。県知事は何もしなくとも地方交付税が入ってくるし、すべて中央官庁のエリート官僚が出向して仕切っている。そして、そのままエリート官僚が県知事に納まっている。地方の県民達も中央のエリート官僚は要らないと拒否するぐらいの独立精神が必要なのですが、相変わらずエリート官僚が知事に選ばれている。

西村眞悟氏はビルマのアウンサン・スーチーを、地元民達は「第二植民地主義者」と批判していることを指摘している。日本のマスコミは、帝国の手先が多いから、スーチー女史を「民主化」の象徴と持ち上げている。彼女は顔はビルマ人だが中身はイギリス人だ。おそらくイラクにもイラク人の顔をしたアメリカ人が統治することになるのだろう。アフガニスタンもカルザイ大統領はパシュトン人の顔をしたアメリカ人だ。日本にも日本人の顔をした、心はアメリカ人の金融大臣がいる。





日本経済をダメにした時価会計を見直し
あおぞら銀行をハゲタカファンドが買収


2003年4月13日 日曜日
◆自民党の宮沢喜一元首相は13日午前、フジテレビの番組に出演し、麻生太郎政調会長らが企業の長期保有する有価証券の評価方法を時価と簿価の選択制とする議員立法の今国会提出を検討していることについて「(2003年3月期決算の発表に)間に合うといい。やったらいい」と述べ、支持する考えを表明した。 (時事通信)[4月13日11時2分更新]

◆何のために時価会計を導入しようとしたのでしょうか。多くの人たちは、企業がもっている財産の実態を明らかにし、含み益を使った不透明な経営をやめさせ るためだといいます。

「含み経営」というのは、こういうことです。期末近くになって、予定していた利益が出せそうもないことがわかってきますと、買ったときよりも値上がりした株、つまり含みの大きい株などを売却して利益を捻出してきました。買ったときの原価よりも時価が大きいとき、その差額を「含み」とか「含み益」といいます。含みのある株を売って利益を出すことを「益出し」といいます。この含み益は、損失の穴埋めやら利益不足の解消やらに使われてきました。これが「含み経営」です。

値が上がった株をいつ売却するかは、本来は経営者の経営判断です。本業の利益が少なければ、.もっている株を売却して利益を出すのは、経営者として当然の行為です。損失が出れば、何かで穴埋めしなければなりません。経営者はその穴埋めのために、益出しをしてきました。ところが、そうした経営判断が、投資家を惑わすものだとして非難されるのです。

どこの家庭にも、非常時に備えた米・水・缶詰・乾電池くらいはあるでしょう。農業国の民はアリですから、必ず「食糧倉庫」をもっています。わが国でも、藩も商家も余裕が出たら「蔵」にしまい込んできました。子どもたちでさえ、「貯金箱」をもっています。これが「含み」です。「蔵」の中身をどう使うか、「含み」をどう使うかは、藩主の、経営者の判断です。

時価会計は、こうした「蔵の中身」や「貯金箱」を好き勝手に使えないように、さっさと放出しろといっているのです。時価会計は、「蔵の中身」も「含み」もすべて吐き出して、経営者も企業も「丸はだか」にしようというものです。わたしは、含みをもつことは経営者として当然のことであり、むしろ経営者の美徳だと思います。「蔵」も.「含み」もないような会社に、みなさん、投資できますか。安心して会社に投資したいなら、「丸はだか」の会社よりも、ある程度の「含み」があるところを選ぶのでは ないでしょうか。

ただ、「蔵の中身」「含み」がいくらあるかは。知っておきたいところです。投資家のことを考えたら、時価会計で丸はだかにするのではなく、いくらの「含み」があるかを知らせるほうがよいのではないでしょうか。なにせ、丸はだかにされた会社の財務諸表には、売れもしない有価証券を「売れたことにして計算した利益」がたっぷり入っているのです。これを信用して投資したら、ばば抜きゲームのばばをつかまされかねません。

(中略)

時価会計は長い歴史をもっています。会計の世界に何か問題が発生すると、そのたびに、問題解決策として時価会計が導入されてきたのです。しかし時価会計は、一度も成功したことがないのです。

これまで時価会計は、ほとんど例外なく、資産の市場価格が継続的に上昇したときに、イソフレ対策(インフレによる架空利益の排除)として導入されてきました。今日のわが国のように、デフレのときに時価会計を導入した例は聞いたことがありません。そうしたことからしても、このまま時価会計を続けていると、わが国だけが「時価会計の被災国」にな りかねません。

有価証券などの時価評価が成功しますと、次なるターゲットは不動産です。土地や建物に「減損会計」が適用されるようなことになれば、一わが国の建設・不動産業界は全滅するでしょう。製造業やサーピス業などの世界でも、バブル期に不動産を取得した会社は、巨額の含み損を計上し、債務超過に陥りかねません。その次は、そうした会社に、不動産を担保として資金を貸した銀行が不良債権を抱えて倒産します。

そんな異常事態を避けるには、時価会計をやめることです。一部の人は「そんなことをしたら、日本の企業決算は国際的に信用されなくなる」といいます。しかし、経済界を崩壊させておいて信用だけ守っても、何の意味もありません。最初に述べたように、日本は時価基準をつくっておきながら、「国も企業もこぞって時価会計逃れ」をたくらんでいるのです。時価会計を続けたとしても国際的な信用を得られるわけがありません。

「間違いだった時価会計」 神奈川大学教授 田中弘 Voice 2002年6月号より

しばらくイラク戦争の動きに夢中になっている間に、日本の株式市場は再び8000円の大台を割り、じりじりと安値を更新している。特に優良株が年金の関係で売られている。日銀がいくら金融を緩めても、金融庁が銀行を締め上げるものだから、銀行が守りに入り、金融が緩和しないのみならず、株や土地などの資産売りが絶えず続き、デフレスパイラルは止まりそうもない。

小泉内閣は「痛みに耐えて構造改革」とばかりに、財政再建に取り組んだが見事に失敗している。橋本内閣で失敗しているのに、再び同じ失敗を繰り返すその愚かさに、日本中に絶望感が広がっている。新生銀行に続いて、あおぞら銀行もサーベラスが過半数の株式を購入してその傘下にはいる。小泉・竹中内閣はロックフェラーのバックアップで成立している。自民党の抵抗勢力が小泉首相を引き摺り下ろせないのも、背後にロックフェラーがついているからだ。

ロックフェラーのやり方はまことに荒っぽく、イラク攻撃も中東の油田を一気に手に入れるための謀略だ。小泉首相が迷わず国連中心外交から、日米同盟中心外交へ外交方針を切り替えたのも、ロックフェラーが背後で操っているからだ。これだけ日本経済が悪いのだから、日本のジャーナリズムは小泉叩きに動くはずですが、そのような動きは見えない。マスコミもロックフェラーの恫喝に震えているのが現状だ。

宮沢元総理は今日のテレビで時価会計制度の見直しに前向きなことを話していた。おそらくアメリカの政府筋から話が来ているのだろう。これ以上日本経済が悪化したら、日本発の大恐慌が起きかねない。さらにはイラク復興のための資金も出してもらう代わりに、日本の景気対策にGOサインが出たのだろう。ハゲタカファンドも新生銀行とあおぞら銀行を手に入れて矛を収めてくれればいいのだが、彼らはメガバンクをも狙っているようだ。

日本のデフレ対策では私も4,5年前からいろいろ提案している。BIS規制や時価会計の導入やペイオフの解禁に対しては反対してきた。速水総裁のゼロ金利解除も反対したし、公的資金による銀行の資産の簿価による買い入れや、日銀による株式の購入など、デフレ対策はないわけではなく、小泉内閣がやろうとしなかったから、日本のデフレが収まらないのだ。

日本のバブルの崩壊は政府当局が無能であったのと、アメリカの謀略に嵌ってしまったからです。どうして日本政府は間違った政策をとり、外国の政策圧力に屈してしまうのか、それは日本がアメリカの植民地であり、日本が独自の政策をとろうにも、アメリカの了解なしには何も出来ない仕組みになっているからだ。アメリカに逆らえばイラクのサダムフセインのように制裁が待っている。逆らわないばかりでなく積極的にアメリカのご機嫌を取りにいかなければならない。

イギリスのブレア首相はアメリカの外務大臣ともプードルとも呼ばれている。イラク攻撃では多くの英国兵士を死なせたにもかかわらず見返りは少ないようだ。日本の首相のように無能なふりをしてぐずぐずして、言いなりにやっているのがいいのだろうか。政治家や官僚はそれでいいのだろうが日本国民はたまらない。しかしそのような実態すら自覚していない日本国民がほとんどなのだ。

危機管理下の経済政策 (経済コラムマガジン)






STOP THE WAR!4.12反戦デモに参加
イラク戦争はブッシュとフセインの八百長か


2003年4月12日 土曜日
イラク戦争は各地の掃討作戦を除きほぼ終結したようだ。最後の主要都市のティクリートもイラク軍はおらず、略奪が行われているようだ。イラク軍幹部も政府の主要人物たちもみんな雲隠れしてしまった。イラク戦争は当初は南部の民兵の戦闘で米英軍も立ち往生したが、イラク軍の組織的な戦闘は出来なかった。唯一カルバラでの戦車戦が行われたのが例外だ。北部ではイラク軍が戦わずして投降している。すでにフセインはイラクにおらず近隣に逃げているのだろう。3月19日の日記に私は次のように書いている。

「イラクのフセイン大統領はCIAのエージェントであった。父親のブッシュもCIAの長官だった。つまりアメリカのイラク攻撃は、ブッシュとフセインの八百長である。そのことによって石油産業と軍需産業は大儲けをしている。ビンラディン家とブッシュ家とも親しい関係であり、だからこそビンラディンは捕まらないのだ。つまりブッシュ家は麻薬や戦争で資産を拡大させる反キリストなのだ。」

ブッシュとフセインは八百長の戦争をしてアメリカ軍をサウジアラビアや中央アジアに引き入れている。そしてあの一帯の油田を独り占めするつもりだ。ロシアやフランスやドイツは八百長戦争にやっときづいて盛んに抗議しているが後の祭りだ。そして後始末だけ世界に押し付けてくる。イラクやアフガニスタンの国民が一番悲惨な目にあっている。このような見え透いた陰謀が何故明らかにされないのだろう。マスコミやジャーナリストが馬鹿だからか。日本だって北朝鮮がらみで日本の政治家は陰謀に翻弄されるのだろう。

イラク戦争が終結を迎えそうなので、これが最後になるかわかりませんが、反戦デモに行ってきました。自家製のプラカードもせっかく作ったのだから使わないともったいない。デジカメも持って行きましたが、今回は女の子を中心に撮影して来ました。もっとアップで撮りたいところですが肖像権やプライバシーがあるので遠慮して、写真も小さくして公開します。

私は以前はカメラ小僧でアイドルやモデルの撮影会などで300ミリの望遠ズームレンズで撮りまくっていました。その後カメラからパソコンへ趣味が変わりましたが、デジカメの普及でまたカメラ小僧に逆戻りになりました。デジカメはシャッター音も小さくて、連写も出来るので非常に便利です。ただ最近は若い女の子を撮影する機会がなくてカメラの腕も生かせなかったのですが、思わぬところで昔とった杵柄が役に立ちました。

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ピーター・フランクル著「美しくて面白い日本語」
アメリカ人はなぜ宗教にすがるようになったのか


2003年4月11日 金曜日

明治時代、日本には「脱亜入欧」という四字熟語があった。未発展国であったアジア諸国に背を向けて、欧州諾国に目を向ける。当時も先進国だったイギリス、ドイツ、フランスを手本にしようという言葉だった。その後、戦後は明らかに「脱欧入米」となってしまったわけだが、この言葉を今の時代に使うとしたら、「脱米入欧」に替えるべきなのである。

もう、この期に及んで米国はいいではないか。ボクシングで言えば、日本がヘビー級だとしたら、米国はスーパーヘビー級だ。ボクシングでは、違う階級での試合は行なわない。それと同じで、階級の違う米国とは、経済的にも軍事的にも戦わなければいい。日本は日本で、立派に物を作って売って、白分たちの国をそれなりに繁栄させればいいのである。そのためにも、米国追随型から欧州流の社会に変わるべきだ。

僕に言わせれば、米国人よりも欧州諾国の人のほうが、よい暮らしをしているように思えてならない。これは僕だけの意見ではなく、欧州から米国に渡った数々の友人たちの感想でもある。確かに、米国のほうが家が広く、車も大きいだろう。米国人のほうが給料も高いかもしれない。でも米国人には精神的な余裕がなく、休暇も少ない。そして決定的なのが、米国人の孤独感だ。

最近、米国の社会では友人関係どころか家族の関係でさえ非常に稀薄になってきているように思われる。すべてを一人で抱え込んで解決しようとするのが米国流だが、そもそも人間は社会的な動物なのだ。独立精神と言えば聞こえはいいが、人間は一匹狼じゃない。もっとも、狼だって群れをなしている動物だ。まあそれはいいとして、米国ではグループや友達、家族といった仲のよい人たちと一緒になって一体感を味わうという、人間生活の基本的なことがなくなってしまっているように思えるのだ。

今の米国で、唯一心の付き合いが残っているのが宗教だ。でもそこにあるのは個人と個人の直接的な付き合いではなく、あくまでも"神様"という目に見えないものを通した間接的な付き合いでしかない。米国は圧倒的なキリスト教社会で、大半の人は日曜日に必ず教会のミサに行く。朝からミサに参加して、その後は参加者同士でバーベキューをやったり、バスケットやテニスなどの運動を皆で一緒に楽しむ。大袈裟に言えば、米国人にとっての唯一の心 優しい人間関係だ。

米国ではあまりにも個々人が孤立してしまったが故に、他人との精神的な関わりが薄くなってしまった。唯一の救いとなってしまった宗教を通しての関係だけに人間らしい付き合いが残ったが、その他では、ひどく淡泊な、さっぱりとした人閲関係しかない。いくら金銚的に余裕があっても、米国的な淡白な人間関係では、日々の暮らしも空しいものになってしまうだろう。テレビやコンピュータを通しての仮想現実ばかりが重みを増して、本来の人閲関係が稀薄になってしまっているのが米国の現状である。

米国ほど金銭的に裕福ではないイギリスやフランス、ドイツなどでは、人々の精神的なゆとりや人間関係など、果たしてどうなっているのだろうか。これらの国々では、少なくとも一年に一ヶ月の有給休暇がある。その休暇を使って、家族や友人たちと夏休みに行く。あまりお金がない家族なら、ワゴン車にトレーラーをつけてキャンプ場へ行き、そこでテントを張る。お金を使わずに、親子で釣りをしたり湖で泳いだりして楽しむのだ。

ピーター・フランクル著「美しくて面白い日本語」P197−P203

イラク戦争で懸念されていた事がだんだんと表面化してきている。イラク軍はいくらでも反撃の機会があり、アメリカ軍に大打撃を与える機会はあったが、すでに戦意喪失していた。100両のイラク軍戦車が放置されていた。投降兵の少なさは戦意が高かったのではなく、軍は解体されていたようだ。警察組織も解体しイラクの都市は略奪が横行している。イラクにはバース党に代わる組織はなく、アフガニスタンと同じように全土の治安が全くとれない状況が続くだろう。

これからイラクで内戦が起きたり、ゲリラ攻撃が頻発するだろう。アメリカ軍を長期間駐留させて治安を保たなければならない。しかしアメリカ兵への襲撃も相次ぐだろう。イスラエルのレバノン侵攻の時のように、アメリカ軍は手におえなくなって撤退するしか無くなるだろう。市街地はジャングルと同じであり銃弾は何処から飛んでくるかわからない。イラクはイランのようにイスラム原理主義国家になるかもしれない。そうなると何のためにフセインを倒したのかわからなくなる。

アメリカ国民は戦勝気分に沸いているようだ。サダム・フセインの銅像を引き倒すニュースを繰り返し見ながら、「解放者」としての気分に浮かれている。しかしそれはアメリカのメディアによって作られた幻想なのだ。アメリカにおいて反戦運動が盛り上がらなかった理由として、私は宗教的な背景があると、私は指摘してきました。ピーター・フランクル氏によるとアメリカの荒廃した精神風土に問題があるようだ。そこへカルト化した宗教がはびこり、アメリカ人は狂気に囚われている。

アメリカでは銃器犯罪が絶えない。庭先に入り込んだだけで銃で撃ち殺されても、アメリカでは異常ではないようだ。アメリカの高級住宅街では高い塀で街を取り囲み、出入り口ではガードマンがチェックしている。まるで戦国時代のようだ。それだけ強盗が多いからですが、いつからアメリカ人はこれほど凶暴になったのだろう。

日本でアメリカ製のテレビドラマがほとんど放映されなくなった。凶悪で残虐なシーンばかりのドラマでは違和感持つのは当然だ。映画にしても最近のアメリカ映画は異常さを感ずるものが多い。在米ジャーナリストの堀田佳男氏は最近のコラムで次のように書いている。

1953年に一般公開された「シェーン」はワイオミング州グランド・ティートンを背景に、ガンマンのシェーンが善良な開拓者をたすけるため、悪者のライカー一家と彼らに雇われたガンマンのウィルソンを射殺する西部劇の代表作だ。最後に少年ジョーイが「シェーン、カムバック」とやると、なんど観ても頬に水滴がつたう。

 今回あらためてストーリーを注視した。すると米軍がフセインを叩きにいった内容とほとんど変わらないことに気づいた。ライカー一家は殺し屋まで雇って開拓者たちに不条理な土地の明け渡しを迫るが、農民たちを直接襲撃してはいない。シェーンは「いいガンマン」として描かれるが、自分から酒場に出向いてライカー一家とウィルソンを撃ち殺す。つまり先制攻撃をしてヒーローとなるわけだ。

 その日、AMCが開戦を意識して故意に「シェーン」を放映したのかどうか、カリフォルニア州サンタモニカにあるAMC本社に電話で確認をとった。すると「偶然だった」と回答する。19日の放映から1週間後、またチャンネル・サーフィンをしていると再びアラン・ラッドの姿があった。AMCは「シェーン」を再放送したのだ。この局は短期間で同じ映画を再放送することがよくあるが、「シェーン」は米軍の美化に思えた。

 悪い奴は自ら出向いて殺してくる。その事理は開拓時代だけではなく、現在のアメリカ人の無意識下にも息づいているようだ。日本でも桃太郎侍が悪代官を斬り捨てると、脳内にドーパミンが出てスッとするのに似ている。が、今の日本で悪人を問答無用で斬り捨てることに賛同する人がいるだろうか。

 けれどもこの考え方はブッシュ政権の高官たちに確実に支持されている。現政権にもっとも影響力をもつ保守系シンクタンクであるAEI(アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所)の研究員マイケル・レディーンは、白髪の混じった髭をいじりながらこれ以上はっきり語れないくらい明確にいう。

「戦争で死傷者がどれくらいでるかは二の次なんだよ。聞こえはよくないが、アメリカ人は戦争が好きな国民なんだ。死傷者がどうこうより、負けることが一番嫌い。私のもっとも好きな言葉はパットン将軍(第二次世界大戦の大将)の『アメリカは戦争が大好きだし、戦闘そのものも好きだ。いつも闘ってきたし、楽しんできた』だ」

 すぐ横に座っていたCIA元長官、ジェームズ・ウージリーも一言。「同感だね」 私はタメ息しかでなかった。今後「シェーン」を観てもラストシーンでは泣かないかもしれない。

「シェーンと米軍」 堀田佳男
急がばワシントン 堀田佳男のホームページ

■日時:4月12日(土)13:00 ピースパレード出発13:30
■場所:坂本町公園(阪本小学校隣、地下鉄・茅場町駅徒歩2分、日本橋駅徒歩5
分) 
 http://www.city.chuo.tokyo.jp/index/000456/010267.html
■パレードコース(予定):坂本町公園→東京駅→数寄屋橋→新橋土橋→日比谷公園
■発言・演奏:横須賀からの報告、「人間の盾」参加者(予定)、生田卍&Soso
・新曲「ありがとうブッシュ」
◎ピースパレード〈一緒に銀座を歩きませんか〉
◎手作りプラカード、楽器・鳴り物などお持ち寄りください!
◎思い思いのアピールグッズ持参歓迎!
■協力・WORLD PEACE NOW実行委員会
 http://www.worldpeacenow.jp/




Z・ブレジンスキー著「地政学で世界を読む」
国連主導より日米同盟を重視する戦略転換


2003年4月10日 木曜日

東北アジアの地政上の要衝である朝鮮半島も、アメリカと中国の衝突を引き起こす可能 性がある。そして、朝鮮半島の将来は日米関係にも直接影響を与える。朝鮮半鳥が分断さ れ、不安定な北朝鮮と豊かさを増す韓国に分断された朝鮮半島に戦争が勃発する危険が残 っている間は、アメリカ軍は朝鮮半島に駐留し続けなければならない。一方的に兵力を撤 退させれば、新たな戦争の可能性が高まるばかりか、まず問違いなく在日米軍も撤退せざ るをえなくなる。アメリカが韓国を見捨てた後も、日本が在日米軍に依存し続けるとは考 えにくい。

日本は急速な軍備拡張で対応する可能性が高く、そうなれば、アジア全体の安 定が広範囲にわたって脅かされるだろう。 しかし、朝鮮半島が統一しても、地政上の深刻なジレンマが生まれる。アメリカ軍が統 一後の朝鮮半島にとどまれば、中国は当然ながらこれを自国に向けたものと受け取るだろ う。アメリカ軍が駐留を続けるのであれば、中国が朝鮮半島の統一を認めるかどうか、疑 問である。統一が段階的に進むいわゆる軟着陸であれば、中国は政治的手段を使って妨害 し、北朝鮮内部の統一反対派を支援するだろう。

北朝鮮が崩壊するいわゆる「硬着陸」の 形で統一が進むのであれば、中国の武力介入の可能性すら否定できない。中国の立場で は、日本を足掛かりとするアメリカの直接勢力圏に入るような形で朝鮮半島が統一するの は、認めるわけにはいかない。 しかし、統一後にアメリカ軍が撤退すれば、朝鮮半島ははじめは中国と日本の問で中立 の姿勢をとるが、しだいに中国の勢力圏に入って(いまだに激しい反日感情が一因にな る)、政治的に中国の強い影響を受けるようになるか、少なくとも中国の意向を尊重する ようになるだろう。そのとき生じるのが、日本がアジアで唯一、アメリカ軍に基地を提供 し続けることを望むのかという間題である。少なくとも、日本の国内政治で大きな分裂要 因になるだろう。

このため、東アジアでアメリカの軍事力が及ぶ範囲を狭めざるをえなく なり、ユーラシアの勢力均衡を安定的に維持するのが難しくなる。こうした点から、アメ リカと日本にとって、朝鮮半島が現状を維持した方が有利になる(その理由はそれぞれ若 干異なるが)。その現状を変えるのであれば、時問をたっぶりかけて段階的に進めていき、 できればアジアでの米中関係改善と並行させていかなければならない。

一方、日本と韓国がほんとうの意味で和解すれば、最終的にどのような形で朝鮮半島が 統一するにせよ、その背景となる地域環境を安定させる点で、大きな前進になる。日本と 韓国に真の和解が成立し、両国の協力関係が強化され、政治面での関係も深まっていれ ば、統一の結果、国際社会に生じる数々の複雑な問題も緩和できる。この和解を進めるう えで、アメリカは決定的な役割を果たせる。

日本が方向を 見失い、軍備を拡張するか、独自に中国との関係を強化するようになれば、アジア・太平 洋地域でのアメリカの役割が失われ、この地域にアメリカ、日本、中国の安定した三国間 関係を構築するのは不可能になる。そうなれば、アメリカの管理に基づく政治的均衡状態 をユーラシア全体に作り出すこともできなくなる。 方向を見失ったときの日本は浜に乗り上げたクジラのようになる。なす術なく暴れまわ り、周囲に危険を及ぽす。

そうなれば、アジアの安定が脅かされかねず、地域の安定を維 持するための戦略として、日米中三国の均衡に代わる現実的な方針を編み出すことはでき ないだろう。アメリカは、日本との緊密な同盟があってはじめて、アジアで大国の地位を 追求する中国の動きを取り込み、その野心の暴走を防ぐことができる。この前提がなけれ ば、複雑な三国問協力関係、すなわち世界大国のアメリカ、アジア大国の中国、そして国 際社会で主導的役割を担う日本の協力関係を築くことはできない。

したがって、近い将来、現在の在日米軍の規模を縮小するのは望ましくない(在韓米軍 についても同様である)。しかし、日本の軍事力の地政上の対象範囲や実際の規模を、大 幅に拡大させるのも望ましくない。アメリカが軍事力を引き揚げていけば、日本は戦略の 方向性を見失って動揺し、大規模な軍備拡張に走るだろう。また、アメリカがこれまで以 上の軍事的役割を日本に要求しても、アジア安定の見通しが暗くなるだけだ。

大中華圏を アジア地域の安定のなかに取り込むことができなくなり、日本が国際社会で建設的な使命 を果たすこともできなくなり、ユーラシア全体に、地政上の安定した多元性を生み出そう という努力も暗礁に乗り上げる。 さらに、日本がアジアから世界に視点を移すべきだとするなら、日本に意義ある役割や 特別な地位を提供し、日本が国益を十分追求できるようにしなければならない。

地域大国 への道を進んで世界大国の立場を追求できる中国とはちがい、日本は地域大国への道を放 棄することによって、世界に対する影響力を獲得できる。しかし、だからこそ、日本にと って、アメリカの特別の同盟国として国際社会での使命を果たしていけば、政治的な満足と経済的な利益を得る見通しをもてるようにすることがきわめて重要になる。この目的のために、アメリカは、日米自由貿易協定によって日米共同の経済圏を形成することを検討すべきだろう。これにより、制度の上でも両国の経済的結びつきを強化すれば、アメリカのプレゼンスを東アジアに維持し、日本が国際社会で建設的な貢献をするための地政上の基盤となるだろ。

結論をいえば、アメリカにとって日本は、世界が深く広く協力できる枠組みを構築するとき、もっとも重要な同盟国となる。しかし、中国の地域大国化に対抗することを狙った地域体制のもとでの軍事同盟国として扱ってはならない。.日本はアメリカが国際社会で新たな課題に取り組むときの同盟国でなければならない。パワーポリティクスという通常の分野では、アジアで圧倒的な力をもつ中国が、東アジアでのアメリカの錨として、ユーラシアに勢力均衡を作るのに役立つ。その意味で、ユーラシア東端の大中華圏は、西端の拡大ヨーロッパに匹敵する。

Z・ブレジンスキー著「地政学で世界を読む」P300−P304

今日の国連の安全保障理事会の北朝鮮の核開発問題で、中ソVS米欧日の対立構造が浮かび上がってきている。イラクのようにアメリカの武力介入で北朝鮮を開放されてはならないとする中ソの思惑からです。しかしアメリカも金正日の排除は考えていても、北朝鮮の消滅はブレジンスキーの著書{地政学で世界を読む」からも望んではいない。

むしろブレジンスキーは日本と韓国との一体化を望んでいるようだ。何のことはない、戦前の極東体制に戻るのが一番安定することになる。台湾についても日本と一体化すれば、中国は台湾に手出しできなくなる。中国や北朝鮮勢力が日本で集団的自衛権に対して、必死に反対しているのも、日・米・台・韓の軍事同盟が出来るのを防ぐためである。

しかしブレジンスキーは台湾を、一つの中国の内の一つという立場を保つべきと主張している。アメリカの台湾に対する曖昧な態度は、明らかに中国に対する挑発行為である。極東を安定化させたければ台湾の独立を認め、日・米・台・韓の極東版NATOを作ればいい。しかしながらこの案はどの国も賛成しておらず、日本だって余計な軍事リスクは負いたくはない。

日本の政治家や学者達は日米安保体制に埋没して、日本の国家戦略を考える事が無くなってしまった。戦前においても松岡外務大臣がとんでもない外交戦略を推進したり、ヒトラーに裏切られると「国際外交は不可解なり」と言って首相を辞職したりと、まったく外交戦略に対する研究が遅れてしまっていた。その伝統は現在も変わっていない。

国際的な国家戦略を考える上においては、政治、経済、外交、軍事、歴史、文化、宗教、自然科学とあらゆる分野における事を総合的に考える事が出来る、天才的人物でないと、理解も出来ないし、さらに進んだ研究も出来ない。アメリカなら財閥が資金を出して多くのシンクタンクが機能しているが、日本にはそれがないのだ。あっても機能していない。

ブレジンスキーが1997年に書いた「ザ・グランド・チェスボード」は、幸いにして直ぐに翻訳されて出版された。現在のイラク戦争も、アメリカの中央アジア戦略の一環である。カザフスタンからスエズ運河に至るまでの地域を、ブレジンスキーは3月5日の株式日記でも書いたとおり、地球規模のバルカン半島であるとしている。アメリカが世界の反対を押し切ってイラク攻撃に踏み切ったのもアメリカの国家戦略である。

ヨーロッパの帝国が衰退した原因はバルカン半島の内紛に巻き込まれたからである。アメリカは世界的規模のバルカン半島に手を出してしまった。しかし中東の油田はロシアや中国やヨーロッパにおいても生命線である。アメリカは軍事力でイラクを支配するのは日本の協力抜きでは無理だろう。

イラクへは日本から空母や沖縄の海兵隊が出撃している。つまりアメリカの生命線を日本が支えている事になる。ブレジンスキーも日本が最も重要な同盟国と書いている。だからこそ日本の政治家も国際戦略を勉強して、対米外交をすべきなのだが、ただ単に対米従属外交を墨守するばかりなのだ。政治家を支えるべき戦略家が日本にはいない。だから私が政策提言していかないと日本は立ち直れないのだろう。

小泉首相は外交音痴であり、「その場の雰囲気」で日本の外交戦略を変えてしまう。小泉首相自身、戦後以来の外交戦略を変えたことを自覚していないのかもしれない。外務省の官僚たちもその意味が分かっているのだろうか。去年の9月17日の日朝会談も「拉致問題」に度肝を抜かれ、核開発問題は「その場の雰囲気」に呑まれ会談の議題にも出来なかった。いったい外務省は何を考えているのだろう。日本の外交戦略の不在が「雰囲気外交」に流されてしまっている。

「砂漠の戦争」 行政調査新聞社 主幹=松本州弘






ジョン・W・ダワー著「容赦なき戦争」
欧米人から見た日本人の幼児性

2003年4月9日 水曜日
大平洋戦争末期、すでに戦闘能力を失った日本の66都市を、アメリカが核爆弾と焼痍爆弾で無差別爆撃し40万人の非戦闘員を殺戮した行為は、なぜ「人道に対する罪」ではないのか。ナチスのユダヤ人ホロコーストに激しく嘔吐した連合国が、どうして対日無差別爆撃を正当化しえたのか。本書は、欧米型人道主義がことさら目と口を塞いできた戦争の人種的側面に、真正面から迫った労作である。

「ユダヤ人の大量虐殺を別とすれば、人種主義は、第2次世界大戦を語る場合に主題として取り上げられることはほとんどない」。しかし、ドイツと日本の残虐行為を見る連合国の目は人種的に両者を差別していた。ドイツの残虐行為は「ナチスの犯罪」であり、ドイツ文化や国民性に根ざすものではなかった。これに対して、アジアの戦場における日本の残虐行為は「単に『日本人』の行為として伝えられていた」。

 ジョン・ダワーは、大平洋戦争当時のアメリカの政府高官や軍指導部の発言、新聞・雑誌の論調、さらには映画、ポップカルチャー、時事マンガにいたる膨大な資料を渉猟し、そこに通底する「赤裸々な人種主義的本質」を摘出した。「日本人は人間ではない。残虐なサルだ。だから1匹残さず殺せ」という意識が、戦争遂行機関、マスメディア、戦場の兵士を貫いていたという

たとえば、ルーズベルト大統領主席補佐官のウィリアム・レーヒにとって「日本はわれわれのカルタゴ」だった。彼はローマ帝国がカルタゴの消滅を戦争目的とした史実に、アメリカの対日戦争目的をなぞらえていたのである。「コリアーズ」誌は、レーヒの考えをもとに「日本を破壊すべし」という論説を掲載した。この表題はローマの大カトーが元老院で演説した「カルタゴを破壊すべし」からの転用だった。

 アメリカの戦争目的が「野蛮なサルを絶滅させる」ことである以上、大平洋戦争が徹底殺戮の「容赦なき戦争」になったのも当然である。しかし、「世界の大部分を巻き込み、5000万人以上の人命を奪った前例のない破壊的戦争において、どうして一方の敵対者だけの野蛮性など語ることができようか」。残虐行為のジェネレーターはステレオタイプの人種観であると、ダワーは言うのである。(伊藤延司)

アマゾンコム「容赦なき戦争」ブックレビューより

アメリカのイラク攻撃は最終段階を迎えている。イラク軍の組織的抵抗は最初から破壊されて出来なかった。これでは戦争ではなく、軍事的掃討作戦である。イラク軍の飛行機や戦車や大砲は何処へ消えたのだろう。60万とも言われるイラク国軍の兵士は何処へ消えたのだろう。大統領直属の精鋭部隊も姿も形も見えない。あるのはただ民兵達の散発的な抵抗だけである。

独裁者の国家というのは意外と対外的な軍事力は弱いのかもしれない。あまり国軍が強すぎるといつクーデターで政権を奪取されるかわからない。だから強力な武器は持たせられず、パレード用の戦車や飛行機しか装備は持たせられない。その代わり国内の治安組織や親衛隊ばかりに金をかけて独裁体制を守ろうとする。その独裁体制が20年も続けば国力は疲弊しきっていたのだろう。

アメリカがこれほど執念深くイラク攻撃にこだわったのは、戦前の日本に対する執念深さに共通する。日本政府がもっとうまく立ち回っていれば太平洋戦争が防げたというのは甘かったようだ。イラクのサダム・フセインはのらりくらりとアメリカをかわして、アメリカとの戦争を防ごうとしたが無駄だった。戦争キチガイのアメリカの標的にされたら、あらゆることをでっち上げて戦争を仕掛けてくる。

日本のこれからの対アメリカ外交も、ブッシュの尻の穴を舐めるような屈辱を舐めても、アメリカの言いなりにならざるを得ないのだろう。中国もユーゴの大使館を誤爆されても文句が言えなかった。ロシアもイラク戦争でロシア大使が誤爆されても抗議すら出来ないでいる。日本へも「えひめ丸事件」で9人の犠牲者が出ても何も出来ない。このようにアメリカのやりたい放題の状況はアメリカをますます狂わせている。結局ゆくところまでいって滅び去るのだろう。

ジョン・ダワー教授の「容赦なき戦争」はアメリカ側から見た日米戦争における日本に関する分析を現したものである。アメリカ人の本音はなかなかわからないが、戦争という極限状況になるとアメリカ人は本性を現してくる。そのような実態がわかっていればイラク戦争におけるアメリカの暴虐ぶりは予想できた。

「容赦なき戦争」でも指摘されているが、日本人の幼稚性はマッカーサーも同じことを指摘している。西欧人が日本人と相対する時は、子供に対するような感覚を抱くのだろう。教育レベルは高いのだが精神年齢が16歳ぐらいの学生のような感覚なのだ。サラリ−マンが電車の中で漫画を読んでいる。テレビはお笑いバラエティーばかりだ。一流会社のOLたちのふるまいも大人とは思えない。日本のトップ達の趣味と教養の無さも西欧のトップ達と比べると目立ってしまう。大人の文化は無くは無いのだが限られている。「容赦なき戦争」では日本人の幼稚性について次のように書いている。

日本人が幼稚より穏やかには無邪気であるということは、日本の称賛者と見なされ ていた欧米人の論評の中でさえ、当初から目につく決まり文句だった。ラフカディオ・ハーン は世紀のかわり目に日本人に関する事柄を広めた人物であるが、「日本人の暮らしの魅力は、 主として幼年時代の魅力である」と結論し、この日本の無邪気な側面が戦前、多くの外国人を ひきつけたのであった。ときには日本人を子供とする見方が無意識のうちに現われた一九 四一年八月、チャーチルとローズベルトが、日本に対する最上の策は、さしあたり「あやす」 ことであると合意したり、同年十二月、日本の東南アジア侵攻軍は、「訓練途上の一六歳のガ キ」で構成されていると噂されたりした。とはいえ、日本人を子供っぽいというときは、直裁的なことが圧倒的に多く、生来の未熟さを意味しているのは明白であった。

日本に関する他の 多くのことと同じくジョセフ・グルーは、世間の決まり文句に権威のお墨付きを与えた。「日 本人は子供なのだから、子供として扱わなければならない」と真珠湾攻撃の一週間あまり前の 日記に書いた。その日記は四四年に出版されてかなり評判になった。もう一人の古いアジア通 で中国勤務が長かったイギリス人アーネスト・ナッシュは、由緒ある「アジア」誌に、日本の 「国民の心理的衝動は幼年期の状態のままである」と書いた。「ニューズウィーク」誌の古い日 本通コンプトン・パケナムは、「ジャップ徴募兵の幼な心」をアメリカ人に紹介し、多作な日 本専門家ウィラード・プライスは、戦時中の著書の一冊のある章に「日本最後に成長する もの」という題をつけた。

子供という隠喩は、日本人を理解するための核心的な概念として、未熟.原始性.暴力.情 緒的不安定という部分的に重なり合う本質を際立たせるような方法でよく用いられた。たとえ ばリベラルな「アメリカン・マーキュリー」誌の筆者は、日本を「全人類の家族の中の半分野 蛮ないたずら小僧」と呼んで、原始性と幼稚さを見事に結び合わせた。ほかの人々は、幼稚さ を非行少年の行動に結びつけたが、一九四四年の日本人の性格構造に関するニューヨーク会議 で専門家たちが行なったこととまさに同じであった。

たとえば「ニューヨーク.タイムズ.マ ガジン」は、捕虜になっていたアメリカ人によるフィリピンの日本人についての記事を載せ、 彼の監視兵を「最もくだらない馬鹿げた抑圧不良少年の一団から予想するたぐいのこと」 をやる連中として記述した。シンガポールで憲兵隊の拷間を受けたイギリスの捕虜は、そうい う目にあわせた連中が「一四歳の駄々っ子」のように振る舞ったと語つた。「リーダーズ.ダ イジェスト」誌は戦争が終わった八月号で、四分の三世紀にわたり「日本人は世界の問題児となってきたLと伝えた。

日本人が問題児および非行少年であるという診断から情緒的に環境に適応できない青年、そ して結局、全体として狂った民族となるまでには、ほんの一歩しかなかった。日本人の暴力は 「癇癪」であるというゴーラーとエンブリーが唱えはじめた説は、日本人に関して一般向けの 心理学的説明に携わっている人々にはすこぶる魅力的であることがわかった。

たとえばイギリ ス情報省の一九四五年のパンフレットは、日本で何世紀にもわたって築き上げられてきた社会 的統制が、「人生の諾問題に対して、厳しく育てられ絶えず抑圧された子供から予想されるよ うなリアクションをとる個人として、日本人を生み出してきた」と説明し、さらに「フィリピ ンでの敗北後、あらゆる制約がきれいさっぱり失われたときの彼らの行動がその典型であった。 それは怒り狂って白制心を失い、おもちゃを打ち壊し、仲間であれ誰であれ近くにいる者を蹴 とばす失望した子供にそっくりだった」と述べた。

癇癪の他の側面は、日本人を指導者たちに 屈従させる「群がる本能」であると情報省の説明は続いている。戦争の終わりにアメリカ海軍 は、占領任務につく要員のための日本に関する手引きに、だいたい同じ説明を載せた。日本人 は屈辱に対して「気の短い子供のように」反応し、「すみっこですねて気に病み、甘やかされ なだめられない限り、自殺するかメンツをつぶした男を殺しかねない」。他の大衆向けの論評 はもっと無遠慮だった。ヒュー・バイアスは一九四三年の記事に、日本兵は「うすのろ」だと 書いた。

ある海兵隊員によれば、日本人は単に「徹底した気違い、頭の中が病気、それだけの こと」であった。「アメリカン・リージョン・マガジン」は、別の海兵隊員の語に「これらニップスは気違いだ」という題をつけた。これは露骨ではあったが、日本専門家、社会科学者、 行動科学者が臨床的な用語を使って言っていたことと本質において異なるものではなかった。 一九四三年までには、アジアと太平洋の大半の日本兵が、窮地に陥り敗北を運命づけられ、 そのことを知っていた。多数が病気または飢えのため死亡した。他の何万人かは狂信的な粘り 強さを発揮して戦い、最後の戦いではしばしば逆上した。

無謀な攻撃を仕掛けて殺戮されるに まかせたり、敵に対して使える豊富な弾薬がありながら手榴弾で爆死したり、天皇の名前のみ ならず英語で奇怪な文句を叫びながら死の突撃をしたりした。この戦場での狂乱ぶりや断末魔 の苦悶は、むろん連合軍の兵士や従軍記者の度肝を抜いた。その残虐行為により、敵は野蛮で あると見なされるようになった。これらバンザイ突撃や集団死によって、日本人は気違いと認 定されるにいたった。そして、こうした戦場の地獄図から、個人としても集団としても文化的 な進展、精神的、感情的な発達というあらゆる面での成長を妨げられた民族全体の肖像が現わ れた。

ジョン・W・ダワー著「容赦なき戦争」P261−P265より




シオニスト・宗教右派・統一教会・創価学会
民主主義は宗教とマスコミで麻痺させられる

2003年4月8日 火曜日

統一教会は、ユダヤ勢力の米国右派のとりこみのお手伝いもしています。ロックフェラーと組んで、米国福音派の指導者を、次から次にカネで(多分、オンナも使って)篭絡しています。現在では、福音派の重鎮たちは、揃って、文鮮明に忠誠を誓い、文をメシアの再臨とまで呼ぶ指導者すら現れています。統一教会は、一応、福音派の亜流とみなされることのある宗教です。当初は異端視されたものの、ロックフェラー や、その番頭である大ブッシュの強い後押しもあり、米国の保守層にも容認される社会的地位を、いつのまにか手に入れてしまいました。

福音派の中核を握り、福音派信者7000万人の票を左右するキャスティング・ボードを手に入れたのです。そして、隠れユダヤ、ロックフェラーにその票を献上したのです。小ブッシュの為に、フロリダの福音派信者の票を取り付け、小ブッシュを当選に導いたテレビ伝道師、パット・ロバートソンも、勿論、文鮮明にカネで飼われた「盟友」です。かくして、福音派の大勢力を騙して味方につけたロックフェラーら、隠れユダヤ勢力は、共和党を乗っ取り、イスラエル・ユダヤのための世界改造(改悪)に着手したと言うことです。その第一段階が、自作自演テロである911に続く、アフガン侵略であり、第二ステージが、イラク侵略と言うことです。そして、連中の計画には、第三、第四ステージもあるのです。

統一教会は、韓国のKCIAと深い関わりのある宗教です。当初は、「反共色」とは無関係のキリスト教っぽい普通の宗教だったらしいのですが、突如、文鮮明が「反共」を掲げ、韓国の軍事政権に取り入ることに成功したようです。「反共」の看板自体が、共産国家と対峙する軍事政権に浸透するための方便であったと。以後、文の組織とKCIAとの密接な関係が出来たと思われます。さて、KCIAは、いわば米国CIAの韓国の出先機関のようなものです。

そして、CIAはそもそもロックフェラー財閥の私兵として発足したものであり、隠れユダヤ、ロックフェラーの利益のために動きます。現在の米国大統領の父親も、ロックフェラー家に出入りするチンピラ集団から出た人物であり、後に(ケネディー暗殺事件を経て)ロックフェラーの抜擢により、CIA長官となり、更に、副大統領、大統領と上り詰めた人物であると解します。その次のドイッチェ長官以降、CIAの幹部席は、ロックフェラーの息の掛かったユダヤ人で埋め尽くされたそうです。実際、CIA長官や幹部は、ウォール街のユダヤ系金融資本から送りこまれてきた経緯があります。CIAはロックフェラーを長とする米国ユダヤ社会の金儲けの道具として機能しているのです。しかし、私は、CIAがユダヤ化したのは、ドイッチェ以前であろうと考えます。ブッシュが長官であった時点、もしくはそれ以前に、CIAのユダヤ隷属は始まっていたのではないか?実際、現在のCIAは、「イスラエル・モサドの下部機関」と揶揄される存在です。もはや、米国の国益のために働く機関ではありません。

さて、創価学会という巨大宗教があります。この教団が実質的に在日・帰化人によって経営されている在日宗教であることをご存知でしょうか?尤も、信者 ですら、大半は、そのことを知りませんが。そして、帰化人、池田大作は、同胞である文鮮明と連携している、ユダヤCIAの手先であり、隠れユダヤ、ロックフェラーの大口取引先でもある と考えます。 (ユダヤと提携したおかげで、創価は国連にまで潜り込んでいます。)創価が在日組織であることを垣間見せた事実をご紹介しましょう。なんと、創価は韓国の大統領選挙にまで介入していました。金大中に依頼されて資金援助したのです。韓国の大統領を創価の金が決めた。池田大作が日韓に跨る半島人脈のボスの一人であることの証左です。

我々の知らないうちに、池田大作の手下達は、日本を裏から、がっしりと支配しています。それも、悟られないようにひっそりと。これは、ある種の恐怖です。創価は、メディアも支配しています。創価を批判した記事は、新潮社以外は殆ど見掛けなくなりました。ちょっとでも批判をすれば、創価学会の雑誌でこっぴどく叩かれ、かつ信者からいやがらせ電話が殺到し、個人的に脅しを掛けてくることすらあります。そして、恭順したメディアには、ご褒美として出版、印刷の仕事が下賜されるのです。かくして、メディアは創価を批判できなくなり、創価は報道を気にせずに犯罪に手を出せるようになりました。そういう社会のタブーを許してしまえば、犯罪はおのずから、そこに流れ込んでいくのです。治外法権を求めて。私は、日本の麻薬業界のマネーロンダリングもこう言った宗教団体の特殊性を利用して行われていると考えます。

CIA資金の自民党への流入には、どうやら、池田大作の創価学会が使われたようです。宗教法人は、非課税です。創価の台所の中身は、ブラックボックスにしまわれて外部にはわかりません。国税でも手を出せないでしょう。その創価を経由して、CIA資金が自民党に配布されていたのではないかとする説があります。それ以前に、戦前は弾圧されていた創価が、戦後一機に成長した背景には、「低所得者層の共産化を防ぐ」というGHQの目論みがあったのではないか?そのために、(前の会長が暗殺されたのではないかという説もあるが、)若くして池田大作が会長となり、貧乏長屋の住人や在日の困窮者を吸収する仕事を進めたのではないか?池田は、親の代に帰化した韓国・朝鮮人と言われています。現在の創価学会の幹部も3分の2が、在日や帰化人で占められているようです。もっとも、一般信者は知りませんが。池田が、同じ系譜の文鮮明と提携していると見る向きもあります。私も同意見です。

ロックフェラーは、CIA・統一・創価を使って、自民党を支配してきたのか?

毎日テレビに送られてくる従軍記者たちのレポートを見ていて気がつくことが一つあります。イラク兵にしろアメリカ兵にしろ死体がほとんど写っていない。イラク住民も巻き添えで大勢死んでいるのですが、検閲でほとんど撥ねられるようだ。ベトナム戦争でアメリカは懲りて戦場の死体は映させない。アメリカ国民はアフガニスタンやイラクで大勢の一般市民が死んでいるのを知らない。アメリカの従軍記者のテッド・コッペル氏もその事を触れていた。

アメリカ国民のイラク攻撃支持の高さも、このようなマスコミの操作と宗教が大きな要因となっているようだ。アメリカのキリスト教信者たちはなぜ弱くて貧しい国へ爆弾を落とすことを支持し続けるのだろうか。弱くて貧しい国の独裁者を排除するためならば他に方法がいくらでもあるだろう。アメリカのキリスト教信者たちの神経は明らかに狂っているのだ。弱者の味方であるべきイエスの教えは何処へ行ってしまったのだろう。

アメリカのキリスト教の一派は明らかにサタンに取り付かれた宗教だ。しかしその一派はアメリカで9000万人もの信者を持つ多数派となっている。文鮮明に率いられたキリスト教の一派も相通ずるせいか宗教右派と連帯を組んでいる。連帯を組む理由は金と選挙だ。信者の数の多さは政治家達を取り込むのに有利になる。日曜日のNHK-BSの「世界潮流」でも宗教右派と政界ロビー活動について詳しく報道していた。

その宗教右派と統一教会の連帯にロックフェラーが一枚加わっているから世界は大変なことになっている。まさに宗教と政治と財閥がトライアングルを築いている。いずれも腹黒い一面を持った連中同士のトライアングルだ。彼らに睨まれたらアメリカのマスコミも潰されるから、マスコミは彼らの広報部となっている。このようなトライアングルは日本にも築かれている。

そのキーワードはロックフェラー・CIA・創価学会の関係だ。自民党はCIAが生みの親となり、資金面でもCIAに頼ってきた。もちろん資金ルートは時代によって変化している。最近はアメリカと同じように宗教団体を隠れ蓑にしているようだ。その宗教団体が悪の世界的連帯を組み始めている。ユダヤシオニスト=アメリカ宗教右派=統一教会=創価学会という連帯だ。だから彼らのプロパガンダには共通性がある。

言い換えればイスラエル・モサド=アメリカ・CIA=韓国・KCIAの繋がりだ。日本の政界にはこのような宗教的世界組織と秘密工作機関の世界組織に取り囲まれて、日本の政治家達はにっちもさっちもいかない状況になっている。逆に彼らと手を組めば総理大臣になるための出世コースを歩むことになる。ブッシュ大統領にしろ、小泉首相にしろ同じ二つの世界的連帯組織から担がれた政治家だ。それらを束ねているのがロックフェラーだ。

イラク戦争を仕掛けた黒幕はロックフェラーだ。ブッシュ大統領は戦争をしなければ葬り去られたであろう。アメリカ軍がイラクに攻め込んで最初にしたのがイラクの油田地帯の確保だった。ロックフェラーは目的をすでに達成した。フセインが生きていようと、大量破壊兵器がイラクに無くても後はどうでもいいことだ。ロックフェラーはこれでサウジアラビアとイラクの油田を独り占めしたことになる。

911はユダヤによるユダヤのための戦争である。




アメリカ合衆国史は先住インディアン迫害の歴史
一極支配体制とは米国による全世界の「開放」である

2003年4月7日 月曜日

コロンブスが新大陸を「発見」した当時、現在のアメリカ合衆国部分には200万人以上のインディアンが存在したと考えられている。 かれらの生活様式・住居・政治組織・経済機構・言葉は部族によって多様であるが、宗教や自然への対応という点では一定の共通性をもっていた。宗教が深く根を降ろした生活を送るインディアンにとって、人間は自然の一部にほかならなかった。彼らは自然の中で自然と一体となって生活していたのである。しかし、白人の到来によってインディアン独自の生活には終止符がうたれた。

インディアンは、土地も生命も文化も奪われていくのである。たしかに、16世紀前半から始まる白人との接触によってインディアンが得た銃・鉄製品・衣類・馬などは、かれらの生活をより豊かにしたかもしれない。しかし、同時に白人が持ち込んだ伝染病や酒はインディアンの生活に大きな打撃を与えたこともまた事実である。そして、白人はしだいにかれらの土地を奪い、生活様式さえも強制的に変えようとしていく。1776年の合衆国独立宣言には、「すべての人は平等につくられ……」とうたわれているが、インディアンがこの「すべての人」に含まれないのは明らかだった。

合衆国は、領土の拡張と白人定住地の拡大を国家的使命としたが、その使命はインディアンの征服と土地奪取なしには達成されえなかった。最初、インディアン部族を主権国家とみなして条約を結んで土地を購入するという政策をとったのもつかの間、1803年にジェファーソン大統領が「われわれが手を振り降ろしさえすれば粉砕されてしまうことをインディアンは理解すべきだ」と述べたように、合衆国の国力が強まるにつれ、「力」による抑圧が公然と行われていった。1830 年、ジャクソン大統領は強制移住法を制定し、5万人のインディアンをミシシッピ川以西のインディアン=テリトリーへ移住させた。頑として移住を拒否し続けたチェロキー族も、ついに1838年に連邦軍によってジョージアから追いたてられた。

1万2000人のチェロキー族一行は、冬空の下、5ヵ月をかけてオクラホマへの長い行程を強いられた。寒さ、飢え、病、暴行によって8000人もの命が失われたという「涙の旅路」である。 強制移住の結果、ミシシッピ以東の土地はほぼ完全に白人に開放された。そして、連邦政府は移住させたインディアンに対しては「文明化」を推進していく。「年々増加していくわが国の自由な発展のために、神から与えられたこの大陸にわれわれが拡大するという明白な運命の偉大さ…」これは、1845年にあるジャーナリストが領土拡大と定住地拡大を合衆国の運命として正当化した言葉である。

19世紀半ばの時点で、ミシシッピ以西には、強制移住させられた部族を別にすると、30万人近いインディアンが存在した。そのなかには、スー・シャイアン・コマンチ・ナヴァホ・アパッチなどの狩猟生活をおくる部族が含まれていた。19世紀後半、とくに1860年代から80年代にかけての西部は、こうしたインディアンと白人との激烈な戦いの場となった。

今世紀に入り、それらの戦いは西部劇の題材としてたびたび取り上げられることになる。ただしハリウッドが創り出した「正義の騎兵隊vs野蛮で残忍なインディアン」という図式が、「明白な運命」的な発想に固執した白人の身勝手な虚構であることはいうまでもない。 インディアンにとっては、侵略者から自分たちの生活を死守するための戦いだったのであり、実際に野蛮で残虐だったのは白人の側だったのである。

合衆国の発展と繁栄は、まさにインディアンの屍の上に築かれたものだったが、白人たちは辛うじて生き延びたインディアンに対しては、生存の条件としてインディアンであることをやめるよう要求した。インディアンの文化的抹殺こそが、文明の勝利だと確信されていたのである。すべてのインディアンが合衆国市民として認められたのは、ようやく1924年のことだった。

19世紀末に25万人にすぎなかったインディアン人口は、現在142万人(1980年)にまで回復している。しかし、社会的・経済的裏づけのない政治的権利は、インディアンにとっては、絵に描いた餅にすぎない。収入・学歴・生活環境なとさまざまな指標では、インディアンは民族集団の中でも最下位に位置している。インディアンへの人種的差別も根強いものがあり、依然として合衆国の中でインディアンがインディアンとして生きていくことは容易ではないのである。

<楽しい世界史> アメリカ合衆国史 インディアン迫害の歴史より

昼のテレビを見るとイラク戦争においてのアメリカ軍の勝利は確定的になった。イラク軍には反撃するだけの戦力はすでに無いようだ。バクダッドは包囲され、バスラはイギリス軍がようやく制圧したようだ。最初からイラク空軍は全く姿が見えず、橋は全く破壊されず、道路は地雷などの障害物はほとんど無かった。戦う前からイラク軍は形だけで、あるのは小火器しか持たない民兵隊だけだった。二千数百台あるとされていたイラク軍の戦車は何処へ消えたのだろう。

このようにイラク軍は以前から形だけの戦力しかなく、近隣諸国へ脅威を与えるほどの国力はない。12年前の湾岸戦争で近代兵器はほとんど破壊され、スカッド・ミサイルなどの残りも国連査察で解体された。サダム・フセインは悪い独裁者だが、米英が25万もの大軍を送り込んでイラク全土を制圧する必要があったのだろうか。国連の査察だけでもイラクを押さえ込むには十分であり、ビンラディンのようにサダム・フセインもどっかに雲隠れしてしまっては意味が無い。

このように、ほとんど無力なイラクに対し、アメリカがありとあらゆる言いがかりをつけて、武力で一方的に軍事介入をするのは許される行為だろうか。アメリカは何故このような野蛮な行為が出来るのだろうか。それはアメリカの国家の成立と国土拡大の歴史を遡れば、アメリカの恐ろしい実態が見えてくる。六十数年前の日本は、アメリカにとっては新たなるインディアンであった。そして現代のインディアンはイラクであり、アラブ諸国なのだ。

日本の小泉首相はアメリカにとってはインディアンの酋長に過ぎない。言うことを聞かなければイラクのサダム・フセインのようになるぞと、アメリカのネオコンたちは世界の首脳達に脅しをかけている。特にフランスやドイツの首脳達はイラク戦争の戦況を見て、あわててアメリカ支持を打ち出した。この点ヨーロッパの首脳は変わり身が早い。小泉首相はアメリカ支持を打ち出していたからネオコンの制裁からは何とか逃れられるだろう。

私はこのような状況がわかっていたから、国民感情としてはイラク攻撃反対でも、日本政府としてはアメリカ支持をすべきであると提言した。日本は武装解除されたアメリカインディアンなのだから、アメリカに逆らえばネオコンはどのような制裁をしてくるかわからない恐ろしい集団だ。昨日のNHK・BSの「世界潮流」という2時間番組で「宗教右派とネオコン」の特集をしていましたが、ご覧なった方は、彼らがいかに神がかり的で狂信的であるか分かったかと思います。

宗教右派と呼ばれるキリスト教福音派はアメリカでは4割を占める多数派だ。彼らのうち200万人もが学校に行かず家庭で教育を受けている。公立学校では宗教教育が出来ないからだ。このような教育を受けた子供達がカルト教団のような狂信的子弟が育っても不思議ではない。その集団がブッシュ大統領を生み出すほどの勢力に育っている。このような狂ったアメリカを改めさせるにはもう手遅れだろう。そして彼らは神の名をかたり「正義」の名の下に世界統一を夢見ているのだ。

楽しい世界史のホームページ



WORLD PEACE NOW 4・5
嵐の中の反戦デモ(原宿表参道)

2003年4月6日 日曜日

昨日は奥秩父では雪が降るほどの寒さと、発達した低気圧が風と雨を呼び込んで、反戦デモをするには最悪の天候でした。これではプラカードを持って行進するわけにはいかず、ただ傘をもっての行進になってしまいました。写真はデモコースの最終に近い表参道の様子ですが、原宿あたりの若い人たちの関心は薄く、やはりイラク戦争は遠い国の出来事なのでしょう。

私の場合は反戦というよりかは、反米反グローバリズムのデモのわけなので、どの市民グループにも属していません。私のような民族主義者はグル−プを組んでデモ行進をすることは全く無く、一匹狼でインターネットで暴れているほうが向いているようだ。私は左翼でもなく右翼でもない。民族主義者というとイメージはよくないが、伝統的保守主義者と言い換えたほうがいいだろう。

私は日本の伝統と歴史と文化は守らなければならないと考えています。ところが親米派グローバリスト達は、それらを全てぶち壊し、野蛮なアメリカ型資本主義と文化を導入しようとしている。最近になってようやくアメリカ型資本主義も破綻をきたし始めた。だから軍事力でもってアメリカ経済を立て直そうとしている。現在のアメリカ政権は非常に危険思想に汚染されたキチガイ国家だ。

テレビのニュースでは、バクダッドに突入したアメリカ戦車が機関銃を連射しながら進んでいる。それに対し乗用車に乗ったイラク人が突撃してくる。もはやイラク軍は重火器すら持っていないのだろう。このような悲劇的戦闘が行われているにもかかわらず、原宿あたりを歩いている日本の若者は、お洒落には夢中だが、世界の出来事などには無関心で、反戦デモに対しても冷笑的だ。学生は政治活動をしてはならないといった誤った教育がなされているからだ。これでは民主主義が育つ訳が無い。日本はアメリカの被植民地国家なのだ。

反戦デモをしていて原宿や渋谷の通りを行く若い人たちのデモを見る目の冷ややかな視線が気になったのですが、これは私だけかと思ったのですがメールを頂戴したので紹介しますが、このような感想を持った人は、私だけではないようだ。

4/5はお疲れ様でした。
4月だというのに凍えるような寒さでしたね。
一緒に行くと言っていた友人が、
「雨が凄いし・・・、渋谷は知り合いがいるかもしれないし・・・」
と言ったので強制も出来ず、一人で参加する事にしました。
日本が『日本』である為の『世界新秩序』への抵抗を思いデモに参加しています。
(進化は必要ですが、日本の素晴らしい文化は残さなくてはいけない、
残したいと思っています)

3回目のデモでしたが、多くの白い目が気になりました。
白い目で見られることではなく、無関心という事が。
すっかり「エゴロジー」ウィルスにやられてしまってるようです。

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金正日はなぜ黄海に向けてミサイル実験をしたか、
中国が北朝鮮を「開放」する計画があるようだ。

2003年4月5日 土曜日

防衛庁が1日、北朝鮮が黄海に向けて地対艦ミサイルを発射したと発表。その後一転して「確認できない」と否定するなど、わが国の危機管理体制の甘さが指摘されているが、なんと公安当局が、北が日本海ではなく、黄海に向けてミサイルを発射しても不思議ではないという米国と中国がかかわる驚くべき仰天情報を入手していたという。

まず、今回の騒動を振り返ると−。関係者によると、防衛庁は同日午前11時20分ごろ、北朝鮮が約1時間前に地対艦ミサイル「シルクワーム」改良型を黄海に向けて発射した−との情報を米国から入手して発表した。韓国国防省が否定したため混乱したが、北は自国の北西部沿岸から北北西に向けて航行制限海域を設定していた。

これまで北は2月24日と3月10日に同様のミサイルを発射しているが、方向はすべて日本海。今回、友好国といえる中国を臨む黄海に、ミサイル発射の予告にも使われる航行制限海域を設定した点は見逃せない。にわかには信じ難いが、公安関係者は言う。

「実は先月半ば、某国諜報筋から『米中両国が対北問題で秘密裏に接触しているフシがある。どうも脱北者の秘密キャンプを中国国内に設置して、2、3万人規模の北朝鮮解放軍を組織・訓練。彼らを北に送り込み、金正日総書記の独裁体制を転覆させる戦略が検討されている』という驚くべき情報を入手した」

当然、正式に確認できる情報ではないが、米国は米本土を射程に入れるテポドン2など、北のミサイル・核開発は絶対に認められない。中国も北京五輪を控え、経済成長に水を差しかねない北の暴発は許し難い。米中両国の利益が一致する可能性もあるのだ。前出の公安関係者は言い切る。「もし、この情報を北が得ていれば、中国に対する警告の意味で、黄海にミサイルを発射しても何ら不思議ではない」

ZAKZAK 2003/04/04

このほど会った中国政府高官は、こんな打ち明け話をした。「裸足の人は輝く靴を履いている人のことを恐れない、という言葉が中国にはある。いまの金正日はそれだ。もう失うものはないから、何をするか分からない」

高官は80年代半ばに2年間、平壌で暮らしたことがある。妻は毎週、国境を越え中国側に野菜と肉の買い出しに行った。途中、飢餓で骨だけになった人々が多数うずくまっていた。北朝鮮の官僚たちは口ではイデオロギーを声高に叫ぶが、実は「カネの色」にしか関心がない実態をイヤと言うほど見てきた。表向き友好関係にある中朝関係が緊張に満ちていることも肌で知った。

先の江沢民・ブッシュ電話会談では、北朝鮮の説得についてこんなやりとりがあったという。「これは米国しかできないことだ」 「いや、中国こそ一番の適役だ」 まるで責任の押し付け合いではないか。

北朝鮮の崩壊、北朝鮮との対決、北朝鮮の核開発、どれも考えたくない悪夢のシナリオである。だから、どこも尻込みしている。米国は中国頼み、中国は米国頼み、をそれぞれ決め込んでいる。そして、時間だけが過ぎていく。その間に北朝鮮の核開発は進んでいく。

「中国は最後の最後まで動かない。最後に動くときは国益上どうしてもやらなくてはならないときだ。その時は、食糧とエネルギーの供給を停止するだろう」と中国のシンクタンクの北朝鮮専門家は厳かに語った。ただ、「その時」はすでに手遅れになっているかもしれない。

船橋洋一 「日本@世界」 (2003/03/06)

イラク戦争の陰に隠れている北朝鮮ですが、日本の情報収集力や情報分析力に疑問が持たれている。日本政府には情報局が無いから情報収集力が劣るのはやむをえない。日本は建前上軍隊を持たないから、より以上に情報収集活動に力を入れなければなりませんが、どういう訳か日本には情報局がない。また外務省や防衛庁の情報分析力にも、小泉首相や川口外相の迷走振りを見てもわかるとおり無きに等しい。

それは日本が独立国では無いからである。東京都や埼玉県が情報局や軍隊を持たないのと同じ理屈である。日本は様々な形でアメリカに「税金」を納めながら、アメリカの議会へ議員を出せないし、大統領を選ぶ選挙も参加できない。それでいながら日本に自主防衛や憲法改正の動きが国民の間から出てこないのは何故だろう。それは日の丸や国歌に対しても嫌悪感を催すように小学生のうちから洗脳教育がされているからだ。

北朝鮮は今や土壇場に追い詰められて、盛んに警告のためのミサイル実験を繰り返している。ノドンミサイルは射程が1300キロであり、それは日本をすっぽりと覆っている。ロシアや中国の中距離ミサイルも同じなのだが、日本の政治家は能天気でミサイルに脅威には感じてはいない。平和外交に徹していれば心配は要らないということなのだろう。アメリカに外交と防衛を丸投げしていれば心配は要らないというわけだ。

しかしそのアメリカが狂い始めている。カルト宗教団体がアメリカ政府の実権を握り、ハルマゲドンに執り付かれている。これには日本の親米派の人たちはそれを打ち消すのに躍起になっている。「ネオコン」や「キリスト教原理主義」は最近までマスコミに口にされることはなかった。しかしその実態に気がついたときは遅く、狂ったアメリカはイラク攻撃へ牙をむき出したのだ。

結論としては北朝鮮の脅威から日本国を守るためには、自身の力で守るしか他に方法がないことは明らかである。追い詰められた北朝鮮は何をするかわからず、アメリカも中国も持て余している。北朝鮮の崩壊も、核開発も、戦争も、アメリカや中国は望んでいない。ならば日本が資金を出して北朝鮮解放軍を組織すればいいのだ。旧満州には脱北者や朝鮮系住民がいるから彼らを組織すれば良いだろう。

独裁国家は経済制裁をしても効果がないことは、北朝鮮やイラクを見てもよくわかる。だから直接的な軍事介入するしか、独裁政権を転覆させることは出来ない。しかしそんなことは国際常識として許されない。だから国内の反体制組織を援助して転覆させるしかないのだろう。しかしそのような事が出来る情報工作機関が日本には無い。戦争が出来なければ謀略を使ってするしかない。




「イスラム原理主義VS宗教国家アメリカ」
福音主義という宗教右派の危険な思想

2003年4月4日 金曜日
1998年の春に当レルネット誌上において、『主幹の主観』シリーズを立ち上げて以来、既に30本を越える作品群を私は『イスラム原理主義VS宗教国家アメリカ』シリーズで上梓して、今日の世界の危機的状況について警鐘を鳴らし続けてきた。その中で、私は、宗教国家アメリカという観点から、アメリカ合衆国の政治的意思決定、ひいては、それを背後で支えるアメリカ社会の集団的意志形成の背景に、「神に選ばれた国」、「新しいイスラエル」としてのアメリカ合衆国の宗教的動機づけが大きく影響しているということを指摘し続けてきたので、レルネットの読者諸氏には既にお馴染みの概念である。日本の政官業そしてメディア関係者諸氏も、もっと『主幹の主観』を読んで、勉強していただきたいものである。

このアメリカ合衆国という人口国家の宗教性という理解抜きには、米国の政治・経済・文化あらゆる価値判断の基盤を理解できないと断言しても過言ではない。「イスラム教を奉じる独裁政権が大量破壊兵器を保有することの危険性」という議論があるが、私から言わせば、世界最大の軍事力を誇り、人類を数回絶滅させ得るだけの大量破壊兵器を保有するアメリカ合衆国が、実は極めて偏った宗教(原理主義)的動機づけ――これを神学的には「福音主義(Evangelism)」と呼び、政治的には「新保守主義(Neo Conservatism)」と呼ぶ――によって、その意思決定を行なっているということに、あまりにも無頓着な日本人が多いことのほうが、私にはshock and surprise(衝撃と驚き)である。

アメリカにおける福音主義という宗教右派とネオ・コンサバティブを繋ぐキーは「一極主義」である。自らが奉ずる価値のみが絶対的な真理であって、他の価値の存在を認めようとしないのは、イスラム原理主義も同じことである。1998年の8月に『正義という不正義』で論じたように、私は「そもそも正義というものが存在すると想定すること自体に、他者を自己の価値判断によって断罪するというに不遜な姿勢が現れるのである」と断じたのはそのことである。
 今回のアメリカの行動は、実は、既に2002年10月10日の時点で、決定的な方向づけがなされていた。フセイン政権を目の仇にするジョージ・W・ブッシュ米国大統領は、昨年の10月10日、上下両院から「イラクを武装解除、すなわちフセイン大統領を追放すること」についての全権委任を巧妙に取り付けたのである。その4週間後の11月5日に行なわれた中間選挙において、ブッシュ政権による2001年9月11日のいわゆる「同時テロ」事件と結び付けた政治的プロパガンダが、単純なアメリカ市民の心情を見事に掴んで、上下両院共に、ブッシュ大統領の共和党が多数派を占めるという政治状況がもたらされた。その余勢を駆ったブッシュ政権は、そのわずか3日後の11月8日に、今度は国連安保理において、イラクに対して、無期限無条件の査察の実施と大量破壊兵器の廃棄を求める決議(いわゆる『安保理決議1441号』)を全会一致で採択させることに成功した。

アメリカにとって必要である政治的法的手続きはここまでである。すなわち、アメリカ合衆国の国民から全権委任を受け、国連安保理からも全会一致を取り付けたブッシュ政権は、いわば、神の高みに立って「独裁者」サダム・フセインを断罪する権利を手に入れたのである。それ以後の国連を舞台にした様々な駆け引き、フランスやロシアの抵抗は、アメリカによって仕組まれた国連そのものを無力化させるための通過儀礼にすぎなかったのである。

「これがアメリカの常套手段だ」 レルネット主幹 三宅善信

米英軍のイラク攻撃は、昨日の3日から進撃が新たに始まり、バグダッド郊外の国際空港まで進撃したことを伝えている。イラク側の抵抗は強くなく、空爆によってイラクの精鋭部隊は壊滅したのかわかりませんが、激しい戦闘は起きていない。しかしイラク軍兵士の投降は少なく、イラク軍の戦闘車両の残骸もまばらにあるだけで、イラク軍の全面的抵抗は行っていないようだ。橋も落としていないから、最初からのフセインの戦略なのだろうか。

ブッシュ合衆国総統は3日に海兵隊の基地で、イラクの「無条件降伏」を求めました。水面下で停戦交渉が行われているという噂を打ち消すためでしょう。これではフセインとしてはブッシュ政権が倒れないと停戦交渉に持ち込めない。その為にはアメリカ国内の反戦世論に期待するしかないのですが、ブッシュは福音派という宗教右派とネオコンと手を結び、神の名をかたって戦争に突入した。アメリカ国内でイラク戦争賛成派が7割を超えているのも宗教が関係している。これでは血で血を洗う宗教戦争になってしまう。

この宗教戦争の恐ろしさは、特に宗教右派の教義が、異教徒に対する残虐性を秘めているからである。もちろん表向きは否定しているが、アメリカ国内の小学校からの教育において徹底した宗教教育が行われている。詳しいことはわからないが三宅善信氏は次のように書いている。

自分の小学生の娘が公立小学校でこの忠誠の誓いを毎日、声を出して読み上げさせられることに、異義を唱えたからである。しかし、ニュードー氏は、何も、合衆国に対する忠誠を拒否しているのではない。この『忠誠の誓い(Pledge of Allegiance)』の中にあるひとつの文句、すなわち「One Nation under God(神の下にあるひとつの国)」という語句にこだわっているのである。

なぜなら、ここで言う「God」とは、言うまでもなく大文字で始まるGodであり、一般的にユダヤ・キリスト教の「神(ヤハウェ)」を指していると思われているからである。しかし、無神論者はもとより、イスラム教徒や仏教徒やヒンズー教徒など、ありとあらゆる異なった伝統を有する移民から構成された多民族国家であるアメリカ合衆国にとって、「特定の宗教的祈祷を国家に対する忠誠の言葉に入れること自体、違憲ではないか?」という指摘があって当然である。つまり、憲法で明確に否定されている「国教」を想起するようなメッセージを公立学校で唱えさせることの違憲性を訴えたのである。そして、今回の「違憲である」という至極、当然の判決が連邦控訴裁判所(註:日本でいうところの高等裁判所)で出されたのである。

おそらく、連邦政府はこの判決に異義を唱えて、最高裁に上告するであろうが、それ以前に、この判決に対して、合衆国の各界各層から猛烈なブーイングが上がった。特に、議会においては、共和党・民主党を問わず9割以上の議員がこの「神の下のひとつの国という表現は正しい」と言い、また、「この文言を変える必要はない」と言ったのである。私にはこのことのほうが驚きである。

神の下のひとつの国:宗教国家アメリカの正体 三宅善信

このようにアメリカ人は皆、自分で意識しているいないにかかわらず、ユダヤ・キリスト教のGodに、小学校のうちから誓いを毎日唱えている。それがアメリカ人の心の中に刷り込まれ、現在の宗教国家アメリカのイデオロギーになっている。世界各国はこのようなアメリカの実態に早く気がつくべきであった。アメリカ自身がナチズムに対して厳しく攻撃しながら、みずからナチズム国家になってしまった。

去年の日記でイチローが活躍する大リーグの中継を見ていて、まるでナチの党大会のようだと書きました。その悪い予感は今年の3月20日にイラク開戦となって証明された。そういえば最近のアメリカ軍のヘルメットはナチのヘルメットによく似ている。彼ら自身も「フリッツヘルメット」と呼んでいる。やがては強制収容所もアメリカ国内に建設されるのだろう。ゲシュタポ(国家安全保障局)はすでに出来上がっている。

レルネットのホームページ 主幹 三宅善信

WORLD PEACE NOW 4.5
             もう戦争はいらない
      〜わたしたちはイラク攻撃に反対します〜
           http://www.WorldPeaceNow.jp/
お知らせ:3/31-4/4 市民投票 4/5 ラリー、パレード、シンポジウム
■日時/場所
 2003年4月5日(土) [参加費自由・雨天決行・事前申し込み不要]
 代々木公園ケヤキ並木(渋谷公会堂側が先頭なので、原宿駅からがベター)
 
 最寄り駅:JR原宿駅、JR渋谷駅、千代田線代々木公園駅
11:00〜11:45 ピースラリー@代々木公園B地区
コーラ・ワイズ氏(ハーグ世界平和会議会長),姜尚中氏 ほか
13:00 ラブ&ピースパレード(代々木公園ケヤキ並木〜公園通り〜渋谷〜表参道〜代々木を予定)
18:00 シンポジウム@渋谷公会堂 (有料)
「いま、"戦争"をとめる。−わたしたちにできることは-」
コーラ・ワイズ(ハーグ世界平和会議会長)、リカルド・ナバロ(地球の友インターナショナル代表、エルサルバドル環境団体CESTA代表)、高橋和夫(放送大学助教授・中東専門家)ほか


米英軍は解放軍なのか、侵略軍なのか、
侵略軍なら米英軍の即時撤退を要求する。

2003年4月3日 木曜日

アメリカ十字軍が二十五万人の兵を おこしたのは、サダムの鬼の首ひとつ をとるためであった。大将の首をとれ ば、鬼ケ島はおのずからに平定される と信じたからである。 そうはいかなかった。サダムの恐怖 政治におびえ、仲問割れしていると思 われたイラクの民は、侵攻してきた 「鬼畜米英」に対する抵抗の意思を明 らかにした。 歴史にしばしばあらわれた現象だ が、見知らぬ神よりも勝手知った悪魔 のほうが頼みになるのである。 しかも、イラクに「自由」をあたえ ると称する神は、「衝撃と恐怖」のミ サイルをうちこんできたばかりか、石 油の富をねらっている。そして、星条 旗の神は宿敵イスラエルのかくれもな い守護神でもある。

◆国難で指導者の下、結束

国難いたれば、もはやためらいはゆるされない。悪行は深くとも、つよい指導者を守りたてて抵抗に結束しなけ ればならない。 アラブのことばに、軽い血、重い血 というのがある。 血が軽い(ダム・ハフィ一フ)と は、根あかで、ユーモアがあって、い かすやつである。一面、やや浮薄でも ある。, 血が重い(ダム・サキール)はその 反対の根くら人間、一面、重厚で思弁 的である。 どのような基準によるかは知らない が、一般にアラブ世界では、血が軽や かなのはエジプト人、血の重いのはイ ラク人とされている。

双方とも五千年の歴史を誇って、文 化と政治の対時で競ってきたから、ナ イルの民とメソポタミアの民は互いに張り合うところがある。 ナイルの民は、根くらのイラク人は しばしば残酷で、陰険にして権謀術数 に富んだサダム・フセインなどはその 象徴だとなが めていた。 メソポタミ アの民からみ れば、エジプ ト人は開放的 だが、約束ご とはあてにならないと感じている。中 世のヨーロッパ十字軍を破って、エジ プトに統一王朝をうちたてたのは、イ ラクから出た英雄サラディンじゃない かと、内心に誇っている。

サダムはサラディンと同郷のティク リートの産で、アメリカ十字軍を迎え撃つ現代のサラヂィンをもって自任し ているから、かかる人物にむかって亡 命せよ、降伏せよというのは、見当は ずれもはなはだしい。 アメリカ国防総省を掌握する戦争党 の政治人の面々は、星条旗が進軍すれ ばイラク住民は歓呼して迎えいれ、バ グダッドはたちまちに陥落すると公言 していた。 えせ侍の刀いじり。大日本陸軍参謀 本部なみのアームチェア軍師の集まり であったことがわかる。 サダム体制のモサイク模様は外からのひと押しで崩れそうな気配ではあっ た。

◆違いと矛盾こえて

だが、メソポタミアの重い血が、地 域と宗派と部族(氏族)のさまざまな 色合いの違いと矛盾をこえて、祖国危 うしの愛国心で人びとをむすびつけた とき、解放軍をなのってはいりこんで きたアメリカの将兵は侵略軍になって しまった。 きたない戦争は、パレスチナ五十年 戦争につづく、そして、これを拡大す る中東百年戦争をつくりだそうとして いる。誇張の言ではない。 かつて、最低に凡庸の三軍司令官で も、憎しみの民のなかに外来の民主主 義を移植できるなどと信じたものは、 ひとりもいなかった。(欧州駐在本社客員)

東京新聞 4月2日朝刊 熊田亨 ヨーロッパ展望台より

昨日から今日のイラク戦争のニュースを分析すると、米軍はカルバラやクートの市街地を包囲したまま、一部をバグダッドへ軍を進めたようだ。米軍は市街地を制圧するだけの兵力が無いから主要都市を迂回して前進している。このような戦法はナチスドイツ軍の電撃作戦で用いられた。市街地の制圧は後続の軍に任せるやり方だが、米軍の後続の第4歩兵師団はまだ数週間後にやってくる。砂嵐がやってきて、イラク軍が市街地から反撃してきたら非常に危険だ。

テレビに出ている記者やコメンテーターの解説が非常にお粗末だ。軍事評論家にしろ中東問題の専門家にしろ、知識と分析力に疑問を持たざるを得ない。彼らの肩書ばかりが立派で中身が伴っていないのは御用評論家だからだろう。私の本棚にはリデル・ハートやパウル・カレルなどの戦略書や戦記ものが並んでいる。さらにマキャべリなどの政略書やその他歴史書籍で一杯だ。テレビの解説者の解説には教養を感じさせるものはない。

今回の米英軍のイラク戦争において、サダム・フセインがどのような戦法で戦うかは歴史書を見ればそのヒントが出ている。フセインは現代のサラディンを自認しており、サラディンの戦法を研究すれば、イラク軍が米英軍の補給ラインを攻撃してくることがわかる。だから橋も壊さずに残して米英軍を引きずり込んで、ゲリラ攻撃している。サラディンと十字軍の戦いは次のように書いてある。

彼は1187年の「ハッティーンの戦い」で十字軍の主力部隊を壊滅させ、聖都エルサレムを見事に奪還し ます。かって十字軍がエルサレムを攻略した時のような殺りくが繰り返されることはなく、サラディンは降 伏したキリスト教徒を身代金を取って海岸方面に退去させたのでした。 第3次十字軍が再度の聖地解放をめざしてヨーロッパを出発し、フランスのフィリップ2世とイングランド のリチャード1世(獅子心王)の率いる軍勢が、1191年、アッコンの攻略に成功します。

しかしサラディンにとって 幸いだったのは、リチャードと協同で戦うことに嫌気がさしたフィリップがさっさと帰国してしまったこと でした。リチャードは補給基地となる海岸都市を確保するためアッコンを出て南に進軍、これを追うサラデ ィンはアルスフの森の陰から十字軍を攻撃しますが、リチャードの冷静な指揮による反撃にあって敗北して しまいます。 その後のサラディンはもっぱら十字軍の後方を撹乱する作戦を展開し、このためリチャードは進軍を諦めね ばなりませんでした。1192年には休戦条約が結ばれ、十字軍はアッコンやスールなどの地中海岸の城塞 都市を確保しますが、シリアにおける支配領域は20年前に比べれば大幅に縮小してしまったのです。

「戦術の世界史」リチャード一世とサラディンより

アメリカ政権のネオコンたちはアームチェアの軍師たちであり、世界最強の軍隊を率いながら、その目的を達成することはないだろう。すでに戦後のイラク政権の構想などがニュースとして流れている。彼らはアフガニスタンやイラクを瓦礫の山にして、日本などから復興費用という名の軍事費を脅し取り、中東の利権を独り占めしてゆく。日本国内のの米国の手先の政治家は増税という負担を国民に掛けて来る。そんな小泉政権でも政権が野党に交代することはないのだろう。

今まで自民党政権が続いていたのは、アメリカが陰に陽に自民党を支援してきたからだ。そのアメリカが最近になって大きく変質してきている。そのことは「株式日記」に書き続けてきた。ブッシュ・ドクトリンによれば味方でないものは敵であり、反抗するものには制裁が待っている。アメリカ国内はすでに秘密警察国家に変質して、自由な言論活動は制限されて、アメリカ国民はみな星条旗を振りかざしている。どう見ても異常だ。日本に対しても危険な刃の矛先を日本へ向けてくることだろう。

戦術の世界史のホームページ



ラムズフェルド国防長官は
イラク攻撃の失敗でクビになるだろう。

2003年4月2日 水曜日
戦争が始まるのはほぼ確実だ。その時、「オペレーション・スライス」には3つの弱点があると思う。第1に、作戦の前半戦で、イラクの「北部」「南部」「西部」を簡単に占領できるかとの疑問がある。砂漠で兵力がまばらな西部はともかく、北部にはイラク陸軍の第5軍団、南部には第3、4軍団が控えている。南部のチグリス川沿いの湿地は米海兵隊の行く手を阻むだろう。緒戦の電撃的な勝利を前提とする作戦は見通しが甘すぎないだろうか。

第2に、「北部」「南部」「西部」に展開する米軍の安全が簡単に確保されるのかという疑問もある。正規軍の抵抗が簡単に収まったとしても、フセイン大統領はテロという形で米軍に対抗するだろう。米軍を異教徒の占領軍と見た民衆が自爆攻撃を試みることも想定される。3つの地域の安定がなければ、中央部にいるイラク主力軍の造反は見込めない。

そして、最大の弱点は、最後の決定的な局面で「造反」「自主降伏」という相手側の動きに頼りすぎていることである。この想定が崩れると、両軍が血で血を洗う都市型戦闘に突入してしまう。戦争が泥沼化した時、最大の犠牲者がイラクの無辜の民になるのは言うまでもない。

★在ワシントンDCジャーナリスト・森暢平=サンデー毎日12月1日号

「楽勝シナリオ」は完全に崩れた。米英軍は、イラク非正規軍によるゲリラ活動に苦しんでいる。バグダッドを早期に包囲してフセイン政権崩壊を目指す予定だったが、戦術の大幅変更を迫られている。非正規軍との消耗戦は長期間続く可能性があり、イラク戦争の「ベトナム化」の始まりと考える関係者もいる。早期終結の見通しは消え去った。「我々が戦っている相手は非正規軍で、事前の演習で想定してはいなかった。ヤツらがイラク国内にいることは知っていたが、どんな戦い方をするのかは知らなかった」米陸軍第5軍団司令官のウォレス中将は3月27日、イラク国内で正直に告白した。「

米英軍が苦戦する中で、批判の矛先はラムズフェルド米国防長官に向かっている。「10万人程度の地上兵力だけで戦おうとしたのは無謀」「補給線を守るには、一戦線に2師団投入が定石なのに、陸軍第3歩兵師団と海兵隊第1師団は、別々な場所で単独の戦いを強いられており、自殺行為だ」「米国は160万人の強大な兵力を持つ超大国なのに、すべてを生かさないのは理解できない」などと、日増しに非難は強まっている。匿名ではあるが、「個人的には非難は当たっていると思う」とメディアに語る軍幹部も出るほどだ。

 ラムズフェルド長官は「ハイテク兵器を使えば、イラク戦争は7万人程度の兵力で戦える」と主張し、陸軍出身のフランクス中央軍司令官がこれを現在の25万人体制に押し戻した経緯がある。陸軍のシンセキ参謀総長とラムズフェルド長官の冷たい関係も周知の事実だ。陸軍内のラムズフェルド批判は、マグマのように広がっている。

議会共和党などには、ラムズフェルド長官更迭をささやく声さえ出始めている。こうしたなか、イラクとの武力対決を強硬に主張していたリチャード・パール国防政策委員長が3月27日に辞任した。“武器商人”との不透明な関係という表向きの理由とは別に、対イラク作戦の失敗の責任を取ったという説が流れている。盟友を失ったラムズフェルド長官の立場はさらに苦しくなった。

★在ワシントンDCジャーナリスト・森暢平=サンデー毎日4月13日号

アメリカ権力中枢はイラク攻撃のもたつきをどのように見ているのだろうか。共和党の重鎮たちの沈黙が気にかかる。今のところアメリカ国民のイラク攻撃支持率は70%台と高く、ブッシュ政権は今のところ心配はない。しかし3月20日というイラク攻撃を始めた時期からして、短期で戦争は終わると見ていたことは明らかだ。4月に入ると砂嵐と40度を超える暑さがやってくる。

アメリカ本土からの増援部隊がやってくる前に、アメリカの第3歩兵師団はカルバラを迂回して前進を始めた。補給路もまだ確保されておらず、途中の市街地には敵がまだ潜んでいる。天候が良くて空爆が出来る内はいいが、天候が悪化したら前線部隊は孤立してしまう。アメリカの中央軍司令部はラムズフェルド長官からの強い圧力で前進の決断を迫られたようだ。第四歩兵師団が到着して戦力化するのは3週間先だ。

「オペレーションスライス」作戦の欠陥は去年のうちから指摘されていた。作戦そのものは、パウエル・ドクトリンとラムズフェルド長官の特殊部隊中心の作戦との折衷案を、フランクス中央軍司令官が作成したもののようだ。しかしイラク側の抵抗は予想以上に強く、作戦の変更が余儀なくされている。しかし米軍は戦力も補給も十分でないままバクダッドへ進撃を開始した。

もしこの作戦強行が失敗した場合、フランクス中央軍司令官のみならず、ラムズフェルド国防長官の辞任へとつながるだろう。またカルバラ付近の大規模な戦闘は双方に大きな被害をもたらしている筈だが、双方からの戦果の発表がない。それだけ大激戦で状況が混乱しているのだろう。先月イラク側の情報相は数日でバクダッドが包囲されるだろうと記者会見していましたが、いまだに米英軍の包囲網は出来ていない。

従軍記者の報告には、米軍から報道規制がかけられて、十分な状況はわからない。米英軍兵士の士気の低下はベトナム戦争が泥沼化した頃のようだ。むしろベトナム戦争の頃のほうが物資補給面で恵まれていた。今回のイラク戦争は水や燃料を気にしながらの戦闘となっている。寝る場所もままならず、食べ物も携帯食料ばかりだ。時期がたつにつれてならかの影響が出てくるだろう。

イラク戦争中に北朝鮮の何らかの挑発行動が予想されていましたが、昨日に地対艦ミサイルを発射したかどうかで、日本政府はゆれている。日本政府は情報すらアメリカ頼みで国防政策は全く頼りにならない。日本政府は国防体制が整っておらず、法律すらまともに整備されていない。国会は国防と聞いただけで、代議士先生方はヒステリー状態になってしまう。そして慌てて空中給油機や偵察衛星を打ち上げたりしている。泥縄政策もいいところで、いざとなると超法規的に対応する。日本の国会というところはサロンみたいな所で、真剣に政治を行うところではない。

毎日新聞インターナショナルのホームページ




「日本核武装論」 兵頭二十八氏
米国は9・11で、日本は9・17で変質した。

2003年4月1日 火曜日

兵頭 よく日本人には個がない、自我がないという人がいます。しかしそれは程度の差のはずで、弱くなればアメリカ人も個我をひっこめるし、強くなれば日本人も自ずと個我を出します。アメリカにも「敵にできないのなら友達になれ」という現実的な処世訓があります。南北戦争では南部は最後に膝を屈して無条件降伏したでしょう。相手の意志の強さは一戦してみないと分からないところがあって、これだけは予測は不可能です。だから、南部のコミュニティーのキャラクターが脅威にさらされたとき、南軍は北部の意志に挑戦して立った。そして、聖域が奪われ、国家コミュニティーのキャラクターがどうなってももう仕方がないというぐらい、抵抗をし尽くしてから降伏しました。抵抗できるのに抵抗しないと、待っているのはジェノサイドです。だから私は、戦争ではつねに負ける方が悪い、侵略される方が悪いという考えです。

昭和一二年に見せたような頑強な抵抗を最初からしていたら、中国は列強の侵略を招かなかった。アヘン戦争や日清戦争であまりにもあっけなく負けた中国人が悪いのです。動物ドキュメンタリーを見てください。健康な獅子は鹿の群の中からもっとも弱い一頭だけに追いつくことができる。が、健康な鹿には追いつけない。そして衰弱した獅子は、もっとも弱い鹿にも追いつけない。群のすべての鹿が例外なく全力を出して生き延びようとしなければ、この健全なバランスは保たれません。走れるのに走らない鹿が一頭でもいると、獅子を含めた生態系全体が不健康になる。だから、まだ財力があって、国家コミュニティーのキャラクターも持つ日本人が、あえて軍隊を持たず、アメリカを仮想敵として最大限の努力をしないとしたら、それ自体で悪です。

(中略)

岡田 で、そういうことがあるために、兵頭先生は「安保やめちまえ論者」として活動なさっているんですが、安保ってやはりやめた方がいいんですか?

兵頭 仮想敵国と同盟できるわけがないでしょう。いや、アメリカが核兵器を全部日本に引き渡して、平和憲法を制定して日本の保護下に入るというなら別ですよ。みなさんはアハハとおっしゃるが、その考えられない大バカをしてるんですぜ、われわれは現に。

岡田 その日米安保を破棄または改正することによって、日本は失われつつある主権を取り戻せるとお考えなんですね。具体的には米軍が日本国内で自由に行動できないよう制限して単なる軍事同盟国として扱い、そして日本も固有で軍隊を持てるようにするべきであると。

兵頭 米軍が日本国内から自由に作戦するのを日本政府には止める力がないとしたら、それは占領とどこがちがうんですか。

(中略)

兵頭 戦意はなくさないでしょう。ただ、これから起こり得る事態としては大統領はとても受け入れられない。そこが、アメリカに対する抑止力を考えるときに重要です。つまり、この場合の核は攻撃兵器ではなく抑止力ですね。相手を牽制するためのものだから、仮想敵一国当たりに対して二発もあれば足りるでしょう。フランスや中国が一〇〇発単位で所有してるのは、抑止力としての意味だけでなく、報復力としての計算をしているためで、あれを参考にしたらいけません。

まあ日本の場合は抑止目的での核装備ですから、米ロ中に対してそれぞれ二発ずつ。合計六発あればいい。ただし、その六発をアラート状態で潜水艦に積んでおくためには、予備も必要になるから最低でも合計一二発の核ミサイルを造る必要がある。ちなみに長射程ミサイルの値段はというと、一発六〇億円。この価格はこの東大の宇宙研究所というところで開発した、ハレー彗星観測用の固体燃料式三段ロケットの価格です。ミサイルに取り付ける核弾頭は量産してしまえば一発一億円で調達可能なんですが、最初のコストもかかるでしょうし、製造数が少ないですから、一発二〇億円が目安でしょう。核搭載用の潜水艦は大型のものを使用するので一隻七〇〇億円くらいです。

「日本核武装論」 兵頭二十八 「東大オタク学講座」より

昨日のテレビ朝日の「たけしのTVタックル」で、日本の防衛論争を2時間やっていた。どうやら日本は9・17の出来事以来かわってしまったらしい。それ以前では福田官房長官が核に関する発言をオフレコでしただけで、マスコミが大騒ぎした頃に比べると、日本の「雰囲気」が大きく変わったようだ。テレビで国会議員の先生方が日本の核武装について議論している。「お笑いバラエティー番組」だから気楽なのかもしれない。

国会内でも憲法改正論議や、核武装論が議論される時が早く来てほしいものだ。そうでなければ日本はアメリカの植民地状態から抜け出すことが出来ない。日本はマスコミの言論統制と学校教育によって、完全に洗脳されて、日本がアメリカの植民地である自覚すら持たないようだ。私のように憲法改正や、核を含む自主防衛論者は、単に右翼として片付けられてしまい、議論することすら平和憲法の精神に反すると、異端者扱いされてきた。

アメリカの国力が旺盛な頃は、日本は植民地であったほうがアメリカにとっても都合が良かった。しかし最近のように文化的、経済的パワーが衰退し、軍事力だけが頼りの情けない国家になった結果、アメリカにとっても日本の自立を促す発言が増えてきたような気がする。日本の核武装論がアメリカ側から出てきているのにも現れている。軍事的にもアメリカ単独では中国やロシアを抑えきれなくなってきたからだろう。

キッシンジャーは早くから日本の核武装論を言っていた。私もその意味をつかみかねていた。中国が経済発展し軍備の近代化が進むにつれ、アメリカにとっても軍事的脅威になってきて、はじめてキッシンジャーの言っていることがわかった。中国は限定的にパキスタンや北朝鮮の核武装化を支援している。そして東アジアの軍事バランスを崩す結果となった。対抗上日本も核武装が必要になるわけだ。

今行われているイラク戦争でも、アメリカ軍は超小型核兵器の使用が噂されている。そうなると地域紛争でも核戦争があたりまえとなる。アメリカの一極支配体制がイラク攻撃の失敗により弱まれば、世界中で地域紛争が続発するだろう。東アジアも朝鮮半島や台湾海峡で地域紛争が予想される。そのような場合日米が協力して押さえ込む必要がある。だからこそアメリカから日本の核武装論が出てきているのだろう。

「東大オタク学講座」のホームページ


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