株式日記と経済展望

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日本軍のインテリジェンス』 小谷賢:著 日本は独ソ戦勃発の情報
を事前に得ていながら時間を浪費し、既定路線の南進策を選択した。


2008年3月15日 土曜日

日本軍のインテリジェンス―なぜ情報が活かされないのか』 小谷賢:著

日本とイギリスの情報戦略に対する姿勢

本章ではより大局的なレベルにおけるインテリジェンスの利用について考察していく。戦略レベルにおける日本の態度は基本的に受身であり、対外政策に関しても外的要因というよりは、陸海軍内部の組織関係が意思決定に及ぼす影響がきわめて大きかった。従ってこのような対外政策決定過程にとって重要なのは部内の組織や人間関係であり、対外インテリジェンスではなかった。この意思決定の仕組みこそが、日本のインテリジェンスを無用にした第一の原因である。

他方、当時のイギリスは、帝国防衛委員会(CID)という世界戦略を規定する場を持ち、そこでの意思決定のためには詳細なインテリジェンスが必要とされた。そしてそのようなインテリジェンス、を提供するのが合同情報委員会(JIC)であり、合同情報委員会の情報評価のために情報を集めてくるのが、秘密情報部(SIS)や各軍の情報部、そして通信情報を集める政府暗号学校(GC&CS)であった。アメリカもこのCIDに傲い、戦後、国家安全保障会議(NSC)を設置している。

ところが日本では何度も説明してきたように、大局から戦略を判断し、そのためのインテリジェンスを提供する組織自体が欠けていた。昭和以前の時代までならそのような役割は元老が果たしたのであろうが、昭和以降になると日本には長期的な戦略を立案する者がいなくなるのである。従ってその隙間に陸軍を中心とする軍部が浸透してきたわけであるが、軍部はそのような能力も組織も持ち合わせておらず、中央情報部に育つ可能性のあった内閣情報部の力を削ぎ、総力戦研究所などに対してもあまり関心を持たなかった。以下では戦争に至る政策決定において、インテリジェンスの役割がどのようなものであったかを俯瞰していく。(中略)

(2)独ソ戦勃発に関わる情勢判断

戦前の日本の政策決定過程が苦手としたのは、迅速で柔軟な意思決定であった。当時の政策決定過程で重要とされたのは、組織間のコンセンサスであり、情報ではない。そのため、重要な局面で決定的な情報が届いたとしても、そのような情報は政策決定に活かされ難いのである。

例えば一九四一年六月の独ソ戦勃発以前に、日本、イギリスはほぼ同じ情報を入手したが、それぞれが異なった結論と対策を導き出している。その情報とはベルリンの大島浩大使から東京への報告であった。

一九四一年四月一八日、大島は独ソ開戦情報及び意見具申を東京に伝えたが、当時日米交渉に没頭していた政府及び陸海軍首脳の対応は、情報を胸中に秘めたまま、というありさまであった。近衛首相に関しては、内閣書記官の富田健治が当時の近衛の心境を代弁している。「この情報(筆者注・大島情報)をそう強く信じたわけではないが、かなり心配していた。しかし帰国した松岡外相が否定的であり、陸海軍も独ソ戦開戦せずという空気であったので、そのまま見送られた」

他方、イギリス側ではこの電信を五月一〇日に解読している。しかしこの段階で日英とも独ソ戦への確信がなく、両国が動いたのは六月四日、六日の大島電であった。大島は第六三六号電で、ヒトラー総統、リッベントロップ外相の見解として、「両人とも独ソ戦が恐らく避け得ざるべきことを告げたり」と伝え、独ソ戦が間近に迫っていることを東京に報告していた。

そのころ、ロンドンの北部に位置するブレッチェリー・パークの暗号解読組織、GC&CSはこの大島電を傍受、解読し、その解読情報はただちにロンドン・ホワイトホールのJICに届けられている。英インテリジェンスの要であるJICの結論は以下のようなものであった。

<最新の情報に拠れば、ドイツはソ連攻撃の意図を固めたようである。攻撃は確実であるが、詳しい日程までは未確認である。それは恐らく六月後半になるであろう。>

さらにこのJICの結論は、カヴェンディツシュ・ベンティングJIC議長からチャーチル首相の許へと届けられた。そしてチャーチルは即座にしてこの情報の持つ重要性に気づき、行動を起こすことになった。それは、フランクリン・ローズヴェルト米大統領に宛てられた極秘の書簡である。

<いくつかの信頼すべき情報筋に拠れば、ドイツの対ソ攻撃が追っている。(中略)もし新たな戦線が開かれれば、もちろんわれわれは対独戦争のためにロシアを援護するべきであろう。>

チャーチルは、まだ勃発もしていない独ソ戦の予測を知らされ、迅速に英米ソの結束をローズヴェルトに働きかけているのである。チャーチルのソ連・スターリン嫌いは有名であったから、この判断は正確な情報と客観的な戦略思考から下されたものである。またこの時、アレクサンダー・カドガン外務次官も、「独ソ戦に備えてどのようなプロパガンダを画策するか、オルム・サージェント(外務次官補)、オリヴァー・ハーヴェイ(イーデン外相の私設秘書、情報省)、レジナルド・リーパー(外務省政治情報局長)らと話し合った」と来るべき独ソ戦に備えて計画を練っていた。

このように大島情報を傍受したイギリス側の対応は迅速なものであった。それでは日本においてこの大島情報はどのように取り扱われたのであろうか。

日本側にとっては、この大島電が初めて独ソ戦の可能性を伝えたものではなく、既述のように大島の警告は東京に届いており、またストックホルムの小野寺からも独ソ戦についての情報が届けられて7いた。後知恵的にこれらの情報を検討すれば、まず独ソ戦の勃発は松岡の四国同盟構想を破綻させるため、対ソ戦略が見直されなければならない。そして陸海軍が四月に策定した「対南方施策要綱」に対しても修正が必要となってくるため、六月初旬に日本の国策の大幅な見直しと新たな戦略策定が行われるべきであった。

ただし現実の状況は複雑である。まず中央で権限を持ってインフォメーションを加工、インテリジェンスを報告する組織がなければ、この種のインフォメーションはあらゆる部局で主観的に評価され、政治的に利用される。南進を望むものは、独ソ戦によって米英がアジアに介入する危険性が低下するとして南進に傾くであろうし、逆に北進を望むものはこの情報を利用して対ソ戦を訴えるであろう。現に六月六日に陸軍省内で行われた課長級会議ではこの大島情報の真偽をめぐって紛糾し、収拾がつかなくなるのである。

さらに上のレベルにおいても大島情報に対する見解は、統一されるには程遠い状態であった。この時、参謀本部情報部長、岡本清福少将の見解は、「一国の元首がやるというからにはやるだろう」というものであったが、松岡外相の反応は、「(大島)大使の観測にも拘わらず、独ソの関係は協定成立六分、開戦四分とみる」であり、東條陸相の見解も「急迫せりとは見ず」というものであった。近衛首相は木戸幸一内大臣に対して、「独はいよいよソ連を討つとのことなり」と話していることから、独ソ戦の公算が高いと考えていたようである。

しかしこの段階で統一した見解を導き出すのは困難な状況であった。「独ソ戦の可能性大」という大島や小野寺からの報告に接していながら、軍、政府首脳はこの情報を正面から受け取るどころか、その可能性について自分たちの認識に合わせた議論を始めるありさまであった。これも一種の情報の政治化であったと言える。

鎌田伸一はこのような日本の政策決定過程を「ゴミ箱モデル」と呼ぶ。「ゴミ箱モデル」とは文字通り、各人がゴミ箱にゴミを投げるように議論を交わし、一致した結論の出ないままいつの間にかゴミが収集される。そしてまた新しいゴミ箱が用意され、それに向かって不毛な議論を繰り返すようなイメージであり、そこには合理性の欠片もない。さらに付け加えれば情報の類もそのようなゴミ箱の中に投げ込まれるため、情勢判断や政策決定が入り混じってしまい、政府として統一した政策を導き出すのが困難となってしまうのである。

そしてこのような政策決定のモデルにおいては、政策と情報が相互に連携する合理的政策決定過程どころの話ではなく、情報利用の可能性はその時々の状況やアクターに拠り、しかも誰も主導権を握ることがないので、予想外の結果が生じてくる事態も起こりうる。

大島情報に話を戻すと、結局この段階では結論を出すことができなかったため、検討は次の会議を開催してから、という悠然とした対応が取られた。そこには独ソ戦の勃発が世界の軍事バランスを、日独伊対米英ソといった二大陣営に分断してしまうという大局観がなく、せいぜい検討されたのがドイツの勝利に便乗した北進であり、実情はすでに南、すなわち陸海軍の目は南部仏印の方を向いており、六月二三日に独ソ戦が勃発してようやく日本政府は対応に追われることとなる。

政策決定者自らがインフォメーションを分析・判断しようとすると、このような状況に陥ってしまう。だからこそ、事前にインフォメーションからインテリジェンスを加工する専門の組織が必要なのである。しかし当時の政策決定者は、このような情報部局からの分析に頼ることはなく、できるだけ自分達で判断しようとしていた。

戸部良一がこの時期の政策決定過程を検討しているが、独ソ戦自体は日本の南進にある程度影響はあったものの、「陸軍では南部仏印進駐は独ソ戦に関係なく実施されるべき措置」であり、陸軍にとって南進は情勢の如何にかかわらず、「対南方施策要綱」によってほぼその方針が固まっていた。一方の海軍も初めから南進を志向していたのである。従って事前の大島情報は、日本の政策決定過程にほとんど影響を与えることがなかったと言えよう。

大島情報の問題は、いかに時局に合致した情報でも、すでに部局内の調整によって得られた方針を変更することは困難である、という命題を提示している。森山優に拠れば、陸軍内の政策決定過程だけでも、まず課長級が中心となって部内の意見を取りまとめ、そこから参謀本部作戦部長、陸軍省軍務局長、陸軍省次官、参謀本部次長、陸軍大臣、参謀本部総長の決裁を経て陸軍の試案が生み出される。

さらにそこからも海軍を初めとする他省庁との調整を行わねばならず、このような仕組みは煩雑そのものである。その結果、政策決定過程で必要とされるのは、情報に基づいた合理的な案ではなく、各組織の「合意」を形成できるような玉虫色の案と根回しとなり、そこに多大な時問と労力が割かれることになる。そうなると情報収集も他部局、他省庁、政治家の意向といった調整対象に向けられていく。

この政策決定の複雑さこそが日英の決定的な違いであった。すでに説明したように、イギリスの場合、GC&CS(情報収集))→JIC(情報集約・評価)→首相(政策決定)、と情報から政策までの流れがきわめてシンプルであり、情報に合わせた柔軟な政策決定が可能である。日本の場合、最初の段階である程度の情勢判断が行われ、その時に情報は必要とされるが、その後の政策決定過程において情報はほとんど必要とならない。

従ってそのような状況で情報が飛び込んできても、柔軟に政策を状況に対応させることができない。できるとすればまた一から政策を立案し直すことであろうが、右記のような政策決定の仕組みを見れば、それは時間的に許容されないであろう。結局、このシステムではどのような決定的情報が入手できても、そのタイミングが情勢判断時でなければそれを有効に利用することはできない。日本は独ソ戦勃発の情報を事前に得ていながら時間を浪費し、既定路線の南進策を選択したことになる

参謀本部第二〇班の原四郎少佐は、「以上の情報(大島情報)は日本として軽視すべからざる重大情報であり、政府および大本営は独ソ戦開戦問題において、その可能性および対応策に関し、早期本格的に取り組むべきであった」と反芻しているが、根本的な問題は、政策を迅速かつ柔軟に決めることができないシステムそのものにあったと言えよう。


(私のコメント)
「日本軍のインテリジェンス」という本を読むと、戦前の日本軍は情報収集活動において欧米に決して劣っていたわけではないが、それを有効に生かしていくシステムができていなかったことが述べられている。日本の意思決定手段は複雑怪奇であり、昭和以前なら元老たちが中央情報部的役割をはたしてきたが、昭和になると長期的な戦略を立案する人物がいなくなってしまった。

アメリカやイギリスでは国家安全保障会議が作られて、そこで情報の収集と分析が行なわれるのですが、日本にはそのような部署は作られず、政策決定者自らが情報を分析する結果となり、情報が政治的に利用されてしまう結果となる。だから独ソ開戦という決定的な情報がもたらされても、それがどのような結果をもたらすかという分析にまで考える中央情報部がなかった。

日本ではすでに南進策が決定されていましたが、独ソ開戦となると日独伊対米英ソという二大陣営に分断されてしまう。それは松岡外相の四国同盟構想は水泡に帰す事となり、日本はソ連とも対立する構図となってしまう。だから南進策は大幅な修正が加えられるべきであった。しかし日本はそのまま突っ走ってしまった。

日本独特の下からの積み上げ方式による政策決定は時間がかかり、さらには他省庁との調整は玉虫色の内容で、時間と労力のかかる非能率な決定がなされた。だからいったん決定された政策に対して、途中から変更を加えることは非常に難しかった。その前提条件が変わるような重要な情報であっても、情報はゴミ箱行きになって決定が突っ走ってしまう。

平時なら、下からの積み上げ方式の政策決定でも対応ができる事でも、非常事態の状況には対応が出来ない。イージス艦「あたご」の衝突事故でも情報は内局の担当部署からの積み上げで伝えられて、課長、局長、次官から大臣に伝えられたのでは時間ばかりかかった。さらには点々バラバラに記者会見が行われて統一見解が取れなかった。自衛隊は非常事態に適応できないように作られているからだ。

中央官庁は行政の執行機関であって、政策決定機関ではない。しかし日本では中央官庁が下からの積み上げ方式で政策を決定しているのであり、政府に直属する中央情報局がない。最近では官邸組織が拡充されて官邸主導の政治が目指されていますが、中央官庁の抵抗もあって官邸主導の政治はなかなか難しい。それは中央官庁が情報を一手に握って管理しているからだ。

イギリスやアメリカでは中央情報部が出来て首相や大統領を補佐して、情報の収集から評価に至るまでの機関が出来ていますが、日本では内閣調査室はほとんど機能していない。国家安全保障会議も作る話がありましたが、福田内閣になって棚上げになってしまった。たとえ作っても外務省や防衛省や警察庁公安は情報を独占してNSCには伝えないだろう。

中央官庁は情報を武器に政界を動かして主導権を握り締めているのが日本の政治だ。だから総理大臣や各大臣は飾り物であり、政策は下からの積み上げて決定される。だから首相や大臣が主導して政治が動く事はない。出来ないからだ。もし戦前に中央情報部があり近衛首相や松岡外相に統一された分析と評価がもたらせていたら、柔軟な政策変更も出来たかもしれない。

しかし近衛文麿や松岡洋右個人の力量では適切な政策推進は難しく、松岡外交は独ソ開戦でユーラシア枢軸構想は一気に崩壊してしまった。大臣一人では各方面の情報収集や交渉事は出来るはずもなく直属機関が必要だ。しかし日本にはそれがなかった。今でもない。

日本が発展途上国なら中央官庁が執行機関であると同時に政策立案機関であっても目標がひとつであるから問題はない。しかし大国の一つとして外交をするとなると中央官庁の積み上げ方式では欧米の列強の外交に対抗できない。そこで松岡外相は強権を振るおうとしたのですが、松岡外交は暴走して自爆してしまった。今から見ればとんだピエロですが、中央情報部もなく個人では近代国家の外交は無理なのだ。

だからドイツから大島情報として決定的な情報がもたらされても、陸軍省の課長会議では議論が紛糾して収拾がつかない事態となり、積み上げ方式の陸軍省で統一見解は取れなくなってしまった。海軍省や外務省も同じ事であり、いくら決定的な情報がもたらされてもそれを有効に政策に生かせることが出来る体制ではなかった。

このような状況において、いったい誰が暴走する日本を止める事が出来るのだろうか? 近衛首相も後を継いだ東條首相もいったん決定された政策を変更する事は出来ないシステムになっていた。そしてそのシステムは今でも同じであり、中央官庁の課長クラスからの積み上げ方式で、まとめ上げないと何も決められないシステムになっている。

中央情報部を作る事は単純だが、中央官庁から政策決定権を奪う事であり、情報も入らなくなり中央官庁は単なる執行機関に過ぎなくなる。しかし最近では経済政策でも財務省や日銀は適切な政策の立案も出来なくなり、その能力が低下している。だから知的エリートを集めた中央情報部を設立して総理大臣に直属した機関として機能させるべきなのだ。明治大正期には元老が知的エリートの役割をになっていたが、現代では知的エリートがいない。

「株式日記」ではその知的エリートとして日本の長期戦略を提言しているのですが、中央官庁の役人や大学の学者などでは情報を政治的利害に利用されてしまう。明治大正期の元老のように超越した立場から長期的戦略を立案する必要がある。それが出来るのは天才的戦略家だけなのだ。もっとも自分でそう思っているだけなのですが。

9・11テロが起きたときは「株式日記」では前もって中東で戦争が起きることを予言していた。アメリカのCIAは国力の衰退を一番自覚しているのであり、CIAは帝国としてのアメリカを崩壊させて世界を多極化させる構想を持っているのかもしれない。ソ連を崩壊させたのはKGBであり、ソ連の限界を悟ったからである。そしてプーチン大統領はKGB出身であった。だからCIAがアメリカを崩壊させて世界を多極化させてもおかしくはない。その流れで9・11テロが起きたのであり、イラク戦争はアメリカの崩壊を早めるだろう。




アメリカが絶体絶命にピンチに立っているが、サウジアラビアと
日本はドルと共にアメリカと心中をするつもりなのだろうか?


2008年3月14日 金曜日

「破たん」キーワードに投機筋のドル売り活発化、12年ぶりの100円割れ 3月13日 ロイター

[東京 13日 ロイター] 「大手ヘッジファンドが破たんするらしい」「米国の州に破たん懸念が持ち上がっている」――。13日の外為市場では数多くの「破たん」のうわさを手掛かりに投機筋のドル売りが活発化。ドルは対ユーロ<EUR=>で最安値を更新したほか、対円<JPY=>でも12年4カ月ぶりの100円割れとなった。

 多くのうわさに根拠はなかったものの、米国のサブプライムモーゲージ(信用度の低い借り手向け住宅融資)問題をきっかけとする金融機関の経営不安や米景気の後退懸念を背景に、ドルのセンチメントは大きく悪化している。オイルマネーなど中東勢が外貨準備のユーロシフトに伴うユーロ買い/ドル売りに動いているとの観測も根強く、ドル反転の兆しはみえていない。

 <同時多発の「破たん」観測でドル急落、株安も円買いを後押し>

 12日の海外から13日の東京にかけて、外為市場では多くの「破たん」のうわさが駆け巡った。ニューヨークに本拠を置く債券運用会社、米ドレイク・マネジメントが傘下3ヘッジファンドの清算を検討していることが明らかになったことを引き金に、欧州系大手金融機関傘下のヘッジファンドや米系金融機関、米国の複数の州など数多くの「破たん」のうわさが出回った。うわさは「根拠がよく分からないものまで含まれていた」(外銀)が、市場の疑心暗鬼がくすぶる中、外為市場ではそうしたうわさを口実に投機筋のドル売りが一気に強まった。心理的な節目である100円割れを狙って「市場はドル売り材料探しに躍起になった」(都銀関係者)という。

 日中にドルが急落した際も、米プライベートエクイティのカーライル・グループ[CYL.UL]傘下のカーライル・キャピタル<CARC.AS>が債権者との協議で合意に至らなかったことが売りの一因となったが、このときも市場では「報道が流れる前からうわさが流れていた」(邦銀の外為ディーラー)という。大手金融機関や米景気への不信感がドルのセンチメントを悪化させる地合いが続いている。


 この日の市場では、アジア株の下落も円買い手掛かりとして話題となった。日経平均株価<.N225>が一時、前日比500円を超える下げとなり、終値で年初来安値を更新したのに続き、中国や韓国、香港、豪州なども軒並み2%超下落。株安が投資家のリスク回避姿勢を強めるとの見方からリスク回避の円買いが強まった。

 <中東勢のドル売り目立つ、FRBのバランスシート悪化を懸念>

 前日からドル売りが勢いづいた要因として、市場ではオイルマネーなど中東勢のドル売りを指摘する声が出ている。これまでも中東諸国からは、外貨準備のユーロシフトに伴うと見られるユーロ買い/ドル売りが市場で「コンスタントに出ていた」(別の外銀)が、複数の市場筋によると、前日海外の取引で「かなりまとまった規模でユーロ買い/ドル売りが入った」(別の外銀)ことが、ユーロ/ドル<EUR=>を史上最高値まで一気に200ポイント近く持ち上げるきっかけになったという。

 前日海外では、カタールやアラブ首長国連邦(UAE)が米ドルペッグ制廃止を検討するとのうわさに加え、ヨルダンが外貨準備に占めるドルの構成を低下させるとの報道もドル売りの手がかりとなったが、まとまったユーロ買いはこうしたうわさを手掛かりにした短期筋の動きだけではなかったとされる。

 ある外銀関係者は中東勢がドル売りを強めた要因として、11日に米連邦準備理事会(FRB)が打ち出した資金供給策にあると見る。「米国債と住宅ローン担保証券(RMBS)を交換することで、米中銀のバランスシートが悪化する可能性があるのと同時に、ドル資産そのもののき損も懸念し始めている」というものだ。

 外銀筋によると、発行体の信用力を示すクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の取引市場では前日までに、米国債10年物のCDSが16bpとドイツの同15bp程度を史上初めて上回った。

 5中銀が11日に打ち出した資金供給策に入札型ターム物貸出(TAF)を加えると、今回の資金供給規模は全体で4360億ドル。「FRBのバランスシートの半分以上に相当」(東短リサーチ・取締役チーフエコノミストの加藤出氏)する規模に膨れ上がる。「FRBがそれだけ問題解決に前向きな姿勢を見せたといえるが、それだけリスクを取らざるを得なかったともいえる。FRBの対応は後手に回り続けているように見える。今、ドルを売らずに何を売るんだ」。ある都銀のチーフディーラーはきょう午前、こう語気を強めた。


(私のコメント)
ドルがいよいよ100円を割り込みましたが、アメリカの金利が下がれば日本との金利差が縮まり、円キャリーの逆流が起きているのだろう。今起きているのは円高ではなくて、アメリカから通貨が逃げ出しているのです。金利を下げていながらポールソン財務長官は「強いドルはアメリカの国益」と述べていますが、精神分裂にかかっているのでしょうか。

インフレと金融危機が同時に起きているのですから王手飛車取りのようなもので、王を逃がさなければならないから飛車は犠牲にならざるを得ない。金利を下げて資金供給すれば金融機関はひとまず落ち着くが、ドルが暴落して石油や金が値上がりする。金はいよいよ1000ドルを越えましたが、それだけドルの信用がなくなっている。

USドルに連動している国はインフレも輸入されてしまうからジレンマに立たされている。中国とサウジアラビアはいつまでドルペッグを続けるのだろうか? ドルペッグを続けている限り中国とサウジアラビアはドルを買い続けざるを得ない。日本はドル買い介入をするのだろうか? 投機筋は低金利のドルを借りて売りまくれば確実に儲かる。

90年代は日本が一手に引き受けてドルを買い支えてきましたが、今はユーロの登場でドルを売ってユーロを買う動きが主流になっている。サウジアラビアはドルが安くなった分を石油の値上げで損を取り返すから、石油が上がって世界にインフレを撒き散らす。本来ならばアメリカは金利を上げて景気を冷やしてインフレを抑えなければなりませんが、今のアメリカにはそれが出来ない。

90年代の日本も金利を下げて金融緩和しても株や土地の値段は下がり続けたように、アメリカも金利を下げて資金供給をしても住宅市場が持ち直すわけではなく、だぶついた住宅と差し押さえになった住宅が売りに出されるから、当分の間は住宅の下落が続く。その間は決算のたびに評価損が出て金融機関は自己資本をかき集めなければならない。

シティに出資をした中東の政府系ファンドも今ではそれを後悔しているだろう。シティが決算のたびに新たな出資を集められなければシティは倒産する。中東の政府系ファンドはシティを見捨てるか救うかの決断をこれから迫られるだろう。他の政府系ファンドも同じような決断を迫られる。最終的にはアメリカ政府がどう出るかですが、アメリカ政府もシティを救おうにも目処が立たなければ救いようがない。

カーライルキャピタルも破綻したようですが、これからファンドの破綻が続出してくるのではないだろうか? 金融機関は決算のたびに評価損を計上しなければなりませんが、ファンドはサブプライムに手を出していなくても、投資先の格付けが下がれば損失をもろにかぶる。カーライルのようにファンドが破綻すれば投資先も債権者によって売り払われるから目が離せない。


米シティグループに何が起きている? 3月13日 ビジネスウィーク

ほんの1年前まで、米シティグループ(C)は世界最大手の銀行だった。それが今では、新たな資金調達の必要があるとも噂されている。

 3月4日、シティ株は一時8%下落し、ここ10年近くの最低水準に達した。米メリルリンチ(MER)などのアナリストが相次いで悲観的なリポートを発表し、シティの危うい財政状態への不安をあおったことも、株価急落につながった。

 シティは既に中東のソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)から数十億ドルの出資を受けているが、その中東からも警鐘の声が上がった。アラブ首長国連邦(UAE)の政府系投資会社ドバイ・インターナショナル・キャピタルのサミール・アル・アンサリCEO(最高経営責任者)は産油国投資界の内情に通じている人物だ。そのアンサリ氏が、シティ存続にはさらなる資金が必要との発言をした。

300億ドルの資金調達では足りない?

 シティは信用危機による損害から立ち直るため、300億ドル近く(約3兆円)の出資を受けている。経営陣は3月4日、自己資本水準は十分で、新たな資金調達は必要ないと回答したとされる。

 だがアンサリ氏によれば、「シティ救済には、これまでの資金調達だけでは足りない」(米ダウ・ジョーンズの報道より)。

 シティが受けた信用危機の被害はとどまるところを知らない。今四半期だけでも、サブプライムローン(米国の信用力の低い個人向け住宅融資)関連債務から150億ドル、その他融資・投資先の不良債権から30億ドルの損失を追加計上するだろうと、メリルリンチのガイ・モスコウスキー氏は見ている。

 4月18日に行われる第1四半期決算発表を待たず、大方のアナリストは2008年の利益予想について厳しい見方をしている。

 モスコウスキー氏による当初の第1四半期業績予想では、1株当たりの利益は55セントだった。しかし現在は1.66ドルの損失に修正し、通年の利益は24セント程度と見ている。

 同じく3月4日、米スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)の株式アナリストもシティの通年利益予想を1株当たり2.99ドルから1.05ドルに下げた(S&PはBusinessWeek同様、ザ・マグロウヒル・カンパニーズの事業部門である)。米ゴールドマン・サックス(GS)もこれに追随し、「計算モデルに問題があった」として、第1四半期業績予想を1株当たり15セントの利益から1ドルの損失に下方修正している。

没落のきっかけは信用収縮と住宅ローン危機

 シティの問題を挙げればきりがないが、そのほとんどは信用収縮と住宅ローン危機に端を発している。モスコウスキー氏はリポートの中で、「住宅価格の暴落と米国住宅・商業ローン市況の低迷、企業の債務超過、主要投資銀行の業績悪化」を理由に挙げている。



(私のコメント)
このように金融機関やファンドの破綻が表面化しだすと信用不安が止まらない。やがてはドルの信用も失ってアメリカ政府は打つ手を失うかもしれない。アメリカはイラン危機を煽って中東産油国に脅しをかけ続けてきたが、中東産油国が石油をユーロで売る動きは止められないだろう。

金利を上げてドルを安定させれば中東産油国のドル離れは防げるが、米国経済が破綻する。金利を下げて資金供給すればアメリカ経済は一息つくが、ドルが暴落して中東産油国のドル離れが起きるかもしれない。

アメリカはジレンマに立たされていますが、中東産油国最大のサウジアラビアは防衛をアメリカに任せてきたからドル離れが出来ませんが、日本も同じようにアメリカに防衛を任せきりだ。そのアメリカが絶体絶命にピンチに立っているが、日本とサウジアラビアはドルと共にアメリカと心中をするつもりなのだろうか?




今日の日本で語られる「危機論」や「このままでは没落する論」は、
むしろ自己暗示的な自縛や閉塞を生んでしまっている。


2008年3月13日 木曜日

危機感駆動型ニッポンの危機!? 3月12日 竹中 正治

(前略)

悪いニュースを求めるのは生き延びるための本能?

 行動ファイナンスの研究によると、人間にとって「損」と「益」に対する感覚は対称的ではない。

 損が生じる苦痛は同額の益が生じる喜びを上回ることが実験で確認されている。

 これから類推すると、悪い情報と良い情報についても、同様に人間の感覚は非対称的のように思える。

 これは、進化──淘汰と適応──の結果生じた人間の性向だと考えると納得できる。

 特定の場所に「実をつけた木がある」という情報(良いニュース)と「捕食動物がいる」という情報(悪いニュース)のどちらに強く反応する性向の方が生き延びる確率が高くなるだろうか。

 「木の実情報」を聞きもらせば、食べ損ねるだろうが、すぐに餓死するわけではない。一方、「捕食動物情報」を聞きもらせば、今にも襲われて死ぬ確率がぐんと高くなる。

 しかし、米国人より日本人が「危機」に代表されるネガティブ表現を好むのはどうしてだろうか。

「危機感駆動型」の日本と「希望駆動型」の米国

 この違いを類型化すると、日本人に多い類型は「危機感駆動型」であると言える。

「このままではお前(日本)はダメになる!」「危機だ!」と言われると強く反応して動き出すわけである。

 一方、米国人に多い類型は「希望駆動型」である。

 「できるじゃないか!」「ステップアップできるぞ!」と励まされると強く反応して動く。こうして考えると、日米の様々な違いが説明できる。

 例えば、米国のエコノミストには毎度楽観的な見通しを言う連中がなぜこうも多いのか。

 反対に日本のエコノミストには、どうして「危機の預言者」みたいな連中がわんさといるのか。

 日本の歴代首相や政治家は、まず危機感の強調から始まるタイプが多い。

「日本はこのままではダメになる!」方式だ。一方、米国の大統領、政治リーダーたちはどんな困難な状況でもまず希望を語ることから始める。

「私のリーダーシップを受け入れるならば、難局は打開できる」と、まず希望を語るのが米国のリーダーの資質だ。

 「危機・没落に直面しているのだから構造転換(改革)しないと日本はダメになる」なんて議論は、戦後を通じて何度も形を変えて繰り返されてきた。

 1960年代から70年代初頭に東京大学のマルクス経済学者らによって編集・発刊された代表的なシリーズは「日本資本主義の没落」である。

 高度経済成長の真っ只中で「没落」を強調する感性はピント外れを通り越して、超先見性とでも呼んだらよいのか。

臥薪嘗胆、富国強兵、輸出立国に共通する危機感のエートス

 なぜ日本で「危機感駆動型」が主流になったのか。

 実証的に語ることは難しいので、これは筆者の空想的な仮説に過ぎないが、日本のたどった現代の歴史的な環境、「生い立ち」に負うところが大きいのかもしれない。

 幕末、明治の日本人を駆動したのは危機感だった。

 幕末の攘夷論に始まり、明治には「臥薪嘗胆、富国強兵で欧米列強に伍していかねば、日本は立ち行かなくなる」という強烈な危機感をバネに展開してきた。

「臥薪嘗胆」や「富国強兵」は中学の歴史の教科書で習い、私自身の心にも深く刻まれた。

 戦後の日本経済の「輸出立国」もやはり危機感駆動型を下地にしたものだ。

 「日本は天然資源の乏しい小さな島国。だから資源を輸入して高品質の製品を製造、輸出して外貨を稼がなくては経済が立ち行かなくなる」

 これは戦後の日本人の多くが共有した一種の「教条化された危機感」である。「臥薪嘗胆、富国強兵」は「輸出振興、高度成長」に代わったが、下地にあるエートスは同じ「危機感」である。

 一方、米国は欧州で食いはぐれ、あるいは宗教的に迫害された人たちが「新大陸での希望」に賭けて移民してできた社会だ。

 16世紀には北米の植民者の半分ほどが最初の厳しい冬を越えることができずに死んだと言われるが、それでも彼らを突き動かしたのは「危機感」ではなく、「希望」だった。

 東海岸地域であぶれた人たちも、西部・フロンティアへの希望に導かれて西海岸まで広がった。

 カリフォルニアのゴールドラッシュは、そうしたフロンティアでの希望の実現を象徴する出来事だったのだろう。

 地理的なフロンティアが消滅しても、新ビジネスや技術開発がもたらすフロンティアの希望に駆られて走り続けてきた。

 現在でも、毎年不法入国も含むと100万人近い移民が「職を得る希望」に導かれて米国に流入する。

「危機感駆動型アプローチ」では日本は良くならない

 ともあれ、危機感をバネにすることでしか変革できない性分ならば、「危機」や「没落」を強調する今日の風潮も、日本的な変革志向の一環ということになるのだろうか。

 しかし、どうも今日の日本で語られる「危機論」や「このままでは没落する論」は変革機運に結びついているというよりも、むしろ自己暗示的な自縛や閉塞を生んでしまっているような気がしてならない。

 日本が今日直面している1つの問題は「危機感駆動型アプローチ」の限界それ自体なのではなかろうか。

 危機感駆動型の限界は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ことにある。

 幕末の西欧列強が武力で植民地獲得競争をしていた時代、あるいは戦後日本のほとんどの都市が空襲で焼け野原となった状態では、事態は切迫した危機そのものであり、危機感をバネにした変革も頑張りも長期に持続するものとなった。

 ところが、なんだかんだ言っても豊かさを実現した今日、不良債権問題と不況が終焉するや大した改革もしていないうちに「改革疲れ」を語り、変革機運は後退してしまった。

 財政赤字、年金不安、少子高齢化、地球温暖化──。今日の日本の諸問題は放置しておけばやがて大禍となろうが、何もしなくても今日、明日に困るものではない。

 危機感駆動型アプローチが最も苦手とする代物なのだ。

 アプローチを切り替えて希望駆動型にシフトし、個人レベルでは各人の弱点を強調、矯正するよりも、強みを伸ばす姿勢を取るべきではないだろうか。

 組織や社会のマクロレベルでは長期的な将来の目標を掲げて牽引する方策の方がよいのではなかろうか。

 そのようなビジョンを持った国政レベルのリーダーシップが不在であることは困ったことだが、各層でできることはあるだろう。

 「お父さんの良い点を挙げなさい」。8歳と12歳の自分の子供に言ったら、まるで気乗り薄で「別に〜。働いていることかなあ」「まあ、お金ないと困るしね」とのご回答。

 「じゃあ、お父さんの悪い点を挙げなさい」と言うと、急に目を輝かせて「ビール飲み過ぎ!」「ワインも飲み過ぎかも!」「暖房の温度上げ過ぎ」「冷房の温度は下げ過ぎ」などとポンポン飛び出してくる。

 う〜ん、どうやら自分の家庭の意識変革から取り組む必要があるようだ。



(私のコメント)
「株式日記」で「21世紀は日本の世紀だ」的なことを書くと、きまってネガティブな反応が返ってくる。日本全体が慢心している時は警告を発する事は必要ですが、日本全体が鬱状態になって閉塞感にさいなまれている時は、ポジティブな面を強調して良い所を伸ばしていくべきなのだ。

出版社から見れば、本の題名に危機感あふれる題名のほうが売れるからそうするのでしょうが、本や雑誌のタイトルには「危機」や「崩壊」の文字があふれかえっている。むしろそのような「危機」に馴れっこになってしまって、本当の「危機」がやってきた時に危機感を抱かない時のほうが「危機」なのだと思う。

現在の日本は外交も防衛もアメリカに丸投げで、この事に対する日本人の危機感はまるでない。外交も防衛も丸投げすることに対する日本人の鈍感さは、本当の危機に直面すると現実を直視しない国民性は戦争中の日本を連想させる。

本や雑誌で警告されている「危機」や「崩壊」はもっぱら経済面のことであり、国防面で「危機」や「崩壊」を書きたてている本や雑誌はごく一部だ。北朝鮮が核武装しても核ミサイルが日本に飛んでくると予想している日本人はどれだけいるのだろうか? 

冷戦時代は、欧米などでは核攻撃に耐えられるような防空壕が民間でもたくさん作られた。しかし日本では核攻撃用の防空壕を作った人などごく一部だろう。さらに大震災や台風などの自然災害に対する防災に備えている人はどれだけいるのだろうか?

それに対して経済などは「円高」で大変だとテレビや新聞で書き立てていますが、通貨が強い事は喜ぶべき事であり「危機」でも「崩壊」でもない。むしろ円が安くなって石油や原材料が高くなった時のほうが日本経済にとっては「危機」なのだ。確かにバブル崩壊以降の日本経済は停滞気味ですが、それで日本が滅びるわけではない。

むしろ日本が自分の国を自分で守ろうとしない事のほうが「危機」であり「崩壊」をもたらすだろう。3月8日の「株式日記」でアメリカから16隻の戦艦がやってきた事を書きましたが、ヨーロッパでは日米が開戦するかのような騒動があったのですが、日本では大歓迎して米国の大艦隊を迎えた。

もしこの時に日米開戦は不可避だという「危機感」を持ったならば、大陸に侵攻して行く事の「罠」に気がついただろう。大陸に深入りすればするほど日本は二正面作戦を強いられるからだ。ところが日露戦争の勝利に慢心してしまって、アメリカがフィリピンの次は日本を狙っている事に「危機感」を持つ人はいなかった。アメリカの侵略性を見れば分かるように、日本が罠にはまった時にアメリカが襲い掛かってきた。

経済では株価が暴落すれば明日にでも大不況がやってくるような気になるから、「危機」や「崩壊」を煽れば本や雑誌は売れるだろう。ところが憲法9条や日米安保などは明日どうなるものでもないから「危機感」を煽っても本や雑誌はあまり売れない。明日にでもミサイルが飛んでくるような状況にならなければ日本人の国防意識は目覚めない。

竹中正治氏は、財政赤字、年金不安、少子高齢化、地球温暖化といった問題は明日どうなるといった問題ではないから危機感駆動型のアプローチは成功しないと指摘していますが、国防問題も明日どうなるという問題ではないから危機感駆動型の問題提起では上手く行かないだろう。長期的問題は危機感を煽るだけでは危機意識は持続しない。北朝鮮の核実験もミサイル実験も2,3ヶ月すれば国民は忘れてしまう。

長期的戦略的な問題は危機感を煽っても持続しないから成功しない。それよりかは希望駆動型の「21世紀は日本の世紀である」とか、「アメリカがアジアから撤退した後は日本が穴を埋めるべきだ」といったポジティブなスローガンを掲げて、政治家は国民に呼びかけるべきなのだ。

財政赤字、年金不安、少子高齢化、地球温暖化といった長期的問題もこうすれば解決できるという道筋を見つける事が問題解決に繋がる。危機感を煽る事はその場限りになってしまう。財政赤字も年金不安も経済が活性化すればすぐに解決する問題であり、少子高齢化の問題もコンパクトシティーで解決できる。地球温暖化もテクノロジーの進歩で解決できると前向きな意識改革を持てば成功するだろう。

ところが本や雑誌は財政赤字で日本は破産するとか、年金不安で年金が破綻するとか、少子高齢化で日本人は何年には半減するとか、地球温暖化で日本は沈没するとかいった流言飛語で自己暗示にかかってしまったような状況だ。これが閉塞感につながって日本人の心を萎えさせてしまう。しかしこれらの問題は外国でも同じ問題を抱えているのであり日本だけの問題ではないのだ。

それに対してアメリカ人はサブプライム問題でも強気で楽観的なコメントが目立ちます。アメリカ人は危機に立てば立つほど強気になる国民性を持っている。だから何事も悲観的な日本人と何事も楽観的なアメリカ人とでは対照的であり、足して2で割れば丁度よくなる。小さい時からの教育方法が全く違うからだろう。アメリカ人は長所を伸ばす教育であり、日本人は欠点を直す教育ばかりしている。

日本人のように悪いところばかり言い立てるといじけた子供が出来るし、アメリカ人のように褒めてばかりいると自己主張の強い傲慢な人間が出来上がる。これも足して2で割れば丁度よくなるのでしょうが、国民性の問題だろう。




日本に必要な資源エネルギーを<1>とすれば、米国や欧州の
先進国が<2>〜<3>、中国が<7>くらいになります。


2008年3月12日 水曜日

新世代不動産研究会「バブルでGO!」 2007年 10月 26日 大原浩

米国の不動産市場は、「サブプライムでGO」の宴が終わって大騒ぎですが、この問題は一過性の金融危機というものではなく、米国経済に例えば10年あるいは15年という長期間に渡って重くのしかかる大問題です。

日本のバブル崩壊後の停滞期を「失われた10年」などと呼んでいましたが、米国にも「失われた10年」がやってきますし、韓国はもっともっと深刻な「失われた10年」がやってきます。

韓国の場合は、これまでにも述べてきた「世界経済20年時間差発展説」における、丁度1987年ごろの日本に相当するバブル経済の真只中にいるわけですから、近々にバブルが崩壊し、深刻な景気後退に直面します。

特に、韓国の場合は、出生率がほとんど「1」という、日本以上に少子高齢化が急速に進んでいる国ですから、激震と言っても良い状況になるかもしれません。

米国の場合は、本来ITバブルが崩壊したときに、深刻な景気後退に突入しているはずでした。ところが、その被害を最小限に食い止めるためにFRBが金利を引き下げたため、住宅バブルが発生しました。つまり、住宅バブルが発生したことによりITバブル崩壊を吸収したことになります。

したがって、米国はITと住宅の二つのバブルの山を越えてきているので、今回の<住宅バブルの崩壊>は、随分昔から言われている<ドルが紙くずになる>ような深刻な状況をそのうち作り出すことになるかもしれません。

間違いなくドルの世界市場への供給は過剰で、中国やEUの発展により、ドルの基軸通貨の役割が交代すれば、世界中にばらまかれているドル紙幣の価値は、米国経済の実態に見合ったものなります。

つまり、ドル紙幣は殆ど紙くずになるわけです。(米国経済の規模は巨大ですが、ドル紙幣やドル通貨の供給は、それをはるかに上回った巨大なものです。)

それでは、日本はどうなるのか?

まず、大雑把に言えば、日本と米国の景気変動は米国と逆の相関関係にあります。

日本がオイルショックを克服し、バブル崩壊に至るまでの絶頂期に、米国ではベトナム戦争のダメージから抜けきらない低迷した経済が続いていました。(日本が米国を追い抜くと騒がれたのもこの頃です。)

逆に、日本のバブル崩壊(1989年)後、しばらくしてからダウジョーンズが4000ドルを超え(1994年)ました。その後「ニューエコノミー」と呼ばれる不可思議な理論が登場したり、ITバブルを伴ったりしながら、ダウジョーンズは3倍になりました。逆に、その間の日本は、前述のように「失われた10年」で苦しんでいたのです。

これから米国が深く長い低迷期に突入するとして、日本の経済は米国とは逆に、高い成長を続けるのでしょうか?

たしかに、日本の少子高齢化というのは、大変な問題で、歴史上、人口が減少しているのに発展した国はありません。

しかしながら、<一直線の成長>というものが無いのと同様に、<一直線の衰退>というものもありません。

むしろ、現在の日本に対する世の中の見方は<少子高齢化>が<十分織り込み済み>といえるでしょう。

逆に、エネルギー危機・資源の枯渇・環境問題はすべて日本に(比較)優位に働きます。日本の先進的省エネ・環境技術は、少なくともあと10年、他国が追いつくことが出来ません。

日本が100のGDPを生産するのに必要な資源エネルギーを<1>とすれば、米国や欧州の先進国が<2>〜<3>、中国が<7>くらいになります。

資源・エネルギーの高騰は、中国などの新興国に大きなダメージを与え、それらの国々で急激な景気後退を招きますが、日本はそのような状態の中でも<比較優位>を維持できますし、日本の省エネ・環境配慮商品の需要も増すでしょう。

また、日本という国の発展は、<少子高齢化>という人口要因に制約を受けますが、国際的に展開している<日本企業>にとっては、それほど大きな問題ではありません。

例えば、トヨタを含めた自動車メーカーは、国内需要減少の直撃を受けていますが、海外販売(特に利益)の比重が高いので、国内の少子高齢化の問題は無視しても良い程度のものです。

もちろん、生産も海外でかなりの部分を行っていますので、国内の若年労働者の不足も全体としては、大きな影響がありません。

このように考えると日本(企業)の今後の見通しは決して悪くないことがわかります。

また、ドルほどではありませんが、円の価値も今後10年くらいの間基本的に低下しますが、この<円安>(アジア通貨やユーロ)も日本経済の追い風になります。

なお、急速な少子高齢化は日本だけの問題ではなく、前述の韓国や中国でも深刻な問題です。


中国では、一人っ子政策の初期の世代が30歳前後になっていますが、彼ら以降の世代の出生率は当然<1>を切っています。(公式統計上。農村等で無戸籍で生まれる子供がどのくらいいるのか不明です。)

しかも、漢方や医食同源のおかげでしょうか?既に中国は世界の中でも長寿国の部類に入ります。

早ければ、10年くらいで、<少子高齢化>が中国経済の大きな足かせになります。

さらに、六つのポケットを持つ(両親および、父方・母方の祖父母)小皇帝と呼ばれてあまやかされて育った一人っ子達が、国のリーダーシップをとるようになる20年後を真剣に心配する中国の友人もたくさんいます。(彼らは、既に企業や共産党の中堅幹部になりつつあります。)



証明 3月12日 松藤民輔

Non-farm Payroll(非農業部門雇用者数)が大きく下落しているのがチャートでわかる。現在進行形の株価の暴落は理論的にも下げが証明できる。テキストにある景気の減速は株価の減速。暴落か否かは置いといて米国経済の減速は世界経済の減速を予兆させる。

このノンファームペイロールとは簡単に言えば全米における農業従事者以外の雇用者数で、その推移を眺めればやはり景気の減速が見えてくる。 

米国の家庭がどれ位不動産を持っているか。このデータでも1929年以来始めてのことが起きている。大きな不動産価格の下落は家庭の不動産の持分を下落させている。不動産を担保にATMからキャシュを引き出し消費した時代が完全に終わり、借り入れを返済できない人々のプライムローンすら不良債権化し始めた米国社会。15年前の日本の姿でもある。               

日本が世界を先行した時代、15年前、世界は日本を笑い忘れていた。この大暴落と金融恐慌に唯一連結されて無い日本。この強さ、この不思議。増田 悦佐さんの新著に不思議の原因とこれからが書いてある。時代を読む。時代を分析する。もしバフェットの様な投資家になりたければこの辺の研究が必要になる。今世界で唯一日本の時代を唱え分析し見据えている増田さん。こんな人が日本にいること自体が日本の時代の予兆であり確信である。

大衆国家日本がエリート型の排除社会に勝ち、21世紀の世界のモデルになる姿。エネルギー効率を生んだ巨大な鉄道インフラ。文明が異なる事の凄さと惨めさを増田さんの新著は教えてくれる。金の時代は日本の時代。1929年の金融恐慌、そして1945年までに世界の金の90%を米国人が買い集めた事。このパターンが今世界一現金を持つ日本人により繰り返されるなら、時代は正確に彫刻のように日本人の時代と大衆の時代を刻みこんでいくに違いない。



(私のコメント)
この2,3日に日本の少子高齢化問題と地方の衰退の問題について考えてみたのですが、商店も二代目にはいるとやる気もなくて無知・無自覚・無能な人が地方経済をダメにしているのでしょう。やる気のある若い人は東京などの大都会に出てきてしまう。だからやる気のない二代目は店舗を貸し出して新陳代謝を図るべきなのだ。

日本全体も二代目の時代に入って、国会などを見ても二代目議員や世襲議員ばかりだ。これでは日本全体が無知・無自覚・無能な政治によって日本政治経済も停滞してしまう事になるだろう。しかし韓国も中国も同じように少子高齢化社会を迎えていて、社会資本が充実しないまま停滞した時代を迎える事になる。

日本が1990年代に停滞した時代を迎えたように、アメリカやヨーロッパも停滞した時代を迎えるだろう。韓国や中国のような新興国でも少子高齢化して、今までのようながむしゃらな事はできなくなり、日本の福田総理的なやる気があるのかないのか分からないような無能な政治家が出てきて元の木阿弥になってしまうかもしれない。

アメリカのブッシュ大統領も二代目大統領でアメリカをおかしくしていますが、強力なリーダーシップが要求されるような国に無能な大統領や首相が選ばれると国が傾いてしまう。中国にしても元勲的な人材がいなくなって胡錦濤のような二代目的な主席で中国が治まるのだろうか? ソ連のゴルバチョフが失敗したように共産主義体制を維持する事は無理だろう。

これからの21世紀は世界が江戸時代を迎えたように、長期的な停滞した時代になるだろう。戦争も核兵器の時代になっては起きないだろうし、起きてもアフリカや中南米のような途上国で小さな戦争が起きる程度だ。米中ロの三竦みの状態が続いて、日本が経済や文化の中心的存在となり円が基軸通貨の一つとなるだろう。

限られた資源で調和の取れた社会を築くには江戸時代的な発想が世界的に必要になる。少子化も地球全体で取り組まないと食料や水などはすでに地球の限界を超えている。中国やオーストラリアやアメリカの穀倉地帯は慢性的な水不足を抱えて、食料や水や石油は限られた資源として長期の停滞を引き起こす。

産油国の石油の増産余力はなくなり、オイルピークは1月4日の「株式日記」で書いたように2005年5月に来ている。そして脱石油文明が訪れるのですが、その主役となるのが日本のエレクトロニクス技術であり、自動車はガソリンから電気モーターで動くものとなるだろう。

アメリカは石油で出来た帝国であり、自動車と飛行機と船による文明支配はオイルピークまで続いた。ソ連もアメリカと同じように石油の帝国だったのですが、80年代にオイルピークを迎えて91年に崩壊してしまった。アメリカも2005年に世界のオイルピークを迎えた事により崩壊の時が近づいている。ソ連が中央アジアや東欧を手放したように、アメリカも日本を手放して本土に閉じこもる時代が来るだろう。

大原氏のブログや増田悦佐氏の本に書かれているように、限られたエネルギーからいかに効率的に生産するかが一番重要になる時代が来た。アメリカやヨーロッパの都市が中規模の都市に分散しているのは自動車中心の都市だからであり、ニューヨークやロンドンやベルリンのような大都会では地下鉄がある。

アジアにも北京や上海やソウルのような大都市がありますが、鉄道網は発達しておらず地下鉄がわずかにある。日本の東京や大阪のように鉄道網や地下鉄の路線が発達したところはない。だから東京や大阪では車がなくても生活が出来るのであり、都市としてのエネルギー効率は高い。

アメリカの都市は車中心に出来ているから、中規模の都市で通勤が一杯になり本社機能を地方に分散させる事が多い。ニューヨークが東京のように鉄道網が発達していたらアメリカの会社もニューヨークに本社を集中させているはずだ。東京のように本社が集中していれば会社同士の打ち合わせも便利であり時間や費用効率も高くなる。

一時はIT革命でインターネットで会議を開くという構想もありましたが、本当の情報はやはりフェイス・ツウ・フェイスでないと伝わらない。アメリカやヨーロッパの大都市を今から東京のように鉄道網を作る事は不可能であり、アジアの大都市も通勤電車を網の目のように走らせる事は不可能だろう。地下鉄ならある程度は作れるが建設費用がべらぼうにかかる。ロンドンでは地下鉄の初乗りが1000円だ。

バカな評論家の中には、東京に本社が集まるのはけしからんとか、アメリカのように地方に分散すればいいとか言う人がいるが、自動車中心の国だから本社を分散せざるを得ないのだ。社員が数千人もいる本社には巨大な駐車場がいるが大都市には駐車場が作れない。ガソリンが1L=500円もするようになったら社員は車では通えなくなる。だからアメリカは衰退せざるを得なくなる。




コンパクトシティーの再開発の問題は、市街地の地権者の無知・
無自覚・無能」こそが商店街の活性化を阻む最大の要因である。


2008年3月11日 火曜日

コンパクトシティ←なんとなく分りますが、これは具体的にはどのようにする事なのか良く分からないのです。事例紹介で見ても都市の中に公共施設や住居を作ればそれで終わりなのですか。

こういう形態の都市をコンパクトシティと呼ぶ、というようなものではないと思います。コンパクトシティというのは、都市計画に関するスタンスを表したものです。
つまり、都市を拡大して可住地を増やし続け、人口を増大させる方策をとり続けてきたこれまでの都市計画の基本的な姿勢を、この機会に考え直してみては、という問いかけだと思っていただいた方がいいように思います。
 ですから、ライフスタイルを変える(例えば、自動車依存から公共交通+徒歩を中心にする等)といった場面が中心になってくるのであって、そのために、都市部に公共施設や住宅が整備されることは非常に効果的なことであると思われますが、それは目的像ではなく、単なる手法の−つです。
 人口や面積が拡大していくことが、都市の成功であるという考え方を全く違う方向に転換させること、それこそがコンパクトシティ論の本質であると思います。



コンパクトシティの本質と戦略 2005年11月30日 北の心の開拓記

前略
 講演はたいてい質問を聴衆にするところから始まる。今日の質問は、「正しいのはどれとどれ?」と題して、聴衆に質問を出して正しいと思うかどうかを尋ねるやり方から始まる。

 質問は例えば「少子化が進んで『失われた10年』と言われる90年代には毎年の出生者数が2割も減り、これが原因で年金の破綻が懸念される」というようなもので、一応巷(ちまた)で言われていそうな事柄になっている。

 「これを正しいと思う人は挙手をしてください」「これが間違いだと思う人は挙手をお願いします」と壇上から質問をしたところ、「二択なのにどちらかに手を挙げた人は3割しかいません。そういう参加意識のないような事ではまちづくりはつとまりません!出張で来られた人は出張旅費をお返しなさい!」と厳しい言葉から始まった。

 特に北海道に限った事でもないだろうが、我々は講演会などで人の話を聞くというときに、半分は興味を持っているがもう半分で馬鹿にしている部分があるようで、壇上からの質問にも真剣に答える人は案外少ないものだ。

 しかしそういう参加意識が足りないようでは「一事が万事」であり、なにごとにおいても成功はおぼつかないだろう。藻谷さんはそのあたりの聴衆の心情をずばりと指摘してくれた。

 事において真剣になれなければ聞かなければよいのだ。そのくらいの真剣さが、まちづくりの場面においても必要なのだ。

    *   *   *   * 

 今日の講演会はコンパクトシティの本質というタイトルであったが、いつもながら市の経済状況と町の現状は必ずしも一致しないという典型的な例として、景気の良い愛知県刈谷市と長崎県佐世保市の例が示された。

 前者の刈谷市はトヨタ自動車関連の本社がいくつもある町で税収はものすごく多くて豊かな町なのに、中心商店街が廃れて死んでしまった町の代表である。

 逆に佐世保市は造船などというやや時代から取り残された斜陽産業しかないのにもかかわらず、まちなかには1キロにわたる商店街がいまでも元気に残っているという点で面白いのだ。

 藻谷さんによると、佐世保市でも商店街に歩いているのは周辺の商圏のわずか1/20だという。つまり5%の人に指示してさえもらえば、商店街は生き残れるのだという。

 むやみにターゲットも分からず大衆を相手にしたような商売では郊外のショッピングセンターにかなわないのだが、まちづくりの形がそれを可能にするという。

 それを藻谷さんは「シナジー効果」つまり、「相乗効果によるにぎわい効果」だと説明してくれる。すなわち、病院、学校、役場、デパートなど多様な施設
が狭い範囲にぎゅっと詰まっている事が相乗効果を生み出してにぎわいを生むのだという分析である。

 日本の行政は縦割りになってしまって、それぞれの都合で傘下の施設を郊外へ郊外へとばらまいた結果、それらが互いに近くにある事で生じていたにぎわい効果を殺してしまったのだという。

 日本はいよいよ人口減少社会に突入するのだから、これまでのような人口が増えるという前提によるまちづくりから早く脱却して、お金がかからず安心して投資出来るようなコンパクトシティづくりを目指さなくてはならないというのが藻谷さんの主張である。

 まちづくりの一つの面は「富蓄の問題」で、財政的に豊かな内にしっかりといつまでも残るような財産となりうる施設にしっかりと投資をして置くべきなのだという。

 小樽の運河や倉庫群はその代表事例で、そのお陰でいまの小樽観光があるし、逆に豊かだったときに安普請の炭住しか作りえなかった多くの炭坑町は悲しい惨状を呈している。

 つまりコンパクトシティとは、投資家たちが「ここならば維持運営が確実で投資するに値する」と考える狭い範囲を決めて、そこだけはしっかりやり続けるということなのだ、と氏は言う。その安心感がまちづくりを促進するのだと。

     *   *   *   * 

 そして現在の中心市街地でその動きを一番邪魔する3文字があるという。
「なんだと思います?この三文字とは…、それは地権者なのです」というのが彼の答え。


 つまり「郊外から戻って来たい人や事業者を受け入れられない、市街地の地権者の無知・無自覚・無能」こそが商店街の活性化を阻む最大の要因であり、これを行政も放置して責任も放棄しているのだという。

 その悪循環から脱出する方法として藻谷さんは、「土地は買わずに、地権者に少ないけれどもメリットを発生し続けるように借りる」ということが良いと言い、またどうでも良いと思っている地権者は放っておいて、少しでも目先が利いて話の通じる地権者を相手にして、先にそういう人たちに対するメリットを見せつけてやるやり方を続ける事で、替わってもらうのを待つのが一番、なのだそうだ。

 要は資格も能力もある人に志が足りないのが現在の中心市街地・中心商店街の問題だし、また客のニーズに応えようとする努力の不足もまたそれに拍車をかけている。

 地域との関わりが薄れてしまった財産家はあるいみ質が悪いと言えるだろう。そのためにも、切れてしまった関わりを取り戻すところから始めなくてはなるまい。

 結局冒頭の挙手をしない精神が蔓延している限り、まちづくりの成功などおぼつかないということだ。

 目の前の一瞬に積極的に関わって行く精神とその継続こそがまちづくり成功のための秘訣のようだ。

 久しぶりに藻谷節を腹一杯聞かされて、終わった後の質問タイムのための質問を考えそびれてしまった。

 別の席に座っていた知人のSさんからは、「質問タイムに小松さんの手が上がらなかったので、『今日は来ていないんだな』と思いましたよ」と皮肉を言われてしまった。

 しかし今日は久しぶりに余計な事を考えずにトークパフォーマンスを楽しんでしまったのだろう。


(私のコメント)
私の本職は不動産業であり、都内にオフィスビルと千葉にマンションを経営する実業家です。だから地上げ屋とか土地転がしとか言う不動産業者と違って非常に地味な商売であり、建物のメンテナンスや入居者からのクレーム処理に追われるサービス業だ。

東京も再開発が進んで常に変化し続ける町ですが、地方の商店街はシャッターが閉まりっぱなしの商店が立ち並ぶゴーストタウンのようになってしまっている。地方が時代の変化に乗り遅れて、このまま放置すれば再び活性化することは不可能だろう。東京も巨大な一つの街であり、地方のように無知・無関心・無能で放置されれば東京もシャッター通り化しかねない。

石油が1L=100ドル時代になれば、自動車依存の生活から公共交通機関と徒歩による街づくりに取り掛からなければならない。さいわい東京は鉄道ネットワークが整っていて徒歩による生活が可能だ。東京や大阪などの都市部が景気がいいのはこのような徒歩による生活が出来るようなインフラが整っているからだ。

ところが地方では果てしなく郊外化が進んで自動車なしでは生活できなくなっている。このような郊外住宅の住民は巨大な駐車場を備えたスーパーに買い物に行くようになり、駅前の商店街が寂れてしまった。しかし住民の高齢化とガソリン価格などの上昇により郊外生活は時間と金のかかるものとなり、都心回帰の傾向が続くようになるだろう。

私もバブルの頃はメルセデスベンツに乗って東京と千葉とを高速道路で行き来していたが、このようなマイカー生活は金もかかるし時間も無駄にかかる。鉄道なら半日で済む仕事が自動車だと丸一日かかってしまう。東京周辺の高速道路の渋滞がひどいからだ。だから今は電車と徒歩だけの生活なのですが何も困らない。

地方都市においても都心回帰の動きが起きてくると思うのですが、その場合に問題になるのは地権者と呼ばれる人たちだ。再び商店街を活性化しようと思っても地権者が協力してくれなければ再活性化は不可能だ。郊外に引っ越した人が再び都市に戻ってこようと思っても受け入れる施設がなければ戻ってこれない。

紹介したブログでも書いてあるとおりに、現代の地方に覆いつくしているのは無知・無自覚・無能だ。時代の変化に気がつかず、時代に合わせる気力もなく、どのようにしたらいいのかも分からない。講演者が問いかけをしても答えるのは2,3割であり、誰も真剣に話しを聞く人がいない。これでは町の再活性化も出来ないだろう。

これからは少子高齢化で老人世帯も増加していく。マイカーがなければ買い物も出来ないような郊外では不便だし、医者や病院にも通えない。だから歩いて生活のできる町づくりがこれからのトレンドなのですが、それが分からなければ不動産業者も市場のニーズに合わないものばかりを作ってしまって失敗するだろう。

東京でも学生や若い会社員向けのワンルームマンションがやたらと多いのですが、それらは時代に合わなくなっている。そのようなマンションはぶっ壊して老人向けのマンションに建て直したほうが市場に合うだろう。地方都市でも中心部に住民が増えれば買い物客も確実に増える。

駅前のシャッターだらけの商店街も、郊外に散ってしまった住民を呼び戻す事が経営戦略として必要だ。今はまだ郊外住宅のほうがいいと思っている人も、マイカーなしでは生活できない環境に音を上げる時が来るだろう。地方都市でも昨日書いたような路面電車などを走らせて歩いて生活できる町づくりを目指すべきなのだ。

東京では高度成長期には大学の都心から郊外に引っ越すケースが見られましたが、そのような大学は学生が集まらなくなり、都心に残った大学が学生を集めている。大学が郊外にあってはアルバイトもままならないからだ。いずれ郊外に出来た巨大スーパーも都心回帰で客が来なくなり閉店するところも増えて、郊外生活は不便になる一方になるだろう。

東京も一時は都心部が空洞化して銀座も寂れるという予想がありましたが、今では世界のブランド商品が並ぶ高級商店が並んで海外からも客を集めている。地方のシャッター通り商店街も一種の空洞化現象ですが、どうしたら住民を郊外から呼び戻して、郊外の巨大スーパーにないサービスを提供できるかを考えるべきなのだ。住民の5%の支持があれば商店が成り立つ。そして固定客を増やしていく努力をすべきだ。

不動産デベロッパーもこれからは、郊外の住商施設開発は立地が難しくなる一方だし飽和状態で客の奪い合いが起きている。むしろ安くなった都市部の再開発のほうがコンパクトシティ構想にも合致して上手くいくだろう。しかし地権者たちの無知・無関心・無能の障害が都市の再活性化の邪魔になる。

地方に行くと、一人も通行人を見かけない商店街を見ると「もうだめだ」と絶望的になる気持ちも分かります。果てしなく郊外に住宅が広がってしまって中心部に人がいなくなってしまったからだ。そしてあるのは巨大スーパーだけという生活は合理的だろうか? 歩いて生活が出来るコンパクトシティーに比べて、郊外生活は金もかかり時間のロスも大きい。いずれ郊外の住民はそれに気がつくはずだ。




鉄道もハイブリット電車の時代が来た。燃料電池の採用で
電化の進んでいない地方路線も電車の時代がやってくる。


2008年3月10日 月曜日

架線がなくてもバッテリーで走る路面電車が登場 2007年11月26日 eJAFMATE

自動車に比べて環境への負荷が低く、高齢化社会における交通弱者対策として再評価が進んでいる路面電車。この路面電車に、架線がなくてもバッテリーで走ることのできる新型車両が開発された。川崎重工の「SWIMO(スイモ)」だ。

3車体3台車連節構造という少し変わった「SWIMO(スイモ)」は、バッテリーを搭載しており、架線からの電気の供給(起電)がなくても走行することができる。搭載電池容量の約二割の蓄電で10km以上の走行が可能だという。この消費電力分は約5分間の急速充電で蓄電可能だというから、停留所に急速充電装置を設置することで、架線のない非電化区間においても路線を設定することが可能となる。

架線を利用しないことで得られるメリットは多い。まず、都市景観上も良く、設置やメンテナンスの費用もかからない。エネルギー効率の面では、電車に特有の回生失効がなく、架線の抵抗や電力変換のタイムラグもないため、回生エネルギーを効率よく回収することで省エネルギー化が可能となる。また、停電した時にも短時間の運行が可能なため非常時にも強いのは、公共交通機関として意味が大きい。

「SWIMO(スイモ)」が搭載するバッテリーは、川崎重工が開発した商業施設のバックアップ電源などにも利用される大型の「ギガバッテリー」と呼ばれるニッケル水素バッテリー。次世代の電気自動車用バッテリーの主流と目されているリチウムイオンバッテリーに比べ、高速の充放電に優れており、有毒性も低く、分解・回収がしやすいので環境負荷が低い。ニッケル水素バッテリー特有のメモリー効果については、運用方法が自動車用などと違うためにあまり問題にならないようだ。

川崎重工では、今後、実用化に向けて、積雪寒冷地での走行試験やギガセルの性能確認などを行っていく予定とのこと。



キハE200形、今夏デビュー世界初のディーセルハイブリッド車 2007年5月6日 鉄道車両アラカルト

 世界初の営業用ディーゼルハイブリッド鉄道車両、JR東日本の「キハE200形」が今年夏、小海線にデビューする。ディーゼルエンジンで発電した電力と蓄電池の充電電力を組み合わせ、電気モーターで車輪を回す。これにより環境負荷低減、メンテナンス軽減などを図る。併せて、車内設備面では床面の段差縮小、車いす対応トイレの設置など、「人に優しい」車両としての配慮もなされている。

 同社のハイブリッド車両開発は、動力システムの革新による環境負荷の低減を目的に2000年度(平成12年度)にスタート。2003年にはディーゼルハイブリッド試験車両「NE(NeW Energy)トレイン」が完成し、同年5月から走行試験を行って各種データを集めてきた。この車両は2006年7月以降は燃料電池ハイブリッド車両として、さまざまな試験を行っている。

 キハE200形は、NEトレインで得られたディーゼルハイブリッドシステムに関するデータを踏まえて3両製作した。1両当たりの製作費用は約1億9000万円。

 動力システムを構成する主な機器は、ディーゼルエンジン・発電機・コンバーター・インバ−ター・蓄電池・モーター。基本的に、発車時は蓄電池の充電電力のみでモーターを回転させ、ある程度の速度に達するとエンジンが起動して発電機を回し、加速に必要な電力を発生させる。減速時にはモーターを発電機として使用し、発生した電力を蓄電池に充電する。駅に停車している時はエンジンを停止。

 加速性能などは従来のキハ110系気動車とほぼ同じ。最高速度は時速100`。

 モーターは交流電源で駆動する誘導電動機。回転速度を調節するための電圧、周波数の制御は直流から交流に変換する方法が便利なため、発電機で発生する交流電力はコンバーターで直流に変換の上、インバーターで再度交流化(電圧、周波数制御)してモーターに供給する。蓄電池の直流電力もインバーターで交流化。

 蓄電池は出力15・2`h時のリチウムイオン蓄電池。モーター動力のほか、車内照明、冷暖房などのサービス電源も賄う。

環境負荷、メンテナンス軽減

エンジンは出力331`h時(450馬力)の直噴式直列6気筒横型ディーゼルエンジンで、発電専用。加速時のほか、サービス電源の使用などで蓄電池電圧が下がると自動的に起動して充電する。

 最新の排ガス対策エンジン(コモンレール式)で、エンジン内の燃料噴射系で高圧ガスを作り、電子制御で適切に噴射することで、排ガス中の有害物質を減少させている。ハイブリッドシステムの効果と合わせて、キハ110系に比べて排気中の窒素酸化物(NOX)、粒子状物質(PM)は約60%低減。燃料消費量は、起伏の激しい小海線で約10%低減を見込んでいる。また、駅停車時にはエンジンのアイドリングをストップすることで騒音を約30デシベル低減している。

 ハイブリッドシステムにより、メンテナンスも軽減。気動車で必要な変速機、歯車装置などの保守作業が不要になり、冷暖房も電気式を採用して温水、冷媒配管を廃止した。制御装置などは電車部品との共通化を図り、省メンテナンス型を採用している。

 車体はステンレス製。両運転台構造で、定員は117人(座席定員46人)。裾部分が膨らんだ拡幅車体として車内空間を広げるとともに、キハ110系と比べて▽ドアステップと床面の段差縮小(205ミリ1160_)▽優先席部分のつり手高さ低下(1620ミリ11580ミリ)、握り棒の形状変更▽ロングシート部分の1人当たり座席幅拡大(440ミリ1460ミリ)などを行って多くの人に使いやすいようにし、居住性を向上させた。トイレは自動ドア付きで、JIS規格の大型車いすに対応している。

 外観は青系統を主として、さわやかな高原地帯を走る小海線のイメージを打ち出した。ドア(片側2カ所)は車内外とも黄色に塗装して視認性を良くしている。

 キハE200形は夏ごろまで信越線、篠ノ井線、小海線で試運転、乗務員訓練などを実施し、営業運転開始に備える。同社では、小海線での営業運転時の各種データの確認を約2〜3年間かけて行い、量産化、次期投入線区などを検討する、としている。

環境に優しいハイブリッドディーゼル車が実用化されるんだけど、小海線での成績がよければ他の非電化線区にも導入を検討しているようです。そうなるとまずキハ58・52・40などは淘汰される可能性が高いと思います。新型車には魅力を感じますが、古い味のある車両が消えていくのにはちょっと複雑な思いがします。


(私のコメント)
長引く不況とガソリンの値上がりでマイカーを利用する人が少なくなり、車の売れ行きも国内は芳しくないようだ。地方ではマイカーの時代に入っていましたが、いずれはマイカーから鉄道やバスに乗り換える動きが出てくるようになるだろう。

昨日はコンパクトシティー構想のことを書きましたが、マイカーの時代で、果てしなく住宅がスプロール化して広がってしまった村や町が、住宅と公共施設を一ヶ所にまとめてコンパクトな町づくりをすることで公共サービスを維持していこうという構想です。

将来は鉄道の駅や主要街道沿いにコンパクトな町づくりが行なわれて、病院や学校など公共施設を集めてサービスの充実を図らないとサービスの維持できなくなるだろう。小学生などの通学もコンパクトシティーのほうが防犯上もいい。現在の地方は病院も学校もてんてんバラバラにあって、マイカーがないと通えないようになってしまっている。

限界集落問題もだんだんと山間地から都市部にも広がって老人世帯の生活が成り立たなくなってきている。最近までは近代化とはマイカーを中心とした生活を意味して、地方は特に道路整備を中心とした道路作りが産業の中心になってきた。しかしこのような道路作りが地方を疲弊させる事に地方の人は気がついているのだろうか?

道路はいったん作っても10年20年で補修しなければでこぼこになるし維持管理に金がかかる。電気ガス水道といった生活インフラも維持管理に金がかかる。ならば住宅を一ヶ所に集めて町を作り、町と町とを鉄道やバスがつなぐ様にすればマイカーが使えない老人や子供も不自由しない。

現在の地方ではマイカーがないと生活できなくなってしまった。そのために道路整備が進んでいるのですが、これからはマイカーを中心とした町づくりから歩いて生活が出来る町づくりが必要だ。時代に逆行するような動きですが、アメリカンスタイルのマイカー生活はもうじき出来なくなる。石油文明がもうじき終わるからだ。

石油文明が終わればエネルギー多消費文明も終わる。OPECも増産余力がなくなり石油をめぐる争奪戦が激しくなるだろう。映画の「マッドマックス」のような世界になるかどうか分かりませんが、電気自動車や鉄道が主要な交通手段になるだろう。鉄道も電化が進んでいるのですが、地方ではジーゼル車が鉄道の主体になっている。

昨日のテレビのCMで、鉄道車両もハイブリット車が走り始めたのを始めて知った。キハ200形はリチウム電池を搭載して電動モーターで動いて、足りない分はジーゼル発電機で発電しながら走る電車です。将来的にはジーゼル発電機を燃料電池に換えれば完全な電車になる。

燃料電池はコスト面やインフラの整備に問題があるのですが、電車ならコストやインフラの面も解決が付きやすい。鉄道の電化は都市部では進んでいますが地方では難しい。ところがハイブリット車や燃料電池車で地方でも電車が走るようになるだろう。ジーゼル車は発進や加速のたびに黒い煙を出しながら騒音も激しいですが、ハイブリット車はそれが少なくなり、燃料電池車はそれがなくなる。

ハイブリット車は去年の夏から小海線で走り始めていますが、発進停止などでは電池で走るから電車と変わらない。走行中も発電用のジーゼルは今までのジーゼル車より低騒音だ。自動車のハイブリット技術を電車に応用したものですが、自動車よりも実用化がしやすい。

路面電車でも架線なしでも電池で走れる物が出来たようですが、架線式の路面電車よりも設置やメンテナンスもしやすく都市の美観上にもいいので電池式の路面電車が普及するだろう。

路面電車というと東京でも自動車交通の邪魔になるという事でほとんど廃線になりましたが、エネルギー効率もよく見直しの動きも出てきています。路線バスにしてもハイブリットカーや燃料電池カーが出てきて、ジーゼルエンジンの黒い排気ガスを出しながら走るバスは無くなるだろう。路線バスなら水素の供給もインフラの整備も問題がない。

現在のところはこのようなハイブリット車や電池車は試作試行段階であり、本格的な普及はまだ先の話だ。しかし鉄道にもハイテク化の波は来ているのであり、高性能になって、将来の鉄道には架線が必要ではなくなり、新幹線も燃料電池で走るようになるかもしれない。鉄道の電化は変電所の設置や架線のメンテナンスで大変なのですが、将来の鉄道は自家発電機を積みながら走るので線路の補修だけで済むだろう。

このように自動車にしても鉄道にしても電動モーターで動かせば有害な排気ガスを出さないし、ギヤ変速機も歯車も要らないので機械的なロスがない。問題はどれだけ高性能化と低コスト化が出来るかですが、エコロジーと石油高騰の波が押し寄せてきて普及が加速化すれば安くなっていくだろう。


小海線「こうみ」(キハE200形)動画 2分48秒

ハイブリッドトレイン こうみ(E200)発車時の音 2分21秒




イギリスではガソリン価格を高くすることにより、ガソリン使用を
控えさせ、大気汚染を抑制し、新たな道路整備の必要性も無くする。


2008年3月9日 日曜日

NY原油終値105・47ドル、最高値を更新 3月7日 読売新聞

【ニューヨーク=山本正実】6日のニューヨーク商業取引所の原油先物相場で、国際的な指標となるテキサス産軽質油(WTI)の4月渡し価格は前日比0・95ドル高の1バレル=105・47ドルで取引を終え、終値の最高値を2日連続で更新した。

 この日は、通常取引前の時間外で一時、取引途中の最高値となる105・97ドルまで上昇し、106ドル目前まで迫った。

 5日の石油輸出国機構(OPEC)総会で原油の増産が見送られたことや、原油在庫の減少などから需給の逼迫(ひっぱく)感が強まり、買いが優勢となった。


英国でガソリン価格が高い訳 1月13日 目黒川の畔にて

英国に生活しているとガソリンの高さには驚きます。日本でもガソリンが高くなったと言って嘆きが聞こえてきます。確か東京周辺で150円くらいでしょうか。しかし英国はその値段が約1ポンド(日本円換算で230円にもなります。ポンド高のピーク時で換算すると250円)にもなり、日本の比ではありません。

何でこんなに高いのかと日頃素朴な疑問を感じていました。また、税収が道路財源に充てられているのかと思うとそうでもありません。一般財源なのです。英国は「予算原則」の母国でもあり、「ノンアフェクタシオン」の原則が貫徹しているのかなあ、などとも考えましたが、そうは言っても英国の道路は狭隘で、しょっちゅう渋滞が起き、ロンドンなどは都心に車が入ってこないように都心に進入する車に課徴金をかけて交通量を制限しようとしているくらいです。そこで少し頑張って調べてみました。

実際にその税率を見ると、一リットル当たり0.5035ポンド(ガソリンとディーゼル)という数字が目に入ります。バイオディーゼルとバイオエタノールは軽減税率が適用になりリッター0.3035ポンドです。英国では、価格に税率をかける従価税ではなく、燃料の量で税額が決まる従量税の制度になっているのです。この燃料税込みの燃料価格に更に付加価値税率の17.5%がかかり、最終的にはリッター1ポンドというガソリン価格が誕生することになります。このうち税金はリッター65.24ペンス、つまりガソリン価格の65%以上を占めているのです。

英国は何故こんなに税が高くなっているのでしょうか。日本の感覚で考えると、前述の通り英国は道路が狭隘で整備が遅れているので、そのための税源を確保する必要があるのだろうな、という素朴な感じなのですが、どうも事情が異なるようなのです。地球の反対側では税の理屈が正反対なのです。

実は英国のガソリン税を大きく引き上げてきた原因となった制度がありました。Fuel Price Escalator (FPE)という制度です。「ガソリン価格引き上げ制度」とでも呼ぶのでしょうか。もう引き上げが前提になっているようなあからさまな名前です。じつはこれ、ガソリン税を自動的に引き上げる制度だったのです。1993年に保守党政権によって導入されたこの制度は、インフレ率に3%上乗せした価格をガソリン税として設定しました。この3%の率はその後5%上乗せとされました。1997年に労働党政権になってからは更に6%の上乗せ。これが1999年まで続きました。

ガソリン税が原因となったガソリン価格引き上げに怒ったトラック運転手は、2000年に大規模な抗議運動を起こしました。ガソリン価格が0.81ポンドに上がったからです。ドーバートンネルの英国側の入り口を塞いだり、石油精製所や石油貯蔵所をピケにより封鎖したり、と大暴れをしました。

その抗議運動が結果として功を奏し、2000年11月になってFPEは廃止されました。制度廃止の時点で、英国は欧州の中でも最も燃料価格の高い国の1つになっていたのです。FPEが始まった1993年時点では、英国の燃料価格は欧州の中でも最も安価な国のひとつだったのです。FPEは10年もたたないうちにこうした引き上げを実現した強力な制度だったのです。

さて、この制度の考え方ですが、実質的な環境税なのです。ガソリン価格を高くすることにより、ガソリン使用を控えさせ、大気汚染を抑制し、新たな道路整備の必要性も無くするというものなのです。道路の整備に必要だから道路目的財源としてガソリン税を課税する日本とは全く逆の発想なのです。

さて、最近の更なる原油価格の高騰と2007年10月のガソリン税の2ペンス引き上げの結果、2008年1月の時点で遂にガソリン価格は1ポンドを超えています。大規模抗議行動のあった2000年よりも大幅に高い価格になっています。トラック運転手の団体は更なる抗議行動の動きも見せています。

しかし、一方でFPEの廃止で2010年までに燃料消費が11%増加し炭素排出量が400万トン増加するとの予測も出されたり、石油の価格を巡る議論は英国内でも立場により様々な考え方があります。

以上、日英のガソリン税の性格の違いを少し垣間見ただけですが、両国の間の考え方の差の大きさに愕然としました。

ところで、英国では脱石油を目指す考え方から、政府は2008年の新年早々に従来凍結していた原子力発電所の増設に踏み切る方向に大きく舵を切りました。地球温暖化対策を進めながら安定したエネルギー供給のためには原発凍結を解除する必要があるとの立場です。これには与党労働党と保守党の意見が一致しています。国際的な影響のある大きな判断です。安全性や核廃棄物の処理問題など、懸念の声も強いのですが、今後の議論の行方が注目されます。

日本的な感覚で見た場合、ガソリン価格のあり方の問題、原発問題に臨む対応について、英国で与野党の考え方に大きな差が無いのは、不思議ではありますが、ある意味で新鮮な驚きも感じます。私の目には、エネルギー問題のような国の行く末に関わる大きな問題は、責任政党たるものは敢えて国民受けする対応を取らず、政争の具にはしない、との暗黙の了解があるようにも思えてきます。

日本のように、道路目的税の税率延長に係る租税特別措置の期限切れに絡み、国民の人気取りとしか見受けられない対応を取る日本の政党の姿を見るにつけ、日英の政治の成熟度の違いをまざまざと感じてしまいます。

私の認識がやや穿っているのかもしれませんが、そのように感じた次第です。あるいは、日本の政党も、実は理念が高く、ガソリン税を環境税に改変し税率を上げることを念頭において行動しているのだとすると、実は立派な考え方に立っているのかもしれませんが、体系的な議論の形跡は見受けられません。

なお、日本の最大手石油業界にお勤めの私の友人から、暫定税率問題は、システム変更、4月1日の高い税率の在庫、資金繰り、仮需に伴う配送などの点で、流通過程に相当の混乱が生じるとの懸念の意見も寄せられました。 「ガソリン価格問題を政争の具にしないでいただきたい」というのが本音のようです。



(私のコメント)
もはや石油の1バレル=100ドル時代は定着しそうな勢いですが、投機的な資金が入らなくても実需が多くなる一方だから、これからはますます高くなるだろう。イギリスではガソリンが1L=230円もするそうですが、環境税として一般財源化しているのが原因らしい。

日本では道路特定財源として暫定的にガソリンに税金がかけられていますが、これを続けるかどうかで国会でもめている。いわば10年間で59兆円の使い道で問題になっているのですが、道路を作り続けるのがいいのか、一般財源化して環境税にするのがいいかの違いだ。1Lあたり25円安くするという民主党の案は国民受けするが、環境税として使うべきだと思う。

「株式日記」でも書いてきたように、ガソリンエンジン車に代わって電気自動車を普及させれば環境問題解決のための有効な手段になる。日本は石油を中東から90%も輸入していますが、政治が不安定な地域だからいつ石油が入ってこなくなるかもしれない。石油の備蓄も有効な手段ですが、車もガソリンから電気で走るようにすれば影響も小さく出来る。

もっとも火力発電も石油をたくさん使っているから、他の発電手段に切り替えていくべきだ。当面は石炭と原子力でカバーする必要があるが、自然エネルギーで画期的な発電方法も見つかるかもしれない。しかし当面は石油を節約しながら使うしかなく、石炭の液化もサンドシェルも大規模な設備を必要とする。

イギリスのようにガソリンに高額な税金をかけるのは経済に与える影響が大きいのですが、トラックなどの運送業者が音を上げている。政策的な意図としては環境対策ということですが経済競争力でマイナスではないだろうか。しかしいずれにしてもガソリンが1L=300円とか500円に値上がりするのはそんなに遠い将来ではないだろう。

OPECが増産を見送ったという事はすでに増産余力がないということであり、OPECも残された石油埋蔵量を少しでも長く売ることを考えて、量よりも価格を高くして売る戦略だろう。代替エネルギーにしても石炭も天然ガスも値上がりしている。中国やインドなどの人口超大国が経済発展で大量の石油を消費する以上はこの傾向は避けられない。

ドイツなどにしても再生可能なエネルギー資源として風力発電や太陽電池パネルの発電を補助金などを出して奨励している。日本ではこのような国家的なエネルギー戦略は無いようなもので備蓄が進んできる程度だ。日本としては自動車の動力源をガソリンから電気に切り替える事で石油の節約に貢献すべきだ。

道路特定財源を廃止してガソリンを安くするというのは時代に逆行した政策であり、民主党も一般財源化に切り替えたようだ。しかし地方ではもっと道路を作って欲しいという意見があるようですが、ガソリンの値上がりが続けば走る車も減ってきて高速道路は必要がなくなるのではないだろうか。

地方ではモータリゼーションが進んで、広大な駐車場を備えたスーパーストアで買い物をする生活スタイルが定着しましたが、再び昔のような自転車で買い物する時代がやってくるのだろう。一回の買い物で数千円もガソリン代がかかったら意味がないからだ。それよりもコンパクトシティ化する政策で歩いて買い物が出来るような町作りが必要だ。

だから地方においては道路を作る事よりも、外へ外へと広がってしまった街づくりよりもコンパクトな街づくりをして病院や学校などの公共施設を一ヶ所にまとめて歩いて生活が出来るような街づくりを目指すべきなのだ。特に地方においては高齢化が進んで車では買い物が出来ない人が増える。

日本の過疎地域では高齢化した世帯が山間地に点在して限界集落が増えてきた。これらの地域は道路を作る事よりもコンパクトな街づくりをして公共サービスが受けられるような体制を作るべきなのだ。イギリスの高いガソリン代はそのような街づくりのための税金のようなものだ。ところが日本では道路を作るかどうかに議論が集まってしまっている。


借金列島で浮上したコンパクトシティー構想

高齢化時代の到来,そして人口減少という時代を迎え,中心市街地への大型商業施設の出店を規制する一方,中心市街地に都市インフラを集約して,市街地の活性化を図ろうとするのが,日本流コンパクトシティである。こうした考え方は,都市の拡大により可住地を増やし続け,人口を増大させる方策を取って来た従来の都市政策とは,正反対の考え方である。
 コンパクトシティが注目される背景には,中心市街地の衰退,特に商店街の著しい地盤沈下にある。多くの地方都市で,かつて,賑わいと活気にあふれていた中心市街地の面影はない。車社会の進展,人口の郊外流出,大型商業施設の郊外への出店に加え,病院,学校といった公共施設の郊外拡散が,結果として中心市街地のにぎわいを奪い,商業の衰退を招いたとして,中心市街地再生に向けて議論が進み,「まちづくり3法の見直し」が具体化した。

 人口が増え続けたこれまでは,外へ外へと拡大。だが,時代は一変。今後は人が年間70万〜80万人の勢いで減っていく。そこでは街づくりのベクトルを内向きへ転換しなければ,現在の行政サービスは到底維持できない。まして高齢者が増加する中では,誰もが歩いて生活できる街が必要。これが「コンパクトな街づくり」を,国が都市計画の基本に据えた理由である。





1908年にローズヴェルトはグレイト・ホワイト・フリート艦隊派遣の発表
に全世界は驚愕。フランスでは日米開戦必至と見て日本国債が暴落。


2008年3月8日 土曜日

第8回「"日本近代史の狂言回し"としての米海軍」(2008/03/06) 岡部いさく

日本では誰も注目していなかったようですが、2007年は米国の「グレート・ホワイト・フリートの世界周航」から100周年にあたりました。

 「グレート・ホワイト・フリート」は、当時の大統領、セオドア・ルーズベルトが米海軍大西洋艦隊の戦艦16隻を中心とする部隊を世界一周の航海に派遣したものです。その艦隊は船体を真っ白に塗っていたため、「グレート・ホワイト・フリート(白い大艦隊)」と呼ばれるのです。

<「1年かけて地球を一周」の偉業が意味するもの>

その白色の艦隊が米東海岸ヴァージニア州のハンプトンローズを出発したのは1907年12月16日、そこからカリブ海〜南米を経て、太平洋に入り、西海岸のサンフランシスコに翌1908年5月に入港しました。

 そこで一部編成を変えて艦隊は7月に出港、さらに太平洋を横断し、ハワイ、ニュージーランド、オーストラリア、フィリピンに寄港し、1908年10月18日から25日にかけては横浜に入っています(日付は日本時間では19日から26日になるかもしれません)。

 次いで艦隊は中国のアモイを経てフィリピンに戻り、セイロン(現スリランカ)に寄って、スエズ運河を通って最後にジブラルタルに寄港。1909年2月22日に出発地ハンプトンローズに帰港しました。1年2ヶ月、総行程1万2000海里以上に及ぶ大航海でした。

 当時は世界の海洋はイギリスの支配下にありました。“日の沈むことなき大英帝国”が健在で、ヨーロッパ各国が世界に覇を競っていました。

 今のような長距離航空戦力のない時代のことですから、外国にまで届く軍事力というと海軍力しかなく、その中心が戦艦でした。米国は自分の戦艦勢力のほぼまるごと全部を世界一周の航海に就かせたのです。

 このころの戦艦の動力は、石炭を燃やす蒸気機関です。南北米国を巡って、太平洋と大西洋の二つの大洋を横断するといった長距離航海は、航海術や艦の整備・保守だけでなく、その補給態勢の確保も含めて、大変な挑戦でした。

<「域外関与」の意思と能力を誇示する契機に>

 この「グレート・ホワイト・フリートの世界周航」は、軍艦の信頼性とともに、米海軍の作戦能力の高さを世界に誇示することとなったのです。つまり米国が太平洋や大西洋の向こう側にまで海軍力を派遣できることの証明であり、米国がヨーロッパの“列強”と肩を並べるだけの力があることを見せつけたのでした。

この少し前、1905年にセオドア・ルーズベルト大統領は日本とロシアの間での日露戦争の講和を斡旋。その功績によって1906年にはノーベル平和賞を受賞しています。二つの大洋に挟まれた巨大な未開の島国だった米国は、自分の域外の出来事に積極的に関与するようになっていたのです。

 「グレート・ホワイト・フリートの世界周航」は、米国が海軍を使って、世界へのコミットメントの能力と意思、それと実績を誇示したものだったといえます。

 もちろん、これだけで米国が孤立主義から脱却したわけではありません。第一次大戦への参戦に際しては、ヨーロッパの国同士のもめ事に巻き込まれず、ヨーロッパからの干渉を受けずというのが独立以来の米国の国是じゃなかったのか、と反対の声がたくさんあったそうです。

 その後の第二次大戦でも、フランクリン・ルーズベルト大統領は、1941年の日本の真珠湾攻撃以前に、中立国の立場にありながらイギリスを支援するためにいろいろと苦慮しました。そんな揺れ動きはあったものの、米国はこの「グレート・ホワイト・フリートの世界周航」をきっかけにして、世界への積極的な関与を深めていったのです。(後略)



試験問題の解説(2007年7月)−1 内藤陽介

1898年にフィリピンを領有したアメリカは、1904年の日露戦争に関して、日本がロシアに対してそこそこの勝利を収めるのが、最も好ましいシナリオであると考えていました。同時に、アメリカは、日露戦争後の国際秩序の変化をにらんで、具体的な敵国を想定した国防計画に着手。ドイツを仮想敵国としたプランをブラック戦略案と名づけたのをはじめ、イギリスはレッド、日本はオレンジ、南米はパープル、カナダはクリムゾン(臙脂)、メキシコはグリーン、といったように、それぞれ、色の名前のついた戦略案を策定します。

 ところが、1905年5月27〜28日の日本海海戦でロシアのバルチック艦隊が全滅したことで、アメリカの太平洋戦略の前提となっていた軍事バランスが崩れ、日本の海軍力が突出したものとなると、慌てたアメリカは、6月9日、大統領セオドア・ローズヴェルトが日露両国に対して講和を勧告。さらに、7月、陸軍長官のウィリアム・タフト(後にローズヴェルトの後をついで大統領になる)が東京で首相・桂太郎と極秘に会談し、アメリカのフィリピン統治と日本の韓国支配を相互に承認する協定(桂=タフト協定)を締結し、日露戦争後に備えようとしました。以後、アメリカは日本に対して警戒観を強めていきます。

 一方、東洋人が白人を破った戦争は、アジアの人々に勇気を与えた反面、欧米では黄禍論を巻き起こします。特に、日系移民が急増していたカリフォルニアでは排日運動が激化し、1907年には、移民法が改正され、日系移民に対する実質的な制限が加えられました。また、アメリカ国内の大衆紙は国民の排日感情をあおる記事を掲載して部数を伸ばし、日本がアメリカ西海岸を攻撃する内容のシミュレーション小説が多くの読者を獲得します。

 国民の反日感情が高まる中、西海岸の人心を安定させるとともに、海軍拡張政策への国民への支持を取り付けようと考えたローズヴェルトは、1907年12月、大西洋艦隊をサンフランシスコへ向けて出航させました。これに関して、無責任な大衆紙は「アメリカ海軍は日本と戦うために太平洋へ出発!」と報じましたが、当初、政府は沈黙を守ります。しかし、艦隊が南米最南端のマゼラン海峡を廻って太平洋を北上し、1908年3月、メキシコのマグダレナ湾に到着すると、ローズヴェルトは、突如、大西洋艦隊の目的地はサンフランシスコではなく“世界一周”であると発表。艦隊が日本を威嚇するために太平洋を渡ろうとしていることは、もはや、誰の目にも明白となりました。

 ローズヴェルトの発表に全世界は驚愕。フランスでは日米開戦必至と見て日本国債が暴落。米西戦争の記憶が生々しいスペインでは、日本への資金援助を申し出る貴族や資本家が続出したといわれています。

 これに対して、日本政府は、アメリカの攻撃を恐れながらも、欧米世論の挑発には乗らず、むしろ、大西洋艦隊を“歓迎”することで危機を脱しようと考えました。

 このため、国内では朝野を挙げて、“白船(大艦隊は船体の色からグレイト・ホワイト・フリートと呼ばれており、これが日本語では白船と訳された)”歓迎のありとあらゆるキャンペーンが展開され、メディアでは、「文明開化もつまるところはペリーの黒船のおかげだった」との論説が日米友好の名の下にさかんに繰り返されました。その一環として、逓信省はここに挙げたような歓迎の記念絵葉書を発行し、白船の乗務員たち全員に無料で配布しています。

 結局、1908年10月18日に横浜に入港した白船は、同月25日、歓迎責めに当惑する乗員を乗せて無事、横浜を出航。欧米で予想されていた日米戦争は回避されました。

 もっとも、白船が横浜を出港してから2週間後、日本海軍の連合艦隊は、米軍が奄美大島を占領したことを想定した大規模な演習を実施。こうして、大日本帝国は、“仮想敵国・アメリカ”に対する準備を開始することになるのです。


(私のコメント)
日本の学校教育では歴史を受験科目から除外して、高校では世界史を教えないまま社会に送り出している学校があって社会問題化したことがありました。東大を卒業したエリートにも世界史や日本史を学ばないまま大学を卒業している学生がたくさんいる。だから若い人には日本とアメリカとが戦争をしたことすら知らない人もいるくらいで、だから左翼から日本は侵略戦争をした悪い国だと吹き込まれると簡単に信じてしまう。

特に、日露戦争から大東亜戦争までの間の期間が空白となってしまう傾向があるようだ。NHKの大河ドラマにしても明治維新以降の時代を扱ったものは「山河燃ゆ」の一つだけだ。明治時代や大正時代には大河ドラマの対象となるような物語がなかったのかというとそうではない。日清戦争や日露戦争や第一次大戦や満州事変とありすぎるくらいだ。原作となりそうな小説はたくさんあるのにNHKはやらない。

学校でも歴史を教えず、テレビでも近代史を扱ったドラマをやらないとすると、歴史を知らない日本人が量産されてしまう。織田信長や坂本竜馬はよく知っているが、東郷平八郎や乃木希典などは知らない子供が多いだろう。1908年に日本にやってきたアメリカのグレート・ホワイト・フリートの事を知っている人はどれだけいるだろうか?

江戸末期にやってきた黒船のことはよく知っているが、明治末期にやって来た白船の事はほとんどの人が知らないだろう。NHKの「そのとき歴史は動いた」でも白船来航の事はまったくやっていない。当時は日米開戦かと大騒ぎになった事件なのですが、私も岡部氏の記事を見るまで知らなかった。

世界史から見れば、当時は第一次大戦前の大英帝国の最盛期でもあり七つの海はイギリスが支配していた。それに対するアメリカのグレート・ホワイト・フリートの世界一周の大デモンストレーションは大事件だったらしい。1904年から1907年のわずかな間に11隻の戦艦を建造してアメリカは一気に大海軍国家となったのですが、日露戦争で大海軍国家となった日本と共に時代が変わりつつあった。

戦艦16隻からなる大艦隊の世界一周で日本にも1907年10月に来航したのですが、表向きは親善訪問であっても、日露戦争に勝利した日本への露骨な威嚇でもあったのだろう。当時のアメリカはどのような国であったかというと1898年の米西戦争でスペインからフィリピンやグアムやプエルトリコを分捕ったばかりであり、大変ぶっそうな国であった。

アメリカは19世紀の半ばから急速な国力の増大に伴って軍事大国として台頭して来た。1846年〜48年の米墨戦争ではメキシコからテキサスとカリフォルニアなどを分捕って1900年にはハワイを併合している。そんな国の大艦隊が日本にやってきたのだから日本では黒船来襲以来の白色艦隊来襲として危機感が高まった。

そのようなアメリカの歴史から見ればハワイ、フィリピン、グワムの次に狙われるのは日本であることは容易に分析できる。ところが学校の歴史教育ではこのようなアメリカの歴史を教えてはいない。米墨戦争や米西戦争など歴史オタクしか知らない。その延長から見れば日米戦争は歴史的必然であり、米西戦争と日米戦争とは非常によく似ている。まさに「リメンバー・パールハーバー」なのだ。

米西戦争 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

1898年2月15日にハバナ湾で米海軍の戦艦メイン (USS Maine, ACR-1) が爆発、沈没し 260 名の乗員を失う事故が発生した(この中には 8 名の日本人コックとボーイが含まれていた)。爆発の原因に関する証拠とされたものは矛盾が多く決定的なものが無かったが、ニューヨーク・ジャーナル、ニューヨーク・ワールドの 2 紙を始めとした当時の米国のメディアは、スペイン人による卑劣なサボタージュが原因であると主張した。「メインを思い出せ!くたばれスペイン!」という好戦的で感情的なスローガンを伴ったこの報道は、一層米国民を刺激することとなった。この愛国的で好戦的な風潮はスプレッド・イーグリズムあるいは主戦論として知られている。


アメリカという国は1776年の独立以来戦争に次ぐ戦争の歴史であり、現在でもイラクと戦争している。アメリカという国は多民族国家であるが故に、戦争をしていないと一つにまとめられずに分裂の危機を常に生じている。それでも米墨戦争以前はインディアンとの戦争に明け暮れていたのですが、米墨戦争でカリフォルニアやテキサスを獲得するとさらに西の太平洋の西側にも勢力を伸ばし始めた。

日本の国防戦略としてはグレート・ホワイト・フリートの来訪によって、日米戦争は予期されるものとなり、戦略としては対米戦争に備えるべきであった。ところが日露戦争後は満州へと大陸の奥へ奥へと引きずり込まれていった。日本国民の目も大陸進出に間が向けられて、背後からアメリカが日本を狙っている事には気がつかなかった。

今年の2008年はグレート・ホワイト・フリート世界周航の100周年にあたりますが、軍事評論家でもない限り知らないだろう。黒船来襲については日本でも様々な催しが行われましたが、白船来襲の事は歴史オタクしか知る人はいない。ヨーロッパでは日米開戦かと騒がれたようですが、それもおかしくないほどアメリカは好戦的であり、フィリピンの次は日本が狙われるのは歴史的必然だ。太平洋戦争はその結果に過ぎない。

憲法の第9条と日米安保は巧妙な日本への植民地政策の隠れ蓑なのですが、日本政府は国民に対してこの事実を隠し続けている。米兵による国内犯罪も米軍基地に逃げ込まれれば日本の警察はそこに踏み込めないのだ。左翼ならびに愛国保守派はこの事実を訴え続けているのですが、アメリカに飼いならされた親米保守派が学会とマスコミを支配してしまっている。




最近のリチウムイオン電池の進化は著しく、将来的には電気自動車が
充電なしで300マイル(約500キロ)は走行できるようになるかもしれない


2008年3月7日 金曜日

[WSJ] 「燃料電池車は本当に必要か?」――GMとトヨタが疑問符 3月6日 ウォール・ストリート・ジャーナル

スイスで開催中のジュネーブオートショーでは3月4日、米General Motors(GM)とトヨタ自動車の経営トップがそれぞれ、水素燃料電池を近い将来量産化するという見通しの実現可能性に疑問を投げ掛け、燃料消費量と排気ガスを大幅に減らすためには電気自動車がより良い選択肢になるであろうとの見解を明らかにした。

 GMのボブ・ラッツ副会長は記者に対し、「最近のリチウムイオン電池の進化は著しく、将来的には電気自動車が充電なしで300マイル(約500キロ)は走行できるようになるかもしれない。大衆市場向けの製品としては燃料電池よりもはるかに現実味がある」と話している。

 「リチウムイオン電池で500キロ走行できるのなら、なぜわざわざ燃料電池が必要だろう?」と同氏は語り、さらに次のように続けている。「燃料電池自動車は依然として価格が高過ぎて大衆市場には向かない。コスト的に折り合いがつかない」

 またオートショーの別のイベントでは、トヨタ自動車の渡辺捷昭社長も燃料電池のコストの高さに懸念を示し、「液体水素燃料を生産し、消費者に広く配布するためのインフラも整っていない」と指摘している。こうした状況からして、同氏は「この先10年で燃料電池が普及するとは考えにくい」との印象を抱いているという。

 こうした発言は、燃料電池に対する自動車業界の姿勢の変化を示している。特にGMはこの2年間、石油消費量の削減に向けた多くの取り組みの1つとして、燃料電池技術の開発に力を注いできた。

 燃料電池は水素を使って発電するもので、未来のゼロエミッション自動車の燃料になる技術として何年も前から注目されてきた。数年前に、GMは燃料電池重視を理由に、トヨタとの燃料電池車の共同研究を打ち切っている。それ以来、トヨタは電気とガソリンを併用したハイブリッドカーの開発で先頭に立っている。ただし同社は燃料電池の開発にも取り組んでいる。

 GMはこの2年間、エコカーの取り組みをアピールすることで、環境への関心を高めつつある消費者に対するイメージアップを図っている。こうした取り組みのスポークスマンにはしばしばラッツ氏が据えられているが、同氏はデトロイトで「ミスター・ホースパワー(馬力)」と呼ばれることもあるくらいの大型車好きで知られている。

 GMのエコカー戦略の中心となっているのは、「Volt」と呼ばれる電気自動車だ。Voltは小型のガソリンエンジンを搭載し、走行中にバッテリーを充電できるようになっている。GMは2010年までにVoltの第1弾を投入したい考えという。将来的には、バッテリーの充電に燃料電池を使うことになる可能性もある。かつては環境保護派から軽蔑されていたGMだが、こうしたキャンペーンを通じて、同社も最近では環境保護主義者の間で支持を広げている。(後略)



日立がGMからハイブリッド電気自動車用リチウムイオン電池システムを受注 年3月4日 ニッケイネット

株式会社日立製作所(執行役社長:古川 一夫/以下、日立)は、このたび、ゼネラル・モーターズ(会長兼CEO:G・リチャード・ワゴナーJr./以下、GM)から、リチウムイオン電池システムを受注しました。日立のリチウムイオン電池システムは、GMが2010年に北米において年間10万台以上の規模で市場投入する予定となっているハイブリッド電気自動車に搭載されます。

 今回の受注は、日立のリチウムイオン電池の高い品質をはじめ、バッテリー性能、コスト、安全性、耐久性、持続性など日立の広範囲におよぶリチウムイオン電池に関する技術力や、2000年から現在に至るまで20万セル以上の市場納入実績がGMの評価を得たことによるものです。なお、リチウムイオン電池は、日立の子会社である日立ビークルエナジー株式会社(取締役社長:川本秀隆/以下、日立ビークルエナジー)が製造します。

 現在、ハイブリッド電気自動車の市場規模は、世界的な環境規制の強化や燃費意識の高まりから、ワールドワイドで2006年度の41万台から、2010年度には150万台にまで伸長するとみられています*。さらに、2015年には、ハイブリッド電気自動車用のリチウムイオン電池の需要が、現在主流であるニッケル水素電池の需要を上回ると日立は予測しています。

 このような市場動向を視野に入れ、日立は、本年1月に新神戸電機と日立マクセルとの合弁会社である日立ビークルエナジーに対して、増産と開発力の強化を目的とした増資を実施しました。日立は、自動車部品メーカーのなかでも、ハイブリッド電気自動車用のキーコンポーネントであるモーター、インバーター、電池システムすべてを開発・製造し、最適なシステムとして提案できる強みを有しているほか、日立グループで電子部品、材料など、様々な技術・製品を有しており、高品質のハイブリッド電気自動車システムを提供することが可能です。今回のGMからの受注を受けて、リチウムイオン電池事業の拡大とハイブリッド電気自動車用のモーター・インバーターの拡販に努めていきます。

 2010年以降、各カーメーカーがハイブリッド自動車事業を本格化するとみられていますが、日立は、リチウムイオン電池事業をはじめとしたハイブリッド電気自動車部品事業を通じ、地球環境の保全に貢献していきます。


i-MiEV試乗  動画1分57秒


(私のコメント)
リチウムイオン電池による電気自動車のことについては何度か書いてきましたが、将来的には小型乗用車はガソリンエンジン自動車から電気自動車に移行していくだろう。来年には本格的な電気自動車が日本で発売される。すでに2人乗りの小型のものはイギリスやイタリアなどでも発売されているが、まだ性能面でガソリンエンジン車に取って代わるものではない。

しかしリチウムイオン電池の開発で電気自動車にも可能性が出てきた。燃料電池車や水素エンジン車などはインフラの整備に難点があり実用性はかなり難しい。その点で電気自動車は家庭でもどこでも充電が出来るからインフラの問題はない。しかしリチウムイオン電池もパソコンの電源に使われていますが発火や爆発の恐れがある。

だから安全性を高める為にメーカーは改良に取り組んでいますが、どれだけ性能を高めて安全性を持たせるかが焦点だ。小型では携帯電話やパソコンの電源として使われていますが、自動車用の大型のリチウムイオン電池はまだ試作段階だ。

自動車産業と電気産業でトップを走る日本が電気自動車の実用化でも最先端を行くものですが、試作品は世界のメーカーで作られている。しかし量産化となると大きな壁があり、自動車メーカーも電池メーカーもまったく新しい分野の製品なだけに大きな技術力がいる。

リチウムイオン電池はソニー、三洋電機、松下電器の三社で世界の約7割のシェアを持っていますが、自動車用のリチウムイオン電池が実用化されれば、携帯電話やパソコンや自動車の電源としてなくてはならないものになる。そしてハイテク製品になればなるほどトップメーカーの競争力はダントツであり、技術革新のスピードも速く値崩れも早くて後発メーカーは追いつけなくなってしまっている。

だから自動車用リチウムイオン電池も日本が独占してしまうかもしれない。2010年にGMが発売する電気自動車の電池にも日立の電池が使われる事が決まった。当初は韓国製の電池を使うといっていたが、リチウムイオン電池は発火や爆発の危険性があるために品質や安全性に問題がある製品は使えない。

だから近い将来において世界中で電気自動車が作られると思いますが、バッテリーやモーターなどの主要部品は日系企業が独占するだろう。ドイツなどは自動車産業は発達していますが電気産業には弱い。テレビなども大型の液晶パネルは日本と韓国と台湾で独占状態であり、電気自動車用バッテリーも同じような独占体制になるだろう。


バッテリー爆発:犯人は二次電池の中にいた(下) 1月15日 朝鮮日報

二次電池の不具合から天文学的な数量のリコール(不具合がある製品をメーカーが回収し交換・修理すること)も相次いでいる。特に、世界の二次電池市場をリードしている日本メーカーのリコールが目立つ。

 ヒューレット・パッカードと共に世界のコンピューター市場を率いるデルでは、2006年にソニーから購入したリチウムイオン電池に問題が発生、約410万件のリコールを行った。この一件は、世界的な不良電池ショックへと波及し、「技術のソニー」の名声に泥を塗った。昨年、世界最大の携帯電話機メーカー・ノキアも、松下電機系の松下電池から購入した電池4600万個を無料で交換した。04年と05年にはアップルコンピュータも、事故が起きた充電池を製造した会社から購入したノートパソコンの充電池をリコールしている。

 二次電池の安定性がクローズアップされる中、情報技術(IT)業界では代案を模索している。液体状態の電解液ではなく、固体成分を使ったリチウムポリマー電池への移行が進められているのだ。これは、電解液として液体ではなく、分子が重合し生ずる高分子物質「ポリマー(重合体)」を使った電池だ。固体のため電解液が外部に漏れ、生じる事故はほとんどなく、外部を金属で作る必要がないため、リチウムイオン電池より30%以上軽い。その一方、価格はやや高めで寿命が短いという欠点もある。

 最近はリチウム自体を使わない新物質の電池開発にも関心が集まっている。ジンク・マトリックス・パワーやパワー・ジェニックスといった一部の海外ベンチャー企業は、銀と亜鉛を利用した非可燃性電池を開発している。また、サムスンなど主な企業はメタノール燃料電池や太陽光電池など、代替エネルギー源による二次電池開発にも関心を示している。



(私のコメント)
電池というと簡単な構造でローテク製品と思われがちですが、材料の純度が非常に微妙であり、わずかな不純物や素材に問題があると、ソニーのリチウムイオン電池のように膨大なリコールを生じてしまう。デルがなんでソニーの電池を使うのだろうかと思ったのですが、リチウムイオン電池は日本の独占的商品なのだ。いわば未来のエネルギー革命の根幹を日本のメーカーが持っているのですが、原子力プラントメーカーも日本の三社が独占している。まさに21世紀は日本の世紀といえる時がやってくる。

(株が安くなったらソニーと松下と三洋の電池メーカーの株がいいかもしれない。三洋電機は200円台で安いと思う。)




日本を豊かにするには、お金を刷って国民に渡すことです。そう
すれば、デフレ脱却ができ、国民はもっと物を買えるようになります。


2008年3月6日 木曜日

貿易赤字になると輸入ができなくなるのか(小野盛司) 3月2日 神州の泉

(※日本経済復活の会 会長 小野盛司氏の記事、第三十六弾です)
  http://tek.jp/p/

 貿易赤字になると輸入ができなくなるのかという質問が読者から寄せられましたので、お答えします。そんなことはありません。財務省によると2007年の貿易収支は12兆3,781億円の黒字に対し、所得収支が16兆2,730億円の黒字となっています。所得収支とは日本が持つ海外の株や債券、つまり証券資産などが生む配当や利息を示しています。所得収支の黒字のほうが、貿易収支を上回る規模になっています。つまり黒字は貿易だけではないということです。

 それだけではありません。赤字でも貿易はできます。アメリカなど、長年貿易赤字です。本当はアラスカにも油田があるのに、それは温存しておいて、その代わりにドルを刷って外国から石油を買いまくります。国益をどん欲にまでに守ります。日本の円は基軸通貨ではないので、アメリカほど派手にはやれないにせよ、円は国際通貨ですから、刷って使おうとすれば使えます。

 将来、日本の企業が国際競争力を失い、貿易赤字になったとし、更に所得収支も赤字になったとしましょう。そうすると円の価値が低くなるわけですが、価値がゼロになるわけではありませんから、貿易はできます。輸入物価は高くなりますから、買いにくくなるかもしれませんが、お金を多く出せば買えます。かつての共産圏は貧乏でした。国産品はろくなものはなく、物不足で日用品ですら手に入りにくくなっていた時代がありました。自国の通貨をドルなどの外貨に替えてもらえず、闇で観光客から替えてもらって、ドルショップに行って欲しいものを買っていましたね。あれは国境が封鎖されていたので、そうでもするしかなかったのでしょう。まさか、日本が将来そんなことにはならないと思います。

 今の日本は、政府が国民に十分なお金を渡していないので、国民は十分物を買えません。つまり、国産品も輸入品も十分買えないわけです。しかし、外国の人は十分なお金を渡してもらっているので、自国のものも、日本からの輸入品も十分買えます。ということで、外国人は日本の物を多く買い、日本人は外国の物を十分買えないので貿易黒字になります。こうして日本人はどんどん貧乏になっているわけで、十分輸入品が買えないから貿易黒字になっているのであり、黒字だから輸入ができるというわけではありません。所得収支でも同じでしょう。日本は発展しない国だから、投資の魅力はない。だからお金は外国に逃げていき、外国で収益を挙げるので黒字になる。

 このような黒字は、結局ドルのまま海外の銀行に預けられ、海外で運用されますから、外国を豊かにするだけで、いつまで経っても日本は豊かになりません。お分かりでしょうか。黒字ということは、日本人が汗水流して働き、生産した代償がドルという紙切れに替わり、その紙切れがどんどん溜まるだけ、しかもその紙切れはアメリカの銀行に預けていてアメリカで運用されるだけ。日本を豊かにしません。決して良くないのです。黒字は善、赤字は悪と考えるのは全く間違いです。アメリカは長い間貿易収支も経常収支も赤字が続いています。膨大な借金が貯まっていると言えますが、逆にドルを刷って、そのドルが世界に流通して、世界経済を育ててきたともいえます。経済を知らない人は借金をいつか返さねばならないと考えるでしょうか。世界中からドルを引き上げたら、世界経済がマヒするのは明らかであり、これは返すべきではない借金です。アメリカが赤字なら、アメリカ以外の国を合わせれば、黒字で、プラスマイナスがゼロです。

 日本の財政問題も同様でしょう。国が赤字なら、国民の側は黒字で、プラスマイナスゼロです。デフレということは、国民の側にお金が不足して経済が成長しなくなっているのですから、こういうときは赤字を拡大せよと、世界を代表するエコノミストは異口同音に主張しているのです。それが日本経済を拡大し、財政健全化にも役立つということです。何度も繰り返しますが、日本を豊かにするには、アメリカでもフランスでもやっているように、お金を刷って景気対策として国民に渡すことです。そうすれば、デフレ脱却ができ、国民が金持ちになり、国民はもっと物を買えるようになります。日本企業は、その需要増に十分対応できますから、経済は活性化し、企業も国際競争力を増し、しかも、国民は国産品だけでなく、輸入品ももっと買うようになります。輸入が増えると貿易黒字が減ってきます。

 これは私も日経の経済モデルでも確かめました。外貨が溜まりすぎた現在、輸入が増えて貿易赤字になっても構わないのです。日本経済がかつてのように成長を始めると、日本が魅力的な市場になりますから、外国資本も入ってきます。もちろん、日本人にもお金が渡されるようになれば、海外への積極的な投資も活発になるでしょう。貿易収支や所得収支だけでなく資本収支も重要です。お金も日本国内で多く運用されるようになれば、企業も育ってきます。大規模な投資がされるようになり、地方経済も地方政府も潤ってきます。積極財政は、日本経済も、そして世界経済の均衡ある発展も助けます。(小野盛司)



アメリカが圧力をかけて日本に景気対策をさせないようにしているのか?(小野盛司) 2月24日 神州の泉

(※日本経済復活の会 会長 小野盛司氏の記事、第三十二弾です)
  http://tek.jp/p/

 アメリカが圧力をかけて日本に景気対策をさせないようにしているのではないかという疑問が、読者からメールで筆者に寄せられたので、そうではないということを書くことにします。

 計量経済学を知っている人ならよく知っていることなのですが、もし景気対策をした、つまりお金を刷って(返さなくて良いお金です)国が国民のために使えば、国民は金持ちになるわけで、国民はお金を使うようになります。そうすれば、国産のものだけでなく、アメリカからの輸入品も多く買うようになるので、対米貿易不均衡の是正に役立ちます。これがよく知られているアメリカの対日要求である「内需拡大」の意味です。アメリカにとって、日本国民が貧乏になることに何のメリットもなく、逆に刷ったお金で日本国民を金持ちにして欲しいわけです。この要求に応えて1986年に前川レポートが出されました。内需拡大の約束です。

 アメリカからだけではないですね。IMF専務理事などからも日本は景気を刺激せよとの要求は再三出ています。刷った金で財政出動をして、日本国民にお金をプレゼントするなら、確実に内需拡大で対日要求に応えられたのは間違いありません。実際、経済モデルで計算しても、そういった予測になります。しかし、実際に政府が行ったのは刷ったお金を貸してやろうという話でした。銀行を通じ「金を貸すから、投資に使いなさい」と、国民に刷ったお金を融資しようとした。企業としては、国民がそれほどお金を持っていないから、工場をどんどんつくっても、そんなに売れるわけないからということで、そのお金は株とか土地とかに投資するしかなかった。借りた金でアメリカ製品を買うなんてできないですよね。

 結果はバブル発生で、貿易黒字の解消はできなかった。なぜ、お金を国民にプレゼントするのでなく、貸し付けだったのかと言えば、刷った金(国債)は、いつかは返さなければいけないものだという政府の勘違いでしょう。これはそういった種類のものではない。どこの国もそんなことはしていない。経済成長を続ければ、国の借金はどんなに増えても、GDPも増えるから、借金のGDP比は変わらないということで、国の借金は際限なく増やすのであり、返すのではない。日本人は借金とはいつかは返すものだと思っていて、国の借金は全く別の種類のものだということをどうしても理解しない。この考えを変えないと世界経済の中で日本は孤立してしまいどんどん貧乏になってしまう。

 アメリカの財務長官も再三にわたり、日本に景気刺激をせよと要求しています。私は、その意味を確認するために2003年に当時のアメリカ財務長官のスノー氏で手紙を書き、積極財政で日本経済を刺激すると、日本が大躍進をし、財政も健全化するという日経新聞の試算結果も添えて送りました。すぐに「あなたの考えに賛成する」という内容の返事が代理の人から来ました。私は、アメリカ財務省に電話し直接話しをしたいと申し入れ、アポイントを取ってワシントンに行き財務省の方に詳しく説明し、アメリカ財務省も全く私の考えと同じだと確認しました。詳しくは日本経済復活の会のホームページ(http://tek.jp/p/)の中の「活動」を見て頂きたい。

 私の考えでは、積極財政をさせないようにしたのは小泉さんだと思います。彼は自らを「浅学非才」と言い、自分は経済は全く分からないと言いながら、緊縮財政を強行しました。ブッシュ大統領に対し、「自分の経済政策を支持してくれたら、イラクに自衛隊を派遣する」という交換条件を提示したに違いありませんし、そのような要求であれば、ブッシュ氏も受け入れざるを得なかったのでしょう。

 2003年当時、国会議員の大半は景気対策に前向きだった。2003年の総裁選には小泉純一郎、藤井孝男、亀井静香、高村正彦の4氏が争ったが、小泉氏以外は積極財政を唱えていた。高村氏は総裁選立候補の直前に経済政策に関して教えて欲しいと連絡してきて、筆者は「積極財政が財政を健全化する」ということを説明し、高村氏はそのことを総裁選の討論会で説明しておられた。小泉氏は、国会議員の中での支持は少なかったのだが、マスコミをあやつる術は抜群にうまかったから当選できた。彼はマスコミを使って、世論を自由に動かしたし、積極財政を唱える人(植草一秀、森田実、リチャード・クー、紺谷典子、亀井静香、平沼赳夫、小林興起等)を徹底して弾圧した。

 森田実氏のホームページにも、「小泉批判をしないならテレビに出してやる」と言われたから出演を断ったと書いてある。植草一秀氏も逮捕前のテレビ出演でも小泉経済政策を批判できないようにテレビ局が仕組んでいると言っていた。2度の事件で逮捕されたが、2回とも、でっち上げだ。筆者はあの事件に関する取材を何度も受けたが、記者達は事件がでっち上げだと明らかに知っている。それなのにでっち上げだとは絶対に書けないようになっている。言論統制は完璧だ。竹村健一氏とも会って話したが、積極財政で日本経済が大躍進するという日経新聞社の試算結果をテレビで言ったら大変なことになると言っていた。しかし、「日本はここまで貧乏になった」という本を送ったら、報道2001で何度も引用してくれた。

 この種の話をし始めると際限なく続くし、筆者も身の危険を感じる。先日も税務調査と称して、身辺調査が来た。脱税などあるわけなく、一円も払わされることはなかったのだが、個人情報を徹底調査された。個人の通帳とか、日本経済復活の会のこととか、貸金庫の中身を見せろとか、過去に弁護士に相談した内容とか、税務調査にしては異例の質問が多かった。いつか私が自殺したとか、行方不明になったとしたら、これは口封じのためで、言論統制だと思って頂きたい。私は身の危険が及ぶとしても、いつまでも日本経済を復活させるために戦い続ける覚悟である。

 日本経済復活の会を立ち上げた2003年、世界を代表するノーベル経済学賞受賞者のサミュエルソン氏やクライン氏から激励の手紙が来た。2004年にはノーベル賞受賞者のスティグリッツ氏が我々のシンポジウムに来てくれることになっていたが、時間の都合がつかず、最終的にはクライン氏がシンポジウムに来てくれた。また現在のFRB議長のバーナンキ氏も日本にやって来て講演をしている。これらは全員アメリカ人だが、口をそろえて「刷ったお金を日本国民のために使いなさい」というアドバイスをしている。詳しくは日本経済復活の会のホームページを参照して頂きたい。

 これは日本のためだけではなく、アメリカ経済のためにも、世界経済のためにも大変メリットの大きい重要な政策なのである。(小野盛司)



(私のコメント)
アメリカのバーナンキFRB議長はヘリコプターマネーで有名ですが、アメリカは貿易赤字がひどいからインフレを誘発するだろう。貿易赤字とは国内に供給力が無いから海外から輸入をしている。国内の需要が多すぎるともいえますが、そこに金融緩和をしてヘリコプターから金をばら撒けば、もともと供給力が国内に無いのだからドルは値下がりしてインフレがひどくなるだけだ。

それに対して日本は貿易黒字国であるから、国内に供給力がありすぎて海外に製品を輸出している。需要が少なすぎるともいえるのですが、日本こそヘリコプターマネーで国民に金をばら撒いて需要を増やすべきなのだ。具体的に言えば大減税を行う事ですが、財務省はサラリーマン大増税を行なって需要を減らしてデフレにしてしまっている。さらには消費税の増税を狙っているようだ。

今は確定申告のシーズンですが、20%の「恒久減税」が無くなって負担が大きくなってしまった事を実感する。その分が確実に国に吸い上げられて需要が減ってしまった事になる。財務省はバカの集まりだから増税すれば税収は増えると思い込んでいるようですが、増税すれば確実に税収は減る。増税した分だけ消費が減って税収が落ちるからだ。消費税については「株式日記」のホームページに書いてあるとおりだ。

「恒久減税」は恒久的に続けられるはずだったのですが、小泉改革によって潰されてしまった。道路特定財源は「暫定税」のはずなのに1953年から半世紀以上も続いている。増税は「暫定」でも半永久的に続くのに、減税は「恒久」であっても数年で廃止されてしまう。小泉内閣は構造改革と称して財務省の官僚の言いなりの内閣だった。

小泉内閣以降の経済政策は財政再建と称する緊縮財政を行なっていますが、国家は家計とは違って通貨を発行する事ができる。国に借金が800兆円あると盛んに宣伝していますが、800兆円の国債は国が800兆円の紙幣を発行して買い取ってしまえば借金はゼロになる。家計や地方財政はそのようなわけには行かない。

日銀は金融緩和で銀行に融資枠を増やしていますが、工場が設備投資をしても供給力が増えて余計にデフレになってしまう。デフレという事は供給力よりも需要が少ないという事なのだから、大減税を行なって消費を増やすべきなのだ。しかし企業や法人減税では意味がなくて、サラリーマンなどの大衆減税が必要だ。消費税も臨時的にゼロにすべきだ。

小野氏が主張するように国の借金は返す必要が無く永久的に借り続けても何の問題も無い。国債の発行は紙幣の発行と基本的には変わるものではない。利息につく国債がいやで紙幣のほうが良いと言うのなら、国債を紙幣に換えてあげればいいのだ。財務省の官僚たちは紙幣と国債の本質を知らないのだ。

通貨の値打ちは生産力と労働力の事だから、工場生産がハイテク化されて生産力が飛躍的に増えれば通貨も増やさなければ、供給が過剰になってデフレになってしまう。余った製品をアメリカなどに輸出して日本はドルの残高を増やしていますが、日本には戻らずにアメリカに滞留して使われてしまっている。だから政府は手持ちの外貨を売って国内に円通貨の供給を増やして使わせるべきなのだ。

アメリカは農産物の輸出国であり、日本は工業製品の輸出国だ。農産物の生産高を倍増させるのはとても困難だが、工業製品の生産高を倍増させるのは簡単だ。どちらの国が豊かになるかといえば工業製品を売ったほうがはるかに儲かる。しかし作り過ぎれば値下げして売らなければならないから日本はデフレになってしまう。

それに対して農産物や石油などは生産は一定であり足りなくなれば値上がりする。アメリカは輪転機をフル回転させてドルを世界にばら撒いて物を買ってきた。だから石油や農産物が値上がりしてインフレになった。それに対して工業製品や住宅などは売れなくなって値下がりするようになっている。アメリカの輪転機経済も限界が来たという事だ。

これから売れる工業製品は石油を消費しない工業製品であり、ガソリン自動車は売れなくなり電気自動車が引っ張りだこになるだろう。発電にしても石油火力発電から原子力発電などが増えていかざるを得ない。その原子力発電で大規模な発電設備を作れるのは日本の三つのメーカーだけだ。つまりこれからのエネルギーと自動車などの生産手段は日本が鍵を握っている。

つまり日本は世界一豊かな国になる手段をもっているわけなのですが、財務省の官僚が日本を弱体化させてアメリカの属国支配の手下になってしまっている。小泉構造改革とはアメリカの属国支配体制を築くものであり、気がついた時は日本企業はアメリカ資本に買収されていたかもしれない。

そうなると日本国民がいくら働いても儲かるのは会社だけであり、儲かった企業の利益は株式配当として外人株主の元に行ってしまう。格差社会も小泉構造改革の成果ですが、株主や経営幹部は配当金ががっぽり入っても、従業員は非正規社員となり派遣やパートが主流になって賃金が低下する一方になる。そうなると一層消費が停滞してデフレが定着してしまう。

このような格差社会を是正できるのが国の役割なのですが、財務省の税制は反対の事をしている。アメリカの新自由主義経済を取り入れれば経済が活性化されるのだろうか。消費が増えなければ経済が活性化することは無い。消費を増やすには減税しかなく、景気が回復すれば税の増収となって財政再建は早まる。ところが財務省は逆の事をやっている。




イージス艦は、高いだけの商品。超絶兵器じゃない。しかも、
売ったあとからアメリカが完全に遠隔コントロールできる。


2008年3月5日 水曜日

ある米国設計の誘導弾搭載型巡洋艦艦長の心の中の台詞(想像) 3月5日 兵頭二十八

(前略)
昔の名物艦長はね。モチベーションがあったですよ。偉くなって、自分が連合艦隊を率いてアメリカ海軍に対抗しなくちゃならないっていうね。
 ロシア海軍やアメリカ海軍に勝つ方法を考えるやつが、偉いやつだった。
 今はどうかといいますとね。上司に逆らわず、内局に逆らわず、外務省の安保課の阿保ったれに逆らわず、アメリカ国防総省サマに逆らわず、マッカーサー憲法様にタテつかず、温顔でスピーチを卒無くこなし、山田洋行みたいなスキャンダルに関しては退職後も絶対に他言はしそうにはないと周囲から信用され、任期中に直属の部下が事故を起こさないという強運にも恵まれている……っていうのが出世頭でやす。憚りながらこのわたくし奴。模範でやす。鑑でやす。

 ですからね、いつしか口の利き様も、旗本くずれの野だいこか幇間ふうになっちゃうんですよ。ウヒョー、おそれ、おそれ……。

 このイージス艦ってやつね。もともと海自の方から「くれ」って要求したんじゃないんですよ。わが帝国海軍が欲しいのは昔っからね、空母か、しからずんば原潜。防空巡洋艦なんてね、欲しくもなかった。だいたいソ連のバックファイアーなんて、旧海軍の一式陸攻と同じコンセプトでしょ。

 まあ考えてみてくださいよ。本当にすごい兵器なら、アメリカは外国に「導入しろ」とは言いません。いま、F-22を空自が買えないでしょ。本当にすごい、北京がビビるような兵器なんだなってわかりますよ。空母や原潜もアメリカ議会は輸出させませんよ。同じ理由ですわね。
 イージス艦は、高いだけの商品。超絶兵器じゃない。しかも、売ったあとからアメリカが完全に遠隔コントロールできる。空自のAWACSと似てますわなぁ。

 まあ、これだけ高額の装備をですよ、海自から内局を通じて大蔵省に要求してみたところで、ウチのサラリーマン内局にどうしてその必要性の説得ができたもんですか。予算が通りはしなかったでしょう。イギリスですら買ってなかったしね。

 けどね。レーガン政権が唐突に「買いなさい」と日本外務省に命令してきた。これは、アメリカ様の命令ですから、「対大蔵」折衝の必要がなかった。天国ですわ。ヘヴンですわ、もう。
 バウにね、「スターズアンドストライプスの御紋章」ですよ。いまじゃこれにブッシュ政権の「MD買いなさい命令」も一枚加わってるんだから、海自のイージス関連だけは、もう無敵。
 こんご防衛省や自衛隊にどんな逆風が吹いたって、肩で風切って市ヶ谷を歩けるのはイージスがらみだけ。この野だいこ様だけでやんす。

 でも、このフネでもって守れるのは、米国の空母と、在日米軍の基地だけでやんす。
 あっしも艦長サマですけどね。艦内には米国製コンピュータ様という「司令部」が同居してるんですわ。だから真にこのフネを動かしているのは、ペンタゴンの将軍さまたち。
 MD実験に参加したって、データは全部アメリカの軍事メーカーの民間人が持ってっちまう。え、アメリカの民間人を乗せてるのかって? いやあ、これは厳秘なんですけどね。メーカーの人がつきっきりじゃないと、このコンピュータ、動かせないんですわ。日本人はoff リミットな空間がありましてね。艦長も立ち入れない。
 だから八つ手の早駕籠ならぬSH-60か、猪木舟ならぬランチでいちはやく見返り柳の向こう側、米軍地区までお連れ出し申し上げないと、はばかりがねェ……。

 海保や警察の中にもしシナのスパイが混じっていると、このコンピュータに細工を仕掛けられちゃうんで、わっちらがというよりはアメ様が困るんですけど、さすがに最前線で日々シナ人とやりあってる彼らは、そこまでスリーパーには浸透されてないでしょう。もちろん外務省経由で「オフリミット区画には踏み込むな」というホワイトハウス様からの御触れも、しっかと伝達されていることでしょう。錦の御旗に守られる我ら。重宝なもんですわ。



衝突事故でのフジテレビ録画取材  2月23日 太田述正

(前略)
日本の場合は、もう一つ問題があります。
 背広組がいわゆるシビリアンコントロールを文官統制とはき違えて制服組の上に君臨していることです。
 この背広組も制服組同様、何を秘匿すべきかの感覚がなく、情報開示の方法も分からないのはもちろんですが、これに加えて自衛隊の装備や運用についてほとんど無知である上、秘匿事項の取り扱いの教育すら受けていません。
 最後の点ですが、背広組は政治家やマスコミの記者に秘匿事項であろうがなかろうが、リークすることによって政治家についての情報や防衛省に係る人事情報をとろうとしてきました。
 こんな背広組を通さなければ、制服組は情報を防衛大臣や官邸に上げることができないのですから、制服組がいかなる情報をどの程度上げるべきか思案に暮れたり、その挙げ句情報を上げるべきタイミングを失したりすることが起こるのは当然です。
 最近では、制服組が直接大臣に情報を上げることができるケースが出てきているようですが、直接と言っても、相手は背広組の大臣秘書官ですから、同じことです。

 ではどうすべきか。
 一つには、背広組に秘匿事項の取り扱いの教育を施すとともに、背広組キャリアや制服組幹部向けに情報開示の方法についてみっちり教育訓練を行うことです。
 二つには、防衛省内外の抵抗勢力を押し切って、背広組と制服組が機能分担しつつ対等な立場で防衛大臣を補佐する態勢を構築することです。この関連で、自衛隊の運用事項(事故を含む)は制服組の担当とし、情報を背広組が全く関与しない形で大臣に上げられるようにすべきです。
 三つには、最も困難なことですが、国民が、政治家を通じて自衛隊に実戦を伴う具体的任務を与えることです。そのためには少なくとも憲法第9条の政府解釈の変更が必要になります。


(私のコメント)
海上自衛隊の護衛艦がベトナムでも接触事故などを起こしているようですが、海上自衛隊のたるみぶりは現場を引き締めたところで治るものではない。戦闘の出来ない軍隊なのだから現場がたるむのは必然的なものであり、艦長だけを責め立てるのは、末端だけを罰しても政治が腐っていれば現場もまたすぐ腐る。

兵頭氏のブログに書かれたように、現在の自衛隊は何事にも逆らわずに、サラリーマンのように従順なだけの人物が出世が出来る。「あたご」の艦長もそのようなサラリーマン艦長なのだろう。昔の帝国海軍時代の軍艦には名物艦長がいて仕官などはびくびくものなのですが、米内光政流のダメ艦長が率いると船を座礁させてしまう。そんな人物がなぜ海軍大臣にまで出世が出来たのだろうか? 

沿岸から40キロ足らずの漁船がうようよしている海域をオートパイロットで航行すれば、いつかは衝突事故を起こすのは当たり前であって、海上自衛隊の「たるみ」は防衛省全体の「たるみ」の象徴だ。自衛隊は戦争が出来ない軍隊なのだからサラリーマンであっても良い訳で、名物艦長などいればすぐに排除されてしまうだろう。やる気のある人物ほどまわりから疎まれてしまう。

兵頭氏によればイージス艦などというものは、データなどもみんなアメリカに管理されてしまって、日本の護衛艦でありながら実質的にはアメリカ海軍にコントロールされた護衛艦になってしまう。ハワイ沖でのミサイル迎撃実験にしても傍にいたアメリカのイージス艦からデータをもらいながら実験をしていたくらいで、GPSも偵察衛星もみんなアメリカのデータだから海上自衛隊にとっては、ますますアメリカ軍に組み込まれた形になってしまう。

イージス艦にしても重要な部分はみんなブラックボックスになっていて日本にとっては何の意味のある巡洋艦なのか分からない。防衛省の内局などはサラリーマンだから防衛の事などわからないからアメリカの言うがままの兵器を売りつけられて、本当に必要な装備が整えられない。海上自衛隊に本当に必要な兵器とは原子力潜水艦なのですが、作る気配も見られない。

いわば外務省と防衛省はアメリカに間接管理された役所であり、アメリカ政府の連絡事務所のようなものだ。だから本当に必要な外交政策や防衛政策が日本の国会では討議がされないのだ。昨日今日と国会の予算審議が止まっていますが、日本に国会があっても無くても中央官庁があれば何の問題もないという証拠だ。

日本の防衛省は大臣と自衛隊の間に内局が入っていて、実質的に自衛隊を指揮しているのは内局の事務官たちだ。これではとても戦争が出来る組織ではなくパレード用の軍隊なのだ。このように実情を知れば知るほど日本がアメリカに管理されている実態が分かるのですが、日本のマスコミは毎年アメリカから突きつけられる「年次改革要望書」の実態すら報道しようとはしない。

日本の自衛隊が本当に独立した軍隊となる事に反対しているのはアメリカだ。中国がいくら軍備を増強して国防予算が6兆円を越えてもアメリカにとってはたいした脅威ではないだろう。しかし日本の軍隊が本当に戦える組織になったら一番脅威を感ずるのはアメリカ軍だ。だから見えない形で自衛隊を徐々に骨抜きにされてアメリカ軍の管理下に置かれてしまったのだ。

「株式日記」では前からスパイ防止法を作れと主張しているのですが、日本には外国のスパイ組織のエージェントが各方面にネットワークを築いているから、国会議員も取り込まれてしまって作る事が出来ない。だからたとえ捕まっても懲役1年ですんでしまう。

3月3日の「株式日記」でも書いたように、日本には親米保守と左翼リベラルしか言論勢力がなくて、愛国保守派は政治勢力としては無きに等しい。自民党はほとんどが親米保守であり、反米保守と言えるには無所属の西村眞悟議員ぐらいなものだ。しかし西村議員もスキャンダルを暴露されてテレビにも出られなくなってしまった。スパイにやられたのだ。

石破防衛大臣も軍事オタクとして有名ですが、しかし軍事には素人である事に変わりがない。福田総理大臣にしても最高軍司令官としての素養はまったくない。日本はこれでいいのかという警鐘を「株式日記」で訴えても、日本が変わるわけではない。他のブログを読んでも真面目に書かれたものは少なく、「株式日記」よりも愛犬の写真をアップしただけのブログのほうがアクセス数が多い。戦後教育によって日本人は洗脳されて国防問題など考えないような日本人にされてしまったのだ。




米国で見る新聞はどれもドル暴落の記事。そしてアメリカの景気悪化。
陰の極。モーゲージ金利も上昇、地方債のデフォルトの可能性。


2008年3月4日 火曜日

米国経済の行方 3月3日 経済コラムマガジン

第二ステージの始まり
金融市場の撹乱要因であったモノライン問題にも一応の解決の道筋(モノライン大手の格下げは延期されたが、救済策はまだ揉めている)が見えてきたとして、株式市場も一時的に落着きを取戻した。しかし2月末から市場が再び大きく動揺し始めた。きっかけはバーナンキFRB議長の議会証言である。「大手金融機関は大丈夫であるが、中小の銀行の破綻は有りうる」と述べた。

この発言を受けて2月29日のニューヨーク株式市場では、ダウ平均が316ドルマイナスと大幅に下落した。本誌は「今回の米国経済の危機はサブプライム問題に端を発した。しかしとてもこれだけでは収まらない。」とずっと主張してきた。おそらく市場参加者も薄々そのことを承知していたはずである。バーナンキFRB議長は恐れていた現実を人々の前に示したことになる。サブプライム問題に端を発する一連の出来事(欧米金融機関の巨額な損失の発生やモノライン会社の格下げ騒動)が第一のステージなら、これから第二のステージが始まる。(中略)

筆者は少なくともV字回復は無理と考えている。米国は長い間、先進国の中で高い経済成長を続けていた。したがって情勢が落着けば、また高い経済成長が復活するという人が多い。しかし筆者はこれは錯覚と考える。

筆者は、米国の経済成長が高かった大きな理由は、ヒスパニックなどの移民の経済活動が活発だったことと理解している。具体的には住宅建設である。まさに今日問題になっているサブプライムローンによる住宅投資がかなり米国経済を引張っていたのである。07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」で述べたように、「内なる新興国」、つまりヒスパニックを中心とした移民社会の活発な経済活動によって、米国経済は高い経済成長率を実現してきたのである。

一国の経済が成長するには、貯蓄を投資や消費に使う主体(具体的には政府、民間企業、家計など)が必要である。米国では「内なる新興国」が住宅投資を活発に行ってこの貯蓄を使っていた。また高い経済成長に引かれ、日本やアジアそして産油国から大きな資金が米国に流入し、これが住宅や不動産の次のバブルを形成した。

しかし経済の牽引役だった「内なる新興国」は消滅したのである。これがV字回復は無理という二つ目の理由である。サブプライムローンが復活しない限り(このようなことは非現実的である)、おそらく「内なる新興国」は復活はしない。つまり米国は経済成長の大きな要素がなくなったのである。また民間企業の投資の増加も期待薄である。米国企業が投資を増やすとしても、国内ではなく海外である。したがって貯蓄を使う主体は政府しかない。このような状況ではV字回復なんてとても考えられない。


第二のパニック 3月4日 松藤民輔

NYダウが12,284のクリティカルポイントを切った。大きな三角のペナントをチャートに作り、それをわずか流した向きに向かい始めた。1月22日のパニックから調整していたが時間的にも幅も充分。いよいよ次なるトレンドに向かい始める。円が102円。米国で見る新聞はどれもドル暴落の記事。そしてアメリカの景気悪化。救いようの無いアメリカ。陰の極。モーゲージ金利も上昇、地方債のデフォルトの可能性。

昨日のFTには実に3,500の地方債が格下げに成ったとか?そんな記事。本当なら?本当なのだろうに。恐慌ではないか。だから金が973ドルの史上最高値になったのか?銀にアップサイドイグゾーション。1年前の米国不動産株に出た同じシグナル。銀の異常な値上がりは金の比ではなかった。銀の動き、それは世界の市場の大きな転換点を示している。

今週銀が暴落すれば?この2〜3日以内にあるいは1〜2週間以内に。それは2006年の5月に起きた銀の大きな変化と、その後10日ほどで起きた世界の全市場の変化を思い出させる。金は705ドルから500ドル台に、銅もダウも史上最高をつけた。今度はその反対のコントラクションが始まる。日経にかかれない記事。米国のクレジットマーケットの大混乱。一部地方債(ミュニシパルボンド)のデフォルトと格下げ、そして異常に下げた2年債の金利は僕に異常な出来事がやって来ることを確信させる。NY、マネーセンターバンクのトラブルはその通貨を強くする。米国株の暴落や銀行のデフォルトはドルを強くする。 

102円のドルなら買いたいものだ。



(私のコメント)
アメリカの実体経済はまだいいのでしょうが、信用不安が広がってきてドル安に拍車をかけているようだ。バーナンキFRB議長の発言は信用不安を煽るようなものでしたが、本当はどんなものなのだろうか? テレビのニュースや新聞記事を見てもなかなか世界経済の実態がつかめませんが、松藤氏のブログを読むとアメリカの新聞は悲観一色のようだ。

日本の株式も円高を受けて大暴落ですが、石油や一次産品が上がっているのだから日本経済にとっては円高はプラスの面もあるから、アメリカへの輸出にはマイナスでも、その他の国へはユーロ高の影響もあってマイナスではないはずだ。むしろ金融不安が欧米に広がって金融市場の機能が停止するほうが恐い。

アメリカでは債券の借り換えも困難な状況だから、調達金利は急上昇なのですが、短期金利は利下げで下がっている。銀行は安い金利の資金はあっても貸し渋りでどこも貸さなくて、貸し渋りと貸しはがしが横行しているのではないだろうか? 特に地方債が借り換えが出来なくてデフォルトするところが出て来るかもしれない。

債券を持っている金融機関も売りたくても買い手がいないから、短期国債以外は売買が難しい。日本の銀行の場合は株をたくさん保有していたから売る事で何とか調達してきたのでしょうが、アメリカの銀行は株を持たない。担保不動産も右から左には売れないから現金化が難しいだろう。

このように不況とは違って金融不安は表に表れないから、実態が分かる人は経営者か経理担当重役ぐらいなのだろう。そしてある日に突然金融機関が倒産したりする。最後の最後まで金融機関の経営者は実態を隠すから、朝の朝刊のトップに倒産の記事が出るまで一般人には分からないのだ。

アメリカの短期金利の引き下げで円キャリの逆流が起きて円高になるのは予想された事であり、今月も金利が引き下げられれば日米の金利差はさらに小さくなりドル安円高がさらに進むのだろう。このようなドル安が続けばドルに連動していた通貨も離脱するか大幅な切り上げが必要になってくる。中国にしても100ドル原油が定着すれば元の切り上げをしなければ高い石油を買い続ける事になる。

中東の湾岸諸国もドルにリンクしていますが、目減りする通貨で売る事になるから石油値上げが続く事になる。イランみたいにドルからユーロや円で売った方が得だから、いずれサウジアラビアもユーロで石油を売るときが近づいている。そうなるとドルの需要が大きく減って、日本などもドルで外貨を保有する意味がなくなり、アメリカの農産物ぐらいしかドルの需要は無くなる。

いづれ大手の金融機関の倒産やや地方債のデフォルトが新聞のトップを飾る時が来るだろう。政府系のファンドもアメリカが危ないとなればアメリカの金融機関に投資をしなくなり、アメリカ政府が直接救済に乗り出すだろう。しかしどれを救済してどれを潰すかの問題があって政府もなかなか踏み出しにくい面がある。

日本のバブル崩壊も土地の値下がりが止まるまで続きましたが、アメリカのバブル崩壊も住宅価格が下げ止まるまで続くだろう。しかし景気とのスパイラル効果でどこが底になるかが見えない。日本は15年も土地が下がり続けましたが、アメリカはどれくらい続くのだろうか? 

経済コラムマガジンではアメリカ経済のV字回復はありえないと予想していますが、ヒスパニックなどの移民の失業が大量に発生して社会問題化していくだろう。今までは景気の好調さと移民の増加が住宅需要を支えてきましたが、景気が悪化すれば逆循環が起きて住宅も下がり続けて長期化するだろう。




「古い保守」はアメリカ=味方である。日米安保体制は揺るぎ
ないものだ。自衛隊は仲間である。といった意識が過剰である。


2008年3月3日 月曜日

保守言論の劣化と内部糾弾 3月2日 Munchener Brucke

 保守言論の劣化が指摘されて久しい。しかし、これまでの指摘は最近右傾化した若者のレイシズムに近い言説に対するものが多く、2ちゃんねる批判と相まって語られることが多かった。私も、この認識に立って、右傾化した若者を多く批判してきた。

 しかし、この認識は一部誤りのようで、80年代に左翼がまだ力を持っていた時代に奮闘していた「古い保守」世代に劣化が顕著に見られる。それは90年代以降の「若い保守」からの「古い保守」への批判という形で露呈しているのが特徴だ。

 まずは沖縄戦に関する教科書記述問題に端を発し、小林よしのりの八木秀次らの沖縄批判に対する違和感や、山崎行太郎氏による曽野綾子批判に見ることができる。

 最近では、米軍による沖縄の女子中学生暴行事件やイージス艦衝突事件などでの産経新聞客員論説員花岡信昭氏への批判に見ることができる。彼の産経新聞の記事に対し、保守的傾向の強いIZA!ブロガーからの批判が集中している。

 共通していえることは、「古い保守」世代が冷戦構造、55年体制から脱却できておらず、その時代の対立構造を引きずっており、左翼に対する敵対意識が過剰な点が挙げられる。「古い保守」はアメリカ=味方である。日米安保体制は揺るぎないものだ。自衛隊は仲間である。といった意識が過剰である。

 90年代以降右傾化した世代は、既に左翼は弱体化していて、対抗意識を燃やす必要がないため思想が自由である。また冷戦構図の呪縛から開放され、アメリカに対する味方意識が薄い。その為、米軍がからむ不祥事に対し、自然に米軍に対し怒りを覚え、結果的に左翼と共闘することになっても抵抗感がないのである。

 「古い保守」の場合、劣化というより言論としての賞味期限が切れて受け入れられなくなったと考えたほうがいい。その意味では「古い保守」は「古い左翼」と同じ運命を辿っているのである。ただ彼らは世の中が右傾化していることを過信して、自らの言説の賞味期限切れに気づかずに腐った飯を出し続けているのでたちが悪い。


反米保守の一般的な思想傾向 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

反米保守の思想は、基本的に戦前・戦中の大日本帝国の流れを汲む面がある。支那事変から大東亜戦争に至る一連の軍事行動に関しては「アジア解放および自存自衛のための戦い」「中国、アメリカの挑発により仕掛けられた陰謀」として背定している者もいる。戦後民主主義を、占領軍と国内の左翼勢力が結託した日本の伝統や主体性に対する否定行為と非難している。

冷戦時代は共産主義に対する脅威のため反共主義でアメリカ合衆国・親米保守とやむなく妥協していたが、冷戦構造の終結やイラク戦争、また2001年の靖国神社参拝を公式に掲げて登場した小泉純一郎政権の登場や中国・北朝鮮脅威論を背景に近年台頭してきている(なお、小泉政権そのものは対米従属的立場を続けていたことが、反米保守の批判対象ともなっている。また、前述の靖国参拝で小泉が2006年まで終戦の日を避け続けてきたことへの批判は根強い)。

傾向として、「ヤルタ・ポツダム体制(通称・Y・P体制)打倒」を掲げる新右翼に似ている。親台派・親アジア(中国、北朝鮮を含まない)派が多く、米国・中国・北朝鮮・ロシアなどの近隣諸国に批判的で、日本の伝統を重んじる傾向にある。韓国に対しては、北朝鮮に対する太陽政策に批判的で、北風政策を支持しており体制変換を望んでいる。外交では、拉致問題の早期解決の為に経済制裁を発動する意見が多く、対中・韓においても、領土問題や歴史認識等で批判的な立場を取る。また、台湾・東トルキスタン・チベット・南モンゴル・満洲の独立を支持している場合がある。しかし感情論のみの反中・嫌韓論的な意見には、批判的である。

歴史認識では、大東亜戦争にはおおむね肯定的で、支那事変に関しては、日華両国や中国共産党それぞれに責任があると考えているが、南京大虐殺や三光作戦などは中共政府や台湾国民政府のプロパガンダという認識をしている。さらに大東亜戦争に関連して、日本を戦争へと追い込み空襲・原爆投下などの残虐行為を行い、遂には日本を占領し不当な国家改造を行い、憲法を押し付けたとしてアメリカを批判し、反米の一つの根拠としているほか、日本が大東亜戦争を通じて(多分に結果的な側面はあるにしろ)アジア諸国の独立を援助したとして評価し、現在の日本もアメリカと一定の距離をとり、アジア諸国との共存の道を歩むべきだと主張する。この点は戦前の玄洋社に代表される大アジア主義と類似している。

国防に関しては思想家レベルでは自主防衛・軍備増強を主張しているが、政治家レベルの実際の行動においてはアメリカによる核抑止力所謂「核の傘」については否定的で単独核武装を親米保守派よりも望む傾向にある。軍備増強を強く望み、如何なる外国の干渉は排除することで日本の主権は守られるとしている。親米保守派が日米同盟の枠内での核武装・英国型の米国との核の共同開発を主張するのに対し、かつてシャルル・ド・ゴール元フランス大統領が目指した米国とは一線を画す「単独核武装論」に似ている。

反米の姿勢が特に顕著に現れている面として、イラク戦争を侵略戦争と認識、対米従属を懸念する。この点は、保守であってもイラク戦争を支持・肯定する立場とは相容れない部分であり、親米保守との大きな対立点となっている。多くの保守派がイラク問題において対米従属になびいていると批判し、反米こそが真正保守であるという人もいる(西部邁など)。

郵政民営化や皇室典範改正など小泉内閣の政策の多くに対して日本の伝統的な慣習を破壊するという理由から反対で、憲法改正には賛成だが、それによる対米従属強化を警戒し、日本の真の独立(自主独立)を志向している。そのため核保有に対して肯定的。郵政民営化に反対したため、2005年の解散・総選挙で小泉自民党執行部に「刺客」候補を送り込まれて落選した城内実は自らの立場を「真正保守主義」、「革新的な保守主義者」であるとして[1]、「最近の規制緩和路線、市場原理主義、株式至上主義の行き着くところはアメリカ型の格差社会である。格差が広がりつつあることは、現場の声を聞けば明らかである」[2]と小泉内閣を激しく批判し、月刊『現代』2006年7月号誌上で平沼赳夫、関岡英之との鼎談「アメリカ崇拝政治を排し、保守を再生せよ!」を行っている


(私のコメント)
イージス艦「あたご」と漁船の衝突事故は、2ちゃんねるなどにおいても海上自衛隊を擁護する意見が見られます。しかし「株式日記」では、これを単なる事故とは見ずに日本の防衛に関する「たるみ」として見ています。日本の防衛はアメリカ任せだから自衛隊は鬼っ子扱いされて日陰者である。そうなると現場の護衛艦は単なる遊覧船に武器を積んだだけの船になってしまい、防衛官僚は5兆円の防衛予算にたかるシロアリになってしまう。

根本には憲法9条と日米安保体制があるから、日本の自衛隊は腐敗堕落してしまうのであり、「あたご」に対しても軍法会議は開かれない。日本には軍隊が無いから軍法会議は開かれないのだ。

愛国保守派から見れば親米保守派と左翼リベラルは仲間なのであり、親米英保守派は安保堅持であり、安保がある限り憲法改正は無理だろう。アメリカは左翼を背後から煽って平和憲法を守れと中国や韓国と連携を組んでいる。その構造が浮かびがって来たのが従軍慰安婦問題であり、戦後政治からの脱却を訴えた安倍総理を辞任に追い込んだ。

いわば親米ポチ保守と左翼リベラルは一体となって日本をアメリカの保護下に置いて、日本を弱体化させるアメリカと中国の戦略の意図せざる内部協力者なのだ。安倍総理は憲法改正を目指した内閣なのですが、アメリカの思わぬ抵抗にあって挫折した。愛国保守派は安倍総理を支えるには弱体すぎたのであり、最後まで靖国神社に参拝しなかった事が参院選で敗北した原因だ。

昨日は米英同盟の崩壊と多極化する世界について書きましたが、日本は米英同盟に加担すべきなのか、あるいは田中宇氏のように多極化の流れの中での一極として自立すべきかという問題がある。愛国保守派としてはこれからの米英の出方次第だろう。

米英同盟は海洋国家戦略として馴染みやすい。もしアメリカが日本に対して原子力潜水艦や核ミサイルの保有を認めるならば米英同盟に加わる意味があるだろう。日本とオーストラリアとの同盟もその伏線にあるのかもしれない。

それに対する多極化主義とはアメリカ、EU、ロシア、中国、日本といった大国が並存する体制であり、グローバル社会の根本理念だ。資本家などはこのような見方が多いのですが、アメリカの資本家なども米英同盟は冷戦構造のイデオロギーであるとみて、イギリスやイスラエルの干渉を断ち切ろうという戦略だ。

経済の世界ではこのような多極化の流れは続くだろう。しかし軍事戦略の世界ではユーラシア大陸国家と海洋国家との地政学的対立は存在するのであり、中東の石油をユーラシア国家が支配するか、海洋国家が支配するのかの対立は避けられない。日本にとってもどちらに組するかという問題も当然ある。

米英同盟にとってはイギリスがイスラエルを使ってアメリカの政界に食い込んでいるのは問題だ。だからイラク戦争も起きたのであり、この事が米英同盟を崩壊させる原因となるかもしれない。イギリスも最近は焼きがまわってきて戦略ミスがよく目立つ。

日英同盟の解消もシンガポール要塞や香港要塞を失う原因となったし、インドやアジアの植民地を失う結果となった。イスラエルを使ってのテロとの戦いも冷戦体制の再来となならずアメリカの離反を招く結果となるだろう。そしてEUの発足は独仏主導のヨーロッパ体制となりイギリスはスコットランドも独立して小国となるだろう。

日本としては米英同盟の一翼となって海洋同盟戦略が望ましいのでしょうが、イギリスもアメリカも信用できる国ではない。日本もナチスドイツとの同盟を組むなど戦略的に無知なところがある。日本が大陸国家と同盟を組んでも大陸の紛争に巻き込まれるだけであり、戦前の軍部は馬鹿だった。日本も日英同盟を組んでいれば石油の供給は確保されてイギリスの権益を侵すような中国への進出は避けたであろう。

現在の日米安保は日本を封じ込めておく為のものであり、アメリカの覇権が強大なうちはどうする事もできないが、アメリカが衰退してアジアから撤退していった時は日本がその空白を埋める必要があるだろう。ヨーロッパ方面はEUが出来た事でイギリスの役割は終わったが、アジアは中国の台頭がアメリカを脅かす事になる。だから日本はイギリスのように原子力潜水艦を持ち核武装も認めて対抗する必要がある。冷戦はアジアでは決着がついていない。

親米ポチ保守派は安保を堅持する事が憲法改正を困難にしていることに気がついていない。左翼も護憲が安保を堅持する結果となる事に気がついていない。どちらもアメリカの思惑のままに動いているのですが、日本は自主独立した軍事大国になる事が米英との対等な軍事同盟となり、海洋同盟国家としての戦略の一翼となることが出来る。あるいは多極化した世界においても一極としての地位を保つ事ができるのだ。




米英同盟の崩壊、金融財政危機と国土縮小の末、イギリスはアメリカを
操作して世界を間接支配することができなくなりEUに幽閉される。


2008年3月2日 日曜日

資本の論理と帝国の論理 2月28日  田中 宇

▼テロ戦争で巻き返そうとした英イスラエル

 冷戦終結は資本家の勝利だったが、その後、イギリスが反乱してこないよう、冷戦終結と並行して起きた第2次グローバリゼーションで、アメリカだけでなくイギリスも大儲けできる金融システムが採用され、ロンドンはニューヨークと並ぶ世界金融の中心となった。だが1997年のアジア発の国際通貨危機は、米英中心の金融覇権が永続しないことを感じさせた。

(通貨危機の際、IMFが東南アジアや中南米諸国に過度に厳しい借金取り戦略を採り、反米感情を煽った行為には、隠れ多極主義の臭いがする)

 その後イギリスは、イスラム側と戦うイスラエルや、軍事予算増を求める米の軍産複合体ともに「第2冷戦」的なイスラム過激派との永続的テロ戦争を画策した。アメリカでは99年ごろから「近いうちにイスラム教徒によるテロがある」と喧伝され、01年の911でそれが現実化した。この前後、マスコミを使ってイスラム側を極悪に描く、イギリスお得意の善悪操作術が展開された。

 マスコミ制御を英イスラエル側に取られ、議会では反イスラエルの言動も許されないがんじがらめの状況下で、現ブッシュ政権が採った戦略は「英イスラエルの意のままに動きつつ、それを過激にやりすぎることで、英イスラエルの戦略を潰す」という、隠れ多極主義だった(レーガンやニクソンも似た戦略を採っており、ブッシュ政権の発明ではないが)。

 ブッシュ政権の隠れ多極主義は今、成功の直前まできている。ブッシュは今年、任期末なので再選努力をする必要もなく、イスラエルに気兼ねせず好き放題ができる。イスラエルは、イスラム側との自滅的な最終戦争にいつ突入してもおかしくない。イスラエル軍が予定しているガザ大侵攻が、大戦争の幕を落としそうだ。

 金融界では、連銀のグリーンスパン前議長が先日、アラブ産油国(GCC)にドルペッグ破棄を勧めた。連銀のバーナンキ現議長は「アメリカの不況はひどくなる」と景気に冷水を浴びせる発言を何度も繰り返している。いずれも、金融とドルの覇権の大舞台を支える大黒柱を斧で切り倒そうとする、多極化誘発の言動である。かつてイギリス好みの戦争機関の一部だった米連銀は、今では隠れ多極主義の資本家の手先に成り変わっている。(関連記事

▼イギリスをEUに幽閉する

 アメリカが金融崩壊していくと、同じ金融システムに乗っているイギリスも連鎖的に崩壊する。以前の記事に書いたように、イギリスは今年、金融財政の危機になると予測されている。スコットランドでは、イギリスから分離独立を目指す動きも続いており、独立支持の元俳優ショーン・コネリーは最近、77歳の自分が死ぬ前にスコットランドは独立すると発言している。(関連記事

 米英同盟の崩壊、金融財政危機と国土縮小の末、イギリスはアメリカを操作して世界を間接支配することができなくなり、EUに本格加盟せざるを得なくなるだろうが、EUでは今、リスボン条約などによって、政治統合が着々と進んでいる。独仏はすでに軍事外交の統合で合意しており、イギリスもEUに本格加盟するなら、軍事外交の権限をEU本部に明け渡さねばならない。

 これは、イギリスが外交力を駆使してアメリカを牛耳ることを永久に不可能にする。アメリカの資本家から見れば、いまいましいイギリスをEUに永久に幽閉することができる。

 イギリスは、EUを牛耳って覇権の謀略を続けようとするかもしれないが、かつて二度もイギリスに引っかけられて潰された上、50年の東西分割の刑に処されたドイツは、もう騙されないだろう。サルコジのフランスも、親英的なふりをしつつ実際には多極化の方に乗る狡猾な戦略を展開している。独仏とも、イギリスの長年の謀略から解放されたいはずである。

 アメリカは、イギリスとイスラエルから解放されて国際不干渉主義に戻っていくだろうし、ロシアや中国や中東(GCC+イラン+トルコ)も、米英覇権から抜け、独自の地域覇権の勢力になっていくだろうから、たとえイギリスがEUを牛耳れたとしても大したことはできず、世界は多極化していくだろう。アメリカを好戦的にしていたイギリスとイスラエルが無力化されることで、世界は今より安定した状態になることが期待できる。



(私のコメント)
2月の16日の「株式日記」で「世界を支配するには、富・知・力の三つにおいて、他の国に対して優位に立たなければならない。そして、その中で一番重要なのは知的支配であろう」という永井氏のブログを紹介しましたが、田中氏のブログでは「イギリスはアメリカを操作して世界を間接支配することが出来なくなる」と分析している。つまりイギリスはアメリカを知的支配してきたが、スコットランドの独立や金融崩壊によってEUに幽閉されて、アメリカを操作する力を失うかもしれない。

かつてはイギリスはアメリカの宗主国であり、アメリカは植民地であった。アメリカはイギリスから独立はしても知的支配から逃れる事は出来なかったのだろう。イギリスもずる賢いからイスラエルを使ってアメリカを間接的に支配して、米英による世界支配体制を構築してきた。

しかし二度にわたる世界大戦はイギリスからアメリカへの覇権の移動を物語るものですが、アメリカ人のような単純なカウボーイでは世界支配など出来るはずが無く、イギリスの知的支配にアメリカは操られてきた。16世紀以来の帝国支配のノウハウはイギリスがもっていた。

しかし、ヨーロッパ大陸におけるドイツの台頭はイギリスの劣勢を明らかにするものであり、二度にわたる世界大戦はアメリカをイギリス側に引き入れてドイツを分割して米英体制を維持する事が出来た。アメリカ自身は何もヨーロッパの大戦に参加する必要は無かったのですが、知的支配でアメリカは操られていたのだ。

イギリスと新興国ドイツとの勢力争いは第二次大戦で決着がついたのですが、ドイツはEU設立で平和的にヨーロッパの統一に乗り出して成功している。それに対してニクソンやレーガンといったアメリカの西海岸出身の大統領は脱イギリスを目指して、中国と国交を結んだり、ドイツの統一を認めたりして動き始めた。

ドイツの統一はヨーロッパの統一の伏線であり、イギリスが仕掛けた冷戦体制の崩壊でもあった。ゴルバチョフとレーガンはどのような話し合いをしたのか分かりませんが、ソ連の経済的行き詰まりは明らかであり、西側の資本が必要であった。このような状況ではアメリカの資本家はイギリスが邪魔になってきた。

イギリスは冷戦体制でドイツを分断したままにしておきたかったのですが、レーガンとゴルバチョフは利害が一致してドイツの再統一を認めた。それはイギリスの没落とドイツによる平和的ヨーロッパの統一へと繋がった。イギリスもイスラエルを使って新冷戦時代を築く為に動いたが、それがテロとの戦いだ。

田中氏によれば、アメリカはテロとの戦いをやりすぎる事による破綻をすることで、多極化を実現しようとしているという分析ですが、イラク戦争は最初からアメリカはやる気が無くて、わざと負けるようにしているとしか見えない。9・11テロを仕掛けたのはイスラエルなのでしょうが、その背後には新冷戦時代を作ろうというイギリスがいた。

しかし独仏主導によるヨーロッパ連合に、イギリスも加わらざるを得ない状況が出来つつある。そうなれば外交の主導権は独仏がとるようになり、イギリスはスコットランドが分離独立してヨーロッパの外れの小国になるだろう。その時はイスラエルはイギリスに棄てられて無くなっているかも知れない。

そのような危機意識がイスラエルは持っているから、アメリカの政界に食い込んでイラクにまでアメリカ軍を引っ張り出した。イスラエルは近い内に国家存亡の賭けをして戦争を仕掛けるかもしれない。そうなればイラクの15万の米軍も巻き込まれる事になるかもしれない。ブッシュやチェイニーもイスラエルを暴発させてイスラエルを解体させる気なのかもしれない。

アメリカの国民世論としては、イスラエルのために中東にアメリカ軍を送ることは反対だろう。しかしイギリス・イスラエルも第二の9・11テロを仕掛けて、やぶれかぶれの中東大戦争を企んでいるかもしれない。2006年夏のヒズボラとの戦争はイスラエルにとっては衝撃的敗戦であり、ハマスも同じような戦法でイスラエルと戦うだろう。ガザ地区も地下要塞化されて空爆も通用しないかもしれない。


ガザ攻撃激化 死者70人超 3月2日 産経新聞

イスラエル軍は1日未明からイスラム原理主義組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を強化し、ガザ北部ジャバリヤ難民キャンプ周辺に地上部隊を侵攻させ、少なくともパレスチナ人45人を殺害した。AP通信などによると、死傷者には子供など多数の民間人が含まれている。

 ガザ地区封鎖を続けるイスラエル軍は、ハマスなどの武装組織メンバーを標的にミサイル攻撃を続けており、ハマス側もイスラエル領に向けてロケット弾を発射。南部スデロットの大学構内に着弾したロケット弾で27日、イスラエル人1人が死亡したことから、イスラエル軍はガザ攻撃を激化させ、同日からのパレスチナ側の死者は70人を超えた。(カイロ 村上大介)





シロウトに等しい背広組を大臣と制服組の間に介在させ、陸海空を分割
統治させ、間違っても防衛省が一体として機能する事はありえない。


2008年3月1日 土曜日

日本テレビ ウェークアップより 内局経由が時間のかかった原因だ


あたごの事故狂想曲 2月29日 太田述正

 さて、朝日の社説に戻りますが、「だれも全体像を把握できず、バラバラに対応している」のは、国民の「期待」通りに防衛省が機能している、ということであって、今更のように呆れてみせた上でトカゲの尻尾切り的に大臣辞任要求を掲げるのは、「左」メディアが防衛省問題を取り上げる際の定番の偽善であると言うべきでしょう。

 自衛隊を軍隊として機能させないという確固たる国民的コンセンサスがあり、しかもこのコンセンサスに基づき、自衛隊、特に自衛隊の運用についてどシロウトに等しい背広組を大臣と制服組の間に介在させ、陸海空を分割統治させ、間違っても防衛省が一体として機能するなんてことがないようにしているのですから・・。

 こうした背景の下、背広組キャリアが制服組以上に退廃し、腐敗するのは当然のことなのです。

 防衛省キャリアは全員守屋だ、と私が口を酸っぱくして言い続けてきたことを思い出してください。ただし、退廃・腐敗ぶりの発現形態は人によって様々だとも申し上げてきました。どうです、増田君だって守屋とは違ってクリーンかもしれないけれど、やはり丸でダメ人間だったでしょう。

 しかも、歴代の大臣は、戦後初期を除いて、外交安全保障のこれまたどシロウトばかりです。吉田ドクトリンという戦後日本の国是を墨守してきたことの当然の帰結です。

 石破大臣は、軍事オタクではあるようだけれど、外交安全保障のどシロウトであることに変わりはありません。なまじ本人にその自覚がないだけに、むしろ始末が負えないのです。

 それでも私が事務次官なら、海幕(あるいは統幕)に事故調査委員会を即時に立ち上げさせ、その組織にフリーハンドを与えて原因究明に着手させるべきだし、広報については、背広組であることにはこの際目をつぶって、内局の広報官に一元的に担当させるべきだ、と大臣に意見具申したことでしょう。大臣、事務次官や海幕長も広報官が認めた範囲でしか対外的に発言しない、それ以外の者には一切対外的に発言させない、という前提で・・。

 しかし、そんな発想や対応は現在の背広組キャリア幹部には求むべくもありませんし、また仮にそのような意見具申を受けたとしても、石破氏なら飲まなかったでしょうね。


石破防衛相自ら当日聴取 2月27日 神浦元彰

海上自衛隊のイージス艦と漁船の衝突事故で、石破防衛相ら首脳4人(石破防衛相、増田防衛事務次官、斉藤統合幕僚長、吉川海幕長)が、海上保安庁の事情聴取前に直接、あたごの航海長をヘリで呼びつけ、大臣室で事情を聞いていたことがわかった。あたごの航海長をヘリで移送する際は「けが人を運ぶ」と海保から許可を受けていたが、航海長を連れてくることは伏せていた。また石破氏はこれまで、直接事情を聞いたことを説明しておらず、「密室」での首脳4人による捜査前の聴取は批判を招きそうだ。

 航海長は事故後6時間後の19日午前10時頃にヘリに乗り、市ヶ谷(東京)の海幕に向かった。海幕で約1時間にわたり事情を聞かれ、メモに従い「衝突2分前に緑の明かりを発見、1分前に漁船を見つけ全速後進で避けようとした」などと述べたとみられる。さらに、これとは別に大臣室で、首脳4人が航海長に事情聴取し同様の説明をしていたとみられる。航海長は午後2時半ごろ、再びヘリで戻ったという。

 石破氏はこれまで、航海長からの聴取内容を海幕からの報告を受けたとだけ説明していた。また防衛省は航海長のヘリ移送を、「事前に海保の許可を受けていた」と説明していたが、海保の第3管区は26日、「防衛省側から聴取の連絡を受けたのは聴取後だった」と発表した。

 冬柴国交相は海自がヘリで航海長を移送したことが判明したことで、26日の会見で「内部的な調査権はあるにしても、私の方(海保側)の了解を得てやるのが法の仕組み」と不快感を示した。一方、防衛省幹部は19日午後8時半には「9分前」という情報があったことを明らかにして、情報の精査に時間をかける必要があったと強調した。

私は防衛省や海幕があたごの航海長をヘリで呼びつけ、現場の状況を市ヶ谷(防衛省)で聴取したことは基本的に問題ないと思う。あたごにはヘリ(SH−60K)が搭載され、事故当時は陸上基地に駐機していても、あたご着艦や乗組員のヘリ搬送は可能であった。しかし事故調査を行う海保への事前通報は絶対に必要で、あらぬ誤解を受けないために最低限のことと思う。また危機管理の上から海自の指揮系統を無視してショートカットすることは、途中の組織に十分な配慮が必要である。横須賀の自衛艦隊司令部(総監部など)など指揮系統を無視された者の不満をかうからである

 防衛省と海幕の幹部4人が、あたご航海長の状況説明を受けたことは隠すべきでなかった。堂々と航海長をヘリで呼びつけ、緊急の事情聴取を行ったと公表しても問題はない。当然ながら、海自は横須賀の自衛艦隊司令官(幕僚長など代理も可)も同席させるなどの配慮も必要であった。

 情報はむしろ積極的に公表する方が危機管理上では必要なことなのである。その上で、「あたご航海長の報告によれば、最初の漁船発見は衝突2分前に漁船の青灯を見た」と公表すべきだった。また公開した情報の訂正は回数が少なければ問題はない。むしろ確実な情報を公開するという理由で、情報の報告や公開が遅れると、あとで情報を訂正するよりも組織が受けるダメージは大きい。

 今回の様に、”航海長のヘリ移送”を隠し、”航海長からの直接聴取”を隠したことは、防衛省や海幕が事実を意図的に隠蔽し、情報操作を行っているという悪いイメージを国民に与えることになった。また海自組織の危機管理が指揮系統をまったく無視して行われた。これらは危機管理の最も悪い事例として海自の歴史に残ることなのである。

 また航海長の「衝突2分間」に気がついたという最初の報告だが、これは午前4時に当直士官が交代したことと関係していると思う。午前4時の交代前に当直士官についていたのがこの航海長である。4時以降はあたごの水雷長が当直士官として交代した。すなわち清徳丸の衝突時間が4時7分だから、衝突2分前では水雷長(当直士官)の責任が重大になり、衝突12分前ではあたご航海長(前の当直士官)の当直引き継ぎが不十分という責任が強くなる。この航海長がヘリで市ヶ谷に呼ばれ、「2分前」を説明した訳にはそのような背景が考えられる。また同日(19日)の16時18分に横須賀基地の護衛艦隊司令部の幕僚長が海幕に「12分前」を報告したのは、そのような航海長の責任逃れに怒った者たちの強い抵抗(批判)を感じることができる。

 またあたごの航海長が海自の指揮系統を無視し、一気に大臣室の呼ばれて、防衛大臣、事務次官、統幕長、海幕長に報告したことで、途中の指揮系統を無視された者の怒りもある。軍事組織や警察組織は指揮系統を通すことで、組織としての力を発揮できるように機能している。危機管理上、事故現場のものをトップに直接報告させる時は、途中の指揮系統の者にも同席させることが大事と思う。軍事組織では指揮系統に関するすべての司令部機能で共通の情報を共有する必要があるからだ。

 しかしそれにしてもイージス艦「あたご」の怠慢さと、海幕の危機管理能力の無さにはあきれるばかりである。海自はあたごが与えた傷を、海幕の事後処理のまずさで大きく深くしてしまった。これでは防衛省や海幕が事故の隠蔽や情報操作を行ったという批判から逃れることは出来ない。


組織改革が行なわれないのは官僚が情報を一手に握っていたい為だ


(私のコメント)
防衛問題は国会においても争点になりやすく、十分議論がなされているはずですが、今回のような事故が起きて、防衛省が軍事組織として機能していないことがよく分かる。北朝鮮から10以内にミサイルが飛んできますが、おそらくイージス艦から防衛大臣にその事が伝わるのは内局を通して2時間近くもかかるということだ。

本来は海上幕僚長から大臣に直接伝達されるようになっていたはずですが、防衛省の内局を通した為に、2時間近くもかかってしまった。総理大臣に伝わるのはもっと遅くてテレビの報道のほうが早かったくらいだ。同じようなことは95年の阪神大震災の時も同じであり、村山総理大臣は翌日の午前中まで通常の仕事を粛々と行なっていた。

中央官庁は情報を一元管理することで、何事もそこを通さないと総理大臣に伝わらない。通常ならそれでいいのでしょうが、戦争や大災害が起きたときは緊急体制をとらないと事態に即応が出来ない。しかし中央官庁の役人は情報を一手に管理したいがために緊急体制を組むことは好まない。あくまでも情報は本省の課長、局長、事務次官、大臣に伝えないと臍を曲げてしまう。

中央がこうだから、末端のイージス艦「あたご」も危機管理がずさんになって、漁船団の真ん中をオートパイロットで突っ切るようなまねをするようになってしまう。現場の自衛官たちがこのように勝手なまねをするようになってしまって、東京湾から40キロ足らずの海上が漁船や商船の往来が激しいことを知らなかった艦長は艦長としての資格は無い。

先の大戦の時も、日本軍は平時と戦時の切替が出来ずに、人事も平時のまま行なわれていた。年功序列で指揮官が決まっていたのでは戦争も負けるのは分かりきっている。しかし現在でも平時と戦時の切替は行なわれず、情報は下から積み上げられて伝えられている。トップが知っていて中間管理職が知らないと面目が丸つぶれになる。

総理大臣と防衛大臣は軍事組織の司令官でもあるのですが、福田総理や石破大臣にそれだけの能力があるとは思えない。平時なら官僚組織に任せていてもいいのでしょうが、非常事態が生じた場合に、総理大臣が現場に直接指揮命令を出すことは出来ないことは阪神大震災のときに明らかになった。

いわば官僚統制が非常時になると崩れるのを恐れる内局が組織改革を妨害しているわけで、今回の事故も石破大臣が首になって組織改革は行なわれないかもしれない。結局のところ総理大臣も各大臣も官僚組織に乗っているだけで統率能力が無いに等しい。だから官僚主導で危機管理が行なわれて、対応に非常に時間のかかる体制になっている。

現場から中央官庁に情報が上がっても、それを大臣に伝えるかどうかは官僚が決めている。今回の事故も海上幕僚監部から大臣に直接伝えられる仕組みになっていたのですが、やはり内局経由で時間がかかってしまった。しかし何でもかんでも大臣に報告していたら大臣は夜も寝られなくなってしまう。

本来ならば軍事組織の指揮命令系統に事務員に過ぎない内局が入る事に問題があることであり、軍令と軍政が分かれていないために自衛隊は戦争ができる組織になっていない。戦前も軍事官僚が軍政にまで口を出してきて日本を誤らせてきたのですが、戦後は事務官僚が軍隊の指揮命令に口を挟むようになった。これは文民統制ではない。

このようなままなのも、日本が独立した国家でないために、総理も各大臣も官僚任せで国会答弁一つとっても官僚に聞かないと答弁が出来ないことからもよく分かる。これでは非常事態が生じても総理や防衛大臣は適切な軍隊の指揮命令が出来ないことは明らかだ。最近は官邸にもスタッフが整えられてきてはいますが、屋上屋を重ねるようなもので、大臣に見識が無ければ危機管理は無理だろう。

福田総理もやる気があるのかないのかわからない態度で、事なかれ主義がはびこってしまって毒入りギョーザ事件も危機管理の一つなのですが、中国になめられて日本に原因があるかのような事を言われてしまっている。この事件も現場から厚生省に伝えられたのは警察が動いてからで1ヶ月もかかっている。毒物テロの認識が無かったからで、保健所も毒物の混入を疑いもしなかった。

このように中央官庁や政治が機能しないようになると現場も勝手な事をはじめて「あたご」のような事故が起きる。これらを監視するのはマスコミの役目なのですが、マスコミも記者クラブ任せで調査報道などほとんど無くなり、最近ではブログなどを見ながら記事を書いている。

このような中央官庁の情報統制を打ち破るにはネットの有効活用が必要だろう。ネットのメールなら現場からトップへの直通の連絡も可能だ。私なども国会議員にメールやFAXなどを送った事がありましたが、国民も直に国会議員や総理大臣などへ手紙やFAXやメールなどを送って情報のショートカットを行なって官僚統制を打ち破るべきなのだ。



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