株式日記と経済展望

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なぜ、銀行は大企業に貸し渋るのか。株価下落によって、自己資本
比率が大幅に低下しているからである。株価対策こそ景気対策だ。


2008年12月15日 月曜日

超優良企業にも「貸し渋り」! 知られざるCPパニックの深層 12月15日 週刊ダイヤモンド

貸し渋りに苦しんでいるのは中小企業ばかりではない。名前を聞けば誰でも知っている大企業ですら資金繰りの不安を抱えている。「相手は絶対につぶれない優良企業」なのに、なぜ大手銀行は貸せないのか。コマーシャルペーパー(CP)の市場崩壊で始まったパニックの深層に迫った。

 「うちに来ている融資要請だけで、地銀が2つできますよ」(大手銀行首脳)

 今、それほど巨額の融資申し込みが大手銀行に殺到している。本誌調査によれば、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほコーポレート銀行、みずほ銀行の4行だけでも合計20兆円を超えている模様だ。

 主役は大企業、それも超優良企業である。下の表を見てほしい。短期借入金が多い上場企業一覧で、トヨタ自動車、三菱商事、オリックス、東芝といった日本を代表する一流企業がずらりと顔を並べる。こうした大企業が資金確保のために大手銀行の門前に市をなしているというのだから穏やかではない。

理由は単純である。9月のリーマンショックによって、コマーシャルペーパー(CP)、社債といった直接調達市場が崩壊しているからだ。

 今年11月のCP残高(事業会社発行ベース)は13兆円弱。4月に比べて約3兆円も減った。一般事業債の月別発行額も同様で、4月の約1兆2000億円が11月には約3000億円にまで落ち込んでいる。機関投資家は、優良企業のCP、社債ですら買わなくなってしまった。

市場から短期資金を調達していた大企業は、やむなく銀行に駆け込んだ。とりわけ、米国子会社で自動車ローンを展開している大手自動車メーカーは、ドル資金の手当てに追われた。サブプライム問題で瀕死の欧米銀行からは借りるに借りられず、頼みの綱は邦銀しかなかった。

日産自動車は、メインバンクのみずほコーポレート銀行だけでなく、三菱東京UFJ銀行に対しても再三にわたって支援要請した。ホンダの融資金利(スプレッド)は約4倍に跳ね上がった。

 苦労しているのは自動車メーカーだけではない。最近、東芝は5000億円、オリックスは1000億円のコミットメントライン(融資枠)を設定した。一定の手数料を支払い、この枠内であれば何度でも融資を受けられる取り決めである。

 ところが、コミットメントラインを設定・更新するまでが、またひと苦労。某大手商社はメインバンクに計3000億円を超える融資を申し込んだが、「今回は“アンコミ”でお願いできませんか」と打ち返された。

「アンコミ」とは、アン・コミットメントラインの略で、ざっくばらんに言えば「口約束」である。いくら付き合いの長いメインバンクでも、口約束を信じて大船に乗ったつもりではいられず、この商社はメインバンク以外の銀行にも融資を打診した。

 ある大手銀行首脳は、取引先企業にこう警告を発しているという。

 「今年、今年度の問題ではありませんよ。社債償還等も含めて少なくとも来年12月越えの資金計画まで立てておかないと、何が起こるかわからない」

「ない袖は振れない」という
大手銀行の苦し過ぎる台所事情

 今年11月末における全国銀行貸出金残高は前年同月比3.6%増の400兆1279億円、約16年半ぶりの高水準を記録した。しかし、これでもなお大企業に対する「貸し渋り」は解消されてはいない。

 なぜ、銀行は大企業に貸し渋るのか。株価下落によって、自己資本比率が大幅に低下しているからである。株価下落の影響が最も大きい三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)を例にとって説明しよう。

 今年9月末におけるMUFGの自己資本比率は10.55%。期末の日経平均株価は約1万1000円の水準だった。ところが、その後、株価が急落、10月には一時的に8000円を割り込んだ。このとき、瞬間風速ではMUFGの自己資本比率は8%台にまで低下したと見られる。

 約1兆円の資本増強(実際には自社株価下落で7900億円しか調達できなかった)に踏み切ったが、本誌試算によれば、株価8000円なら10%割れもありうる状況。8660円(10日終値)近辺で、ようやく10%台を維持できる計算だ。 

 10%は死守しなくてはならない一線である。というのも、MUFGは米国でFHC(金融持ち株会社)としての認可を得たばかり。10%を下回れば、FHCの認可は取り消される決まりであり、信用にかかわる。

 では、どうするか。自己資本を増やすか、リスクアセット(その大半は貸出金)を減らすか。自己資本比率を引き上げる手段は2つに1つしかない。

開するためには、日本銀行がCP買い切りを決断するしかないだろう。

 12月3日、日銀は緊急政策決定会合で新たに3兆円規模の資金供給策を打ち出した。しかし、先述したように、銀行は自己資本比率対策で身動きが取れなくなっている。いくら銀行に資金供給しても、今のままでは市中に行き渡ることはない。

 FRB(米連邦準備制度理事会)は、すでに実質的なCP買い切りを実施しており、その金額は12月上旬で3039億ドル(約28兆円)に達している。言い換えれば、一国の中央銀行が私企業に対して30兆円近い資金を供給してきた計算になる。

 しかし、日銀の反応は鈍い。CP買い切りによって日銀のバランスシートが劣化することを恐れ、ひいては中央銀行としての独立性が失われることを危ぶむ。米国の現状を非常事態ととらえ、あえて中央銀行としての「禁じ手」に踏み出しているベン・バーナンキFRB議長に比べて、白川方明・日銀総裁は保守的に過ぎる。

 CP買い切りに関して言えば、一定の格付け条件さえ付ければ、「相手は絶対につぶれない優良企業」である。日銀のバランスシートが劣化する懸念は限りなく小さいと言っていい。

 後手に回れば、総選挙を意識する政府・自民党が騒ぎ出す。景気対策の一環として、CP買い切りのような非伝統的政策を迫ることにもなろう。そうなれば、独立性に固執する日銀は面子にかけて拒否を貫くしかなく、資金繰り不安はさらに増幅する。

 「まだ米国ほど深刻な状況にはない」(11月上旬の白川発言)などと言ってるあいだにも手遅れになる懸念は募る。



(私のコメント)
株式日記では当初から株価対策こそ景気対策であると書いてきました。しかし小泉内閣以降は財政再建を優先して景気対策が打たれなくなってしまった。麻生内閣でようやく財政再建より景気優先が打ち出されましたが、麻生氏が言っていた300万円までの株式配当課税の無税化は実施されていない。10年前の「株式日記」では次のように書いています。


株価対策が一番の景気対策 1998年11月11日 株式日記

今日も東京株式は小動きで始まりましたが、後場よりは銀行株が高くなり、ダウは210円高です。やはり銀行株が中心になって高くならないと、今の相場は始まりません。銀行株が高くなれば株を持ち合っている企業にとってもプラスです。かねがね言っている事なのですが、株さえ高くなれば信用の収縮やらの問題も片付きます。企業のCPも発行しやすくなりますし、高くなった株を売るだけでも資金繰りが楽になります。

株価が景気に一番効果が有るのはアメリカが証明しています。この事を日本の経済評論家はあまり指摘しません。マスコミも株価と景気の関係をあまり指摘しません。むしろ不景気心理をあおり、会社倒産の可能性を書きたて、株式にマイナスの事ばかり書きたてています。これではいつまでたっても株価は復活しないでしょう。


(私のコメント)
現在の日本では株式に投資している人はわずかであり、1500兆円の金融資産は安全な銀行や郵便局の預金に凍りついたままだ。しかし銀行などが大規模な不良債権を抱えて株価も値下がりしては自己資本がいくらあっても足らなくなります。以前は日本でもPKOで株式の買い支えをしていた時がありますが、現在の日本ではPKOは死語になってしまった。

株式買取機構も政府は積極的ではなく、トヨタの株が5%の利回りなのに株はずるずると値下がりしている。機関投資家もアメリカの投資銀行などに資金運用を任せて農林中金などは巨額の損失を出しているようだ。国民は安全な銀行預金をしていても預かった銀行は高い利回りのアメリカのファンドに投資をして、日本の株式運用には直接は投資していないようだ。

現在の株式売買のシェアは6割が外資が占めており、外資はワールドワイドに運用しているから円高で損失の少ない日本株を集中的に売っているようだ。アメリカのヘッジファンドも解約の続出で資金を捻出しなければ成らないからだ。

週刊ダイヤモンドの記事でもあるようにCP市場が機能しなくなって大企業も資金が調達できなくなって銀行への融資依頼が殺到しているようだ。欧米では金融市場が機能しなくなって中央銀行が債券やCPを買って資金供給している状態ですが、日本の銀行も株式の暴落で自己資本が手薄になってきた。

日本の政治はもっぱら官僚たちが仕切っており、経済対策も政治家は官僚に任せっぱなしだ。政治家は選挙が仕事であり政治は官僚の仕事となってしまっている。経済対策といっても財務官僚は財政再建しか頭に無いし、通産省は解体されて景気対策を行なう官庁がなくなってしまったから日本の景気は低迷しているのだ。

日本国会議員はイラクが何処にあるのかも知らないし、ロシアの大統領の名前も知らないほどの痴呆議員だらけだ。テレビに出ていてしゃべっている事でも官僚から説明された事をそのまましゃべっているだけで誰も耳を傾けて聞く人はいない。だから声ばかりが大きくなってバカばかり増える事になる。

それを選んでいるのは国民ではないかという批判もあるが、選挙では候補者の政策を聞くことも見ることもほとんど無く、インターネットが選挙に使えないのはパソコンも触れないほどのバカが国会議員にいるためだ。だから不公平だという事で、ネットが選挙に使えないという理由からも分かるだろう。立会演説会も禁止されましたが演説も出来ないような候補者に配慮したのだろう。これではより良い候補者を選びようが無い。

閣議では法案の内容が知らなくても流れ作業のように署名がなされて法案が成立して行く。これでは政治主導の政策が行なわれるわけも無く官僚主導の政治か行なわれて、役所は景気に左右されないから景気に無関心な官僚が多い。そして税収は税率を高めれば増えると思い込んでいる官僚が多い。これでは景気が良くなるわけは無い。

官僚は株式投資が制約されているから株式に関心のある官僚はいない。株式投資は実際にやって見ないと理論どうりには行かない事が分からない。だから株価が高い事がなぜ景気に良いことなのかが分からないのだろう。しかし株価が高くなれば銀行の自己資本が増えて融資余力が大きくなり市場に資金が供給される事になる。ところが日銀官僚は銀行に資金供給すれば融資が増えると思い込んでいる。

景気がここまで冷え込んできたら政府日銀が直接市場介入して、株でもCPでも買って直接介入しないと景気の梃入れにはならない。政治家は無能だし官僚は市場経済が分からない。アメリカのポールソン財務長官のように民間の会社のCEOを財務大臣にして景気対策をしないと良くはならないだろう。麻生総理は財閥の社長だったから分かっているのだろうが、なかなか政治の主導権が取れなくて立ち往生している。

しかし株式市場ではこのような時こそプロ中のプロの相場師が出てきて仕手株相場が始まりそうだ。日本の相場師はアメリカのヘッジファンドに売り潰されてしまいましたが、ヘッジファンドが壊滅状態の時こそ日本の相場師が復活する時であり、日本の株式相場師の夜明けは近い。


仕手株が復活した日。 12月15日 山本清治

(5)ヘッジファンドはヘッジ(空売り)のための株式を日証金に頼らない。信託銀行や生保から直接現物株を借りる。実弾を用いて割高な仕手株を売り崩すから、姿無き空売りを浴びて取り組みが悪化し、崩壊し、仕手筋は息の根を止められたのである。

(6)しかし今夏の株価大暴落を受けて世界中でヘッジファンド規制論が高まった。米国政府はヘッジファンドに無制限に資金を提供していた投資銀行の融資を禁止した。多くのヘッジファンドが倒産し、リーマンブラザーズが連鎖倒産した。ゴールドマンサックス等の投資銀行は普通銀行に転換してようやく生き延びた。日本では麻生首相が就任直後に真っ先に借り株を禁止したから、ヘッジファンドは最大のノウハウであるヘッジ売りが不可能となった。

(5)仕手相場は現在のように強弱感が鋭く対立する局面で発生しやすい。現に、日本の株式市場にはいま史上空前の空売りが積み上がっており、全上場株ベースでもカイ10に対してウリは7に達している。

(6)個別銘柄では株不足が続出し、日経新聞は日々の逆日歩を掲載する紙面がなくなったから日経ネットを見てほしいと読者に断っている。

(7)かくしてダイワボウに続く仕手株が続出する背景は十二分に成熟した。現在は、仕手相場は局地戦に過ぎないが、続出すれば「不景気の株高」を支援する。




デトロイトはどうして敗北したのか。とにかく消費者にクルマの本質的
な性能を見る目がないので、半端な性能のものが許されるのです。


2008年12月14日 日曜日

「日米自動車戦争の終結」 12月13日 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)

 経営陣の質と組合との歴史的経緯、この二点以外にもデトロイトの「敗戦」に至った構造的な原因はたくさんあります。まず、指摘できるのは、アメリカという風土の問題でしょう。広大な北アメリカ大陸は、確かに膨大な自動車の需要を生み出したわけで、正に20世紀の初頭に「流れ作業による内燃機関を使った移動車両の大量生産」という文明がこの地でスタートしたのは当然だと言えます。ですが、この広大な北アメリカ大陸には特徴があります。それはプレーリー(大平原)からグレートプレーンズへと続く巨大でフラットな空間を持っていたことです。

 この地域の「平べったさ」は昼間の大陸横断便などで上空から見ると良く分かりますが、本当に平らなのです。そのために、開拓の時代から農地開発も、都市開発も碁盤の目に沿った形で進めることができています。アメリカの地図を見ますと、この中部に関しては州境も、郡や市町村の境界も、そして高速道路網も全て碁盤の目になっています。その整然とした幾何学模様を見ていますと、この地で自動車による交通が発達したのは至極当然に見えるのですが、実はそこには大きな弱点がありました。

 それは、西部山岳地帯とアパラチア以外のアメリカの道路は、どこまでも真っ直ぐで真っ平らだということです。その結果として、アメリカには「ヘアピンカーブの連続」や「軽快に駆け抜けられる中速コーナー」などというものはほとんどないのです。ですから、ハンドルを回すのは車庫入れや駐車(それもだだっ広いので日本や欧州のような微妙なテクは不要です)と交差点の右左折、インターチェンジの出入りだけ。つまり、タイヤが外へ行くような遠心力を感じながら、あるいはタイヤがそれに耐えられずにクルマが内側に滑りそうなカーブをどう曲がるか、という問題はアメリカのドライビングにはないのです。

 また、アメリカの道路は警察力で治安が維持されています。一方で銃が野放しということもあって、高速道路を速度制限以上で暴走するクルマというのは「銃がらみの犯罪に関係して逃走している」というイメージにつながるわけで、厳重な取り締まりの対象になりますし、他のクルマも怖いので通報したりします。そして速度制限は低めに抑えられているので、全体的にクルマの流れは欧州や日本と比べるとスローです。ですから、クルマの高速性能も、急ブレーキの性能も余り要求されません。

 こうした条件下、アメリカのドライバーの運転技術は平均的にかなり低いと思われます。オートマチック車が早期に普及したことから、マニュアル変速機を使える人はほぼ絶無、パンクしたクルマをジャッキアップして緊急用タイヤに交換したり、バッテリーが上がった場合に、他のクルマから電源をもらって始動したりという、日本や欧州では当然ドライバーに求められる動作もできない人が多いのです。恐らくは急ブレーキを踏んでのパニックストップの練習や、横滑りを回避するカウンターステアといった安全面での基本動作なども、ダメな人がほとんどでしょう。

 とにかく「走る」「止まる」「曲がる」といった自動車の三要素に関して、極めて低い性能しか求められないのが北米の自動車市場なのです。では、アメリカのクルマが全くダメかというと、必ずしもそうではないのですが、とにかく消費者にクルマの本質的な性能を見る目がないので、半端な性能のものが許されるのです。勿論、アメリカの消費者が何でもいいと思っているわけではありません。荷物の収納具合、五人乗車時のスペース、あるいは六人乗り、七人乗りといった収容人員、更には飲み物を置くホルダーが人数分必要だとか、長旅の間にディズニーのDVDを子供に見せるための後席用の上映設備だとか、色々なニーズはあります。

 ですが、クルマの基本性能に関しては「消費者の厳しい目」が働かないのです。扁平タイヤや軽金属のホイールはファッションに過ぎないし、七段変速の最新式の自動変速機技術だとか、直6(ストレート6)かV6かというシリンダ配置の違いとか、最少回転半径だとか、ハンドリングのクセ、など日本やドイツの技術者が必死にチューンした付加価値も全く理解されることなく、単にベンツだからレクサスだからというブランドとしてしか消費されないのです。サスペンションのフィーリングも硬いとか柔らかいというだけで、コーナリングのロールやその粘りといった点は北米市場では全く関係ないと言って良いでしょう。

 そうしたことの積み重ねは、アメリカの自動車メーカーから、自動車の基本部品であるエンジン、サスペンション、トランスミッションといったジャンルでの技術開発力を失わせることになりました。どんなに付加価値を磨き上げても理解されないのであれば、研究開発をしろというのがムリであり、その結果として技術面での競争力を失った結果、ドイツ車や日本車と比較して、コストや信頼性という面でも歯が立たないことになったのだと思います。

 もう一つの面は、世界市場での切磋琢磨という感覚の欠如です。GMとフォードは、長い間、世界戦略らしきものを掲げて経営がされており、例えば欧州フォードとか、GMのドイツ部門であるオペルのクルマ、あるいは「フォードの生産拠点」であるマツダや起亜など、各地区ではそれぞれにいいクルマや安くて競争力のあるクルマができるようになってはいます。ですが、そうした国際市場での経験が、本体にフィードバックされていない、つまり欧州フォードやマツダの良い点が、アメリカでの製品に生かされないという問題があるのです

 これは縦割り組織の弱点と言ってしまえば、それまでですが、やはり世界最大の自動車市場であり、自動車ビジネスの発祥の地ということでの奢りがあり、世界各地のマーケットにいる消費者の厳しい目に鍛えられてきた付加価値が北米市場では生かされていなかったということでしょう。

 こうした問題は、非常に長期にわたってアメリカの自動車産業を蝕んできた病と言えるます。世界最大の自動車市場であることは量的には間違いないのですが、質的には最高の市場ではなかった、その市場特性が製品の付加価値への無理解につながり、長い間にイノベーションの差となって行ったのです。ビッグスリーの真の敗因はここに求めるべきでしょう。

 もう一つ、ここ数年のアメリカの市場では、巨大なSUVがブームとなり、一時的にアメリカ国産車が巻き返すという現象がありました。そこで、政府は優遇税制を設けたりしながら後押しをする一方で、各社は大規模な投資を行い、大量のSUVを供給したのです。ですが、この夏までのガソリン価格高騰で消費者のSUVへの熱は一気に冷え込んでしまいました。その結果として、特にリース期間の完了したクルマの価値が暴落して、中古車の膨大な不良資産化という問題が起きたのです。

 この点に関しては、911以降の人々の心理が背景にあります。例えば、実際にテロに襲われたNYの人々、特にマンハッタン島内に住む人は車を持たないことが多いので、実感はないようですが、NYとは全く関係のない中西部などでは「何が起きるのか分からないから巨大な戦車のようなSUVに守られていたい」という心理状態が蔓延したのです。GMの作っているハンマーというクルマが典型なのですが、燃費を犠牲にしても巨大な車体に重厚な艤装を施して、いわば「安心」を売り物にするというマーケティングに多くの人が乗せられたのです。

 ですが、2008年に入ってからは全く売れなくなりました。それは、燃費の問題がきっかけとはいえ、911以降の「身内の安全が最優先」という、いわゆる「セキュリティママ」的な心理状態が、時代の流れの中で正常化していったということがあるのだと思います。この点に関しては、技術というよりも世相を読んでのマーケティングの問題になるのでしょうが、デトロイトの計算ミスと言うことは言えるでしょう。

 そんなわけで、日米自動車戦争はここに決着をみたのですが、この欄で再三お伝えしているように、アメリカ側からの日本のイメージは史上最高といって良い状態にあります。ビッグスリーがここまで追い詰められているのに、日本車への悪口は全く出てこないばかりか、日本式の経営の良さを賞賛する声ばかりです。では、日本は、日本の自動車産業は安心しきっていて良いのでしょうか。当面は北米市場での自動車販売が低迷し、為替が不利になっているので自身の足元を見つめた経営が必要だとして、じっとガマンしていればデトロイトの自壊で巨大なシェアが入ってくる、それを待てば良いのでしょうか?

 私は、そう楽観もできないように思うのです。というのも、この間の「日本に対するアメリカの静けさ」というのには、どこか不気味なものがあるからです。何度かこの欄でお話ししたように、仮にオバマ就任後に一気に「環境エコノミー」が本格化するとしたら、それが日本への逆風にならないように細心の注意が必要でしょう。というのは、誰も一言も言わないながら「日本車に負けた」のは事実だからで、アメリカ人の心理の深層には「エコカーでは絶対に勝つ」という何かがあるように思うからです。



(私のコメント)
アメリカは自動車文明発祥の地ですが、アメリカでは自動車が無ければ生活が出来ない。日本なら鉄道やバスなどの公共交通機関が発達しているので自動車が無くても生活できますが、アメリカでは鉄道も未発達で路面電車なども廃線になってしまった。日本の高度成長が出来たのもアメリカに自動車を輸出できるようになったからであり、アメリカの景気が日本の景気に大きな影響をもたらす。

自動車はその国の基幹産業であり、大きな裾野を持った産業で、その国の工業レベルのバロメーターになるほどだ。アメリカの自動車メーカーは世界一の国内市場を持っているのだから質量共に世界一の自動車産業を持っていた。ところが戦後になってドイツ車が入ってきて、続いて日本車が輸入されるようになった。

当時の日本車は日本の悪路に合わせて作られていたので、アフリカのサファリラリーで優勝するなどの悪路に強い特徴を持っていた。アメリカのようにどこまで行っても舗装された真っ直ぐな道がある国ではない。だからアメリカに輸出された日本車はハイウェーでオーバーヒートでエンコしてしまう車が続出した。まさにメイドインジャパンだった。

しかし日本でも高速道路が整備されてきて、ドイツ車に負けない高速性能を持った車を作るようになって、ダットサンZなどの日本製のスポーツカーがポルシェと並んで売れるようになった。だから日本車は頑丈で故障が少なくて早く走るという事でアメリカの自動車のシェアを広げていった。

日本は平野が少なくて未舗装の山道が多いからハンドリングやサスペンションなども高性能が要求された。アメリカにおいては未舗装の悪路などは大排気量のSUVなどで走るようになり、険しい山の曲がりくねった道は少ない。しかし大排気量のSUVはガソリンをべらぼうに食うので石油高で売れなくなってしまった。

このような風土の違いがあるので、ビックスリーに対してドイツ車や日本車以上の車を作れと言っても無理があるのだろう。冷泉彰彦が指摘するように消費者の車に対する性能への要求はきわめて低いものであり、韓国車がアメリカでは売れているのに日本では韓国車を見かけることはほとんど無い。アメリカ人にとっては安くて走れば自動車は売れる。

アメリカ車の致命的な欠点はガソリンを食う事であり、ビックスリーはどうしても燃費のいい車を作る事が出来なかった。フォードなどはドイツフォードやマツダなどから省燃費の車を売っているが、GMやクライスラーはドイツ車や日本車からの技術導入が上手く行かなかった。

次世代のエコカー開発においてもビックスリーは熱心ではなく、新世代のジーゼルエンジンやハイブリッドカーの開発で遅れてしまった。しかしビックスリーが経営に行き詰まったのは自動車開発競争に敗れただけではなく、UAWの高コスト体質に問題があるのであり、自動車の組立工は他の部門に比べても1,7倍もの高い給料をもらっている。

私から考えればビックスリーの経営破たんは日本の自動車メーカーから見ればシェアを広げるチャンスではないかと思うのですが、自動車産業そのものが曲がり角に来ている。先日も県道沿いを歩いていたら長年経営してきたガソリンスタンドが店じまいをしていた。今年のガソリン価格の急騰でガソリンが売れなくなり、値段が下がっても売上げが回復しないのだろう。

近所のガソリンスタンドではガソリンがリッターあたり109円にまで値下がりをしています。石油の暴落や円高のせいもありますが、不景気でガソリンが安くなっても自動車を乗り控えるようになったのだろう。さらに金融も厳しくなってローンで車が買えなくなって自動車の台数も減ってきている。

アメリカの自動車産業はこのままダメになってしまうのだろうか? しかしアメリカは最大の自動車市場であることには変わりがなく、新しい自動車メーカーが出来てくるのではないかと思う。ガソリン自動車から電気自動車に変わることによってメーカーもガラリと変わってしまうのかもしれない。そうなるとトヨタやホンダも生き残っていけるかは保証できない。




山本五十六とは、決して戦場には出撃しない、現場指揮はとらない、
安全圏にいて自分の命を惜しむ、史上最低の高級軍人だった。


2008年12月13日 土曜日

連合艦隊司令長官 山本五十六の大罪』 中川八洋:著

第二節 怯儒に生きた"世界一の臆病提督"山本五十六

山本五十六とは、決して戦場には出撃しない、現場指揮はとらない、安全圏にいて自分の命を惜しむ、"卑怯"の二文字を絵に描いた、史上最低の高級軍人だった。連合艦隊司令長官でありながら、空母六隻を出撃させながら、パール・ハーバー奇襲の指揮を執らず、部下の南雲忠一・中将にそれをさせて、自分は瀬戸内海に浮かぶ「戦艦ホテル」で優雅な日々を過ごしていた。

一九〇五年五月の日本海海戦で、東郷平八郎が旗艦「三笠」の艦上ではなく、佐世保(長崎県)港に浮ぶ軍艦の一つで読書しながら、ただ吉報だけを待っていたなど、想像できようか。あるいは、一八〇五年のトラファルガル海戦で、「隻腕の大提督」ネルソンがロンドンから指揮を執っていたなど、歴史の旺としても考え付くものはいまい。。

しかも、バール.ハーバー奇襲は、山本五十六本人の発案である。自分が陣頭指揮を執るからと、海軍全体の了解を得たものである。ところがいざ出陣になると、山本は、「公約」を破り捨て、"率先垂範の指揮"という海軍伝統をも無視し、カード三昧の日々であった。

山本五十六は死刑 海軍刑法第四四条

一九四二年六月の、ミッドウェー海戦の場合はもっとひどく、山本五十六の指揮官としての臆病ぶりは、日本の戦史にも世界の戦史にも、こんな武将は前例がない。山本は、世界史上、〃最悪・最低の狂将"だった。織田信長や豊臣秀吉はむろん、徳川家康や黒田如水ですら、即座に切腹を命じただろう。山本五十六を「スーバー臆病」と断定してよい理由は、以下の通り。

第一は、ミッドウェー島攻略戦の発案者で最高指揮官でありながら、しかも戦艦「大和」に坐乗、、しているのにもかかわらず、空母四隻の前方二qにいるべき山本の「大和」が、あろうことか、この空母四隻よりはるか後方五四〇qに「逃亡=職場放棄」していた事実。

第二の理由は、四隻の空母の、三隻(赤城、加賀、蒼龍)が轟沈していくとき、山本五十六は、「遊び人」らしく将棋を差していた事実。前代未聞の「職務放棄」。この「職場放棄」と「職務放棄」は、海軍刑法第四四条、もしくは第三八条の定めに従って、山本五十六の罪は死刑である。

「第四四條指揮官その艦船軍隊を率ゐ 故なく守所もしくは配置の場所に就かずまたはその場所を離れたるときは左の区別に従て処断す
一、敵前なるときは死刑に処す
二、略
三、略」
「第三八条指揮官その尽くすべきところを尽くさずして敵に降りまたはその艦船もしくは守所を敵に委ねしたるときは死刑に処す」

空母一隻につき、海戦の場合、必ず、戦艦二隻を空母護衛のため、その前方と後方に張りつけなければならない。両脇は、巡洋艦と駆逐艦とが囲んでいなくてはならない。空母とは、最強の〃長槍の戦士"だが、鎧を着ていない。だから、鎧を着た重厚な戦士たちが、その前後左右にいて、"長槍の戦士"を護る「鎧代行」をする。また、当時の空母は、受信能力が低く、戦艦による「受信代行」も不可欠であった。

空母は、団子のように固めてはならず、原則一隻ずつで陣形を組む(図1)。バラバラが基本である。仮に複数空母をまとめるとしても、敵の航空攻撃の射程圏内に入るときは、決して二空母以上はしてならず、この場合、二空母を進行方向に縦列にする。ところが、ハワイに出撃した南雲の六空母陣形は、平時の観艦式のつもりなのか、あってはならない最も危険な陣形であった(図2)。たまたま、敵の空母部隊の攻撃がなかったのが幸運であった。

ミッドウェー海戦における南雲の四空母の機動部隊もまた、この艦観式ダイプの二列の団子形であり、戦場の現実がわからない、素人の陣形である。空母機動部隊の戦闘陣形も知らない山本五十六の、その"空母主義"など、現実から遊離した観念のレベルであった。山本にとって空母は、"豚に真珠"であった。空母を十全に働かせるには、戦艦「大和」こそ、これら空母の先頭にいて防空と通信の二大任務を果たしていなくてはならない。

実際にもミッドウェー海戦で、山本五十六が率いる直率の部隊には戦艦が三隻もあった。空母四隻のはるか後方でブラプラしていた役割不明の「警戒部隊(高須四郎中将の指揮)」には戦艦が四隻もあった。これだけでも七隻である。南雲・機動部隊(空母四隻、戦艦二隻)にこれを加えれば、戦艦はすべてで九隻も現場にいたのである。空母四隻を守る戦艦は、ちゃんと出撃していた。

閑話休題。女と博突の生涯であった山本五十六の正体は、頭が極度に劣化した無能人間で、高いIQを必要とする大海軍の指揮官の適性がなかった。それを示すエピソードを挙げておこう。う米内光政/山本五十六/井上成美/大西瀧治郎/豊田貞次郎の五人が、揃いも揃って、常軌を逸した"バカ・アホ・間抜け"であることを示した「水ガソリン事件」である。米内や山本らは、H20(水)にはC(炭素)が含まれていると信じた。彼らは、小学校四年生の水準すらなく、その頭は異常であった。

一九三八年、海軍次官の山本五十六(中将)と航空本部教育課長だった大西瀧治郎く大佐)は、「水からガソリンが採れる」と.いう、マジシャンの詐偽話を信じた。そして、山本五十六が海軍次官として命令を出し、海軍航空本部の地下室でこの詐欺師に三日問に及ぶ公式実験をさせた。このとき、これに協力した航空本部長は、一九四一年七月、外務大臣になれたうれしさで、近衛文麿首相を支持して「南進」を決定する、あの豊田貞次郎(海軍中将)であった。

かくも痴呆的な頭に奇行常習と遊び優先、これが山本五十六の真像であった。この実験中、山本五十六は、大福餅などを差し入れしていたという。海軍大臣であった米内光政も、たぶんに、この「水ガソリン」を信じたのだろう、最初、大臣室での実験を勧めたと言う。

なお、このとき、「馬鹿げている」と直言して、この実験に反対する部下に対して、井上成美が、「上司に逆らうな」と叱責している(以上は、注1)。井上成美もまた、自由な討議をいっさい禁止した、息が詰まる帝国海軍の末期症状に加担していた一人だった。

もう一つの事例は、ミッドウェー海戦にも通ずるもので、米内/山本/大西ら、当時の海軍の出世街道を走る連中は、「兵器におげる、攻撃と防御の不可分性」が理解できない、度外れの欠陥軍人だった問題である。米内光政の渡洋爆撃や大西瀧治郎の重慶爆撃の時、いずれにも、護衛(掩護)戦闘機がなく、れらの爆撃機の被害は基大であった。ミッドウェー海戦で、空母四隻のそれぞれに二隻づつ、計八隻の護衛戦艦をつけなかった山本とは、このような爆撃機に戦闘機をつけない米内らと同じ、「防御不要(鎧不要)」という、非軍人的発想をしていたからである。

ちなみに、一九三七年八月十五日の、米内が主導した渡洋爆撃も同じだった。長崎県大村から出撃した、海軍の新しい爆撃機「九六式陸上攻撃機(中攻)」二十機は、掩護戦闘機なしであった。だから、東シナ海を渡洋して南京を爆撃したが、四機が撃墜され、六機が被弾した。その戦果はゴミのレベルだった。さらに翌日、このうち九機が済州鳥から蘇州を再爆撃したが、一機が不時着して大破し、結局、二日で半減した(注2)。

.戦場の現実をまったく想定できず、「鎧なしで戦え」と、鎧を着けさせずに平気に部下を戦場に出撃させる〃狂気の提督"、それが米内/山本/大西らであった。彼らは、敵はいつも反撃能力がゼロだと考えていたのである。大西瀧治郎の〃掩護戦闘機無用論"の無謀さについては、生出寿の『特攻長官大西瀧治郎』が簡便でわかり易い(注3)。

戦後、「大艦巨砲主義」が悪玉に仕立て上げられたため、山本五十六や大西瀧治郎の「航空主兵主義」が何か時代の先駆け的な、優れた軍備への切り替えをしたように誤解されている。だが、山本五十六は、一度も操縦樟を触ったこともない、航空のズブの素人だった。山本の「航空主兵」は、正しくは〃戦闘機不要論"と一緒になった、"爆撃機万能論"のことで、歪なものだった。だから、制空権は取れず、敵への損害がほとんどない、負け戦しかなりえなかった。

B29のように、敵の戦闘機が迎撃できない高度一万メートルを飛行して爆撃するならいざ知らず、敵が死に物狂いで制空権を失うまいとしている低高度の空域においては、掩護戦闘機のない爆撃機など、無暗に撃墜されるばかりである。だが山本は、九六式陸上攻撃機や一式陸上攻撃機があれば、勝ちまくれるという、マニア程度の発想から成長することはなかった。大西もまた、山本とそっくり同じ考えだった。

戦闘機の量的不足と軽視が、味方爆撃機の極度な損耗となった。一式陸攻の生産総数は二四一六機、終戦時残存は一六二機であった事実は、掩護の欠如ぶりのひどさを物語っている。"爆撃機万能論"は、「大艦巨砲主義」より、はるかに始末に悪く、帝国海軍自減の主因の一つであった。

二 命惜しさの無線封じー世界の戦史上類を見ない"超臆病軍人。山本五十六

ミッドウェー海戦の敗因は、山本五十六を庇うために奥宮正武らが考案した、弁解用の創り話「魔の五分問」(注4)などでは、もちろんない。最大の主因は、軍人にあるまじきレベルの、"山本五十六の怯儒。(臆病)にある。第二の原因は、偵察機の情報をインテリジェンスして、敵空母の位置を正確に推算する能力に欠けていたからである。第三の原因は、空母の運用が稚拙で実戦から乖離した素人のそれでありすぎたことだろう。

"山本五十六の怯儒"とは、山本が自分の命を惜しんで、戦艦「大和」の通信傍受隊が敵空母の位置を一日以上も前にキャッチしているのに、それを南雲提督が率いる空母機動部隊に知らせなかった事件である。"無線封止"を解けば、自分が乗艦している「大和」の位置を敵に知られて攻撃される可能性があると、山本は、自分の命大事と戦々恐々として、それを避けたのである。

佐々木彰・航空参謀は、次のように、回想している。これは他の証言と合わせると、おおむね正確のようだ。山本五十六こそが、知らせなくて良いと最終決定したのである。

「四日夜〈大和〉にあった敵信(敵通信傍受)班は、ミッドウェーの北方海面に敵空母らしい呼び出し符号を傍受した報告してきた。(すぐに南雲司令官のいる空母〈赤城〉に知らせるべきかどうかについては、最終的に)この電報は(山本)長官に申し上げて(打電しなくてよいと指示されたので)打電しないこととした」(注5、カツコ内中川)。

次に、山本五十六は、味方空母を敵の艦爆隊攻撃から護衛する(自分が座乗する)戦艦「大和」などの戦艦部隊を南雲空母機動部隊の前方に展開しなかった。東郷平八郎が敵艦隊の前面にでて艦橋に自ら立ったのとはまるで異なっていた。山本は、自分の命を惜しんだ。しかも、空母機動部隊より、はるか後方、なんと約五四〇qも離れた、絶対安全圏に「大和」を位置させ、その司令長官室で将棋を指していた。

何のために、山本五十六は、ミッドウェー海戦に出撃したのか。その必要はまったくなかった。むしろ、山本五十六という疫病神が出かけて、指揮を混乱させたから、四隻の空母喪失という大敗北になったと、戦闘記録は無言で行間に語っている。

山本の臆病は、ガダルカナル島作戦における、米海軍の提督たちと比較するともっとはっきりする。山本は、将兵激励のため、ガ島に一度も足を運んでいない。一方、米国側は、ニミッツ提督が一九四二年十月に、ハルゼー提督が同十一月に、ノックス海軍長官すら一九四三年一月に、現地部隊の将兵の激励に訪れている。そもそも、山本の人格には、"死闘の激戦"が繰り広げられている「戦場の将兵激励」という発想がない(注6)。

臆病の問題以上に、もっとトンデモない、もっと本質的な問題が山本にはある。ガ島での、日本の陸軍部隊の損害は死者二万人を越え、この二万人のうち餓死が一万五千人以上だったが、これらの陸軍の将兵の死を聞いた山本が、手を合わせたとか、涙ぐんだとかの、そのような記録も回想も皆無である。山本は唯物論的な無神論者だったという指摘は多いし、これは事実であった。三千名を越えるミッドウェー海戦の部下の死に対しても、山本は葬儀はおろか弔意も表していない。

山本にとって、戦死であれ、餓死であれ、大量死亡こそは、嬉々として楽しむ〃快楽"であったろう。自分の手を血で汚さない〃快楽殺人鬼"、これこそが山本五十六という人問の真像であろう。

ミッドウェー海戦における山本の問題はもう一つある。四隻の空母を撃沈されたとき、戦闘はまだ終了したわけではなかった。日本側には、アリューシャン列島に展開している小型空母が二隻あり(搭載航空機二七機の「隼鷹」、三十六機の「龍蟻」)、これをミッドウェー海域に呼び戻し、まだミッドウェー海域にある改装空母二隻(計三十九機)と戦艦十一隻をこの護衛につけて再編成し、「大和」を旗艦として山本五十六が指揮すれば、米海軍に最後に残る手負いの空母二隻(エンタープライズ、ホーネット)を撃沈することなど容易だった。

なぜ山本五十六は、「退却」の名目で、慌てふためき「敵前逃亡」したのか。それは「職務放棄」ではないか。山本は、恐怖に震えていた上に、指揮する自信がなかった。空母機動部隊の発案はしたが、実戦のできない〃口舌の徒"にすぎない自分の真像がばれるのが怖かった。

山本は、その後しばらくして、戦艦「大和」をっれて、トラック島に逃げ込んだ。ミッドウェー海戦大敗北のほとぼりが冷めるのを待つことにしたのである。山本の頭と行動には、「自己保身」以外、何もなかった。


◎日本軍の中枢が米国派(ユダヤ・フリーメーソン)だった太平洋戦争◎2002 年 10 月 18 日 阿修羅BBS


(私のコメント)
腐敗堕落したエリートが国家や社会を破壊する事を書いてきましたが、一番分かりやすい例が大東亜戦争であり、山本五十六批判は以前から書いてきました。しかし日本では大東亜戦争の反省はほとんど行われず、問題点の追及は行なわれていない。わずかにネット上では山本五十六批判がありましたが、映画や小説によって作り上げられた山本五十六は事実を隠蔽するために作られたものだ。

日中戦争を拡大したのが米内正光なら、アメリカを対日戦争に引きずり込んだ責任は山本五十六にある。真珠湾攻撃は成功の見込みが無く、たとえ成功しても真珠湾は水深が浅くて軍艦は引き上げられて修理されて戦争に復帰している。空母を全滅させなければ真珠湾奇襲の意味はない。

しかし戦争中においても戦後においても真珠湾攻撃は大成功と宣伝されているが、本当は大失敗であった。大失敗だったからこそミッドウェー海戦で大敗北したのですが、戦時中はミッドウェー海戦も大勝利と宣伝されていた。大本営発表は開戦当初から行なわれて事実は隠蔽されてきた。生き残った海軍将兵は本土に上がれず戦地に送られて事実は永久に葬り去られた。

戦後になっても阿川広之といった小説家や海軍出身の作家たちが事実を隠蔽したり歪曲した事実をかいて、山本五十六は小説や映画によって名将として描かれるようになった。本来ならば山本五十六は連合艦隊司令長官なのだから連合艦隊を率いて真珠湾やミッドウェーで戦うべきところを、500キロ後方で将棋をさしていた。

真珠湾攻撃自体が山本元帥の発案であり、海軍軍令部も口出しが出来ず、すべて山本連合艦隊司令長官に一任されてしまった。本来の日本海軍の作戦は後退邀撃でありハワイやガダルカナルまで出かけて戦争をする補給力は無く、絶対国防圏を守る事が戦略だったはずだ。しかしマリアナ諸島を始めとして要塞化は間際までなされなかった。

この事はアメリカにとっては願ったりかなったりの作戦であり、だから私は山本五十六はアメリカのスパイであったのではないかと書いてきました。ミッドウェー海戦も日本海軍が戦力は圧倒的に優勢であり、空母を分散して十分な戦艦による護衛をつけていれば全滅する可能性は全く無かった。空母を密集させて護衛をつけなかったことはわざと全滅するように仕向けたとも考えられる。

ハワイ攻撃においてもイチかバチかの大博打であり、にもかかわらず山本司令長官が空母機動部隊を直接指揮しなかったことは批判されてしかるべきだ。南雲長官がハワイ攻撃を一回攻撃しただけで帰ってきた事も批判されるべきですが、連合艦隊の最高責任者がいなかったからこそ第二回攻撃の決断がつかなかったのだろう。

ミッドウェーの開戦においても旗艦大和では敵空母の存在を掴んでいたが、山本司令官の判断で空母機動部隊に通達される事はなかった。自分の命を惜しんだというよりもわざと負けるように仕組んだと見るべきだろう。連合艦隊の司令官という戦闘部隊の司令官でありながらハワイ攻撃やミッドウェー海戦でも直接指揮を取る事はなかった。まさに腐敗した海軍エリートそのものでありだから戦争に負けたのだ。

ミッドウェー海戦の大敗北でさすがに山本長官への批判が強まって、トラック島に逃げ込んで、戦艦大和は本土とトラック島を往復するばかりで戦闘に加わることは無かった。いったい何の為に戦艦大和を作ったのかわかりませんが、不沈戦艦ならハワイやミッドウェー島の傍まで行って艦砲射撃をしなかったのだろうか?

山本司令長官はラバウルまで行って「い」号作戦を指揮しましたが、最後までガダルカナルを激励に行った事はなかった。そしてアメリカとの消耗戦で航空戦力や艦船を失うばかりでこの作戦も失敗に終わった。山本長官はブーゲンビル島で搭乗機が撃墜されて戦死しましたが、作戦失敗の責任を取った自殺とも言えるだろう。

まさに当時の海軍にも人材は払底して官僚的海軍が出来上がっていた。軍艦を作る事には一生懸命で、現在の天下り団体を作る事に一生懸命な官僚と同じである。しかし軍艦をいくら作っても石油が無ければ軍艦は動かないのであり、巨大になりすぎた海軍は張子の虎になってしまった。

当時の状況からすれば南進政策は無謀であり、海軍が画策して北進から南進に切り替えられましたが、だからアメリカと衝突する事になった。日本には石油が無いのだから防御的な作戦しか海軍は取りえないのであり、インドネシアの石油を確保しても日本に持ってくるまでにタンカーはみんな沈められてしまった。アメリカの潜水艦部隊の戦力を過小評価していたのだ。

このような海軍の南方進出は、満州にある陸軍部隊の引き抜きになり、陸軍部隊は南方に送られて輸送船ごと潜水艦に沈められて消滅して、満州の防衛も空洞化して終戦間際にソ連軍の侵攻で満州の日本軍は消滅した。これもコミンテルンの工作活動が陸海軍部内に行なわれたからだろう。その立役者が瀬島龍三だ。しかし瀬島龍三も小説ではソ連のスパイでもあるにもかかわらず愛国者として描かれた。

瀬島龍三も典型的なエリート官僚であり、95歳の天寿を全うしましたが、証拠は無いがソ連のスパイだったのだろう。このように山本五十六や瀬島龍三のようなスパイがうようよいた軍隊では戦争に勝てるはずも無い。本人にはスパイの自覚は無かったかもしれないが利用されていればスパイなのだ。現代の日本にも自覚なきスパイが沢山いるのであり、そのような彼らを英雄のように小説に書くこともスパイ工作なのだ。




最近のトヨタのトップの悩みは新入社員に東大出が増えたこと。日産が
好例だが官僚的になりセクト主義が横行し企業の活力が失われていく。


2008年12月12日 金曜日

ビッグ3救済協議、決裂=米上院が法案可決に失敗−焦点は政府の対応に 12月12日 時事通信

【ワシントン11日時事】米上院は11日、本会議を開き、下院を通過した最大140億ドル(約1兆3000億円)のつなぎ融資を供与するビッグスリー(3大自動車メーカー)救済法案を審議した。反対する共和党議員説得に向け、融資の条件として厳しいリストラを迫る修正案を盛り込む方向で調整したが、協議は決裂。上院は法案可決に失敗した。
 この結果、今後は、政府が7000億ドルの金融安定化法の公的資金を使って支援するか、連邦準備制度理事会(FRB)が緊急融資に踏み切るかどうかに移る。つなぎ融資がなければ、ゼネラル・モーターズ(GM)は年内に資金繰り破綻(はたん)に追い込まれる恐れがあり、金融市場への悪影響も懸念される。
 上院多数派の民主党のリード上院院内総務は、両党の修正案協議に進展があり、同日夜にも採決できる「可能性がある」との見通しを示していたが、労働組合側の抵抗で一転して立法化断念に追い込まれた。


米自動車大手破たんなら「クレジット危機パート2」到来も 12月11日 ロイター

[ワシントン 10日 ロイター] 米製造業セクターの雇用喪失や業績低迷への警戒が自動車業界救済への議論を勢いづかせるなか、クレジット市場は事態を静観している。

 米大手自動車メーカーのゼネラル・モーターズ(GM)(GM.N: 株価, 企業情報, レポート)やフォード・モーター (F.N: 株価, 企業情報, レポート)、クライスラーの経営破たんは数十億ドルもの金融商品に打撃を与える可能性がある、とクレジット市場のアナリストや救済支持派の議員らは指摘する。

 レビン上院議員(民主党、ミシガン州)は「米自動車業界の崩壊は、1兆ドルを超える社債やクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)、その他の金融商品の支払い停止につながるだろう」との見方を示した。

 レビン議員は「この結果、米金融機関のバランスシートに相当の追加的ダメージが及ぶことになる。新たな手榴弾をクレジット市場に投げ込むようなものだ」と述べた。

 JPモルガンのアナリストで、レビン氏を始めとする救済支持派の民主党議員らが引用するリポートの著者、エリック・セレ氏は、危機の度合いは深刻で、政府がGMとフォードを救済しない場合には「クレジット危機パート2」を迎えることになる、と述べた。

 ホワイトハウスと民主党指導部が、自動車業界への約150億ドルのつなぎ融資計画で合意を模索している最中にあっても、一部の共和党議員は依然として懐疑的であり、救済策に引き続き反対している。

 こうした支援は、不良資産救済プログラム(TARP)の自動車業界への適用を拒否する米政権に意義を唱えるものでもあり、議論は財政的見地からも重要視されている。

 TARPで用意された7000億ドルの資金は金融セクターを救済するものであり、製造業セクターには適用されない、とブッシュ政権は過去数週間主張している。

 これを受けて民主党は、自動車セクターの問題はシステミックな金融リスクを引き起こす可能性があり、TARPの救済資金の適用を受ける資格がある、と反論している。

 アナリストらによると、GMやフォード、さらに関連金融会社GMAC(GKM.N: 株価, 企業情報, レポート)やフォード・モーター・クレジットが過去数年間に発行した大量の債券が、市場にとっての問題となっている。

 セレ氏によれば、これら各社が発行した債券はジャンク(投機的等級)債市場の10%を占めるという。

 フィッチ・レーティングスのマネジング・ディレクター、マーク・オライン氏は「これらの社債の一部は額面1ドル当たり0.20─0.30ドルで推移している。明らかに高い確率でデフォルトが発生する可能性を織り込んでいる」と述べた。

 一部のアナリストによれば、社債市場は自動車大手のリスクを織り込んでいるため、破たんの場合にも影響を吸収することが可能だ。

 しかし、リスクは各社の社債のデフォルトを保証するCDS市場にも潜んでいる。

 大手決済機関デポジトリー・トラスト・クリアリング・コープ(DTCC)のデータによるとGM、フォード、GMAC、フォード・モーター・クレジットのCDSは合計2500億ドルにも及ぶ。



「自ら没落したGM」と「ノー天気なエコノミスト」 12月12日 三原淳雄

とうとうトヨタの配当利回りが5%に近づき、PBR(1株当たりの資産価値)は0.8倍まで株価は下げてきた。市場は必ずしも合理的には動かず、上にも下にも時として大きく振れるものだが、それにしてもよく下げるものだ。

 きっといまアメリカで大騒ぎとなっているGMをはじめとするビッグスリー(米国の三大自動車会社)を連想しているのだろう。フォードの誕生は百年前だから確かに百年に一度の騒ぎであることは間違いないが、百年も経てば世の中変化があるのは当たり前、その変化に対応できなかったのがビッグスリーであり、50年前ごろは「GMにいいことはアメリカにとってもいいことだ」なんて豪語し傲慢だったがゆえに自ら没落していっただけのこと。

ビッグスリーが無くなったって世の中困るわけではないということが見抜けなかった、歴代のトップが間抜けだったツケが回ったのが現状だろう。慢心とは恐ろしいものだ。

 トヨタの関係者から聞いた話だが、今回のこの自動車業界の苦境をトヨタのトップはむしろ喜んでいるフシがあるらしい。

 もちろんレイオフもしているほどの苦境だから手放しで喜んでいるわけではないが、一方では社員の浮ついた気分が緊張感に変わるのではと期待しているのも事実だろう。

 最近のトヨタのトップの悩みは新入社員に東大出が増えたこと。個人情報がうるさくなった関係で出身大学や家庭の事情は伏せられたまま採用すると、やはり東大出は優秀だからどうしても増えるらしい。

 その昔トヨタやホンダを目指す学生は「車が好き」という動機が主だったらしいが、この頃の学生は車が好きというよりはトヨタだから、ホンダだからと安定を求めてくる奴が多くなっているとか。そのためトヨタに勤めていると言うだけで傲慢になる社員も増えていたらしい。

なまじ頭だけ優秀で車に関心がない社員が増えると、日産が好例だが官僚的になりセクト主義が横行し企業の活力が失われていく。

最近のトヨタの悩みもそこにあったのだが、今回の不況で優秀な社員の心構えが変わるのではとトヨタのトップは期待しているようだ。

 アメリカでも1970年代ごろまでは一流大学やビジネススクールのトップクラスの学生はビッグスリーに沢山入っていた。そして「船頭多くして船山に登る」ということになってしまい、ついに存在そのものが危なくなった。今回のビッグスリーの苦境はトヨタなど日本のメーカーにとっては何よりの「他山の石」になるのではないだろうか。



(私のコメント)
ビックスリーの救済法案が上院で否決されましたが、1兆3000億円の救済資金は見送りになった。後は政府で金融安定化法案の7000億ドルの資金を使うか、FRBの緊急融資しか手が無くなった。しかし政府が救済しても本業の自動車販売の回復の目処が立たなければ救済資金は無駄になってしまう。ビックスリーは大きすぎて政府でも救えないのだ。

しかしビックスリーが倒産してしまうと与える影響は大きく、300万人の雇用が失われるし、社債市場における影響も大きくなる。ロイターの記事によれば1兆ドルの支払い停止が社債やCDSに出てくることになり、金融危機の第二波がやってくることになる。

アメリカのビックスリーの現状は日本のトヨタやホンダやニッサンの明日の姿であり、自動車産業の盛衰は必然的にやってくる。三原淳雄氏の記事でもあるように、最近ではトヨタでも東大卒の新入社員が増えてトヨタの幹部も悩んでいるらしい。テレビ業界でも東大卒が増えてテレビ番組はつまらなくなり視聴率低迷でスポンサー離れが激しい。

日産自動車の経営危機も東大卒が増えて官僚的になり、競争力のある自動車が作れなくなりゴーン社長を迎えてリストラで立て直そうとしている。なぜ東大卒が増えると経営がダメになるのかというと、中央官庁を見ればよく分かる。彼らは要領がいいから国のことよりも自分たちの利益を優先して天下り団体を沢山こしらえて、自分たちの利益を確保していく。その為に国家は慢性的な赤字財政で悩む事になる。

トヨタといえども東大卒の社員たちは、いずれはトヨタの下請け会社に天下っていって、下請け会社で威張りちらすようになる。彼らは要領がいいから業績を上げるには正社員を減らして派遣社員を増やして人件費を減らせば業績は上がる。業績が上がれば役員のボーナスも増えて左団扇だ。

昨日も書いたように、社会のエリートには高い能力と倫理が求められますが、日本のエリートには能力も倫理も欠けている。海外に比べればまだましだよという意見もありますが、確かにビックスリーの会社幹部の高い給与は驚くし、会社が赤字なのにプライベートジェット機で出張などをして社会の顰蹙を買った。

金融機関から一般企業に至るまで政府に救済を求めるアメリカの姿は、資本主義の崩壊を意味しているのですが、アメリカのエリートはどこへ行ってしまったのだろうか? CIAも巨額の国家予算を使っているのに情報を集めずに怪しげな内職に手を出しているようだ。ブッシュ大統領もCIAに騙されたと怒っていますが、アラビア語を話せるCIAのエージェントもおらずイラクやアフガニスタンの状況分析を誤った。

007の映画に出てくるようなCIAのエージェントなどおらずハリウッド映画の作り話だ。もはやかつての古き良きアメリカではなくアメリカ全体が変質してきている。ビックスリーといえば日本企業から見ればスーパーカンパニーでしたが、今ではトヨタにも抜かれてしまった。ビックスリーもアメリカもあまりにも巨大になりすぎて環境の変化に対応しきれずに滅んでいった恐竜に見える。

太田述正コラムでは最近のアメリカ人の知的劣化を次のように書いています。


米国民の知的劣化 12月12日 太田述正コラム

これは、米国民が、知的に劣化したせいだと考えられるのです。
 とにかく、米国の成人の5人に1人は天動説を信じていますし、26%しか進化論を信じていません。そもそも、高卒以下の人々の約45%は聖書に書かれていることはすべて真実だと信じています。それどころか、白人の原理主義的(evangelical)キリスト教徒の60%は、議会ではなく、聖書に拠って米国の法律が制定されるべきだと考えているのです。
 また、成人のたった57%しか年間に1冊以上ノンフィクションの本を読んでおらず、若い成人の3分の2はイラクがどこにあるか地図上で示すことができず、成人の3分の2は米国の3権を列挙することができず、同じく3分の2は1人の最高裁判事の名前も挙げることができません。15歳の数学の力はOECD加盟29カ国中24位ですし、2007年の研究では読む力が男女とも、しかも教育レベルの相違にかかわらず、低下気味であることが明らかになっています。
 ひどい状況だとお思いになるでしょう。


(私のコメント)
アメリカの社会を支えるべきエリートの堕落がアメリカの衰退を招いています。日本の総理大臣の知的レベルも大分落ちてきて漢字も読めない総理が出てきましたが、今日のアメリカの姿は明日の日本の姿でもあるのだろう。ブッシュの英語もかなり怪しい英語でしたが、わざと間違ってバカのフリをしているのかもしれません。ブッシュはハーバード大学でMBAをとっているのだから学歴から言えばエリートだ。

日本の国会議員でもイラクが何処にあるか知らない事は以前に書きましたが、ペイリン共和党副大統領候補はアフリカが国だと思っていた。このように日本もアメリカもエリートが倫理だけではなく能力でも劣化してきて、政治や経済に混乱をもたらしている。東大やハーバード大といった学歴は能力を証明するものではなく、受験エリートでありペーパーテストの要領がいいだけなのだろう。


日本の国会議員はロシアの大統領の名前も知らない

民主党の藤末議員の答えはメゾチェンコフ


社民党の保坂議員の答えはプーチン?


民主党の原口議員の答えはジリノフスキー





小泉は目で判るんだ・・・今日の目つきは久しぶりに戦闘状態の目だよ
民営化に関しての動揺が一挙に麻生内閣を潰すかも知れないな・・・


2008年12月11日 木曜日

郵政見直し論をけん制=小泉氏「誓約書提出忘れるな」−推進派が集会 12月9日 時事通信

小泉純一郎、安倍晋三両元首相らを呼び掛け人とする自民党有志の「郵政民営化を堅持し推進する集い」が9日午後、党本部で開かれた。小泉氏はあいさつで、党内の民営化見直しの動きについて「何やら不可解な行動をしているが、そういう方々の多くは(民営化賛成の)誓約書まで書いて復党したことを忘れてほしくない」と厳しく批判した。
 小泉氏はまた、11日の衆院本会議で予定される野党提出の民営化見直し法案の採決に関し「難局にあればあるほど冷静に良識ある行動を取ってほしい」と述べ、党内が一致して否決するよう呼び掛けた。
 「集い」の開催は、麻生太郎首相が日本郵政株の売却凍結に言及したのを受けて勢いづく民営化見直し論をけん制するのが狙い。小泉、安倍両氏を含め議員63人、代理50人が参加した。 
 出席者からは「3年前の衆院選で与党が3分の2の勢力を得た原動力は民営化の推進だ。その原点は忘れてはならない」などの意見が続出。首相に対し、民営化方針の堅持を申し入れることを決めた。

◇郵政民営化推進派会合の出席者
 9日開かれた自民党の「郵政民営化を堅持し推進する集い」の出席者は以下の通り(敬称略、丸数字は当選回数、参院議員は町村派のみ)。
 【町村派】伊藤公介(9)、中川秀直(9)、衛藤征士郎(8)、坂本剛二(6)、杉浦正健(6)、細田博之(6)、安倍晋三(5)、小野晋也(5)、小池百合子(5)、木村太郎(4)、高木毅(3)、中野正志(3)、松島みどり(3)、柴山昌彦(2)、中山泰秀(2)、並木正芳(2)、早川忠孝(2)、大塚拓(1)、越智隆雄(1)、関芳弘(1)、松本文明(1)(以上衆院)
 世耕弘成(3)、山本一太(3)、中村博彦(1)、中川雅治(1)(以上参院)
 【津島派】笹川堯(7)、茂木敏充(5)、桜田義孝(4)、棚橋泰文(4)、加藤勝信(2)、木原稔(1)、渡嘉敷奈緒美(1)
 【古賀派】今井宏(4)、塩崎恭久(4)、菅義偉(4)、西野陽(4)、木原誠二(1)
 【山崎派】石原伸晃(6)、木村勉(3)、山際大志郎(2)、上野賢一郎(1)、平将明(1)、広津素子(1)
 【伊吹派】山本朋広(1)
 【麻生派】中馬弘毅(9)、鈴木馨祐(1)
 【無所属】小泉純一郎(12)、水野賢一(4)、秋葉賢也(2)、菅原一秀(2)、飯島夕雁(1)、石原宏高(1)、猪口邦子(1)、小野次郎(1)、片山さつき(1)、近藤三津枝(1)、佐藤ゆかり(1)、田中良生(1)、土屋正忠(1)、藤田幹雄(1)、牧原秀樹(1)、安井潤一郎(1)、山内康一(1)(了)(2008/12/09-20:14)


不良債権問題の解決はヤクザの殲滅から86 2ちゃんねる

◆256 :闇の声:2008/12/09(火) 17:20:52 ID:iQR2+dRf

昼食を取りながら、どっかの政党に通じている人物と話をした

問:党内はどんな状況になっているのか
答:メディアの連中が夜昼関係なく電話をしてきて、それに若い者が呼応して
  しまっている
  聞けば、貴方こそ党改革の中心を為すべきとか、貴方の政策を支持しますとか
  笑うしかない状態だな
  もう泥船状態だし、ここまで政治家の質が悪くなっていたとは、恐るべしだ
  メディアに振り回される様になってる事すら気がつかない
質:相当状況はきついね
答:これで大きな倒産でもあったらどうするのか
  それと、景気を実感していない
  口では倒産件数とか、雇用不安と言うけれども緊張感が無さ過ぎる
  外の様子を見て来いと言っても誰も行かない
  特に小泉チルドレンは酷いな
質:中川秀直はどう動くか?
答:思ったよりも人望が無いんだ
  それと、もともと政策に切れが無く、しかも日銀や財務省に受けが悪い
  素行にも問題があるので、声の割に近寄っていく人物が少ないね
  自分じゃ切れ者だと思ってるらしいが、実際は菜っ葉も切れないよ
  所詮は田原総一郎に振り回されて煽てられて、最後はバカ呼ばわりされて終わりだろう

  もともと、安倍晋三の時に終わっていた政治家だが、そこはいろいろあって
  生き延びた・・・あの時に首を切っていれば良かったんだろうが・・・
質:混迷の中心に中川と言う事か?
答:中心に自分がいると思って、その気になって発言をしているだけだ
  小池はマキャベリで、利用価値があれば何でも使う
  そろそろ小池は中川を切るだろう・・・どう言う切り方をするか、見ものだな

◆質:何でこうなっちまったんだろうな?
答:一つには、対立する派閥が無くなった事だろうな
  徹底して橋本派を潰したが、その結果十名くらいで争うべき総裁選が
  五名以下になってしまった
  それと、とにかくメディアに弱いな・・・サービスしすぎる
  選挙民に向けてじゃなくてテレビカメラに向かって話をするんじゃ、政治家じゃない
  漫才師になった方がまだましだ
  実際に、森派と言うか小泉系の議員がメディアとどうくっついているか
  全く分からないんだ・・・だから、滅多な事を総務会や議員総会でしゃべれない
  言い換えれば、もはや党内で統一した意思決定を図る事は不可能って事だ
  それだけ売名野郎がいっぱいいるのさ
質:ミッチージュニアをどう見るか?
答:所詮外資系コンサルの猿回しの猿だ
  塩崎もそうだし世耕もそんなところだろ
  改革って言葉は麻薬なんだろうな

  コンサルに炊きつけられてその受け売りをメディアにぶちまけて、全部裏を取られて
  今度は突っ込まれて・・・
  麻雀するのに配牌から見せてる様な話だ
  見せてない積りでもみんな見えてる・・・それが分からないんだからな
  所詮自民党は官僚上がりが仕切るんだよ・・・そこを解ってない
  そこが親父と違う処だ
  親父は官僚と喧嘩はするが、花を持たせる処は持たせていた
  夜になると居場所を明確にしてないよ・・・執行部が呼びつけて叱ろうと
  思っても逃げ回ってる
  このまま選挙まで逃げ回るんだろうな
  ただ、世耕にしろ塩崎にしろ、人望が無いからこれも中川と同じで
  人はあまり集まらないだろうと見る
  だから、一時的に勢力が膨れてもすぐばらばらになるだろうね 

◆質:自民党はどうなるんだろうか?
答:解党しなきゃだめだろ
  とにかく人材がいない
  政治家になりたい人を指導出来る政治家が全くいないから、二世ばかりになったとも言える
  それと、この人を政治家にと言う視点が、今の連中には全くないね
  懇談会の席で、良さそうな人がいたら党本部に招いて、いろいろ話を聞いて
  本気でやる気があって経歴などに問題が無ければ、立候補させれば良いんだ
  今の連中は、そう言う懇談会を独演会だと思ってる

  ちょっとでも反論されるとむきになって、お前は間違いだの俺は正しいだの
  そんな事やれば誰が一緒にやりましょうって言うかね??
  政治家なんて落ちればただの人なんだから、常に意見は聞かなければ・・・
  それが全く出来ない
  半分は入れ替える気持ちで行かないと、もう立ち上がれないだろうな
質:信濃町をどう思うか
答:所詮風見鶏だよ
  あと、一人の権力者にびくびくしている
  目下の選挙区情勢は、もう信濃町に土下座して票を譲ってもらうしかない
  それを解ってるから、信濃町は永田町を切らないんだよ
  たとえ野党になろうとも、数で影響力を維持出来れば、すぐに与党に戻れると読んでいる
  あれだけ与党になりたがるのも凄まじい事だ・・・それだけ、役所の情報が欲しいし
  役所に影響を与えたいんだろうな
質:連立解消をしないのはなぜなんだろうか?
答:ぎりぎりまで霞が関での席を占めたいんだろう
  実利に聡いからね
  思った以上に漁る政党だな・・・だから、自民党が好きなんじゃなく
  霞が関が好きなのさ
  そう思った方がわかりやすいと考えるが?

◆竹中の焦り様が凄いんだよ
だから、郵政民営化について何か密約があったんじゃないか、株式売却に
関して、何かあるんじゃないかとの憶測が出ている
それもあって、小泉が出てきた
小泉は目で判るんだ・・・今日の目つきは久しぶりに戦闘状態の目だよ
この四五日を見守らなければならないが、民営化に関しての動揺が一挙に
麻生内閣を潰すかも知れないな・・・

信濃町ー竹中ー小泉・・・
このラインが動きそうな気配になってきた
同時に、安倍復権の動きもあるかもな・・・
その場合、タカ派色が相当強くなる
信濃町は利権さえあれば、何でもする政党だからね

◆328 :闇の声:2008/12/10(水) 09:05:02 ID:YVuDlkC9

小泉改革が始まった当初、竹中が盛んに雇用の流動性を高める事で、個人の可能性が
拡がるんだとか何とか言ったら、その時は日本の風土にそぐわないとの声があった
しかし、もし何かあった時は政府が対策を立てる事で対処しますと言って
その不安は一切ない、政府の役割は自由競争で問題が起きた時にセーフガードと
しての機能に徹すると答えていたのを思い出すんだ
雇用の流動性・・・何の事はない、首切り自由の意味だったって事で、その裏付けが
安倍晋三の時のホワイト何とかだった
だから、今回の大量解雇の問題も竹中の言うとおりに、政府方針通りに物事を進めた
だけの事で、お国の政策じゃないですかって事だろうさ

それはともかく、自分は尋常の経済政策では難しいと見ている
池田隼人首相の時に、とにかく働くんだと、働く事が食う事につながるんだと
国民に強く訴えていた
長老が言うのには、日本と言う国は労働を通じた・・・つまり、共同作業を通じた
コミュニティ中心に回る国で、欧米型の個人主義を入れるとコミュニティが機能しなくなる
その結果、問題が起きてもコミュニティ内部で解決出来なくなる・・・
そこで、生活感のある街創りをやるしかないと思う

生活感とは、その街の中で食料品が生産され消費される様に、中小零細業者が
街を支える構造の回復だと思う
昭和三十年代までは、小僧さんと言うのが当たり前にいた
豆腐屋の小僧、肉屋・八百屋・電気屋・・・
その中で競争があり、勝ち抜いた者が店を継いだり暖簾分けをして貰う
自然な競争であり、その競争の中で商売の腕を磨く
勝ち抜く為にはとにかく働く事・・・
これが自然だった

◆竹中を良く知る人物が言うのには、竹中って男は何が楽しみで生きているのか
良く分からないそうだ
酒も女もゴルフも、のめり込んだとか一切聞かない
ひたすら金融関係者に会って、銭勘定だけしか興味を持たない
だから、庶民の・・・千円や二千円の話なんか価値を見いだせなかったんだろう
そこでやったのが、信金信組いじめだ
この信金信組苛めは、その地域の有力者を痛めつける事に繋がっていき
特定郵便局の様な古い自民党の支持母体に繋がる層をやっつける事にも
繋がっていった・・・だから、小泉は全面的に支持したし、結果的に森派だけが
金を集める事に成功した
同時に、コンビニやチェーン店など投資効果のある先を都市銀行が育て
中小零細業者をどんどん潰していった・・・結果、確かにそれらチェーン店の
売り上げは伸びるが地域に密着した経済構造ではなくなる

また、これらチェーン店を維持するには常にコストダウンを図る必要があり
(値下げ競争を見れば一目瞭然だ)雇用の流動性維持はそのカギを握る
銀行はその企業の将来性なんか判る筈もなく(それが火を噴いたのがITバブルの
崩壊だったと言えるし、その後の店頭公開株の問題もそうだ・・・まだ火は
吹いていないが、組織との癒着などあってどのくらい死人が出るかねえ)
結果的に竹中のお友達ですよと言うだけで金を貸して、街の経済を・・・
正確に言えば生活コミュニティを徹底破壊した
だから、今回はその真逆をやれば良いのではないかと思っている


◆これは、その通りなんだけれども・・・
今回のケースは放置すればおそらく日常生活が治安面で脅かされる
社会不安が増大すれば、当然の事ますます経済は冷え込むだろう
だから、無理矢理にでも働く場を政府は創らなくてはならない
その一つが緑化計画であり、食料自給率の向上であり、街再生計画だと
考えている
治水は専門的な技術が要るが、造林や森林の維持保護など自然保護なら
素人でも訓練すれば出来ると思っている
とにかく、失業者が巷に溢れる事だけは避けないとならない
前にも書いたが、理由なく殺意を覚えて実行しそうな連中ばかりだ
年末年始の雑踏の中で大事件が起きれば、この影響は甚大だ

社会不安が増大すれば、一番金を持っている年寄り層が街を出歩かなくなる
そうなれば一般消費は相当冷え込んで、シャッター街がどんどん拡がるだろう
それを何とか避けないと、単に政権交代しましたで済む問題じゃないと思う


(私のコメント)
日本には個人主義と儒教倫理とは相反する面があるので、両方を併せ持つのは難しいだろう。昨日も書いたことなのですが、天下りを無くせという事は定年までキャリア官僚を抱える事であり、年上のキャリア官僚が年下の上司に指示命令される事に耐えられるかという問題が生じる。天下りを無くすには徹底した個人主義が求められますが、私の経験からすれば難しいだろう。

昨日のコメントにも年上には敬語を使えというコメントがありましたが、上司が部下に敬語を使っては組織が成り立たないだろう。軍隊でもそうだ。新米の少尉が古参の軍曹に敬語を使えという倫理では軍隊が成り立たない。だから日本では年功序列を無くす事は難しい。会社の中と外とで二つの倫理を使い分けるのは困難だ。

だから民主党が天下りを無くせと言って天下り禁止法を作っても、徹底した個人主義にならないと年功序列意識はなくならない。その原因は学生時代の運動部などを見れば分かるが1年奴隷、二年人間、3年天皇、4年神様といわれるくらい極端な年功序列社会だ。アメリカなどの運動部は個人主義だからそのような事はない。

国会なども極端な年功序列社会であり、1年生議員、2年生議員・・・と年功で分けられて当選回数で大臣になれたりする。アメリカではオバマ氏が上院の1年生議員からいきなり大統領になろうとしている。日本では年功序列で総理大臣が選ばれるから、どうしても若い時から国会議員を親から引き継いだ二世議員が有利になる。

小泉、安倍、福田、麻生と二世議員の総理が続いていますが、当選回数を重ねないと総理にはなれない。このような先輩後輩意識があっては、いくら有能な人材でも経験が少ないとスポイルされてしまう。平時ならそれでも良いのだろうが戦時になるとそれが禍の元になり大東亜戦争でも負けた原因となった。

原因としては学校であまりにも年功序列意識や先輩後輩のけじめ教育が行われすぎている事であり、会社内や軍隊では役職や階級で組織は成り立っていいるから、それに対応した教育がなされるべきだ。

しかし年功序列社会も個人主義的社会も一長一短があり、平時においては年功序列社会のほうが秩序は保ちやすい。しかし戦時になれば個人主義的能力社会でなければ戦争に負ける。会社などでも業績が順調な時は年功序列組織でも上手く行くが、経営が傾いた時は徹底した能力主義でやらないと会社は倒産する。

自民党も天下が長く続いて組織が硬直化して野党に転落しつつありますが、一度野党に転落して組織を作り変える必要があるだろう。民主党も寄り合い所帯であり野党ずれした議員が多くて政権政党には不安な要素がある。民主党も年功序列的であり、野党なら若い人材を積極的に登用して自民党に当たるべきですが、今では第二自民党だ。

自民党も小泉改革で何とかしようとしたのでしょうが、自民党は危機体制をとって有能な人材を思い切って登用して危機を乗り切るべきなのですが、有能な人材が払底してしまった。闇の声氏が言うように自民党も有能な人材をスカウトして国会議員を育てるべきなのですが、二世議員を安易に議員にしてきた。そのツケが今来ているのだ。民主党も二世議員が多くて同じ問題を抱えている。

有能な人材が国会に出ようとしても政党のバックアップがなければ国会には出られない。しかし日本はコネ社会だから地方の役場もコネ採用が多くなり、公務員の息子は公務員となる固定化が進んでいる。大分県でも公立学校の教師の息子や娘が賄賂で教師になっていた。これでは国会でも二世議員が多くなるのは当然だ。

闇の声氏が言うように日本に個人主義を入れればコミニティーがバラバラになる。年功意識が無くなれば親や教師も敬わなくなり、年長者や先輩に対する敬意もなくなって家庭も学校も会社も役所もバラバラになろうとしている。欧米の個人主義教育がなされていないから社会が崩壊してしまった。

このような状況では個人主義教育が誤解されて利己的な人間が増えてしまった。欧米の倫理を無理やり日本に取り入れても定着は難しいだろう。欧米社会ではエリートの倫理がしっかりしていないと個人主義は腐敗堕落してしまう。エリートは能力も高くなければならないし倫理も高くならなければ組織は成り立たない。

エリートの能力と倫理が徹底していれば政治家の息子が政治家になって利権を維持しようとする事はないが、日本ではエリート教育をしている学校は無い。日本では昔なら武士社会は武士なりのエリート教育があったが、現在の学校教育ではエリート教育は学力のみで倫理教育が無いのだ。

小泉改革が失敗したのは日本社会に無理やり欧米型の市場原理主義や新自由主義を取り入れたためであり、教育レベルから変えていかないと欧米的な個人主義は育たない。特にエリートへの倫理教育は不可欠ですが日本にはそれが無い。だから天下り官僚が年間に12兆円もの税金で暮らしている。

天下り官僚が高給で生活しているのに、若い人は派遣でクビになり第二の「加藤」」が出てくるだろうと書きましたが、コイズミ改革がそのようにしてしまったのですが、家庭も地域社会も崩壊してしまって、だれも失業者を救済する受け皿が無いのだ。

エリート教育なき個人主義社会は崩壊するしかない。国会議員もエリート教育がなされていないから国益よりも自分の利権を維持するために息子を二世議員にする。小泉総理も息子を二世議員にするようですが、だから小泉改革はニセモノである。




ドイツモデルだと、終身雇用となり、恩給も得られるから、そもそも天下り
する必要はなくなる。役所の組織的な天下りあっせんも、不要となる。


2008年12月10日 水曜日

平均支給額92万円/川崎市冬のボーナス 12月9日 カネロコ

川崎市は十日、市長など特別職や議員、職員の年末一時金(期末・勤勉手当)を支給する。

 職員の支給率は配分を変えたため、二・三五カ月で前年度より〇・〇二五下回った。平均支給額(四十三・四歳)は税込み九十二万三千二百四十二円。配分変更もあり支給総額も約百二十三億三千六百万円で前年度より約八億四百万円の減少。


許されない「行政の失敗」/本命モデルはドイツの公務員制度 9月25日
北沢栄の「さらばニッポン官僚社会」


基本法に二つの欠陥

  福田政権が進めた公務員制度改革の基本法は、先の通常国会で昨年6月に成立した。これに伴い、内閣に国家公務員制度改革推進本部が設置され、省庁の幹部人事を一元管理する「内閣人事局」の制度設計に向け、監督役の有識者から成る顧問会議が発足。だが、顧問会議の初会合4日前に、旗振り役で本部長の福田康夫首相が突然、辞意を表明、会議の存続を危ぶむ声さえ広がる。しかし結局、初会合は9月5日、予定通り行われ、きしみながらもスタートを切った。

  国家公務員制度改革基本法は、与党が民主党の修正案を呑んで成立したものだ。与野党合意の法律だから、政権が交代しても立ち消えることなく、今後具体化していく。成立した修正案は、「公務員が国会議員と接触した場合の記録の作成・保存と情報公開への必要な措置を講ずる」など、当初の政府案よりかなり改善されている。
  しかし、修正案では一個所、政府案の良さが打ち消され、大きく後退した。政府案では、各省の「総合職」(政策の企画立案に関し高い能力を重視する幹部候補生の試験の合格者)を内閣が一括採用することとしていた。これを修正案は、旧来通りの「各省ごとの個別採用」に戻してしまった。結果、各府省庁ごとの幹部候補生(I種試験合格者)の採用が出身省庁の利益を追求するセクショナリズムを生んでいる現状は、温存されたのだ。

  基本法にはもう一つ、重大な欠陥がある。それは公務員人事を「政治主導」とするために、内閣官房長官を内閣人事局の最高責任者に据えたことだ。
  ということは、時の政権の下で国家公務員の幹部人事がコントロールされる、ということだ。言い換えれば、政治権力から中立であるべき公務員人事は、時の権力者の意のままにされかねない。

英国のシステムにみならえ

  この点で、英国のシステムのほうが優れている、と筆者はみる。英国では局長級以上の任用の承認などを担う「人事委員会」は、政府から独立している。本省課長級以上の上級公務員は、政権の恣意的な人事を免れ、腰を落ち着けて仕事に専念できる。
  筆者は以上の二点で、基本法に盛られた政治主導の改革面の一部は評価するものの、全面的に首肯するわけにはいかない。同様に、この制度改革にリンクした「官民交流センター」(新・人材バンク)の天下り規制法にも反対せざるを得ない。センターへの反対理由は、要するに天下りの事前規制の撤廃と事後規制への転換は、実効性に期待できず、センターの再就職のあっせんは、天下りをむしろ、人事院によって制限されてきた民間企業に広げる結果になるだろう、規制どころか天下りの“解禁”につながるだろう、ということだ。

  現行の公務員制度改革は、ステンドグラスにたとえれば、まだ部分しか決まっておらず、全体像が美しく仕上がるかどうかは、依然、不確かなのだ。
 公務員制度改革をしっかり完成させ、天下り問題を根絶し、官僚のモラルを維持するためには、海外の進んだモデルを比較研究する必要がある。「情報鎖国」から、先進各国制度の長所を求め、吸収しなければならない。結論から言えば、筆者が青年時代に遊学したドイツの公務員制度に、大いなる示唆が潜んでいると思われる。

ドイツ制度の優れた特性

  ドイツの官僚制が、日本のあるべき公務員制度を考える上で有力なモデルとなるのは理由がある。英国に「追いつき、追い越せ」が国家的課題だった19世紀から20世紀初頭のドイツが、その封建的な官僚制をマックス・ウェーバーの言う近代的官僚制に進化させていった。かつて「君主の使用人」だった官吏の役割は、特定の党派に味方しない行政の中立的な執行者へと変身していく。
  今日のドイツは、戦前にナチス政権に全面協力して国家破滅に追いやった官僚制の反省に立ち、政治権力からの中立を重視した公務員制度を確立したかにみえる。われわれは、この制度モデルに着目して、日本の制度改革を考えてみる必要があろう。
  一度でもドイツに旅した人なら気が付くが、ドイツの役人の杓子定規ではあるが、きちんと対応する信頼感・安心感は他国に例をみない。鉄道でイタリアからオーストリアを経てドイツに入ると、鉄道員の制服の着こなしから「ドイツにとうとうやって来た」と実感したものだ。

  人事院資料や『公務員制度改革 ― 米・英・独・仏の動向を踏まえて』(村松岐夫・編者)などによって、ドイツの公務員制度をみてみよう。
  その最大の特性は、公務員が「官吏」と「非官吏」の二グループから成り立っていることだ。「官吏」は、裁判官や大学教授などと並ぶ「専門職業(プロフェッション)集団」の一つで、公法上の勤務義務を負い、公権力の行使に当たる職務を遂行する。いわば「エリート官僚」だ。
  これに対し、公権力の行使に当たらない職務、つまり官吏の補助的業務や日常事務・実務を行い、私法上の雇用関係にあるのが、「非官吏(公務被用者)」だ。いわば公法上、勤務関係にある官吏と、私法上、契約関係にある職員・労働者という二つの身分が併存する「二元的公務員制度」である。
  非官吏は、官吏の下でその指示を受け、“縁の下の力持ち”的な遂行労働を担うのである。私法上の雇用関係だから、民間の会社員が役所に雇われる形と考えればよい。  この二元的公務員制度の下で、官吏の労働基本権は非官吏とは全く異なる。団結権は認められているが、協約締結権、争議権は制約されている。ただし、給与などの勤務条件の変更については意見を述べることができる。
  労働基本権が制約されている点では、日本の公務員制度と同様だ。


厳しい義務と“生涯保障”

  官吏については、基本法で伝統的な「職業官吏(Berufsbeamte)の原則」の保持が明文化されている。それらは「終身にわたる奉職、本人および家族に対する生活保障、忠誠義務、政治的中立、ストの禁止」などの原則である。
  官吏に関する立法は、連邦が枠組み法をつくり、これが一六の州や市町村に適用されるという。官吏の割合は連邦で、全公務員約47万7000人のほぼ3分の2を占め、残りが非官吏だ。官吏の公務員に占める比率は、州では62%、市町村ではわずか14%に減少する。
  このことは、市町村では実務のほとんどが非官吏によって行われていることを意味する。逆にいえば、官吏はエリート専門職として優遇され、公務上の厳しい義務を負う一方、身分保障されて、終身雇用や恩給で生涯にわたり生活を保障されるわけである。
  ということは、日本のように役所が早期退職慣行によって天下り(組織的再就職)あっせんをしていく必要は生じない。したがって、天下り先の公益法人などで行政から多額の補助金を受け取ったり、業務委託を独り占めするような実態もない。
  官吏は、全体の奉仕者として「政治的中立」を求められる。ただし、次官、局長などが大臣の信任が得られなくなった時には「一時退職」(一定期間、給与と割増恩給を支給)させられる。


  官吏任用の条件は、どんなものか?官吏の官職は、学歴や専門領域を資格要件として分類され、高級職(大学卒)、上級職(専門大学卒)、中級職(実科学校卒)、単純業務職(基幹学校卒)の四階層に大別される。高級職には、本省課長や参事官、上は事務次官のような上位の職制が適用され、その他の職は下位の職制が適用される。事務次官の多くは、部内の高級職から登用されている(図表2)。
  そして次の点が、とりわけ参考になる。
  高級職への採用者は、見習い期間を経て10年位で「準課長級」に昇進する。しかし、その後の昇進は保障されていない。本人の努力と能力次第で、事務次官まで昇進する者がいる一方、準課長止まりで定年(65歳)を迎える者も多い。能力と実績が評価されなければ、幹部に登用されないのだ。
  日本の国家公務員試験I種合格のキャリア官僚とは違い、「課長以上」への昇進は保障されていない。日本では採用時の一回の試験で、将来の昇進度が決まる。キャリア官僚は、上はトップの事務次官から下は課長以上と、例外なく幹部となる。ドイツの制度は、日本に比べ幹部への競争圧力は高く、遙かに優れている。

天下りを必要としない制度

  官吏は在職中は給与、退職後は恩給を受ける。恩給は退職時年収の約七割と、充実したものだ。
  この手厚い待遇から、官吏が再就職することはまれだという。中途退官すれば恩給の受給資格を失うからだ。例外的に再就職する場合、官によるあっせんはなく、官吏自らが再就職先を見つけることになる。ドイツの官吏は生涯、官僚人生を全うするのである。 “終身官吏”として身分保障される官吏は、これと引き換えに、節度と自制が厳しく義務付けられている。
  その一例を挙げれば、職務に関連する報酬や贈物の受領について、官吏は「終身」、非官吏は「在職中」禁止されている。
  このドイツ版キャリア制度を天下り問題と絡めて考えてみよう。

  日本の天下りあっせんは、各省が天下りの受け皿を官製法人や傘下のファミリー企業に引き受けさせながら、毎年、組織的に4000人前後の規模で繰り返す慣行だ(図表3)。この慣行を廃止するのが天下り廃止の早道だ。そして、この慣行廃止と合わせて、天下り自体を必要としない「新しい制度モデル」を適用する必要がある。
  この意味で、上述したドイツの公務員制度は、取り上げる価値のあるモデルといえるのではないか。
  なぜなら、一つにはドイツ型の「官吏」の立場は、多くの官僚にとって安心して仕事に身を入れられる、満足のいくモデルになるだろうからだ。ドイツモデルだと、終身雇用となり、恩給も得られるから、そもそも天下りする必要はなくなる。役所の組織的な天下りあっせんも、不要となる。
  もう一つ、ドイツモデルの長所は、課長以上のエリート官僚を能力と実績に応じ、少数に選別していくことで、行政コストの膨張を抑えられるばかりか、天下りがなくなると共に、天下り先法人の公金ムダ遣いもなくなることだ。結果、全体として行政コストが削減され、公務の清廉性と「小さな政府」の実現が見込まれる。
  天下り問題の根絶と公務への信頼、官僚のモラル向上―これら“一石三鳥”の効果が狙えるのである。



国が人件費で倒産する日 2005年1月27日 北沢栄

 このように、政府のスリム化実現の見通しはつかないまま、公務員人件費は異様に膨れ上がった。財務省と総務省によれば、国と地方を合わせた05年度税収見込みは77兆3259億円。これに対し総定員法(行政機関の職員の定員に関する法律)が対象とする中央省庁の国家公務員(約33万人)の総人件費(月給のほか諸手当、退職金を含む)が年間5兆4774億円、地方公務員(約320万人)が同22兆2885億円の計27兆7659億円(04年度予算)。

 これだと対象公務員の税収に対する人件費比率は36%だ。ところが、国家公務員を自衛官や日本郵政公社職員(それぞれ約28万人と約29万人=03年度末)などを加えた総数の約110万人ベースでみると(図参照)、地方公務員のと合わせた公務員の総人件費は、複数の官庁筋によれば40兆円近くにも上る。
 そうなると、国と地方を合わせた税収の実に50%に達する。国民の納めた税金の半分が、公務員の人件費に費やされることになる。


 しかも、特殊法人や認可法人の準公務員や独立行政法人の職員の場合も、国の予算で人件費を支給しているから、これを足すと同人件費比率はさらに跳ね上がる。加えて、行政から事業の委託を受ける公益法人や地方の第三セクターの多くで、職員の人件費が補助金の形で賄われている。政府とその傘下にすそ野のように広がる政府関係法人の職員の人件費が、国税と地方税の半分を吸い上げるのだ。

 この国が膨らみすぎた公務員の人件費ゆえに、事実上倒産する日が来ても不思議でない。民間企業なら売上高に対する人件費比率が50%に上れば、そもそも企業活動が成り立たない。製造業の場合、人件費の対売上高比率が20%になれば、経営の危機ラインとされる。税収の半分が公務員の人件費というのは、どんなホラー小説よりも恐ろしい現実だ。  だが、この恐るべき真実を、政府はまだ公式に明かしていない。



(私のコメント)
今日は公務員のボーナスの支給日ですが、平均92万円のボーナスだそうです。これから就職する学生さんは絶対に公務員に就職したほうが人生の勝ち組になれます。国と地方を合わせて公務員は400万人近くいますが総人件費は40兆円であり、公務員一人当たりの人件費は1000万円になる計算になります。だから年末のボーナスの金額が92万にもなってしまう。

ニュースでは採用の内定取り消しや派遣の打ち切りなどで問題になっていますが、公務員はリストラされる心配が無いから、いったん公務員になればサボり放題でもクビになる心配は無い。奈良市では6年間に8日しか出勤しなくても給料はちゃんと出ていたようです。さらに60歳の清掃職員は1100万円もの年収があるそうです。


清掃職員が年収1100万円の「高給」 「給与体系に問題あり」と奈良市見直しへ 9月19日 JCASTニュース

 奈良市環境清美部の清掃職員(60)の最高年収が約1100万円に上ることが明らかになった。市では給与システムに問題があったことを認め「給与体系を見直さなければいけない」としている。同市環境清美部をめぐっては、ほとんど出勤していないのに給与が満額支払われるケースや、暴力や飲酒運転も表面化。「環境清美部の体質」の問題さえ指摘されている。今回の「高給」にも何らかの背景がありそうだ。

奈良市環境清美部をめぐっては06年10月に、病気を理由に休み続け、5年9カ月の間に出勤8日で給与を満額受け取っていた男性職員のほか、男性職員4人についても休暇と休職を繰り返しながら給与を満額受け取っていたことが発覚。不適切な勤務が最初に発覚した男性職員は部落解放同盟奈良市支部協議会の副議長を務め、市側と何度も交渉していた。また、08年に入っても上司への暴力や飲酒運転で同部の職員2人が懲戒処分されている。



(私のコメント)
日本はまさに公務員天国であり、特に地方公務員はおいしい職場のようだ。このような官民の格差が広がったのは、民間が不況続きで給与水準が下がり続けているからですが、官民格差の是正は政治の弱体でなされていない。国家予算の半分が人件費で消えてしまう計算ですが、地方では人件費も地方税では賄いきれないほど貰っている。

派遣労働者になるくらいなら、地方の清掃員になれば1100万円も貰えるのだから絶対に得だ。警察官や自衛官も年中募集しているのになぜ若い人は公務員を敬遠するのだろう? 特に自衛官は年中隊員が不足しており募集しても集まらない。公務員は若い時は確かに給料は低いが、長年務めると給与体系で上がり続けるからいい給料になる。

長年日本は財政赤字で悩んでいるにもかかわらず公務員改革はなかなか進まない。800兆円の赤字のうちのかなりの部分は公務員の人件費であり、赤字国債で賄われている。だから財政赤字を直そうと思えば公務員改革はしなければ赤字財政は治らないのですが、財務省の役人は増税して賄おうとしている。しかし税収の多くが人件費で消えてしまっては国民の税負担能力にも限界があり、消費税を上げても消費が減って減収になるだけだ。

北沢栄氏のブログではドイツの公務員制度が紹介されていますが、終身雇用で恩給ももらえるから天下りする必要が無い。日本もそうするには給与法を変えないとなりませんが、現在の政治力では法改正は無理なようだ。年功序列で出世して課長以上の役職が保証されているから無能でも出世が出来る。ドイツでは終身雇用であっても年功序列ではない。

日本の官僚の早期退職制度はおかしな制度であり、年功序列制度とセットになっている。無能なら万年平職員でもいいと思うのですが、出世が絞られるにつれて早期退職が促される。それを補っているのが天下りであり、民間でも大企業は子会社などに出向や転籍などで間引きして行く。

私自身も長いこと会社勤めをしてきたからわかるが、年功序列で出世させられて行く。万年平社員でもいいという人もいるのに何故一律に出世するのだろうか? 例えば定年間近の60歳の職員を25歳のエリート職員が仕事を指示するには抵抗があるのだろう。会社を家族と思えば当然年功意識が幅を利かすからそうなってしまう。

だから公務員の天下りを無くすには、役所に家族意識を持ち込まないことだ。さらには先輩後輩の関係も日本ではかなり強くて、1歳年上でも敬語を使って上下関係が生じてしまう。日本の会社は役職よりも年齢で上下関係をつける事が幅を利かせる社会だ。日本の軍隊も士官学校の卒業年次や成績順が優先されて、適材適所の人員配置が出来ない。だから戦争に負けたのだ。

日本社会から年功序列意識を脱却させるには儒教道徳から直さないと難しいだろう。私的な場と公的な場とで年功意識を変えることは難しいだろう。私も年上の部下を使った事がありますが態度がでかい年上の部下をどなりつけた事があります。だから公的な会社では役職が絶対であり年功序列意識は変えていかなければなりません。だから10歳、20歳年下の同僚からタメ口で話されても気にしない意識が持てるだろうか? その意識を直さないと年功序列体制は直せない。




必ず「端末とネットワークを同時に進化させる必要」があるわけです。
そしてそれが出来るのが、キャリア主導で技術開発をしている日本だけ。


2008年12月9日 火曜日

ガラパゴスケータイの真実 12月8日 AIR-internet-EDGE

日本のガラパゴス化、って言う言葉が、最近富にはやっていますね。そんな中でもやっぱり多く聞かれるのが、携帯電話のガラパゴス化。今日はそんな世間の評判について、常々考えていることを一つ。

ガラパゴス化、ってのは、要するに、外界との接触を絶った状態で独自の進化をしていることを揶揄する言葉であるわけですが、確かに、日本の携帯電話業界は、世界から見てもかなり異色の進化を遂げています。

で、大体この言葉が使われる文脈としては、「このような特殊な環境で進化してしまったがために、日本の携帯電話メーカは海外で勝負できない」と言うような否定的な流れにつながっていくわけですね。しかし、私自身としては、このガラパゴス化は決して悪いものではない、と思っていたりします。

それどころか、日本はガラパゴス化さえしていない、と思うんですね。こればかりはきちんと当てはまる言葉があるわけでもないし、私が勝手に言葉を作るわけにも行かないので、一言では言いにくいんですが、あえて言うなら、日本の携帯電話は「壮大な進化実験施設」なんです。

まずもって、日本が海外と大きく異なっているのは、通信事業者、つまりキャリアが、独自に技術開発を行っている、と言うところ。例えば、携帯電話にカメラを付けるとかだったら、メーカが勝手に研究開発すれば良い話ですが、コンテンツを提供するためのプラットフォームと閲覧するためのブラウザ、料金回収代行を行うための通信ユーザとコンテンツユーザの統合システム、と言うのは、キャリアが主導で開発しないと生まれません。事実、iモードをはじめとするキャリアブランドのコンテンツプラットフォームが生まれたのは日本が世界でも最も早かった国の一つです。

ネットワーク・アプリケーションサービスと、端末、と言うのは、切っても切れない関係です。しかし現実には、端末を作るメーカはアプリケーションサービスのノウハウがありませんし、ネットワーク機器メーカはもちろん端末のことなど知りません。端末メーカは標準化された仕様にしたがって淡々と端末を作り、ネットワーク機器メーカも同じくネットワーク機器だけを淡々と作っているだけでは、いつまでたっても「新しいサービス」が生まれてこないわけです。誰かが標準化の場で「こんなことやれるようにしたら面白いんじゃね?」と提案したとしても、誰も実施していない新しいサービスが標準化され便利に使えるものになるのはかなり難しいでしょう。

例えば、WAP。端末からインターネットを見られるプロトコルを定めちゃいましょう、と言うことでiモード以前から標準化は行われていましたが、当初の完成版であるWAP1.0は、お世辞にも使いやすいものではありませんでした。端末への実装も難しいしコンテンツプロバイダに要求する技術的ハードルもきわめて高かったのです。

WAPが本格的に使い物になり始めたのは、WAP2.0から。そして、このWAP2.0が生まれたのは、何をおいても、日本でのiモードの大成功があったからです。WAP2.0ではiモードで培われた多くのノウハウが取り入れられ、結果として、WAP2.0は世界に受け入れられるものになりました。WAP2.0が生まれるには、日本と言う実験場でサービスをしてみる必要があったのです。

このように、何かを新しく始めるには、必ず「端末とネットワークを同時に進化させる必要」があるわけです。そしてそれが出来るのが、キャリア主導で技術開発をしている日本だけ。キャリアを頂点とした封建社会を築いているからこそ、新しいサービスが現れることになります。これがどうも「独自の進化」に見えてしまうんですね。実際には、日本の携帯は単に「世界の3歩先を走っている」だけなんです。

逆の例を挙げてみましょう。例えば、最近はHTがスマートフォンで盛んに日本に参入しています。もちろん、MSの推すWindows Mobileで、です。ところが、このWMスマートフォン、日本の有料コンテンツを使えません(ウィルコムだけは違いますが)。それは、有料コンテンツを端末からワンクリックで購入できるシステムに、世界がまだ追いついていないからです。海外では、いまだにいちいちクレジットカードを登録して決済するのが一般的です。このため、決済システムを独自に構築できるコンテンツプロバイダしかコンテンツを提供できず、結果としてコンテンツ市場はあまり広がりません。一方、日本ではその決済システムをすべてキャリアが肩代わりしてくれています。だから、資本金の小さなベンチャーでも気軽にコンテンツビジネスに参入できるのです。結果、日本のコンテンツビジネスは非常に活発で、毎日何百何千と言う新しいコンテンツが生まれ続けています。

いずれ、これらの「決済システムをキャリアが肩代わりする」と言うシステムに世界が追いついてくるでしょうし(一部のキャリアではすでに実施されています)、これを実現するために端末(ブラウザ)に要求される仕様も標準化されることになるでしょう。そうなれば、WindowsMobileとてその標準に対応するようになるはずです。現在は、まだその段階に到達していないと言うこと。だから、WindowsMobile端末は、いわゆる「公式コンテンツ」的なものに対応していないわけです(ウィルコムだけはかなりの荒業でこれを実現しているようですが、世界的な標準になるかは・・・多分無理;苦笑)。

最近の例で言えば、緊急地震速報やおさいふケータイなども、まだ世界的には標準が定まっていません。結果として、(キャリアからフリーの)端末メーカは何を作ればいいのかわかりませんし、端末に合わせてサービスを考えるキャリアも何を作ればいいのかわかりません。こういった新しいサービスを試すことが出来るのは、キャリアががっちりと端末メーカ、ネットワークインテグレータを押さえている日本ならでは、なんですね。この試行の結果、これが上手く行くとなれば、いずれ世界的に標準化の流れが起こるでしょうし、そうなれば○年を目処にみんなで対応しましょう、と言う話にもなるでしょう。ただ待っているだけの海外の端末メーカ・キャリアと、積極的に新領域に突撃していく日本のキャリアとそれに率いられた日本のメーカ、サービスが全く異なるものになるのは、当然と言えば当然なんですね。

最後に苦言を一つ言うなら、そもそもこういった「新領域突撃ビジネス」を支えていたのは、端末購入インセンティブ制度だったわけです。端末に依存する新サービスを速やかに広め、高めていくためには、やはり端末の買い替えをどんどんしてもらわなければならなかったわけです。そういった「うやむやゾーン」を「悪」として是正を求めた総務省に対しては、改めて「バカ」の言葉をお送りします。おかげで端末は新しい技術の要らない外装焼き直しみたいなものばかりがあふれ新サービス開発は大幅に減速していますし、端末販売数も低迷して、逆に端末メーカの競争力を失わせています。

すでにソフトバンクは「独自技術を持つのをやめました」と戦線離脱宣言、ウィルコムも「脱ガラパゴス」と聞こえはいいですが要するに世界の後追いをしますよ宣言、イーモバイルは海外機器を買い付けるだけの言うに及ばず状態、世界の携帯技術を引っ張っていける日本のキャリアはドコモとKDDIだけになってしまいました。今のインセンティブ不要の風潮がこのまま続けば、KDDIさえ脱落する可能性が高いと言えます。

と言うことで、とかく「ガラパゴス」とまで言われ悪いことのように言われる日本の携帯の独自技術、すべてとは言いませんが、かなりの部分はむしろ「世界を引っ張っている誇るべき技術」なんですよー、と言うことが言いたい一言でした。でわー。



日本の携帯ウェブ市場は超先進的―でも世界的なモデルとするのは難しい? 8月11日 TechCrunch

成長のきっかけを作った3つの触媒―高機能携帯電話機、大量コンテンツ、要求水準の高いユーザー
携帯テクノロジーのマーケットにおける世界でもっとも進歩した実験室という日本のイメージは間違っていない。現在日本では、驚くべきことに、9千万台もの3G携帯電話機が利用されている。人口1億2700万人のこの国で、70%以上の人々が携帯のウェブ・データ契約を結んでいる。ちなみに3G携帯の普及率を他の地域と比較すると、アメリカ、323.8%(利用されている3G携帯の総数は5200万)、ヨーロッパ、11.1%だ。アメリカで携帯からウェブにアクセスできる契約を結んでいるのは携帯ユーザーの15.6%に過ぎない。

日本の3大携帯キャリヤ(SoftBankKDDI au、それに首位のNTT Docomo)は、毎年100機種以上の3G携帯電話機をリリースしている。どの機種も鳴り物入りで派手な機能を競い合っている。(iPhoneが日本で発売されたのはほんの先月に過ぎない)。日本の<ケータイ>には、店での買物の支払い(「お財布携帯」)に、公共交通機関の支払いに、2Dバーコードリーダーに、健康管理ターミナルに、辞書に、カラオケ・プレイヤーに、デジタルTVに、音楽プレイヤーに、eブックに、と盛りだくさんなサービスが用意されている。

一部の機種は、ブルーレイ・レコーダーからのビデオ転送機能、最寄りの警察に通報できる防犯ブザー、音声テキスト変換機能まで備えている。6月にDocomoは、Wi-Fi機能を備えた携帯ユーザー向けに、家庭内の無線LANを通じて最大54Mbpsで携帯用ウェブサイトにアクセスできるホーム・サービスを開始した

先端的機能を満載した携帯が手に入ることが、日本のユーザーの多くがパソコンを所有せずもっぱら携帯だけでウェブを利用する最大の理由だ。これは一時的流行ではない。日本のユーザーはほとんどSMSを使わない。代りに親指テキスト入力で、絵文字やエモーティコン、ギャル語、顔文字その他の流行の表記を利用している。飛行機のチケット予約、洋服の注文、中古品のオークション出品、ゲーム、直接引き落としで映画の切符を購入、といった機能は何年も前から日本の携帯で提供されてきた。

非常によくできたテクノロジー―ただし半分閉鎖された空間
日本企業は携帯電話市場に通常のインターネットのモデルを再現して持ち込もうとはしなかった。その代りに携帯電話専用のサイトとビジネスモデルを構築した。Docomoのi-modeが1999年にローンチしてブームに火が付いたといってよい。ただちにライバル各社がそれぞれ独自のウェブシステムを構築して後を追った。

今日では、日本の携帯ウェブは高速で洗練されており、技術的にも安定した使いやすいサービスとなっている。携帯電話の専用ボタンを1回押すだけで、数秒以内にオンラインにアクセスできる。通常はキャリヤが設定した専用のトップページが表示され、そこから容易にナビゲーションを始めることができる。あるいはユーザーは携帯ウェブサイトの直接URLを入力して所望のページを訪問することもできる。この場合、1キーのショートカットを使って簡便にブラウズが可能だ。

携帯版ではない通常のウェブサイトの閲覧も可能だ。たとえばDocomoの場合、独自の改変を加えたhtmlとi-modeのみサポートするプロトコルのミックスを用いている。つまり、auのEZwebの契約者はDocomoのウェブ環境にはアクセスできない(その逆もまた真)ことを意味する。ちなみに、WAPは日本ではほとんど普及していない。

しかしさすがの日本の携帯ウェブ産業もすべてがバラ色というわけではない。不適切なCSS、クッキーが利用できない、スクリプトがサポートされていないなど、デベロッパーはキャリヤの提供する環境が不十分なことに悩まされている。最近デベロッパーが特に大きなダメージを被ったのは日本政府とキャリヤによるコンテンツ規制―子供に有害なコンテンツを排除するための規制だった。

強力なトリオ―政治家、キャリヤ、コンテンツ・プロバイダがいずれも前向きに取り組んでいる
日本の携帯ウェブ・プロバイダはエンドユーザーから料金を得る料金の他に、デフォr−ルト・メニューの目立つ位置にコンテンツを掲載することでコンテンツ・プロバイダから多額の料金を徴収している。携帯キャリヤはまた各種の支払いを一括管理する役割を果たし、携帯上での取引をきわめて容易にしている。たとえば、ユーザーがi-modeサイトからゲームをダウンロードした場合、Docomoは手数料として約10%を徴収し、コンテンツ・プロバイダに残りを支払う。ユーザーは月々の携帯電話料金に合算された額を一括して支払えばよい。

つまり、日本の携帯ビジネスでは、キャリヤとコンテンツ・プロバイダの協力の上に3本柱のキオスク・モデルが打ち立てられている。

携帯キャリヤは、

このフレームワークに基づいて、コンテンツ・プロバイダは、

携帯ウェブ・マーケットは日本政府の強力な支援のもとに発達した。つまり、日本政府が政策的判断により3G携帯の導入を図ったため、携帯キャリヤは新たな帯域のために1円も支払う必要がなかった。これに比べて、2000年に英国、2001年にドイツが3G携帯を導入した際には、それぞれ$58B(580億ドル)、$78(780億ドル)をライセンス料としてキャリヤから徴収している。日本では国庫の収入を図らず、マーケットの立ち上げを重視する政策が採用された。これが成功を収めた。

日本の総務省によると、2007年の日本の携帯電話の売り上げは$106B(1千60億ドル) (2006年に比べて23%アップ)、携帯通販は$67B(670億ドル)、携帯コンテンツは$39B(390億ドル)に上る。ひとつだけ例を上げよう。携帯電話を通じた音楽ダウンロードの売り上げは$10.2(102億ドル)で、2006年から42%のアップとなっている。

日本は急速に超携帯社会へと変貌を遂げつつある。他の地域でこれを真似するのは、少なくとも同じようなペースで実行するのは相当難しいだろう。注目すべきは、アメリカその他の社会が、携帯ウェブの構築にあたって、よりオープンな標準を採用し、閉ざされた空間となることを避けることによって急速な発展を遂げ、日本を追い越せるかどうかだ。この点の成否については将来に待つほかない。

一方で、日本はいかにも日本らしく、すでに次世代の環境づくりに邁進している。次世代携帯ネットワークだ。今年3月にDocomoはスーパー3Gシステムの実験で、パケットを250Mbpsの速度で送信することに成功し、2009年中のローンチに向けて準備を急いでいる。



(私のコメント)
インターネットはパソコンよりも携帯電話で利用する事が主流になってきました。携帯電話なら何処にいてもネットに接続できますが、ノートパソコンを持ち歩いて仕事をしている人はわずかだろう。さらにパソコンだけではネットに繋がらず携帯電話を繋げなければならない。ならば携帯電話でネットが出来るようになればいいわけです。

最近ではパソコンはネット端末としてよりもテレビ観賞用に進化しているように見える。その証拠にディスプレイと一体化したパソコンが増えて大型化している。ネットの動画サイトも見られるテレビも出てきたし、携帯電話でも動画サイトが見られるようになって来ました。

携帯電話でユーチューブなどを見るには、端末の進歩と通信の進歩が無ければ出来なかった事ですが、端末メーカーだけでは出来ないし、通信電話会社だけでも出来ない。日本では通信電話会社が主体になって一括買取で端末メーカーに開発を促してきましたが、そこから日本の携帯電話の多機能化が始まった。

外国ではもっぱら携帯電話は通話が主体であり、携帯電話でインターネットを利用するなどといったことはアップルからiPhoneG3(アイフォーン) が出てきて始めて実用化された。G2ではブログを1ページ受信するのに2分もかかっては実用性が無い為だ。

このように日本では新世代の携帯電話がいち早く実用化されてきたのですが、この事を日本のエコノミストたちは「日本はガラパゴス化している」といって警鐘を鳴らしている。しかしG2のGSM携帯とG3の携帯は別物であり、DOSパソコンとWindowsパソコンは別物であり、OSからアプリケーションまで全部違うようなものだ。

日本の携帯電話は70%以上がネットを利用できるが、ヨーロッパでは11%、アメリカでは15%に過ぎない。海外で使われているのはまさに携帯電話ですが、日本で使われている携帯は電話というよりも情報端末になっている。さらに日本ではスーパーG3の次世代携帯ネットワークが作られ、パケットを250Mbpsで交信が出来るようになる。

このように日本ではインフラと端末とが一体になって進歩が進んでいるのですが、海外でがようやくG3インフラが普及し始めたばかりだ。紹介した二つの記事にもあるように日本は携帯電話の可能性を探る実験場のようなものであり、日本の携帯にはありとあらゆる機能が詰め込まれて、ユーザ−はとても使いこなせないほどの機能が詰め込まれた。

世界でこのような先進的な実験ができるインフラと市場規模を持った国は無いのであり、携帯でインターネットを利用できる代わりに高い利用料金を支払わされている。また高い利用料金を払って、新しいものに飛びつく国も日本しかないのであり、経済力と高い技術力と使いこなせる高い国民資質が必要だ。

問題は日本の開発スピードと欧米の開発スピードが段違いに異なる事であり、日本で成功したモデルを欧米やその他の世界でそのまま適用できない事だ。日本人ですら使いこなせないような多機能携帯は外国人には宝の持ち腐れになってしまう。それよりか安いほうが良いと言う事になるだろう。

iPhone3Gはアメリカやヨーロッパでは画期的なモバイル端末として話題になっていますが、携帯では出来るのにiPhoneは出来ない事が多い。しかも通信が不安定でよく落ちる。ソフトを改良していけば改善されていくのでしょうが、安さで売らないと普及は難しいだろう。アメリカではウォルマートで99ドルで投売りされる。

日本でも1円の携帯が売られていた事がありましたが、これからは機能よりも安さで売れるようにしなければ世界に普及は難しいだろう。携帯が情報端末として成功するにはネットを利用できる事と参入のしやすさだ。アプリケーションがダウンロードして自由に使えるようになれば世界的に普及するのは夢ではない。しかし現在は通信電話会社と端末メーカーがアプリを独占している。

昔のパソコンなどではNECや富士通がハードもソフトも囲い込んでいましたが、DOS/Vパソコンの普及で全滅してしまった。携帯電話でも同じ失敗を繰り返すのだろうか? だから日本のエコノミストたちは日本の携帯をガラパゴス化していると批判するのでしょうが、パソコンは通産省がアメリカに配慮して日本のパソコンのOSとCPUを実質的に潰してしまったのだ。




ビッグスリーが延命できる策としては、政府管理下に置いた上で「ビッグ
スリー・カンパニー・HD」といった持ち株会社化の形での存続です。


2008年12月8日 月曜日

ポスト・ビッグ3はポルシェVW連合 12月3日 中島孝志

ビッグスリーの凋落後の自動車市場を巡る勢力図について今回は見てみましょう。カギを握るとにらんでいるのが、独ポルシェです。フォルクスワーゲン(VW)社長でもあり、現ポルシェオーナーのピエリ氏(ポルシェ創業者フェルディナント・ポルシェ博士の孫)の数式として考えてみます。

 まずビッグスリーの置かれた現状の厳しさを改めて見てみましょう。11月26日付日経産業新聞によると、米調査会社のオートデータによる10月の米国新車販売で、GMなど米ビッグスリーのシェア(乗用車)は前月比3.8ポイント減り32.1%でした。対して日本メーカーは3.3ポイント増の48.9%です。シェア急減も当たり前です。だって倒産するかもしれないメーカーのクルマを買う人はいませんからね。買った後、メンテナンスに対応してもらえるかどうかわからないところのクルマを買うわけがありません。

 GMの株価は2ドルを切りました。フォードも似たようなもの。クライスラーだけは非公開企業ですからね、でも株式の80%を保有するサーベラスはどうするんでしょうね。

経営危機のビッグスリーに対し、米国政府の金融支援の調整が大詰めを迎えています。250億ドルとか500億ドルといった巨額融資に応じるかどうかの瀬戸際なわけですが、仮に融資が実現したとしても、ビッグスリーにとっては急場しのぎに過ぎません。ガソリンがぶ飲みの車を長年作り続けてきて、いきなりエコカー生産へと急に方向転換ができるわけがありません。

 私はビッグスリーが延命できる策としては1つしかないと思います。それは政府管理下に置いた上で「ビッグスリー・カンパニー・ホールディングス」といった持ち株会社化の形での存続です。

 格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は年内にビッグスリーのうち1社以上のデフォルトがある、と予想していますが、私はGM、フォード、クライスラーのどれか1つを破綻させる、という選択肢はとりにくいと思うのは、オバマ次期大統領の所属する民主党を、全米自動車労組(UAW)が支持しているからです。ですからいったんは持ち株会社にし、彼ら自身に工場や車種ごとの存廃を決めるのです。

 幸いなことに、米メーカーの工場はおおよそクルマ単位で別工場に分かれていますから、今後も生き残れるクルマなのかどうかを判断し、工場の統廃合を進めるのが妥当だと考えます。

 ビッグスリー関連全体の従業員が約300万人といわれます。部品メーカーや、その家族なども加えると1000万人くらいは軽く超えるのではないでしょうか。それだけ自動車産業は裾野が広いですからね。

 現在でこそ、金融危機の余波で消費は落ち込み、米国の車販売は落ち込んでいます。しかし、中長期的に見ると、いずれ景気は回復する。しかしそのときにビッグスリーの生産能力は半分以下に減っているのではないでしょうか。

 するとクルマが足らなくなる。そのときこそがトヨタ、ホンダなど日本メーカーにとっての好機となります。「シェア争い」というゼロサムゲームの中では他人の不幸は蜜の味なのです。

そしてもう1つ、ビッグスリーが失ったシェアを拾うのではないかと考えるのが、ポルシェ・VW連合です。

 ポルシェはVWの株式の75%を保有、年内に子会社化を目指しています。

 VW株のオプション取引でヘッジファンドを向こうに回し、ぼう大な利益を上げたことが大きく報じられました。

 マネーゲームにおぼれたロンドンのヘッジファンドを、モノ作りに徹するポルシェが負かしたことに全ヨーロッパは溜飲を下げたという見方もありました。この結果、ポルシェの2008年7月期決算は、税引き前利益が約1兆円と、売上高(約9200億円)を上回る異例の事態となりました。

 このポルシェ・VW連合はファッションブランドの世界のLVMH(ルイヴィトン・モエヘネシー)グループに似ています。競合するブランドのように見えて実はすべてグループ企業――ポルシェ・VWグループにはアウディのほか、ブガッティ、ベントレー、ランボルギーニ、という高級車ブランドまで保有しています。

 で、さらにドイツのトラックメーカー「MAN」の買収に乗り出しました。ドイツ・ベンツなどの乗用車メーカーもトラックを生産しています。

 ポルシェ・VW連合は大衆車、高級車、スポーツカーに加えてトラックにまで触手を伸ばし始めたのです。ここまで幅広い分野をカバーするのはこの企業グループだけだと思います。

 いまは世界金融危機で消費は冷え込み、自動車市場も例外ではありません。しかしいずれ景気は回復します。そのとき、ポルシェ・VW連合が大もうけするのは確実です。3年後にすごい会社になるのではと予想します。

 ばら色のシナリオがポルシェ・VW連合を歓迎している、と考えていたところ、主力車種「911」の工場停止が報じられました。未曾有(みぞう)の金融危機の影響は、ポルシェ・VW連合にも及んでいることを現した形ですが、たいしたことはないと思います。

 ポルシェは電気自動車の開発構想もすでに進めています。ポルシェのエコカー……脱石油の動きはここまで来たか、という思いがします。ガソリンがぶ飲み車にそっぽを向き始めた米国でも大いに売れるでしょう。

 しかし、ポルシェ独特のあの排気音はどうするのか――。電気自動車にあの音を積んで走るつもりなのか。いちポルシェファンとして気になるところです。



(私のコメント)
アメリカにとっては自動車は生活必需品であり自動車会社は国策会社でもあるのですが、ビックスリーは倒産の危機に直面しています。ブックスリーもダウンサイズカー作りを目指してきましたが大型のSUVなど作ってばかりいた。

車には軽自動車、小型乗用車、アメ車といわれる大型乗用車がありますが、外見はよく似た乗用車であっても設計思想から部品レベルまで異なるものであり、ビックスリーが小型乗用車で成功できなかったのは当然なのだろう。フォードは日本のマツダの小型乗用車を作って何とか生き延びようとしている。

軽自動車もスズキ、ダイハツ、スバルなどの専業メーカーが作っているが、設計思想も違うのでトヨタやニッサンは軽を作ってはいない。ホンダなどはもともとはN360という軽自動車メーカーだったのですが、普通車からスポーツカーまで作るようになった例外的な会社だ。

今では自動車は、中国などの新興国でも中核産業となりアメリカに次ぐ自動車大国ですが、ほとんどが外国資本のメーカーであり国産化に失敗しているように見える。国産とは言ってもエンジンなど中核部品は日本製であったりしている。


多くの人が知らない:三菱は中国で最も稼ぐ国外自動車メーカー羊城晩報 2005年05月30日

とある小話。米国がゴールドラッシュの時、多くの者が西部に向った。それと同時に「水売り」も誕生した。しかし数年過ぎ、金を掘り当てる者は少なくなったが、路肩の水を売る者は大金を稼いだ。

三菱汽車公司はまさしくその水を売る者である。大きなグローバル自動車メーカーが次々を中国市場で金堀りをし、絶え間なく中国投資度を高める中、三菱汽車公司は行動は鈍く、現在にいたるまで、中国で株式の50%以上を保持する合資自動車メーカーを持っていない。長豊猟豹の中で三菱が占める割合はわずかに25%であり、東南汽車では間接持ち株の12.5%にすぎない。しかし、三菱汽車は中国市場で最も稼ぐ外国自動車メーカーの一社であり、その稼ぎの秘密は、中国で2羽の「金の卵を産む鳥」持っていることにある。1羽は瀋陽航天三菱発動機製造公司であり、もう1羽はハルビン東安発動機製造公司である。

これらから、中国の自動車市場において、奇妙な現象が生じている。三菱ブランドを掲げる国産自動車はチャレンジャー、エアトレック、パジェロV73の3車種であるが、三菱のエンジンを積んだ国産車は非常に多い。特集で既に上げた11車種の国産SUV以外にも、東方之子、中華、ランサー等の乗用車と、閣瑞斯、スペースギア、哈飛ミラージュディンゴ、風景愛尓法等のMVPや小型車はすべて「三菱の心」を積んでいる。

面白いのは、上記のSUV、MVP、乗用車のメーカーは、自社には自主ブランドをを開発できる能力があると殆どみな宣伝していることである。多くの国産エンジンが実現するなか、三菱の4G63/4G64系列と4G1系列のエンジンの性能は凡庸であるが、半数以上のいわゆる自主ブランド自動車が搭載しているのは、三菱の栄誉なのだろうか、自主ブランドの悲壮なのだろうか?

もっと重要なことは、多くの自主ブランドの乗用車、SUV、MPVと小型車が「三菱の心」を積み、車種が違っても、価格が違っても、同じエンジンを積んでいることにより、同質化し、消費者に対して自主ブランドの認識を混乱させ、最後には価格での生きるか死ぬかの競争になるのことである。最後に金が取れなくなっても、路上では多くの水を購入することになるのである。

エンジンは自動車の「心臓」である。自己のエンジンがないことは、自己の命を他人に抓まれていることに値する。国内の自動車メーカーは、本当の自主ブランドを確立すべきで、まずはエンジンの研究で自主を目指すべきである。言い換えれば、「金を掘る者」はまず、自己の部分十分な水を用意すべきである。

現在、奇瑞と中華は自己の新型のエンジンの研究を進めている。上海モーターショウでは、一部の最新の成果を発表した。技術の含みがどのようであれ、これは中国自動車業界の大きな一歩である。


(私のコメント)
このようにアメリカのビックスリーが小型乗用車を作っても成功しなかったのは小型乗用車用のエンジンの製造が上手く行かなかったからだろう。中国や韓国の乗用車も三菱などのエンジンを搭載しているから、純粋な国産車ではないのですが、彼ら自身は100%国産車だと思っている。

自動車などのエンジンは機械工学の粋を集めたものであり、コピーして組み立てても同じものは作れない。中国や韓国も国産の自動車エンジンを作ってはいるが歴史が浅くて技術の積み上げができていない。日本の自動車メーカーは戦前は軍用機を作っていた。つまり70年以上の歴史がある。

アメリカはジェットエンジンなどの技術は世界最高であり、小型の自動車エンジンなどは簡単に作れると思うのですが、やはりノウハウなどの積み重ねはすぐには出来ないのだろう。たとえ作る事が出来ても非常に高価なもので採算に合わない。日用品などは見よう見まねでも出来るのでしょうが、自動車レベルになるとその国の工業技術がないと作れない。

中島孝志氏の記事にもあるように、ビックスリーが後退した後の市場は日本とドイツの自動車メーカーが奪い合うようになるのだろう。しかも従来の車ではなくエコカーが勝負の決め手になる。当面はハイブリットカーがエコカーの中心になりますが、1台の車に二つのパワートレインを乗せるのだから簡単に出来るものではない。出来ても燃費が良くなかったりパワーがなければ意味がない。

ポルシェなどもハイブリットカーの試作をしているようですが、高級スポーツカーメーカーのポルシェまでがハイブリッドカーを作るのは意外な感じですが、高性能と燃費を両立させるには当面はハイブリット方式しかないのだろう。あるいは一気に100%電気自動車に行くのだろうか。しかしビックスリーが小型乗用車メーカーになれなかったように、トヨタやホンダも電気自動車の時代に乗り遅れる可能性もある。


ポルシェがハイブリッドを採用する理由 カービュー

7月にポルシェから届いた技術セミナーの招待状には「テクノロジー・ワークショップ--カイエン・ハイブリッド」と書かれていた。以前から噂されていたポルシェ製のハイブリッドの開発が、ついに公表できる段階まで進んできたというわけだ。

 今回明らかになったの主に5つ。@ベースとなるのはV6モデル。A発売時期は遅くとも2010年。BエンジンとATの間にモーターを挟み込む方式を採用。つまり噂されていたトヨタ方式ではない。Cトヨタ方式ではないものの、エンジンとATの間にクラッチを置くことでモーターのみの走行を実現。D燃費はEUの新走行モード(NEDC)で30%、米国の連邦試験方法(FTP75)で36%、実用燃費(シュトゥットガルト市内、郊外、高速道路を約1/3ずつ走行)で約25%の改善。

 詳しい技術解説は次ページに譲るとして、なぜポルシェのような少量生産メーカーが、ハイブリッド採用に動き出したのかを考えてみる。史上初の1000万台/年を虎視眈々と狙うトヨタはもちろん、年産数百万台規模の大メーカーならハイブリッド採用による燃費削減効果は地球的に大きな意味を持つ。しかし年産わずか10万台レベルという環境インパクトの小さい、しかも趣味性の強いクルマを専門につくるポルシェがハイブリッドを採用する意味はどこにあるのか?

 この疑問に対して、ポルシェは3つの理由を用意していた。@ガソリンエンジン単体での燃費向上対策がもはや限界に近づきつつあること。Aポルシェの目指すパフォーマンスにディーゼルエンジンはフィットしないこと。Bクルマの環境適合性に対するユーザーの意識が著しく先鋭化し、それが購買行動の変化につながると予測できること。ここで、もっとも注目すべきはBだ。そこには、少量生産メーカーであるポルシェとて、環境対策抜きにしては今後市場から退場を迫られるという危機感がはっきりと見て取れる。もちろん法的な規制もあるけれど、ポルシェが何より恐れているのはユーザー心理の変化だ。それはまさに、カイエン・ターボに陶酔しつつ、これでいいのだろうかという想いがよぎった僕の心理そのものと言っていい。

 贅沢三昧な暮らしを謳歌しているハリウッドスターたちが、ファッションとしてハイブリッドに乗っている現実。大衆車メーカーだったトヨタが、プリウスの登場によって一気に環境先進企業へとイメージを変えた現実。そういったことが今後さらに多くの人々−−現ポルシェオーナーや潜在的なポルシェオーナーにまで拡大していくことは容易に想像できる。ポルシェが市販化の数年前にモデル概要を発表するのは異例のことだが、この背景には、環境後進企業というレッテルを貼られる前に、何としてもハイブリッドを世に送りだしておく必要があるというマーケティング的な判断があったに違いない。ポルシェというブランドの特性や、それに伴う環境インパクトの低さといった冷静な議論など、もはや通用しないところまで現実は進んでいるのだ。



(私のコメント)
ビックスリーが滅んで行くのは恐竜が滅んだのと同じ理由であり、アメリカという環境に適合しすぎたからだ。時代は哺乳類の時代に入りつつある。石油という無限にあった餌が無くなりハイブリットという新種の車が登場してきた。ポルシェも中低速は電動で走り高速はガソリンで走る事で高性能と燃費を両立させる。

しかしトヨタ以外にまだ完全なハイブリットカーを作る事に成功していない。恐らく作る事が出来るのは日本とドイツぐらいだろう。ビックスリーもハイブリットカーを作っていますがトヨタとの合弁だ。もはやビックスリーは独自の開発費すら尽きてしまって新車を作る事が出来ない。ましてやエコカーは無理だ。だから滅び去るしかない。




アメリカが本当に8000トン以上の金を持っているなら、ドルは
ここまで暴落はしない。スイスフランが強いのは、金があるからだ。


2008年12月7日 日曜日

金と通貨を支配するものが世界の王となる 12月5日 投資小僧の金相場日記

今、金市場で注目をあびている事柄は、COMEXの価格操作と11月15日からワシントンで開かれるG20。この会議にはオバマ次期大統領も参加する。今、G20に関して欧米の関係者の間である噂がささやかれている。「欧州が提案する金本位制に関して話し合われるようだ」と。国内新聞では、新ブレトン・ウッズ体制として、特別引出権SDR(Special Drawing Rights)を本格導入か?と多くの紙面で書かれているが、所詮SDRはペーパーゴールド。通貨ではなく、信用手段にしか過ぎない。

あくまでもドルを延命させる措置にしか過ぎず、ドル崩壊の根本的な問題であるアメリカの借金を減らす解決には至らない。これを本格的に使えば使用量は制限され、使いすぎれば間違いなくインフレは加速し、金価格は暴騰する。また、これらIMF主導とするバスケット通貨なるものに対する導入に対して各国の対立は必至とみられ、とくに米国は過去の歴史を見ても、基軸通貨であるドルに代わるSDRや新通貨に対する抵抗は強く、市場の自由を制限する新ブレトンウッズ体制には慎重な構えを見せるだろう。このため、欧州の期待通りに事態が進展するかどうかは不明。結局は本物の金を裏付けとした新通貨を発行せざるを得なくなると思う。

ただ、金本位制にも問題がある。金本位制を導入したくとも、金市場の真実はIMF(国際通貨基金)が発表する世界の中央銀行金保有量は全くのデタラメであり、現実はこの30年間、銀行による金キャリートレードのやりすぎで中央銀行は銀行救済のため金を売却し続けた。したがって、IMFにも、中央銀行にも金はほとんどない。今回のG20、どうなるかわからないが、政府間による会議では、なかなか決着はつかないだろう。しかし、究極のリアルマネーである金をめぐりある壮大な計画が別の場所で進んでいるようだ・・・

ロスチャイルドの罠にはまったアメリカと各国政府

古今東西、金に関しては陰謀説がたくさんあり、何が真実で何が嘘なのかはっきりしないことが多い。しかし、それにははっきりとした理由があるのです。過去、そして特に20世紀は金をめぐる戦い(GOLD WARS)だったと言っても過言ではない。過去の歴史を見ても、帝国の衰退と戦争の裏には「命を賭けた金の奪い合い」が絡んでいる。どうしてなのか?それは、その時代の支配者が金は究極のリアルマネーであり、「金を支配する者が世界を支配できる」と信じたからなのです。

したがって、支配者は国民にペーパー資産を買うことを推奨しても、金を買うことを国民に推奨したりはしない。最も金を崇拝するもの達が「金は単なる金属だ」と言うのです。金を独占するために。過去240年近く世界を支配しつづけているロスチャイルド、彼らは世界の通貨発行権と金を支配する者が、世界を支配できると考えた。

ロスチャイルドの創始者であるマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは1770年、ユダヤ支配による世界統一政府樹立を目指した団体「イルミナティ」結成を誓った。その意志は、代々引き継がれ、ロンドン、ニューヨークを中心とする中央銀行を完全に支配し、富を築きあげた。後は世界中の金塊を奪うのみ。目的は、彼らの保有する金を裏付けとした世界通貨「フェニックス」を誕生させること。1988年発行のロンドン・エコノミスト誌に掲載された「世界通貨の実現へ 準備は完了した」という論文を以下に紹介しましょう。

アメリカ人、日本人、ヨーロッパ人、そしてその他の多くの金持ち国の人々、若干の貧困国の人々は同じ通貨で買い物をするでしょう。その価値は「フェニックス」で計算される。フェニックスは、今日の通貨よりも便利であり、人々に好まれるでしょう。その通貨は2018年までに誕生する。

フェニックス(不死鳥)は、エジプト神話にでてくる霊鳥。アラビアの砂漠にすみ、 500年あるいは600年ごとに焼け死ぬが、その灰の中から再び若い姿をして生きかえってくるという伝説上の鳥。金と同じように、不滅の価値や精神をさす。火の鳥とも言われる。世界各地の伝承では、その涙は、癒しを齎し、血を口にすると不老不死の命を授かると云われている。

20世紀を支配していたロスチャイルド家の当主はフランスのギー・ド・ロスチャイルドであり、彼は2007年6月に98歳で亡くなった。現在は息子のダヴィッド・ロスチャイルドが正当な当主である。

現在ロスチャイルドの本拠地は、スイスを中心に、イギリス、フランスとなっている。スイスは裏社会のマネーの行き先になっていて、世界中の金塊がスイスに集まってくる。スイスの銀行は一切の情報を公開しないので、政治口座が多いと聞く。スイスの三大銀行の一つであるクレディ・スイス(ロスチャイルド系)は顧客の金塊を輸送するのに、自社所有のミサイルを装備した原子力潜水艦で輸送する。(兵器、麻薬の取引は金塊が基本) ロスチャイルドが支配する国際決済銀行(BIS)もスイスのバーゼルにある。

1974年12月31日、ニューヨークのCOMEXで金の先物取引がスタートした。同時にアメリカ国民が40年ぶりに金を個人的に保有することが認められた。そしてこれをきっかけに金デリバティブ(金のキャリートレード)というものが生み出された。しかし、ここに陰謀が企てられる。ロスチャイルドの私的機関である国際通貨基金(IMF)と国際決済銀行(BIS)により、各国の中央銀行が金売却に導かれ、ロスチャイルドに金を奪われることになる。

金利を生まない金を低い金利(リースレート)で中央銀行から借り、それを先物市場で売却することにより、ドルを調達。その資金で高金利商品で運用し各国の銀行は莫大な利益を得るようになった。これに一番のめりこんだのは、JPモルガン銀行、チェース・マンハッタン銀行。しかし、相場が下がれば儲かるが、金キャリートレードは相場が上昇すれば、リースレート(ゴールド・ローン)も上昇し、金利の負担と相場の損で二重の苦しみにあい、破綻寸前まで追い込まれる危険性がある。

1979年〜1980年にかけて金相場が暴騰した時、銀行は金キャリートレードで破綻寸前まで追い込まれたため、IMFと各国中央銀行は銀行救済のために保有金を大量に売却した。しかし、相場は下がらなかった。裏にはロンドンとスイスのチューリッヒでロスチャイルドによる金買いがあったという。1999年までこのようなロンドン・チューリッヒの買い VS COMEXの売りの戦いが続き、その間に各国中央銀行の金塊は銀行救済のために金は流出し続け、銀行は借りた金を中央銀行に返すこともなかったという。

この結果、IMFの公表するIMF自身の3217トン、アメリカの8143トン、他フランス、スイスを除く欧州中央銀行の保有金はほぼ底を尽いたと見る人々は多い。実際、アメリカ議会が米財務省に金保有高の公表を求めても答えたことは一度もなかったということだ。(米下院議員ロン・ポール氏談) 

極めつけは、以下リースレートの暴騰があった時のこと。1999年9月、金のリースレートは9%近くまで暴騰した。この時、金キャリートレードでJPモルガン銀行とチェース・マンハッタン銀行、他欧州・米国の銀行は破たん寸前まで追い込まれた。そして、この9月にチェース・マンハッタン銀行は5000人の従業員をリストラし、9月11日、両銀行は合併し、JPモルガン・チェースとなった。アメリカと欧州各中央銀行はロスチャイルドとの戦いに敗れ、奪われた金塊はスイスにあるという。

合併から15日後の9月26日、アメリカのワシントンで欧州15カ国の中央銀行による金売却の制限合意が行われた。これが有名な「ワシントン合意」である。年間の売却量を400トンまでとし、5年で2000トンまでとする。そして、金のリース(貸出し)を現状を上限とし増加させないとした。これには大きな意味があると言われる。おそらく、ロスチャイルドは欧州に金キャリートレードから撤退させ、金価格上昇のシグナルを送ったのであろう。世界通貨誕生のために必要な金塊が十分集まったのだと思う。

事実、このワシントン合意以降、金を取り巻く環境が著しく変化した。1999年まで報道規制は著しく、メディアは「アンチ・ゴールド、金は死んだ」と報道していたが、ワシントン合意以降は、ロスチャイルドとつながるワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)やゴールド・フィールズ・ミネラル・サービス(GFMS)により、金買いが推奨された。また、金鉱山会社による金のヘッジ売りも解消され始めた。金ETFを世界に広めたのもWGCやロスチャイルドである。つまり、1999年9月以降、完全にロスチャイルドにより、金価格上昇へ導かれたと言っても過言ではない。 つづきは・・・

ただ、ひとつだけ変わらなかったのがアメリカである。いまだに米銀行による金キャリートレードは続いている。しかも、JPモルガン・チェースによる大量売却が。今回の金融危機で、NY連邦銀行と米投資銀行はドル防衛とドル調達のために必死で金キャリートレードをしている。しかし、これがもう最後の金キャリートレードになる可能性が高い。NY連邦銀行には売却する金(リースする金)はほとんどない。フォート・ノックスにある地下金庫にも金はほとんどないだろう。

造幣局は理由をつけて金貨の製造を現在中止している。これは金の流出を止めているのだと思う。最終手段はIMFから金をリースしてくるしかない。しかし、IMFにも金はほとんどないと言われる。今後、IMFによる金売却の話が出れば、アメリカを助けるための措置と思ったほうがいい。

枯渇は金の買い材料だ。もし、アメリカが本当に8000トン以上の金を持っているなら、ドルはここまで暴落はしない。スイスフランが強いのは、金があるからだ。ユーロがドルより強いのはやはり金がある。金本位制でなくても、金の裏付けは密かに生きている。現在のCOMEX金取組高は著しく減少中。

これはカラ売り筋が逃げていることを意味し、リースレートが上昇し、LIBORは低下、そして各国の政策金利が下がってきているので、低金利で資金を調達し、高金利で運用するキャリートレードがうまくいかなくなっているはずだ。1999年9月のようにJPモルガン・チェースはまた破綻する可能性がある。COMEXの金指定在庫がほとんどないのがバレ、価格操作がバレ、完全に追い込まれた銀行。金の値がいつ上に大きく飛んでもおかしくない。

ひょっとして、ロスチャイルドは買い方の味方なのか?

答えはノー 私は早めに金地金や実物資産を買っておくべきだと思う。というのも、金は、今後入手するのが難しくなる可能性が高いからだ。過去、世界中の国民が金や銀を買いあさった後に歴史はいつも大きく動いている。これは一時的な現象ではなく、何か大変なことが起きる前兆だと思う。とくにアメリカ人にとっては辛い道のりになりそう。

ロスチャイルドにとことん叩きつぶされ、個人の自由はなくなり、株価も二度と戻らないはず。彼らユダヤ金融資本家は歴史的に人々が持つペーパー資産の資産価値を暴落させ、通貨の激しい切り下げを行い、一瞬にして価値を数分の一にしてしまうのです。そして、私達の実物資産である土地や家、会社、貴金属などを奪うのです。これは過去240年の歴史の中で中央銀行による通貨の切り下げや、通貨供給量の調整により、何回も行われている。

もし、アメリカが今の時代に見合った新しい形の金本位制を導入(金を流出させないために過去の100%金兌換ではなく、数十パーセントの部分兌換)すれば、世の中、少しはましになると思う。(実現すれば、金とドルは同時に高くなると言われている) しかし、金がほとんどない今のアメリカには金本位制は絶望的かも・・・ もし、アメリカが本気で金本位制を導入しようとすれば、IMF公表の嘘を誠であると貫き通し、ロスチャイルドに金利を払って何千トンもの金塊を借りるしかないだろう。世界の王となるために、金をめぐり戦いはまだ続く・・・


(私のコメント)
1971年のニクソンショックによりドルと金との関係が断ち切られたことにより、ペーパーマネーの時代となり、アメリカはドル紙幣を刷りまくって世界から物を買いまくってきた。さらには通貨の切り下げ競争を招いて、ドルにリンクした通貨はみんな切り下げられた。一番いい例が中国の人民元であり、一気に4分の一に切り下げられて価格競争力は4倍になった。

ペーパーマネーの時代になればインフレが心配されたが、中国の市場経済の参入で世界的に生産コストが切り下げられて、紙幣以上に物が溢れるようになった。日本でも100円ショップで物が売られるようになり、日本銀行は超低金利で金融緩和しても物はそれ以上に溢れるようになった。

ペーパーマネーの時代は実物経済よりも金融資産の拡大を招いて4倍以上もの金融資産が溢れるようになった。ペーパーマネーの時代はカネがカネを稼ぐ時代となり、それを中国などの輸出が支える形となった。そして日本や中国は紙幣に過ぎないドルを1兆ドルから2兆ドルもかき集めた。多くがアメリカに還流されて金融投機に使われた。

アメリカではGDPの10倍もの金融資産が溢れるようになり、限界を超えればいつかは金融は破綻する。実際の経済活動から利子を支払うには限度があるからだ。サブプライム問題は金融破綻のきっかけに過ぎない。その結果、金融は逆流するようになり信用は清算されて収縮の一途をたどっている。その穴を埋めるために欧米の政府は公的資金で穴埋めしている。

ペーパーマネー経済でも物や労働力がそれに伴って供給されていれば機能するが、中国やインドが豊かになって物が足りなくなり、中国でも人件費が上がり始めて限界が見えてきた。欧米の政府は公的資金の調達を中央銀行の金の売却などで賄ってきたから、アメリカのフォートノックスの金庫も空っぽになっているのではないだろうか?

金は持っていても保管に金もかかり利子も付かない。だから世界の中央銀行は銀行救済のために金を売ってきた。アメリカ発の金融危機でも中央銀行は金を売却して資金を捻出して、アメリカの金の保有はほとんど無くなっているのではないだろうか? あればドルがこれほど値下がりするはずがない。

アメリカ政府は来年中に1000兆円の資金を調達しなければなりませんが、それだけの米国債を発行して中央銀行に買ってもらわなければならない。しかし紙幣を印刷する事は出来ても国債を発行すれば利子も支払わなければならないから無限に発行できる事ではない。

アメリカの経済規模はEUよりも小さく日本の倍の規模に過ぎない。だからアメリカの借金が増えすぎればドルの価値も下がってきてアイスランドのような国家破綻も可能性がある。ペーパーマネーも無限に刷る事はできないのだ。いずれは金融資本主義は破綻して実物資本主義に戻す事になるのでしょうが、ドルの基軸通貨を守る為には金兌換紙幣に戻す事があるかもしれない。しかしアメリカに金はあるのだろうか?

EUはアメリカに対して金本位制に戻すような提案がなされたようですが、おそらくそれは無理だろう。金が実際に何処にどれだけあるのかも機密にされてわからない。もしロスチャイルドが金を買い占めていたのなら、アメリカ政府はロスチャイルドから金を借りて紙幣を発行する必要がある。



そもそも通貨の価値は金にあるのだろうか? 「株式日記」では通貨の価値は労働力と生産力にあると書いてきました。円の価値が世界一高いのも日本の生産力と労働力の価値が高いからであり、日本には金がほとんどない。世界通貨を作るとすれば世界一の生産力と労働力を持った国の通貨が基軸通貨になるのであり、今まではアメリカのドルが基軸通貨になってきた。

しかし今ではEUが経済的規模ではアメリカを上回りユーロが世界の基軸通貨を目指している。今回の金融危機ではドルの信用不安が起きて新ドルが発行されるのか、SDRのような世界通貨が発行されるのかが話し合われているようですが、話がまとまらなければ金の裏付けを持った世界通貨が発行されるのではないだろうか? 

現在のところどの国がどれだけ金を持っているのか全く分からない。しかし金本位制は時代遅れのものであり、金をほとんど持たない日本の円が他の世界通貨が下落しているのに上がっているのは、日本の生産力と労働力が世界一だからではないだろうか。中国の元まで最近は下がりつつある。中国の生産力や労働力の質が高くない事が分かってしまったからだ。




米内光政は親米ではなく親ソ派だったから日独伊三国同盟に反対し
たのであり、日本海軍はスターリンの意のままに南進策をとったのだ。


2008年12月6日 土曜日

連合艦隊司令長官 山本五十六の大罪 中川八洋:著

真像の米内光政

米内光政については、戦後、糾弾する声が皆無ではないが、ほとんどない。一般には、ポツダム宣言を受諾せよとの、昭和天皇の"ご聖断"を支持して、本土決戦を阻み、国土のさらなる疲弊と国民のさらなる大量死者を未然に防止したとの、良いイメージが米内評の骨子となっている。阿川弘之らの嘘宣伝的な美化小説の影響も大きく、「米内光政は〃良心的な海軍軍人。であった」が、定着した。米国が、米内光政を大東亜戦争の推進者とせず、東京国際軍事法廷に「A級戦犯」として訴追しなかったことも、米内像を良いものにした。

本章は、このような米内光政像にかかわる一般通念を、いったん白紙にすべきではないかとの視点から、米内にかかわる新しい仮説を提唱するものである。なぜなら、米内光政とは、北支(黄河域)に限定していた日中戦争(日支戦争)を、揚子江域の中支に、さらには海南島の南支まで、次々に拡大していった張本人である。これは、確定済みの歴史事実である。米内光政がトラウトマン和平調停を(近衛文麿とともに)断固として拒否したのも明白な歴史事実である。「日中戦争の拡大屋」こそ、米内光政の客観的な実像だろう。

阿川弘之は、狡滑な小説家で、その『米内光政』では、海軍大臣として、この日支戦争にかかわった部分をすべて削除して一字も書いていない(注1)。日支事変時の米内海軍大臣の大臣秘書官であった実松譲も、阿川と同様、ほぼばっさりと削っている。ついでに実松は、日支戦争の開始の全責任を陸軍に転嫁する巨大な嘘にまとめている(注1)。悪質な作為である。

戦後の米内光政像は、人為的に創られた虚像である。裏で何かが大きく動いて創られた虚像である。歴史事実の冷静な分析に先入観は排除すべきだし、史実は丹念に収集され事実に従って冷静に言及されるべきである。米内像は、今からでも遅くはない、ゼロから再構築すべきである。

第一節「スターリンの工作員」張治中と米内光政は、本当に無関係か

八月十五日の、米内光政の対支宣戦布告.盧溝橋事件から一ヶ月の一九三七年八月、陸軍は、参謀本部次長の多田駿く中将)や同作戦部長の石原莞爾(少将)ら、不拡大派がまだ主流であった。このため、日支戦争は北支に隈定されていた。そこでスターリンとしては、支那の国民党政府と日本とを全面戦争に導くため、罠を仕掛けた。それが第二次上海事件である。

具体的にはスターリンは、国民党軍に潜入させていたコミュニストで毛沢東軍に本籍をおく張治中(京渥警備司令官)に命じ、上海に駐留していた日本の海軍陸戦隊の大山勇夫・中尉とその運転手(一等水兵、斉藤興蔵)の二名を射殺させた。八月九日であった。続いて八月十四日、日本の第三艦隊の旗艦「出雲」ぱかりか、海軍陸戦隊本部や日本人小学校を爆撃させた(注2)。

スターリン/毛沢東の仕組んだこの謀略の軍事攻撃に対し、海軍大臣の米内光政の行動は、常軌を逸していた。通常であれば、蒋介石の意図を確認・確定する情報作業を、外務大臣に要請するとともに、海軍独自でも行うはずである。しかし、外務省や海軍がそのような作業を万が一にもできないよう、米内は独断専行して、間髪をいれず、軍事的反撃の即時実行に全力をあげた(注3)。

まず、翌八月十日の閣議で、米内大臣は、上海への陸軍出兵を強引に要請した。しかし、たった二人の死亡でかくも迅速に全面戦争に訴えるのは、常識ではありえず、米内の行動は実に奇怪であった。現実に、杉山・陸軍大臣は、この要請に消極的な反応しか示さなかった。

しかし米内は、八月十二日、近衛の支援を受けて、近衛私邸での四相会議(首相、陸軍大臣、海軍大臣、外務大臣)で、陸軍出兵を再び強く要請し、ここに二ヶ師団出兵が定まった。

[備考]近衛文麿は、重要国策の決定を、官邸でなく、私邸でするなど、公私の峻別をしないことを日常とした。この性向は、近衛が国家を私物視していた証左である。

八月十五日、米内大臣は、長谷川清(第三艦隊司令長官)に、長崎県大村と台湾から、海軍機(九六式陸上攻撃機、中攻)などの渡洋爆撃を命じた。台北からの「中攻」十四機は、南昌の飛行場を空爆した。大村からの「中攻」二〇機は、南京の敵飛行場を爆撃し、四機が撃墜され、六機が要修理機となった(注4)。「中攻」に関しては、渡洋爆撃の実験を兼ねていた。この爆撃は、スペインのゲルニカに対するヒットラーの無差別爆撃(四月二十六日)の直後であったため、国際的には"負のイメージ"「日本はヒツトラーのドイツと同じ」を決定的にした。

八月十四日の閣議で、米内大臣は「南京占領」を口にした。これが閣僚で最初の「南京占領」発言である。このとき、外務大臣も陸軍大臣も、これに反対した。

このように南京占領にいたる上海戦を推進した筆頭が米内光政であった。しかも米内は、渡洋爆撃に興奮したのか、総理でもないのに八月十五日午後七時半、「頑迷不戻な支那軍を鷹懲する」と、支那への宣戦布告と見做しうるラジオ演説までした(注5)。

上記の米内の行動は、張治中と打ち合わせをしながらやっているのでないかと錯覚されるほど、八月九日から十五日に至る一週間、張と米内は呼吸が一つになっていた。両名に対しソ連(スターリン)が背後で命令しないで、これほどの一体化は偶然だけで可能だろうか。

さて話を戻して、上記のAによって、上海戦が、この一九三七年八月から開始されたが、壮絶・熾烈な上海戦に関して、現代史家の研究の言及がきわめて少ないのはどうしたわけだろう。まず、@日本軍の損耗は絶大なものとなった。たった三ヶ月で、戦死傷者は(死者九千人以上を含む)四万人を超えた(注6)。

それ以上に、蒋介石の国民党軍も支那での情勢が一変し、毛沢東の人民解放軍と国共合作せざるをえない情況に追い込まれた。まず、共産主義者三百余名(陳独秀ほか)が釈放された。次に、毛沢東の人民解放軍は、形式的には、国民党軍の一部となり、「八路軍」と称し、正規軍となった。かくして、毛沢東の共産軍は好き放題にその勢力を支那全土に伸長していった(注7)。

近衛文麿と米内光政の、一九三七年七月から一九三八年一月にかけての対支軍事・外交政策のすぺては、スターリンの意に沿う形で、毛沢東の"赤い支那づくり〃に決定的に貢献した。しかも、両名か、「毛沢東のために」を秘かに意識していたのは間違いなかろう。

近衛と米内のこの異様な行動が、もし「偶然の歴史的経過に過ぎない」と主張したいなら・是非.ともその根拠を提示して欲しい。大戦争を開戦するに、「偶然」などめったに起こらない。

D米内の「罪」は、何といっても、日支戦争の無期限泥沼化にあろう。南京陥落直後の一九三八年一月、蒋介石が出してきた対日講和の提案を、近衛文麿と共謀して蹴ったのは米内・海軍大臣であった。"日本史上、例のない悪の巨魁"近衛文麿が考案した「蒋介石を相手とせず」の発表(一九三八年一月十六日)を断固阻止しようとして食い下がる陸軍参謀本部の参謀次長・多田駿を「内閣総辞職になるぞ!」と個喝して黙らせたのは、米内光政であった(注8)。

サンクトペテルブルグの米内光政とハニー・トラップ

ところで、米内に関して、多くの著作が言及しない重大な履歴がある。米内は、サンクトペテルブルグ(帝政ロシアの首都)に駐在武官補佐官として二年間勤務して。(一九一五年二月〜一七年四月)、ロシア語が堪能であるだけでなく、大変なロシア贔屓であった。一九一七年十一月、革命によってロシアはソ連となったが、米内光政は「親露」から、そのまま「親ソ」になった。

帝国海軍の歴史研究で、「親英米」とか「親独」とかは議論になるのに、なぜか「親ソ」については語られない。だが、「日本の親ソ提督」といえば、第一が加藤寛治(海軍大将)、第二が米内光政(海軍大臣二回、総理大臣一回、海軍大将)。この事実は、海軍研究で決して無視できない重大問題である。敗戦間際になると、開戦時と同様、「親ソ」でコミュニストでもあった高木惣吉(少将)が暗躍し大きな影響力をもってくる。前田稔(終戦時、海軍中将)も「親ソ」でコミュニストであろうが、海軍内で暗躍したさほどの形跡はない。

話を戻して、米内光政のソ連駐在は、さらに続く。日本のシベリア出兵に伴ない、ウラジオストックに一年間勤務した(一九一八年八月〜一九一九年九月)。ソ連共産革命の情勢を調査分析すべく、ワルシャワやベルリンに二年半も駐在した(一九二〇年六月〜一九二二年十二月)。これら計五年半のロシア・ソ連にかかわる海外駐在の期問に、ロシア・ソ連の仕掛けた(複数の)ハニー.トラップに、異常な女好きの米内がひっかからなかったと考えるのは、かなり無理である。米内の女遊びは尋常でなく、一九三六年の二・二六事件が起きた日も、新橋の芸者の部屋から出勤している。

米内の駐露(ソ)時代について、その後の海軍が厳格な絨口令を敷いたのは、ロシア女との間にできた、米内の子女がサンクトペテルブルグにいたからではないのか。ベルリン等での、二年半に及ぶソ連革命調査の米内の特命活動について、戦後の米内論がまったく言及ぜず口を閉ざすのば、子供をつくった問題のほか、もっととんでもないことを米内がしでかしたからではないのか。

特に、ペルリンやワルシャワでの「米内光政事務所」は、外務省の領事館や大使館に間借りしたのか。それとも海軍独自に事務所を開設したのか。これすら、誰も語らない。武官でもない、武官補佐官でもない、半端な身分で、どうしていたのか、はっきりしない。仮に、海軍独自の事務所が開設されたとして、そこで雇用したロシア語資料の収集・翻訳者は亡命ロシア人だったのか、ロシア語に堪能なドイツ人だったのか、それとも米内は、翻訳すべてを自分でしていたのか。雇用したロシア人/ドイツ人は、ソ連のスパイでなかったといい切れるのか。

掃除と洗濯で米内光政の身の回りの世話をした女中も、ソ連のスパイではなかったといい切れるのか。この五年半の米内の行動と行状について、戦後、旧海軍関係者が共謀して沈黙することにしたのだから、上記の憶測はかなり的を射ているだろう。封印された、米内の「ロシア等駐在五年半史」は、海軍として知られてはまずいことぱかりしていたようだ。

日本の国益においてまったく必要がなかった、一九二五年の日ソ基本条約があれほど早く締結されたのは、ソ連に完全に抱き込まれた後藤新平と、この後藤とつるんだ海軍が、ニコライエフスク港日本人大量虐殺(一九二〇年三月)に関する賠償請求の放棄や、保障占領中の北樺太からの撤兵など、ソ連の言いなり(マウスピース)になって、陸軍の足を引っ張ったことも原因として大きい。

ソ連は早々と一九二一〜二年頃には、日本人を「工作員」に一本釣りし始めたが、いとも容易に次々に成功していた。一九二〇年代前半の海軍の異様な親ソ行動を、単に北樺太の石油欲しさで説明するのが定説だが、真の背景は、このような海軍首脳の親ソ一辺倒とソ連利権であった。後者の例をあげれば、北樺太石油利権を管理する「北樺太石油株式会杜」の杜長は、中里重次や左近司政三など、海軍OBのポストだった(注9)。

ちょうどこの頃、〃海軍きっての親ソ屋。加藤寛治は、「反米」の激情あらわにワシントン海軍条約(一九二二年)を罵倒し反対していた。もう一人の〃親ソ屋"米内も、ワルシャワ/ベルリンにいて、ソ連の革命情況につき海軍首脳に、「ソ連は理想のすばらしき国に創られています」、などと報告していたのかも知れない。だが、日本の海軍史の研究は、海軍の北樺太撤兵論と海軍内ワシントン条約反対論と米内のソ連革命情勢報告書の三つの問題が同時であったこと、およびこれらがどう関連していたかについて、六十年以上も、なぜか沈黙している。

不思議なのは、米内光政のソ連情勢報告書はすべて焼却されたようだが、誰がいつなぜそうしたのかについて、なぜ旧海軍関係者は完全に闇にしたかである。報告書の実物がなくとも、それを読んだ誰かが、戦後「これこれの内容であった」と回想してもよさそうだが、それもまったくない。米内の報告書は、海軍の部外に知られると随分とまずい内容のようである。これ故に、かなり早い時期に絨口令を敷いたのだろう。

米内に関する、"歴史の空白"づくりは、"艦隊派の巨頭。加藤寛治(一九二七年に海軍大将、一九二九年一月〜一九三〇年六月に軍令部長)が、実は「ソ連の工作員」かも知れない問題について、少なくとも加藤寛治の強度の反英米のイデオロギーが過激な〃親ソ主義"の裏返しであったことについて、戦後の外交史・軍事史学界が意図的に無視したことに通じている。むろん今ここで、米内光政が「ソ連の工作員」だったか否かを、結論づけたいわけではない。ただ米内は生涯、ソ連に通謀し続けていたのでないか、という仮説は検証する価値はあるだろう。なお、加藤寛治や米内光政は、瀬島龍三や高木惣吉とは異なって、コミュニストではない。


日本は勝てる戦争になぜ負けたのか』 新野哲也(著)真珠湾攻撃について、永野とルーズベルトのあいだに、密約があった? 2007年8月13日 株式日記

三村文男(著)『米内光政と山本五十六は愚将だった』近衛、広田、杉山は死刑で、米内が無罪はおかしい。 2005年4月29日 株式日記


岡崎久彦氏は米内、山本、井上の媚米派海軍トリオの後継者 日本は未だに歴史観に対する干渉が米国や中国から受けている 2006年8月26日 株式日記


(私のコメント)
12月8日は真珠湾攻撃の日になりますが、なぜ山本五十六元帥はアメリカの望むような開戦に踏み切ったのかという謎は解明されていない。その解明のカギを握る人物が米内光政海軍大臣であり、事実上の日中戦争に踏み切った一番の責任者だ。当時の陸軍は不拡大方針であり、盧溝橋事件は中国共産党が仕掛けたものだ。

詳しい事は2005年4月29日の株式日記にも書かれているように、蒋介石との講和をぶち壊したのは近衛首相と米内海軍大臣だ。しかし東京裁判においても米内光政は戦犯となる事もなく起訴もされなかった。日中戦争を拡大させた他の3人は自殺したり処刑されたのに米内光政だけは起訴もされないというのは明らかにおかしい。

この事は中川八洋氏の「山本五十六の大罪」でも指摘している。そして米内海軍大臣は親ソ派のスパイではなかったのかという疑問を提示している。確かに米内大臣は5年半にわたるロシア・ソ連の海外駐在を経験している。ロシア語にも堪能であり、恐らくハニートラップにかかってソ連のスパイになった可能性は大きい。しかしその頃の報告文書などはことごとく燃やされてしまった。

当時の陸海軍部内にはソ連共産党のスパイがいたことは間違いないだろう。ゾルゲだけではなく尾崎秀実や近衛文麿など隠れた共産主義者がいっぱいいた。米内光政は共産主義者ではなくともソと内通したスパイであった可能性が高い。当時の北進策から南進策に変わって行ったのはスターリンの画策によるものであり、米内が日中戦争を拡大すれば、ソ連の対日脅威はそれだけ減る。

日中戦争が拡大すれば米英の利権とも衝突して日米関係も険悪化していった。スターリンはそこまで読んでいたのだろう。ルーズベルト政権にもソ連のスパイがおり日米戦争はソ連がナチスドイツと日本との挟撃を避けるための戦略だったのだ。日本陸軍はもっぱらソ連との戦争を想定していたから中国やアメリカとの戦争を望んでいないのは明らかだ。

田母神論文でもコミンテルンの陰謀説について書いていますが、ソ連や中国共産党の工作ばかりでなく日本国内にいたスパイの存在が不可欠だ。もしそのスパイが米内光政であるとすれば日中戦争の拡大や日米開戦の謎の多くが解明されることになる。

大東亜戦争については株式日記でも多く書いてきましたが、日本が負けた一番大きな原因が日本海軍の裏切りだ。その中心人物が米内光政であり、米内、山本、井上の海軍トリオが日独伊三国同盟に反対したのも親米派というよりも、米内が親ソ派であったためだろう。日本が北進策から南進策になった中心人物が米内と近衛にある。

日独伊三国同盟は防共協定でありソ連封じ込め戦略に基づくものですが、独ソ戦が開始されたという事は日本の対ソ連開戦も時間の問題だった。しかし1940年には米内内閣が出来たり、1941年には日ソ中立条約などが出来ていますが、スターリンは日ソ開戦を一番恐れていた。松岡外相は日独伊ソの四国同盟で対米交渉をしたかったのでしょうが、独ソ開戦で日本の構想はご破算になってしまった。

このような状況が流動化している時に日中戦争を拡大させるのは国益ではないのですが、米内海軍大臣は上海へ陸軍の増援を要請して拡大させている。陸軍が反対すると総辞職までちらつかせて日中戦争になってしまった。まさに米内光政は万死に値するのですが、戦後に出された米内光政の伝記小説などではばっさりと削られている。

昭和史研究家なども何故か三国同盟に反対した反戦派として評価しているが、米内光政がソ連と関係が深い経歴など知らないのだろうか。山本や井上は単なる部下でありどの程度関与したのかは分かりませんが、米内と井上は戦後も存命だったのだから真相は究明されるべきだった。

米内光政は、アメリカからは日本海軍のキーパースンとして海軍大臣や首相になったときなどアメリカの雑誌の表紙を飾るなど異例なほど注目されてきた。特に優秀な成績でもなく海軍大将にまで出世したのは異例中の異例であり、何らかの政治的な背景があったからだろう。その意味でもコミンテルンのスパイであったという仮説を立てれば十分に納得が出来る。




中国は今や世界の景気減速の中心的存在となった。世界の
成長が来年は恐らくゼロに近い水準に落ち込むという意味だ。


2008年12月5日 金曜日

牽引役一転。世界の重荷 中国、不動産低迷 来年ゼロ成長も 12月3日 Bloomberg

中国の急成長地区の深セン、広州で住宅価格が急落し、世界のGDP(国内総生産)成長率を半減させる心配が出てきた。

 不動産会社サヴィルズの調査によると、上海の住宅価格は7〜9月に前四半期比で19.5%下落した。中国の輸出品の約3割を生産する広東省で、最も急速な成長を続ける深センや広州では、集合住宅の価格が下げ足を早めている。

 マッコーリー証券によると、中国の民間建設は10月に前年同月比32.5%増を記録してから少なくとも16.6%減に落ち込んだ。景気後退局面にある日本や欧米諸国向けの輸出需要が減る中で、すでに成長の伸びが鈍化している中国経済に建設ブームの冷え込みが追い打ちをかけている。中国にとって建設は成長の最大の牽引(けんいん)役であり、GDPの4分の1に相当。7700万人の雇用を支えている。

 中国人民銀行(中央銀行)は11月26日、政策金利の1年物基準貸出金利をアジア通貨危機以来、ほぼ11年ぶりの大幅な引き下げを実施した。政府は想定外の急速な景気の落ち込みを食い止めるために強力な対策が必要と説明している。ただ、世界経済が減速する中、メリルリンチが予想するように来年の中国の成長が世界の成長の60%を担うとの予測は怪しくなった。

 メリルリンチによる来年の中国の成長見通しは8.6%。これを基に世界経済の成長率を1.5%と予想している。この見通しは、中国政府が11月9日に公共事業を中心とした4兆元(約54兆6800億円)相当の景気刺激策を公表してから12日後の21日に発表したものだ。

 ≪外需に依存できず≫

 2004年までの11年間、地域別のベスト・エコノミストに選出されているアジアノミクスの主席エコノミスト、ジム・ウォルター氏は「中国は今や世界の景気減速の中心的存在となった。世界の成長が来年は恐らくゼロに近い水準に落ち込むという意味だ」と警告。同氏は来年の中国の成長率をゼロから4%と予想。30%の確率でマイナス成長の可能性もあるとみている。

 中国は過去30年間、年率平均9.9%の成長を続け、05年には英国を抜き世界4位の経済大国となった。1978年にトウ小平氏が改革開放政策の下で自由市場を導入してからGDPの規模は69倍に拡大。昨年の世界の成長の27%を占めるまでになった。

 中国がもはや外需に多くを依存できないとして、世界銀行は先週、同国の成長見通しをほぼ20年ぶりの低水準の7.5%に下方修正した。シニアエコノミスト、ルイス・クイジス氏(北京在勤)は「不動産の停滞が目立つ。不動産投資の伸びは今はゼロに近い」と指摘した。

 国際的な金融危機で中国製の玩具や繊維、コンピューターの需要が低下する中、11月の輸出受注や生産は統計開始以来、最低の水準に落ち込んだ。現在、アナリストとして活躍するアンディ謝・元モルガン・スタンレー・アジア担当主席エコノミストは、中国のGDP成長率に占める輸出と不動産の寄与度は約半分に相当すると試算する。謝氏は「成長要因はなくなった。政府は何で穴埋めするのか。極めて難しい状況だ」と語った。

 ≪追加の大型刺激策も≫

 中国の経済週刊紙『経済観察報』は11月24日、消費拡大を目的に第2弾の景気刺激策の実施が目前に迫っていると報じた。

 メリルリンチのエコノミスト、ルー・ティン氏(香港在勤)は、中国政府の債務の対GDP比率が15.7%と低いことに加え、2兆ドル規模と世界最大の外貨準備を持っていることなどを挙げ、中国にはさらなる財政出動余地があると指摘。「投資家は大規模な景気刺激策に備えるべきだ」と語った。

 マッコーリー証券のエコノミスト、ポール・カーベイ氏(香港在勤)は来年の中国の経済成長を6.6%とみており、「政府が公共事業にいくら投じようと、不動産部門が30%縮小すれば、景気はまだかなり軟調ということになる。不動産は景気低迷の震源地だ」と述べた。

 シティグループのアジア担当の主席エコノミスト、ファン・イーピン氏(香港在勤)は、中国の成長が1%高まるごとに他のアジア諸国の成長が0.5%押し上げられる、と指摘する。UBSは、中国の減速のあおりを受ける国として、昨年、中国向け輸出割合の高かった台湾(ほぼ36%)、韓国(25%)、日本(19%)を挙げている。建設分野の低迷で政府による景気刺激策も台無しになりかねない。(Kevin Hamlin)


中国の増長天を突く 12月3日 中韓を知りすぎた男

中国最大の敵は日本でもアメリカでもない、中国にとって最大の敵は中国自身です。

世界にとっての一番の敵は、各国の中国過大評価と中国自身の過大評価です。世界があまりにも中国を過大評価するために中国自身が舞い上がって、自分が見えなくなっています。

世界のジャーナリスト、シンクタンク研究員、学究諸氏たちは、2030〜50年にはアメリカを抜いて世界一の超大国になると盛んに持ち上げています。

中国自身も今やアメリカと並び2大超大国になったと自信たっぷりです。

アメリカの国務次官補が、「中国と日米の間の相互不信を払拭するには、日米中三者会談がよいのではないかと提案してみた、ところが中国外交部の高官は『日本はアメリカや中国と違って大国でないから三者会談には及ばない』とあぜんとするような傲慢さで、私の提案を却下した」と語っています。

(中略)

共産党幹部もまるで自分が皇帝にでもなったように錯覚してしまいました。

そして最近の中国は軍事カードや政治カードより経済カードを使ったほうが効果もあり、世界の批判を浴びなくて済むということを覚えました。

トヨタの元社長奥田氏などは中国に位まけして、小泉首相の靖国参拝を批判しました。世界中の企業家がこの中国の経済カードに屈服して低姿勢になってしまいます。

世界が中国の経済力に屈服して、中国を恐れ、中国を称賛し、中国の実力を認めた、と中国自身が錯覚してしまったのです。

このような結果中国は自分の姿が見えなくなっていきました。

しかし中国経済の実力は世界が認め中国自身が認めたように本当にそんなに凄いのか、アメリカ市場を例にとってみてみます。

日本が戦後アメリカ市場への売り込みは、まさに血のにじむような苦労の末、アメリカのニーズが分かり、技術開発をして、デザインを考え、市場にうまくはまる商品作って売った。中国はアメリカの工場が中国に移転して作りアメリカに輸出したのです。中国の苦労や努力は何もありません。

日本市場でも中国企業が独力で、日本市場にぴったりはまる商品を開発したわけではありません。日本市場の中国商品は日本企業が中国で作り送り出されたものです

スーパーの商談に中国人が営業に来ているなど見たこともありません。つまり世界中は中国の安い労働力を利用したに過ぎないのです。

そこには中国の努力も技術も何もありません。

中国はそれほど主体性のある経済発展をしていない、世界中の先進国が中国に入ってきて、中国の安価な労働力を使って世界中に輸出をしているにすぎないのす。

そして中国に進出した各国の工場の数字は中国にカウントされます。貿易数字も経済成長率も外貨準備高も多くが外国企業によってもたらされた数字です。

このような国が経済大国ですか?

世界の企業人の口癖は「誰が中国を一番うまく使ったか」という言葉です



(私のコメント)
しばらくアメリカ経済のことばかり書いてきましたが、アメリカ経済の破綻が本格化すれば、その影響を一番受けるのが「世界の工場中国」だ。消費大国のアメリカの住宅と自動車の売れ行きは半分に減り、ビックスリーは倒産の危機に瀕している。

中国は90年代から高度成長を維持してきましたが、これはアメリカの90年代からの好景気によって中国からの輸入が拡大の一途をとって来たためだ。2兆ドルにも及ぶ外貨準備のほとんどがアメリカへ輸出された利益であり、米中の経済的相互依存関係はアメリカの好景気によって支えられてきた。

アメリカのスーパーチェーンで売られているものはほとんどが中国製品であり、特にクリスマス商戦では中国製のおもちゃなどが売れ筋の中心だった。しかし今年はアメリカ市場の景気の冷え込みで輸出が落ち込み工場倒産が相次いでいる。

中国の対外貿易依存度はGDPの70%を占めており、日本やアメリカの10%台の輸出依存度から見ると桁違いに大きい。中国の服飾と靴製造産業は外国依存度が71%、DVDは84%、バイクは63%、カメラ56%、冷蔵庫47%、テレビ46%、空調機42%で、日米欧のメーカーの下請工場として作られたものが輸出されている。

中国は輸出大国であると同時に輸入大国であり、多くの資源を海外から輸入している。鋼材・酸化アルミ・鉄鉱石それぞれの輸入依存度は51%、22.6%、32.9%である。石油が35%程度。石油や鉄鉱石などの高騰は中国の輸入などが大きな原因でしたが、アメリカの景気後退で中国の輸出が止まり石油や鉄鉱石の相場が暴落している。

サブプライムショックやリーマンショックなどは、石油や石炭や鉄鉱石の高騰が引き金になっているのですが、アメリカの金融と中国などの新興国の経済発展はセットになって回転してきた。しかし石油などの高騰は中国やインドなどの経済発展の限界を示すものであり、限界が来たからアメリカの金融破綻が起きたのだ。

さらに、普通ならば景気後退ですむものが金融商品の欠陥などから世界的金融パニックを引き起こしてしまった。中国は58兆円の公共投資で景気の梃入れをするようですが、今までの中国の経済発展が自立的なものではなく、海外からの資本や技術導入によってもたらされたものだ。

その証拠に輸出大国の中国ブランドの商品が一つもない。中国企業は技術開発力がなくもっぱらコピー商品を作って安く販売している。だから世界には中国製の偽ブランド品が溢れている。さらには毒入りギョーザや鉛入りのおもちゃなどで中国製品のブランド力は地に落ちてしまった。

このような状況で、世界的不況が中国にどのような影響をもたらすか注目されますが、景気拡大が失速すれば共産党政権の足元を揺らす可能性が出てくる。インドのムンバイでもテロ事件が起きましたが、中国でも経済成長がストップすれば政府への不満が爆発するだろう。

これは中国だけではなく日本でも欧米でも失業者の増大で社会問題を引き起こすだろう。いわば日本のバブル崩壊のような状況が世界的に広がるという事であり、日本は経済力があるから15年も持ち堪えましたが、アメリカや中国は長期の不況に耐えられるのだろうか? 中国は独裁国家だから武力で抑え込む事もできるかもしれません。

アメリカも不況対策として金融立国とグローバル経済戦略を修正して、オバマ民主党政権はドル安政策をとってくるかもしれない。中国に対しては元高を要求するだろう。アメリカ政府としてもこれ以上中国に外貨を貯めこまれても脅威になるだけなのですが、旧ドルを紙切れにして新ドルに切り替えて中国の2兆ドルの外貨準備はパーになるのかもしれない。

問題はさらに「中韓を知りすぎた男」に書かれているように、経済大国になったことで中国人の中華意識が復活して中国はアメリカと並ぶ超大国と思い込んでいる事だ。大国意識が強い事はアメリカとよく似ているのですが、経済的に見れば中国は日米欧の経済植民地なのだ。

海外からの資本や技術に頼らない自立的な経済発展が出来れば問題はないのですが、コスト高や人件費の高騰で中国から工場を他に移す外国企業が続出している。韓国企業などはペナルティーを嫌って夜逃げをしているほどだ。中国は13億人の巨大市場と日本のマスコミは宣伝してきましたが、世界経済の変調は中国も巻き込んで中国は世界のお荷物になることだろう。




現代日本においては「東京裁判史観」によって検閲が行なわれており、
これに反した田母神俊雄航空幕僚長は罷免されて国会で追及された。


2008年12月4日 木曜日

開戦5年前に日系人収容を検討=F・ルーズベルト大統領覚書 12月3日 時事通信

【ワシントン2日時事】1941年(昭和16年)12月8日(米時間7日)の日米開戦に先立つ5年前の36年(昭和11年)、フランクリン・D・ルーズベルト米大統領が対日有事を想定し、ハワイの日系人を強制収容所に収監する計画を検討していたことが2日までに、ニューヨーク州ハイドパークの同大統領図書館に保管されていた極秘の覚書から分かった。
 日系人強制収容は、日本海軍機動部隊によるハワイ・オアフ島パールハーバー(真珠湾)奇襲攻撃に衝撃を受けたルーズベルト政権が「戦争ヒステリー」という異常な心理状態で、軍主導で急きょ実施したとするのが通説だが、同大統領は極めて早い段階で対日戦争を意識し、日系人隔離を自ら構想していたことが判明した。
 覚書は海軍作戦部長にあてられたもので、36年8月10日付。関西学院大学非常勤講師の藤岡由佳氏(日米政治外交史)が入手した。同氏によれば、覚書は80年代に米国研究者によって発見されていたが、これまで日本の研究者には知られていなかった。
 この中で、ルーズベルト大統領はハワイにおける日本側の秘密情報活動への危機感を背景に、「わたしに明確な考えが浮かんだ。日本船舶・乗組員に接触するオアフ島の日系人の身元を極秘に洗い出し、有事に際して強制収容所に最初に送り込む特別リストに氏名を記載しておくべきだ」と提案している。藤岡氏は「日系人収容は大統領自身が主導した可能性が出てきた」と話している。 


真実の歴史の復活を求めて―検閲と東京裁判史観― 岩田 温(拓殖大学日本文化研究所客員研究員)

混迷を極め、一刻一刻、時が止まるのを許さぬ如く熾烈極まりない争いが繰り広げられている。他でもない日本を取り巻く国際情勢である。
 それは、何の罪もない無辜の日本人を数百名規模で拉致した独裁国家、北朝鮮をめぐる昨今の情勢一つ取ってみたところで明らかだろう。
北朝鮮を名指ししてイラク、イランと並ぶ「悪の枢軸」だと国際社会に宣言していたアメリカは、前言を翻すごとく、北朝鮮への歩み寄りを始めた。日本に対する明らかな裏切り行為である。
それは国際関係の冷徹さ、非情さというものが暴かれた一瞬でもあった。すなわち、あくまで国家は自国の国益を追求する。同盟国とて所詮は他国に過ぎない。つまり、同盟国は数ある外交カードの一つにはなりうるが、カードによって自らの手が縛られることのないように、他国を自国に優先させることはありえない。
当然と言えば当然の過酷な現実が日本につきつけられたのだ。

だが、驚くべきことは、この間の日本人の態度そのものではないか。
アメリカの背信行為に等しい北朝鮮への歩み寄りを日本人はいかに受け止めたのか。余りに過酷で非情な現実に恐怖し、青ざめたわけではない。激しい憤りの念に駆られたわけでもない。現実を現実として見つめることすらなく、以前と変らぬぼんやりとした日常生活を営むだけであった。
それは、あたかも目隠しされた幼児、眼前の危険に気づくことすらなく無邪気に遊んでいるようなものである。
 日本人の現実感覚の欠如。これこそが根源的に問われなければならない問題だろう。すなわち、何故に、日本人は危機を危機として認識することすらできなくなったのか、と。
 
振り返れば、十九世紀からの日本の近現代史の歩みとは、危機への現実的な対応としての歩みだった。
植民地争奪戦を繰り広げる帝国主義の時代の中、日本は「独立自尊」、自らの足によって立つことを第一の目的とした。他国の植民地にだけはなるまいという危機感と気概が我が国の歴史を動かした原動力である。日清・日露戦争の勝利は、紛れもなく日本が独立を守るために戦い、勝利した戦争であった。
日清・日露戦争を以て、日本の侵略戦争の嚆矢とする見方もあるが、これは全く当時の国際情勢を無視した暴論である。日清・日露の両戦争は、紛れもなく日本の独立を目指すための戦いに他ならなかった。
 それでは大東亜戦争はどうだろうか。
戦後の日本では「大東亜戦争」と呼ぶこと自体が禁止され、愚かで侵略主義的戦争を日本が仕掛けたという歴史観が一般的である
それは丁度アメリカが、日本を一方的な悪の存在と断定するために行った政治劇とも言うべき東京裁判における歴史観とぴったりと符合している。「東京裁判史観」と呼ばれるべき歴史観である

だが実際に調べてみると、大東亜戦争とは単なる愚かな侵略戦争などではありえなかった。
日本は独立を保ちながらの平和的解決を模索し続けたのだった。
その日本に突きつけられたのが一九四一年十一月のハル・ノートであった。アメリカ国務長官ハルが提示した提案は、日本の全ての主張を無視した一方的な提案であった。
それはおよそ「提案」と呼びうる代物ではなく、「恫喝」に等しい内容であった。東京裁判で日本側被告全員を無罪にすべきだと主張したパール判事は、このハル・ノート指して、「アメリカが日本に送ったと同一のものを他国に通告すれば、非力なモナコ公国やルクセンブルク大公国と言った欧州の弱小国でさえ、必ずやアメリカに対して自衛の為に武力を以て立ち上がったであろう」と指摘したが、正鵠を射た指摘だと言えよう。

ハル・ノートを受諾することは、日本がそれまでの全ての主張をかなぐり捨て、自らの主体的な意志をも放棄して、アメリカに従属することを意味していた。明治維新以来の日本の基本的方針とでもいうべき「独立自尊」の精神を捨てよと迫られたのだ。

これに対して、日本は敢然と立ち上がった。
確かに、そこには日本人の驕り、精神主義に傾きがちで冷徹さを欠いた点、国際情勢の中で、謀略を見抜く力に欠けていた点など、現在の目から見直せば、幾多の誤りがあったことは事実であろう。冷静に分析し、反省をなすことが肝要であることは言うまでもない。
 しかしながら大東亜戦争もまた、自らの独立自尊を目指したものであったという事実を忘れてはなるまい。
武運拙く敗れたとは言え、大東亜戦争が自らの意志を以ての決断であったのは揺るがすことのできない事実である。敗れはしたが、自らの独立自尊を守るために、自ら決断した結果が大東亜戦争なのである。
敗れたこと自体を反省すべき必要はあるが、その正統性に関しては、いささかも恥じる必要がない。

日本をやぶったアメリカは「二度と日本をアメリカの脅威としない」(SWNCC―一五〇文書)ことを目標として、占領政策を開始した。
現在、中学校で使用されている殆どの教科書が、アメリカを中心としたGHQの「民主化政策」として、この占領統治を讃えているが、全くの見当違いであり、端的に言って誤謬である。国家はあくまで自国の国益を追求する。全くの善意から他国の改革を行う国家などというものは存在しない。

 
GHQは日本人から歴史を奪うことを企図した
そのための壮大な政治劇こそが、先に指摘した東京裁判であり、この「東京裁判史観」は、今なお多くの日本人を蝕んでいる。そして、私が本論文で指摘したいのは、この「東京裁判史観」を日本国民に植え付けるためにGHQが行った「検閲」についてである。この検閲によって日本人自身の歴史が忘れられ、歴史とともに現実感覚が失われていったことを証明したい。
 
GHQの検閲の実態を知るためには、プランゲ文庫にあたるのが最も効果的である。
プランゲ文庫とは、GHQの参謀第二部(G―2)に勤務していたプランゲ博士が、日本における検閲資料をアメリカに持ち帰り、メリーランド大学に寄贈したものである。
一つ一つの検閲資料には、何故にこの記事が検閲に値するかを説明したGHQ側の資料も添付されている。
このプランゲ文庫はマイクロ・フィルム化されており、日本でも国立国会図書館や早稲田大学などに収められており、実際に目にすることが可能である。
プランゲ文庫の中で実際に筆者が発見した検閲された資料を一つ紹介したい。

『堕落論』の著者として有名な坂口安吾の「特攻隊に捧ぐ」という短い文章である。
これは昭和二十年の「ホープ」という雑誌に発表されたものだが、全面的に「削除」が命じられている。その中で坂口は次のように指摘している。少々長くなるが、重要な記述であるので、正確に引用しておきたい。


「戦争は呪うべし、憎むべし。再び犯すべからず。その戦争の中で、然し、特攻隊はともかく可憐な花であったと私は思う。
 (中略)
彼等は基地では酒飲みで、ゴロツキで、バクチ打ちで、女たらしであったかも知れぬ。やむを得ぬ。死へ向って歩むのだもの、聖人ならぬ二十前後の若者が、酒をのまずにいられようか。せめても女と時のまの火を遊ばずにいられようか。ゴロツキで、バクチ打ちで、死を怖れ、生に恋々とし、世の誰よりも恋々とし、けれども彼等は愛国の詩人であった。いのちを人にささげる者を詩人という。唄う必要はないのである。詩人純粋なりといえ、迷わずにいのちをささげ得る筈はない。そんな化物はあり得ない。その迷う姿をあばいて何になるのさ。何かの役に立つのかね?
我々愚かな人間も、時にはかかる至高の姿に達し得るということ、それを必死に愛し、まもろうではないか。軍部の偽懣とカラクリにあやつられた人形の姿であったとしても、死と必死に戦い、国にいのちをささげた苦悩と完結はなんで人形であるものか。」

 一人一人の特攻隊の真の姿に迫ったまことに生き生きとした名文である。
 
確かに特攻隊として散華した若人たちは、聖人や君子であったわけではない。ごく普通の一国民であった。一人一人の私的な生活を覗きこんでみれば、酒飲みやバクチ打ち、女たらしもいただろう。
日常生活における彼らの姿とはそういう普通の人間の姿であったはずだ。だが、彼らが国家の危機に際して立ち上がったのだ。
この生命を擲って立ち上がった姿に感動しない者などいないと坂口は言うのだ。
そして、「我々愚かな人間も、時にはかかる至高の姿に達し得るということ、それを必死に愛し、まもろうではないか。軍部の偽懣とカラクリにあやつられた人形の姿であったとしても、死と必死に戦い、国にいのちをささげた苦悩と完結はなんで人形であるものか」と国民に訴えかけるのだ。
 
坂口は大東亜戦争を否定する立場に立ちながらも、特攻隊の精神の気高さというものに圧倒されているのだ。これはその正直な気持ちを吐露したものだろう。
別段、戦争を肯定したり、美化しようという箇所など何もない。自分の中で美しく気高いと感じた特攻隊の姿を淡々と記述しているだけである。この坂口の文章がGHQによって削除を命じられていたのだ。特攻隊に対して自身の心の内の声を文字にした、この文章が削除させられたのだ。

 
 「suppress(=削除)」と書かれ、大きたバツ印がつけられたこの検閲資料をプランゲ文庫の中で実際に見たとき、私は知覧の特攻平和会館を訪れたときの記憶が甦ってきた。
 
 知覧の特攻平和会館は、特攻隊の出撃基地の跡地に建設されたものだ。知覧から特攻隊として出撃し、散華していった若人たちの夥しい資料が展示されている。涙無しには館内を回りきることは出来ない。
多くの人々が特攻隊員たちの遺した数々の遺品や遺書を読みながら涙していた。
実際、遺書などを読んでみると、「昭和維新の貫徹」、「米英撃滅」、「大東亜共栄圏の建設」などといった具合に、当時の国策イデオロギーとでもいうべきものを鸚鵡返しに書き遺したものも多い。家族に遺した手紙も同じような文言の並んでいるものも多い。
しかし、彼らの文章の内容ではなく、遺した文字の間から、彼らのメッセージというものが聞えてくるのだ。
彼らとて死にたくなかったであろう。愛する人もいただろう。やりたいこともあったろう。
しかしながら彼らは特攻隊として散華する道を選んだ。苦悩を捨て去って出撃していった者もいたかもしれぬ。
だがその多くは苦悩し、葛藤する心のままに出撃していったのではなかったのか。自らの生とは何かを問いかけながら、生命を燃焼させていったのではなかったか。そういう彼らの心情に想いをいたすとき、切なさと同時にその高貴さが我々に伝わってくる。
感動と同時にそんなことを考えながら資料室を出ると、何冊かのノートが置いてあった。それは知覧を訪れた人々が、感想を記入するノートだった。これを読んだときの驚愕の思いは、今も忘れはしない。

「何でこの人たちを殺すようなことをしたのか」
「人を殺すことは間違っていると思う」
「アジアの人々に対する侵略を申し訳なく思う」云々。
 これが特攻隊の遺書を読み、その写真を見た人々の感想なのかと疑うほどに酷い内容のものが多かった。
特攻隊の姿というものを見つめ直す場所にいながら、彼らは特攻隊として散華していった一人一人の姿というものがまるで見えていない。
何らかの偏見が先に存在し、その偏見を通じてしか特攻隊という存在を見ることができなくなっているのだ。素直に、自身の目で一人一人の特攻隊の姿を見つめることが不可能となっているのだ。
すなわち、真実の歴史の姿ではなく、何らかの偏見に基づいた歴史しか見ることが出来なくなっているということだ。

 「特攻隊に捧ぐ」という坂口の一文に対するGHQの削除命令を目にしたとき、この知覧を訪れ、特攻平和会館で読んだ不気味な感想に対する衝撃、違和感が思い出されてならなかった。歴史の断絶とその原因が明らかになった瞬間であった。私たちは歴史を自然に忘れ去っていたのではなかったのだ。忘れることを強要されていたのだ。

 GHQの支配下で、日本人は自分たちの素直な感情を表現することが禁止され、「東京裁判史観」に合致した記述のみが出版を許されていた。
こうした現実の中で、多くの人々は当初は生き延びるために意識的に「東京裁判史観」に合致する記述を行っていたのだろう。だが、時の流れとともに、当初の素直で飾らない自分自身の感情そのものが忘れ去られてしまった。
そして、いつしか「東京裁判史観」こそが、唯一の歴史となってしまったのだ。

 
 「東京裁判史観」では、日本以外の国家の悪意や侵略性は全く無視されてしまっている。日本のみが一方的に悪く、日本さえ存在しなければ、世界は平和だと言わんばかりの余りに偏向した歴史観なのである。こうした歴史観に基づけば、日本人が戦争を起こそうとしない限り世界は平和だという、実に奇妙で愚かな幻想が生じてくる。そして、この幻想を具体化しているのが日本国憲法に他ならない。日本国憲法の前文の次の箇所は明らかにこうした歪んだ歴史観の産物に他ならない。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 
 各国が国益の伸長を目指してしのぎを削り合う国際社会で、何と幼稚な文言なのか。無辜の日本人を拉致した北朝鮮や、軍拡を続ける中国の「公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」などとは、正気の人間の感覚とは思えない。
だが憲法九条を守れば平和がおとずれると本気で思う人が、この日本には少なからず存在している。
丁度特攻隊の遺書を読みながら、特攻隊員の姿を見つめることができない人々と同じように、過酷な現実を突きつけられても、その現実を見つめることができないのだ。自らの偏見を優先させ、現実を見ることを頑なに拒絶する。自らの偏見を守り続けていれば、平和がおとずれると盲信しているのだ。
 
 哀しいまでの日本人の現実感覚の欠如は、決して「東京裁判史観」と無縁ではない。生き生きとした歴史を物語れないものは、利害が複雑に絡まった現実を見つめることはできない。
 
 東京裁判史観という覆いを取り去って、しっかりと自分自身の目で、我が国の歴史を見つめ直すことが求められている。そして、我が国の歴史をしっかりと見たその目を以て、現在の国際情勢も見つめ直すべきなだ。

 歴史の中には、輝かしい栄光があり、深刻な苦悩がある。その一つ一つを自分自身の目で見つめ直すのだ。そういう経験こそが歴史に学ぶということだ。
そして、歴史を見つめたとき、今現在の自己の姿、日本の姿が明らかになってくる。その日本の姿を見つめた人間は、現在の問題に無関心ではいられなくなってくる。過去の気高い日本人の姿を知ったとき、はじめて日本人としての気概が生じてくる。こうした歴史に裏打ちされた気概こそが新たな歴史を切り開いていく。
 
 混迷する日本では、真の意味での歴史の復権が求められている。
そのためには「東京裁判史観」の一刻も早い脱却が急務である。


 (宮崎正弘のコメント)この論文は、田母神元空幕長が特賞となったアパ懸賞論文の「佳作」です。特賞に勝るとも劣らない力作です)。


(私のコメント)
現代日本においては言論の自由は認められているはずですが、東京裁判史観を批判すると大臣を罷免されたり地位を剥奪されたりしている。この事自体が検閲に当たるのであり、歴史観を元に役職の処分の理由とすることは間違っている。田母神航空幕僚長も航空自衛隊業務に反したことは論文で発言していない。

大臣とか自衛隊の地位のある人が歴史観を述べたらいけないのだろうか? 麻生総理も「言論の自由はあるが立場上好ましくない」として処分を下したが、何をそんなに恐れているのだろう。自民党の総理が靖国神社の参拝もせず、村山談話や河野談話を踏襲する発言を繰り返していますが、これでは保守政党とはいえない。

大東亜戦争に対する評価は十分な資料を揃わないと下せませんが、ルーズベルトの陰謀論もアメリカの秘密資料が公開されないと証明のしようがない。日中戦争の資料も中国が民主化されて言論の自由が認められる政府が出来ないと資料は出てこないのだろうが、研究者によっても公開された資料で新たな見解が出されてきている。

しかし現代の日本においても東京裁判史観に基づいた歴史教育が行なわれて、日本は侵略戦争をした犯罪国家として小学生や中学生を教え込んでいる。そのような戦後教育を受けてきた人が60歳になって東京裁判史観が日本のスタンダードになってしまった。

従軍慰安婦問題や南京大虐殺などは最近になって外交問題化されていますが、十分な学術的な検証がなされず中国や韓国のプロパガンダの材料にされている。中国や韓国は外交問題として国民の感情が収まらないから日本への妥協を要求してきて、河野談話などが出されてそれがいつの間にか政府見解とされてしまう。

歴史学から見れば戦争は外交の一手段であり、大東亜戦争は昭和20年に終わったわけではなく、政治思想の戦いとして現代でも戦われていると見るべきだ。普通ならばサンフランシスコ講和条約で在日米軍は撤退すべきなのですが、現在においても米軍の駐留は継続されている。この事が東京裁判史観に大きな影響を与えている。

アメリカは恐らく日本を永久占領するつもりでいるのだろう。だからこそ米軍を駐留させているのであり、米ソの冷戦が終わって米軍が日本に駐留している理由はなくなった。現にフィリピンでは国会決議で米軍基地は撤収されている。フィリピンがアメリカに反抗してもたかが知れているが、日本が反米になると東アジアに大きな影響を与えるからだ。

つまり東京裁判史観が米軍駐留の大きな根拠になっているのであり、これを覆される事はアメリカにとっては許しがたい事だ。つまり日本封じ込め政策の一環であり、だからこそ最近になって村山談話や河野談話で締め付けが厳しくなってきているのだ。

現在では小泉内閣や安倍内閣や福田内閣や麻生内閣など村山談話を踏襲する事が決められ、それを批判すれば大臣や自衛隊のトップといえどもクビが飛ぶ。これでも日本に言論の自由があるのかと疑問がわくのですが、政治的影響力のない市民には自由は認めても政治支配層には言論の自由はないようだ。




世界恐慌を避けるための、論理から出る策は、2:1の交換率での、
新ドル発行です。預金も国債や証券も半額になる。負債も半額です。


2008年12月3日 水曜日

特別特集:世界金融危機は、どう決着するか 11月30日 吉田繁治

▼以下は推測です:(注)あくまで、論理からくる推測です。

どんな策か? 米国を350兆円の純借金(=対外債務2000兆円―対外債権1650兆円:07年末)から解放する策でしょう。

もうこれ以上、海外に借りることはできない。海外が、米国債を買わない。米ドルは、世界にあふれすぎた。海外政府が持つ外貨準備だけでも600兆円ある。

「1月21日以後、米政府は、FRBを事務局に新ドルを発行し、旧ドルとの交換比率は(例えば)2:1とする。」 説明はそれだけでしょう。1971年のニクソンと同じように、実行があるのみと答える。

新ドル換算では、米国の対外債務(借金)は1000兆円に減ります。日本の対外債権610兆円(主は米国の対外債務:07年末)も、新ドルでは、305兆円と半分に減ります。

他方、米国の対外債権は、1650兆円(07年末)です。

日本に対しては、360兆円の対日債権(07年末)です。日本株を含む証券に221兆円、その他証券投資で118兆円ある。これらは円建てです。従ってこれは減らない。(注)07年末データは財務省。株安で40兆円くらい減っていますが。08年データの発表はまだない。

今、株価の下落後の時価で300兆円の対日債権があるとすれば、この価値は変わらない。そうすると、以下のようになります。

[対日債権 300兆円−対日債務305兆円に減価=対日純債務5兆円]

250兆円(07年末)もあった対日純債務は、一夜で、5兆円に減る。得をするのが米国で損をするのが日本です。こうした、通貨切り下げができるのが、基軸通貨の特権です。

この対日債務と同じように、米国の2000兆円の対外債務が、1000兆円に減る。しかし1650兆円(07年末)の対外債権の実質額は、減らない。これが世界の株価下落で、650兆円分(60%)時価が下落していても、対外債権は1000兆円です。

[米国の対外債権1000兆円−対外債務1000兆円に減価=対外純債務ゼロ]となって、1月21日以後、バランスします。

海外は、1.21以後2000兆円が、1000兆円分に減った米ドル債券を売っても、1000兆円でしかないので、保有するだろうと言えます。(注)1.21はあくまで、論理的な推量です。

■7.賃金、金融資産、金融負債の変化は

米国の賃金や金融資産、金融負債はどうなるか?

通貨単位を切り下げる「デノミ」とは異なります。旧ドルで$5万/年の賃金は、新ドルでも$5万に維持するからです。

世帯の$30万の住宅ローンは? 新ドルでは、$15万に半減します。$8万の預金は? 新ドルでは、$4万位に減る。家計の純債務は、1月21日以前の[ローン負債$30−預金$8万=$22万]から、[ローン負債$15万−預金$4万=$11万]と、$5万の賃金に対し半分の重みに減ります。

これなら、$15兆(1500兆円)の負債を抱える米国の5000万世帯(世帯平均3000万円)も、ローンを返済できるでしょう。ローンが返済できないことが、今回の金融危機の根底にあった。これが、2:1の交換率の新ドル発行で解消します。

他方、金融資産を負債より多く持つ世帯は、損をします。民主党は、かつて日本社会党に似たところがあります。支持は、有色系とワーカー、インテリ層が多い。富裕者の優遇をしてきた共和党とは、異なる。

米国の政府債務1000兆円も、500兆円と半減します。

米国の世帯は、金融資産の最大は、預金でなく下がった株です。株はどうなるか。一旦はショックで暴落します。しかし、米国が対外借金から解放され、住宅ローンが支払われ、世帯も1500兆円(うち住宅ローンは1200兆円)の借金から解放されることが分かって経済は一転し、好転に向かうとなると、その後は、上げるでしょう。(注)2009年の最初は、金ドル交換停止のときのような混乱です。

企業にとっては、社債の負債2500兆円が、一挙に1250兆円に減ります。

【まとめ】
米国の対外債務       2000兆円→1000兆円に減る
米国世帯の借金       1500兆円→750兆円に減る
米国企業の負債(主は社債) 2500兆円→1250兆円に減る
米国政府の負債       1000兆円→500兆円に減る
米国GDP         1170兆円→1170兆円で変わらない

賃金は1:1で新ドルになるので、賃金が80%部分を決める物価もさほど変わらない。賃金で買う小売りや車の売上も維持されます。企業の借金も半分に減ります。

金融機関の債務超過も、資産より、借金の過多です。2:1の交換率の新ドル発行で、過去の債権・債務が、同時に半分になれば、救われます。借金(国債)が500兆円と半分になった米国政府が、その後、ふんだんに国債を発行し、そのマネーで資本注入ができます。行うのは、大統領令の発布だけです。

【円との関係】
円との関係はどうなるか? 米国が2000兆円の対外債務から解放される。米国企業と世帯が[徳政令]再興するとなると、旧ドルは$1=50円になっても、新ドルは$=100円付近で落ち着くかもしれない。

【対米輸出価格は?】
日本や中国の輸出価格は、新ドルで売ることになって、米国の新ドルの賃金では価格が変わらない。輸出はできる。米国の輸入価格は新ドルになって、変わらない。

以上のように、負債を半分に減らす徳政令が、旧2:新1の交換率での新ドル発行です。

■8.新ドル切り替えを行わないとどうなるか?

こうした新ドル発行を行なわなくても、2009年は世界がドル債を買わないことから、いずれ$1=60円に向かうでしょう。つまり、マーケットによるドル切り下げです。

【結果は米国の恐慌】
ただし、こうした、市場でのドル売りによるドル切り下げでは、米国の世帯の負債、企業の負債、政府の負債は救われません。金利が高騰し、米国経済は奈落に落ちる。それよりも、以上のような構造の、新ドル発行に、傾くのではないかと思えます。(注)どんな帰結か、あなたも予測してみてください。

【論理的な推測】
以上は、あくまで、論理による推測です。日本にとっては、305兆円の損をする新ドル発行は、ないほうがいい。しかし、2009年中にいずれドルが切り下がり、$1=60円に向かえば、ほぼ同額の損をするので、同じことになります。

日本政府は、他に先駆けドルを売り、以前提案した、ゴールドを買うことはできないからです。

$1=60円の円高なら、輸出企業は壊滅的になる。しかし、新ドル発行で新1$=100円付近を維持すれば、輸出企業は助かる。中国も助かる。

▼極秘裏に準備される

新ドルが発行されるとなると、発表日まで極秘です。漏れれば、大規模な預金取り付けが起こり、預金価値の半分への切り下げを嫌い、旧紙幣になるドルを売り、円やユーロを購入して損を回避するからです。

情報から以上を申し上げるのではない。論理からです。こうしたことについて、極秘情報はあるわけもない。こうした論理的な推測は、予測リスクがあるので、利口(りこう)な人は、誰も言わない。言えば馬鹿です。馬鹿を引き受けます。

【ドル安だけなら、米国はデフレ型恐慌】
これが大きくはずれ、起こるのは、ドル下落だけかも知れません。しかしそうなれば、世界からドル債が売られ、FRBが関与できない長期金利が上がって、米国経済は、確実にデフレ型の恐慌になります。日本にとって、どちらがいいか。

610兆円の手持ちドル債を売らない(売れない)なら、米国が恐慌を避けることができる「新ドル」のほうがいい。

【ユーロは新ユーロ発行ができない】
主要金融機関のレバレッジが30倍から50倍と、米国より借金が多いユーロも、新ユーロ発行(交換率旧ユーロ2:新ユーロ1)が対策になります。しかし、ユーロの対外債権・債務はほぼバランスしているので、この策は取りえない。ユーロの基幹国ドイツは、対外債権が多い。このドイツが、絶対反対するからです。

【日本にも不可能】
日本の新円発行は、どうか。過去の借金が半分になる政府が助かりますが、1500兆円の金融資産を持つ世帯は、金融資産の750兆円分を失います。この策を、政府はとり得ない。世界の潮流に浮かぶタンカーのような船です。しかも首相単独には、マネーへの権限はない。国会でまとめるようなら、情報が漏れます。切り替えの前に預金の全額引き出しが起こって、金融が即日壊滅し、無理です。日銀にはこうした力技はできない。

以上、本稿では、単なるドル安と、FRBのマネー供給(=米国債発行)では、海外が米国債を買えないので、米国の金融と経済は救われないこと、つまり恐慌に向かうことを示しました。唯一、世界恐慌を避けるための、論理から出る策は、2:1の交換率での、新ドル発行です。財布に残った旧ドルで買い物すれば、50セントの価値になります。$預金も$の国債や証券も半額になる。負債も半額です。

【後記】
くれぐれも申し上げますが、本稿の1.21は、あくまで論理的な仮説です。日付は、ずれるかもしれません。しかし、異なる方法は、今のところ思い浮かびません。対策は? ゴールド買いでしょうか。



宮崎正弘の国際ニュース・早読み 平成20年(2008年)10月11日

欧米の金融機関が破綻を免れるためには、荒稼ぎをするためにの草刈場が必要です。それが、日本の金融市場です。
 「近未来のシナリオの一つとして考えられるのは、一種徳政令である。ドルは現在流通する通貨を無効とさせ、新札を発行する。或いは金にリンクしたドルの新紙幣を発行し、旧来のドルは「新ドル切り替え」で大幅な減価をおこなう(戦後、日本の新円切り替えのごとし)」とかかれました。
それもありうることとは思いますが、おそらく別の手を使うことでしょう。
金にリンクした新札を金1オンス10000ドルくらいので出すことです。そうすると米国財務省がフォートノックスに持っている金だけで6兆ドル相当になります。
M0でその2倍位はかなり安全に発行できます。M3がその5倍なら、60兆ドルまで
には膨らませます。1934年にまさに米国はそれを行いました。そのとき儲けた連中の後継者たちはそのことを知っています。

  (ST生、神奈川)

(宮崎正弘のコメント)金にリンクした新ドル札は、すでに準備されて中央銀行の金庫に眠っているという噂までありますからね。
 現在流通しているドル紙幣は金兌換の変わりに「IN GOD WE TRUST」(神を信ずるのみ)と書かれています。ポールソン財務長官の署名があります。



(私のコメント)
アメリカ政府の大盤振る舞いの公的資金による救済策が打たれていますが、その資金はどこから調達するのだろうか? 当面は政府が国債を発行してFRBがそれを買い取る形になりますが、国債には利払い義務があるから利払い分も国債を発行してFRBに買い取らせないといけない。

しかしこんな事を繰り返していると雪だるま式に国債残高が増えて、その国債が値下がりすればFRBは巨額の損失を蒙る事になる。だからFRBは米国債を外国に売って経営を安定化させる必要があります。FRBはさらに買い手の無くなった住宅債券やカードローン会社の資産担保証券も買い取らなければならない。もんだいはFRBがどれだけ紙幣を印刷できるかということです。

こんな事を繰り返していればFRBも信用が無くなり、世界各国はドルも米国債も手放し始めるでしょう。ブックスリーも再建策を出しましたが巨額な債務を見れば一旦倒産してから再出発したほうが政府の負担は少なくてすむかもしれない。ビックスリーを救済すれば他の産業も救済を求めてくるし収拾がつかなくなるでしょう。

政府FRBの発表した救済策を合計すると来年夏には700兆円くらいになるようです。さらにCDS爆弾が破裂すれば数百兆円が吹っ飛びます。つまりアメリカのGDPは1171兆円ですから、それに等しい資金を調達しなければならないかもしれない。しかしどうやって調達するのでしょうか? 現在でもアメリカは財政赤字で増税も出来ない。

問題は米国債を買える国は中国と日本と産油国ぐらいですが、中国が買えるのは20兆円くらいであり日本や産油国は買えるだけの外貨はもう無い。しかしアメリカは毎月100兆円もの資金を調達しなければならない。当面は政府が国債を発行してFRBが紙幣を刷ります。そうなるとドルも米国債も暴落することになります。

中国もアメリカが輸入してくれなくなれば外貨も貯まらずドルも米国債も買わなくなります。そうなればアメリカは破綻したアイスランドのようになり、金融マンから元のクジラ取りに戻らなければならなくなります。問題はいつごろそうなるかです。そうなればアメリカは1971年のニクソンショックや1985年のプラザ合意のような借金踏み倒しを行なうでしょう。

プラザ合意の時は1ドル=240円があっという間に1ドル=120円にする密約が出来たのですが、日本の米ドル建て債権は半分になってしまった。つまり半分踏み倒されたのだ。中曽根首相と竹下蔵相は日本の国益を売って中曽根は長期政権を保証され、竹下は中曽根裁定で首相になることが出来た。日本の政治家は国を売ることで利権を我が物とする習慣が出来てしまった。

しかしアメリカはドル安になってもアメリカの産業は復活せず、今日までになりビックスリーは倒産寸前の状態だ。その為にアメリカは中国と手を組んで国際分業化を進めて日本経済やEU経済に対抗しようとした。アメリカ企業は工場を中国に移してアメリカブランドの中国製品が世界に溢れる事になった。

このようなグローバル戦略は成功してアメリカのグローバル企業は90年代から好業績を得て、株価もグリーンスパンFRB議長が「根拠なき熱狂」と言うまで株価は上がった。デルやコンパックやヒューレットパッカードのパソコンは中国で生産されて世界各国に安く売られた。中国の超低賃金で作られているから利益はそれだけ大きい。

このようにアメリカのグローバル企業が好業績を上げてもドルは高くなる事は無く、アメリカの製造業が復活する事はなかった。それはアメリカ政府も金融を国策産業としたからであり、製造業は資本で支配すればいいと考えたからだろう。

アメリカの国策企業であるゴールドマンサックスなどの投資銀行は、日本の不動産などを買い占めてミニバブルを作るまでになりましたが、三角合併で企業のM&Aで日本企業を買い占める直前に、日本にとってはサブプライムという神風が吹いて投資銀行は金融恐慌で消えてしまった。日本はだから「神国」なのである。

アメリカ経済はまさに火の車になりつつあるのですが、ニクソンショックやプラザ合意のような陰謀を再び仕掛けてくるのは確実だ。三度目の陰謀に対しても日本はなす術が無く泣き寝入りしなければならないのだろうか? 中曽根や竹下のような売国政治家は再び出てくることだろうか?

しかしプラザ合意と時とは違って今回は中国が最大の債権国であり200兆円の外貨を持っている。胡錦濤はアメリカのドルの一方的な切り下げや、新ドル発行に応ずるだろうか? EUもユーロという基軸通貨を狙う通貨を持っており、一方的な切り下げや新ドル発行すれば基軸通貨を地位を失うだろう。

胡錦濤は新ドル発効を認めて100兆円失う代わりに台湾をよこせと要求するかもしれない。私が中国の国家主席ならアメリカに対してそのように要求するだろう。中国は日本のようには泣き寝入りはしないだろう。

では日本は、アメリカの借金踏み倒しに対してどのような対抗策があるだろうか? ユーロなどの外貨に移し変えるか、ゴールドなどを買っておいたほうがいいだろう。宮崎正弘氏のメルマガに書かれているように1オンス=10000ドルくらいの兌換新ドルを発行してくるかもしれない。そうすればアメリカが手持ちにしているゴールドで借金をチャラにしてあり余る資金を手にすることが出来る。1934年にそれは行なわれた。

だから近いうちにアメリカ経済は破綻して徳政令で借金をチャラにされる前に、手持ちのドルはユーロに変えるか金に換えておいたほうがいいのだろう。それでも日本政府はアメリカに義理立てして第二のプラザ合意に応ずるのだろう。その為に数十兆円の外貨が消えても日本国民は全く怒らない。すでにアメリカに二度騙されているのだから三度目は騙されないようにしなければならない。




オバマは2年で辞任するだろう。金融・経済政策に失敗して責任を
取らされて。そのあとは、ヒラリーが登場するだろう。 副島隆彦


2008年12月2日 火曜日

週刊SPA!誌 の11月中ごろ発売の号に載った私へのインタヴュー記事を載せます。 12月1日 副島隆彦

外交・経済政策は、転換点に!?
2年後にはオバマからヒラリーへの政権交代!?

―オバマ新政権の先行きは多難である……という言論人が。昨年4月にオバマ新大統領を予言していたという副島隆彦氏だ。

オバマ新大統領は、4年の任期はまっとうできないだろう。2年で辞任するだろう。そのあとはヒラリー・ローダム・クリントン上院議員が勤める。そして、フランクリン・ルーズベルト大統領がやったのと同じ社会主義的統制の、強権発動の政治体制にして、アメリカは金融恐慌を乗り切るつもりだ

―予言的発言だが、果たしてその裏付けはあるのだろうか?

「フジサンケイグループも大きくはロックフェラー石油金融財閥と仲の良い、愛国派を気取る日本のメディアであるから、アメリカの大統領がデイヴィット・ロックフェラー(93歳)を頂点とするニューヨーク金融財界によって実質的には決められている、という考えに賛同はしないだろう。それは構わない。

 日本はアメリカの属国なのだ。対等な関係ではない。多大な資金供与をしてきた。オバマは当選直後の演説で『人民の、人民による、人民のための政治体制は、この地上から消え去ることはない』というリンカーンのゲチスバーグ演説を引用して、隠れた特権的な富裕層のための政治はしないと力説して世界中を驚かせた。

が、実際には金融財界を無視した政策はとれない。迫り来る世界恐慌を喰い止めることは出来なくて民衆の不満が高まって辞任に追い込まれるだろう」

―過剰な金融部門のマネーゲームに狂奔したアメリカならば、確かに財界の意向は色濃く政治に反映されそうだ。で、「オバマ後」は誰が担うのか?

「オバマのあとはヒラリーが大統領になる。そういう動きがみられる。ヒラリーはロックフェラー家に忠実だったフランクリン・ルーズヴェルトのニューディール政策と同じ、社会主義的な統制経済化を推し進めるだろう。アメリカは金融機関と基幹産業を救済するために、裏づけのないドル紙幣と米国債の刷り過ぎてハイパーインフレになる。そこでデノミ(通貨単位の切り下げ)を実施して対外借金は実施的に減価する。そしてドルの基軸通貨からの脱落と、アメリカの世界覇権は次第に終わってゆく」

ーそれでは米国債を大量保有する日本は大ダメージ! アメリカとは距離をおけってことでしょうか?

そういうことだ。ディヴィットが所有する世界最大銀行だったシティグループも来年には破綻する。そのあとを引き継ぐのは甥っ子のジェイ・ロックフェラーで、彼が‘勝ち組’のゴールドマン・サックスのオーナーである。

 ゴールドマン出身のポールソン現財務長官は中国の清華大学で長く講師を務めて、現国家副主席で3年後の国家主席である習近平(ルビ;しゅうきんぺい、シー・チンピン)らを育てた男だ。だから世界覇権はやがてアメリカから中国にシフトする。日本は沈没するアメリカにこれ以上貢がないで、アジア諸国や資源大国であるBRICsとの結びつきを強めていくべきだ」

(別の記事)

――ご本を読ませていただいたのですが、現在の金融危機の状況を5年前に予言していたというのに驚きました。

副島 私はもう90冊、本を書いているんだ。私の本を1冊ぐらい読んだぐらいで驚いたとか言うな! 私はこれまでにベストセラー本を20何冊も書いて出しているんだ。それでも貧乏だ。アメリカの手先をやっているテレビ局5社、新聞5社は、私があまりに本当のことを書くから怖くて近寄らない。

――でも、一般庶民にすれば、『恐慌前夜』の内容はびっくりすることばかりですよ。なぜ現状を予見できたのか、ぜひとも聞きたいところです。

副島 日本国民は洗脳されているんだろ、長いこと。そのための道具がテレビ、新聞だ。

――洗脳? 著書のなかでも、ゲシュタポ金融庁とか、かなり辛辣な批判をされていましたが。

副島 私が、ゲシュタポ金融庁と繰り返し書いたら、やはり、外資の手先になって相当悪いことをしていたようで、金融庁は財務省の中に戻して責任追及から逃れさせることになったようだ。麻生首相と中川財務・金融大臣が決めた。自民党も官僚たちもアメリカが怖いから言いなりなんだ。それで日本国民の大切な資金を今もまだどんどん貢ぎ続けている。

――そのへんは、この本を読んでよくわかりました。

副島  そうか。だからみんなアメリカに洗脳されているんだ、戦後63年ずっと。どうにもならんのだ。まだアメリカのポチたちがそこらじゅうに満ちあふれている。アメリカにしがみついて生きてゆく気だ。電通がただの広告会社の振りをして、お前たちのこの雑誌まで支配している。

――庶民は、世界中で金(きん)の地金(じがね)が底を突きそうだと聞いて、金ショップに列を作っているそうです。

副島 それは大変いいことだ。今も日本では報道管制が敷かれていて、大切な本当のことは報道しないのだ。

――でも、著書の後ろの方でも書かれていましたが、副島さんは自分の本の読者だけは救いたいと。

副島 そうだ。私の本を真剣に読んでくれる人たちだけには、今のアメリカ発の金融恐慌で大損をしてもらいたくない。私はこうやって巧妙な言論弾圧を何とか逃れて、1冊1600円の本の1割の160円をもらって、これで食べているんだ。

――ある種の啓蒙の本ですか?

副島 そうだ。私は啓蒙家(enlightenmentist、エンライトンメンティスト)であり、国民に真実を伝える活動家だ。

――エンライトメント……。

副島 ちがう、エンライトンメント enlightenment ! 「この世に真実の光(ライト) を当てる」という意味だ。私はこの国の大きな真実を暴き立てるように書いてきた。それで数万人の読者を獲得して、これでようやく食べてゆけるようになった。邪魔をしないでくれ。

 なぜ私の予測、予言が当たるかと言うと、それは大きな外側世界の真実を分かりやすく日本国内に伝えているからだ。アメリカ国内にも本当のことを書いている少数の優れたジャーナリストたちはいる。みな虐められている。

 勉強すればわかるこなんだ、頭の良い人間には。洗脳されているバカたちにはわからない。私は敢えて危険な道を選んで生きてきた。あなたたちの背景までも見えるよ。

――副島さんの金融本の読者たちは、今の急激な金融危機突入で、不安で仕方がないから読んでいるのでは・・・。

副島 きっとそうだろう。ひどい目に逢って、ウソばかり教えられて、投資で大損しているから、そろそろ真実を知りたいんだろ。この世界の大きな構造を知りたいのだ。日本人は、自分たち自身がどうもあやつられている、ということに気付き始めている。キミたちとは違うのだ。

――私たち(編集部)はどうにもなりませんか?

副島 どうにもならないね。なぜなら、もうさんざん読者に投資コーナー記事で、毎号、損をさせて本当は責任問題が出ているはずだからだ。 キミらのようなライターのことを、“100円ライター“と言うのだ。私も昔、宝島社で百円ライターをやっていたからよく分かるよ。先輩なんだぞ。

――どうやったらベストセラー本を書けるんですか?私もこのみじめな境遇から抜け出したいんですか。

副島 その頭じゃ無理だな。私をただのそこらの「陰謀論者」扱いする気がなくなったら、私の本を真剣に読んで、それから「副島隆彦の学問道場」サイトに来なさい。本当の文章の書き方を教えてやるよ。

――ありがとうございます。「金儲けさせないで大損させたコーナー」が潰れたらよろしくお願いします。副島さん、それでも庶民は、どうしたらいいか必死で知りたいんですよ。どうしたらおカネを儲けることができて今の重労働の仕事と、貧乏から抜け出せるかと悩んでいるんです。是非、教えてください!

副島 分からん。それは私にも教えられない。今は、黙ってじっとして、これ以上、損をしないでいいように慎重に考えることだ。大恐慌になってもどうせ人間は生きてゆく。まわりも皆、同じだ。どうしたらいいか、どころか、キミら自身が、ウソばっか書いて(机を叩く)! 

 若い読者たちをダマしてきたんじゃないか。こういう時は何にもしないのが一番いいんだ。現実はこのまま進んでいく、それだけだ! どうすればいいですかなんて。健康第一だ。体さえ元気なら、それでいい。それ以上はあまり望むな。

――でも、お金のことでどうにかしなさいっていう本じゃないんですか?

副島 それはそうだ。私は冷酷に客観予測だけをやってきた。こうなって、次はこうなって、その次は、アメリカのニューヨークの金融ユダヤ人どもの大銀行が自己責任の、因業のはてにバタバタつぶれて、と冷静に未来予測をやってきた。自分の主観や願望は一切混ぜない。そうしたら予言は当たる。そうやって私の本のまじめな読者だけは助けた。それだけだ。

――そうですね。他の本とはちがって厳しいことばっかり書いていますね。そしてほとんど当たっています。驚くべきことだ。

副島 いまの最新の情報を教えてやろう。株式や債券はまだまだ下がる。ドル円の相場ではドルが暴落してゆく。来年は一ドル60円で、さ来年は30円だ。やはり金の地金を買うことだ。今年の8月から金は先物市場で奇妙な暴落を始めている。

 米ドルの信認の低下を阻止するために、石油と金をアメリカ政府がニューヨークの金融界とグルになって計画的に暴落させている。だから、いまのうちに金を買っておきなさい。どうせ金(きん)はそのうち暴騰するよ。アメリカが石油(原油)の値段を意識的に暴落させている。

 それは、敵である大産油国のイランとロシアとベネズエラに儲けさせないためだ。あれらは強烈な反米国家だ。それでもアメリカ帝国(世界覇権国)の没落と衰退はもう誰にも止められないんだ。これは大きな歴史の法則だ。自然の流れと言ってもいい。

――誰が金と石油を暴落させているんです?

副島 今一番追い詰められているニューヨークの金融ユダヤどもと、アメリカ政府だ。巨大銀行のトップたちだ。それとシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)のレオ・メラメド名誉会長だ。彼が必死でゴルードマンサックスと組んで、アメリカ政府(ニューヨーク連銀)から「金の貸出し」を受けて先物市場(フューチャー・マーケット)で空売りをかけているんだ! 

――なぜ金の空売りを?

副島 今、世界中でまともな人間なら金を買いに殺到している。中国人もインド人も買う。ヨーロッパでは金貨(一オンス)が、1100ドルもするのだ。それなのに先物市場ではわざと700ドルまで落としている。

 日本円でいえば1グラム2300円だ。本当は1グラム3000円であるべきなんだ。 ロシアとイランはついにドルとユーロさえも捨てて、金(きん)を国家準備金(リザーブ)にしつつある。今、世界は「パーパーマネー(紙切れでしかないお札や株や債券)から実物経済(タンジブル・エコノミー)へ」になりつつある。

 これは私が5年前に書いた本の書名だ。それから「預金封鎖」だ。緊急の金融統制体制に突入するだろう。  

 ドルは紙切れになるぞ。いくら米ドルの価値を守って暴落させないようにすると言っても限度がある。あと半年だろう。ドルの大暴落が起きる。対実物・現物資産との関係で金(ルビ;きん)が上がる。

――そういう状況下で、オバマが金融危機を回避するには、とにかくドルを刷ることだという人もいます。

副島 オバマが次の大統領になると3年前からはっきりと予言したのも私だ。オバマは優秀で人間もしっかりした、いいやつなのだ。が、ニューヨークの金融財界の言いなりにならなければ済まない。 

 だから、オバマは2年で辞任するだろう。金融・経済政策に失敗して責任を取らされて。そのあとは、ヒラリーが登場するだろう。そのように、実はもう決まっているのだ。これも私の予言だ。今のうちから予言しておくよ。

 ポール・クルーグマンは、すぐには財務長官にしないだろうけど、ワルだから、2、3年後にはなるんじゃないのか。金融恐慌がもっとひどくなって、状況が今よりも悪化していったら、世界中を社会主義的な官僚支配の統制体制にしてしまうだろうね。

 クルーグマンも先生のミルトン・フリードマンもドル刷り散らかし派だ。大銀行を助けるためにいくらでもドルと米国債(国家の借金証書)を発行する。日本では、公的資金投入と言うが、英語では、はっきりとタックス・マネー・インジェクション(税金投入)と言う。

 民間企業を国が助けるのだ。本来はやってはいけないことだ。倒産(破綻)させるべきなのだ。とにかく、お札を刷り散らかすんだ、国債も。あいつらにはもうそれしか手がないんだ。裏付けも実体もないのに、お札だけを刷り散らかしてその場しのぎの救済をする。一体どうなると思う?

――おカネの価値が下がりますね。

副島 そうだ。大暴落だ。だからドルの大暴落は目に見えるようだ。この事態を日本からじっと見つめている私とあいつらとの戦いなんだ。ニューヨークの金融ユダヤ人たちが、目先の強欲に走って、自分たちだけ手早く大金持ちになろうとして、それでくだらない「デリバティブ」と総称される金融商品を死ぬ程、作りまくって、周囲をダマシテ売り散らして、そして、それがついに大爆発したのだ。

 自分たちだけで手数料と利益を何百回も抜きあって、それで善良で健全な金融業者だというふりだけした。天罰がついに落ちたのだ。いい気味だ。デリバティブだけで、残高が4京(4千兆円の10倍)もあるんだぞ。

 どうやって、これだけの巨額の契約を消し込み、解消するというのだ。これをなんとか無かったことにして片付けるということは、血が噴き出すということだ。だから、もうお札経済、紙切れ経済は終わっていくんだよ。

 アメリカは大借金国家だから物価が暴騰してハイパー・インフレになる。だから暴動が起きる。

 日本はまだまだあと2年はデフレが続く。お札(紙幣)に力がある。お札が一番いい。物価も下がって賃金も下がる。時給千円ぐらいでアップアップしながら生きている若者がたくさんいる。従業員の給料も、キミたちだってギリギリまで減らされているだろう。

――まあ、はい。今回の金融危機は、87年(ニューヨークの株暴落)や97年(アジア通貨危機)とは規模も違って、実体経済のバブルクラッシュが同期していないことが特徴だと……。

副島 あのな、実物経済、実体経済という言葉を使い出したのもオレだぞ。副島隆彦が使い出したんだ。その前はそんなコトバは経済学者たちも使わないし、存在しなかったんだ。物流とか流通とか、そういう言葉しか使わなかった。

 急に実体経済(リアル・ウエルス・エコノミー)、実物経済(タンジブル・エコノミー)とか言い出すな。このバカ雑誌が!客(読者)に損ばっかさせた週刊誌とかは反省しなくていいのかね、ウソばっかり書きましたとか。このバカ雑誌って副島が言ったって書いとけよ! 絶対に!

――はい、そうします。それを言うなら、日経新聞の罪ってのはないんですか?

副島 あるよ! あんなもの野村証券とアメリカの手先新聞じゃないか。日本人の資産家や投資家を洗脳して損をさせるための新聞だ。手先のバカ新聞めが。それでも私も日経を読んでるよ。

 産経新聞のようなバカ右翼新聞(愛国派の振りをして本当はやっぱりアメリカの手先)に比べれば、ずっとインテリがそろっていて、世界の金融情報を日本に持ち込むから日経‘翻訳’新聞と呼んでいるのだ。役にはたつよ。

 日経の記者たちは私の本をコソコソ読んでいるから、最近は私の文体が記事ににじみ出ているよ。日本の金融・経済新聞が主体的に何かを報じたってことはない。アメリカの情報を日本語という言語に書き換えるだけだ。翻訳新聞だ。

――要は、単なるスピーカーだったってことですか?

副島 スピーカーねぇ、インターミディエイト(仲介者、媒介者、さや取り業者)じゃないのかな。 「属国日本論」を書いたのもオレなんだぞ、もう18年前だ。日本はアメリカの属国だって。

――いま、そういうこと言ってる人は多いッスね。

副島 そうだろうなあ。タクシーの運転手でもぶつぶつ言っているよ。政治家たちもアメリカの言いなりで仕方がない国だって。オレが初めに言ったんだ! 何十冊もの私の本にもなっている。本屋に置いてあるよ。

 私の苦闘の25年間だ。全部、私が自力でやってきたんだ。だから、言論人や学者たちは、どいつもこいつも私の前に現われられないんだ。偉そうにしてテレビでヘラヘラ言っている。反米でまだましな、金子勝とか森永卓郎でも、自分では虐められていていると思っているのだろうが、私の冷や飯の喰い方に較べればかわいいものだ。

 年季が入っているんだ。もう25年、ずっと日本のメディア(テレビ、新聞)からは干されたままだ。どいつもこいつも、泥棒どもめ、って会えば、まず一言目に言ってやる! (了)


「ベストセラー「恐慌前夜」の著者、副島隆彦氏が警告 (ゲンダイネット) 」

日刊ゲンダイ2008年10月15日掲載

 各国の金融危機対策を受け、急反発した週明けの株式市場。恐慌回避
でヤレヤレと思ったらトンでもない。

 「恐慌前夜」の著者で、常葉学園大教授の副島隆彦氏(55)は「NYダウは3000ドルに大暴落、為替は、2年後には1ドル=30円台になる」と警告するのだ。リーマン破綻や不動産投資信託(Jリート)の暴落などを次々と的中させているだけに、その予測は侮れない。

 公的資金投入でも、解決にはほど遠いでしょう。米国が抱える借金が巨額すぎるのです。しかも返すアテはありません。返す気がないのにカネを借りて家や自動車を買う取り込み詐欺と同じです。

 結局、米国は膨大な借金をチャラにするために、通貨を切り下げるしかなくなる。今は1ドル=100円前後になっていますが、米国の信用はどんどん失墜しています。新大統領が誕生している来年1月には、1ドル=60円ぐらいになっていてもおかしくない。

 これを半分に切り下げれば30円。さらに100ドルを1ドル、1000ドルを1ドルといったデノミネーションもやるでしょう。日本が保有する

600兆円もの米国関連債券は紙クズ同然です。

 NYダウもまだまだ下落します。東証株価は今、バブル期の5分の1の水準です。NYダウも同じ水準まで落ち込むとみれば、昨年10月の史上最高値1万4000ドルの5分の1、つまり3000ドルまで下がる。

 そのときは日本の株価もさらに下がる。バブル後最安値の7607円はもちろん、7000円も割り込みます。まさに日本は、米国に「抱きつかれ心中」されかねない状況なのです。決して安心できません。

副島隆彦 氏
政治思想、経済・社会分析などに関する過激な主張で知られる言論人。副島国家戦略研究所主宰。近著に『恐慌前夜―アメリカと心中する日本経済』(祥伝社)



(私のコメント)
ニューヨークの株価が680ドルの大暴落ですが、クリスマス商戦も低迷して景気後退がはっきりしてきました。住宅も車の売れ行きも金融危機でローンが出ないから売れません。アメリカの80年代からの消費景気は住宅の値上がりによるアセットローンが支えてきましたが、肝心の住宅の値下がりでローンの枠が無くなってしまったのだろう。

副島隆彦氏はダウが3000ドルまで下がると予想しているが、株価はアメリカ経済の生命線だ。年金などが401Kで運用されているから年金もパーになることを意味する。だから政府のPKOで買い支えているのでしょうが、これは政府の財政を破綻させるのを早めるだけだろう。そして肝心な時に買い支える事ができなくなるだろう。

オバマ政権の陣容が発表されましたが、前にも書いたようにこれでは実質的にクリントン政権であり、オバマ大統領はお飾りになってしまう。オバマが民主党の大統領候補になった時は金融危機もこれほど酷くはなかったし、マケインに勝つにはオバマの方がよかったが、金融危機がこれほど酷くなるとオバマでは未経験であり、急遽ヒラリー・クリントンを担ぎ出した。

おそらくオバマでダメなら辞任させてクリントンが後を引き受ける算段になっているのかもしれない。本来ならば政敵は政権から遠ざけるのが常識ですが、国務長官に抜擢されるのは、実質的な政権運営がクリントンによって行われるという事だ。ブッシュ政権も実質的にはチェイニー副大統領が政権の実権を持っていた。

奥の院もデビット・ロックフェラーからジェイ・ロックフェラーに代替わりする時期に来ており、デビット・ロックフェラーの本丸のシティは国営化されてゴールドマンサックスに吸収合併されるのかもしれない。ジェイ・ロックフェラーは民主党の上院議員であり、日本の民主党の小沢とも面識があるらしい。だから小沢民主党が政権を奪取するのはアメリカの奥の院からの指令なのだろう。

いわば現在のアメリカの混乱の元はロックフェラー家の身内争いが元であり、デビット・ロックフェラーを没落させる為の骨肉の争いがある。シティが国有化されたことで後継争いは勝負が付いた事でヒラリー・クリントンを担ぎ出したのだろう。狙いはクリントンが持っている中国利権だ。副島隆彦氏は「ドル覇権の崩壊」で次のように書いている。


「ジェイ・ロックフェラーはアメリカのバブルを延命させて最後には奈落に突き落とす」

中国政府はゴールドマンサックスと組んで、これから10年後には中国全土に500基ほどの原発を次々につくる予定である。中国が何よりも欲しいのはエネルギーである。原発(原子力発電)でエネルギーさえ手に入れば、今の中国のひどい空気や水質汚染も、なんとか改善できるであろう。中国がアメリカに“王手をかける日”が迫っている。はっきり言おう。中国がニューヨークの株式市場を暴落させるために激しい売り浴びせを仕掛ける日がやってくる。

(中略)ゴールドマンサックスの真のオーナーであるジェイ・ロックフェラー(70歳)にしてみれば、いまのうちに金利を引き下げさせてもっとアメリカの土地バブル経済を生きながらえさせ、そのうえでアメリカを崩壊させたがっている。そうすることで自分の叔父のデイヴィッド・ロックフェラー(92歳)が持っているシティバンク、エクソン・モービルによる世界支配を掘り崩すことができると考えている。

(中略)デイヴィッド・ロックフェラー(92歳)とその直系の子分であるチェイニー副大統領が運営しているブッシュ政権内での主導権を、ジェイ(70歳)が自分の叔父のデイヴィッドから奪い取ろうとしている。そしてロックフェラー本家への“大政奉還”を果たそうとしている。だから本当のところは、中国と日本はもう既にジェイ・ロックフェラー(ゴールドマンサックス)のものなのである。


(私のコメント)
ロックフェラーのような世界の帝王ともなると、アメリカも単なる将棋の駒に過ぎず、アメリカが使い物にならなくなれば次の覇権国家を作り上げて行くだけだ。次期世界の帝王であるジェイ・ロックフェラーが若い頃日本に留学していたというのは単なる偶然なのだろうか? 

考えてみれば日立や東芝や三菱といった日本メーカーが大型原子力発電プラントを独占しているというのは偶然なのだろうか? おそらくジェイ・ロックフェラーが背後にいるから出来た事なのだろう。東芝がウェスチングハウスの買収が出来たのもそのせいだ。普通に考えれば原子力発電は最重要産業でありアメリカがそれを手放す事はありえない。

中国は将来は原子力発電大国として500基の原子力発電所の建設を目指している。エネルギーのパラダイムが石油から原子力へと転換する事で、覇権国も石油大国アメリカから原子力発電大国の中国に移るのかもしれない。しかしその原子力発電所を作るのは日本のメーカーであり、軍事力は中国に持たせ技術支配は日本が持つのかもしれない。

このような陰謀史観から見ればアメリカのドルが紙切れになってもおかしくはないし、円が世界一強い通貨であることも偶然ではないだろう。「株式日記」で何度も書いているように世界の覇権国家は技術支配でダントツである事が条件なのだ。アメリカもロシアも中東も石油が無くなってしまえばお終いであり、産業用エネルギーとしては石炭火力と原子力発電に頼らざるを得なくなる。

22世紀になれば核融合や水素エネルギーに変わっていくのだろうが、21世紀は原子力発電技術を持つ日本が技術支配力を持つようになる。自動車も電気自動車に変わるし、石油から電力へのエネルギーのパラダイムシフトが起きる。そのキーマンになるのがジェイ・ロックフェラーと言う事なのだろう。




「田母神俊雄擁護論」 日本と国民党、日本とアメリカを戦わす陰謀が
コミンテルンによってなされたことは、近頃の常識になりつつある。
田母神は近頃の歴史学の趨勢を理解した上で、論を展開したのである。


2008年12月1日 月曜日

田母神俊雄擁護論(朝日新聞糾弾...> (1)  新・木庵先生の独り言

その疑問が確信に変わったのは、4月26日の狂乱の長野聖火リレーを、この目で直接見たときだ。5千人以上にのぼる中共の留学生が大型バスで続々と長野に乗り込み、街に五星紅旗がはためき、高らかに中国国歌がこだまする不気味な光景は、まるで人民解放軍の侵略と都市占領を想像させるものであった。

その光景を見た岩田は、これこそ明日の日本の姿であると直感した。中国人の横柄な態度、常軌を逸した狂乱ぶり、そして日本人に対する暴行など、長野の現場では驚くべき状況が広がっていた。ところが、これらの事実をマスコミが報道することはなく、長野の聖火リレーは若干の「妨害」はあったが成功裏に終わったということにされてしまった。

しかし、もしかしたら、後に歴史を振り返ってみたとき、あの長野の聖火リレーは中共の日本侵略の嚆矢(こうし)であったと呼ばれるようになるのではないかと岩田は危惧した。そして事実が事実として報道されないマスコミの異常性を改めて恐怖を覚えた。マスコミ、特に朝日新聞はチベット問題に関していかなる報道を送ってきたのか、いかなる世論を形成するために論陣を張ってきたのか、冷静に分析する必要を感じた。

私はアメリカで生活していることを、読者の皆さんはご承知のはずだ。私の知っている限りアメリカで日本の日刊新聞が購入できるのは、日本経済新聞と朝日新聞だけである。ロスの場合、羅府新報というローカル日系新聞があるが、これは毎日と提携し、毎日の記事が多く入っているようだ。以前は讀賣も購読できたが、今はアメリカから撤退している。私はどの新聞もとっていないので、これらの新聞がどのような記事を書いているかよくわからない。

ただ、先日某日系ホテルで講演会があり、その時に朝日新聞がロビーにあったので、どれほど朝日が偏向記事を書いているかチックしてみた。2008年11月13日付けの「私の視点」という記事だ。ここでは、今日本を賑わしている、田母神俊雄氏更迭問題について3名の学者、評論家、元陸将からなる田母神批判である。とても興味のある観点であるので、これから少しそれぞれの記事について分析する。

<私の理解では、確かに石原莞爾らの独断というのは、北岡の言うとおりだ。ただ言葉の選び方だ。「独断」「独走」「勇断」、「陰謀」のうちどれを使うかによって、北岡の言う総合力の記述の仕方が変わる。私なら「独断」、「独走」もしくは「勇断」という言葉を使う。当時満州は日本の生命線であり、少数の日本軍が在留邦人を守り、大軍を誇る張学良軍に対処していた。日本の利益を考えれば、たとえ中央日本軍部の了承を得ていない「独断」、「独走」であっても「勇断」と表現したいところだ。

北岡が「田母神が相手の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはなかったと断定するのはおかしい」と指摘するのは、ある程度正しい。確かにもう少し慎重な書き方が必要だっただろう。しかし、北岡の「陰謀」という言葉を選んだよりましだ。陰謀とは誰に対してなのだろうか。少なくとも、この言葉は現在の中共にとって都合が良い。北岡の日中歴史共同研究委員会の座長として、どのように中共に対処しているか、具体的に知らなくても大体の見当がつく。それに、石原は相手の了承を得た上で進めたのかもしれない。それこそ、このケースにおける実証的な研究が必要だろう。

次に張作霖爆殺事件は、私の大学時代は、河本大作によるというのが通説であった。河本は大杉栄と愛人を殺し、軍事裁判にかけられるも短期刑期を終え、満州に逃れ、満州映画株式会社(?)の社長におさまり、終戦後青酸カリを飲み自殺した悪い奴というイメージがあった。ところが、近頃の研究では、コミンテルン説が浮上し、この事件だけでなく、盧溝橋事件を引き起こしたのも、コミンテルンであるという説が出てきている。劉少奇陰謀説の実証的研究がすすんでいる。

日中戦争、太平洋戦争において、日本と国民党、日本とアメリカを戦わす陰謀がコミンテルンによってなされたことは、近頃の常識になりつつある。田母神は近頃の歴史学の趨勢を、充分理解した上で、論を展開したようである。コミンテルンの仕業説を、否定しようとする北岡こそ、偏向しているように私には思える。都合の良い説をつまみ食いしているのは北岡の方なのだ。北岡のバランス感覚というのは、中共が喜ぶ歴史認識のように見える。>

<北岡の言葉の使い方が気になる。「自虐的」、「感情的」、「そういう面もなかったわけで」。「自虐的」、「感情的」なのは田母神ではなく、北岡の方であると私には 見える。ルーズベルトや蒋介石は戦前日本を陥れようとした鬼畜(この言葉をあえて復活させた)なのである。だから、「ルーズベルトが日本に最初の一発を撃たせようとしたとし、日本は彼と蒋介石によって戦争に引きずり込まれたという。そういう面もなかったわけではない」などと、悠長なことではなかった。まさに、引き入れようとしていたのである。

史実を検証すれば、戦争好き(?)(これは戦後定着した観点になってしまった)の日本軍部が、必死になって戦争回避に動いていたかが分かる。勿論血気盛んな軍人もいたという面もなかったわけではない(北岡流表現を皮肉っている)。実はルーズベルトの上にスターリンという、大物がいたことを考えるべきである。

スターリンの国際戦略は、日本の自虐史観に汚染された歴史学者などに理解できないほどの、狡猾さとスケールの大きさがある。私はソ連スターリンが日本と蒋介石を戦わせ、日中戦争への泥沼に日本を引き入れ、蒋介石をアメリカが支援する、その結果日本がアメリカと戦争をしだす。その青写真を見事遂行させている。そこがコミンテルンという組織の狡猾さである。

日本にゾルゲという大物スパイを送り込み、尾崎秀(ほつ)実(み)を使い、近衛文麿に「日本は蒋介石を相手にせず」と言わしめている。ルーズベルトの側近はソビエトのスパイであったことは近頃の実証的な研究から分かっている。私は一人のアメリカ人を知っている。彼は今80歳を越しているが、子どもの時、日本で育ち、日米関係が悪くなった時期にアメリカに帰国し、アメリカで教育を受けた人間である。

その彼が言っていた。「日本は何故北進をとらずに南進を選んだのか。当時そのことが最大の謎であった」。「日本がドイツと手を組み、ソ連を攻めれば、ソ連などすぐに崩壊したものを。それに、当時のアメリカの軍事力はたいしたことなく、特に陸軍は弱かった。それに当時ドイツの陸軍は世界一で、これから世界はドイツによって牛耳られるだろうという恐怖観のようなものがあった」。日本が北進をとらずに南進したのは、日本がソビエトと戦わずにアメリカと戦わすソ連の策謀であった。

また、近衛に「蒋介石を相手にせず」と言わしめ、世界から孤立を招き、ひいてはアメリカとの戦争に引き込まれている。このような一連の日本の選択が見事と言ってよいほど、スターリンの謀略に引っかかっているのである。元々日本は資源がなく近代国家を維持するためには、アメリカを始め外国と貿易しなければ成り立たない国家であった。その基礎となる石油、くず鉄の輸出禁止は、日本に死刑宣告をしたに等しかった。

北岡はなおも述べている。「国際政治とは、しばしばだましあいである。自衛隊のリーダーたるものが、我々はだまされるというのは、まことに恥ずかしい」ということがわかっていれば、コミンテルンの騙しが、北岡の想像を超えるものであったと謙虚に理解できないものであろうか。その点田母神の方が騙しの手法を良く理解している。彼は騙されていないのである、騙されているのは北岡なのだ。北岡はどれだけ知っているかしらないが、Venona文書のことを。いかに戦前戦中にかけてコミンテルンがアメリカの、それも政府の中枢部に入っていたか、それが歴然とした資料として残っているのである。北岡の歴史家として、もう少しの勉強を望む。

 これで北岡の記事の分析は終わるが、誰かが言っていたが「朝日の記事は利用価値があるとすれば、全てを逆にとらえればよい」と。実際に北岡の記事を読んで、この人の言っていたことが証明されたことになる。しかし、朝日新聞に纏わる学者集団の罪は大きい。あさましさを感じることから通りこして怒りさえ覚えてくる。><ココで、以下の興味あるブログをはっけんしたので、コピーする>


田母神俊雄擁護論(朝日新聞糾弾...> (2)  新・木庵先生の独り言

第一章:Venona とは何か

Venona とはソ連の国際諜報本部と西側諸国内のそのスパイとの暗号による交信を解読する米国政府の活動であった。1940 年から 1948 年までの交信が対象とされた。ソ連側は、一度しか使わない乱数表でもって暗号を使っていたので、解読が困難であったが、乱数表の数が不足して、同じものを再使用するようになって、解読が可能になってきた。1944 年の通信は49%が解読されたが、1943 年のものは15%、1942 年のものは2%しか解読できていない。

第二章:「政策スパイ」が歴史を作る

世界的な経済学者のハリー・デクスター・ホワイト(Harry Dexter White)(1892 年生まれ)が、実は「政策スパイ」であった。彼はルーズベルトの New Deal に参加している。ホワイトは、1935 年から 1938年の間にも、ソ連の諜報機関に情報を与えてきた。

1941 年の初頭、スターリンは、ある時期に資本主義国が一緒になって、ソ連を攻撃するだろうと考えた。その包囲陣に切れ目を入れるための戦術として、日本の軍隊の注意を米国に向ける策を考えた。当時日本はソ連の極東地域に進出する可能性があった。在日本スパイ、ゾルゲは、日本は米国を攻撃するかもしれないが、日米の協調もありうるので、そうなると日本はソ連を攻撃するであろうと伝えた。

ゾルゲは 1941 年 10 月逮捕されたが、その一ヶ月前に「日本はアメリカとイギリスを攻撃する。ソ連への危険はなくなった」とソ連の本部に報告した。その少し前に、1941 年5月、ソ連の本部はハリー・ホワイトを政策スパイとして起用した。これは雪作戦(Operation Snow)といわれ、ソ連がアメリカの外交政策に影響を与えるための重大なスパイ活動であった。

ホワイトは必要があればソ連政府が日本を陥れるために作った田中義一首相の作とされる「田中メモ」を示す用意があることも知っていた。ホワイトに直接指示を与えたのはパブロフというロシア人で、ホワイトに米国の外交政策に多大な影響を与えるよう指令した。特に以下の二点を強調した。?日本は侵略から手を引き、中国と満州から軍隊を引き上げること、?日本は大多数の兵器を米国に売却すること。これらの指令はメモとして証拠を残すことを避けるために、記憶するように指示されている。

ソ連のスパイは、日本がアメリカと戦闘状態に入らなければ、ソ連と戦争することになることを認識していた。スターリンがもっとも恐れたのは、ドイツと戦闘状態にあるのに、日本と戦争をすることであった。ホワイトはモーゲンソウ長官に上の二点をアメリカの重大政策決定として提出した。長官は、そのことを、ルーズベルト大統領とコーデル・ハル国務長官に提出した。ハル長官はホワイトの意向を、1941 年 11 月 26日の日本への最後通牒盛り込んだ。その結果が日本海軍の真珠湾攻撃につながり。雪作戦が成功したことになる。



田母神俊雄擁護論(朝日新聞糾弾...> (3)  新・木庵先生の独り言

第11章、Soviet Espionage and American History (ソ連のスパイ活動と米国近代史)

 第二次世界大戦の米国諜報機関である戦略局 には (The Office of Strategic Services ) 職員として15人から20人のソ連スパイが活躍していた。さらに4つの戦時体制部局には少なくとも6人のスパイがそれぞれの部局に紛れ込んでいたことも判明している。

 戦争前からあった省庁も例外ではなかった。たとえば国務省には少なくても6人おり、この中で高官としてアルジャー・ヒス (Alger Hiss) とローレンス・ダガン (Laurence Duggan)がおり、十年にわたり、ソ連の諜報機関に奉仕している。財務省には有名なハリー・ホワイト (Harry D. White) という人物が次官として存在していたおかげでスパイたちにとってはとても働きやすい環境にあったと言える。ソ連スパイは質量ともすごいものがあった。その中にはルーズベルト大統領の私的補佐官であったロークリン・カリー (Lauchlin Currie) がいた。さらに米国連邦政府内の中堅幹部には12人以上のスパイないし同調者が配置されていた。

 このようにヴェノナから政府内にソ連のスパイが多く入り込んではいたとう事実はわかったが、彼らがどの程度アメリカの国益にとって害となったかは断言できない。つまり、スパイからモスクワにもたらされた情報がソ連にとってどの程度有益であったのか現在のところ明確ではない。しかしこのような状況の中ではっきりしていることは、原子爆弾製造に関する極秘情報がソ連にもたらされ、それによってソ連はあまり時間と費用をかけずに原子爆弾製造に成功したことである。これにより第二次世界大戦終了後に展開された核開発競争により冷戦状態が長期にわたり、継続したといえる。

 では、いったい米国の共産党員はなぜソ連のためにスパイ活動をするようになったのだろうか。スパイたちはソ連の共産主義にあこがれ、ソ連のために役立てることが光栄であるとの意識をもっていた。2007年12月に公開されたFBIフーヴァー長官の12、000人にのぼる反アメリカ活動容疑者の逮捕に関する驚愕的な記事(付録2)は、いかに多くのアメリカ人がスパイ活動に従事していたか物語っている。

 第二次世界大戦後の冷戦開始後、解読されたヴェノナ資料は悪夢のようなものだった。ヴェノナ資料で明らかにされたアメリカ人の半数以上の実名がソ連の諜報活動に協力した人物であったからだ。この人たちを調査すれば、同僚同士に不信感をかもし出すことになり、相互信頼感がくずれる恐れがあり、簡単には調査できなかった。トルーマン大統領が共産党員の国家破壊活動やスパイに対しは強硬路線をとるという決定を下したが、この問題を市民に公表しないことにした。しかし、1995年になってヴェノナ資料が公開されることになって、初めてアメリカ人は自分自身の歴史を省みる機会がでてきたのである。1950年代に起こったマッカーシー上院議員の赤狩り旋風は、米国の国益という観点からすると、まさに正しかったと言えよう。

  解読されたヴェノナ文書、資料公開法によって過去十数年にわたり収集されたFBI資料の公開、ソ連の崩壊により入手可能となったロシアの古文書館資料、ソ連スパイの米国国会での証言、起訴されたスパイの告白などから、1942年から1945年の間にソ連は米国に対して積極的にスパイ活動を実行したことは明白である。ルーズベルト大統領下の米国がソ連に対して宥和策をとっていた時期にあたっていたため、スパイ活動が簡単に出来たと考えられる。このスパイ活動は戦後の冷戦にも大きな影響を与えている。

<井上氏と同様、木庵も思うのだが、当時のアメリカだけでなく、世界的な趨勢として、ソ連のスパイが活躍できる雰囲気があった。1918年にソビエトで世界最初の共産主義革命が起き、地震波 のように世界に広がり、世界の知識人に大きな衝撃をあたえた。共産主義は今考えるほどの有害思想と捉える人は稀で、人類を救ってくれると考えた人が多かった。

たとえ木庵の大学時代(戦後)でも、共産主義は若き学生を虜にしていた。革命後のコミンテルンの活動は陰謀などという大げさなものではなくて、ごく日常的に各国のスパイ活動として入っていたのではないか。尾崎秀実などは、普通のジャーナリストの感覚で、情報をゾルゲに提供していたようなところがある(?)。それは日本を裏切るというより、日本をよくするためと思い込んでいた。ゾルゲと処刑されるに及んでも、日本を良き方向に行かすため尾崎は犠牲になったと思っていた。少なくとも、戦後左翼が扱った尾崎秀実像はそのようになっている。

井上氏が書いている4つの疑問は興味のある視点であり、それに対する彼の仮説を含めての答えも興味がある。そして、ヴェノナ資料を見る限り「日米開戦に向かう経緯にソ連の工作が果たした影響への記録がない」、「中国で日本が大規模な戦闘を繰り広げるにいたったのはコミンテルンの謀略であるという説についても言及がない」と、冷厳にヴェノナ資料をみておられる。目良氏の見解、「ソ連は、米国内のスパイを使って、第二次大戦の時、米国と日本を争わせるのに成功した。」とは違う。井上、目良氏は違う本を読まれているので、それぞれの著者のヴェノナの解釈が違うのだろう。また、二つの本が扱った資料は異なっていたのであろうか。


(私のコメント)
先週の金曜日の深夜に「朝まで生テレビ」で田母神論文についてやるというので録画してみた見ましたが、田原総一郎の司会が酷くて論点が点々バラバラになり、これでは討論番組としても意味がなくなってしまう。特に議論が核心に迫ろうとすると例によって田原総一郎が遮ってしまったり、論点を他にすり替えてしまう。

田母神論文のどこが間違っているのか正しいのかを徹底的に議論すべきなのですが、西尾幹二氏が村山談話の英訳には「侵略」という言葉が使われていないということを指摘していた。ネットで調べたら

During a certain period in the not too distant past, Japan, following a mistaken national policy, advanced along the road to war, only to ensnare the Japanese people in a fateful crisis, and, through its colonial rule and aggression, caused tremendous damage and suffering to the people of many countries, particularly to those of Asian nations.

となっており、aggression(攻撃)という言葉であり、Invasion(侵略)という言葉は使っていない。「攻撃」と「侵略」とは明らかに違う意味であり「侵略」には明らかに犯罪性があるが「攻撃」ならば単なる戦闘行為だ。となると村山談話の意味合いも違ってくるし、日本文の村山談話と英文の村山談話とは違う別物だ。中国語訳には「侵略」という言葉が使われているが。

田母神論文が主張しているのはコミンテルンの謀略説であり、当時のルーズベルト政権にも多くの共産党のスパイが入り込んでいたということであり、ルーズベルト大統領が共産党のスパイによって操られていたという事も有力になりつつある。しかしこれも西尾氏がが指摘していたように、アメリカは当時の機密文書を全部公開していない事だ。全部公開すれば日米関係に大きな影響をもたらすからだろう。

田母神論文ではヴェノナ文書にも触れて書かれているが、この暗号解読はまだ一部であり当時の国際関係の謎が解明されるものかもしれない。91年のソ連崩壊でロシアからも多くの文書が公開されてきていますが、ノモンハン事件の実情も分かってきたし多くの定説が覆される事がこれからもあるだろう。

現在の日本では東京裁判史観が定説とされて、政府の村山談話が東京裁判史観を元に書かれているから問題なのであり、歴史認定を国家や政府が行う事は間違いだ。私もヴェノナ文書を調べていくうちに「新・木庵先生の独り言」で田母神俊雄擁護論を見つけたのですが、詳しくはリンク先を見てください。



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