株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


ドル体制は、(1)責任所在の明確性、(2)意思決定過程のストレートさ、
(3)ならびにその迅速性によって、いまだに一日の長がある。


2009年3月31日 火曜日

ドル体制が続く本当の理由 3月31日 谷口智彦

(前略)
なぜ、ドル取引の決済はこのようにニューヨークを舞台としてしか生じないのか。理由は2つ。第1に、主要通貨取引別に帳簿を一括管理しておきたい銀行の事務手続き上の要請。その結果、ドル取引はニューヨーク、ユーロならフランクフルト、円は東京でだけ、決済される。

 第2の事情は、ドルを発行できる主体はニューヨーク(連銀)に、円、ユーロはそれぞれ東京とフランクフルトの中央銀行にしかないことからくる。すなわち資金のアベイラビリティーに問題が生じ、ために決済が滞ると恐れられるような場合、迅速な流動性の供給ができるのは、当該通貨の発行主体であるところの中央銀行のみである。

 流動性こそは決済の泉であるから、その泉に水を枯らさぬよう努める中央銀行がいるところへ、決済ビジネスは集中する。ここは、古典的手形交換を思えばよい。手形の買い入れや売却という操作をすることで銀行間取引に流動性を保ち、決済の円滑を図るのが中央銀行古来の業務だった。

 決済は電子書式のやり取りで実施される。しかしこれは時として読み取れないなどエラーを生じ、人間が手で補正、入力しなければならない場合が皆無とはいえない。

 これを文字通りrepairと呼ぶ。repair業務のためだけに、交代勤務制を敷いて24時間人間を貼り付けているのがCITIBANKであり、JPである。再言すると、事務管理の集中メリット、流動性の出し手の存在に加え、米国マネーセンターバンクが業として手数料稼ぎのため行う24時間対応決済サービスが全体として一体のインフラをなし、ドルを決済通貨=基軸通貨としてきた。

 このことは、シティやJP、ワコビアなど大手銀行を簡単に潰せない理由を説明するものだ。そこからの延長で言うと、決済システムの安全を保つ透明かつ実効的な金融行政をもっていることも、ドルの地位を保つうえで欠くべからざる基礎条件だと言えるわけである。(中略)

4. OFACを嫌う取引、ユーロへ→決済通貨=基軸通貨への道?

 イランなどはかくしてニューヨークから弾かれるので、ドル決済が全くできなくなってしまった。かつてドルは石油を買うことのできる唯一の通貨(筆者は「石油本位制」と呼んだことあり)であって、ワシントンはその地位を脅かすものを極度に警戒したものだ。皮肉なことに、米国はOFACが正面の敵と睨むイランをドル圏から追放した帰結として、石油大国イランに非ドル決済の習慣を許容し、いわば蟻の一穴をもたらしてしまったかもしれない。

 日本とイラン間の石油取引に関わる決済は、本ペーパーが多くを依拠した某邦銀関係者の説明によれば、1年前まではもっぱらユーロ、この1年間は日本円によってのみ行われているという。


 もしもドル決済を逃れ、ユーロに代替機能を求める需要が高まっているのだとすると、何にその兆候を読み取ることができるだろうか。上述の説明から察せられるとおり、それは非居住者ユーロ預金の規模である。これが増えているとしたら、ユーロを決済通貨とする決済需要が増加していることを推察することができる。

図2は、そこを見ようとしたもの。グラフで注目すべきは破線の2種類で、これが非居住者の動態を示す。折れ線は伸び率である。すなわちここから読み取れるとおり、非居住者ユーロ預金の残高の伸び率が、前年比純減、マイナスとなったことは2001-2002年、2004年前後のごく僅かしかその例を見ない。非居住者銀行(小さな点の破線)の場合、最近では前年比25%増という勢いを示している。

 これは明らかに、ユーロ決済需要の増大を映し出すものにほかならない。ECBが明らかにした別のデータ(ユーロシステム全体の連結貸借対照表)によれば、非居住者ユーロ預金(Liabilities to non-euro area residents in euro)の残高は2008年10月31日時点で、3033億8100万ユーロ(当日レートで邦貨換算約38兆9000億円)。これはユーロ連結負債残高全体の14.93%に達する。

 日本の場合、日銀発表によれば2008年9月末で非居住者円預金は残高1兆955億円。預金全体の、僅かに0.2%を占めるに過ぎない。このことは、ユーロが決済通貨として無視できぬ勢力を獲得しつつある事実を側面から照射するとともに、いっこう使われようとしない日本円の地位を物語るものだろう。

5. ドル対ユーロ

 以上、本稿は決済通貨としてのドルの地位に焦点を絞り、考察してきた。ここで再び約言しておくと、決済サービスには集中のメリット、規模の経済が働くので、一種の大装置産業となり、そのような産業の常として高い参入障壁をもつものだ。

 長年使われてきたドルは決済サービスにおいて最も充実をみている。この地位は、一朝一夕において変わるものではない。ここらが、評論家が「基軸通貨には強い慣性の法則が働く」と言うとき、意味しているものである。

 しかし、今回決済通貨としてのドルに関心を絞ったのは、基軸通貨とは何かにつき厳密な定義を踏まえた議論がなされることが、日本においていかにも少ないからである。

 戦後の米国は、ドイツや日本に対し、軍事的庇護と経済的従属を取引する関係を取り結んだ。ニクソン・ショックに先立つ期間、ドイツは米国から執拗なマルク切り上げの圧力を受け、いやなら米軍を引き上げるという恫喝さえ忍んだ事実がある。

 このあたり、「軍事力において比類ない国こそが、基軸通貨をもつ」のだとする人口に膾炙(かいしゃ)した見解を裏打ちするかのようだ。

 しかし、この点は、東西冷戦が過去のものとなり、体制においてまったく性格を異にする中国や、かつての敵国ロシアが同じ資格でひとつの国際マーケットに登場して以来、すなわち軍事的睨みが日本やドイツのようにはきかない主体が有力になって以来、議論として有効性を大きく減じている。もともと軍事的アセットを貼り付けていない、貼り付けてほしいと思わない国に対して、軍事的庇護は取引材料にならないからである。

 すなわちドルとは今や、九分九厘経済的現象なのかもしれず、そうとするならば、経済的現実の違いによってその地位が左右されるのを当然視しなくてはならないのかもしれない。

 このように考えた場合、最も憂慮すべきは次のグラフが示すような足元の現実である。すなわち公的資金が銀行セクターに向け大量投与されつつある現在、米国の中央銀行は猛烈な勢いで資産・負債残高を膨らませつつあるし、またそうせざるを得ない。

図3に見るとおり、米国中央銀行(ニューヨーク連銀)はここへ来て一気に2倍に資産を膨らませた。一定トレンドをなかなか越えようとしなかった連銀資産は、突如として直角に近い増勢を示し、短期間に2倍以上膨張したのである。

 2倍に膨らんだ資産の裏には、同じだけ膨張した債務がある。中央銀行における債務とは、つまるところ通貨(預金通貨と紙幣)である。すなわち上図から読み取るべきは、米国においてドル発行残高が急速に増えつつある事実にほかならない。

 日銀の場合、「失われた10年」の間にやはりバランスシートを顕著に膨らませた。

図4に見るとおり、日銀はバブル崩壊後の火消しに従事するあいだ、資産・負債を3倍以上に膨張させた。Fedも、恐らく同じことを(あるいは一層大規模に)せざるを得まい。
?ドルの発行残高を、3倍以上にせざるを得ないと言っても同じことである。これは、理論的には1ドル30円という事態もあり得ることを予感させる。

 中長期的に価値の下落が予測されるとき、ユーロには、(1)決済サービス提供通貨として実力をつけつつあるうえ、(2)通貨がもつもう1つの機能、価値保蔵手段としてもドルに対する比較優位が感じられるようになり、ドルにとってかわる必要条件がより多く整うと言うことができる。

ただし、十分条件とは言えない。理由はいつにかかって、ユーロにおける意思決定構造の錯雑である。

 ユーロはいまだ外延的拡大の途上にあり、自国通貨をユーロとペッグさせている国を掲げた表1は、一見いかにもユーロの影響力、支配力の強さを示しているようではあるが、実はぶら下がり予備軍として、ユーロの意思決定を一層混迷させる勢力と見ることもできる。

 通貨はヨーロッパ人が考えるほど、ポストモダンの、すなわち国境を意識しないような体制になじむものではない。

 単独国家主権下の管理が可能なドル体制は、(1)責任所在の明確性、(2)意思決定過程のストレートさ、(3)ならびにその迅速性によって、いまだに一日の長がある。

 これと決済サービスにおける「慣性の法則」が強く働くことによって、ドル体制は一部論者が予期ないし期待するほど早く崩れるとは思われない。



(私のコメント)
昨日は新基軸通貨について書きましたが、ドルはアメリカ国内の通貨であると同時に国際決済通貨であることでドル基軸通貨体制が作られている。国家において石油は必要不可欠な物資であり、石油をドル決済と決めれば世界各国はドルをいやがおうにもドルで決済しなければならない。中東の産油国が世界に対してドル以外に様々な通貨で石油を売っていたら決済機能が麻痺してしまう。

しかしイランはドル決済体制からはじき出されてしまったので、日本に対しては円で石油が決済されている。ドルで決済するにはニューヨークで一元的に決済されるように、円で決済するには東京で一元的に決済される。ユーロにおいてはフランクフルトで決済されている。これらは実態的には電子マネーであり一元管理しないと収拾がつかなくなる。

一番昔は金や銀を運んで支払っていたのでしょうが、それでは重たくて遠くには運べない。その為に紙幣や手形などの証文で決済する制度が出来ましたが、通貨は単一でなければならない。マルコポーロが旅行が出来たのもモンゴル帝国が紙幣を流通させていたからであり、金や銀では持ち運ぶだけで大変だから遠隔地との通商は不可能になってしまう。

北朝鮮も、このようなドル決済体制から弾き出されて貿易が困難になり困窮に拍車がかかりましたが、国際決済通貨としてのドルは当分は健在だろう。しかしアメリカ本国の金融状態は破局寸前であり、FRBは資産を倍近くに膨らませている。そしてドルが大暴落して1ドルが50円とか40円になったりしたら決済通貨としても信用が無くなり、ドル決済体制にも影響が出る。シティバンクなどの大手銀行が倒産すれば事実上ドル体勢は決済する機関がなくなり終わる事になる。

このようにアメリカのドル任せで世界の為替などを決済していたらアメリカの政策に振り回されるのであり、世界銀行が世界基軸通貨を作って決済するような方法で行かないと、基軸通貨国家の交代の度に大混乱する事になる。アメリカ自身にとっても国内通貨と国際通貨としてのドルを分離した方が都合がいい時も出てくるだろう。

だからドルの基軸通貨体制が終わればユーロがそれに代わると言うのも同じ事であり、地域通貨と国際決済通貨とを分けた方がいいのかもしれない。IMFのSDRがありますが、事実上はアメリカのドルが基軸通貨となりSDRは補助的なものでしかない。ドルにはアメリカという軍事大国のバックがあり、ドルの体制を崩そうとする国があればアメリカによる制裁が行われる。

イランや北朝鮮がアメリカに反抗していますが、SDRではこのような制裁が出来ない。国際政治の場でも国際連合はアメリカなしには機能は難しく、国連軍という枠組みも意見が対立すれば機能しない。日本にとってもドル基軸通貨体制が維持された方が都合がいいし、麻生内閣もドル支持で動いている。しかしG20ではどのような方向が打ち出されるか分からない。


首相、途上国向けにIMF資金融通枠拡大提案へ G20 3月30日 朝日新聞

麻生首相は4月2日にロンドンで開かれる金融サミット(G20)で、世界的な金融危機で逼迫(ひっぱく)している流動性を確保し、途上国などを支援するため、国際通貨基金(IMF)で資金を融通する仕組みである「特別引き出し権(SDR)」の拡大を提案する。

 SDRはドルなどの外貨不足に陥った国に対し、外貨を潤沢にもつ別の国が「外貨を受け取る権利」を融通する制度。首相の提案は、ドル不足に陥る危険性のある途上国支援が念頭にある。賛同を得られるかどうかは、IMFでの発言権が大きい米国の対応が焦点となる。

 IMF加盟国に配分されているSDRの総額は約214億SDR(約300億ドル)。IMF加盟国間では、97年に総額を倍増することで合意したが、米国で批准が済んでいないため、発効していない。麻生首相はG20でSDRの具体額には言及しない見通し。ただ、政府関係者によると、米国側にはすでにG20でSDR拡充を提案する意向は伝え、前向きな感触を得ているという。

 米国の動向が焦点となるのは、米国がIMFの融資額などを決める際の投票権のシェアで16・7%を占めているためだ。SDRをめぐっては、中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁が今月、ドル急落への懸念から世界の基軸通貨としての米ドルに限界がきているとして、SDR拡充をうたう論文を同銀のホームページに掲載。「ドル限界論」と受け止められ、波紋を広げたこともある。

 このため、麻生首相はSDR拡充提案について、「目的はあくまで途上国支援。中国の主張とは全く異なる」(首相周辺)と強調する考えだ。首相は国会答弁などで「米ドルは基軸通貨として世界のマーケットに供給され続けなければならない」と指摘し、2月の日米首脳会談でもドルの信認維持が重要との認識で一致。ドルを基軸通貨とする考えは崩しておらず、SDR拡充は流動性の逼迫に備えた補助手段と見ている。

 IMFによるSDRを活用した融資は80〜90年代の中南米諸国などに例がある。(五十嵐誠、稲垣直人)



(私のコメント)
通貨とは何なのかは経済学上の大問題なのですが、「株式日記」では通貨とは生産力であり労働力であり経済力の事であると書いてきましたが、政治的に安定して経済システムが信頼されていなければならない。だから世界的な国際通貨は今の所はアメリカのドルに依存しなければならず、世界中のあらゆる国が世界通貨を信任しなければ世界通貨は出来ない。

アメリカのドルはアメリカの国力の象徴でもあり、経済力や軍事力がドルの価値を保ってきた。しかしアメリカ経済が衰退してくればドルにとって代わろうとユーロが拡大してきましたが、中国の元もその野心を隠してはいない。しかし当面はドルを買い支えて行くのでしょうが、G20では中国はロシアや他の新興国とでアメリカを揺さぶるだろう。

為替相場から見てもドルと円とは連動して動くようになり一体化が進んでいる。いわば隠れたG2体制なのですが、アメリカは中国にG2体制を持ちかけている。アメリカとしては日米中の三国で協調できれば世界の体制は維持できると見ているのでしょうが、中国としてはそうは問屋がおろさないだろう。ドイツはアメリカと手を切ってユーロを作りましたが、日本はますますドル体制に依存を高めている。




中国が国際金融の表舞台に登場し、「ドル一極体制」に揺さぶりをかけ
始めた。温家宝首相は「中国が保有する資産の保証」を米国に求めた。


2009年3月30日 月曜日

「ドル終焉」にらむ中国 国際準備通貨提唱、米は反発 3月26日 ブルームバーグ

中国が国際金融の表舞台に登場し、ついに「ドル一極体制」に揺さぶりをかけ始めた。

 中国人民銀行の周小川総裁は23日、国際金融システムの制度改革を進める上で、IMF(国際通貨基金)に対し「スーパーソブリン(超国家=国際)準備通貨」の創設を求めた。IMFの特別引き出し権(SDR)の活用範囲を広げて準備通貨とする案で、SDRの構成通貨とその組み入れ比率の見直しを提案している。

 ◆下落への不安

 SDRは1969年、固定為替相場制のブレトン・ウッズ体制において金や米ドルの供給不足を補完する、加盟各国のための国際的な準備資産として創設された。だがその後のブレトン・ウッズ体制の崩壊でSDRが導入当初にもくろんだ必要性は後退し、現在は政府や国際機関の間での活用にとどまっている。

 周総裁は人民銀ウェブサイトに掲載された論文で、今回国際金融危機が発生し、世界中に波及したのは、既存の国際金融制度(ドル一極体制)が持つ固有の脆弱(ぜいじゃく)性とシステミックリスクの表れだと指摘。国際金融制度改革にあたり、個別の国のリスクから独立し、長期的安定を維持できる主権を超越した国際準備通貨の創設を訴えた。

 周総裁は「基軸通貨の発行国は、世界に流動性を供給しつつ通貨価値の安定をはかることはできない」と主張した。

 今の国際危機について、どの通貨を基軸通貨とすれば「国際的な金融安定を確保でき、世界の経済成長を促進できるのか」という問題を提起したとし、加盟各国の準備通貨への要求を満たすにはSDRの利用範囲を広げるべきだと訴えた。

 SDRは現在、ドル、ユーロ、円、ポンドで構成される通貨バスケットだが「SDRの価値を決める通貨バスケットに、すべての主要経済国通貨を組み入れるべきで、GDP(国内総生産)の規模を組み入れ比率に反映させる可能性がある」(周総裁)とする案を示した。

 新たな準備通貨を創設するという構想は今に始まったものではないが、今回の周総裁の提案についてエコノミストらは、中国がドル安を懸念していることと、ロンドンで来月開く主要20カ国・地域(G20)金融サミットで同国が主導権を握る狙いがあることを示唆するものとみている。

 キャピタル・エコノミクスのマーク・ウイリアムズ氏(ロンドン)は「米国が景気刺激策を試みるなかで、中国はドル下落の可能性を懸念している」と説明。中国当局者が国際的な問題で改革を提言することは「まれ」であり、これは中国が国際問題への「関与を強める兆候」の可能性があると分析した。

 周総裁の発言からみて、中国は世界で人民元が果たす役割の拡大を狙っている可能性がある。事実、温家宝首相は今月13日「中国が保有する資産の安全の保証」を米国に求めた。米政府のデータによると、中国の米国債保有率は2008年に46%上昇し現在約7400億ドル(約72兆3400億円)に達している。

 ◆支配への挑戦

 ドル相場は、FRB(米連邦準備制度理事会)が米国債の購入を表明し、米政府が不良資産買い取り計画公表後に下落、基軸通貨ドルの信認低下を懸念する声は一段と高まっている。

 こうしたなか、米国は早くも周総裁の新準備通貨構想をドル支配体制への挑戦とみて反論を始めている。

 ボルカー米経済再生諮問会議議長が24日「中国はやや不誠実だ」と述べ、中国がドルを買った一因は自国通貨である人民元の上昇を望んでいなかったためだと指摘した。

 また、同日オバマ米大統領も記者会見で、世界経済回復と将来の成長を主導する米国の能力に投資家が自信を持っており、ドルは「極めて強い」通貨だと指摘、新たな基軸通貨を作る必要はないとの考えを示した。(Li Yanping)


宮崎正弘の国際ニュース・早読み 3月29日

深甚な衝撃を運んだ周小川(中国人民銀行総裁)の「SDRを新通貨」に逆提案。普通なら欧米は冷笑するはずだが、深刻に反論を始める不思議。

ワシントンで周小川発言への反応が起きた。

3月24日、連邦議会の証言に立ったのはガイトナー財務長官とバーナンキFRB議長。中国から飛び出した「ドルの基軸通貨体制は不公平。IMFのSDRを新しい世界通貨に」という突拍子もない提言にどう対応するのか、と質問が集中した。

「中国はドルを排除し、ほかの通貨を持ってくるという意図か?」と愚直な質問を繰り出したのはミネソタ州選出のミッチェル・バックマン(共和党)下院議員だった。

「米国はドル基軸体制を守る。中国は人民元を諦めていないということで、中国がいっているのは、外貨準備のドルに替えて、世界的に通用する新貨幣を創造してはどうか、というアイディアの開陳でしかない」とガイトナー財務長官が答えた。

人民元を切り上げると中国経済が苦しむ。中国は外貨準備高のなかの一兆ドル以上を米ドル建て金融商品で保有しており、人民元が切り上げとなれば、保有するドル資産の価値も目減りする。

だから米国が景気刺激政策を強化したら人民元の高騰に繋がり、インフレに繋がるので好ましくない、とガイトナー財務長官は続けて発言している。

――ならば新通貨は機能するのか?

「1969年に創設されたIMFのSDR(特別引き出し権)は、帳簿上の勘定でしかなく、実際の通貨でもなく、米財務省としては新しいアイディアの議論展開には何時でも窓を開いている。

しかし現状はドルが世界を圧倒しており、新通貨の実現なぞが起きうる事態と仮定しても、長い長い時間を経過したあとのことだろう。周小川総裁の提議は米国にとって望ましい意見でもないが、ドルの脆弱性と変動相場制度の不安定状況への警告として傾聴に値する」とガイトナー財務長官が余裕を示しながら答える。

英米の新聞論調は下記のふたつに集約されてきた。1971年にブレトンウッズ体制が崩壊を始めた。

為替管理が変動相場制に移行したことを見て、その後の歴代政権は、ドルも「リンゴや銅と同じ、金融商品」と間違えた。通貨は政府が決定する法幣(法定通貨)であり、商品ではない。中国のSDR通貨論議は、その矛盾を突いてきた。

米中間の合意はIMF強化。しかしSDRは通貨ではなく、もし新貨幣として機能すると仮定して、その際には、いったい誰がSDRの値決めを行うのか。これは机上の空論に等しく、警鐘として認識するも、本気の議論にはなり得まい。
 
4月2日、ロンドンサミットはいよいよ目の前である。


(私のコメント)
4月2日にロンドンで開かれるG20でどのような決定がなされるのだろうか? 第二のプラザ合意がなされるかもしれませんが、今回は円は蚊帳の外と言った感じでドルに代わる新世界基軸通貨が提案されるかもしれない。もちろんアメリカは断固拒否するだろうが、G7と違って今度はG20であるので、ロシアや中国と言ったコワモテが参加しているので、アメリカが孤立して押し切られる事も考えられます。

SDRにおいても円が占める割合は小さくなる一方であり、ドルとユーロが大半を占めている。それに中国の元やロシアのルーブルも加えろと言うのでしょうが、アメリカも中国に国債を買ってもらわなければならないので意外な譲歩もあるのかもしれない。プラザ合意の頃とはずいぶん世界も変わりましたが、日本はG20の中に埋没して行く。

80年代から90年代はドル基軸通貨黄金時代で、ドルの地位を脅かす通貨は円しかなかったからアメリカは円を吊り上げて、政府日銀はドルの買い支えに追われた。しかし2000年以降はユーロの登場でドルに代わる基軸通貨を目指す勢力が出来た事で、円は影が薄くなってきた。ドルを一番買っているのも中国になり、日本は中国の陰に隠れる形になった。

中国中央銀行の周小川総裁は新世界通貨の創設を提案しましたが、日本の日銀総裁が言ったところで一笑に付されるだけなのですが、アメリカは中国に弱点を握られているだけにガイトナー財務長官を始め対応に追われている。中国は日本とは違ってアメリカにやられたらやり返すだけの根性があるのですが、日本は80年代から90年代にかけて何も出来なかった。

温家宝首相も中国が保有する資産の安全を中国に求めた。これはドルを暴落させる事は許しませんよという脅迫なのですが、日本政府日銀にはこのような事を言える人はいないだろう。アメリカに対抗できる軍事力を持つ中国と持たない日本の差なのですが、日本がアメリカに踏み倒された資産は数百兆円になるだろう。

だからアメリカ政府は第二のプラザ合意を中国に対して求める事は不可能であり、アメリカが意図的なドル安政策はとることができないだろう。同じ事はEUのユーロに対しても同じであり、80年代とは違ってアメリカは中国とEUとで包囲された形になっている。日本はひたすらアメリカに付いていくだけしか出来ない。

イギリスのポンドも新世界通貨構想には賛成だろう。そもそもバンコールという世界通貨を提唱したのはイギリスのケインズであり、1944年のブレトンウッズ会議で提唱されたものですが、アメリカの反対で実現できなかった。その妥協の産物としてIMFと世界銀行が作られましたが、アメリカの衰退化でドルの基軸通貨体制は揺らぎ始めている。


「世界通貨」で復権狙うイギリス  2008年11月13日  田中 宇

米国の経済崩壊、ドル覇権体制の崩壊に備えた、英国の新たな世界戦略の一つが、かいま見えてきた。それは、1944年のブレトンウッズ会議で英国代表のケインズが提案したが、米国の反対によって実現しなかった世界共通通貨(国際決済通貨)「バンコール」(bancor)の構想を復活させることである。

 11月15日に米ワシントンDCで「第2ブレトンウッズ会議」の通称を冠されたG20サミット会議が開かれる。この会議の発表されている主なテーマは、国際金融危機を繰り返さないための体制作りである。この会議に対し、英ブラウン首相は10月初めから「ブレトンウッズ2が必要だ」と言い続けてきたが、1944年のブレトンウッズ会議の主なテーマは、第二次大戦後の国際通貨体制の確立であり、金融制度ではない。

 なぜ金融制度の会議に、通貨制度の会議の名前をつけるのかと私は疑問に思っていたが、どうやらブラウンは、ブレトンウッズ2会議(11月15日のG20会議、もしくはその後繰り返されるであろう同種の会議)で、IMFがドルに代わる新しい国際決済通貨を発行する「世界政府」的な「新世界秩序」を提案するつもりらしい。(関連記事

▼スティグリッツは「国連のロレンス」?

 世界共通通貨を作る案は、英国による新たな世界支配戦略であるという前提で現状を見直すと、すでに意外なところに英国の代理人(スパイ)が入り込んでいることが見えてくる。

 最近の記事で、ニカラグアのデスコソ元外相ら反米勢力に乗っ取られた国連総会が、米経済学者のスティグリッツに専門家組織を作らせて、先進国主導の国連を、途上国主導へと改革しようとしていることを書いた。私の記事ではスティグリッツを、既存の米英中心の国連の体制を壊し、途上国やBRICが主導する多極型の体制に移行させようとする、途上国にとっての「正義の味方」のように描いた。

 しかし、本当はスティグリッツは英国の代理人かもしれない。彼は「米国は世界に、毒入り不動産債券を輸出した。今ごろになって大間違いとわかった自由市場原理を輸出した。無責任な企業経営体質を輸出した。そして最後に、米は不況を世界に輸出した」「ポールソン財務長官は、米経済を救うふりをして、自分の出身母体である金融界だけを救っている」と書いており、ここまでは途上国など世界の人々に喝采される内容だ。関連記事

 しかし彼は「ドルは基軸通貨の地位を失う」と分析した後、ドル破綻後の通貨体制として「基軸通貨が複数になると不安定になる」という理由で「世界的な単一の基軸通貨制度が必要だ」「ケインズのバンコールや、IMFの特別引出権の制度を蘇生拡大させるべきだ」「ブレトンウッズを再来させる時がきた」と述べている。彼の主張は、英国の新戦略と合致している。関連記事

 英国のスパイは、アラブ人の味方を演じたアラビアのロレンス以来、反英勢力の中に入り込み、反英的な主張を巧みに放ち、反英勢力の指導者になって、いつの間にか英国の利益に合致するように全体的な事態を動かす人々である。スティグリッツは、反米英的な今の国連に巧みに入り込んだ「国連のロレンス」なのかもしれない。彼はノーベル経済学賞の受賞者であるが、ノーベル賞は設立以来、特に人権、環境などの分野で、英国の世界支配に協力する人々を権威づけしてきたふしがある。(先日、ノーベル経済学賞をもらったMIT教授のクルーグマンも「オバマ支持のロレンス」にならないかと勧誘されているのかもしれない)(関連記事

▼世界大恐慌の中で覇権の暗闘

 米国衰退後に備えた英国の新戦略は、見えてきたものの、このまま成功していくとは限らない。ブレトンウッズ2会議は、英ブラウンだけでなく仏サルコジ大統領も主導者であり、英と仏ではおそらく戦略が異なっている。仏独は、自分たちこそがEUの中心であると考え、英が謀略によってEUを隠然と動かそうとすることを嫌っている。英は本質的に反ロシアだが、逆に仏独はロシアや中国と組み、英による黒幕的な世界支配を阻止したいはずだ。従来の英国(米英)の金融支配戦略の一つは、ヘッジファンドやタックスヘイブンの資金を使って相場を乱高下させることだが、サルコジはこれらの構造を破壊しようとしている。関連記事



(私のコメント)
このように世界覇権がどうのこうのと言う話には日本人は馴染まないのであり、国際会議では日本代表はチンプンカンプンで会議に付いて行けず、ひたすら沈黙を守るばかりで、中川前財務大臣のように酒でも飲んでべろんべろんになって記者会見するような罠に嵌められる。

このような世界の金融情勢に詳しくなるには米英の新聞などを毎日チェックしたり、世界の金融マフィアとの情報交換をしていないと付いていけない。中国にしても世界に華僑のネットワークがありますが日本にはそのようなものは無い。G7にしてもG20にしても日本代表はお客様であり参加者ではない。せいぜいIMFに10兆円の資金を提供するくらいで、日本の円がどうしたいのかが伝わってこない。

日本は中国を背後から操ってアメリカを動かしつつ、アメリカとはいままで通りの従属的な方法で付いて行く。アメリカとしては日本と中国とを分断しつつドル基軸通貨体制を守りたいところでしょうが、中国はすでにイギリスと協調して新世界通貨創設に動き始めている。日本の与謝野大臣は国内経済のことで頭がいっぱいで考えるヒマもないだろう。

日本は日本で北朝鮮のミサイル実験で頭がいっぱいであり、G20の事などニュースではほとんど報道されず、新世界通貨構想など何にも考えていない。周小川総裁の発言に対しても日本からの発言は無い。賛成なのか反対なのかも示せないのだろう。




200〜300万円程度だという阿久根市民の平均所得に対して、阿久根市
の職員は倍近い所得を得ていることになる。これは日本の縮図だ。


2009年3月29日 日曜日

ガセネタ溢れる日本 3月28日 田中良紹

この話を思い出したのは、日本テレビが「真相報道バンキシャ!」で虚偽報道を行い、また西松建設の事件を巡って新聞・テレビが数々の虚偽報道を続けているからである。「真相報道バンキシャ!」は、番組が「たれ込み」を求め、「たれ込み」をしてきた話のウラも取らずに「真相」として報道した。画面に顔を映さず、声も音声を変えた「おどろおどろしい」演出で、いかにも秘密を知る人物が「真相」を語っていると視聴者に思わせるやり方である。それが全くの嘘だった。

 西松建設の事件でも民主党の小沢代表が「続投表明」の記者会見をした直後に、NHKは「秘書は容疑を認めて自供した事が関係者を取材した結果分かりました」と報道した。それを聞いて私は不思議な報道だと首をひねった。NHKは誰に取材したのか。「自供した」事が分かるのは取り調べた検事か、自白した本人に聞くしかない。おそらく検察に取材した結果だろう。ではウラは取ったのか。ウラは本人に聞くしかない。NHKが「分かった」と言うのは本人にウラを取っていなければ言えない話だ。どのようにして拘留中の本人に聞いたのだろう。

 これがまともな報道機関なら、「検察が自供したと発表した」と報道し、一方の主張だけでウラは取っていないことを明示する。よりしっかりしたメディアなら「検察は自供したと発表したが、被疑者に取材をしていないので確認は取れていない」と報道する。ところがNHKは「分かった」と断定した。これは秘書が否定すればNHKが意図的に「誤報」を流した事になる。

 私の想像では、検察は「検察が発表した」と言われると困る。なぜならそれは嘘だから。だから「検察」と明示しないようにNHKに要請し、NHKはその要請を受けて嘘だと知りながら「関係者への取材で分かった」と自らの判断という体裁を取った。権力をかばったことになる。おそらくはその報道でどこからも指弾されないと甘い見通しの下にやったのではないか。

 「真相報道バンキシャ!」の誤報問題で日本テレビの社長は辞任したが、私は社長が辞任した程度で済む話ではないと思っている。少なくも欧米でこの様な問題が起こればその程度では済まない。なぜなら民主主義の根幹を揺るがす大問題だからだ。社会主義国家や独裁国家と違って民主主義国家は極めて繊細に出来ている。何事を決めるにも時間が掛かるし、手間も掛かる。何せ民主主義は「愚かな」国民に判断をさせ、それが「愚か」な結果を生まないようにしなければならないから、それだけ大変である。

 民主主義を「最悪の政治体制」と言ったのはチャーチルである。なぜなら国民は判断を間違えることが多いから。しかしチャーチルは「それでも他の政治体制よりはましだ」と言った。国民が自分で判断を間違えて苦しむのは自業自得だが、独裁者や官僚の判断の間違いで苦しまされてはたまらない。だから民主主義の方が「まだまし」なのである。従って民主主義にとって最も重要な事は、国民の判断を左右する「情報」である。

 民主主義社会の新聞やテレビは「社会の公器」と呼ばれ、他の企業より税制でも何でもとにかく優遇されている。それがウラも取らずに嘘を流したというのであれば社長辞任程度ではないだろう。潰されて当たり前だ。テレビ局は「国民の電波をお借り」して営業させて貰っているのだから、国民が「電波を返せ」と言えば返さなければならない。国民は電波をもっとまともな人たちに与えるよう総務省に命令すれば良い。

 それを総務省がやらないなら、国民が「不買運動」を起こす事だ。日本テレビを「視聴しない運動」やNHKの「受信料不払い運動」を起こせば二つとも簡単に潰れる。それより運動が起これば両社は慌ててまともになるよう努力するだろう。消費者が自らを守る方法は、消費者庁を作って官僚に守って貰う事ではない。「不買運動」をして悪徳企業を潰す方が効果的である。このところ嫌と言うほど味わったメディアの情報被害から国民を守るためには「見ない」、「読まない」運動を起こすことだ。新聞とテレビがなくともこの国は潰れない。そしてそうなれば傲慢なメディアも初めて自らを省みる事になる。



ブログ市長の「切ない」思い(2009/03/27) 日経ビジネス

 ―― 市長になって、何か変わりましたか。

 竹原 何も。市長という立場、権力を借りているだけで、それ以上でも以下でもないですよ。

 ―― 役所のトップに立ち、職員は市長としての目にはどう映りましたか。

 竹原 例えて言えば、社長のいない会社で、よく分からない規則でお互いを縛り合っている状態。舵のない船とも言える。舵がないからどうしたらいいかと考えるのが本来の仕事なのに、もう思考停止。お金に溺れている感じですね。

 加えて、態度が悪いうえに、勝手に手当をつけたり、身内でやりたい放題だった。本来なら彼らを律すべき市長や議員たちも、下手なことをすると「選挙で落とされるかもしれない」と、職員たちに対してすくんでいる状況だった。

―― 職員の採用は適正に行われていたのでしょうか。

 竹原 私が市長になってから、「職員を採用する際には、自分も面接に参加する」と方針を述べたら「いや、そこにいてもらったら困る」みたいなことを、職員係長などから言われました。市長を採用の現場に出させず、自分たちが選んだ人間にハンコを押させるだけという環境でした。だから、やりたい放題です。

 ―― ほかの市町村も、一緒なのでしょうか。阿久根市固有の話なのでしょうか。

 竹原 議員や職員たちが、市民ではなく、自分の生活のために議員や職員をするという意味では、一緒なんでしょうね。

 議会も、野党がいるから与党に意味があり、与党がだらしがないから野党に意味がある、もたれ合い。お芝居ですよ。そのお芝居にみんなだまされているわけですね。そして市民は閉塞感を感じていると。首長もみんな役人出身とか、議員出身とかでしょう。議員、職員とマインドは一緒ですよ。

 役所村の上には想像以上に厚い岩盤が、市民との間に存在していた。竹原氏はブラックボックスだった採用プロセスに何とか自身もかめるよう調整する一方で、最大の懸案事項に着手する。うずたかく積もった人件費だ。

 今年2月23日、竹原氏は人件費の実態を知らしめるべく、2007年度分の各種手当を含めた全職員の給与明細を、匿名で公開させた。

「給料」だけでは何の実態もつかめない。年収2586万円の医師、同1015万円の市長に次いで、3位の職員は、年間543万円の給料に、扶養手当が37万円、住居手当が32万円、時間外手当が55万円、期末手当が158万円、勤勉手当が77万円ついて、実際の年収は909万円だった。

■給与明細の公開は「当たり前のこと」

 竹原氏は、このリストへのリンクをブログに張ったうえで、こうコメントした。

 「年収700万円以上の職員が54パーセント、大企業の部長以上の給料を受取る人間が過半数にもなる組織が阿久根市民の上に君臨しているのだ」

 財団法人 地方自治研究所によると、阿久根市の人件費は全国に67ある人口5万人以下の市のうち、2番目に高い水準にある。200〜300万円程度だという阿久根市民の平均所得に対して、阿久根市の職員は倍近い所得を得ていることになる。

 ―― 市民にとってどういう存在でありたい?

 竹原 あんまり関わり合ってもらいたくないなと(笑)。いいかげん、結構切ないので、自分たちでやってと思っています。

 あなた方、皆さんがちゃんと良心に基づいて政治を知り、行動してくれれば、私はこんなことをしなくてもよかった。市民の本心がろくでもない市長を選び、ろくでもない議員を選び、職員のわがままを許してきたということですから。

 ―― 市民自身の手で市政を変えてほしいというわけですね。

 竹原 そうです。変わった方がいいでしょうと。気づいてもらえないのが辛くて切ないから、やっているだけです。だから、市民が変わり、私の中の切なさが消えたら終わりですよ。それでいいのではないでしょうか。

中央からの補助金をどんどんと削られ、税収も伸びず、弱体化に喘ぐ地方自治体。その中で、多くの自治体において、人件費だけが高止まりしている。今、阿久根市で起きていることを、風変わりな市長と異様に権力が強い役所がある、日本の片隅の特殊な自治体の話と片付けることはできない。

 「地方は簡単に切り捨てられる」「職がない、景気も悪い」「何とかしてくれないか」…。弱体化する地方の有権者からは溜息しか聞こえてこない。だが、溜息を漏らす前に、役所や国に頼る前に、自分たちの力で変えようと思わなければ何も変わらないのではないか。

 そんなメッセージを、竹原市長は九州の田舎から、ブログで全国に発信している。



(私のコメント)
阿久根市は人口24000人ほどの小さな市ですが、竹原市長が議会から不振に決議を出されて議会を解散したことから出なおし選挙が行なわれて、3月22日の選挙では反市長派が優勢を保った。私は阿久根市の状況は良く分からないのですが、日経新聞のインタビューの記事を見る限りにおいては竹原信一市長の言う事はもっともだ。

国会でも公務員制度改革が行なわれていますが、官僚たちの抵抗はすざまじく、なかなか制度改革には手が付けられないようだ。全国の自治体でも公務員の制度改革が求められていますが、役所と議会とが一体化してしまって、市長が何とかしようとしてもどうにもならない状況が生まれてきているようだ。

役所の職員と市議会の議員たちは研修という名の観光旅行に行っては工費で無駄金を使い放題だ。そのような役所の職員と市議会議員に担ぎ上げられているのが市長の実態だ。阿久根市は市議会議員が定数が16人で立候補者が18人という選挙なのですが、人口が24000しかいない市で16人もの市議会議員が必要なのだろうか? むしろ市職員の定年後の役職のような場所になっているようだ。

もちろん市議会も市長も選挙で選ばれるのですが、小さな市だから候補者の関係者の票を集めるだけでも当選できるのだろう。人口が24000人の市で16人の市議会議員定数だから1000票も獲得できれば当選できる。一人一万円で票を買収すれば一千万円で市議会議員になることができる。

外国人参政権が民主党の選挙公約だから、千票獲得できれば外国人でも市議会議員になれるのだから全国各地に在日外国人の地方議員が数千人も誕生する事になるだろう。民主党にとってはそれだけ地方組織が拡充されるし、外国人参政権は平和裏に日本の政治と行政を乗っ取る事ができる事になる。それが民主主義国家だ。

阿久根市の税収はわずかに22億円しかないのに、市の職員の人件費は23億円もかかっている。人口が24000人ほどで職員は244人だから100人に1人が市の職員だ。5人家族だとすると20世帯に一世帯が公務員家族という計算になる。これは人口割合からすると少ないのですが給与水準が異常に高い。23億円の人件費で244人だから一人当たり940万円の人件費だ。

これでは阿久根市長ならずとも職員給与カットにならざるを得ないと思うのですが、市の職員も議会も大反対だろう。地方においては公務員は特権階級なのであり、採用においても役所が面接で採用するから特権階級化しやすい。いくら優秀な人材でも役所がまずいと判断すれば採用はされない。

阿久根市の竹原市長も採用面接に同席しようとしたら役所側は拒否したようなくらいだから、コネ採用に近い実態なのだろう。大分でも教員採用で賄賂事件が発生しましたが、地方では教員の子は教員という身分の固定化が進んでいる。だから国会議員の子は国会議員というのも当然なのだろう。

しかし日本は民主主義である以上は議会で決められたことが民意なのであり、その結果は国民が受けなければならない。しかしその為には情報の公開が十分に行なわれて、賛成反対の討議が十分に行なわれなければならない。田中良紹氏のブログではマスコミの無責任な報道振りが書かれていますが、テレビ局は裏も取らずにネットからのタレこみをそのまま放送した。

テレビや新聞のニュースでは「ということが分かりました」とニュースアナが話しますが、例えば検察の発表記事でも出処をごまかして放送している。テレビ局や新聞社があたかも調査取材で分かったような報道ですが、単に記者クラブの記者会見でしかないニュースが多い。政府から見ればこのようにマスコミを手なづければ世論操作は簡単だ。

小沢スキャンダルでも「関係者」報道が大手を振るっていますが、出所が不明のニュースは疑ってみた方がいいのだろう。マスコミは単なる宣伝広報機関でしかないのであり、裏取りを十分に行なわないまま記事を垂れ流す新聞やテレビはジャーナリズム精神に反する。民主主義政治では常に世論の動向がカギとなりますが、ウソの報道が世論操作に意図的に行なわれている。

ネットにおいてもウソ記事やウソネタが溢れていますが、情報源のはっきりしない情報は疑ってみた方がいいのだろう。どうしても分からない時は勘に頼るしかないのですが、「株式日記」の場合は情報源ははっきりとコピペして表示している。「株式日記」は情報というよりも分析記事であるので、分析ミスはあるだろう。ならばどうして分析を間違ったかを分析する事で真相を突き詰めていけばいい。

阿久根市の問題も、国も地方も財政難だと言いながら自分たち役人は国民の給与平均の倍近くも貰っている。それを公開したら竹原市長は議会から不信任決議を突きつけられて議会を解散させた。それでも反市長派が勝って今度は出なおし市長選挙が行なわれる。年中選挙をしなければならない市民も大変ですが、阿久根市民も市の収入よりも人件費の方が高い事をなぜ真剣に考えないのだろう。いずれは夕張市のようになればいやでも分かる事だろう。




アメリカも中国も欧州も高速鉄道を中核とした交通インフラを建設
しようとしている。しかし日本の新幹線が売れないのはなぜなのか?


2009年3月28日 土曜日

2008年8月1日、CRH3「和諧号」高速列車が天津駅から出発。
北京―天津間の高速鉄道が正式に開通、時速350キロで30分


北京−上海間は独系が受注 高速車両、5600億円で 2009年03月16日 河北新報

【北京16日共同】中国の通信社、中国新聞社などによると、中国鉄道省は16日、建設中の北京−上海間の高速鉄道について、ドイツの電機最大手シーメンスが技術供与した車両メーカー「中国北車」グループの2社から高速鉄道車両100編成を購入する契約を結んだ。総額392億元(約5635億円)

 北京−上海間は中国の高速鉄道計画の中でも中核路線。日系メーカーにとって、ドイツ系による受注獲得は痛手だが、関係者によると、同路線でも川崎重工業などが技術供与した車両の受注の可能性がなお残っている。中国は景気刺激のために鉄道建設を加速させており、今回の車両の大量発注はその一環でもある。

 北京−上海間の高速鉄道は1編成当たり1等車、2等車、食堂車など16両で総定員1026人。最高速度約350キロで北京−上海間の全長1318キロを結び、最も本数の多い時間帯には3分おきに発車する計画。


日本の「ガラパゴス技術」を打開せよ  2009年2月28日 朝日新聞

「日本の鉄道技術は世界トップレベルだ」。日本の鉄道関係者に聞くと、誰もが自信をもって、そう答える。安全性、安定性、燃費効率など、どの基準をとっても日本の車両や運行技術は世界最高水準だ。

だが、どうひいき目にみても、日本の鉄道ビジネスが世界市場で強いとは言いがたい。鉄道部門の売り上げを比較すると、川崎重工業や日立製作所など日本の鉄道車両大手6社をすべて束ねても、欧州大手の半分にもならないと見られている。

島国の中だけで研ぎ澄まされた技術。世界最高なのに世界市場で売れない――。なにやら携帯電話市場で指摘される「ガラパゴス現象」と同じ構図が鉄道事業でも見えるようだ。

とはいえ、一般消費者を相手にする携帯電話と違って、鉄道は政府が強く関与するビジネスなので劣勢なのには地政学的な理由もある。

「ビッグ3」と呼ばれるカナダのボンバルディア、仏アルストム、独シーメンスの3強は欧州で圧倒的に強い。ボンバルディアも鉄道事業は欧州が主要拠点。いわば3社の「ホーム」だからだ。各国の鉄道事業は国鉄や政府が支援する企業が営むケースが多く、車両調達でも域内産業保護に傾きやすい。EUが自由化で鉄道市場のパイを広げることも、3社にとってますます追い風となる。

その欧州でも、日本の技術力の高さが評価されて受注に成功した例はある。05年、日立製作所は英国で今年末に開業予定の高速線「英国海峡線」の車両(時速225キロ)を受注した。同社が欧州で高速車両を受注するのは初めてだった。

英国は老朽化した旧国鉄路線の近代化を急ピッチで進めている。南北を縦断する「テムズリンク」という主要路線を大改修して車両を総入れ替えする大事業も控えており、日立はここでも手を挙げている。

とはいえ、車両の規格が根本的に違う日本勢が欧州市場で実績を上げられる余地は少ない。そうなると、ねらい目は「非欧州」市場とならざるを得ない。

川崎重工業の車両部門トップで常務の瀬川雅司は「今後は欧州以外の地域でも、生産が追いつかないくらいの鉄道需要が出てくる。だから、あえて3強の拠点の欧州で戦う必要はない」という。日欧メーカーの決戦の場は「めざめた巨大市場」の米国となる可能性が大きい。米国には旅客車両を造る国内メーカーが皆無だからだ。

「川上」の車両製造だけを手がける日本メーカーと異なり、ビッグ3は「川下」の保守事業や運行管理まですべて担えるのが強み。日本はこれに対抗するため、これまで手がけた海外ビッグプロジェクト同様、車両メーカー、大手商社、JRなどが「日本連合」としてスクラムを組んで新幹線を売り込むことになるだろう。

「高速鉄道は日本の卓越した技術を生かせる分野だが、巨額の資金が必要でリスクも大きい。米国やブラジルのようなビッグプロジェクトでは、大手企業が多数参加するオールジャパン体制で取り組む必要がある」と三井物産・交通プロジェクト部第3営業室長の今井泰は言う。

時速350キロ時代へ  

日本の新幹線の最大のセールスポイントは、44年間で事故死者ゼロの安全性だ。新潟県中越地震で走行車両が脱線した時でさえ、大事故にはならなかった。地震多発地帯の米カリフォルニア州でこれは強みになる。東海道新幹線のように1時間に12本が発車する高密度ダイヤも日本の誇る技術だ。

逆に新幹線の弱みは、営業運転の最高時速が山陽新幹線の時速300キロにとどまること。日本はカーブやトンネルが多いうえに騒音規制が厳しく、海外に比べて速度を上げにくい。12年に東北新幹線で時速320キロをめざしているのがせいぜいだ。

ところが米カリフォルニア州や、中国、インド、ロシア、ベトナムなどはみな「時速350キロ」を想定している。それが最高速度の世界標準となりそうな雲行きである。

川崎重工は昨秋、時速350キロの新型車両「efSET」を09年度中に開発することを決めた。日本の国内市場を意識しない、初の「世界市場仕様」の開発である。「いつまでも国内の基準だけに合わせていたら、世界の要求には応えられない」と瀬川は言う。

整備新幹線計画やJR東海の中央リニア新幹線計画はあるものの、国内での高速新線建設はそう多くは期待できない。一方で長年の新幹線の研究開発の歴史が育てた技術者たちはまだ多く残る。「技術者余剰という日本の縮図」(大手商社)を打開するためにも、ぜひとも世界市場で通用するビジネス戦略が必要になる。



(私のコメント)
昨日は東京に住んでいる限り車は必要ないと書きましたが、将来的にはアメリカも中国も欧州も車中心社会から鉄道中心社会に移行していくだろう。車や飛行機が無くなる訳ではないのですが、主要な陸上の都市間交通は高速鉄道が主体となっていく計画が立てられている。これらのモデルとなっているのが東海道新幹線であり安定した交通サービスを提供している。

アメリカでは去年の石油の高騰や、9・11テロ事件のような航空機の弱点がクローズアップされて高速鉄道への見直しが進んでいる。鉄道は電気エネルギーで走るから原子力発電や石炭火力発電など石油に依存しない交通機関であり、コスト的にも速度的にも天候に左右されにくいなどの多くの利点がある。

中国などでも以前は自動車主体の交通体系を考えていたようですが、高速鉄道主体の交通体系に切り替えた。その象徴が北京と天津とを結ぶ高速鉄道ですが去年に8月1に開通した。北京オリンピックの開催に合わせた開通ですが、日本の新幹線を上回る時速350キロの世界最速鉄道であり、北京と天津とを30分で結んでいる。

写真で見れば分かるように手前の車両はドイツのジーメンス社のものであり、後方に見えるのは新幹線の「はやて」をベースにした車両だ。しかしマスコミ発表では純国産であると言う事らしいのですが、冒頭の河北新報の記事にもあるように、北京上海間の高速鉄道にはドイツのメーカーが100両編成分の受注を獲得した。

しかし中国の高速鉄道の運用には、かなり乱暴なものであり、ドイツ製の車両が最高時速300キロであり日本製の車両は275キロを設計スピードとしており、中国が独自の技術を加えたとしても350キロで運用していたら、いつかどこかで大事故を起こすだろう。しかし朝日新聞の記事にもあるように高速鉄道の最高時速は350キロの時代を迎えようとしている。

ところが日本の新幹線は最高時速が300キロ以下であり、最新の東北新幹線でも320キロが予定されているだけだ。これは沿線の騒音問題などで制限されている為ですが、アメリカや中国に新幹線を売り込むためには運用実績で見劣りしてしまう事になる。川崎重工では350キロの高速車両を開発しているが運用実績が無ければ売込みにはマイナスだろう。

北京と上海とを結ぶ新幹線の売り込み競争にしてもドイツに負けた形になりましたが、ドイツ側がかなり中国に有利な契約で結んだのだろう。中国は技術供与を強く求めており、それを国産化して海外にも売込みを図るのだろう。このような構図は自動車生産にも見られることであり、ドイツ製の自動車そっくりの中国製自動車が海外に売られている。

欧州に日本の新幹線を売り込むにもフランスやドイツのメーカーがあるし売り込みは難しく、アメリカがオバマ政権の誕生で高速鉄道の建設を促進する法律が通った。カリフォルニアではガソリンが1Lが100円以上にもなり環境問題も重なって鉄道交通が見直されるようになったためだ。住民投票でも超高速鉄道の建設に賛成多数で可決された。

アメリカにはこれと言った鉄道車両メーカーが無く、まさに日本とドイツやフランスの三つ巴の売り込み合戦が行われているのですが、アメリカ人は中国人と同じく世界最高に拘る国民性であり、世界最高速の超新幹線を求めるのだろう。しかしアメリカのような国土が広い国では航空機と競合するようなスピードを持つ超伝導リニアが向いている。

航空機は離着陸に広大な飛行場スペースが必要だが、そのためにどうしても大都会から離れたところに飛行場が出来てそのからの足が問題になる。それに対して鉄道なら都心に直接乗り入れる事ができる。超伝導リニアなら飛行機並みのスピードと鉄道並みの都心へのアクセスが確保できる。

リニア新幹線のような建設に高額な費用がかかり採算が取れるのかが問題ですが、東京大阪間で出来なければ世界ではどこも出来そうにはない。現在の新幹線では輸送力が限界であることなどで第二新幹線が求められている。世界的には350キロの超高速新幹線も実現していないのに日本はさらに先の超伝導リニアモーターカーに進もうとしている。まさに携帯電話と同じくガラパゴス化しているのですが、本当に出来るのだろうか?

鉄道は第一次世界大戦の頃から国防もからんだ基幹産業なのですが、第二次大戦後は自動車や航空機にとって代わられた。日本だけが鉄道を主軸にした交通機関として開発し続けて鉄道大国となった。石油の大国であるアメリカやロシアが衰退して行って、電気の大国である日本の台頭は科学技術文明的に見れば当然な流れであり、原子力発電も一時は世界的に見捨てられましたが、日本だけが原子力発電所を作り続けた。

このように日本文明は世界から見ても独特なのであり、世界が日本をどんどん真似してきている。アメリカに新幹線を走ったり電気自動車が走る事が想像できただろうか? 携帯電話などのITビジネスも日本がダントツの先端を走っているのであり、超伝導リニアも日本でしか出来ないものだろう。


アメリカでさえ鉄道が復権する時代が来る−−葛西敬之・JR東海会長 2008年4月22日 東洋経済

現在、東京―大阪間に日本の人口の約6割、GDPの6割が集中している。一方で面積は国土の20%強にすぎない。そういう高密度に集約された地域が出現し、機能しえたのは高速鉄道のコンセプトゆえです。

 米英独は都市内の交通を自家用車とバスに頼っている。でも東京にはJR東日本の鉄道網と、地下鉄網が整備され、それに私鉄網も加わる。鉄道網がこれほど密につくられている都市は世界中にない。それもほとんど戦後につくられた。密に建設された都市内鉄道網と、都市間鉄道である高速鉄道が結びつき、東京、名古屋、大阪の間の地域を世界で最も効率のいい都市化された地域にした。これは世界にはないモデルです。違うやり方だったら、日本の都市は違った構造になっていたでしょう。

 ――新幹線は世界を刺激した。

 高速鉄道の誕生で、鉄道の将来性に対する見方が変わった。特に欧州。フランスはTGVをつくり、ドイツがそれに追随した。さらに今、エネルギー問題、地球温暖化問題、環境に対する関心が高まり、欧州は鉄道を見直す動きが大きな流れにある。国と国の間の鉄道の相互乗り入れを頻繁にし、21世紀のEU圏内の旅客輸送は鉄道を中心にする、いわば鉄道の新しい世紀を求めている。




ETC売り切れに見る、自民党だけでなく官僚組織も、まして野党も、日本
の政治システムが、国民の要求仕様に対応できる能力を失っている。


2009年3月27日 金曜日

<高速料金>「上限1000円」28日開始 PAは渋滞対策 3月26日 毎日新聞

地方の高速道路料金が休日(土日祝日)に「上限1000円」になる割引が28日から全国的にスタートする。利用者の関心は高く、交通量の大幅な増加が予想される。

 割引の対象は普通車以下で、自動料金収受システム(ETC)の搭載車。大都市圏を通過する場合も前後の料金は通算で1000円となるが、首都高速道路など一部の区間については1カ月間、前後で1000円ずつかかる。

 大都市近郊での休日昼間3割引きと、阪神高速道路の休日割引(阪神東線で500円に)も28日始まる。首都高速も、日祝日の割引(東京線で500円に)が29日から。30日からは平日の全時間帯に地方で3割以上割り引かれる。

 高速道路各社は、ゴールデンウイークを上回る体制で渋滞対策に備えている。特に、サービスエリアなどで混雑が予想されるため、仮設トイレを増やしたり売店の営業時間を延ばしたりする。

 一方、国土交通省所管の財団法人が行っているETC機器購入への助成には希望者が依然多く、100万台の枠に対し25日までに58万1000台が助成を受けた。品切れの店も出ている。【位川一郎】


「ETC売り切れ」と「高速料金値下げ」のドタバタとは 3月25日 BPnet

今回の「高速料金値下げ」が、どちらのパターンなのか推測は難しい。しかし、数々の経済対策を検討して、「これが効果的だ」と決めたのではないような気がする。背後にチラつく野党の「高速料金無料化」案もあるが、原油価格の高騰対策というはじめの意図も考えると、やはりトップダウン的な「最初に方針、後から理由」の匂いがつきまとう。

 とはいっても、トップダウンやワンマン的な「最初に方針」すべてが、ドタバタの結果につながるわけではない。乏しい経験を思い起こしてみても、ワンマンのトップダウンでも、トラブルを克服し成果をあげた事例は、多くはないが実際にある。

 ただし、そこにはトップへの信頼と、方針を実現しようとする共通した目的意識があった。おそらく、そこが違うのだろう。

 現在の「ETC車載器の売り切れ続出」と「高速料金値下げ」を見ていると、経済対策として「なんとしても実現する」という目的意識が、政府や官僚で共有化されていたのか大いに疑問が残る。高速道路交流推進財団に「丸投げ」にしか思えない「ETC購入助成」もそうだし、システム改修の遅れや二重徴収への甘い対応も、どこが「その場しのぎ」に終始している印象しか残さない。

 そもそもが「最初に方針ありき」だったうえ、「その場しのぎ」で進められては、行き着く先は大混乱なのは当然だろう。「ETC車載器の売り切れ続出」も、1000円の二重徴収も、「最初に方針ありき」と「その場しのぎ」の結果だと思えてならない。

 しかし、まだ疑問はなくならない。道路建設や空港建設には、あれだけ熱心で積極的なのに、こと「ETC購入助成」と「高速料金値下げ」に関しては、消極的で「その場しのぎ」に映るのは、どうしても理解しにくい謎である。

 もしかすると、「自分(自分の省庁)の利益にならないことには消極的」という説が当てはまるのかもしれない。それが、今回のドタバタの原因だとしたら、あまりにも情けなさすぎる。

楽観的にはなれない国民の要求仕様への対応能力

 もっとも、「自分の利益にならないことには」ウンヌンは、けっしてお役人だけではない。それほど露骨ではないにせよ、企業にも「自分(自分の部署)の負担が増える」ことには消極的になる傾向はある。

 しかし、多方面からの情報収集や関係部署との協議が、それを許さない状況をつくりだす。「他部署との調整で決まったことだから」というのは一定の説得力は持つし、なんといっても目的意識を共有する(させられる?)ので、「負担が増える」とは発言しにくい事情もある。

かといって、トップダウンやワンマン的な「最初に方針」では、その傾向が強くなるわけでもない。逆にトップへの信頼から「社長(部長?)の方針なら、とにかくやろう」にまとまり、「負担もいとわず」という例もある。

 想像でしかないが、関係した官僚には「ETC購入助成」と「高速料金値下げ」を打ちだした内閣や自民党への信頼が、なくなりつつあるのかもしれない。度々報道される「指導力のなさ、求心力のなさ」に似ているが、露骨にいってしまえば「見限った」のだろう。

 実は、それに近い企業の事例を経験している。評判のワンマン社長だったのだが、あるシステム構築の際にもトップダウンというか、とにかく「こうしたい」というのは社長だけで、担当者はもちろん役員も発言しない打ち合わせだった。ところが、社長のいない席になると「まあ社長は、ああおっしゃるけど」ばかり、問題が起きても「努力します」とはいうものの対応も遅いというパターンである。

 そこまでとは思わないが、麻生政権に対する官僚のホンネは、「ああおっしゃるけど」に近いのだろう。だから、「自分(自分の省庁)の利益になる」道路建設や空港建設には熱心だが、経済対策になると「負担が増える」と「その場しのぎ」に終始する最悪の結果になるのかもしれない。逆にいえば、官僚から「首相の方針なら、とにかくやろう」と信頼を寄せられていないのが、いまの麻生政権なのだろう。

 にもかかわらず、報道によれば「1000円ってちょっとうれしくない?」が当の麻生首相である。もちろん、安くなるのが嫌な国民はいない。しかし、「ナニやってんだか」の友人ではないが「ありがたく利用しますよ」であっても、「これで高速道路が渋滞になったら、地球温暖化はどうなるんだろ」と冷静な国民も、割合はわからないが存在している。そこに目が届かないのでは、国民の要求を理解することも、対応することも難しいさろう。

 よく「自民党政権は耐用年数が限界」のような発言を耳にする。しかし、今回のドタバタを見ると、自民党だけでなく官僚組織も、まして野党も、日本の政治システムが、国民の要求仕様に対応できる能力を失っているような気がしてならない。

 そこにこそ、官僚も誰もが「見限った」結果としての「ETC購入助成」と「高速料金値下げ」問題の原因がある。このまま総選挙になっても、国民の要求仕様に対応できるかどうか──とても楽観的にはなれそうもない。



(私のコメント)
明日からETC搭載車は地方の高速道路が1000円になるそうですが、私は車を持っていないので関係が無い。バブルの頃はベンツに乗って高速を走ったりしましたが結局は電車の方が速くて安いので、バブルの崩壊とともに車を乗るのは止めてしまった。高速を走っても渋滞だらけで電車よりも2,3時間余計に時間がかかる。

東京に住んでいる限りは車は必要が無く電車や地下鉄で十分だ。しかしいったん地方に行くと車が無いと生活が出来ない。道路がガラガラだし高速道路もガラガラだ。だから地方の家では一家に3台4台の車を持つ家庭も珍しくは無い。日本全土がモータリゼーション化して通勤から買い物まで車を利用するようになった。

世界的金融恐慌で車がぱったりと売れなくなり、日本の製造業は輸出がストップして青息吐息の状態だ。ならば内需を拡大して景気刺激をしなければならないのですが、小泉竹中政権以来外需依存で国内の景気対策を怠ってきた。恒久減税が廃止されて医療や福祉のカットが続けられている。これでは消費が増えるわけは無いのですが、役人たちは不景気が大好きなようだ。

BPネットの記事に書かれているように、政治家や役人たちは道路建設や空港建設にはあれだけ熱心で積極的なのに、高速道路の値下げには消極的でやる気が無いのだろうか? 民主党の高速道路無料化にも「株式日記」では賛成の記事を書いた事がありますが、高速道路は作るだけでは意味が無く使われなければ投資が無駄になる。

高速道路が一律1000円というプランは麻生内閣が去年の10月に景気対策として打ち出されたにもかかわらず、ETCの売上げが上がったわけではなく、メーカーも増産した訳ではないようだ。それが3月4日に法案が可決されて、いよいよ高速道路が1000円に値下げされる段階になって日本中がETCが売り切れだと大騒ぎしている。

麻生首相が去年の10月に高速道路が1000円のプランを打ち出しても、どうせすぐに解散されて選挙で民主党が勝って政権交代が起きると誰もが思っていた。そうなれば高速道路は無料化されてETCは無駄になるという事なのだろう。ところが麻生内閣は解散もせず景気対策法案もそのまま通ってしまった。だからあわてて国民はETCに買いに走ったのでしょうが、それくらい麻生内閣が持つとは思ってもいなかったのだ。

定額給付金にしても高速道路一律1000円も景気対策であり選挙対策でもあるのでしょうが、定額給付金も地方によっては法案が通るのかもはっきりしなかったから準備不足で大幅に遅れるところもあるようだ。地方の役人たちも法案が可決できるかわからないから、準備もしていないくらい麻生内閣への信頼感が薄い。

去年の12月から1月にかけての期間に選挙が行なわれていれば、民主党が単独過半数を確保できるほどの勢いでしたが、それはアメリカの大統領の交代の時期でもあり唯一のチャンスであったのかもしれない。それが麻生内閣が3月まで持ったことによってクリントン国務長官が来日して、やはり小沢民主党政権は好ましくないとアメリカは動き始めた。

もし定額給付金や高速道路一律1000円が効いて景気にも良い影響が出れば麻生内閣の支持率も上がって、何とか選挙でも勝てる見込みが出てくるかもしれない。もし自民党政権が安定政権であれば、首相が政策を打ち出したとたんに行政も動き出して準備が行なわれるのでしょうが、麻生内閣は選挙に追い込まれて負けることが必至だった。だから行政も動かなかった。

ETCシステムにしても定額給付金にしても、コンピュータシステムの変更が必要であり、それには時間がかかる。ETCシステムも作業が間に合わなくて1000円が二重取りされるミスも訂正作業で遅れるようですが、コンピューター時代においてはシステムの変更には大変な時間と手間がかかるようになった。

このようにETCの売り切れ問題は様々な問題を浮かび上がらせてきますが、ETC製造メーカーもこの事態を予測できなかったのだろうか? 政府が景気対策を行なっても企業がそれに反応していない。ETCは日本国内でしか通用しないし、どちらかというと売れない商品であり、リスクをとってまで見込み生産は出来ないのだろう。

しかしETCでもインセンティブを与えれば売れるのであり、法律を改正するだけで消費を拡大することが出来ることが沢山あるはずだ。例えばハイブリットカーや電気自動車ななどのエコカーに補助金をつければドイツなどでは車の売上げが20%も伸びた。ホンダやトヨタは車が売れなくて困っているから一息つけるだろう。


ドイツ、2月の国内新車販売が22%増 買い替え補助金の効果で 3月4日 日経新聞

【フランクフルト=下田英一郎】ドイツの自動車工業会は3日、2月の国内新車販売台数が前年同月比22%増の27万7800台になったと発表した。前年同月実績を上回るのは2008年7月以来7カ月ぶり。独政府は1月末から、旧式車を最新の排ガス規制対応車に買い替えた場合、2500ユーロ(約30万円)の補助金支給を開始。低迷する新車需要を押し上げた。

 補助金は「スクラップ奨励金」とも呼ばれ、予算総額は15億ユーロ(約1800億円)、60万台分の買い替え枠を用意した。旧式の排ガス規制対応車を廃車処分し、新車に買い替えた個人ユーザーに支給する。環境政策の一環として導入したが、需要不振に苦しむ自動車業界への支援策になっている。

 独自工会によると2月の販売実績のうち、独メーカーの販売台数は9%増の17万2700台、国外メーカーは48%増の10万5100台。特に価格の安い小型車の販売増につながっているもようだ。(12:25)



(私のコメント)
定額給付金のように2兆円もの税金をばら撒くよりも、的を絞ったバラマキをしたほうが少ない費用で多くの効果があると思うのですが、役人たちはやる気が無く政治家達は知恵が無い。日本には個人の金融資産が1500兆円も眠っているのですが、多くは老人たちが持っている。天国には金は持って行けないのだから使った方がいいと思うのですが、金を持っていないと不安なのだろう。

アナログテレビも2011年に使えなくなりますが、これにも補助金を出せと言う話が出ている。デジタルチューナーをばら撒く話もありますが、2万円程度のクーポン券を配って買換え促進をしたらどうだろうか? 電機業界も輸出が不振で困っているから古いアナログテレビやレコーダーを引き取り新しいデジタル機器に買い替えさせればいい。

考えてみれば定率恒久減税を廃止してその分だけ消費が低迷してしまったのですが、その代わりに定額給付金を出す破目になった。定率減税廃止で1,6兆円の税収ですが2兆円の定額給付金2兆円で勘定はマイナスだ。すでに増税では税収は伸びない段階に入っており消費税も増税すればそれだけ消費が減る。

麻生総理が去年の記者会見で言っていたように、消費税を3%から5%に増税したら税収はかえって9兆円も減ってしまった。だから消費税を0%にすれば20兆円ぐらいの増収になるのではないだろうか? バカな財務省官僚にはこのような計算は出来ないだろうが、消費が増え景気が回復しない以上は財政再建は不可能だ。あるいは政府紙幣発行で消費を増やさせるしかないだろう。




中国や韓国の反日運動は日本から金を出させるアメリカの扇動
なのですが、やりすぎれば日本人の怒りはアメリカに向く。


2009年3月26日 木曜日

現代史についての雑文その17 ドイツと日本3 3月13日 KNブログ

大東亜戦争の終了後、東南アジアの欧米植民地だった地域はそれぞれ宗主国との独立戦争に勝って独立しましたが、旧宗主国は独立を主導した勢力とは敵対関係でしたので、これらの新興独立国とは断絶し、支援などしませんでした。まぁそもそもこれらの宗主国はみんなヨーロッパの戦災によって自国の経済も破綻寸前でしたから、アジアを支援している余裕など無かったのですが。しかしこれらの新興独立国はまだまだ貧しく、外国からの支援を必要としていました。しかし当時において海外投資が出来るほど余裕のある国はアメリカぐらいでした。(中略)

日本人は、既に占領期間中に日本罪悪史観の洗脳をある程度受けていたために、この嘘宣伝を信じてしまい、大東亜戦争中に日本軍が展開していた地域では全て日本軍が悪事を働いて現地の人達に迷惑をかけていたものだと信じ込んで、それに対する償いとしての贖罪支援を繰り返していくうちに、いつしかそうした償いを続けることは日本人の永久の義務だとまで思いこむようになってしまいました。

日本人は償いというものは多くするほど価値があるものだと思っているので、金を出すだけでなくて心から謝罪したりまでするようになり、日本の政治家が東南アジアに出向いてわざわざ謝罪したりして、逆に現地の政府の人達がビックリするというようなトンチンカンな事件も起きたりするようになりました。実際はアジア諸国に対して戦時中に日本軍が迷惑をかけたようなことはあまり無く、むしろ東南アジア諸国のほうが積極的に経済支援をしてくれた日本に感謝していたぐらいなので、彼らはどうして日本の政治家が謝るのか意味が分からなかったのです。

しかしこうした嘘宣伝に基づいた日本人の贖罪意識はアジアに金を出すことが日本の義務であるという思い込みを生み、1972年に共産シナとの間に国交が樹立すると、今度は「日本軍が戦争中にシナで迷惑をかけた」というキャンペーンが大々的に行われるようになり、その贖罪の大合唱の中で共産シナへのODAが大規模に展開されていくようになっのですが、これもまたアメリカ主導の日米政府共謀の世界戦略に則って日本をアメリカの財布としてシナへどんどん金をつぎ込んでいくものでありました。

同様に1977年にはモンゴルとの間に経済協力協定を結び、これで大東亜戦争中に日本軍が展開していた地域の中で戦後日本が贖罪の金をバラ撒いていない地域は北朝鮮だけが残されているのが現状です。嘘宣伝に乗せられて贖罪意識に凝り固まった人達はなんとしても北朝鮮への経済支援を実現させて日本軍の犯した罪を完全に清算したいと願っており、こういう妄想馬鹿を上手く利用してアメリカ政府や日本政府の狡賢い人達は彼らの目的を達しようとしているというわけです。(中略)


まぁこういう国内だけの自虐意識だけならまぁいいでしょう。日本人が自分でなんとかすればいいのです。もっと深刻な問題は、この贖罪支援の展開によってこうした日本の誤った贖罪意識が国際的な広がりを持ってしまったために、アジア諸国、いや実際は共産シナ、韓国、北朝鮮の3カ国の「反日」を増幅してしまったことです。

これらの地域はもともとはそんなに極端に反日的な地域ではありません。文化の違いなどもあり、伝統的には日本とあまり仲が良いということもなかったですが、それなりに上手くやっていました。現在のヒステリックなまでの反日傾向は政治的に作り出された作為的なものです。そして、その原因は大東亜戦争にあると彼ら3カ国は主張し、日本人でもそのように思い込んでいる人も多いのですが、実際は戦後処理がその原因を作ったのです。と言っても日本の戦後処理が足りないから反日が増幅したなどという与太話ではなく、戦勝国の身勝手な戦後処理を正当化するためにかの国々では反日が生まれ増幅していったのです。

それはどういうことかというと、こういうことです。第二次大戦終了時点まで台湾と朝鮮は正当な日本領土でした。満州も日本が作った正当な独立国家でした。これらを終戦時に正当な理由なく奪ったのがシナ人と朝鮮人でした。また、それらの地域にあった日本の資産も全て彼らが奪い取りました。まぁ正確には彼らが奪ったのではなく戦勝国(アメリカおよびソ連)が奪って彼らに与えたのです。

だから彼らは当初はそんなに日本に対して悪意があったわけではありません。シナは日本と戦争していましたが、シナの内戦に日本が巻き込まれたというのが正確な姿で、シナ人はそれほど日本を憎悪していたわけではありませんでした。単にシナ人の一部、例えば国民党や共産党がそれぞれ戦略的な意味があって日本と敵対していた部分が大きかったといえます。朝鮮人に至っては日本人の仲間でした。台湾に住んでいた原住民やシナ系住民も日本人の仲間でした。しかし彼らは日本の敗戦の結果、彼らの意思など関係なく、戦勝国の思惑によって、否応なしに日本の正当な財産を盗んだ泥棒の一味にされてしまい、その奪った財産を与えられてしまったのです。

彼らとしてはこれはかなり迷惑な話で、それまでアジアで最強国であった日本の恨みを買ってしまったと彼らは考えました。今は敗戦国になって弱っているが、日本はいずれ復活したらまた奪われた領土や財産を奪い返しにやって来るに違いないと思いました。正当な領土や財産を不当に奪われたら取り返すのが当たり前だからです。

だから彼らは来るべきその日を恐怖しました。彼らが日本に対して警戒的になるのは当たり前であり、反日的になるのが当然なのです。出来れば日本には復活してほしくないし、軍隊も持ってほしくないし、もし軍隊を持ってもその行動は出来るだけ雁字搦めに縛られて身動き出来ないほうが助かるのです。だから軍国主義復活反対だとかなんだとか訳の分からないことを喚いて日本が普通の国になることをヒステリックに嫌がるのは、彼らにしてみれば自衛のために全く当然のことなのです。

だいたい、韓国と北朝鮮などは国土全体が日本からの盗品のようなものです。盗品を返してしまったら彼らには何も無くなってしまいます。シナ国民党も台湾と満州を日本から奪いましたが、その後シナ共産党に追われて台湾に逃げ込みましたから、彼らの国土も丸ごと日本からの盗品のみになってしまいました。共産シナは日本から盗んだ土地は満州だけですが、彼らは満州にあった日本資産を盗んで、それを元手にしてシナを征服しました。つまり日本からの盗品で成り上がったのが共産シナの出自です。彼らはみんなもともと盗人の悪人たちということになります。

しかしそんなことを正直に認めてしまったら国家は成り立ちません。彼らは自分達の日本からの泥棒行為を正当化しなければなりません。そのためには日本を悪者にするしかありません。「日本がもともと悪辣な泥棒なのだから、その日本から盗むのは正しいことだ」とアピールするしかないのです。だからこれらの国々では建国当初から日本を悪玉に仕立てて、過去に日本にあんなこんな酷い目にあわされたので、だから我々の日本に対する泥棒行為は実は凄い英雄的行為なのだと必死で主張するような反日史観を国民向けに懸命にプロパガンダして、自らの政権の正当性をアピールしたのでした。特に国土の全てが日本からの盗品で出来ている韓国と北朝鮮の焦りは凄まじく、その反日宣伝は強烈なものとなりました。

まぁここまではそんなに不思議なことではありません。当時は世界中が反日のようなものでしたし、彼らに日本の領土を奪って与えた戦勝国も当然反日であり、シナにも朝鮮にも大いに反日になってもらいたいと期待していたのであり、シナも朝鮮も十分以上にその期待に応える結果になっただけのことです。日本にとっては決して愉快な話ではないですが、これは当時の世界においては当然の潮流であり、全く不自然さはありませんでした。

問題はその後、日本が講和独立に際して東南アジアに向けて、アメリカの思惑に沿って「贖罪のための支援」とやらをやり始めた後のことです。東南アジア諸国は実際のところ日本から損害など受けていませんでしたし、また逆に日本から領土や資産を奪ったこともありません。彼らは欧米の旧宗主国から領土や資産を奪って(譲り受けて)国を作ったのであり、日本軍は彼らの植民地時代の終わり頃のごく短い期間駐在していただけのことで、むしろその時に国作りのノウハウを教えてくれた恩義があるくらいでした。だから彼らは真の意味での反日ではありませんでしたし、建前としての反日である必要もありませんでした。だから日本からの贖罪の申し出には驚きましたが、支援は有難く頂いて素直に感謝することが出来ました。

しかし、日本が贖罪のために賠償金をバラ撒いていると聞いて、自分達こそが真っ先にそれを貰う当然の権利があると主張せざるを得ない国々がありました。それは建国以来一貫して自国民向けに極端な反日宣伝、反日教育を繰り返し、自分達が過去において日本によって途轍もない被害を受けてきたと誇大に宣伝してきた韓国、北朝鮮、台湾(国民党)、共産シナの4カ国でした。

彼らにしてみれば日本が贖罪などと言いながら肝心の最も謝らねばならない相手のはずの自分達を無視していること自体が許せることではなかったでしょう。いや、4カ国の為政者たちは自分達のほうが泥棒だということは分かっているのですが、それでも国民をさんざん騙してきた手前、今さらあれは嘘だったとも言えないので、日本に対して強く賠償を要求せざるを得なかったのです。

ただ4カ国の中で台湾の国民党だけは、共産シナによって大陸を追われて台湾に逃げ込んでおり、大陸への反攻のために日本との連携を必須と考えており、反日政策を捨てていました。そもそも逃げ込んだばかりの台湾の原住民を掌握するのに手一杯で、反日宣伝も反日教育もしている余裕など無かったので、国民の間に反日的な空気自体が無かったのです。ですから台湾の国民党政府は早々に賠償請求権を放棄し、日本との連携を深めていく戦略を選びました。そういうわけで台湾には反日は無いのです。

一方、大陸を支配するようになった共産シナのほうはこの時点では日本ともアメリカとも断絶関係にありましたから、贖罪とはいっても実態はアメリカの世界戦略の中での財布に過ぎない日本の支援の対象にはなりませんでした。北朝鮮も同様でした。

問題となったのは韓国でした。韓国は日本に贖罪のための賠償を強く求めてきたのです。日本人というのは謝罪したり贖罪したりするのは好きなのですが、これは自己満足的に好きなのであって、自発的に謝罪したり償ったりすることに美学を感じるので、先方から謝罪や償いをあまりに強く催促されると白けてしまう傾向があります。ましてや韓国人は大東亜戦争中は日本人の一部であったのであり、味方だったはずです。

そもそも韓国は敵ではなかったし、韓国は戦場にすらなっていません。だから日本人にしてみれば韓国に贖罪する必要など全く感じなかったので、韓国の贖罪要求に驚き、反発しました。しかし韓国としても退くに退けないので議論は延々と平行線となり、そういうわけで日韓国交樹立は1965年まで実現しなかったのです。最後はアメリカの仲裁で(韓国政府が日本人を拉致して脅迫したりしたこともあって)日本が折れて韓国にも補償金という名目で大規模支援を行うこととなり、これによって世界最貧国(豊かだった日本統治時代の朝鮮は1950年勃発の朝鮮半島で荒廃してしまっていた)であった韓国の経済はやっと自立可能となったのでした。

この韓国の惨状にしても、もともと日本から領土を奪って韓国を作ったのはアメリカなのですから、本来はアメリカが責任をもって支援すべきはずです。それを怠ったアメリカが日本に韓国経済支援を押し付けたわけです。韓国が訳の分からない贖罪要求をするようになったのももとをただせばアメリカのせいで、そのお陰で国交成立もおぼつかない状態となっていたのを、日米両政府が必死で日本国内で「いかに日本が朝鮮半島で酷いことをしてきたのか」という嘘宣伝を繰り返して、また日本国民を騙してなんとか国交を結び経済支援を実現したのでした。その後も日本国内では日本が朝鮮で行った過去の悪事に関する捏造プロパガンダは継続されて日本による韓国への経済支援は正当化され続けました。お陰で今では本当にそんなことがあったと信じ込んでいる日本人も大勢います。

しかし、こうして日本から贖罪の補償金を得た韓国のほうは、これで反日感情を満足させて反日政策を止めたかというと、実際は全く逆でした。あまりにも既存の韓国政府による反日プロパガンダの内容が誇大だったため、日本からの常識の範囲内の補償金ではとても足りないと捉えられ、韓国人は失望し、日本に対しての怒りをますます募らせ、韓国政府の弱腰を突き上げました。そうなると韓国政府も更に反日政策を強化して国民に対日強硬姿勢をアピールせざるを得なくなります。

それに、韓国政府自身、そのような償い金が偽りのもので、実際は日本から盗んだ金がまた増えただけだということが分かっているため、その分、日本に対する負い目が大きくなり、自らの存立基盤の不正性が増大し、不安感や恐怖感が余計に高くなっていくのです。それでますます日本の復讐を警戒するようになり、反日傾向を強めることになるのです。いくら表面上は偉そうなことを言って日本を罵っていようとも、実際は自分達のほうが悪いのだということが分かっているので、どんどん怖くなっていくのです。そしてますます悪事を重ねていく。これは犯罪者によく見られる悪循環です。泥棒が出自の国家はこのような転落をしていくものなのです。育ちの良い日本のような国の政治家にはそのあたりが分からないようですが、韓国やシナなどのような盗人国家はこういう思考パターンを持っています。

そのようにして、韓国においてはむしろ日韓国交成立前よりも日韓国交成立後のほうが反日政策は強化されるようになり、日本側が謝罪したり贖罪したりすればするほど、そのたびに反日傾向を強めていくようになりました。日本人にはこの犯罪者心理の機微がよく分からないので、さすがに最近では、なんて無礼な連中だと言って怒る人達もいるようですが、こういう韓国のような相手には、日本に対する精神的負い目を解消してあげるように、一度手酷い目にあわせてあげるのが一番です。そうすれば彼らも楽になって悪事に走るまで追い詰められなくなります。

国交断絶という日本からの手酷い裏切りにあった台湾が一番親日的になっているというのはそういうことなのです。台湾人は日本の裏切りによって日本人を心の底から軽蔑することが出来て、それで日本に対して感じていた負い目から解放され、普通に日本と接することが出来るようになったのです。

そして、この韓国の悪循環と同じパターンを1972年の日中国交正常化以降は共産シナが繰り返しているわけで、日本からの援助を受ければ受けるほどシナの反日政策は強化されてきました。特に1990年代のポスト冷戦時代に日本のシナへの支援が最大規模に達した頃には、同時に史上最大級の規模で反日教育がシナ全土で展開され、今やこの反日教育に洗脳されたシナの若い世代のあまりにヒステリックな反日感情が極東地域の最大の不安定要素となりつつあります。

こんな展開は、終戦時や講和時にアメリカの当局者は想像もしなかった展開であるでしょうが、彼らがドイツ・フォーマットにこだわって終戦時の日本や極東の特殊な状況を考慮せずに恣意的にその方式をあくまで当てはめようとした結果が今日のようにシナや朝鮮半島でヒステリックな反日感情が制御不能となっている事態を招いているのです。


(私のコメント)
WBCの大会は日本の優勝で終わりましたが、韓国は日本と戦う時はどうしてあれほど必死になるのだろうか? 野球もサッカーなども国内のプロリーグはそれほどの人気でもないのに、日韓戦となると大勢の韓国人がスタンドを埋めて熱狂的な応援をする。「テーハミング」というという応援の合唱はWBCでもみられました。

WBCの大会では五度も対戦して日本の3勝2敗でしたが、国際大会における韓国プロ野球の強さを見せ付けた。しかしアメリカのメジャーでプレーしている選手は少なく、パク・チャンホとチェ・シンスの二人のみだ。一時は韓国人メジャーリーガーも多かったのですが、あまりいい成績を残せなくて減ってしまった。やはり「反日運動」のような刺激剤がないと活躍できないのでしょう。

韓国人にとっては「反日運動」が心の糧なのであり、それが日本人から見ると理解に苦しむところであり、日本と韓国とは戦争をしたわけでもなく、植民地支配といっても欧米列強の帝国支配とは異なったものだ。三一運動にしても犠牲者の数もはっきりせず、首謀者の宗教指導者のソンビョンヒも懲役三年の刑で、大規模な暴動程度で、1980年の光州事件と同じ程度だと思われる。

いずれにしても韓国の独立運動はインドネシアやベトナムなどにおけるイギリスやオランダやフランスとの独立戦争に比べるようなものではない。韓国人朝鮮人にとっては独立はアメリカやソ連によって与えられたものであり、日本に対して独立戦争をして勝って得たわけではない。だから韓国政府の正当性は脆いものであり再び日本に併合されるのではないかという恐怖感が、竹島の占領や反日運動となって現れるのだ。

大戦後においてイギリスやオランダやフランスは東南アジアにおいて再占領して再植民地化しましたが、インドネシアや東インドはゲリラ的な戦争を繰り返して国際世論を味方につけて独立を勝ち得た。ところが朝鮮半島は日本の敗戦で米ソによって南北に分断されて占領統治されることになった。もしインドネシアのようにイギリスやオランダ軍とゲリラ的に戦ったように韓国人が対戦中に一個連隊でも日本軍と戦っていれば戦勝国として独立出来たはずだ。

対戦中は韓国人は日本軍に志願して戦っていたのであり、連合軍にとっては敵国として扱われた。その結果米ソに分割統治されたのであり、そこが他のアジア諸国と異なるところだ。日本は敗戦の結果、韓国に財産を残したまま日本人は引揚げさせられてきたのですが、韓国は爆撃にも会わず日本人の財産が只で手に入ったのだから、日本に対して大きな恨みを残す事は無かったのですが、再びその財産を取り返しに来るのではないかという恐怖心を持った。

だから日本が再武装して普通の国になる事は、再び日本が財産を取り返しに来るのではないかという恐怖れが出てくるので、日本の再武装に対して神経質にならざるを得ない。だから韓国政府は日本の左翼政党と手を組んで日本の非武装化に熱心なのであり、藤尾文部大臣は「日本の韓国併合は韓国にも責任がある」と発言しただけで大臣のクビが飛ぶほど日本の政治にもナーバスになっている。

もし韓国が日本との独立戦争で独立を勝ち得たのならこれほどの恐怖感を日本に対して持つことも無いのでしょうが、その辺が日本人には分からないのだろうか。それに対して中国は長い日中戦争を戦ってきたから反日になるのは分かるのですが、80年代までは中国は反日ではなかった。

中国の反日運動は経済援助を引き出すための口実であり、中国軍は連合国の一員として戦ってきた。その事が中国共産党にとってもアイデンティティなのであり、そこが韓国の反日とは異なる。しかし80年代の東南アジア諸国の経済発展に中国は取り残された事を自覚しましたが、東南アジアの経済発展は日本からの戦時賠償によるものであり、中国はケ小平が改革開放政策に踏みきり、日本からのODA資金を受け入れて高度成長経済を続けている。

韓国は中国とは違って日本からの戦争被害は無いから戦時賠償を求める事は筋違いなのですが、東南アジアや中国への日本からの戦時賠償供与を受けて経済発展したのを見て、韓国は90年代に入って従軍慰安婦問題や教科書問題などで大騒ぎする事になった。潜在的宗主国である中国が反日運動が活発化するのをみて韓国も同調した。

中国の反日運動は日本からの戦時賠償やODA資金を強請り取る手段に過ぎないのですが、韓国の反日運動は根拠が無いものであり、すでに1965年の日韓基本条約によって北朝鮮の分まで含めた賠償金まで貰っている。だから90年代からの韓国の反日運動は賠償金をもっと寄越せというものであり、従軍慰安婦問題は国家賠償以外に個人補償もしろということだ。

しかし韓国はアメリカが日本から切り離して独立させたのだから、アメリカが経済的面倒まで見るべきなのですが、日本に個人への戦時賠償を求めさせる事でアメリカは画策した。

中国にしても韓国にしても経済が低迷すれば日本に金を出させるために反日運動は激しくなるだろう。日本人は人がいいから贖罪意識を持たせれば金は出る。しかしやりすぎれば中国や韓国に対する日本人の反感も強まるのであり、日本人が怒り出せば中国や韓国は恐怖感に駆られて、さらに反日意識が強くなる。

根本的にはアメリカの日韓への占領統治政策に原因があるのですが、米軍は韓国人への差別をユダヤ人差別に例えて日本に適用した。そして米軍は在日朝鮮人韓国人を様々な特権を与えて、マスコミ各社に登用させて日本の戦争犯罪を大げさに煽る事で贖罪意識を持たせて、中国や韓国に金を出させることに仕向けた。だからアメリカ下院で従軍慰安婦問題に対して対日非難決議をしたのだ。

アメリカ政府が日中韓の関係をどのように考えているのか分かりませんが、中国や韓国の反日運動は強まるばかりで、日本人が怒り始めたらアメリカ政府はどうするつもりなのだろうか? 日本人の怒りは中国や韓国のみならずアメリカに対しても向けられつつあるのを気が付いているのだろうか? 

北朝鮮の拉致問題を見れば分かるように一度怒り始めれば日本人は北朝鮮のミサイルを打ち落とすと言うまでになり、日本に対して贖罪意識を煽っていれば日本人はおとなしくしていると言う保障はない。田母神論文が出てきたのもその証明であり、田母神氏は講演会などでも大変な人気だ。中国や韓国の反日は日本から金を出させるアメリカの扇動なのですが、やりすぎれば日本人の怒りはアメリカに向く。




大英帝国は、貿易の拠点になる都市一つだけを占領し、現地の弱体化
した政権はそのまま温存、適当に脅しつけて好条件を引き出し
た。


2009年3月25日 水曜日

国債を刷れ! 「国の借金は税金で返せ」のウソ


幕府滅亡の背景の考察【1】  3月4日 廣宮孝信の反「国家破産」論ブログ

「国債を刷れ!」p.88幕府滅亡について次のようなことを書きましたが、今回はその補足です…

幕府が倒れたのは財政破綻が原因ではない。諸外国との技術格差が原因で倒れたのである。

(幕府を創始した家康は)身分の固定制度によって政治体制を安定させ、
技術の固定によって世の中の土台をゆさぶる経済上の力を封じ、さらには'徳川家をおびやかす軍事勢力の出現の可能性を封じた。(司馬遼太郎作「城塞」(文庫版)下巻からの引用)

この幕府開祖の驚異的なほどの保守的思想も、幕末には機能しなくなったのである。

圧倒的な軍事技術を持つ欧米列強の開国要求幕府の権威を失墜させ、イギリスから最新鋭の兵器を買い入れた薩長幕府を政権から引きずりおろしたのだ。

幕府の命運を断ち切ったのは欧米との技術格差であって財政破綻ではない

ここで、もし、幕府が通貨をじゃんじゃん増発し、通貨発行益を使ってどんどん欧米から最新式兵器を買い込むことができれば、あるいは、薩長に倒されずに済んだのではないだろうか?という仮定について考えてみたいと思います。

結論から言うと、恐らくは出来なかったのではなかろうかと、私は思います。当時の中央政府たる幕府の主力通貨は金貨(小判)でした。もし、通貨を大量に増発しようとすると、「国債を刷れ!」でも紹介した八代将軍がやったように金の含有量を減らさざるを得なかったでしょう。

ということは、この増発された通貨の価値は、発行主体たる幕府の信用力によって決まると考えられます。では、その幕府の信用力はいかに?

政府の信用力というのは、恐らく、次のような要因で決まるのではないでしょうか:
(1)国全体の生産供給力(物やサービスを提供する能力)
(2)政治的安定

(1)については、
幕府支配下の日本では、工業生産能力は、欧米とは比べるべくもなく、あまりにも遅れを取っていました。
だし、これは、基本的には、開祖家康の超保守思想により、

・身分の高い、少数の人間の中でしか人材が活用されなかった
 (より広い「人材の海」からの活用ができずじまい
・そもそも、新規の技術開発・発明などは基本的には奨励されなかった
ことにより、日本の持つ潜在能力が引き出されない状態が続いていたから、と考えられます。

(2)については、
まず、長州に、そしてその後は薩長同盟軍による大規模な反乱を起こされてしまうくらいですから、政治的安定など皆無です。
ということで、幕府が通貨を増発しても、海外から信用される価値を持ち得なかったと考えられます。

でありますので、ペリー来航⇒幕府の弱腰外交⇒幕府の信用失墜&幕府への批判の高まり(攘夷運動の活発化)⇒幕府による攘夷運動の弾圧(安政の大獄)⇒信用失墜があったところへ、弾圧された側の怒り爆発⇒倒幕運動の盛り上がり…

の中では、幕府滅亡のキーポイント

@ペリー来航⇒技術格差を目の当たりにして国中が動揺(倒幕へ至る道のきっかけ)
A安政の大獄⇒倒幕への駄目押し(決定的要因)

二つではなかったかと考えられます。

2500年前、中国春秋時代のと言う国の宰相子産という人物がいました。子産は宰相となったとき、急進な改革を推し進めようとしたため、舌鋒鋭く批判する人たちがいました。あまりにもうるさいので、配下の者が批判勢力を取り締まるよう進言しました。

しかし、子産は「そういった声は消せるものではない。無理に押さえ込むと、却って力が増幅して、やがて大変な結果を招くことになるだろう。だから、言いたいことを言わせておくのが良い」と言って、一切取り締まりませんでした

やがて、子産の改革が目に見えて国民を富ませるようになるにつれ、そのような批判の声は自然になくなって行ったと言います
(子産については、宮城谷昌光さんの「子産」参照)

井伊直弼は、残念ながら、2500年前の故事にならわなかったようですね。


幕府滅亡の背景の考察【2】  3月4日 廣宮孝信の反「国家破産」論ブログ

イギリスは、アジアについては、まずインド全土を占領しました。しかし、これは「失敗」と認識したようです。というのは、あの広大な領域の全てを完全に支配しようと思うと、もの凄い人員を本国から派遣しなければならず、負担が大きかったからです。

そこで、その反省に立って、

・貿易の拠点になる都市一つだけを占領し、
・現地の弱体化した政権はそのまま温存、適当に脅しつけて好条件を引き出し
・有利な状況での交易により儲ける

という、いわば「省エネ」なやり方に切り替えました。

東南アジアでは、マレー半島の先端にあるシンガポール中国では、香港(割譲+租借地)、上海(租借地)という拠点だけを押さえる。といった具合です。

さて、インド、東南アジア、中国、と来たあとは、いよいよ日本です。日本については、イギリスは「まずはお手並み拝見」と言わんばかりに薩摩と戦争しました。

ここでのポイントは、イギリスは、薩摩の砲台は全部破壊し尽くしましたが、上陸しての白兵戦は行いませんでした。中国(アヘン戦争)では、上陸したうえで相当に内陸部深くまで攻め入り、文章にするのもおぞましいほどに、かなり酷い振る舞いをしました。

(インド⇒中国の英国戦略は、陳舜臣さんの「阿片戦争」参照…で良かったと思います。記憶が正しければ…^^;)

しかし、日本では…薩摩「示現流」の武士を相手に白兵戦をするのは余程に恐ろしかったらしく、砲台を破壊するに留めて、あとは外交で解決する道をとりました。
(⇒この話は司馬遼太郎さん「竜馬がゆく」参照)

さて、イギリスの狙いは、インドでも、東南アジアでも、中国でも、基本は「交易により儲ける」だったと思われます。そのイギリスにとって、家康以来の保守的思想のために、なかなか全面的には開国しない幕府は、全く邪魔な存在だったでしょう。

ここで、想像するに、イギリスは日本では中国でやったように、直接、上陸して戦争⇒無理やりでも言うことを聞かせる、ということをするには、日本の「軍事力」は侮れなかった(というか、単純に怖かった)のではないでしょうか。

ということで、薩摩や長州などの雄藩をてなづけ内戦により邪魔な幕府を倒し親英政権を作ってしまうのが最良と言う思考プロセスではなかったかと、想像してみたいと思うのです。

のちのち、第1次世界大戦の少しあとまで、日英同盟の50年以上の蜜月関係が続いたことを考えれば、上記の想像は、全くの「妄想」とも言えないと思うのですが、いかがでしょうか?

なお、イギリスは、倒幕軍に対して、かなり力を入れて支援していたフシがあります。例えば、南北戦争後にアメリカで大量に余った中古の武器を大量に仕入れてきて、薩長に格安価格で提供したらしいです。つい2,3ヶ月前にそんな話をテレビで見た記憶があります。

また、薩長は下級藩士が重要な地位を占めるなど、人材を広く活用しました(薩摩では西郷隆盛や、大久保利通など。長州では、伊藤博文や高杉晋作など)。

それに引き換え幕府では・・・貧乏旗本出身の勝海舟が重臣になったのと、あとは農民出身者が武士に取り立てられて新撰組になったくらいしか思い浮かびません^^;。やはり、「身分制度の固定化」は幕府にとっての一つの大きな足かせ、アキレス腱だったと言えそうですね。

幕府滅亡の原因は、経済的な要因は小さく、政治的な要因が圧倒的に大きいといえそうです。


(私のコメント)
小沢民主党代表は辞任せずに続投する事になりましたが、検察が動いたのはクリントン国務長官との会談で、小沢を首相にするのはまずいと言うクリントンの判断があった為だろう。日本に強力な長期政権が出来ないのは、それを妨害するシステムが出来上がっているからだ。それが一番強く出たのが田中角栄失脚であり、キッシンジャー元国務長官がインタビューで述べている。

それに対して長期政権はアメリカの言われるがままにした政権であり、佐藤内閣や中曽根内閣や小泉内閣がそれに当たる。帝国が植民地を支配する方法としては、弱体な現地政府を脅しつけながら帝国に有利な政策を押し付ける事ですが、イギリスが小国でありながらアメリカを始め世界に植民地を多く持つことが出来たのは、直接支配せず有利な交易条件を維持する事に努めたからだ。

そのモデルは日本とアメリカとの関係にも当て嵌められるのであり、イラクとアメリカの関係は弱体なマリキ政権を監視しながら石油利権でアメリカ資本が有利な条件を確保する為だ。マリキ首相が逆らえばアメリカ政府はクビを差し替えるだけだ。小沢一郎が「第七艦隊だけで十分」と言う発言は帝国を大いに刺激する意見であり、「好ましくない」と判断されたのだろう。

しかしアメリカ自身も、経済の弱体化で何時までも現在の軍事力は維持できないのであり、アメリカ軍は近いうちに日本から撤退する日がやってくるだろう。その時こそ真の日本の独立がやってくるのであり、そのときに備えて今から準備しておくべきなのだ。その時は何時かというと10年ぐらい先だろう。あと4,5年経てばアメリカ軍はイラクやアフガニスタンで疲弊して完全撤退して、オバマ政権は大幅な軍縮に取り掛かることになる。

幕末は欧米列強による圧倒的な軍事技術の格差を見せ付けられて自滅したわけですが、幕藩体制では欧米に対抗できないと幕府自体が判断した為だ。昭和になって国民の一部は欧米列強に勝てると逆上せ上がった為に、中国から東南アジアに手を出して欧米列強と戦争する事になった。

大東亜戦争に敗れる事で軍事技術の差を見せ付けられる結果になりましたが、日本はなぜ大英帝国に学ばず朝鮮や台湾の直接統治に拘ったのだろう? 大英帝国がインド全国を直接統治するには兵力が足らず、ムガール帝国を限りなく分断して弱体化して19世紀半ばにムガール帝国は滅んだ。その代わりにインド国民会議を作らせて間接支配を続けた。

現在の日本の自由民主党はインド国民議会のようなものであり、政治家やエリートの子弟を大英帝国に留学させてエリートによる支配を完成させた。日本でも政治家の息子や官僚たちはアメリカに留学して植民地支配の手先として養成されて帰ってくる。麻生太郎もその1人かもしれない。小沢一郎には欧米への留学経験は無く英語もしゃべれない。

大英帝国がインド支配によって支えられて来た事は歴史的事実であり、アメリカが日本支配によって支えられてきた事が分かるのは何時の事だろうか? インドは綿織物などを作ってポンドで決済をした。そのポンドは英国の銀行に滞留してポンド紙幣を刷りまくって大英帝国を支えたのだ。日本の貿易黒字もドルとしてアメリカに滞留してアメリカ経済を支えている。

アメリカ帝国は新たなるジャパンとして中国に投資をして新たなる植民地を築こうとしている。そして中国は日本を上回るようなドルを溜め込んでアメリカに還流させている。しかし中国がアメリカに反旗を翻せば、アメリカはインドを失った大英帝国のようになり急速に衰退していくのだろう。だから米中は抱き合い心中する運命にあるのですが日本はそれに巻き込まれてはならない。

アメリカが世界の覇権国となったのは超大国であると言うよりもダントツの軍事技術が支えているのですが、核兵器の世界拡散はアメリカの軍事優位を揺るがすものだ。だからアメリカは日本やドイツの核武装に反対する。もし日本が核ミサイルを撃墜する技術を開発できたら軍事的覇権を持つ可能性が出てくる。しかしそのシステムを開発するには膨大な費用が必要であり、その技術力と経済力を持つ国は日本が一番だろう。

だから世界の覇権国となるためには超大国である必要は無く、ダントツの軍事技術力にある。アメリカはもはや次世代自動車すら作れなくなってきている。ハイテクの兵器は作れても高性能自動車ができないと言うのはロシアや中国も同じであり、自動車はその国の工業レベルを測るバロメーターだ。

だから世界の主だった国では国産車を作っていますが、ダントツに燃費のいい車を作れるのは日本だけだ。ハイブリットカーはコンピューターの塊であり、ハイテク兵器もコンピューターの塊でありその能力が性能を左右する。核弾頭ミサイルを打ち落とすにはスーパーコンピューターが必要ですが、日本とアメリカは技術開発競争でトップを競い合っている。

現代ではアメリカがダントツの軍事大国であり経済大国であるのですが、日本との技術開発競争に敗れて普通の大国に衰退するだろう。もはや第三次世界大戦は起こせないからアメリカだけが無傷でいられる戦争は起こせない。これからは経済力や技術開発力が戦争に代わる戦いとなる。ミサイル迎撃システムもその一つですが、北朝鮮が日本上空を通過するミサイルを4月4日に発射するようですが、失敗したら日本に落ちてくるかもしれない。

ミサイル迎撃システムは技術的にも困難だし膨大な費用がかかる。だから無駄だから止めろと言う意見もありますが、ロシアも中国もNATO諸国も実現を疑問視している。それだけのシステムを開発が出来るのは日本とアメリカだけであり、もし開発に成功すれば日本は世界の覇権国家となれるだろう。日本は景気対策に数十兆円も出せるのだから思い切って開発してみるべきだろう。




「直接金融システム」の方が優れていると金融の専門家や実務家
たちは声高に語ってきたが、システム全体の信認が問われている。


2009年3月24日 火曜日

【10秒で読む日経】2009/3/24 佐々木 洋

●ガイトナー米財務長官は23日、政府と民間投資家が共同で金融機関の不良資産を買い取る枠組みを発表した。民間投資家の出資額に応じ政府が最大1000億ドル(約9兆7000億円)の公的資金を拠出。保証や低利融資と組み合わせ、5000億―1兆ドルの不良資産を金融システムから分離する枠組みだ。ローン債権の場合、買い取り価格を投資家の入札で決めるのが特徴で、損失負担を軽減して民間投資家の参加を促す。
                 日本経済新聞 3月24日 

1)金融機関が手持ちのサブプライムローン証券等の不良資産をたくさんパッケージにしてオークションに売りに出す。この売却で、金融機関は不良資産をバランスシートから完全に切離して綺麗になれる。ただ、売却価格が安いと多大な損失が出て、経営が危うくなる恐れもある。

2)オークションはFDIC(預金保険機構)が主催し、ヘッジファンド等の民間企業が入札する。

3)落札者は、落札金を金融機関に支払うが、支払う100円のうち86.7円は銀行から借入れて支払うが、この全額をFDICが保証する
  7.15円は財務省が支払う
  7.15円は落札者が自分で支払う

 落札者は、不良債権をそのまま保有しても良いが、多分ほとんどが、リパッケージされて新たなCDO証券を組成して再売却するとみられる。

 その売却金額から借入金を返済した残りを、財務省と落札者が折半することになる。

 この仕組みの要は、落札者が市場で売却できる金額を見通して、出切るだけ安く不良資産を落札できるかにある。

 落札者が儲ければ、財務省(つまり米国民)も多く儲かるが、一方で売り出した金融機関に多額の損失が出るので、その銀行を救うために、税金を多く投入することになる。

 もし、落札競争等で高く落札してしまえば、出品する金融機関にとっては好ましいが、落札者も財務省も損をすることになる。

 不景気や不動産価格の低迷から早期脱出できなければ、新CDOの市場価値も下落する。落札者と財務省の出資するエクイティ部分はたった14%の下落で、出資分がゼロになる計算だ。

 問題は、不良資産に政府保証がつかないということ。落札者の借入に対する借入保証がつくだけだし、政府の負担は不良資産全体のたったの7.15%だけなのだ。

 新たに流通するCDOは投資家の自己責任投資になる。今の信用崩壊下、しかも機関投資家が多大なダメージを受けている中でどれだけ流通できるかには疑問が残る。

 また、金融機関が不良資産をオークションにかけなければ、この仕組みは機能しないが、金融機関の損失許容力がBISレシオの関係でかなり少ない。

 高値落札される見通しが無ければ、あるいは自己資本増強策が無ければオークションに出品する意欲が出ない。

 株価はこの案を評価し昨日7%も上昇した。しかし、上記の仕組みを分析するとそれが続くだろうか?



レモン市場の破綻:サブプライム問題と債務担保証券(CDO)市場の損失処理  2008年11月15日

グローバルな債権市場の膨張と崩壊:CDO市場

2007年中頃、世界では、債権(国債を除く)が8兆ドルも発行されその約半分が証券化されている。実に巨大な証券化ですが、2000年にはこの債権総額は、2兆ドル程度と少なく証券化比率も3割程度と少なかった。2000年以降の金融市場の最大のトピックは、この証券化市場の急膨張と崩壊であったと歴史に記されるようになるのかもしれない。
なかでも問題はCDO(レジット・デフォルト・スワップ)のようです。銀行や保険会社、資産運用会社のCDOへの投資は総額1兆2000億ドル規模に上るとみられている
2006年に販売されたCDOの総額は5003億ドル、その5年前にはわずか840億ドルだった。最近ではCDOを売却して一挙に損失計上する証券会社が増えている。(メリルリンチの場合リスク損失約500億ドル)。
このCDO、かなり割高な評価、つまり「上げ底」で評価計上されている疑惑がくすぶっているもので、売却によりそれが露見しはじめた。
CDOはリスクに応じた分割がなされ、各部分はヘッジファンド、銀行、 資産運用、保険などの投資家に売却されている。
総額1兆2000億ドル(約120兆円)規模に上るこうしたCDOに投資した銀行や保険会社、資産運用会社が抱える損失は、総額6600億ドルに達する可能性があるとも言われている。サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)関連のCDOの損失に続「CDO評価損の第2の波」になる恐れがある。
OECDの推計によれば、総額3兆ドルにのぼる債務担保証券CDOの半分近くを保有するのはヘッジファンドである。ファンド勢に信用を供与しているのは、米欧の大手金融機関である。米銀ワコビアによると、過去1カ月にクレディ・スイス・グループ 傘下のクレディ・スイス・オルタナティブ・キャピタル・マネジメントとACAマネジメントの債務担保 証券(CDO)がデフォルト(債務不履行)し、デフォルトの総額は2120億ドル(約21兆9000億円) に増えた。


米国の債券市場の規模:日本の4倍弱の3000兆円!!


モーゲージ債、社債が同程度で大きい。あとは政府機関債と国債です。
ファニーメイやフレディマックなどのGSEの債券(機関債)
出所:米ボンドマーケットアソシエーション2006年3月末現在

2005年の1年間でも41兆円の米国以外からの投資資金の流入があった。これが一斉に引き上げている。
米国では60兆ドル規模の株式市場が大幅下落した時に待避する所として安全な5兆ドルの米国債や機関債に資金が回る構造になっていたが、CDOなどの問題で待避先が不安定になって資金の行き場がなくなってきた。

証券の支払い保証を専業とする保険会社の「モノライン」、会員制投資クラブの「ヘッジファンド」、証券を販売する投資目的会社の「SIV」(ストラクチュアード・インベストメント・ビークル)、銀行ではない金融機関の「ノンバンク」など直接金融の部分が困難に直面している。
預金者の金を企業に商業銀行が仲介する「間接金融システム」よりも、企業が投資銀行を通じて資本市場から資金を調達する「直接金融システム」の方が優れていると金融の専門家や実務家たちは、これまで、声高に語ってきたが、直接金融のシステム全体の信認が問われたといえよう。

日米の住宅投資の違い:証券化しない日本

米国では政府抵当金庫(GNMA)、連邦住宅金融抵当金庫(FHLMC)、連邦抵当金庫(FNMA)といった公的機関が住宅金融の信用補完を行ったり、モーゲージを買い入れ、これを証券化することによって、モーゲージ証券が大きく拡大している。
日本で住宅を購入する場合、銀行ローンであり、値上がりしても値下がりしても、購入者の責任であり、返済不能になれば銀行や保証機関が損をするだけですが、米国は違ったようです。
米国では世界中にこの証券を販売して住宅を建設してきた。世界中の人々が証券投資を行うことで、活況を呈してたくさんの住宅をまずしい人々にまで提供できたとみれば、一見よさそうですが、無理が祟ったようです。

実に複雑な仕組み:関係者多数
1. 機関債に投資者:世界中の個人や会社
2. 格付け機関
3. 証券化しリスク回避を狙った銀行(資産運用で購入もする)
4. 販売した証券会社
5. 保証機関(住宅の場合はファニーメイなどの
これを実現するためには、仕組み債の構成や価格を決めるための金融数学が必要。

・ハイリスク・ハイリターン
金融市場では、ハイリスクな商品はハイリターンとなる。
ここでは、リターンは利回りのことであり、リスクは利回りの変動(分散)である。損失を被る確率の高い商品は引き受け手も少なく、高利でないと買わないということである。
サブプライムは住宅販売側からみれば、返済が滞る確率の高い忍者ローン。NINJAとは、ノーインカム、ノージョブ、ノーアッセトの略。05年から07年までに契約されたローンの60%が忍者ローンであった。
CDOは、格付けが低くハイリターンな部分へ積極的に投資しレバレッジを効かせることで高いIRR(内部収益率)を実現できる仕組みを採ってきた。

・評価間違い
AAAの格付けのある企業は米国でもマイクロソフトなど6社しかないと聞いたことがある。
ところが、低所得者向け住宅ローンの証券化では、ファニーメイなどが保障を付与することでAAA債権として売り出されていた。格付け機関が評価をねじまげたとも言える。
長年に亘って破たんが無く、逆に安定的(変動少なく)に市場価格が上昇してきたことから、リスクが少ないと高評価をあたえたようですが、行き過ぎと批判されている


・情報開示問題
サブプライムローンは、中身が1000銘柄にもスライスされているプールの毀損をどれだけ正確に測れるか。また購入者にどのように説明できるか。忍者ローンが、リスクに応じてスライスされ、さらに、保障期間の保証付きで格上げなどされて、販売債権の中に混ざっているの。不良債権化しても、どの部分がどの程度不良か計算できないので損失額の評価が困難。

・利益相反問題
2大格付け機関であるS&Pとムーディーズは、ここ数年、債務担保証券(CDO:サブプライムを裏づけにした低格付け債権などを複数集めて証券化した商品)といった複合的債券の格付けでかなりの利益を得てきた。こうした金融商品は、多数の住宅ローンやそのほかの債務の担保とし、同等格付けの社債より高い利回りを得られるように設計されている。格付け機関は格付けを利用する投資家ではなく、格付けの対象である債券発行側から手数料収入を得ているという構造。格付け機関は最高格付けである“トリプルA”を獲得するための極意を債券発行体に伝授する一方で、格付けを決定する際にいわゆるデューデリジェンス(投資適正性の事前調査)をまともに行っていない。CDOを構成する個別のローンが投資適格水準にあるかどうかを評価できていない。
格付け機関の見解:CDOの格付けというものは合衆国憲法が保護している「表現の自由」に基づく意見の表明であり、投資判断を全面的に委ねるべきものではないという見解らしい。

ここまでの結論
1. 米国発のCDO市場の評価損の問題は巨額かつ世界に販売されていることから、解決には時間がかかりそう。
2. 住宅だけでなく、企業債や自動車ローンなど すぐれて金融市場に頼って販売を進めてきた分野が優先的に景気停滞に陥ってくる。
3. 資本注入や政策金利の追加引き下げだけでは、片付きそうもない
4. 世銀やIMFの能力や役割などでも対処できる問題ではない
5. ただちに規制強化すれば、「急激に清算が進み」さらに悪化しそうな問題である
6. リスク資産の再評価をしながら、米国内の不良資産を世界中が協力して、段階的に縮小するような政策が必要かも
7. 「リフレ」か「清算」か、はたまた「個別産業、個別市場むけ景気対策」か? 放置すれば、グローバルなデフレ・スパイラルになりかねない。

世界の債券市場は、機能停止中のところ、暴落中のところなどで、急速に縮小中のようですが、8兆ドルが何兆ドルまで落ち込むのでしょうか。



(私のコメント)
WBC野球の日本と韓国の決勝戦は終盤にもつれにもつれる試合となりましたが、イチローのタイムリーヒットで2点勝ち越しで、10回裏はダルビッシュが締めて勝ちましたが、選手層の厚さが試合数を重ねると出てくるようです。あとは原監督の采配ですが、これで負ければ仕方がないといえるものであり、北京五輪の星野監督のときのようなおかしな采配は無かった。しかしTBSのハイテンションのアナウンサーの声がうるさくてイライラさせられた。ダルビッシュも気の弱さからフォアボールを連発してヒヤヒヤしました。

しばらく経済ネタから遠ざかっていましたが、アメリカ政府やFRBが次々と切り札を出してきています。それに比べると日本政府日銀の頑迷さが比較されますが、官僚任せの政治家とどうしていいか分からない官僚とで不況を長引かせている。学者もこれと言った政策提言も出来ず、「株式日記」で様々な提言を書いてきましたが、100兆円で銀行の不良債権を買い取れと言う提言を、アメリカは即座に実行しようとしている。

とは言っても、ガイトナー財務長官の打ち出した不良資産を買い取る仕組みは複雑であり、銀行も不良債権を売りに出さないかもしれないし、オークションで低い価格でしか売れなければ銀行の損失が膨らむし、高く売れれば落札者と政府が損をする仕組みだ。ウォール街ではこの政策を評価して500ドル近くも株価を上げましたが、実態が分かっているのだろうか?

日本においても銀行の不良債権の早期処理が求められてきましたが、日本の不良債権の多くが不動産であり、捨て値で売り出せば何とか売れるものでしたが、アメリカの金融機関が抱える不良債権は多くがCDOなどのデリバティブ商品だ。そのCDO市場が麻痺して不良債権として凍りついてしまっているわけですが、政府が呼び水を出してCDO市場を動かそうとしている。

アメリカ政府は金融機関に資本注入などして応急措置を講じていますが、根本的には不良債権を何とかしなければならない。しかし証券化された債権はなかなか複雑であり、いったん市場が機能麻痺すると、訳も分からないデリバティブ商品など買う人がいない。CDOなども日本語では「債務担保証券」と言いますが、実際には業界の人もCDOを正確に評価できる人はいないのではないかと思う。

S&PとムーディーズなどがCDOの格付けをしてきましたが、AAAと言う格付けはデタラメであり、実態が分かってくるにつれてCDOは売るに売れない商品になってしまった。リスクを分散化すれば安全性は高まると言う理屈ですが、債権や社債を際限なく細分化すればリスクの実態が見えなくなる。それを格付け機関はAAAと格付けして世界に売り出してきた。

CDOの評価損はオークションに出して見なければ分からない金額であり、ガイトナーの政策は政府が10兆円の公的資金を出して、民間投資家にオークションさせて売り出して、CDOを再評価させて、落札者はさらなるCDOにして再販売して行く。高く売れれば銀行は助かる。低利融資などを補助すればCDOも売れると言う読みですが、ヘッジファンドは投資に動くだろうか?

AIGの幹部に対するボーナス支給は税金で回収するようですが、このような複雑な金融商品を作り出してきたのは高額なボーナスを貰ってきた彼らなのだ。デリバディブでAAAの最高格付けで利回りも高いと言う金融商品は世界に売って来た事で莫大な手数料を彼らは稼いできた。いわば詐欺で稼いできたからぼろ儲けができた。

しかしCDOやCDSなどの欠陥が明らかになるにつれて、これらの金融商品は売るに売れない商品となり、欧米の金融機関は莫大な損失を抱える事になった。日本の銀行はこのようなデリバティブにはあまり手を出していなかったので、株価さえ戻せば経営には影響は出ませんが、欧米の金融機関は不良債権化したCDOを何とかしなければならない。

結局は日本の不良債権のように時間をかけて整理縮小していくしかないのであり、今回の世界的金融恐慌も解決には時間がかかるだろう。強引にCDOを清算しようとすれば損失の大きさに耐えられないから段階を踏んで清算していかなければならない。つまり日本の銀行が抱えている不良債権よりも処理は難しい。

日本は銀行が預金を集めてそれを融資に回す間接金融が主体ですが、アメリカは金融市場から直接出資を集めて投資される直接金融だ。さらにそれらの債権を証券化して転売してリスクをゼロにすることも可能だ。エコノミストや金融業界の実務家はそれが優れたシステムだと言ってきたが、正しかったのだろうか? 結局はシステムの欠陥が思わぬところから出てきて今回の世界的金融恐慌を招いてしまった。

「株式日記」でもS&Pやムーディーズの格付けに対して、日本の国債をボツワナ並みに評価するなど恣意的な評価にクレームをつけてきたのですが、格付け会社そのものがインチキなのだ。数百もの債権や証券のリスクをどのように評価しているのだろう? 日本国債もまともに評価できないアメリカのS&Pやムーディーズの格付けはインチキだ。




なぜ東大からノーベル賞が出にくいか。日本の本当の経済学が育た
ないのかというと、マル経と米国経済学が合体してしまったためである。


2009年3月23日 月曜日

なぜ東大からノーベル賞が出にくいか  3月16日 黒川清

08年秋、ノーベル物理学賞と化学賞を、日本で生まれ育った4人の科学者が受賞した。
米国籍の南部陽一郎氏を含め、自然科学分野で日本出身の受賞者はこれで13人。しかし、研究拠点を考えると、東大で研究した自然科学分野の受賞者は小柴昌俊氏しかいない。東大出身のノーベル賞科学者には、南部氏と江崎玲於奈氏もいるが、南部氏は大阪市立大、米プリンストン高等研究所、シカゴ大などで研究。江崎氏は民間企業で研究者としての道を歩んだ。

伊東乾氏が『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新書)でも述べているように、「専門的に高い業績さえ上げればノーベル賞が来る」わけではなく、国際政治や世界状況が反映する。しかし、当然ながら世界的なレベルの研究成果がなければ、可能性はない。
日本の最高学府と自他共に認め、歴史的な背景もあり、多額の研究教育基盤的な資金を国から受けてきた東大の受賞者がなぜ少ないのか。東大出身ながら、途中、日本を飛び出し、米国で医学、医師のキャリアを積み内科教授になった後、帰国して東大の教授になった筆者の経験をもとに考えてみたい。

東大では、この時代になってもいわゆる「四行教授」のステータスが高いという信じがたい現状がある。

四行教授とは、履歴書に「東京大学卒、東大助手、東大助教授、東大教授」(これからは准教授などが入って5、6行になる人も多いだろうが基本的には変わらない)の4行しかないという、純粋培養の道を歩んだ人のことだ。これが最も由緒正しく、付け加えるとしても2、3年の海外留学で箔(はく)をつける程度。東大に限らず、役所、企業にもある硬直化した日本の組織の特徴をよくあらわしている。
ちなみに日本で教育を受けた自然科学系のノーベル賞受賞者には、「四行教授」は1人もいない。

実は、こうした構造の根は深い。日本では、勉強のできる子供が中学生ぐらいで自我に目覚める頃から、親や親類、学校や地域など周囲の期待を感じるようになる。入試偏差値最難関とされる東大理科3類の場合、定員は100人足らずで、灘、開成などの全国的超有名進学校の出身者がほぼ半分を占める。残りは約40人〜50人で、年によっては合格者の出ない県もあり、郷土の期待を一身に背負う。「春の選抜高校野球大会の代表校」の様相だ。

いったん東大に入れば優越意識に駆られる。なぜわざわざ外に行くのか、とリスクをとろうとしない精神構造になりがちだ。しかし、チャレンジを避けるのは、世界のトップになれる可能性をつんでいることに等しい。ぬくぬくとした羊水にくるまれた、ひ弱な秀才で終わってしまう。残念なことだ。
私自身、医者一家に生まれ、東大医学部を卒業後、助手になってから、初めて米国に留学した。告白すれば、教授の指示通りに研究留学をし、2年たったら東大に帰るつもりだった。

研究のよろこび

しかし私の指導者から「君は私の仕事を手伝いに来たわけではない、2年後に君自身が独立した研究者になるため、自分で考えて好きな研究をしていい」と言われて衝撃を受けた。さらに「研究者としては対等だ。私が間違っていると思ったらどんどん発言しなさい」とも。
内心、「これは大変なことになった」と思った。しかし、それは、私がそれまでの東大の序列を離れ、個人として、研究のプロとして、自分で考えて研究する最初の機会だった。1年間はあまり成果が出せず、教授は冷たい態度だったが、面白いデータが出てくると、私の研究室に顔を出して議論し、アドバイスし、助け舟を出してくれるようになった。

だれかほかの先輩のためにではなく、自分のためにする研究が苦しいけれど楽しくなり、退路を断って「四行教授」への道を捨ててしまった。
それ以来、米国内で場所を3回変え、世界中のプロを目指す研究、さらに教育者として開かれた相互評価の中に身を置いて腎臓の研究と内科の教育に参加した。医師免許、専門医資格など、米国で必要な資格を獲得し、診療にも従事。内科の教授になった。

明治以来、東大は効率よく国家に必要な人材を供給してきた功は確かだ。ノーベル賞は一つの例だが、他大学に比べてはるかに優位な立場で、優れた可能性を持つ若者を受け入れながら、どのような責任を果たすのか、パラダイム転換が求められている。若い時から「他流試合」を重ね、世界の一流の学者や多くの競争相手と出会い、次世代の仲間のグローバルなネットワークをつくることが欠かせない時代だ。

若い学生、研究者は世界の舞台で活躍できる素地、可能性を十分に持っていると確信している。しかし、まだまだ「四行教授」が幅をきかせているのが実情だ。優秀な学生を大学に残し、自分の研究の手足として、後継者として、自分の業績に貢献させようという発想から抜け出ていない。次世代の創造性、独創性を引き出すのではなく、「つぶしている」教授もいる。研究でも教育でもなく、東大教授という看板にすがり、地位の保全にきゅうきゅうとしている人すらいる。

東大では、研究や教育の現場で「ときめく」経験に出会うことが、世界の一流大学に比べるとはるかに少ない。東大型の土壌につかっている限り、多かれ少なかれ、「権威のクローン」になってしまう。根と幹はどんどん太くなって、効率的にたくさんの論文など果実が収穫できるようにはなっても、魅力溢(あふ)れる新しい芽、そこからの新しい樹とその果実をもたらすことはない。

人づくりこそが日本にとって最も重要な課題だ。たとえノーベル賞には届かなくても、若いうちから世界の一流に身近に接し、薫陶を受け、多様な優れた若い研究者と切磋琢磨(せっ・さ・たく・ま)する環境で研究する。富士山だけではなく、エベレストやK2について知り、到達できるかどうかは別にして、チャレンジする。自分はどの程度の位置にいるのかを知り、自分を探すのだ。若者は荒野を目指さないのか?

優秀な学生は多くてもチャレンジ精神が薄いように感じる。グローバル時代のいまこそ「既得権」を持つ方々の英断と、若い人々の勇気に期待したい。日本の将来はここにかかっている。



東大から経済学のノーベル賞が出ないわけ 2008年5月30日 書道家の日々つれづれ

東京大学というのは、学校秀才ばかりが集まるところだ。
要するに、東大に入るための勉強は「名人」だが、さて、学問はと言うと疑問符がつく。
いやしかし、東大でも実績を残しているではないかというと、色々なカラクリがある。
それは、どこか地方の大学で良い研究をしてる人物がいたら、即東大の大学院なり研究生として引っ張り込む。
そして、その研究の「共同研究者」として教授などの名前を連ねてもらう。
大学院生でそのまま修了して出で行ってしまえば、その研究成果は教授の物。
そうして、数多くの研究に「共同研究者」として名前を連ねたお陰で、学会賞などをもらう。
又、その研究を取られた人物も、東大という権威を盾に、元の大学の教授にデモしてもらえれば文句もない。


東大というのは、権威づけの元だからそれを笠に着て実はやりたい放題だ。
しかも、お役所は東大のお友達だから、特別研究費などいくらでも出る。
駅弁大学では到底及びも付かないことになるから、そこで研究を完成させるわけだ。
いわゆる理系というのは、科学立国を目指した時期もあったから、駅弁大学に工学部がある。
しかし、経済学部というのは駅弁大学にはあまりない。
あっても、東大の系列だったりして教授が同じパターンならどこも同じだ。学問の世界、特に経済などは芸術とは違って「出藍の誉れ」は少ない。
経済学は、元々マル経というマルクス経済学を主としてやっていたために何十年も遅れたし、その後の近代経済学とて今も続く米国経済学た。
ならばなぜ、日本の本当の経済学が育たないのかというと、マル経と米国経済学が合体してしまったためである。

そして、経済の原則を常に無視するというのはなぜなのかと不思議にいつも思うではないか。

日本経済を見てみれば、「需要と供給」の関係を無視。経済の指標に日本人の70%が資産として持つ「不動産」を無視して資産と認めない。「貯蓄」という金融資産を無視して、その貯蓄を他の金融資産へと誘導。

なぜそうなのかと言えば、不動産は米国市場では「資産」に入らず、かつマル経の共産主義では、土地持ちは貴族の象徴であって、攻撃の対象であること。
又、「貯蓄」は米国ではほとんどされていないから、貯蓄を無視する。
「需要と供給」の関係を無視するというのは、社会主義的傾向から消費を攻撃し、かつ「金持ち優遇」と直ぐ言い出すように資産に対する攻撃性を示している。

何やら経済を論じてくると、日本というのは本当に社会主義国だと思えてくる。
ハブル崩壊のメカニズムなどから、日本経済を分析すれば、経済学でノーベル賞とまでは行かぬが良いところまで行くはず。

しかし、絶対そんなことはしないだろう。
なぜなら、大学の教授は未だにマル経か米国的な経済学しか頭にないからだ。
そして、もっと悪いのは、その理論によってその先生達の経済失敗が明らかになると言うことだろう。

財務省や日銀経験者などその考え方は推して知るべしだろう、為替や何やらの数字を並べ立てても、それから何が予測出来るのか聞いたためしがない。
見てみれば、株の値幅のチャートの様に見えるもので、株に関して言えば、そんな物を見てもほとんど無意味だと誰でも知っている。
そんな図表で株の価格が予想出来るなら、インサイダー取引などの冒険をする必要がない。

「日銀副総裁を3月に退任した武藤敏郎氏(64)が、6月2日付で東大先端科学技術研究センターの客員教授に就任する。」
これは、ほとぼりが醒めるまで、しばらく置いておくという東大と官僚のお約束とは誰でも解るだろう。

しかし、日本経済に関して失敗の連続ヒットを続けている官僚機構の人間を又、日銀総裁にするなど日本に余裕があるのかと言うものだ。


(私のコメント)
昨日は日本が進んだ社会主義国家であると書きましたが、新自由主義の学者から見れば日本はまさしく社会主義であり、所得の再分配が進んで高額所得者は90%もの税金が取られた。なぜこのような社会主義国が出来たかと考えると、東大はマルクス経済学を教えていたし、東大を出た官僚たちはマルクス経済学的な発想で行政を行なった。

累進税率は所得の再分配であり、日本には大金持ちもいなければ貧乏人もいないと言う最も進んだ社会主義国になった。それで高度成長が実現できたのだからアジア諸国や発展途上国の手本にもなった。それが小泉内閣になってからはアメリカの新自由主義や市場原理主義が取り入れられるようになって、累進課税が緩和されて、赤字財政で福祉が切られるようになり、日本にも格差社会がやって来た。

確かに90年代のバブル崩壊で、日本経済は長期の低迷時代を迎えて閉塞感に満ち溢れていましたが、新自由主義経済を取り入れることで経済を活性化させようと試みたのだろう。しかし本家本元のアメリカ経済がバブル崩壊とサブプライムによる金融危機を迎えて、日本は再び社会主義的政策に戻ろうとしている。

一昨年の参院選では民主党の「生活が第一」という選挙スローガンは、小泉内閣の新自由主義を否定するものであり、国民の支持を受けるものとなった。この事によって新自由主義と市場原理主義の失敗は明らかなのであり、アメリカの金融立国を真似た事も金融破綻によって明らかになった。

即ち、日本やヨーロッパで行なわれている社会民主主義こそが政治経済の正しい道であり、それをアメリカは敵視した。バブル崩壊のような経済危機が訪れれば政府が主導して対策を打たなければなりませんが、アメリカは今回の金融危機であっさりと市場原理主義や自由放任経済を棄てて社会主義的政策を行なっている。

世界が直面しているバブル崩壊を日本は18年前に体験したのですが、日本の経済学者は「書道家の日々つれづれ」にも書かれているように、バブル崩壊に際してメカニズムを解明できなかった。結局はケインズ政策で公共事業で手を打つしかないのだろうか? ゼロ金利政策も日銀が編み出した政策ですが、こうなると金融政策も効果が無くなる。

黒川清氏の「なぜ東大からノーベル賞が出にくいか」という記事がありますが、東大にはエリート中のエリート学生が集められているにもかかわらず、ノーベル賞学者は極めて少なく小柴氏ぐらいで、自然科学分野の研究である。人文科学系の研究レベルはノーベル賞とは無縁の体たらくであり、世界的に注目されるような研究とは無縁のようだ。

去年のノーベル経済学賞はポール・クルーグマン教授が受賞しましたが、日頃から新聞のコラムを書きまくり、政策提言など積極的ですが、日本の大学教授にはこのようなタイプはいない。科学論文や研究論文などではどれだけ引用回数があるかで評価されますが、精神医学・心理学、社会科学、経済学は0%だった。つまり誰も日本の研究論文は注目されていない。

なぜこのようになるのかと言うと、レベルが低いとしか言いようがないのですが、竹中平蔵氏が慶応大学の教授になれるのだから、日本の経済学のレベルが分かるだろう。「株式日記」でも日本のバブル崩壊の事を調べようと思っても、ろくな経済書も無くこれと言った研究もなされていないのに愕然とします。むしろ日本の経済学者には評判の悪いリチャード・クー氏やリチャード・ヴェルナー氏の本などが大きな影響を与えている。彼らは大学教授ではなくエコノミストだ。

日本の大学教授は、黒川清氏の記事にもあるように純粋培養された閉鎖された社会で、社会に背を向けて生きている。彼らの研究論文は誰に読まれることも無く研究室のゴミとなっていくのであり、彼らの書く著書は一般には全く売れず大学の教科書として学生に売りつけるだけだ。

日本の大学はサラリーマンの養成所であり、研究者を養成する場所ではない。理系の学部ならば研究成果は世界でも注目を集めていますが、結果が出やすくて研究成果を評価しやすいが、人文系の研究は情報を広範囲から集めて分析していかなければならないから、大学と言う象牙の塔に閉じこもっていては最先端の研究などできるわけが無い。

また大学教授になれば一生安泰であり研究論文を書かない大学教授は日本には沢山いる。せいぜい海外の研究論文をパクって発表するだけでも勤まる職業であり、日本の大学教授ほど優雅な仕事は無いのだろう。だから未だにマルクス経済学が大手を振っているのであり、マルクス経済学など世界では博物館に行かなければ見ることが出来ない。

日本において人文科学が低調なのは、未来社会を予測したり、世界をどのようにしていくべきかと言った事にカネと人材をかけないことが原因なのだろう。海外の有名な科学雑誌に記事が出たりすれば評価もされるのでしょうが、日本の人文系の学者は英語で記事を書いたりはほとんどしない。日本という蛸壺にいれば大学教授として一生食っていけるのだから海外に出て行く必要も無いからだろう。




今後100年ぐらいはアメリカ様におかれては、他国の非関税障壁とか
不公正な貿易慣行とか補助金がどうのとか一切口にされることはない。


2009年3月22日 日曜日

AIG賞与 「税率90%」適用 米下院 支援受けた大手行も 3月21日 産経新聞

【ワシントン=渡辺浩生】公的管理下で経営再建中の米保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が社員に支給した高額賞与をめぐり、米下院は19日、90%という異例の高税率を適用する法案を可決した。強い批判を浴びている高額ボーナスの大半を国庫に取り戻すことを目指しており、公的支援を受けた他の大手金融機関も対象としている。上院も同様の法案を準備しており、上下両院は早期成立を図る構えだ

 法案は賛成328票(民主243、共和85)、反対は93票(民主6、共和87)で可決された。オバマ大統領が16日に「あらゆる法的手段を使って支給を阻止する」と強い姿勢を表明してからわずか3日後のスピード可決となった。

 課税の対象となるのは50億ドル(約4900億円)以上の公的支援を受けた企業で、世帯年収が25万ドル(約2450万円)以上の従業員が1月以降に支給された賞与。適用されれば約1700億ドルの公的支援を受けたAIGだけでなく、シティグループやバンク・オブ・アメリカ、ゴールドマン・サックスなど他の大手金融機関のほか、連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)など政府系住宅金融2社も対象となる。

 オバマ大統領はこの日、声明で「今日の採決は、AIGが納税者のお金で支給したボーナスに対する大勢の怒りを反映している」と指摘し、最終法案がホワイトハウスに届くことに期待を示した。上院では、より幅広い企業を対象に70%の税率を賞与に課す案が検討されている。

 ただ、財務省には金融機関が今後の公的資本注入をためらうなど、金融システムの安定化に与える悪影響を懸念する声もあがっている。財務省が検討中の官民合同の不良資産買い取りの枠組みには、ヘッジファンドなど民間投資家の参加が不可欠だが、高額ボーナスに対する厳しい世論を恐れて参加を見送る可能性も指摘されている。

 また、パタキ元ニューヨーク州知事は、米紙ウォールストリート・ジャーナルに対し、「もし法案が成立すれば、ニューヨークが金融センターとしての地位を失う可能性すらある」と語っている。



AIG救済 3月5日 厭債害債

バーナンキFED議長ではないですが、確かにこの金融危機のエピソードの中でももっとも腹立たしい出来事の一つでしょう。ワタクシにとっては仕事上もさまざまな理由はあるのですが、それはおいておいても、きわめて中途半端な形で米国政府がお金を出し続けさせられ、あのかつて山の上にAAAの旗を立てるコマーシャルを日本のテレビで流し続けて同業他社を馬鹿にし続けたALICOがそれを撤回することも無いまま、のうのうと「国営」化してビジネスを継続するというのですから。まさに「ゾンビ」。

昨日ブルンバーグを見ていたら、さらに腹立たしい話が。それは30年以上もトップとして君臨して不正会計疑惑で辞めさせられたグリーンバーグ氏がAIGに対して訴訟を起こしているらしい。しかもその理由が振るっていて、自分が退職金としてもらった株の価値が大きく値下がりしたため損をしたのは、もともと退職金としてもらう株の評価を高くしすぎたからであり、そのために時価の下落部分を失った上、税金上も相当余計に払わされることになった。その損失部分を支払え、というものでした。

今日の日経新聞にも出ていましたが、AIGの計上した巨額損失は90年代からの利益の総額を軽く超えています。つまりグリーンバーグ氏の在職期間に稼いだものの多くが消えてしまったうえに、米国経済のみならず世界経済に大きな負担をかけている。しかし、過去30年以上君臨してきたのですから、AIG=グリーンバーグであり、この会社の行動様式は彼のビジネススタイルないし経営そのものといっても過言ではないし、昨年の損失も別に昨年突然違うことをやって大損したのではなく、少ない引き当てで過剰な利益を狙いにいくというスタイルの延長上にあっただけである。そしてそのスタイルはまさにグリーンバーグ氏が培ってきたものではなかったのか?という疑問があります。

その中で出た会計疑惑は、まさに彼の経営スタイルが限界に達していたことの一つの表れだったのでしょう。そしてその結果の辞任でもらった退職金。在職中の報酬の10年分以上返還してちょうどいいぐらいだと思うワタクシの考えとのギャップはこの段階でかなり大きいのですが(まあ制度上払わないというのは無理なんでしょうけれど)、その退職金にかかる税金やら価格下落やらまでけちをつけるとはいったいどういう根性の持ち主なのか?それも会社が政府から救済されているさなかにアメリカ国民だって神経を逆なでされるのではないでしょうか?

最近の海外ブログの論調をみても極めて厳しいものがあります。Naked Capitalismさんのところでは、これまで穏健な表現だったブログでも最近グリーンバーグ氏個人に対する過激な論調(「資産全部没収だぁ〜」とか)が目立つという話が出ています。(びっくりしたのですが、このブログは最近ブルンバーグにも配信しているようですね)。

すでにAIGへの支援額は1500億ドル規模となっており、アメリカの人口を3億人とすれば、赤ん坊から老人まで一人当たり500ドルすなわち約5万円がAIGに支払われることになります。今回さらに300億ドルの追加支援。ニュースからの引用ですが、独立系調査会社グラディエント・アナリティックスのアナリスト、ドン・ビックレー氏は、政府によるAIG救済の規模が最終的に2500億ドルに達し、そのほとんどが返済されない可能性があるとの見方を示しているとのこと(ロイター。グリーンバーグ氏自身によれば、彼自身、今回の金融危機で20億ドル以上損失をこうむっているとのことですが、このさなかにこういう訴訟のニュースが表ざたになるということは、国上げて彼を血祭りに上げようという機運が高まってきているということでしょうね。一人の独裁者の末路としてはまあよくある話ではありますが。

ただ、問題はもっと大きなところにありそうです。それは、AIAとかALICOとか「主として海外で事業を展開している」保険会社を米国政府がコントロールしてしまったこと。せっかく簡保とか民営化しそうだと思ったら、今度はアメリカ国営保険ですか?という猛烈な脱力感にさいなまれそうですね。今回のスキームではALICOなどの株をFRBが作る別の特別目的会社に移しそのSPCにFEDが最大260億ドル程度を優先株で資本提供する。その代わりFRBが9月の段階で用意したリボルビング信用枠600億ドルを優先株に見合うだけ削減する。ですから、ALICOなどに事実上米国政府の資本が入るわけで、事実上の国有化というのは決して誇張ではないでしょう。しかも、ファイナンスコストは救済のたびに引き下げられ、当初の懲罰的コストはどこへやら、今度はLIBORフラットだというではありませんか?

日本では保険会社が破綻したら大和生命のような運命が待っているだけで、政府は救済してくれません。今回確かにALICOの問題ではないとはいえ、AIGの裏づけの無いALICOの信用力はどの程度のものでしょうか?このような個別保険会社に対しての政府支援が米国法域内でおこなわれるならそれは各国マターなんですが、日本で営業している会社に事実上の支援をつけて営業を継続させるというのはいかがなものなんでしょうかね?スジとしては、保険契約者の保護を各国の政府と協議した上で、各国のオペレーションを現地の企業に投売り譲渡するべきなんじゃないかと思いますけれど。(決してポジショントークではありません)。まあ今回の出来事の結果として、今後100年ぐらいはアメリカ様におかれては、他国の非関税障壁とか不公正な貿易慣行とか補助金がどうのとか一切口にされることはないと信じておりますが。


(私のコメント)
アメリカ人のダブルスタンダード振りにはいまさら驚く事もないのですが、アメリカには自己責任という原理原則は他人には押し付けるが自分には都合よく適用しない。会社が倒産しようとすれば国が助けてくれるのだから、まさに社会主義国家でありアメリカ社会主義人民共和国だ。91年にソ連の共産主義が破綻したようにアメリカの資本主義もすでに破綻している。

会社が誰のものかという問題がありましたが、株主のものと言う原理原則があるのならば、破綻したAIGやシティやその他の多くの金融機関は倒産させなければならない。しかし倒産させれば社会に大きな影響を及ぼすから公的資金を入れて救済しているのだ。つまり会社は株主だけが責任を負えば済むという時代ではないのですが、アメリカでは会社は株主のものと言う事がまかり通ってきた。

つまリアメリカの資本主義は前近代的なものであり、ベンチャー企業などには当て嵌まるが、巨大企業は社会インフラとなっており、経営破綻しても潰せない企業は公的資金で救済されなければならない。つまりAIGもシティも社会インフラの一部になっており、社会に対して責任を負っている。つまりすでに自己責任において利益が出ていれば利益を独占したり、経営破綻すれば潰れればいいといった資本主義は時代遅れなのだ。

日本は世界で最も成功した社会主義国家とも言われるくらい、ほぼ全員が中産階級意識を持つまでになりました。しかし小泉構造改革でアメリカ的市場主義や新自由主義が取り入れられて、弱肉強食と自己責任で所得の格差が広がり貧困層と富裕層の格差が広がった。日本には「派遣」と言った住む家も無い若年労働者が出るようになり、社会問題になってしまった。

アメリカ人は91年のソ連崩壊で共産主義は敗北してアメリカの資本主義が勝利したと錯覚してしまって、次は日本的な社会主義を敵として捉えるようになり、日米構造協議においてアメリカンスタンダードをグローバルスタンダードと言い換えて押し付けてきた。しかしそのアメリカが金融崩壊の危機に瀕しているのだから、アメリカ的資本主義も崩壊してしまったのだ。

オバマ大統領はアメリカの破産管財人であり、初代のアメリカ社会主義人民共和国の大統領になるだろう。社会主義というのは資本主義が限界に達してしまった後に誕生するものであり、ソ連や中国の社会主義はニセモノであり、ヨーロッパや日本で行われている社会民主主義こそが一番進んだ国家体制である。

その点を日本の経済学者や政治家達は認識すべきだったのですが、発展途上国のアメリカが先進国の日本に対して日米構造協議を持ち出して押し付けるのは間違いである事が、今回のアメリカ発の金融恐慌で分かったことだろう。昨日も日下公人氏が「日本はきっぱりと意見を言えばいい」と書いていましたが、日本は社会主義国家としてアメリカよりも先進国なのであり、日本こそアメリカに対して先進国として忠告してあげるべきなのだ。

90年代から00年代は日本的な社会民主主義とアメリカ的な資本主義の理念闘争の時代であった。日本は90年からのバブル崩壊で停滞の時代を向かえ、アメリカはIT革命や金融革命をスローガンとして世界から投資資金を集めてアメリカ単独覇権の時代が来たとまで言われた。しかしアメリカの資本主義は暴走してあっけなく崩壊の危機を迎えている。はたして小泉竹中構造改革は正しかったのだろうか?


「構造改革」の意味変容 (2) − 日米構造協議から現在まで 2005年9月2日 世に倦む日々

日本は特殊で歪曲しているという観念、日本を米国の標準に合わせて矯正し改造なければならないという思想を日本人に内面化することである。貿易赤字の削減については二十年間で目立った成果は上がらなかったが、日本人の内面の改造は完全に成功して、日本人は米国を唯一標準の絶対神と崇めるようになり、政治も軍事も金融も産業も全て米国に従属することとなった。牛肉・オレンジの自由化の頃はまだ可愛いものだったが、いつの間にか長銀を10億円でリップルウッドに叩き売って当然という異常な事態となり、遂には郵貯簡保の金融資産を売り渡すところまで発展した。米国による対日構造協議政策というのは、実質的には日本経済を米国の植民地に変える植民地化政策そのものだったと言ってよいだろうが、それを日本が受け入れたのは、単に貿易黒字が嵩んで米国との関係を悪化させたくないという動機が働いただけでなく、それ以外にも幾つかの社会心理的要素があった。新自由主義のイデオロギーと米国化の政策が日本人に受け入れられた思想的背景には二つの重大な歴史的事実がある。一つは日本のバブル崩壊であり、もう一つは冷戦の終結である。

その二つは日本人の中で重なった表象として反省的に観念されている。つまり、日本の経済が破綻したのは、その経済運営が社会主義的な原理に基づく官僚主導のものであったからであるという認識である。バブル崩壊とその後の経済不況をソ連社会主義の崩壊に投影して観念しているのである。社会主義でやってきたからソ連も日本も失敗した。官僚主導の平等志向経済だから失敗した。市場原理が弱かったから失敗した。そういう認識だ。そして新自由主義で経済を復活させ、超大国として世界を制圧支配している米国の現実がある。日本人が小泉首相の浅薄な改革パフォーマンスに喚声を上げる現象の土台には、こういう大きな現代史とその思想的背景がある。四十年前も構造改革はバラ色の未来を提示するプラスシンボルの言葉だった。プラスシンボルのまま、中身が変わっても言葉が流通され受容されているのである。現在の構造改革の政策推進の前衛に立っているのは竹中平蔵と慶応経済フリーーソンだが、観念操作を巧妙にやっているのは実は東大出の官僚(アドミニ)たちである。学生の頃は構造改革論に傾倒し、役所に入ってからはケインズで仕事してきた連中だ。

彼らが今、ケインズ主義から新自由主義に転向しつつあり、その転向を「構造改革」の言葉で自己欺瞞して自己正当化しているのである。自分が若い頃から作ってきた福祉制度を今度は破壊し始めたのだが、「構造改革」の言葉はそれを許してくれるのだ。現在の「小泉改革」への国民の狂信的な支持の裏側には、国の予算を私物化して貪り食ってきた官僚に対する国民の憎悪の意識がある。官僚への敵意こそがこの選挙での小泉人気の実体だ。だからこそ小泉首相は、その国民の官僚への憎悪と敵意を煽るべく、わざと乱暴で強引な態度をテレビで示威し、支持を糾合しているのである。破壊者として革命者として自己を演出しているのだ。官僚機構を破壊するリーダー像を粗暴な素振りで示して演出しているのであり、これは電通が指導したものだろう。大衆が没落しかかってデスペレートになっている今は、むしろ狂暴なイメージの方が受けるという計算があるのだ。そしてそれは正解だ。日本の大衆のフラストレーションは破裂寸前のところにきている。その憎悪は国民の税金を私物化して遊び呆けてきた官僚貴族たちに向けられ、そして社会主義という悪魔の言葉に集約されている。

新自由主義の過激な暴力主義と破壊主義がウケているのである。それが荒んだ内面によく響くのだ。格差社会とは弱い者いじめをする社会である。日常的に国民の誰もが自分より弱い立場の人間を苛める社会だから、総理大臣も弱い者いじめを平然とするリーダーシップでなくてはいけない。実際には新自由主義と官僚とは癒着している。官僚機構には手を出さない。が、自分の保身しか見えなくなった官僚は、新自由主義の言うがままに米資に日本の資産を売り、防衛費で法外な値段の米国製武器を買う。権力を握った新自由主義は日本を米国に変え、日本を壮絶な格差社会大国に変えきって満足を見る。原理主義者のカタルシスを得る。国民の官僚への憎悪には理がある。日本の官僚の腐敗と堕落には本当に呆れる。中央官庁の役人だけではない。朝日新聞の記者もそうだし、国立大学の教官もそうである。仕事をまともにしていない。朝日新聞のコラムは半分が自分の趣味の自慢話になっている。地方や海外に出張して飲み食いした話を嬉しそうに開陳している。国立大学の教授が作っているHPもそうだ。特権者の極楽トンボの遊興話ばかりだ。そしてそのように庶民の前で気儘に(税金で)放蕩を続ける官僚の態度に、社会主義というレッテルがきれいに填まるのだ。



(私のコメント)
社会主義国家となるとどうしても官僚の主導権が強くなり、貿易も保護主義的になり規制強化になりやすい。アメリカから見れば日本も社会主義国でありソ連の次は日本だと襲い掛かってきた。アメリカの新自由主義と日本の社会主義とのイデオロギー闘争でもあったのですが、日本側は単なる経済と外交問題として捉えてきた。だから日本が譲歩してもアメリカは次々と要求を突きつけてきましたが、本当の狙いは日本の社会主義の崩壊だ。

しかしその決着は左翼活動家だったオバマ大統領の誕生で決着は付いたのだ。アメリカも官僚が強くなり規制が多くなる社会主義国になるのは時代の流れだ。本当の社会主義はソ連や中国のような暴力革命でなるのではなく民主的な選挙によって本当の社会主義国が誕生する。もちろん社会主義が行き過ぎれば官僚の力が強くなりすぎたり、規制が行き過ぎて経済の停滞を招くことになる。

竹中平蔵氏や高橋洋一氏などの新自由主義者は官僚批判を繰り返しますが、本当は社会主義を攻撃しているのだ。新自由主義と社会主義のイデオロギーの戦いはまだ決着は付いてはいませんが、アメリカ経済の崩壊は新自由主義の後退を意味する。しばらくはアメリカも社会主義的政策と規制の強化で行くだろう。




ドルが崩壊したあとの米国は、国民同士がお互いに共食いをする
ような国になるだろう。米国は三つに分裂してしまうかもしれない。


2009年3月21日 土曜日

いつでもドルを欲しがる米国人 3月18日 日下公人

米国と中国は根本的によく似ている。地図を見れば分かることだが、どちらも国土が大きく、人口が多い。そして、大言壮語する。すぐバレるようなうそを平気で大声で言う。さらには、どちらも軍事力の強化にひたすらまい進している。それから、金が大好きである。米国人はドルが好きで、中国人はこつこつと金をためて、物事をわいろで動かす。

 米国は法律をきちんと立てているからそうではないというけれど、ドルが大好きということは今や世界中が知っている。それについて、こんな笑い話がある。パリのルーブル美術館に米国人がやってきて、「あの絵はモナ・リザといって、レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた、世界で最も有名な絵です」と教えられる。するとその米国人は「何ドルですか」と聞く。「ドルでは換算できないほど貴重なものです」と答えると、「そんなものはない」と言って帰ってしまうのだそうだ。

 その点、日本人は「何億円ですか」とは聞かない。お金よりも尊いものがあると日本人は知っている。ところが米国の企業では、経営トップがやたらとお金を欲しがる。その影響を受けてしまったせいか、米国帰りの日本人も、みんなお金を欲しがる。学者でも欲しがる。

 わたしはあきれて、そういう人に「あなたは学者なのに、なぜそんなにお金が欲しいんですか」と言ったことがある。するとその人はひどく驚いていた。その人はお金が欲しいのは当たり前のことだと思っているから、お金が欲しくない人間もあると聞いて驚いたらしい。最近は日本も米国の影響か、お金が好きな人が増えたようである。ときどき不景気があるとそういう人の目が覚めるから、不景気も悪いことばかりではないと思う。

3種類の米国 ―― ワシントン、ニューヨーク、そして田舎

 米国をよく分析すると、3種類の米国があるのが分かる。「ワシントンの米国」と、「ニューヨークの米国」と、「田舎の米国」の三つである。

 ワシントンの米国は、法律を振り回すのが大好きで、軍事力を振り回すのが大好きで、自由、民主、人権と、やたら説教するのが大好きである。その辺は中国によく似ている。

 ニューヨークの米国は、ユダヤ人の米国である。そこではせっせとサブプライムローンの不良債権を混ぜ合わせて、得体の知れないデリバティブ商品を大量生産していた。それはイラクのフセイン元大統領がつくっていたとされる大量破壊兵器よりも、もっと恐ろしいものだった。本当に世界を壊す金融兵器だった。

 もう一つの米国は、田舎の米国である。田舎の米国人は普通の人で、日本人とも共通している部分がある。彼らが今、ワシントンの米国でもない、ニューヨークの米国でもない、人間らしい米国をつくるために立ち上がった。大統領選挙でオバマ氏を支援した。オバマ氏というのはイリノイ州の州議会議員から上院議員になり、大統領になったが、日本でいえば田舎の県会議員が国会議員を経て突如として首相になったようなものである。それは田舎の米国民の意思であり、つまりオバマ氏には今、ワシントンとニューヨークの米国を相手にどれだけのことをするのかが問われている。

 今の米国については、わたしは「米国はこうだ」というひとくくりの見方ではなく、三つに分けて見ていくべきだと思う。ワシントンやニューヨークの米国は、お金が大好きで、言うだけ言って、やるべきことをやらずに逃げようとする。中国も似たり寄ったりだ。そんな国は長持ちするはずがない。だから米国も中国もつぶれるだろう。ドルが崩壊したあとに残るのは田舎の米国で、それが本来の米国だと思う。

米国は上流と下層だけの社会になりつつある

 ドルが崩壊したあとの米国は、国民同士がお互いに共食いをするような国になるだろう。国内には膨大な移民を抱えている。まだ米国籍になってないけれど、米国に住んでいる人はものすごくたくさんいる。彼らを抱えていると、米国は分裂してしまうかもしれない。

 その予兆とも思える現象の一つに「ゲーテッド・タウン」というのがある。金持ちの米国人が集まって、風光明媚な場所にニュータウンをつくり、その周りを塀で囲むのである。塀には出入り口があって、そこには機関銃を持ったガードマンがいて周りを遮断し、あまり変な人が入ってこないように入会費がやたらと高く設定されている。貧乏人が入ってこられないようにしてある。

 そこまでお金持ちではない、普通のコミュニティでは、とにかく地方税がやたら高い地域がある。貧乏人は入ってくるな、ということなのである。ワシントンの郊外では、地下鉄を延ばして駅をつくるというと、その地域の住民に大反対される。理由は、地下鉄が延びてくると貧乏人が来るからである。そういうふうに、米国の中で、白人が白人だけ別の米国を新しくつくっている。

 米国では、上流階級はどんどん上流になり、下層階級は見殺しにされていて、中間の人は会社でどんどんリストラされている。そうなると中間の人がいなくなって、上流の人と下層の人だらけになる。上流の人たちは金にあかせて別天地をつくり、下層の人たちは病院に行く金もない。

2009年は米国、中国、ロシアがズタズタになる

 2009年の世界の動向を予想すると、米国内はもうズタズタになるだろう。中国も同じようにズタズタになるだろう。それから、ロシアもなると思う。

 ロシアはプーチン前大統領の政治を見て、外国資本が逃げてしまうだろう。外国資本が逃げるだけではなく、ロシアの資本が外国へ出て行く。

 ロシアには資本が持ち込まれなくなるから、ロシア経済は孤立して沈没する。少なくとも短期的にはそうなるはずだ。すると2009年、2010年は金がないロシアになるから、麻生首相に「北方領土を買ってください」とか、「援助してくれたら何とか手加減する」とか言ってくるだろう。

 そうすると、日本人は善良だから、相手の言う通りに動いてしまうかもしれない。だから、わたしが日本外交に望みたいのは、そういうふうにだまされるなということである。外国とはもう少し普通に付き合ってほしい。

 今、日本はきっぱりと意見を言えばいいのである。そうすれば世界はついてくる。サブプライムローンのショックは大きいとわたしは思う。世界中が疑心暗鬼になって、「もう買わない」といわれているファンドがある。不良債権が混ざっているから、信用できないという金融資産の額は膨大だから、米国政府による緊急つなぎ融資など、ほとんど意味をなさないだろう。そして、もっと桁違いの不良債権もある。心理的不良資産である。

 昔のことだが、大恐慌があっても、金融市場は一上一下しながら、不思議と戻った。大暴落した株でも買う人が出てくるのだから、人間はみんな甘いなと思う。しかし、働く人がいないのでは、その国の経済は回復しない。1929年の大恐慌以後は、一上一下であった。今回もきっとそれと同じになるだろう。だから、戻ったら売りなさい。お金のことは忘れなさい。



(私のコメント)
AIGの幹部社員が政府から公的資金が注入されたにもかかわらず巨額なボーナスを貰っていた事に対して、議会は税金をかけて回収する事にした。実質的に倒産した会社なのにボーナスを出す方も出す方なのですが、AIGばかりでなく他の金融機関もボーナスを支給する計画があるようだ。いったいアメリカ人のカネに対する執着心は相当なものですが、命よりもカネが大切と言うところはアメリカ人と中国人はよく似ている。

市場原理主義とか新自由主義の基本原則は金銭万能主義なのであり、それが無ければ市場原理主義も新自由主義も成り立たない。人間の価値は金持ちか貧乏人かで計ることが出来る。金があれば裁判にかけられても優秀な弁護士を雇って無罪にすることも出来るし、病気になっても優秀な医者にかかれば命も助かる。

だからアメリカ人がカネに執着して法律すれすれの事をしてまでして稼ぐことは当たり前の事であり、アメリカの投資銀行は弁護士を沢山雇って客から訴えられても万全な経営をしている。そのような会社と契約を結ぶ時には電話帳のように分厚い契約書が作られるのが普通だ。

サブプライムローンも強欲なアメリカ人は生み出したものであり、貸してはいけない人になで金を貸して、それを証券化してファンドとして細分化して世界の金融機関に売りさばいた。日本人はそんな訳も分からないものにはあまり手を出さなかったが、世界中の金融機関が買い込んで、信用不安を巻き起こしてしまった。まさにサブプライムは核兵器以上の大量破壊兵器だった。

そんなアメリカの保険会社が、心配性の日本人に保険を売り歩いている。テレビを見ればアメリカの保険会社のコマーシャルが頻繁に流されていますが、AIGはいつまで存在しているのか分からない会社である。アメリカの金融機関は世界中の金融機関を破綻させた自爆テロリストと変わりがない。

オバマ大統領が選ばれたのも破産管財人としてであり、現在のところは政府やFRBがぎりぎりのところで食い止めているが、いったん連鎖倒産が起きれば債務爆弾が破裂して世界中の金融機関が吹き飛ぶ。金融工学といえば聞こえがいいが、どのような仕組みになっているのかデリバティブの仕組みは当事者しか分からない。CDSもどこがどのように保険をかけて転売しているのか外部には分からない。

アメリカ人にしても中国人にしてもロシア人にしても、どんなに悪い事をしても絶対に謝らない。謝れば過ちを認めたことになり子々孫々にわたって断罪されるからだ。中国人がいまだに日本に謝罪を要求してくるのは当然のことであり、アメリカ人も広島長崎の原爆投下は絶対に謝らない。自分で誤りを認めないから何度もでも同じ過ちを繰り返すのだ。

日下公人氏は「そんな国は長持ちするはずがない。だから米国も中国もつぶれるだろう。」と書いていますが、米国も中国も潰れた方が世界の為だろう。ロシアも似たようなものですが、日本は最悪の国々に囲まれている。海を隔てているから何とか助かっていますが、米軍は60年前に日本に居座ったまま動こうとはしない。よほど日本が気に入ったのかもしれないが、小沢代表が「第七艦隊だけでいい」と言っただけで嫌がらせをする。

日下氏は「2009年は米国、中国、ロシアがズタズタになる」と予想しているが、自分勝手な国は資本も逃げ出すし、人も逃げ出し始める。アメリカでは金持ち達が塀で囲われた村を作ってそこで生活しているそうですが、出入り口には機関銃を持ったガードマンが警備している。このような国は文明国とは言えないのですが、こうしろああしろと指図してくる。

ロシアにしても金に困っているみたいだから、放っておけば北方領土を買ってくれと言って来るかも知れない。ロシアは18年前に一度潰れた国であり中央アジア諸国やウクライナらベラルーシを失った。日本と仲良くしていればソ連も潰れずに済んだだろうに四つの小さな島のために日本と平和条約も結べない。バカな国だ。

中国も外国から資本と技術を受け入れて経済発展していますが、自立的な発展に結びついてはいないようだ。アメリカと同じように貧富の差が激しく共産主義国でありながら資本主義の悪いところを持ち込んでどういうつもりなのだろう。公害問題や自然破壊は国土を荒らして人が住めない国になるかもしれない。

日本人は、アメリカ人や中国人やロシア人にもっと忠告してあげるべきだし、それが出来るのは日本ぐらいではないだろうか? バブル崩壊の教訓も教えてあげるべきだし、グリーンニューディル政策の基本的な技術も日本が持っている。中国に対しても日本の公害防止技術は役に立つはずだ。日下氏も「日本はきっぱりと意見を言えばいいのである。そうすれば世界はついてくる」と言っていますが、21世紀をリードする国は日本なのだ。




米国のオバマ政権は「グリーン・ニューディール」計画は低炭素社会と
「スマート・グリッド」の革新からという米国の深遠な戦略が読み取れる


2009年3月20日 金曜日

環境で不況を吹き飛ばせるか 〜動き出したグリーンニューディール〜
NHK特番 寺島実郎・飯田哲也氏

日米は石油・石炭・天然ガス依存から脱却できるのか?


米国が目指す『賢い電力網』というイノベーション(2009/3/3) 清水正巳

米国のオバマ政権は「グリーン・ニューディール」と呼ばれる景気対策を打ち出し、地球温暖化防止に絡んだ投資により雇用を創出する考えを明確にした。計画にはプラグイン・ハイブリッド車の普及のほか、太陽電池、風力発電など新エネルギー利用拡大など、温暖化対策の定番の項目が並んでいるが、一風変わっているのが電力網のイノベーションである。この計画には低炭素社会づくりは電力網の革新からという米国の深遠な戦略が読み取れる。

スーパーボウル中継でGEが流したCM

 米国で最も注目を集めるテレビのスポーツ中継は「スーパーボウル」、アメリカンフットボールのプロチームの優勝決定戦である。視聴率が高いからCM効果も高く、アップルコンピュータが1984年に「マッキントッシュ」のCMを流して一躍有名になってからはCM枠獲得競争が激しくなっているとされる。視聴率が歴代3位といわれる今年の中継で、流されたCMは送電線に乗った案山子が登場する物語。米ゼネラル・エレクトリック社の「スマート・グリッド」という耳慣れないハイテクの紹介(同社ホームページ参照)だった。

 この「スマート・グリッド」こそ、オバマ政権が進めようとしている電力網のイノベーションだ。GEはオバマ政権発足後に打ち出した「グリーン・ニューディール」政策に呼応して、同社の「スマート・グリッド」の技術、製品のPRキャンペーンに乗り出したと言ってよい。

 スマート・グリッドは一言で言えば、「賢い電力網」である。電力網をIT(情報技術)と融合し、電力の供給・利用の効率を格段に高める。インターネットの世界では通信網が蜘蛛の巣状になっていて、そこを効率よく情報が行き来する。電力網をそれと同じ姿にするのがスマート・グリッドである。

 これからは家庭など需要家に太陽電池が普及し、風力発電や燃料電池など分散型電源もあちこちに配置され、電力系統につながってくる。そうなれば電力の流れは電力会社の発電所から需要家への一方通行ではなくて双方向、あるいは需要家同士にもなってくる。電力系統は時々刻々、それぞれの発電状況の変化に対応する必要があり、全体の効率的な運用をこの技術で実現する。電力網自体に電力の最適な集配電をする機能を持たせるという発想である。

 スマート・グリッドの要となるのは家庭など電力需要家に取り付ける「スマート・メーター」と呼ばれる装置だ。電力消費量を積算する現在の電力計とは違い、電力網監視の端末と情報を常にやりとりする。電力会社が電力需給を見て電力の売買価格を変え、需要家に情報を送ることもでき、需要家も一定の条件になれば買電をやめて売電するように自動設定したりもできる。

 温暖化防止の流れもあって自動車はプラグイン・ハイブリッド車や電気自動車も増え、これも電力系につながってくる。こうした自動車は場合によって蓄電池代わりにもなる。電力価格が高い昼間には自動車の蓄電池の電力を家庭で使い、価格の安い夜間などに充電するといった利用方法も考えられるだろう。スマート・メーターはその制御にも使われる。

 オバマ政権はグリーン・ニューディール政策のなかで、1000億ドル規模のクリーン・エネルギー融資のほか、スマート・グリッドの導入で約5000キロメートルの送電網の新設、ないし更新をするとしている。さらに4000万戸にスマート・メーターを設置する考えも示している。議会も先に可決した景気対策法案でスマート・グリッドに110億ドルの予算を認めており、電力網の技術革新は急ピッチで進む可能性が大きい。

日本は電力業界が導入に抵抗か?

 スマート・グリッドの大規模な実験はすでにコロラド州のボールダーなどで行われており、技術開発はかなり進んでいる。欧州でも開発が進められ、一部地域では家庭にスマート・メーターをつないで実験が行われている。欧米が着々と実用化への道を歩んでいるのに対し、日本は電力中央研究所が機器などの研究をしているものの、大規模実験には至っていない。

 日本の場合、電力供給は電力会社がすべからく監視し、制御するとの考えが支配的で、発想の転換を妨げている。電力会社は太陽電池や風力発電など不安定な電源を嫌う傾向があり、これを極力、電力系統につなげたくないという力学も働いている。

 経済産業省は家庭が太陽電池で発電し余剰となった電力を電力会社に通常より2倍の科価格で買い上げさせる方針をようやく決めたようだが、電力業界にはまだ家庭からの買電に腰の引けた姿勢が見え隠れする。電力売買問題が絡むと電力市場の自由化の議論が蒸し返されるのではないかと恐れているからで、既存の権益にかかわるとみると遠ざける体質は変わらない。ただ、日本が出遅れればイノベーションに乗り遅れ、電力分野で技術的に大きな差をつけられる可能性がある。

 温暖化防止につながる低炭素社会では経済も社会もシステムの変革を迫られる。景気刺激も考えているとはいえ、それを先取りしてイノベーションに力を入れる米国に対して、既存の権益を守ることを優先してイノベーションを避けるのであれば、技術立国も環境立国も危うい。

 麻生政権は遅ればせながら日本版のグリーン・ニューディール政策を検討している。そこに電力網のイノベーションも入るのかどうか。太陽電池も補助金を出しているうちは普及が進むだろうが、電力売買の仕組みを抜本的に変えないと補助金を止めた途端にインセンティブが働かなくなる。プラグイン・ハイブリッド車や電気自動車が電力系統につながる時代が迫っていることも考え、電力網のイノベーションに早々に取りかかる必要がある。(終わり)


太陽光パネルや風車発電機でスマートグリッドシステムを構築する

各家庭にはスマートメーターが取り付けられて電力をコントロールする


(私のコメント)
昨日のNHKの特番では「動き出したグリーンニューディール」を放送していましたが、アメリカもいよいよグリーンニューディールが動き始めました。それはただ単に太陽電池発電や風力発電のみならず、スマートグリッド構想によってシステム化された給配電システムだ。電力をインターネットのように網の目のように電力を融通しあうシステムである。

日本では電力会社が発電所で発電して一方的に配電するシステムですが、これだと発電所に異変があった時に家庭は電力供給がストップして真っ暗になってしまう。スマートグリッド構想では各家庭が太陽電池パネルや風力で発電して、夜間は電気自動車などのバッテリーも利用する。つまりグリーンニューディールには電気自動車まで構想に含まれている。

これでヨーロッパもアメリカもグリーンニューディール政策に踏み切ったわけですが、日本ではこのような総合的な政策は打ち出せてはいない。太陽電池パネルや電気自動車の開発などでは世界の最先端を行っているにもかかわらず、国家的な総合戦略としての発想が無い。中央官庁は経済産業省や国土交通省や環境省などでバラバラであり、縦割り行政の弊害で総合戦略が立てられない。

「株式日記」では公共事業として科学技術開発を主張してきましたが、日本では公共事業というと橋や道路や箱物しか発想が無い。だから経済政策としての公共事業を主張することは悪であり無駄使いの代名詞にされてきた。日本は90年代からのバブル崩壊で日本版ニューディール政策が求められてきたのですが、財務省が財政の再建を最優先して公共事業は毎年削られてきた。

日本でも太陽電池パネルなどには政府からの助成政策などあったのですが、小泉竹中内閣は2005年に太陽電池パネルへの設置助成などを打ち切ってしまった。今年になってようやく助成は復活しましたが、日本の政治がいかに総合経済戦略などの構想力が無いかを示している。

日本はエネルギーのほとんどを海外に頼っており、石油ショックが来るたびに脱石油が叫ばれるのですが、危機が去ると忘れてしまう。ヨーロッパでは早くから脱炭素社会を打ち出してドイツを中心に太陽光発電や風力発電の普及に努力してきた。そしてアメリカでもグリーンニューディール政策が始まった。そして日本では福田内閣まで財政再建が最優先政策であり景気対策としての公共事業は削られてきた。

公共事業を推進を主張する経済学者やエコノミストも具体的な公共事業は打ち出せなかったのも事実なのですが、不況が続くような時は政府が財政を出動させれなければ経済は縮小してしまう。テレビなどでも公共事業というと道路や橋などに短絡してしまって、高速道路はいるのいらなのと言った議論に収束してしまう。日本人は頭が硬直しやすくて全く新しい発想という事が出来ない。

日本では家屋の屋根に太陽光発電パネルを見かけるのは極めて希だし、風力発電の風車を見かけることも極めて希だ。日本の地方行政も中央の政策ばかり見つめて、独自のエネルギー自給政策思いつかないのだろうか? 太陽光発電所にしても風力発電所にしても小さなコストから始められるし、電力を安く供給できれば産業誘致にもなるはずだ。

NHKの特番でも四国の村で10年前に風力発電所を作って、電力を売って村の財政を助けようというプランを実行しようとした村長が出ていた。しかし四国電力までの送電線の建設や電力価格がネックとなって計画は実現しなかった。日本の電力会社も買電には積極的ではなく、とてもアメリカで行われるようなスマートグリッド構想などの計画には反対だろう。電力の自由化に反対しているからですが、これらは政治が動かなければ実現しない。

アメリカは石油や石炭や天然ガスが豊富であり自給ができる国だ。だから電気も日本に比べると大変安い。それにもかかわらずオバマ大統領はグリーンニューディール政策で低炭素社会を目指している。30年から50年先まで考えれば石油は足りなくなり、いまから脱石油社会を構想しなければ間に合わなくなる。しかし中央官庁の官僚も政治家も今日の事しか考えない。

マスコミも公共事業というと「熊が出るような所に高速道路を作れと言うのか」と言った感情的な反発を煽るのみで、全く新しい発想の公共事業に対しても一緒くたにしてカットし続けた。メガフロートも東京湾に浮かべられて実験されましたが中国に鉄くずとして売られてしまって、なぜ広い海上に太陽光発電所を作ると言った発想が無いのだろうか? ヨーロッパではサハラ砂漠が太陽熱発電の用地として注目されている。

このような事は国家プロジェクトとしてでなければ出来ないことなのですが、財務省の役人は財政再建しか興味が無いようだ。麻生内閣になってようやく景気対策としての取り組みに前向きになりましたが、中国では54兆円の公共事業を始めるし、アメリカでは80兆円の公共事業を始める。つまり日本の財務省の財政再建政策は間違っていたのであり、景気を回復させて税収を増やす事で財政再建を図るのが正しい政策だ。




詐欺師集団に巨額の公的資金を注入したアメリカ政府に国民の怒り爆発
泥棒に追い銭状態のAIG幹部に高額のボーナス支給するモラルハザード


2009年3月19日 木曜日

AIG高額賞与、100万ドル超73人 高額賞与、米紙で論争 3月19日 産経新聞

人材確保のため/公共利益と無関係/政府への不満結晶化

 【ワシントン=渡辺浩生】AIGによる高額ボーナスの支給問題は、返還を迫るヒステリックな反応が世論や議会で強まる中、民間企業が雇用契約に基づいて支給した報酬に対し、政府が介入して返還させることが本当に望ましいことなのか、という本質的な論議に発展している。

 高額ボーナスの支給に対する世論の怒りの嵐はすさまじく、議員の事務所には抗議の電話や電子メールが殺到している。現行法で支給阻止が難しいことから、議会では新たな立法措置の検討に入った。

 こうした世論や議会の反応について、米紙ワシントン・ポストは18日付社説で、「大衆迎合的な反発には、われわれは大方よりも懐疑的だ」と疑問を呈した。

 幹部社員73人に支給された高額ボーナスは総額1億6500万ドル(約160億円)にもなるが、1700億ドルに膨らんだ救済費用全体からみれば、0・09%にとどまる。同紙社説は、巨額の公的資金で再建を急ぐ「公共の利益」と、高額ボーナスを支給された幹部社員が「欲張りか普通の人間かどうかは無関係だ」と論じた。

 米紙ニューヨーク・タイムズのアンドリュー・ソルキン記者は17日付の経済コラムで、「民間契約の尊厳」への介入に対するウォール街の憂慮に触れたうえで、支給の阻止が納税者の利益か否かという本質的な疑問に答えを試みた。

 高額ボーナスの支給対象は、世界中の金融機関とデリバティブ(金融派生商品)を通じてつながり、AIGを巨額損失で破(は)綻(たん)寸前に陥れた部門の幹部社員たちだ。だからこそ、オバマ大統領は「ボーナスを受けるに値しない」と憤慨した。

 しかし、元本が2兆ドルを超す取引の精算に従事する幹部社員たちがいま退社したら…。「背を向けてAIGの帳簿とは逆張り(の取引)をするに違いない」とソルキン氏は指摘し、「AIGは爆弾をつくった。そして、その信管の外し方を知る唯一の集団である」と表現した。再建の障害となり、結果的に納税者の不利益とならないためにも、流動性の激しい金融界で「異色な頭脳の人々」をつなぎ止める正当な理由はある、というのだ。

 昨年9月にAIGが公的管理となった後、会長兼最高経営責任者(CEO)に就任したリディ氏は18日付のワシントン・ポストに寄稿し、自身の就任前に幹部社員と結ばれた契約に従って高額ボーナス支給したことを「不愉快だった」としながらも、「会社、すなわち金融システムと経済に対するリスクは受け入れ難いほど高いと結論付けた」と釈明した。リディ氏自身の年俸は1ドルである。

 一方、17日付の米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は、高額ボーナスの支給問題が「大衆の政府の救済に対する不満と経済危機への不安を結晶化し、ホワイトハウスへの反発を引き起こしている」と指摘。同紙は「堂々巡りの対応が、議会から新たな公的資金の承認を得ようとする大統領にとって潜在的な脅威となる」と警告した。

 さらに、同紙の17日付社説「AIGへの本当の怒り」は、AIGへの公的支援が外国銀行向けの支払いに流出していることこそが問題だと指摘し、「(幹部社員に支給された)高額ボーナスが財務省に戻るか否かにかかわらず、金融当局は極力早くAIGを民間に委ねることに集中すべきだ」と忠告した。


モラル・ハザードを生むAIG存続 3月16日 書道家の日々つれづれ

「再建中の米AIG幹部・賞与6億円」と読売新聞(米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版))が報じている。「約400人の幹部社員に対する2008〜09年の2年分のボーナスとして計4億5000万ドル(約440億円)の支給を計画していると報じた。」「08年分のボーナスとして、5500万ドル(約53億円)が昨年12月に、1億6500万ドル(約162億円)が今月13日にそれぞれ支払われたという。」このボーナスが「主に、AIGが巨額の損失を抱える原因となった金融商品を担当する部門の幹部向けに支給された。」というから盗人に追い銭というものだろう。

ここで考えられるのは、なぜAIGを破綻させなかったのかと言うことだ。破綻させれば、保険の支払いも減額され当然AIGの元幹部に対するボーナスもなかったかも知れない。それだけでなく、AIGが販売していたのは「金融機関が保有する住宅ローン担保証券などが債務不履行を起こした際、その元利払いを肩代わりする金融派生商品『クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)』」。こんな米国の金融不安の元凶になったような証券なら、いくら損失が膨らむのか分かったものではない。

「政府による支援額(計1733億ドル=約17兆円)のうち、54%に当たる937億ドル(約9兆1000億円)を欧米の金融機関への支払いに充てたと発表した。」とAIGは発表したが、保証を受ける方も結構虫の良い話だ。早く保証して貰ったもの勝ちとはこのことだろう。

米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は3月3日、「追加支援を決めた米保険大手AIGについては、『基本的には巨大な保険会社に付随したヘッジファンドだった』との認識を示した上で、『多くの無責任な賭けをし、巨額の損失を被った』と批判した。」とするが、ヘッジファンドならなぜ破産させて整理しないのか。「シティバンク」は政府管理下の銀行になったが、これも本来整理して破産させるべきなのだろう。多分そうでもしなければ、米国の経済不安は解消しない。

それにしても、米国では破綻しているような金融機関などを政府管理下に置いて保護したために、非常に妙なことになった。それは、AIGの元幹部を見れば良き分かることだが、AIGが破綻しても一生遊んで暮らせるくらいの巨額のポーナスを受け取って破綻した責任など何も取らないからだ。他にも、リーマンショックの絡んでその原因を作った人々は、米国政府の救済合併などによって、上手く逃げた遂せた人々が多い。今回の米国を端にする金融不安は、実際のところ「責任者」が責任も取らず、巨額な金を持って逃げしてしまったと言うことではないだろうか。

昔から、欧米では必ず不都合の責任者をあぶり出して責任を取らせると言うのが伝統だった。だから、Nuremberg(ニュールンベルグ)裁判でナチスを裁き、責任者が明確でない日本では「責任者をでっち上げて」責任を取らせた。

日本の場合、官僚というのは重大な権限を行使するのにその責任を取らない。実際、日本では政治家でさえ責任を取らない無責任体制だから物事が改まらない。

米国も今回に限っては「無責任体制」になってしまった。誤りの責任を取らせないと言うことは、そのものから離脱出来ない。もし最後までそうだとすると、この不況は中々収まらないだろう。


綻びるモラルハザード 3月17日 果てしないカオス

世界中に迷惑を撒き散らした「AIG」のずさんな実態が露になっているんだけど、公的資金の行きついた先が単なる社員ではなく、CDSを発行していた「デリバティブ部門」だったらしい。

以前の記事 でも示したようにAIGの本業は健全だった。 いわば経営を追い込んだ「A級戦犯」への高額報酬という事になるんだけど、NY司法長官からの「ボーナス受け取り従業員リスト」の開示要請にもAIGはだんまりを決め込んだままだという。

さらには、AIGは契約を盾に支払いの正当性を主張しているんだけど、この「不当な」支払いに対して司法が対処できないようであれば、立法が正さなくてはならない。  新たな法律を整備して政府が影響力を及ぼし、遡及効を発揮すればいい。

1人当たり最大650万ドル(約6億円)の報酬を国民が支払っているという事だけど、これはAIGだけの独立した問題ではなく、先月にはメリルリンチの幹部約700人に1人当たり100万ドル(約1億円)超の報酬が支給されていたことも発覚している。 その中のトップブローカー11人に至っては、1人当たり1000万ドル(10億円弱)を上回る報酬が支払われているのが問題となっている。 これは個人給与でみた場合、AIGより遥かに高い。

ウォール街の重役の「金満体質」は、アメリカでも報道合戦が過熱してきたようでこうなるとこの流れは止められない。国民負担が続く中、メリルリンチ・AIGに続き「不当な支給」を行う企業は今後吊し上げられる事になる。

給与面以外でも、以前から公的資金の不透明な使途を問われていたAIGは、世論やFRBの圧力に屈したのか、15日にはようやく取引先を公表した模様。その内容は、WSJが報道した内容(公表されたカウンターパーティ) と一致するもので、金額的にはGS(ゴールドマン・サックス)が129億ドルと圧倒的に多く、これは何度も言うようだけど、前財務長官・ポールソンが権威を振りかざした事になる。

AIGへの公的支援は昨年、ポールソンだけでなくガイトナー・NY連銀も主導していたって事で、CDSの保証金支払いについて米政府は、世論の批判をかわす為に給与問題を大きくクローズアップしてくるものと思われる。

しかし、その給与問題にしても事前に公的資金の使途を細かくチェックできなかった米政府の責任でもあり、政府は民間企業からの「言い値」をそのまま投入金額としていたのだろうか?給与問題は強欲なモラルハザードと同時に米政府の危機管理体制の甘さも露呈している事になる。


(私のコメント)
AIGはリーマンと同じく経営破綻した金融機関なのですが、CDSを多く扱っている為に、金融が混乱するのを避けるために、公的資金をすでに17兆円もつぎ込んで救済されている企業なのですが、経営幹部は多額のボーナスをもらって悠々としている。大きすぎて潰せないと言う論理を逆手にとって開き直っているのでしょう。

破綻した企業にボーナスが出るというのも不思議なのですが、人材を引き止めるための措置だと言う事ですが、公的資金からボーナスが支払われるのだからアメリカ政府やFRBは非常に太っ腹だ。政府がAIGを潰せないのは潰せば保証していた債権の価値が大きく落ちる為に世界中の金融機関が損害を被る為だ。

CDSと言うのは一種の保険だから、利益先取り商品であり、事故が起きて支払う時が来たら「払えません」と開き直っているのだから性質が悪い。だから政府から資金をもらって支払っているのですが、ゴールドマンサックスなどはAIGのCDSを多額に持っていた。だからAIGを潰せばゴールドマンサックスも巻き添えを貰う事になる。

アメリカの金融機関はドミノ倒しのような関係になっているから、政府やFRBがつっかえ棒になって連鎖倒産を防いでいるのですが、FRBも民間会社だからいつまでも支えきれるものでは無いだろう。FRBは日銀のような国営企業ではなくアメリカ政府が大株主ではなく大手金融機関が大株主だ。そのFRBが3000億ドルの長期国債買いに踏み切った。

もともと投資銀行といえば聞こえはいいが、詐欺会社でありネズミ講とやっていることは同じだ。だから儲かっている時は利益は山分けであり、子になるネズミがいる内はそこからカネを巻き上げて自分たちの懐にしまってしまう。そして出資者たちが出資を返してもらおうとすると「倒産します」と開き直る。だからAIGが詐欺やネズミ講でなければ何なのだろう。

日本でもテレビをつければアリコジャパンのCMがジャンジャン流されていますが、ネズミ講に加入するようなもので、いざ保険を貰おうとしても、その頃には倒産して保険金を騙され損になりかねない。いつ倒産するかわからないからテレビCMをジャンジャン流して、テレビ局はネズミ講に協力しているのですが、解約して簡保や共済などに入った方が安全だろう。


“聖域”アリコについにメスが! 金融庁が手を出せないワケ 千代田文矢/サイゾー12月号より

この命令を聞いた大手生命保険会社の幹部は、「業界内ではずっと指摘されていた話で、処分はようやくといった感じ。しかし、最初に処分を出したのが金融庁ではなく、どうして公取委だったのか」といぶかしがる。それというのも、保険会社を監督するのは金融庁であり、金融庁に先駆けて公取委が処分を下すのは、極めて異例だからだ。「アリコの不正は、金融庁もばっちり握っていた」(全国紙経済部記者)といい、金融庁が処分を出さなかった不可解さが増す。これについて前出の大手生保幹部は、「アリコの不正に金融庁が手を出さなかったのは、今回が初めてではない」と明かす。

 数年前にも、アリコの「無選択型」という医療保険が大問題となったことがあった。従来は保険に加入できなかった持病を持った人でも加入できるということが売りの商品で、アリコは「誰でも入れます!」と謳ったテレビCMを、雪崩のようにメディアに乗せた。そのかいあって、さまざまな持病を持つ中高年層に爆発的に売れたのだが、発売後に契約者から、「保険金が支払われないのはなぜだ!」という苦情が殺到したのである。それというのもこの保険、たとえ加入できたとしても、「持病が悪化して入院した場合」には保険金が支払われないという代物だったからだ。

「アリコは、『誰でも入れます』ということばかりを強調して支払い時の問題点を一切知らせなかったので、勘違いした中高年が次々と加入した。しかし、肝心の保険金を請求するときになって、アリコから『このケースでは無理』と保険金が支払われず、トラブルが多発しました。そのため業界では、『誰でも入れるけど、払えません保険』なんて言われてましたよ」(大手生保の商品開発担当者)



(私のコメント)
日本の金融庁はアメリカの出先機関であり、外資系金融機関のお目付け役だ。だから外資系証券会社がインサイダーをやろうが、アリコが入ることは出来るけれど保険金が出ない保険を売り出しても金融庁が動く事はない。このようになる事は大蔵省が解体されて財務省と金融庁に分割されて、アメリカの出先機関となってしまった。

アメリカは金融立国を国策としてきたから、ゴールドマンサックスやアリコなどの金融機関を保護してきたのであり、だから日本政府は外資に対しては手も足も出せない。三菱UFJがモルガンスタンレーに9000億円も出資させられたのもアメリカ政府からの圧力であり、そうでなければ三菱UFJが増資をしなければならないような目に会うこともなかった。

「かんぽの宿」問題にもメリルリンチなどの外資がちらつきますが、金融庁は外資には全く手が出せない。麻生内閣では中川財務大臣が金融庁の大臣を兼任しましたが、G7で美人記者にハルシオン入りのワインを飲まされて、その会見がアメリカの通信社によって世界に流されて失脚してしまった。

このような連中が経営するアメリカの金融機関の経営者が、公的資金を自分たちのボーナスとして懐に入れても痛くも痒くもないのであり、彼らには良心と言うものがない。彼らは自分たちの利益の為ならばアメリカだって売り飛ばす連中であり、だからサブプライム問題を引き起こしてアメリカ経済をどん底に陥れたのだ。




長年「自分たちだけが報道する権利を持つ」という特権意識にあぐらを
かいてきたマスメディアは、時代の変化や問題の本質を理解できない


2009年3月18日 水曜日

もはや新聞を読む世代は50歳以上の老人たちだけ
新聞を読まなくなった日本人


ネットユーザーたちが暴き始めた「客観報道」というまやかし=佐々木俊尚 2008年11月12日

自らが取材されることに鈍感なマスメディア

 ネットの出現、普及により、このように取材の現場やプロセスが可視化され、その実態と紙面、画面の建前のダブルスタンダードが通用しなくなり、マスメディアの取材姿勢が厳しく問われるようになっている。

 典型的な事例のひとつが、毎日新聞が2007年正月から掲載を始めた大型連載『ネット君臨』を巡る新聞社と著名ネットユーザーの議論だ。

 前年9月に始まった、難病にかかったある幼女の手術費用を募金する運動に対し、募金活動の倫理性や情報の透明性を問う視点から、ネット上で批判が起こった。『ネット君臨』取材班は批判の中心人物のひとりだったある著名ネットユーザーを取材し、『難病児募金をあざける「祭り」』と題した連載第1回で取り上げた。

 掲載された記事は決してその人物を正面から批判してはいないが、「男」と表現していた。新聞記者なら誰でも知っていることだが、「男」という表現は、犯罪者、容疑者、反社会的人物などの代名詞として使う。一見公平を装いながら、じつは読者に対してその人物は禍々しく、卑怯な人間だという明らかな印象操作を行なっていた。その後、私が彼を直接取材したところ、記事を書いた毎日新聞の記者は、最初の取材申し込み時点では所属や連絡先などを明確にせず、実際の取材でも最後まで明確な取材趣旨を説明せず、最初から議論を吹っかけるようだったという。

 彼は毎日新聞が読者向けに開設しているコミュニティサイトに取材手法や記事内容について質問状を出し、それに対して何の回答もないと取材班に抗議の電話をかけるなどした。結局、〈社としての回答は「見解の相違としかお答えできません」〉という回答がきただけだった。

 従来なら、取材対象者がいくら新聞社に抗議しようと、黙殺されるか、横柄な、あるいは官僚的な対応をされて終わりだった。ところが、時代は変わった。

 彼は一連の経緯を自身のミクシィ上の日記で公開したのである。そして、それが他の多くの日記ブログにリンクされ、掲示板にもコピーが貼られ、毎日新聞に対する批判の嵐が起こった。

ネットを見下している限りマスメディアに未来はない

 このように、現在のマスメディアは、取材現場やプロセスがネットという公の空間で可視化されるという危機に晒されている。さらに危機的なのは、マスメディア自身がその危機に極めて鈍感であることだ。

 これも毎日新聞の例だが、英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」が長年にわたって低俗記事を配信し続けた問題では、JCASTニュース、PJニュースといったネット上のニュース媒体が毎日新聞に取材を申し込んだ。ところが、毎日新聞はなおざりな対応をしたばかりか、社長室の広報担当が「ネット媒体の取材は受けません」などと言って取材を断わった。

 こうした一連の対応もそのままネット媒体で報道された。JCASTなどはYAHOO!ニュースにもリンクされているので、莫大な数のページビューがある。

 マスメディアは不祥事を起こした一般企業を厳しく追及し、法令遵守と説明責任を強く求める。ところが、いざ自分が不祥事を起こすと、それとは正反対の態度を取る。その実態がネットという公の空間で公開されるようになったのである。

 同様に、ネットユーザーが、マスメディアの報道内容や報道姿勢に疑問を持ち、マスメディアに問い合わせ、それに対する返答をそのままネット上で報告するケースはいくらでもある。

 マスメディアの側はネットの言論をいまだに「フリーターやニートが適当なことを書いている」と見下している。

 しかし、その影響力はマスメディアが想像するよりもはるかに大きい。実際、WaiWai問題では、多くのネットユーザーが毎日のサイトに広告を出稿している企業に抗議電話をかけた結果、一時はネットの広告が全てストップし、本紙の広告にも影響が出た。リアルの世界に対するネットユーザーの影響力はここまで高まっているのである。

 ネットの登場、普及により、マスメディアの言論とネットの言論が等価値になり、言論のあり方がフラット化した。読者、視聴者のメディアリテラシーも格段に向上した。

 だが、長年「自分たちだけが報道する権利を持つ」という特権意識にあぐらをかいてきたマスメディアは、こうした時代の変化や問題の本質を理解できないでいる。ネットユーザーを見下し、恐怖し、憎悪しているだけでは、マスメディアはますますネットユーザーから不信感を抱かれ、批判を浴びるのは当然だ。



(私のコメント)
「新聞を読まなくなった日本人」のグラフで見るように、若い人の新聞離れが進んでいる。これは日本ばかりでなく世界的現象なのですが、今年あたりは日本でも経営危機に直面する新聞社が出てくるだろう。新聞社が時代の変化に適応できないからですが、従来のようにニュース報道の独占機関ではなくなっている。テレビやラジオは自社の系列化に置く事によって取り込むことが出来ましたが、ネット対応が遅れている。

もちろん新聞社も自社のサイトを開設してニュース配信を行なっていますが、なかなか有料化して、さらに広告収入を得るビジネスモデルが確立できない。新聞、テレビ、ラジオは媒体が限られるから競争も限られたものであり、広告収入も得やすかったが、ネットの世界ではあまりにも競争相手が多すぎて独占的商売が出来ない。

ネットなら顧客対象を絞った広告が打てるから効率のいい広告が出来るし、口コミ広告といった新しい手法も取る事ができる。最近のテレビなどを見ていると「詳しい事はウェブでどうぞ」というCMが多くなった。新聞にしてもテレビにしても広告に載せる情報量が少なくてそうならざるを得ないのですが、ニュースでも同じ事が言える。

ネットはコストが安いから多くの情報を早く送ることができる。早くて安くて詳しければ誰もがネットの情報を頼るようになるのは当然の流れだ。しかし現在のマスコミはネットをフリーターやニートたちが勝手に書き込んでいるだけといった見方で馬鹿にしている。たしかにネットの中には玉石混合でゴミ記事も多いのですが、それらは注目もされずに消えて行く。

ネットも時間が経つにつれて、ブロガー達の能力も上がってきて、プロの新聞記者もかなわない様な書き手も出てきて、内容においてもマスメディアを凌駕するブログも増えてきた。アクセス数においては数百万部の大手新聞やテレビ局のニュースなどにはかないませんが、報道内容に疑問を持つ読者や視聴者が新聞やテレビ報道にクレームをつけるようになって、従来ならマスコミは無視をしていればよかったのですが、ネットを使って反撃し始めた。

日本においてはマスメディアは戦前においては大本営発表の広報媒体であり、決して世論の代弁者ではなかった。戦後においても記者クラブ制度で中央官庁の宣伝機関となり、その体質が変わっていない。GHQによる検閲制度は戦前の軍部の検閲と軍部の検閲と変わらず、GHQの検閲に協力してきた者達がマスコミや学界に入り込んできて、その体質は今も変わりがない。

16日にも書いたように、GHQは在日朝鮮人たちを被差別民族として優遇することで占領統治を正当化しようとしてきた。だから新聞記事なども米軍を非難する記事は見えない検閲によって抹殺されて、反日的な記事を書くことで占領統治に協力してきた。日本の首相が靖国神社を参拝するにも中国や韓国を炊きつけて出来ないようにしたのも反日新聞の功績だ。

若い人は新聞ばかりではなくテレビも見なくなり始めていますが、これもネットに占める時間が多くなってきたからだろう。特にネットでも動画サイトが既存のテレビ番組でも見ることが出来ないような多様な番組が見られるようになって、テレビを食ってしまっているのだろう。だからテレビ局も新聞と同じくネットを目の敵にするのでしょうが、ネットを取り込むことが出来ない。

新聞やテレビは報道媒体として独占的な地位を持つ特権階級だったのですが、ネットによって突き崩されてきている。情報の民主化がネットによって実現化されているのであり、既存のマスコミはローマ教会のような権力を失いつつあるのだ。ルターの宗教改革と活版印刷技術は深い関係があるのですが、ネットと情報の民主化も深い関係がある。

情報の民主化が行なわれるようになって真の国民世論がネットを通じて発表できるようになったのであり、戦前から現在に至るまでの情報統制社会は終わりつつある。だから新聞社が偏向報道をすればネットによって非難されるし、テレビが間違ったことを報道すればテレビ局の社長のクビが飛ぶ。まさにマスコミ受難の時代が来たのであり、マスコミは自己改革しなければ生き残ることは出来ない。

マスコミが盛んに民主党を応援して、麻生内閣の支持率が低いと偏向報道をするのも、裏にはいろいろと訳があるようだ。


経営破綻間近のマスコミに公的資金投入は必要ない 3月8日 私の主張

 J-CASTニュースによれば、資金繰りが悪化している大手企業を支援するために政府は2兆円の公的資金を用意していることが報じられているが、その公的資金による「融資」を求める企業は経済産業省による「産業再生法」の認定が必要になるとのことであり、経営破綻が心配され、それが適用される企業の中にテレビ局も浮上するという見方もあるとのことである。

 前述したように偏向マスコミの一つや二つが経営破綻したとしても国民生活に何の支障も生じることはないし、それがテレビ局であったとしても、ただでさえ見たくなるような番組を放送している訳ではなく、捏造報道が多いとなればなおさら、公的資金など投入しても無駄の何者でもなく、支援する必要性はまったくないと言えるだろう。

 ところで偏向マスコミによる凄まじい麻生叩きの理由が、ようやく明らかになってきたようであり、それは経営破綻間近のマスコミに対する公的資金の投入に麻生総理や自民党が反対していることがその理由らしい。だが民主党はマスコミからの要請を受け入れ、その条件として政権交代に向けて麻生内閣を批判して退陣に追い込むことであったようである。

 これが確かな情報ではないにせよ、不況によってスポンサーが付かなくなっており、また捏造報道や朝鮮ドラマなどに視聴者も呆れて信頼が低下し、さらにネットの普及もあることから、マスコミが業績を回復することはほとんどないと言って良く、であるから、経営破綻間近で公的資金の投入に迫られているマスコミが焦っているのは確かであろう。

 普段あれほど政府批判を繰り返していながら経営破綻間近だから公的資金の投入とは呆れてものが言えないが、報道の自由を守るために公的資金の投入は問題となるであろうし、そのような要請をすることも誤っているのではなかろうか。



(私のコメント)
このように国民の支持が得られないマスコミはゴミ製造機であり、最近の新聞紙は紙質が悪くてトイレットペーパーにもならない。このような偏向新聞が一つや二つ潰れても国民生活には何の問題も無いのですが、経営の危ない新聞社は公益資金の投入を求めているらしい。テレビ局も危ないところがあるらしいのですが、くだらないバラエティー番組ばかりやっているテレビ局などいらない。




当時ナチス支配下の地に住んでいたユダヤ人は約300万人なので600万人
を殺すのは物理的に不可能で、人類史上最悪の犯罪を作り上げたのです。


2009年3月17日 火曜日

現代史についての雑文その14 ホロコースト神話 3月7日 KNブログ

このように、「平和に対する罪」でもどうも雲行きが怪しくなってきたため、戦勝国側では、とにかくナチスはもう理屈抜きで信じられないくらい悪い奴らで、多少異常な手続きを使ってでも断罪しなければいけないという空気を作って、その上で裁判のシステムそのものを前例の無いほど戦勝国側に都合の良いものにして、戦勝国の罪を全部不問にしてしまおうと画策するようになりました。

そのために利用されたのが、ナチスがユダヤ人を計画的に100万人単位で大量虐殺してユダヤ民族の絶滅を図っていたというおどろおどろしい疑惑でした。そうした真偽の定かでない怪しげな噂は大戦中から戦時プロパガンダの一種として連合国側の国々で流布されていました。それを事実であるかのように偽装することにしたのです。

実際はナチスは1942年以降はユダヤ人を強制的に主に東欧の各地に設置した強制労働収容所に集めて、そこで対ソ戦用の軍需物資を作らせていたのでした。それは強制労働の場であると同時に、対ソ戦争の勝利の後はユダヤ人をロシアの地に追放するための一時的収容施設でもあったのであり、後年言われているような絶滅収容所ではありませんでした。

ただナチスが過酷な環境で収容ユダヤ人をひどく非人道的な取り扱いをしたために、伝染病の流行などもあって50万人以上のユダヤ人が病死や過労死、虐待による暴行死などしてしまったのは事実で、これはこれで極めて非道で許されざる人権抑圧事件なのですが、戦後言われたようなガス室や焼却施設などで計画的に処刑をしていったようなものではありませんでした。

ナチスがユダヤ人を迫害しており、収容所に叩きこんだりしていることは連合国側でも知られており、そうした噂に尾ひれがついたような大袈裟な話が大戦中から流布されており、それは毎日大量にユダヤ人が銃殺されているとか、毒殺用の部屋があるなどという恐ろしげな話でした。

これらのユダヤ人収容所は大戦末期に連合国軍によって解放され、収容されていたユダヤ人たちは救いだされておりましたが、これらの収容所はソ連軍占領地域に多く、ソ連軍はこの収容所の実態を隠した上で、反ナチス宣伝のために、これらの収容所でユダヤ人が大量処刑されていたという誇大な嘘を言い立てていました。

そこで戦勝国側はこうした噂話を極大化して、ナチスがユダヤ民族の絶滅を図って強制収容所で膨大な数のユダヤ人を処刑し続けていたという物語を作り、これを「人道に対する重大な挑戦」と位置づけ、人間の尊厳を守るために断固としてこのおぞましい犯罪と戦わなければならないと大いに人々を扇動し、ニュルンベルク裁判をこうした「人道に対する罪」という今までに存在しなかった特別の罪状を裁く「人類の法廷」であると定義して神聖化し、このような人類史上稀に見る極悪犯罪を裁く法廷はかつて存在しなかった特別なルールに則ったものでなければいけないと強弁したのでした。

こうして作られたニュルンベルク裁判のルールにおいては、ナチスによるこうした極悪の犯罪行為を裁くことが決して疎かになってはいけないという理由から、ナチスの犯罪のみを裁く場とされ、ナチスの犯罪を相対化したり相殺してしまうような戦勝国側の犯罪は免責されるものとされました。

その法的根拠として、ドイツは無条件降伏したのであるから、未だ講和が結ばれていないドイツと戦勝国の間は未だ戦争状態が継続しているのであり、それゆえニュルンベルク裁判は戦争行為の最後の段階である国際軍事裁判であり、例外的な裁判なので従来の裁判のルールに縛られないとしました。

戦勝国による軍事裁判であるのだから、ドイツは戦勝国の捕虜の立場にあり、戦勝国が自らの管理下の捕虜であるドイツを裁くことは合法であると解釈されました。そのため裁判官は戦勝国の人間のみによって構成されており、戦勝国が敗戦国を裁くという、著しく公平性を欠いたものとなりました。これは厳密には正式な裁判ではなく、戦勝国による政治ショーでした。

また、検事や尋問官や裁判スタッフなどにはヨーロッパにおいてナチスに迫害されてアメリカに亡命し、アメリカ国籍を取得したユダヤ人が大量に紛れ込んでおり、この裁判は極めて陰湿で不健全な復讐裁判の様相を呈しました。被告の自白はほとんどが逮捕や尋問の際の拷問によって得られたもので、自白を得るためでなくても拷問は日常的に行われていました。

また、被告の家族を人質にとって、家族に危害を加えるという脅迫によって自白を引き出すこともしばしばでした。もちろんこうした拷問や脅迫によって得られた自白に真実性は乏しく、最初から外国語でタイプ打ちされた供述書の署名欄に無理矢理サインさせられるようなものがほとんどでした。

そもそも新たに罪状に含められることになった「平和に対する罪」「人道に対する罪」は、この裁判において新たに発明された罪であり、刑罰というものは犯罪行為が行われた時点で存在した罪に対してのみ科せられるという「法の不遡及の原則」が近代法においては大原則として存在するのですから、ニュルンベルク裁判はこの大原則に完全に反しています。この一点だけでももうこの裁判は近代的な裁判の体をなしていないといえます。

さらに言えば、この裁判には被告となったナチス高官に一応は弁護士もつけられましたが、弁護活動は起訴事実に関することだけに限定されており、それ以外のこと、例えば戦勝国側が犯した戦争犯罪や侵略行為など、要するに連合国に不利になるような内容について言及することは禁止されました。

また、検察側スタッフは裁判資料を自由に閲覧出来たのに対して、弁護側は裁判資料を閲覧することは許されず、検察側の証人への反対尋問の機会もほとんど与えられませんでした。一方、弁護側の証人はいきなり不当な理由で退廷させられたり出廷を禁じられたり、脅迫を受けて出廷出来なくなったり文書を押収されたり検閲されたりすることが多々ありました。このように裁判所スタッフもグルになって淫靡な形で集団リンチのようなものが行われていたのが実態でした。

また、証拠の採用基準というものが存在せず、法廷に提出された証拠は戦勝国によって構成される裁判官の恣意によって取捨選択され、大抵は被告側の提出した証拠は却下された一方、連合国の当局やソ連の人民委員会などによって提出された証拠は捏造された紙切れでもなんでも、全く何の証明も必要なく、フリーパスで採用されていきました。

例えば1939年にソ連軍がポーランドを侵略した際にポーランド軍将校捕虜4000人余りをカチンの森に連行して虐殺し埋めた犯罪を、1941年にドイツ軍によって行われた犯罪だとする捏造報告書がソ連によってニュルンベルク裁判に提出されましたが、これもフリーパスで採用されました。

これが実はソ連軍による犯罪だということはアメリカ軍は知っていましたが、ルーズベルトはその事実を隠蔽するよう指示し、真実を告発しようとした米軍将校がサモア島に左遷されるという事件もありました。さすがにアメリカやイギリスはこの明らかな捏造を支持せず、この事件はニュルンベルク裁判ではまともに審理はされませんでしたが、ソ連の捏造を非難することはなく、こんな明らかな捏造文書ですら証拠としては採用されてしまっているのであり、まぁその程度の法廷であったということです。

しかし、カチンの森事件がニュルンベルク裁判で審理されなかったのは、それが単にソ連の犯罪を隠蔽するための捏造であって、ナチスの犯罪性の証明において主要な要素ではなかったからです。この異常なる「人類の法廷」の数々の逸脱行為を正当化する根拠となっている、「ナチスによる人道に対する重大な挑戦」の基幹部分を立証するための捏造に関しては、連合国はちゃんと一致団結して莫大な情熱を傾けたのでした。

それがユダヤ人大量虐殺事件、いわゆるホロコーストで、実際は強制労働収容所で過酷な労働を強いられたためにナチスによって殺されたユダヤ人の人数は50万人以上、多くても100万人には達さない程度なのですが、それがニュルンベルク裁判に持ち込まれた段階では、「ユダヤ民族の絶滅を企図したヒトラーの指令によって600万人のユダヤ人が絶滅収容所で青酸ガスなどを使って計画的に虐殺されていった」という壮大かつ残酷極まりない物語に発展していました。

このような史上例のない凶悪犯罪を裁く法廷であるからこそ、史上例のない(少なくとも近代文明の法体系下においてだが)ほどの残酷な集団リンチのようなこのニュルンベルク裁判という代物もやむをえないものとして許容されていたのです。

しかし、まずユダヤ人を計画的に大量殺害して民族絶滅に至らしめるというヒトラーやナチス上層部からの、いやそれ以外からのものも含めてその類の指令書、その他関連文書などは現在に至るまで一切発見されておりません。また連合国の主張する絶滅収容所なるもののリストのうち、幾つかは稼働していた時期が被告や証人の自白によって得られた証言にあるものと違っていたり、そもそもそんな収容所は存在していなかったり、大量虐殺用のガス室などの施設が存在していなかったりしており、最も主要な施設とされたアウシュヴィッツの収容所はソ連軍が管理して一切部外者を入れなかったためにソ連から提出された報告書の内容のみが事実と認定されました。しかし後年の調査でやはりガス室のようなものは無かったし、遺体を焼く焼却炉も大量虐殺のペースに追いつくようなものではなかったということが判明しています。

関係者の証言も拷問によって得られたものや、明らかなスパイによる証言など、およそ信憑性のあるものではなく、そもそもその殺害の手口とされた青酸ガスによる殺害方法はおよそ現実的なものではなく、もはやニュルンベルクで言われていたような意味でのホロコーストというものは捏造であると断定していいでしょう。戦後から現在に至るまでヨーロッパではこのホロコーストを検証する議論自体が法律で禁止されていますが、だいたいは議論自体を禁止する場合は、禁止する側の言い分のほうに信憑性が無いというのが通例です。

このホロコーストの神話は、カチンの森事件をドイツ軍の仕業とする証拠が正当であると認められた程度のいい加減な法廷において、同じようないい加減な手続きで正当だと見なされた程度の証拠から生まれた神話であり、それ以外にホロコーストを真実だと立証する証拠はそれ以降1つたりとも見つかってはいません。

ナチスドイツの作った強制労働収容所に連行されたユダヤ人たちが過酷な環境で重労働を強いられて、不衛生な環境下での伝染病の蔓延などもあって50万人以上が殺されたのはナチスドイツによる極めて悪質な犯罪行為であり、これだけでも現代を生きる私などには十分に「人道に対する重大な挑戦」だと思われますが、当時の戦勝国の指導者たちはそれだけでは十分ではないと思ったのか、非現実的な御伽話のような嘘を真実の上に塗りたくって、逆にその真実性に傷をつけてしまったのでした。おかげでナチスの犯罪を免罪しようという言論に妙な正当性を与えてしまっているのが現状なのです。

何故、彼ら戦勝国の首脳たちはそんな余計なことをしてしまったのかというと、単に敵対する集団を収容所に入れて重労働させて大量に殺したりする程度の事は彼ら自身もいくらでも身に覚えはあり、むしろ彼らのしでかしてきた数々の「戦争犯罪」「平和に対する罪」「人道に対する罪」の中では他愛ない部類に属する程度のものであり、そんな程度の罪をもってナチスの犯罪のみを人類史上最悪のものとして持ち上げて、自分達の犯罪を隠蔽するには不足していると判断したからでした。

これは全く正しい判断であったと思います。何せ彼らは、第二次大戦の期間中だけでもナチスドイツの何十倍もの強制収容所を国内に作り国内外から強制連行してきた数千万人の人間に奴隷労働を強いて数百万人を殺したり、無差別絨毯爆撃によってドイツと日本で80万人も民間人を殺したり、原子爆弾を投下して2日で30万人の民間人をむごたらしく殺したりして、れっきとした「人道に対する罪」を犯していたわけですから、こんな程度のナチスの犯罪行為ではそれらの印象を薄くして隠蔽することは難しかったでしょう。

当時、最も残酷な兵器だとされていたのは毒ガスでした(原子爆弾は一般にはまだそれほどメジャーな存在ではなかったのです)。だから、ナチスによるユダヤ人強制収容所における大量虐待死事件という事実に、毒ガスという要素を加えてより残酷な装いを施し、更に犠牲者の数を600万人という天文学的数字(当時ナチス支配下の地に住んでいたユダヤ人は約300万人なので600万人を殺すのは物理的に不可能)に膨れ上がらせて、人類史上最悪の犯罪という神話を作り上げたのです。

この神話を戦勝国の強権で大々的にプロパガンダして、自らの「人道に対する罪」に関しては徹底的に情報操作で隠蔽し、そうした情熱的な努力があってこそ、この常軌を逸した無茶苦茶な裁判という名の茶番、いや政治ショーが成立し得たのでした。


(私のコメント)
日本人は戦後教育のおかげで、日本史や世界史における近現代史をほとんど知りません。小学校から高校までの歴史教育は明治維新で終わってしまって、近現代史は三学期の終わりごろに駆け足で通り過ぎてしまう。だから現代に日本人の多くは大正時代や昭和初期のことはブラックホールになってしまっている。

戦後間もない頃は、大正時代や昭和初期の事は皆が生きていた時代ですから皆知っていた。しかし最近になると大正時代や昭和初期の事を知る人は僅かになり、その頃の証言を得る事が難しくなっている。しかし戦前に生まれ育った人は大東亜戦争の敗戦のショックで茫然自失となり、戦前や戦中の事はあまり話したがらない。

話せば、「なぜ負けると分かっている戦争を始めたのか?」と問われて答えに窮してしまうからだ。さらに当時の状況は新聞などもプロパガンダ一色であり、大本営発表のニュースは嘘ばかりだった。だから戦後のGHQが流すプロパガンダに簡単に騙されてしまった。その影響は現在まで続いており、だから真実の歴史教育がなかなか行なわれにくい状況になってしまった。

中国人や韓国人などから日本人は近代史を知らないとお叱りを受けるのですが、戦前から戦後に至るまでプロパガンダにだまされ続けたのだから、近現代史を胡散臭く思うのは仕方がないのだろう。南京大虐殺にしても従軍慰安婦にしてもプロパガンダだと思うのですが、当事者の兵士や日本人慰安婦はなぜ証言しないのだろう? 実際には無かったから証言しようが無いのだろうか?

昨日も書いたように戦勝国は日本をナチスドイツと同一視して東京裁判を開きましたが、ドイツのニュルンベルク裁判はナチスドイツは消滅しており、戦勝国で裁判を開くしかなかった。国家が消滅しているから講和もしようが無く、戦時捕虜を裁く戦時裁判となった。

ところが東京裁判は日本政府が存在しており、その点がニュルンベルク裁判と異なるのであり、日本政府は戦勝国だけによる裁判に対して抗議はしたが法廷によって却下されてしまった。本来ならば日本人戦犯は日本政府の手によって裁かれるべきであり、戦勝国だけによる裁判は単なる報復になってしまう。

イラク戦争では、サダム・フセインはイラク政府の裁判によって死刑になりましたが、米英の裁判官がサダムフセインを裁けばフセインは英雄になってしまう。だから戦勝国による東京裁判で極刑に処せられた東条英機や廣田弘毅は靖国神社に祀られて、永代にわたって国のために殉じた英雄として祀らなければならない。だから東京裁判では1人ぐらい日本人裁判官を入れておくべきだったのだ。

日本政府が存在していながら、日本人戦犯を戦勝国だけで裁くという事は不当であり、日本政府は連合国の戦争犯罪も取り上げて裁かせるべきだった。大東亜戦争は日本軍への無条件降伏であり、日本政府は連合国に無条件降伏したわけではない。だから不当な裁判は日本政府は厳重抗議すべきであるのですが、敗戦ショックで日本の政治家は腰抜けになってしまった。

その状況は今でも続いており、学校の歴史教科書にも反映している。だから中国や韓国などから歴史問題について抗議されると日本の政治家は事実を確かめようともしないで謝罪と反省を繰り返している。まさに戦後における日本の近現代史はタブーなのであり、事実を解明して明らかにする事は戦勝国に対する反逆行為になってしまう。

この事は日本ばかりではなく、ドイツに対しても戦勝国は徹底的な歴史改造を行なって、600万人のユダヤ人大虐殺についても、歴史的な検証を行う事は許されていはいない。ユダヤ人の大虐殺については、私はよく分からないのですが、対戦中に多くのユダヤ人強制収容所が作られて多くのユダヤ人が死んだことは知ってはいても、ユダヤ人を殺す動機が良く分からない。

戦争中なのだから1人でも多くの兵士や労働者の動員が必要であり、ユダヤ人を殺すよりも労働者として兵器などの生産活動に従事させていた方が合理的だ。ガス室で殺して遺体を焼却すれば多くの燃料もいる。ユダヤ人がナチスドイツにゲリラ的抵抗をしていたのなら殺すことはありえるが、ユダヤ人が大規模な組織的抵抗した事はない。

KNブログで書かれているように、強制収容所で過酷な労働を強いたのだから、多くの死者が出た事は間違いが無い。不衛生な環境では伝染病などが流行って多くの病死者も出ただろう。大戦末期になれば食料なども無くなって餓死者がかなり出ただろう。しかし600万人が虐殺されたというのは本当なのだろうか? 当時のナチの占領地域ではユダヤ人は300万人程度だとするならば辻褄が合わない。

同じような事は、南京大虐殺にも言えるのですが、戦争が行なわれた南京市に30万人も残っていたのだろうか? 占領した日本軍に30万人も殺せるだけの武器弾薬があったのだろうか? 中国では南京大虐殺の記念館を中国全土に作って展示していますが、日本政府は事実を解明して抗議すべきなのだ。しかしそれが出来ないのは戦勝国によって作られたプロパガンダを覆すことになり、アメリカをはじめとする戦勝国はそれを恐れている。

むしろ連合国のほうが、日本市民への大虐殺を行なっており、3月10日の東京大空襲では10万人もの人が亡くなっている。広島長崎への原爆投下など連合国は50万人もの日本の非戦闘員を殺しているが、東京裁判ではこれらは却下されて封じられてしまった。ニュルンベルク裁判でも同じであり、連合国が行なった虐殺行為を覆い隠す為にユダヤ人大虐殺が捏造されたのであり、アウシュビッツの収容所だけでも400万人が殺された事になっていますが、最近では150万人に修正されている。


「400万人」が「150万人」に訂正された「アウシュヴィッツ記念碑」

1990年7月17日付のポーランドの連帯系の『選挙新聞』が、「アウシュヴィッツ収容所博物館」による調査結果として、400万人に上るといわれたナチス・ドイツの「アウシュヴィッツ収容所」の犠牲者は、じつは約150万人レベルだったことが判明したと発表した。

同博物館の歴史部長によると、調査で確認された犠牲者の数は計約110万人。内訳はユダヤ人が96万人、ポーランド人7万5000人、ジプシー(ロマ)2万1000人、ソ連兵捕虜1万5000人など。死のキャンプからの生還者は22万3000人だったという。

また、イスラエル共和国の「ヤド・バシェム・ホロコースト記念館」も、実際は100万程度であるとして、下方修正した。さらに、同記念館のイェフダ・バウワー教授は、「ナチスが人間の脂肪から石鹸を作ったことはなかった」と発表した(1990年)

このことは、日本国内の一般人にはあまり知られていない事実である。


犠牲者数が「400万」から「150万」に
訂正された「アウシュヴィッツ記念碑」

見てお分かりのように、しっかり
「ONE AND A HALF MILLION」と刻み直されている





戦後の在日朝鮮人差別は、米軍がナチスと日本を無理に同列に扱おう
として、ユダヤ人と朝鮮人を同一視するという愚を犯した結果なのです。


2009年3月16日 月曜日

現代史についての雑文その16 ドイツと日本2 3月12日 KNブログ

1910年に日韓が合邦して以降、朝鮮半島も日本の一部になりましたから日本には日本人と朝鮮人が住んでいるという形になりました。また、朝鮮人はよく日本列島方面にも出稼ぎに来ていたので、一部では日本人とも雑居するようになっていました。そうなると日本人と朝鮮人の間でトラブルなども起きるようになってきました。台湾人も同様に日本の領土内に住んでいましたが、台湾人は数も少なく日本列島方面にそんなに来ていませんでしたし、(日本による統治初期を除いて)日本人とトラブルもあまり起こしませんでした。

どうして朝鮮人と日本人の間のほうがトラブルが多かったのかというと、文化的摩擦が多かったということなのでしょう。まぁ要するに長年かけて育んだ文化があんまり相性が良くないのでしょう。こういうのは仕方ない話で、確かに戦前から日本人の中には朝鮮人を嫌う人は一定数いたし、朝鮮人の中にも日本人を嫌う人は同数程度いたことでしょう。しかしこれらは所詮は個人的トラブルで、人種差別や民族差別というほどのこともなく、全体としては大きな衝突も無く良好な関係にあったといえます。

しかしアメリカはこの日本人と朝鮮人の些細なトラブルを何十倍にもイメージを膨れ上がらせて、「朝鮮人が日本軍閥政府によって奴隷的境遇に置かれて苦しんでいる」という話にしてしまいました。これはアメリカの亡命していた独立運動家の李承晩らの主張が反映されているともいえます。

独立運動家といっても旧朝鮮王朝期の既得権層の系譜を引く者がテロリスト化したものや共産主義者の山賊のような者ばかりでしたが、李はキリスト教徒で、アメリカ人というのはキリスト教徒ならシナ人でも朝鮮人でも友人と思ってしまうので、彼を信頼したのでしょう。しかしやはりそれだけではなく、日本政府がナチスの同盟者らしく人種差別政策を行っているということにしたかったのでしょう。こうした見解はカイロ宣言の頃から公式に出てくるようになります。カイロ宣言では「朝鮮が奴隷的扱いを受けているので日本から独立させる」という方針が表明されています。

そして終戦となり米軍は日本に乗り込んでくると、ナチス政権下におけるユダヤ人の役回りを朝鮮人に演じさせようとします。「日本政府による酷い差別政策から米軍によって解放された可哀そうな人達」というわけです。可哀そうな人達なのですから優遇してあげないといけませんし、もう日本人によって朝鮮人が奴隷化されないように米軍が守ってあげないといけないのです。つまり日本人よりも朝鮮人(ついでに台湾人も)を優遇する方針を打ち出したのでした。そして日本軍閥政府がいかに残酷に朝鮮人を差別してきたかをしつこくプロパガンダで流して、軍閥政府の悪辣さを訴えました。

しかし実際は差別政策など存在していなかったのですから日本人から見ればこんなものは不公正なえこひいきでしかありませんでした。朝鮮人のほうでも戦勝国であるアメリカが後ろ楯についてくれたということで調子に乗って、戦勝国民と自称して無法なことをやり出す輩も出てきて、米軍はこれを取り締まろうとしなかったので日本政府も遠慮して朝鮮人の無法行為は野放しになり、ますます日本人の反感は大きくなり、米軍や政府にはなかなか逆らえないので、朝鮮人への嫌悪感情ばかりが膨れ上がっていくことになりました。これによって、むしろ戦後になってから在日朝鮮人差別が激しくなっていったのです。

また、このような状況になったことで米軍も余計に朝鮮人を守らねばならなくなり、ますます、いかに日本が朝鮮人に酷いことをしてきたのかということを強調してプロパガンダしていくようになり、これが戦後の言論界や教育界、マスコミなどの絶対的方針となってしまうことになるのです。こういう馬鹿げた騒ぎが無ければもっと日本において日本人と朝鮮人は仲良く暮らしていたと思うのですが、これも全て、米軍がナチスと日本を無理に同列に扱おうとして、ユダヤ人と朝鮮人を同一視するという愚を犯した結果なのです。

結局、敗戦後ドイツにおいてナチスだけを悪者にする目的で行われたプロパガンダの手法を日本でそのままやろうとしても、日本の実情に合っていないので、このように現実とズレまくった滑稽なことにしかならないのです。

「軍閥」などという戦国大名のような勢力は昭和の日本には存在しませんでしたし、その軍閥が暴力で日本政府を乗っ取ったなどという歴史的事実はありませんでした。だいいち日本は専制国家ではなく民主主義国家であり、選挙で選ばれた議員がいて、国政をチェックしていましたから、軍閥程度が好き勝手など出来るわけがない(ただ軍令が政府から独立しているという制度的欠陥はあったので軍事作戦が暴走することはあった)のです。軍部の中枢を占めていたのはただの軍事官僚で、狂信的なカルトの信者などではありませんでした。

だいたい神道には世界征服の教義などありません。死を精神的に克服するのはどの宗教でも共通の目的であり、神道は殊更に復讐の聖戦を訴える血に飢えたカルトなどとは違います。天皇は絶対神と同一ではありませんし、そのような認識も存在しませんでした。国家が神道を政治的に利用しようとしたこともありません。また日本政府は朝鮮人を絶滅させようとしたり奴隷化しようなどとはしていません。

勝手に日本に出稼ぎ(ちなみに違法)に来た朝鮮人が日本人とトラブルを起こしていただけで、そもそもユダヤ人差別のような深刻な差別など存在していませんでした。当時の共産主義者は暴力革命を肯定するテロリスト集団で、その活動を取り締まるのは言論弾圧などではありませんでした。だいたい日本では言論活動のために刑事罰を受けるような制度は存在していませんでした。

こうした当時の日本人なら誰でも知っている現実を全く無視したような荒唐無稽なプロパガンダを維持していくためには、米軍はドイツの場合とは比較にならないほどのエネルギーを費やして言論統制に励むしかなかったのでした。つまり、明らかに嘘だと分かっていることでも、白を黒だと言いくるめてしまう、いやもう強権で押し通してしまう必要が生じてくるのです。

なんてことはない、戦時中に日本政府や軍部がやっていたのと同じような言論統制を米軍もやったのでした。彼らのやろうとしているプロパガンダに都合の悪い情報が出来るだけ日本人の目に触れないように大規模に検閲を行って情報を操作したのです。そのために戦前に日本政府が作り上げたマスコミ統制システムがそのまま活用され、日本のマスコミは米軍の監督下で日本国民を騙し続ける工作機関と化し、日本国民や日本政府が米軍の情報統制から外れないように監視することになりました。これが戦後日本マスコミの独特の言論スタイルや報道スタイルに繋がっていくのです。

こうして戦後、米軍の指令によって日本マスコミは嘘情報を垂れ流し続け、真実の情報を隠蔽し続けました。逆らえば潰されるし、そもそも逆らうことが出来るシステムではありませんでした。また、彼らはもともとそのように隠蔽したり騙したりするために日本政府によって作られた機関なのであり、真の意味でのジャーナリストなどではありませんでした。そういうジャーナリストは大正期の終わりに日本からはいなくなっていたのです。だから雇い主が日本政府から米軍に変わったところで、彼らのやることは同じであったのでさしてその職務に抵抗はありませんでした。

また、占領軍は、まぁ戦時中あれほど非道を行い占領後もこれほど酷いことをしていれば当然なのかもしれませんが、日本人の復讐を本当に恐れていたようで、私文書の検閲や書籍の焚書まで大規模に行っていました。それだけでもナチスやソ連と大差無い酷さなのですが、いや、だからこそなのでしょうが、これらも秘密裏にやっていました。

問題はその日本人協力者です。これはかなり教養があって秘密厳守が期待出来る人間でないと務まりません。ついでに言えば自己保身や立身のためには同胞を裏切って平気な価値観を持った人間です。つまり学者です。

そこで占領軍は、占領軍の方針にとって都合の悪い学者(つまりまともな学者)は公職追放してしまって国立大学から追い出し、後釜に若い研究者や無能な研究者を据えて教授や助教授にして取り込み、こうした検閲や焚書をやらせたのです。こうなるともう彼らは逃げられません。逆らえばせっかく手に入れた学問世界での地位を失うからです。それに、このような卑劣な行為を行っていたなどとバレたら日本国民に殺されかねません。だから彼らは秘密厳守に努め占領軍と一体化していきました。

よって彼らの主張は占領軍の作った与太話そのものとなっていき、その与太話を学問的に補強するエセ学説を積み重ねていくことになりました。こうしてニセ学者が日本では大量生産されていき、特に検閲や焚書の協力者は文系の学者に多かったので戦後日本の文系の学者はお話にならないくらいの低レベルとなってしまったのです。その点、理系は救われて、かなりの業績を戦後も挙げることが出来ました。

この戦後日本で大量に生まれた秘密検閲官上がりのニセ学者たちがマスコミと結託して占領軍の作った与太話をもっともらしく広め、大学では弟子たちに与太話を教え、与太話を真実だと思い込む馬鹿だけを可愛がり出世させて自分の子分としていったため、全国にニセ学者が大量増殖することになり、占領軍が去った後もこれらニセ学者たちは自らの暗い経歴は隠して与太話を正統派学説の地位にまで押し上げてしまったのでした。今更、あれは占領軍に言わされていた嘘でしたなどと言えば墓穴を掘ることになるので、死ぬまで嘘を押し通すしかないのです。そうなると学会の権威が正しいと言っている内容は学会の定説となり、しまいには全国の小中学校でもその与太話が大真面目に教えられるようになり、被害は甚大なものとなっていきました。

もちろん占領期から阿呆みたいな与太話はマスコミや学校などでも垂れ流されていたのですが、戦時中の現実を知っている人達はこんなマスコミの垂れ流す与太話など、当初はあまりにリアリティが無いのであまり相手にはしていませんでした。それでもしつこく地道にマスコミや学者がこうした報道や言論活動を続けていくことによって、特にこの与太話を政府も公式見解としていたため学校教育でもこうした与太話が教えられていくようになると、戦時中を知らない世代は次第にこの与太話を信じるようになっていき、いつしかそうした戦後世代が社会の中核になっていくとこの与太話のほうが社会の支配的言説となっていき、そうして現在に至るまで、マスコミや学会が今の姿で生き永らえ続ける限り、大嘘ばかりの内容が垂れ流され続けているわけです。


(私のコメント)
戦後の7年間のアメリカ軍による占領統治で、日本の歴史は作り変えられてしまった。それでも戦後間もない頃は戦前戦中の事をよく知っている人ばかりですから、GHQがNHKなどを通じて「真相はこうだ」式の放送が行なわれても、実際はこうなんだよと言える人がいたのですが、最近では戦前戦中を知る人がいなくなり、GHQによって作り上げられたプロパガンダがそのまま通用するようになってきてしまった。

酷い例が小学校から大学にいたる歴史教育であり、目に見えないGHQの検閲に協力してきたインテリ階層が学校などの教育やマスコミに大量に採用されるようになった。戦前戦中の学者は公職追放でいなくなり、GHQの検閲に協力してきた人が入り込んできたのだから日本の歴史は大きく変わってしまったのは当然なのだ。

もともとドイツで行なってきた戦後処理を日本にもそのまま当て嵌めようとした事に無理があるのですが、ニュルンベルク裁判の日本版の裁判が東京裁判ですが、KNブログでも『ドイツ・フォーマットは「民衆と戦勝国を免責し敗戦国の統治階級を断罪するプロパガンダと言論統制を実施する」というものです。』と書かれているように、政府と国民とを分断して悪いのはナチスドイツであり国民は犠牲者だと言う刷り込みを行なった。

このような方針は戦後の占領統治をスムーズに行う為であり、ドイツも日本も戦前は民主国家ではなく、軍国主義的独裁国家であったと歴史を書き換えてしまった。確かにヒトラーのドイツは独裁主義でしたが民主的手段で選ばれた政府だ。日本においても普通選挙が行なわれて議院内閣制の政治が行なわれており、一部の軍部がクーデターを起こして権力奪取をしたわけではない。当時のドイツにしても日本にしても国民の圧倒的支持がなければ戦争など出来るわけがない。

昨日のテレビ朝日では「落日燃ゆ」のテレビドラマを放送していましたが、城山三郎の小説をドラマにしたものです。小説だからどこまで事実なのかは分かりませんが、なぜ廣田弘毅が死刑になる理由がぼかされて良く分からない。二時間半のテレビドラマだから全部を描く事は無理があるのですが、戦争回避派の政治家が軍部の強硬派を抑えきれなかった罪を問われた。

しかし当時は国民こそが最も強硬派であり、それだけ国民が怒ったのはそれだけの訳があるのですが、マスコミは一貫してその理由を言わない。当時の新聞などを見れば分かるのですが、今でも数百名の在留日本人が中国で殺されたら日本人は怒るだろう。アメリカ軍なども日本兵や一般の市民を250万人も殺しているのだから、日本人が復讐してくるのを一番恐れていた。

そうさせないためには戦勝国による日本人を徹底的な思想改造を行なう必要があり、大嘘で塗り固めた事実をでっち上げる事で東京裁判が行なわれた。東京裁判が裁判であるかと言えば裁判とは言えないのであり、廣田弘毅が死刑になったと言う事でも分かるように、廣田弘毅は戦争犯罪を犯したのだろうか? その事を日本国民はなぜ怒らないのだろうか?

多くの日本人は戦後の歴史教育で近現代史をほとんど知らないといっていいだろう。それに対して韓国人や中国人にとっては建国60年も経っていない国だから近現代史しか知らない。彼らにとっては国の始まりは日本に植民地であったり、日本軍に軍事占領されていた歴史から始まる。もちろん中国も韓国も紀元前からの歴史があるわけですが、その地域の歴史であり、韓国の歴史でもなければ中華人民共和国の歴史ではない。

アメリカ人もアジアの事はほとんど知らないし、ブッシュ大統領にしてもパウエル国務長官にしてもアメリカ軍が日本に民主主義をもたらしたと発言しているのには驚いた。だから日本で成功したのだからイラクを民主国家として開放すれば親米国家になると言ったとんでもない発想が生まれる。アメリカ人がアジアを知らない事はハリウッド映画を見れば分かりますが、そんなレベルのアメリカに戦争裁判を裁かれたのでは廣田弘毅も浮かばれない。

だからこそ戦後の占領統治では、ドイツフォーマットをそのまま持ち込んで日本をナチスドイツと見立てて処理してしまった。ドイツであまりにも上手く行ったので占領政策としてそれを持ち込むのは当然であり、ヒトラー=東条英機であり、廣田弘毅=リッペントロップに見えたのだろう。アメリカ人はドイツの事は多少は知っているからナチスドイツ=日本として占領統治に応用した。

その為には日本にもユダヤ人大虐殺に相当する事実をでっち上げる事が必要であり、人種差別問題を持ち出す必要があり、被差別民族として朝鮮人を日本人によって奴隷的に扱われたと言う神話を作る必要があった。従軍慰安婦問題はその典型なのでしょうが、現代のアメリカにおいても下院議会で日本政府に対する非難決議が行われた。つまり現代でも日本に対するアメリカ人の認識はその程度なのです。

GHQにとっても解放軍としての制裁を整える為には、日本および日本軍は悪でなければならず、在日朝鮮人は米軍によって解放されたという歴史を作り上げた。現代でもそれと同じ事をアフガニスタンやイラクで行なっていますが、米軍によってクルド民族や北部同盟などの少数民族が開放されて米軍が後ろ盾となることで、少数民族を救った正義の味方となることが出来るのです。

米軍が正義の味方である以上は被差別民族を優遇して、様々な特権を認めて日本の占領統治に利用した。その事がかえって日本人と在日朝鮮人との摩擦を呼ぶ事になり、戦前よりも戦後の方が朝鮮人差別が激しくなった原因だ。このような当時の日本人なら誰でも知っているような現実を無視したプロパガンダは日本人の反感を招いた。だからGHQは日本人の手紙などを開封して検閲していたのであり、私にもなぜ米軍が手紙まで開封するのかピンと来なかったのですが、世論操作がどれだけ効果があったか調べたかったのだろう。

戦前もそうであったように、戦後もマスコミは嘘を流し続けてきました。米軍に逆らえば新聞社は潰されるから協力せざるを得ないのですが、それが現代までも続いている。小沢一郎がアメリカにとってマイナスだと判断されれば検察とマスコミによって小沢一郎は処分される体制派今も変わってはいない。これは彼だけではなく自民党の首脳に対しても同じだ。

戦後に米軍が行なった公職追放は20万人にも及ぶ大規模なものであり、その影響は今でも続いている。だから自民党と言えども左翼政党なのであり、本当の保守政党は日本に米軍が駐留している限りは政権を持つことは許されてはいない。自民党の党是は憲法改正にあるのですが今でもほったらかしのままだ。そして田母神航空幕僚長が書いた論文で罷免された事実を見ても自民党は左翼なのだ。日本はあくまでも侵略国家であり犯罪国家で無ければならないと言うことを守らなければ、自民党内閣はアメリカに潰される

米軍による在日朝鮮人優遇政策も今でも続いており、パチンコ業界も在日朝鮮人に特別に認められてきた。最近の新聞記事にもこのような記事があった。


パチンコをやめろ/高山正之(ジャーナリスト) 2月20日 高山正之

マッカーサーは戦後の日本で過去に例のない専制と独裁政治を展開した。

 彼はまず罪を犯した米兵への裁判権を日本に放棄させ、新聞が米兵の犯罪を報道することも禁止された。おかげで米兵は強姦も強盗もし放題、殺人も構わなかった。調達庁の調べでは占領期間中2500人が殺された。

 彼の占領政策の柱は、日本人の誇りを奪い堕落させ2度と白人支配の脅威にならないようにすることだった。そのために東京裁判で日本を侵略国家に仕立て、A級戦犯はわざと皇太子殿下の誕生日に死刑を執行した。横須賀港にあった戦艦三笠はいかがわしいダンスホールに改造された。

 日本では賭博は禁止だったが、マッカーサーは朝鮮人が国に帰還するまでのあいだ、パチンコ屋をやることを日本政府に認めさせた。

 賭けごとは日本人の堕落を促すと読んだためだ。さらに彼は、軍歌いっさい厳禁のなかでパチンコ屋に限って軍艦マーチを流すことを認めた。どこまでも日本を貶めた。

 パチンコで日本人を堕落させる計画は彼の期待以上にうまくいった。なぜなら朝鮮人は帰還しないでパチンコとともに日本に居座ったからだ。経営者の95%が朝鮮人という業界は、日本人の射幸心をあおっていまも年商20兆円を稼きだしている。

 対支那のODA総計6兆円をはるかに凌ぐ上がりは南北朝鮮を潤し、社民党への献金から北の核開発までを支えてきた。

 一方、日本ではパチンコ屋の駐車場で子供が蒸し殺される悲劇が続く。3年前の一斉巡回で56人の乳幼児が蒸し焼き寸前で救出された。借金漬けの主婦が売春に走り、景品交換所では強盗殺人事件が後を絶たない。

 松戸市の市営住宅で火事があり、3人の子供が焼け死んだ。23歳の母はそのときパチンコに熱中していた。マッカーサーの思うとおり日本人は堕落した。百害あって一利もない違法パチンコはまだ廃止もされず、悲劇を生みつづけ、南北朝鮮だけが笑っている。



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