株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


日銀利上げで世界の株式市場で大暴落。NY株式546ドルの
暴落、上海一日で9%の暴落、インド株式600ポイントの暴落


2007年2月28日 水曜日

ダウ急落、同時テロ以来の下げ幅=中国株急落が引き金−米景気不安も広がる 2月28日 時事通信

【ニューヨーク27日時事】27日の米株式市場は、中国の主要株価指数の急落や、米経済の先行き不安を強める指標発表などを受けて、全面安の展開となった。優良株で構成するダウ工業株30種平均は一時、前日終値比546.20ドル安と2001年9月の米同時テロ直後に次ぐ下げ幅を記録。その後やや買い戻されたが、416.02ドル安の1万2216.24ドルと、史上7番目の下げ幅で取引を終えた。
 ハイテク株中心のナスダック総合指数も一時100ポイント超下落した後、96.65ポイント安の2407.87で引けた。


欧州株も大幅安 2月28日 時事通信

【ロンドン27日時事】27日の英国、ドイツ、フランスなど欧州の主要株式市場は、米株安や緊迫化する中東情勢を背景に大幅安となった。英FT100種平均株価指数の終値は6286.1と、前日比148.6ポイントの下落。このほか、独株式主要30銘柄指数(DAX)、仏CAC40種指数も、それぞれ約3%値下がりした。米景気の先行きに対する懸念が広がる中、幅広い銘柄が売られた。


2007年02月27日(火曜日) 伊藤洋一

(26:44)事の始まりは、先週の金曜日にインド・ムンバイの株価が急落したことでしょうね。SENSEXで600ポイント以上下げて、それまでと明らかに違う動きを見せた。これまでもSENSEXは一日で300ポイント程度の下げはよくありました。しかし、私の記憶では一日で600ポイント下げることはなかった。金曜日はちょうど私がニューデリーのチャタルジーさんに電話をした日です。

 「きっかけ」に関する議論は置くとして、世界の金融市場は「かなり大きな調整」に直面する環境は整っていた

 今投資家のやや動揺した「リスク・アバース」の動きは、円安待望、金利差益取得狙いの円キャリートレードの巻き戻し(よって円はかなり火曜日の夕方から円高に移行)、史上最高値追いを続けていた市場(ニューヨーク証券取引所やその他市場)での利食いの動き、新興国市場での焦った投資家(市場に不慣れな)によるリクイデーションという形で進行している。

 確かに上海総合指数の一日での9%の下げは大きい。10年ぶりの大きな下げだそうですから。また、グリーンスパンの「米経済景気後退入り」の警告の直後に出た米1月の耐久財受注の7.8%の下落も大きい。市場の予想は3.2%減でしたから。しかし私は遠因は、今週に入っての世界の市場の動揺は、先週金曜日のインドの株価大幅下落にあったと思う。先週の金曜日からSENSEXは続落していて、火曜日も170ポイント程度下落して、引けは 13478.83。前日比170.69ポイント、率にして1.24%の下落。

 動揺した市場が何を切っ掛けに落ち着くのか。一番目先考えられるのは、日本時間の水曜日夜10時半過ぎに発表になる米10−12月のGDP統計。これが市場の予想より強めに出れば、グリーンスパンの「景気後退予測」は色あせる。米2月シカゴ購買部協会景気指数、米2月個人所得・支出、米2月ISM製造業景況指数なんて統計もあるな。

 まあ世界中でポジションの偏りが見られた。過剰流動性も世界にはあった。それがいつも見られる世界の市場の「修正作業」として進むのでしょう。ある意味では、健全な調整です。これが世界の金融の当局者が「沈静化」に乗り出す必要があるところまで行くかどうかは分からない。が、一端沈静化したあとの戻りは速いと思う。


アメリカの抱える爆弾とは? 2月22日 ぐっちーさんの金持ちまっしぐら

(前略)
所がここもとサブプライム向けの住宅ローンの延滞率がえらい勢いで上がってきているという事実を見過ごしてはならないでしょう。サブプライム住宅ローンというのはその名の通り、低所得者向けの住宅ローンのことで、ここでいうサブプライムとは通常年収で25,000ドル(正に年収300万ですね)以下の世帯のことです。日本ではこの収入で住宅ローンを組むのは不可能でしょうが、MBS(モーゲージバックセキュリティーズ)の発達したアメリカではこのあたりのリスクを取れる金融機関が発達している・・・まあ、その意味ではさすがなんですが・・・この世帯の延滞率がここ半年、飛躍的に増加したために、例えば昨日発表されたこのサブプライムローンを得意とするノバスター・ファイナンシャルの決算は予想外の赤字になってしまったという訳です。

このあたりは、数字を見ても明らかで、所謂BBB-(投資適格の最低水準のもの)のCDSを見ると1000万ドルあたりの与信費用が1月には38万9000ドルだったものが昨日はおよそ110万ドル要する状態にまで悪化してきている、という状況です。それだけの費用をかけないと与信リスクが回避できないという事になります。

住宅市場の状況は複雑で、所謂高所得者向けの例えばマンハッタンのど真ん中、であるとか、サンタモニカであるとか、サンディエゴであるとか、はたまた彼らのセカンドハウスの受け皿になっているアリゾナ、フロリダなどは引き続き住宅価格が上昇しているのですが、一方でサブプライムの住宅が集中している所、例えばロスアンジェルスのダウンタウンなど、そういう地域の住宅価格は昨年末から頭打ち。治安も悪く例え安くても金持ちが買うような場所ではないのでそういう地域の住宅価格の頭打ちにより借り換え不能に陥り、たちまち焦げ付いている、というのが実情であります。

一言で申し上げれば金持ちは順調に消費を続け、株式投資を続け、当然住宅投資も続けますが、一方で貧乏人はどんどん破綻するという、アメリカ格差社会の典型的な例がここに見られます。経済全体への影響は先ほど申し上げたとおりで、低所得者層の消費に占める割合は極めて低いのでマクロの数字をみている限りなんだかなー、で終わってしまう訳です。

一方こういうサブプライムに貸し出している金融機関の収益は直撃しますので、それが他の金融機関に波及しないか、しばらくよく注意をして見なければいけません。日本に入ってきているHFもこのあたりのMBSを得意にしているものは結構ありますので、要注意。外物の投信をお持ちの方は一度ポートフォリオの中身をチェックする事をお薦めします。

FRBの統計によりますと、こういったサブプライム、年間所得25,000ドル以下の世帯は4000万世帯以上あり、全世帯の実に38%を占めています。このあたりの数字も実にアメリカらしく、数では優勢なのです。経済統計に表れなくとも社会問題としてはかなり深刻になりつつあるということは覚えておいて頂いても損はないでしょう。このあたりの仕組みが東京都心部の地価高騰にも直結してきているのですが、その話はまた機会を改めて致しましょう。



(私のコメント)
21日の日銀の利上げの影響がどのように出るのか注目していましたが、先週はインドの株式が大暴落して、今週は上海が一日で9%の大暴落、そしてニューヨーク株式が終値で416ドルの暴落となりました。円キャリートレードがかなり大規模に行なわれていましたから、日銀の利上げで円キャリの逆転が起きるわけですが、直ぐには反応が起きなかった。市場はこれで当分は利上げはないと読んだからですが、ところが福井日銀総裁は23日に国会で次のように答弁した。


徐々に金利水準を調整―日銀総裁 2月23日 時事通信

衆院予算委員会で答弁する福井俊彦日銀総裁。適切にタイミングを見極めながら今後も利上げを続ける考えを改めて示した(23日午前、国会内)(時事通信社)


つまりは今後も追加利上げをしていくということで、市場はびっくりして手じまい売りを出した。日本の超低金利で金を借りてインドや中国に投資されていますが、アメリカでは住宅ローンなどに使われている。それが日銀の利上げと更なる追加利上げを示唆した事でファンドマネージャーは慌てたようだ。

「株式日記」では日銀が利上げをすれば世界のバブルを崩壊させると書いてきましたが、日本が世界の資金の供給者となっている以上、金利の操作には十分な説明責任がある。21日の利上げでは何を根拠に利上げしたのかがはっきりしないが、景気の見通しが明るいからだという理由は確実な根拠があるのだろうか?

いま世界経済を動かしているのはバーナンキFRB議長ではなく、なんと日本の福井日銀総裁なのですが、マスコミの記者達にはその認識がなく、福井日銀総裁自身にも利上げをしたらどうなるかという認識があるのだろうか? それだけ日本は世界経済に対して大きな影響力があるのですが、インテリジェンスの能力がともなっていない。

1月と2月では経済状況に大きな変化があったというわけでもないのに利上げに踏み切った。海外からの円安に対する批判をかわすためというのが一番の理由だろう。しかしその為に利上げをすれば円キャリの逆流が起きるから世界の株式が大暴落してしまう。

昨日は中国に進出した工場が国内回帰をしていると書きましたが、製品の歩留まりが悪くて、これではいくら人件費が安くてもメリットがないからだろう。日本が空洞化して工場は仕事が無い状態が続いていましたが、最近では日本に残していた工場がフル稼働してバブル期以来の好景気に沸いているそうです。中国には熟練工がいないから生産が出来ないのです。

アメリカの金融市場も楽観は出来ず、日本の金利の引き上げはアメリカの住宅ローンバブルを破裂させる危険性がある。アメリカの景気は絶好調なのですが先行きの見通しが悪いとなれば利下げをしなければなりませんが、日本との金利差を3%以上確保しないと日本からの資金が流れてこなくなるから、アメリカにとって日本の利上げは困る事になる。しかしEUから見れば日本の低金利で円安は困るという事になる。

アメリカの国際金融資本家達は80年代から日本を押さえ込みにかかり、日本を円高で吊るし上げて、日本から中国へ資金と技術を移転させようとしてきた。その結果、日本の工場は中小に至るまで中国に移転しましたが、十分な成果は得られていないようだ。その結果が工場の国内回帰にあるのですが、円安で工場も資金も国内回帰する可能性がある。

日本の円安傾向がはっきり定着すれば日本の景気は回復して、賃上げも進んで消費景気も復活するだろう。そうなれば金利も徐々に上がっていって海外からの資金還流が起きて円高になるはずだ。しかし90年代のような投機的な円高は起きない。ドルの暴落が起きてもユーロがドルヘッジの主な引き受け手になるからだ。

欧米人から見れば日本人と中国人を見分けるのは難しい。だから日本で成功した事を中国でもすれば日本と同じように成功できると見たのだろう。しかし日本人と中国人では精神面でまったく異なる。だから日本では近代化に成功しましたが中国では精神の近代化が遅れているから近代工業文明は定着しない。コピー商品の氾濫は中国人の法に対する精神が欠けているから近代化は無理なのだ。




90年代から中国生産を進めたが、工員が半年ごとに入れ替わり
ノウハウが伝承されず、不良品比率は2〜3割にのぼる。


2007年2月27日 火曜日

補助翼部品、欠いたまま飛行=海外委託整備でミス続発−日航☆1 2月26日 時事通信

*日本航空 <9205>中国にある認定整備工場に整備を委託した際、機体の向きを変える補助翼の関連部品を取り付けなかったり、燃料タンク内にマニュアルを置き忘れたりするミスが起きていたことが24日、分かった。日航は今月上旬に4300人の人員削減を柱とする経営再建策を打ち出したが、同社の安全対策が再び問われそうだ。 


工場、国内回帰へ動く  2004年10月17日 アサヒコム

工場の国内回帰が進んでいる。日本の製造業は円高ドル安でも競争力を維持しようと80年代以降、生産拠点の海外移管を進めてきた。ずっと続いてきたその流れに変化が見える。海外のライバルたちに技術や情報が漏れるのを防ぎ、質の高い製品づくりに欠かせない人材を集めるために国内立地の利点が改めて見直されている。とはいえ徹底して効率化を進めた先端工場では、期待されるような雇用創出効果は生み出せないようだ。

●先端技術の流出防止

 北九州市のJR小倉駅から車で15分。かつて高度成長を支えた製鉄所や化学工場が並ぶ古い工業地帯の一角に、真新しいクリーム色の外壁が異彩を放つ。携帯電話の回路図を焼き付ける基板材料の生産のために新日鉄化学が建設中の新工場だ。

 基板材料は携帯電話市場の世界的な急成長で需要が増えている。世界シェア6割を占める同社の新工場立地を巡っては、熱心な誘致活動を展開した韓国・忠州市との一騎打ちの末、北九州市に軍配が上がった。

 両市の生産コスト試算の比較では総人件費はほぼ同じ。1人当たり人件費は韓国の方が3〜4割安い。ただ、管理部門など人員が3割多めに必要となるからだ。

 韓国側は法人税の5年間免除などの優遇策を示し、生産コストは韓国が1割ほど安くなった。しかも注文の5割が韓国向けとなるため、輸送費も大幅に安くなる。

 それでも新日鉄化学が最終的に国内を選んだのは技術流出を防ぐのが最大の理由だ。「基板はわが社の技術とノウハウの塊」(同社幹部)。韓国生産では韓国メーカーに技術漏洩(ろうえい)する危険が大きくなる。

 最先端工場の国内立地が相次ぐ理由もそこにある。04年に稼働したシャープの液晶パネル工場(三重県亀山市)や05年秋に稼働予定の松下電器産業のPDP工場(兵庫県尼崎市)がその代表例だ。

 「着工以来、明らかに工事と関係ないスーツ姿の人間が遠巻きに見ている姿があった」。シャープ担当者は亀山工場を狙った海外メーカーの「スパイ活動」を疑っている。韓国や台湾など複数の海外候補地も検討したが、海外では一層こうした活動の危険にさらされやすい。今も情報漏れには神経をとがらせ、工場内に入る際は従業員も含めてカメラ付き携帯電話の持ち込みは全面禁止だ。

●人材確保に即対応

 ほかにも国内立地の利点はある。自社の他工場の従業員を活用すれば立ち上げ期にも対応しやすい。研究・製品開発拠点との連携も可能だ。国内消費者の求めにも応じやすい。

 新日鉄化学の場合、自治体の対応も決め手の一つだった。北九州市は政府の「構造改革特区」制度を活用して港湾の24時間化を進めており、韓国向け輸出でも地理的ハンディを少なくできる。

 同社の灘利浩経営企画本部長は「コストの安い韓国で生産する案もあった。だが、目先のコストにとらわれず、競争力の高い製品を今後も生みだすには国内拠点が重要と考えた」と話す。

 中小企業も国内回帰の例外ではない。エアコンや冷蔵庫などの接続部分に使う端子台メーカーのオサダ(東京都八王子市)は現在中国で生産している分の大半を、岩手県遠野市に建設する新工場に来年から移す。

 90年代から中国生産を進めたが、工員が半年ごとに入れ替わりノウハウが伝承されず、不良品比率は2〜3割にのぼる。手直し費用だけで03年に4千万円かかった。今後は人民元切り上げの可能性など為替リスクもある。

 自動化ライン導入の新工場では製品によってはコストが1割以上高くなるが、部品共通化などで圧縮をめざす。長田豊社長は「安い人件費を求めて中国に委託生産する時代は終わった」と話す。

 経済産業省の調査によると、03年の国内工場立地件数は過去最低だった前年から25%増と3年ぶりに増加した。ただ、「経済の低迷で長期間できなかった国内設備投資が、企業収益の回復とデジタル家電関連の市場拡大でやっと出てきただけ」(大手シンクタンク)とこの傾向が持続するかどうかには慎重な見方もある。

 最先端製品でも海外勢に追い上げられ、技術が陳腐になってコスト競争となれば、国内生産を続けられる保証はない。国内立地を選んだあるメーカーの担当者は「汎用(はんよう)品化した後にどういう生産体制をとるか、かなり難しい判断だ」と言う。

●自動化進み雇用期待薄

 国内生産では、徹底した効率化や自動化を進める結果、必ずしも地元が期待する大規模な雇用創出にはつながらない。

 愛知県尾張旭市にある松下電工の瀬戸工場。家庭やビルの配電盤に組み込む小型ブレーカーの生産現場では、自動化された生産ラインが白い四角形の製品を次々と組み立てる。人手は設備操作や異常発生時に対応する約20人の管理者だけだ。

 組み立て部分を中国に委託していたが、5月に自動化ラインを導入した瀬戸工場に戻した。関税や輸送費などが不要になり、中国では200人以上だった人員が10分の1以下になった。コストは年間8億円減った。人員は他の生産ラインから移し、新規の補充はゼロだった。

 03年夏にMDプレーヤー生産をマレーシアから戻したケンウッド山形工場(山形県鶴岡市)は多能工の育成や生産ラインの改善などのコスト削減を徹底している。02年に携帯電話の生産から撤退した際、従業員数を450人から250人に削減。ところが生産が戻った現在も微増の260人にとどまる。「生産効率を高くすれば、生産拡大ほどには従業員数は増えない」(同社)という。

 65〜75年には25%程度あった製造業の就業者比率は00年には19.4%。経済全体のサービス化に加え、海外生産の進展の影響とみられる。

 工場の国内立地が進めば、国や地元の税収増、他産業への波及などが期待できる。ただ、大きな雇用増に直結するとはいえないのが実情だ。

 東レ経営研究所の増田貴司チーフエコノミストは「すそ野産業の集積や品質にうるさい消費者の存在など、競争力強化のために国内に工場を置く利点がある。ただ、自動化の進展で雇用創出効果は限定的にならざるをえない」と話す。



為替動向を占うポイント 2月26日 経済コラムマガジン

(前略)
中国は巨額の貿易黒字を稼ぎ、なおかつ黒字幅が年々大きくなっている。外資導入によって製造業の競争力が飛躍的に高まったからである。しかしその背景に自国通貨である人民元を不当に安くしていることが挙げられる。これについては本誌で何回も取上げ、05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」で総括した。

人民元を不当に安くしているため、中国の人件費はタダ同然となっており、これが魅力となって外資が中国にどんどん進出し生産拠点を設けた。この外資系製造業が中国の輸出の半分を占めている。中国は人民元を過去に何回も切下げ、為替の優位性を実現してきた。

これまで中国は厳しく人民元を管理し、対ドルにリンク(ペッグ)させていた。しかし貿易黒字額が膨大になり、先進各国から批難を浴びることになった。これに対して中国は、2年前、人民元を3%弱切上げると同時に為替管理を多少緩めた。対米ドルの変動幅を少し広げたのである。

対米ドルで8.3元であったものが、今日7.8元まで人民元は高くなっている。しかし元は高くなったと言われるがわずか6%である。これを今日の日本に当て嵌めるなら、120円の為替レートが113円になる程度である。プラザ合意後、円レートは240円から120円まで急激に円高になったことと比べようがないほど、今日の人民元高は緩慢なものである。

もちろん各国は、人民元の管理をもっと緩め、変動幅をもっと大胆に大きくすべきと主張している(極論としては変動幅自体をなくし為替レートの決定を自由市場に委ねる)。しかしこのような要求を中国は飲む気はないと考えられる。実際、今日程度の人民元高でも、既に競争力を失っている分野が出ているのである。円レートの動向を占う上で、この中国人民元の行末も一つのポイントになる。


(私のコメント)
中国経済については2月10日に袁剣氏の記事を紹介しましたが、中国の労働者は底辺競争に追いこめられて豊かになっていない。テレビなどは上海などの沿岸部でリッチなって外車を乗り回す中国人たちを報道している。都市部においてはビルラッシュであり、近代国家が突如登場したような錯覚にとらわれる。

工場地帯も近代的なハイテク工場が次々と作られて、日本の老朽化した工場と見比べるとアジアにおいても日本の時代は終わったかのように見える。しかし中国は近代国家でもなくハイテク産業国家でもない。共産党独裁国であり情報は管理され、労働者の賃金は先進国の4%しかない水準だ。

そして袁剣氏によれば中国の交易条件は悪化し続けている。中国には安い労働力といった事でしか競争力を保ち得ない。確かに中国の労働者は勤勉であり手先も器用で能力も高い。にもかかわらず労働賃金はなぜ下がり続けてきたのだろうか? 常識的に技術力が上がっていれば製品も付加価値も上がって値上がりしていくはずだ。ところが国産品は値下がりして輸入品はますます高くなっていく。

わかりやすく言えば中国の国産品の競争力はますます弱くなり、改革解放以来元の切り下げで競争力を維持してきたのが実態だ。アサヒコムの記事にもあるように工員の定着率が悪く半年後とに入れ替わって技術の蓄積がなく、不良品率が2〜3割に上るというのは異常だ。

人民元の対米ドルの為替レートの推移
為替レート 為替レート 為替レート
81 1.71 87 3.72 93 5.76
82 1.89 88 3.72 94 8.62
83 1.98 89 3.77 95 8.35
84 2.32 90 4.78 96 8.31
85 2.94 91 5.32 97 8.29
86 3.45 92 5.51 98 8.28

上のグラフを見ればわかるように対米ドルレートは年々切り下げられてきた。最近少し元が上がったといっても7,8元だからほとんど横ばいだ。このように通貨を毎年のように切り下げていかないと他の外国と競争できないのだ。もし1ドルが2元ぐらいになったら、輸出に頼る中国経済は破綻して立ち枯れしたようになってしまう。

この期間中は米ドルも値下がりが続いていたのだから中国元がどれだけ安くなったかがわかる。このような通貨の切り下げは発展途上国だから許されるのでしょうが、とてもオリンピックが開けるような国家ではない。ところがNHkなどでは躍進著しい中国と報道し続けている。決して真の姿は見せない。

冒頭に記事にもあるように日本航空は旅客機の整備を中国に依頼しているが、整備ミスが続発している。人件費が只みたいな安さだから整備士のモラルも最低なのだろう。このような状況に日本企業の工場の国内回帰が進んでいる。それに円安の定着が起きているから国内回帰は正解だった。

最近の日本の円安は世界の七不思議のひとつですが、80年代、90年代が高すぎたのだ。ペーパーマネー化したドルの回避先になりそれを一手に引き受けてきた。日本は円高不況に耐えながら来ましたがユーロの登場で日本はその重荷から解放された。その為に円はプラザ合意以前の円安水準にあります。

中国の人民元はこれ以上切り下げるのは難しいだろう。むしろ世界一に積み上がった貿易黒字で切り上げせざるを得ない方向にある。そしてインドというライバルが登場してきて海外からの投資を呼び込むのはかなり困難になる。そして経済が上手く回らなくなると政治的なリスクが大きくなる。


実質実効為替レート:プラザ合意以来の円安 毎日新聞 2007年2月3日

日銀が2日発表した1月の「実質実効為替レート」(73年3月=100)は97・7となり、主要国がドル高(円安)の是正を決めた「プラザ合意」の85年9月(94・8)以来21年4カ月ぶりに100を割り込む円安水準となった。

 同レートは、輸出国との貿易額に応じて加重平均し、物価上昇率を加味した円の相場で、主要通貨に対する円の総合的な価値を示す。数値が低いと円安、高いと円高になる。プラザ合意前は90前後だったが、合意後は95年4月に165・5まで円高が進んだ。

 最近の円安は、超低金利の日本と欧米との金利差が拡大し、欧米経済が堅調なうえ、急成長したアジア諸国の通貨価値も上昇したことなどが主因とされる。また、ヘッジファンドなどが金利の安い円を借り、外貨に替えて金利の高い海外の債券などで運用する「円キャリートレード」が、円安を進めているとの見方もある。日銀が1月に追加利上げを見送ったことも原因のひとつとされる。【山本明彦】





中国や韓国に対する安易な政治的妥協は、より政治的に困難な
問題を引き起こしただけである。安倍内閣は河野談話を否定せよ


2007年2月26日 月曜日

慰安婦決議案、「河野談話が根拠」 ホンダ議員 2月25日 産経新聞

米下院に慰安婦問題をめぐる対日非難決議案を提出したマイク・ホンダ議員(民主)が25日、フジテレビの「報道2001」に中継で出演し、決議案が「日本軍による強制的な性奴隷化」などと軍による強制連行を一方的に断定している根拠について、「官房長官談話が出て、首相が謝っている。実際に(強制連行が)なければどうしてそういうことが起こるのか」と述べ、平成5年の河野洋平官房長官談話を挙げた。

 これに対し、日本側の出演者は「日本政府に謝罪を求めながら、強制連行の根拠を『日本の首相が謝罪しているからだ』というのは論理矛盾だ」(山本一太参院議員)などと反論。日本政府の対応にも注文が相次いだ。



報道2001/M・ホンダ議員の慰安婦謝罪と河野談話 動画40分07秒 ニューズライブラリイ


「フジテレビとマイケルホンダ氏の問答」 2月25日 極右評論

マイケル・ホンダ
(決議案の動機について)反日の決議案ではない。あくまでも和解、平和という事を意識した決議案という事を強調させて下さい。
日本の首相に対して謝罪という事ではなく、政府を代表して謝って欲しいという事です。 これまで個々の総理大臣、個人レベルでは遺憾の表明をして、それはすばらしい、只、日本政府が皆日本のプレスを通じてきちんと陳謝して欲しい。それを私は狙っている訳です。

フジ
「河野談話(1993年)
(いわゆる従軍慰安婦の方々に対して)
心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。」 と、はっきりと言った。その後も総理もこの談話を踏襲して、ことある事に反省とお詫びの気持ちを言っているがこれではダメなのか?

ホンダ
日本政府のプロセスとして正式にきちんと陳謝する、このプロセスが重要であると思っています。 総理大臣だけでなく、国会を通じて、そして総理大臣を通じてというプロセスが重要であると考えています。 総理大臣のこの陳謝云々というよりも、もっと重要なのは、少し発言させて下さい。

河野当時官房長官が確かに、このお詫びという気持ちを伝えてくれました。 しかしそれ以後、議員の方々はその声明の内容を変えようとしている。 どうしてその様な行為をしているのか分かりません。 本当の意味で心から謝っていないのではないかと、私は考えています。

日系人として、例えば私はアメリカ大統領からきちんと強制収用所に関して謝ってもらいました。 その様な事を我々は期待しているのです。

フジ
さらに日本は95年にアジア女性基金を設立して元慰安婦の方々への償いを着手しています。 これでも認められないという事なのでしょうか?

ホンダ
アジア女性基金、この償いという事ですが、そういうものがあるにもかかわらず、この問題が起こった事がないという発言が、今でも聞かれるのでしょうか?

アジア女性基金は非常にすばらしと私は思います。非常にすばらしい行為だと思いますが、しかしこれはあくまでも民間のお金である訳ですね。 只、ここで重要なのは、お金そのものよりも正式な形で日本政府から被害者に対して、慰安婦に対してきちんと陳謝するという事だと思います。

フジ
慰安婦問題に対する事実の認識、日本政府の見解は「軍や官憲による、慰安婦の強制連行を直接示す様な、資料は見当たらない」
と言う事なのですが、日本政府がそういう事実そのものを認めていない状況の中で、アメリカ議会で決議して、日本でこれを「認めろ」とはどういう事ですか?

このあたりの気持ちはどういう事ですか?

ホンダ
日本政府が私に対して、日本のこの軍隊が慰安婦問題に関して、一切困った事がないと言っていると言う事を私に対して認めろと言う事ですか? 実際に女性を捕まえて、性的奴隷化しなかったと、という事を言っている訳ですか? もし、そうであるならば、どうでしょうか、実際犠牲者の方々が起こったといっているのですが。 それに対してはどうなんですか?

フジ
何が根拠にホンダさんは、そういう事実があったと言っているのですか?

日本政府は強制的に軍が女性を強制的に連行して来たと言う事実はいくら捜しても「ない」という事は、日本政府の見解として出ているのですね、そうじゃないという根拠はホンダさんは何でお持ちなのでしょうか?

ホンダ
歴史的事実に見ることが出来ると思います。 個人レベルでそういう事が起こらなかったと、そういう政策がなかったと言っているのにもかかわらず、しかし実際にはそういう事が起こったという事を被害者サイドは言っている訳ですね。 実際に償いと言う形で実際にアジア女性基金が起こっているという事。
実際に、声明と言う形で、談話と言う形で、コメントが出ているという事、そして首相が実際に謝っているという事は、実際に過去起こっていなければ、どうして、そういう事が起こっているのか。 私はそれが、それ自体が理解できません。

フジ
日本は慰安婦問題と言われる様なもの、慰安婦さんと言う人がいた、という事実だとか、中には働きたくはないけど、働いた人がいたと言う事実、そういう大きな意味での、広い意味での、そういう問題と言う事は、認めているけれども。

強制連行と言う、軍が直接的に女性を無理矢理引っ張って来て、「さあ、働け」と言った、こういう事実は認めていないという事なんですけども、どうしてホンダさんは強制連行はあったと、それは歴史的事実であったと言うのですか?

ホンダ
強制連行でなかったと言う事であれば、どうして過去に於いて、日本の首相が、本当に私共が尊敬できる人達が、教育を受けた人達が、心よりお詫びするという事を言ったんでしょうか?それが理解できません。

フジ:広い意味では認めている。そこに対してはお詫びするという事なんですけれども。

フジ(女性)
直接強制的にやったと、直接の証拠は見出せなかったとしているのですけども、ホンダさんは例えば被害者側の意見を聞いたかも知れませんが、日本人の意見を聞いたりしたんですか?

ホンダ
私はサンフランシスコにいた総領事の方2人3人の方、ワシントンDCにいる大使の方から話を聞いた事があります。 懸念を表明していましたし、そして起こっていないという事は言っていませんでした。

フジ
麻生大臣の見解「客観的な事実に基づいておりませんので、はなはだ遺憾に思っております」
この見解についてはどういう風に受け止めてますか?

ホンダ
遺憾だと言った訳ですけど、日本政府としてのレスポンスとしては、私は受け止めていません。日本政府の方々と会った事もありますし、又私のスタッフも彼らと会った事もありますが、理解して頂きたい事は、今回の決議案は日米関係に対して、害になるものではないと考えています。



(私のコメント)
アメリカの下院議会で従軍慰安婦に関する対日非難決議案が出されるようですが、2006年の中間選挙で民主党が多数を占めたことにより決議案が通る可能性が増えてきました。特にホンダ議員やぺロシ下院議長の選挙区であるカリフォルニアでは中国系や韓国系のアメリカ市民が多く、アメリカにおける反日運動の拠点になっている。

一昨年4月の中国における反日デモもカリフォルニアの中国人団体が指令を出して始まったようだ。さらに今年は南京大虐殺70周年ということで映画製作もアメリカであるようだ。アイリス・チャンの「レイプオブ南京」が原作になるようですが、アメリカの一般市民は東アジアのことを知らないから真実と思ってしまう。

中国系アメリカ人の多くは中国から逃れてきた人が多いから中国共産党政府には批判的なはずですが、むしろ日本に対する反日活動を組織目標にしているようだ。マイケル・ホンダ議員はそのような団体の支持で活動を行なっている。

日系議員でありながら対日非難決議の主導的な役割をするのは不思議な事ですが、日系のアメリカ人たちはこのような動きに対しては無関心なようだ。在留邦人や日本大使館も「河野談話」が出されている以上、政府として動きが取れなくなって、現在のような状況になってしまった。

当時は日本も韓国も非常に貧しく、貧しい農家の娘は生活のために売春業者に売られて売春婦として働かされていた。現在から見れば非常に悲惨な生活を強いられていたわけですが、現在の基準で当時の悲惨な生活を非難したところで何の解決にもならない。むしろこれからの教訓としていかして行くべきですが、軍が強制連行して少女に無料で強制的に性行為をさせたわけではない。それは婦女暴行であり軍律違反で罰せられた。

むしろ現在の韓国に新聞記事を紹介しますが、韓国女性の売春行為は世界的になっており、戦前にも韓国人女性の売春婦は沢山いたのだが、それらを従軍慰安婦だと称しているのだ。そして日本政府からの慰謝料をあてにしているのだろう。


韓国人女性8000人、米国で‘遠征売春’ 2006年6月21日 中央日報

米コネチカット州南部のウォーターバリーで6月2日午後9時、韓国人女性33人が逮捕された。

  ウォーターバリーの警察関係者は「マッサージ店で売春が行われているという情報を入手し、2カ月間にわたり捜査を続けてきた」とし、「韓国人マッサージ店が急増している」と述べた。

  米国内で不法滞在中の韓国人女性による売春が社会問題に浮上している。 韓国情報当局は「ロサンゼルス市警察局は、売春が疑われる韓国人女性の流入規模が04年以降、8000人にのぼると推定している」と明らかにした。

  特に、政府は「国内で売春取り締まりが強化されたことで、カナダやメキシコ経由で米国に密入国する遠征売春が急増している」とし、その原因の一つに04年9月発効の「性売買根絶特別法」を挙げている。 一方を押さえるともう一方が膨らむという、性売買特別法の‘風船効果’を実感させている。

  ◆米国内「反韓流」の主犯=昨年6月30日、400人余で構成された米連邦捜査局(FBI)・国土安全保障省・警察の合同取り締まり班は、ロサンゼルスとサンフランシスコで、売春容疑女性150人など計192人の韓国人を逮捕した。

  今年に入ってもニューヨーク州・バージニア州など韓国人密集地域で、韓国人女性が売春容疑で相次いで逮捕されている。 ロサンゼルス警察局の関係者は「毎月逮捕される70−80人の売春女性のうち9割が韓国人」と話す。

  韓国人女性の売春は最近、同胞密集地域を抜け出して米中部内陸まで広がっており、米司法当局が注視している。 さらにはマンションで売春が摘発されることもあり、一部の米国人は韓国人女性の入居を拒否するなど反韓情緒も生じていると、情報当局は明らかにした。

  米国土安全保障省・移民税関取り締まり局のカイス公報担当官は電話で、「こうした売春は、移民法違反・マネーロンダリング(資金洗浄)・人権じゅうりんなどの側面で米国的価値を脅かすものだ」と語った。

  ◆韓米ビザ免除協定にも影響=米国務省は3月、05年度人権報告書の韓国パートで「米国に入国(カナダ・メキシコ経由を含む)した韓国人女性が性的搾取のため人身売買されている」と記述した。

  政府もこの問題を深刻に受け止め、対策づくりに着手した。 4月には外交通商部(外交部)・法務部・検察庁・警察庁などに遠征売春を防止のための協議機構を設置したのに続き、国際司法との協調も強化している。 05年以降、韓国・米国・カナダの3カ国は、売春容疑者に対する旅券発給制限や捜査協力などを議論する共同協議体を稼働した。

  特に、政府は韓米ビザ免除協定に及ぼす影響を憂慮している。 駐韓米国大使館のカービー総領事は最近、米国内の韓国人女性が売春容疑で逮捕された事件を取り上げながら、「ビザ免除国になるには韓国に対する米国人の認識が重要だが、心理的に影響を及ぼしうる」と指摘した。

  外交部の当局者は「ビザ免除プログラムに加入するには、国土安全保障省の審査を経て米国議会の決定が必要」とし、「議員が遠征売春などで韓国に否定的認識を持った場合、問題を提起することも考えられる」と語った。

朴承煕(パク・スンヒ)記者 

パク・ソンウ記者 



(私のコメント)
このような状況から推測すると、アメリカにまで遠征して売春行為をする韓国人女性が後を絶たないようですが、アメリカ政府としても問題となりビザ免除に否定的になる根拠になっている。彼女達も何十年か経てばアメリカに強制連行されて売春させられたと訴えるのではないかと思う。




時代の変化に気付かず、マスコミ自身のみが「発信する側」
であり続けていると思い込んでいるマスコミは多い。


2007年2月26日 月曜日

「ネット君臨問題」が明らかにしたもの(後編) 2月23日 ニッケイネット

 前編では、毎日新聞の新年連載企画「ネット君臨」の第一部が引き起こした出来事やネット上での議論について紹介した。新聞という既存マスコミ側による「ネット批判」に対して、さらにネット側から批判が巻き起こったことで、「やはりネットは…」と眉をひそめている方もいるかもしれない。一方、ネットユーザー側は「またマスゴミ(マスコミを皮肉る言葉。マスコミとゴミを掛け合わせている)が」と嘲笑し続ける…。このすれ違いにあるいくつかの要因を考えたい。

■「本当のこと」は読者が判断

 まず、ブログやSNSで個人が自由に発信できる時代が来たことを既存マスコミ側が理解していない(もしくは、頭では分かっていても肌感覚で理解できていない)ことがある。

 ネット君臨の取材班の一人は、連載前に「ネット取材考」と題した新聞のコラムに「(中略)相手が取材された内容を、直後にブログの日記やネットの掲示板に書き込む。新聞記者のかつての取材は1対1の関係だった。それが大きく変わり、記者個人の名前や取材の仕方が不特定多数の人々にさらされる。メディアもそういう時代を迎えたことを思い知らされた。記者は名刺を出すことさえ、ためらうこともある。それでも生身の人に会って話を聞くのが私たちの仕事だ。そうしなければ、本当のことを伝えられないと思う」と書いていた。分かっていたはず…にもかかわらず、取材相手にネット上で取材手法を批判され、記者の実名や名刺のコピー画像、電話でのやり取りまで公開されてしまった。

 前編でも述べたが、事実関係は当事者しか知りえぬことだ。しかし、取材される側がインターネット上のメディアという武器を持った時点で(その影響力は別にして)関係はイーブンになる。取材される側も自分の考えや意見、もう少し踏み込むなら「本当のこと」を伝えられるようになる。

 リテラシーの高い読者は、新聞の連載を読み、取材された側の反論を読み、さらに、この問題について言及しているブログや記事を読み、総合的に判断して結論を導き出す。「本当のこと」が何なのかはプロの記者ではなく、読者が判断することなのだ。

 情報源が新聞やテレビなどマスメディアのみだった時代であれば、記者が「本当のこと」を提示すれば、人々の多くが信じたかもしれない。しかし、今やそのような手法は、一歩間違えばフレームの押し付けとみなされる。記事の切り口、タイトル、取材源、座談会の人選…。記者や新聞社が提示するあらゆるフレームやアジェンダ設定が疑いの対象になる。

 ネットユーザーにとっては、記者の言う「本当のこと」や「正しいこと」は、一つのものの見方に過ぎない。繰り返すが、既存マスコミはメディアの変化を理解したつもりでも、その本質には気付いていないのではないだろうか。

■記者も舞台に上げられる時代に

 さらに言えば、これまでの取材が「1対1」という考え方にも違和感がある。私自身10年間記者として取材をしていたが、取材相手から愚痴や文句を聞くことが少なからずあった。強引なコメント取り、一方的なフレーム当て込みによる記事…。取材相手は記者の向こう側に多くの人々(つまり1対N)がいることを知っているし、怖いと感じていたはずだ。それでも、社会に広く情報を発信するには、マスコミに頼るしかなかった。

 コラムを書いた記者が感じたという恐怖は、取材相手がマスコミと接触する際にいつも感じていた恐怖と同じ。そこにも思いが至っていないのではないか。

 ネットでのマスコミ批判は理由なきものではない。静かに積み重なっていたマスコミへの不信感が、個人がメディアを持ったことによって顕在化しているに過ぎない。

 しかし、時代の変化に気付かないのは一部の記者や新聞社に限ったことではない。自身のみが「発信する側」であり続けていると思い込んでいるマスコミは多い。

 例えば、そのまんま東こと東国原宮崎県知事の記者会見は、県のホームページから動画共有サイトに転載され、多くのネットユーザーに閲覧された。

 映像に視聴者がテロップを入れることが出来るサービス「ニコニコ動画」では、「粘着して副知事の質問をするマスコミ」とのタイトルでアップされ、「この記者態度悪いな」「誘導尋問してんじゃねーよマスゴミが」「ブチ切れたらその瞬間だけ映すんだろうな、マジ腐ってる」と辛らつな批判の書き込み(テロップ)が並ぶ。

 いまや、記者も劇場の舞台に引きずり出されてしまっている。記者は劇を伝える観察者のままではいられない。言動だけでなく表情や服装も見られ、ユーザーによって判断される。しかし残念なことに、多くの記者たちは、このような変化に気付かぬままで、その姿はマスコミを批判するネットユーザーの格好の材料となっている。

■マスコミへの嫌悪感は「予想通り」

 世代間のメディア認識のギャップもある。

 最近出版された「情報メディア白書2007」(電通総研)は、各世代のメディア感について下記のように分析している。(抜粋)

 「(団塊世代は)リテラシーの高い人のみがメディアのある生活を享受できた。団塊世代のメディアリテラシーは情報を享受すること自体が知的・経済的優位を持っていることを意味した。新人類ジュニアは、旧来メディアという権威に対して静かな反乱をネット上で展開している。彼らの戦いは、旧来メディアの情報閉鎖性(知る権利の独占)に対する嫌悪感に起因するものであるとともに、団塊世代そのものに対する嫌悪感――勝ち逃げ世代であり『マス』である世代に対する、負け確定であり『マイノリティ』である世代の怨恨――が投影されたものである」

 メディアが貴重だった団塊世代はマスコミの主張をほぼ額面どおり受け取るが、1980年代に新人類と呼ばれた世代の子供たちである「新人類ジュニア」はそもそもマスコミの情報を疑ってかかっている。

 「ネット君臨」は新聞での切り口、論調をそのままネットに当てはめた。新聞の読者は中高年が多いが、ネットは30代から20代が中心だ。電通総研の分析が正しいとするなら、ネット上の反応は「予想通り」とも言える。

 しかし、既存マスコミが情報発信はマスコミによってのみ行われると考えてしまえば、「新聞で書けばオーソライズされるはずだ」という思い込みが生じる。そして、マスコミが設定した「マス」ではない考えやギャップを否定するために「摩擦」が起きてしまう。

 ネットによって個人が自由に情報発信できるようになり、多様な言論、考え方が顕在化した。それによって、マスコミのアジェンダ設定力は従来に比べて相対的に低下しつつある。マスコミのネットへの嫌悪感、感情的な批判は、その焦りの裏返しと言えなくもない。ネット君臨をめぐる議論のすれ違いは、日本における従順な「マス」という大きな幻想が消えかかっていることを示しているのかもしれない。



(私のコメント)
テレビなど見ているとジャーナリスト気取りのアナウンサーや評論家などが一方的な押し付けがましい意見を押し付けてくる事が多い。田原総一郎氏などにその傾向が目立ちますが、「朝まで生テレビ」などでも自分に都合の悪いパネラーは呼ばないし出さない。その結果、親米ポチ保守と左翼しか出さない。

しかしネットの世界では左翼はバカ扱いされているし、親米ポチ保守は売国奴扱いだ。それに対してマスコミはネットウヨと呼んでいるようですが、愛国者的な意見が主流を占めている。ではなぜ愛国者的な意見がマスコミの乗らないのだろうか? 一言で言えばスポンサーがいないからだ。

左翼には中国や韓国北朝鮮などの工作機関が関与してきて情報や資金などの援助があり、親米ポチ保守に対してはアメリカ政府や国際金融資本などからテレビや新聞雑誌などへのコマーシャル料金として金が渡る。だから朝生などには左翼と親米保守しか出さないといった現象が起きる。

それに対して愛国勢力は政治勢力として一つにまとまっていないし、小泉内閣などでは抵抗勢力としてレッテルを張られて、自民党からも追い出されてしまった。マスコミでは小泉改革を支持しようという大キャンペーンが行なわれて選挙でも大勝した。しかも愛国勢力も靖国問題などでは小泉首相を支持せざるを得ないかたちで利用されてしまった。

以前のマスコミならば総理の靖国参拝は徹底的に叩いた問題であり、マスコミが反対キャンペーンを張るだけで歴代の総理は断念せざるを得なかった。それを押し切ることが出来るようになったのは、ネットなどにおける「靖国参拝してなぜ悪いのか」という反論が大きかったからだ。

もちろん世論を動かす力はマスコミは圧倒的な力を持っていますが、ネットはそのマスコミを批判する事で世論の流れも昔とは違ってきたように見える。特に朝日新聞の記事に対するネットの批判は強烈なものがあり、販売部数などの低下に表れている。新聞などは中高年に限られてきて、若い人はネットで十分という人が増えてきた。

テレビに対しても、ネットで動画が見られるようになったことで、ユーチューブなどの動画サイトなどでの言論活動も活発化してきた。だからテレビ報道なども捏造報道や誤報が流されると、動画サイトなどで繰り返し見られることで、テレビ局は著作権を楯に言論弾圧の削除をユーチューブなどに出している。

しかし動画サイトはウエブ上に乱立しているからテレビ局がいくらいきり立っても削除しきれない。私なども面白そうな番組はDVDレコーダーに録画しているから、時々画像をアップしていますが、このようにテレビ報道も誤報や捏造報道があれば集中攻撃を浴びる事になる。

そのことによって左翼は力を失い、中国や韓国などからは日本は右翼化していると批判されるほどになった。90年代ならば朝日新聞と中国や韓国と連携しての世論工作活動が有効でしたが、最近では中国が朝日新聞の論調に同調しなくなっている。靖国問題が有効なカードにならなくなってきたからだ。

ニッケイネットの記事でも、マスコミが唯一の情報発信媒体と思っている人が多いと指摘していますが、ネットにおける個人の情報発信は質量共に増えてきており、特に質においてマスコミの記事やテレビ報道よりも詳しく質の高い報道が多くなっている。特に政治的大事件が起きたような時は「株式日記」のようなサイトは注目される。

特に9,11テロ事件や小泉総理の北朝鮮訪問や中国の反日デモや郵政解散のような事があると一気に読者が増えている。それに対してマスコミは迅速で正確な解説報道をしてこなかった。今のマスコミの記者の能力からすれば解説や分析などの高度な能力はないから、マスコミ記者ですら最近ではネットで情報を集めている。

最近では新聞テレビなどの報道機関の不祥事が相次いでいる。マスコミは第四の権力として好き勝手な事をしてきたのですが、国民の目は厳しくなってきている。朝日新聞やTBSなどは確信犯的であり悪質だ。佐藤守氏は次のように指摘している。


意外に早くマスコミの大掃除が始まった! 2月24日 佐藤守

今年はメディア関係の「淘汰の年」だと以前書いたが、予想以上に早く大掃除が始まったようだ。今朝の産経一面トップの「毎日新聞のスキャンダル」は今に始まったことではあるまい。先日書いたが、西山太吉記者が外務省の女性事務官と“情を通じ”て、沖縄復帰に関する秘密電報をすっぱ抜いたし、TBSも、オーム事件で今回と同様な情報漏えいをして、オームの連中が坂本一家殺人事件を引き起こす原因になった。全国紙から地方紙に至るまで、とんでもないでたらめ記事が氾濫していることが判明し、読者も驚いたに違いない。 (後略)





「賃金を上げるには生産性を高めればいい」と主張する人々は、
みんな嘘つきである。彼らは経済学のイロハも知らないニセ学者


2007年2月25日 日曜日

「賃金と生産性」について。 2月24日 ニュースと感想 

格差拡大にともなって、経済学で、次の見解(嘘である)がけっこうひろがっているようだ。
 「賃金を上げるには、生産性を高めればいい」 …… (a)
 「生産性を高めるには、能力のある人が能力を発揮できるように、雇用の流動性(柔軟性)を高めればいい」 …… (b)

 こういう古典派の見解については、本サイトでも5年前にも否定しておいたのだが、今になってもぐちゃぐちゃと解説する経済学者が多く、素人はだまされるようだ。
 そこで、どこがどう間違っているか、説明しておこう。

 (1) 生産性の意味
 そもそも、これは「生産性」という概念をまったく理解していない。生産性というのは、直感的には、「一人が一日に靴をいくつ生産できるか」ということである。そこで、「一人が一日に靴を 10個つくっていたあと、11個つくるようになれば、生産性が1割アップする」という解釈が出る。
 しかしこの直感は、わかりやすいが、素人向けすぎる。現実には、これは正しくない。なぜかというと、ここでは「価格が不変ならば」という仮定があるからだ。あるとき急に何らかのブームが起こったり、天変地異が起こったり、戦争があったりして、その靴の人気が急に高まれば、同じ靴が高値で売れるようになる。そのせいで価格が5割アップすれば、生産性も5割アップする。まったく同じ靴を作っていても、市場の人気度だけで生産性が5割もアップするわけだ。
 こう考えると、スターの生産性がべらぼうに高いわけもわかる。ベッカムなどの生産性がメチャクチャに高いのは、彼らの成績が抜群によいからではなくて、単に市場で人気があるからにすぎない。人気が衰えれば、あっという間に生産性は低下する。
 ここまで見れば、明らかだろう。生産性というのは、「靴をいくつ作るか」ということではなく、「金をいくら稼ぐか」ということであるから、「賃金」と同義語なのだ。「賃金を上げるには生産性を高めればいい」というのは、「賃金を高めるには賃金を高めればいい」というのと同義である。トートロジーだ。何も言っていないのに等しい。
 ここで、生産性の定義に戻ろう。生産性の定義とは、「労働力1単位あたりの(物的な)生産量」ではなくて、「労働力1単位あたりの(金額的な)生産額」のことである。これが定義だ。とすれば、上記の結論は、当り前のことなのだ。
 「賃金を上げるには生産性を高めればいい」と主張する人々は、みんな嘘つきである。彼らは経済学のイロハも知らないエセ経済学者だ。
( ※ 余談だが、ベッカムが高い生産性を上げるのは、彼が人気者だからであり、そのわけは、彼がハンサムだからだ。だから、「生産性を上げればいい」という主張は、「ハンサムに生まれればいい」という主張になる。馬鹿げている。確かに、ハンサムに生まれれば金儲けができるが、そんなことを言うのは言うだけ無意味だ。自分の主張のバカらしさを理解した方がいい。)

 (2) ミクロとマクロ
 より根源的な話をする。こういうデタラメな主張をするのは、古典派経済学者ばかりであるが、彼らはミクロとマクロの区別がまったくできていない。ミクロとマクロの問題を混同しているのだ。
 ミクロ的になら、「賃金を上げるには生産性を高めればいい」というのは、曲がりなりにも成立する。ここでは、「1個あたりの価格は変わらない」という前提が成立するから、「労働力1単位あたりの(金額的な)生産額」を増やすことは、「労働力1単位あたりの(物的な)生産量」を増やすことに相当する。そこで、「賃金を高めるには、生産性を高めればいい」という結論が出る。
 一方、マクロ的には、このことは成立しない。マクロ的には、「労働力1単位あたりの(物的な)生産量」を増やす方法などはない。そもそも、原理的に不可能である。生産性の向上というのは、どんなときにも、年率で 2%から3%程度でしかない。それから大きく変動することはない。個別企業ならば、「その企業だけが生産性を高める」ことは可能だが、国全体ではそんなことは主張しても無意味である。
 それはいわば、「運動会で一等になるには、練習して頑張ればいい」というのが、一人には成立しても、全員には成立しない、というのと同様だ。一人が一等になることは可能だが、全員が一等になることは不可能だ。
 一人にとって成立することが、(必ずしも)全員にとって成立するとは言えない。……これがマクロ経済学の原理である。このことを理解しないのが、ミクロ経済学ばかりを考える古典派だ。
 日本経済で人々の賃金が低下しているのは、人々の頑張りが低いせいでもないし、一人一人の生産性が低下しているせいでもない。バブル期に比べれば、現代の生産性は、ずっと高い。それにもかかわらず、バブル期よりも貧しい人々がたくさんいる。この問題は、ミクロ経済学者の思うような、生産性の問題ではない。では、何か? 一人一人の努力や生産性が悪いのではなくて、国全体のマクロ的な総需要が縮小していることにある。人々は、靴を生産する能力が低下したのではなくて、靴を生産しても靴を買ってくれる消費者がいないから、貧しいのだ。
 一国全体の問題(政府の問題)を、一人一人の能力不足に期するのが、古典派だ。「おまえがバカだからおまえは貧しい。おまえがもっと利口になればいいのだ」と。とんでもないことだ。バカなのは、一人一人ではなくて、マクロ的な需要調整ができない政府である。そして、そのことを見抜けずに、「何でもかんでも個人の責任だ」と主張する経済学者もまた同罪である。

 (3) 経済成長率との関係
 生産性向上と成長率とは、どう関係するか? 
 古典派ならば、「比例する」と答えるだろう。生産性向上が3%ならば成長率も3%だ、というふうに。ここから、「IT化によって生産性を向上させれば、成長率も上がる」という結論が出る。
 では、現実にはどうか? 90年代の日本を見れば、こうわかる。
 「IT化が最も急激に進んだ 90年代こそ、成長率が最悪になった時期だった」
 これが事実だ。ITなんかなかった 60年代〜80年代には、経済はどんどん成長したのに、IT化が急激に進んだ 90年代こそ、(バブル破裂にともなって)成長率が最悪になったのだ。2000年代の現状も同様である。
 では、正しくは? こうだ。
 「供給の面では、生産性の向上がどんどん進んだが、需要が縮小していたので、持てる能力を発揮できないままだった」
 つまり、能力の不足が問題なのではなく、能力を発揮する機会がないことが問題なのだ。一人一人の人間が劣悪なのではなく、一人一人の能力を発揮できるような社会的なシステムが整備されていないことが問題なのだ。そして、社会的なシステムというのは、何かたいそうなものではない。単に政府や経済学者に「需要を制御する」という概念(マクロ政策の概念)が欠けていた、ということだけが問題なのだ。( → 需要統御理論
 古典派の主張は、「需要が一定ならば」という仮定に基づくものだ。だが、仮定が成立しないのだから、その主張はしょせんは砂上の楼閣にすぎない。

 (4) 生産性向上の方法
 最後に、余談として、「生産性向上の方法」を示そう。
 生産性向上の方法は、何か? 経済学者はやたらと、「自由競争」とか「雇用の流動性(柔軟性)」とか「スキルアップ」とかを言う。しかし、そんなことで、急激に生産性が向上するはずがない。そもそも、それらのことは、「無駄を排除する」という効果があるだけで、「プラスを生み出す」という効果はほとんどない。
 市場原理というのは、「優勝劣敗」のことであり、「優者の割合が増えて、劣者の割合が減る」ということだ。それを通じて、全体的な生産性は向上する。しかし、優者において独自の技術が発明されるわけではない。市場原理は、あくまで、配分を調整するだけであり、個々の質を改善する効能はない。
 (政府のマクロ政策のかわりに)どうしても市場原理によって生産性向上をするなら、話は簡単だ。単に賃金をアップすればいい。優秀な企業が賃金をアップして、よそから従業員を招けば、その社では賃金アップと生産性向上が同時に達成される。(ただし企業の利益は減る。)
 一方、企業の利益を増やすには、生産性を低下させて、季節社員やアルバイトを増やせばいい。そうすれば、企業の生産性は低下するが、そのことで、賃金水準が下がるから、企業の利益は増える。……ここでは、金額的な生産性の低下(= 賃下げ)こそが、企業の業績改善のコツである。そして、現実はそうなっている。
 金額的な生産性を上げたければ、企業が賃上げをすればいい。しかし、それができない。とすれば、「生産性を上げよ」という方策は、もともと無意味なのだ。
 さらにまた、量的な生産性を上げるということは、個々の企業が必死に取り組んでいることだ。経済学者が「生産性を上げよ」と主張するのは、まったく無意味である。いわば、必死になって走っているマラソン走者に、「一位になるにはもっと能力を高めればいい」と告げるのと同様である。あるいは、受験生に向かって、「合格するにはもっと学力を上げればいい」と告げるのと同様である。そんなことを告げれば、「言われなくてもわかっている」と怒られるだけだろう。「あんたにはそのくらいのことしか言えないのか。幼稚園児並みの頭だな」とバカにされるだろう。

 結語
 「生産性を上げればいい」というのは、次の意味がある。
  ・ 各企業にとっては …… 量的には無意味。金額的には業績悪化。
  ・ 労働者にとっては …… 無意味。賃上げと同義だが、望んでも得られない。
  ・ 国全体にとっては …… 無意味。供給の問題ではなく、需要の問題。

 要するに、「生産性を上げればいい」というのは、まったく無意味な論議なのである。何も言っていないのに等しい。どちらかと言えば、逆効果があるかもしれない。
 現在の経済悪化は、靴を生産する能力が低下したのではなくて、靴を生産しても靴を買ってくれる消費者がいないからだ。バブル期に比べて、経済が質的に悪化したからではなくて、経済が量的に縮小したからだ。バブル期には、パソコンもなく、ワープロ専用機で仕事をしていた。生産性は今よりもずっと悪かった。それなのに人々はずっと幸福な生活を送れた。
 なぜか? 経済学者が「生産性を高めればいい」なんていう嘘をついて、人々をだますことがなかったからだ。だからこそ、低い生産性でも、十分に幸福な生活を送れた。どうして? 需要があったからだ。需要があれば、一人一人がまともな職場で働くことができる。そうすれば、IT技術を習得することもなしに、一人一人が自然に高い生産性を発揮できる。
 「生産性を高めるためにIT技術を習得せよ」なんて主張するエセ経済学者は、バブル期の日本の状況を見ればいいのだ。

 [ 付記1 ]
 本項の核心を、一言で言えば、こうだ。
 「一国経済の本質を見抜くには、ミクロ経済学ではなく、マクロ経済学によるべし。」
 「個の総和が全体になるわけじゃない。一人が努力すれば一人が勝つが、全員が努力しても全員が勝つわけじゃない。どんなに各人が努力しても、徒競走で全員が一等になることもなく、相撲で全員が白星になることもない。何でもかんでも各人の責任にするのは、国家の無能さを正当化するだけだ」
 これを一言で言えば、「古典派経済学者は嘘つきばかりだ」ということ。

 なお、嘘つきを見抜く方法を教えよう。上記のことからわかるように、「賃金を上げるには生産性を上げればいい」というふうに、「生産性」というものをやたらと持ち上げる人がいたら、その人はまさしく嘘つきである。「生産性」という言葉は、嘘つきを見抜くための道具としては、とても便利だ。
 たとえば、小泉や竹中がそうだ。彼らは「構造改革で生産性を上げよう」と主張して、結局、「生産性の向上」というラッパを吹くことしかしなかった。「生産性」という言葉を使った時点で、彼らは嘘つきだと判明する。


 [ 付記2 ]
 派遣労働者などの生産性を高めるには、どうしたらいいか? IT技術を習得すればいいか? 実は違う。彼らの賃金を単にアップすればいい。それには、労働組合を結成したりして、団交によって賃金水準をアップすればいい。労働組合の威力こそ、賃上げ(= 生産性アップ)のコツである。
 ただし、そうすると、その分、正社員の賃金は下がる。派遣社員の賃金(=生産性)は上がるが、正社員の賃金(=生産性)は下がる。労働者全体では変わらない。
 じゃ、労働者全体の賃金を上げるには? 正社員も含めて、労働者がそろって団交をして、会社全体の賃金を上げればいい。ただし、一社だけでやると、その企業がつぶれる。そこで、国全体で、ゼネストみたいな形で、一挙に賃上げをすればいい。そうすれば、マクロ的には、総所得と総需要が増加するので、景気は一挙に回復する。(→ 前出 「企業のいっせい賃上げ」)
 これが実現すれば、不況期における「コストアップインフレ」になり、デフレも不況もあっという間に吹っ飛ぶ。失業はあっという間に解消し、日本は再びバブル期のような好況になる。派遣社員は正社員として雇用されるようになるので、賃金の上昇にともなって生産性は急激に上昇する。
 では、なぜ、現実にはそうならないか? 労働組合の力が弱まっているからだ。そのせいで、労働者は派遣社員のような形に追いつめられる。企業は労働者の賃金をどんどん切り下げ、自社の利益を増やすが、そのことで、回り回って、一国全体の総需要が縮小して、景気が低迷する。……つまり、企業が自社の利益の最大化をめざすから、国家経済は低迷する。これは「合成の誤謬」だ。
 で、こういう「合成の誤謬」に気づかず、あくまで個の論理にとらわれているのが、古典派経済学者。「目がふしあな」と言ってもいい。自分で落とし穴を掘って、自分で穴に飛び込んでいるのに、なぜ自分が穴に落ちたのか、わからないでいるわけ。「最適のことをしたのに、なぜ穴に落ちたのだろう?」と。実は最適のことをしたからこそ穴に落ちたのだ、ということがわかっていないのだ。
 そのわけ:二人の人間AとBが、自己の利益の最大化を狙って、相手の前に穴を掘った。Aの掘った穴にBが落ち、Bの掘った穴にAが落ちる。自己の利益の最大化を狙った結果、総和は最大にならずに最小になる。(企業は自己の利益を狙って労働者の富を奪い[=賃下げ]、労働者は自己の利益を狙って企業の富を奪う[=安いものしか買わない]。たがいに相手の富を減らしあって、最小化。それが「縮小均衡」だ。……こういうのが、マクロ経済学の理解。)

 [ 付記3 ]
 ではなぜ、間違いだらけの古典派経済学がのさばり、まともなマクロ経済学は主流にはならないのか? それは、古典派経済学者が、学界を牛耳っているからである。一種の談合(カルテル)だ。
 談合に加わっていれば、全員が安泰である。一方、異端の優秀なものが入ってくると、全員が敗者となる。だから、全員で結託して、異端の優秀なものを排除する。これが談合の原理。
 この世では、市場原理ですべて片付く、ということはない。その典型的な見本が、経済学者の世界だ。そこでは、市場原理は働かず、談合の原理だけが働く。彼らは競争によって負けることを拒むので、競争自体を排除するのだ。それならば絶対に負けないからだ。
 その例。「古典派経済学は否定されているが、それに変わるものが現れていない」という主張。バカじゃないの? マクロ経済学も知らないのだろうか。総需要管理とか、減税とか、いろいろな方策が知られているのに、そういうものを一切無視して、朝から晩まで「市場競争の貫徹」とばかり唱える。彼らは、学問の世界では、ライバルを排除し、競争をなくす。それこそが(劣悪な)自己の安泰を保つ方策だからだ。
 ちなみに、日銀の政策決定の場でも、そこにはマネタリズムとサプライイサイドの人がいるだけで、ケインズ系の人もいないし、マクロ経済学者もいない。(エセ・マクロ経済学者 = マネタリスト ならばいるが。彼らはマクロ経済学者ではないので、間違えないように。彼らはマクロ現象を論じるミクロ主義者である。)
 余談だが、「生産性の向上で経済成長」と唱える人々は、サプライサイドと呼ばれる。経済学の世界では、まともな経済理論とは見なさされない立場であり、バカにされることが多い。しかしながら、その理論の欠落が、単純さ(ほとんどワン・センテンスで説明できる)として歓迎あれ、保守的な政治家の間では受けがいい。したがって、権力的には、最大の権力を持つ。たとえば、小泉純一郎・竹中平蔵などだ。
 一方、マネタリストは、日銀に牙城を築いている。
 で、この両者は、ちょっと見ると仲が悪いように見えるが、しょせんは古典派の枠内にあるので、同じ穴のムジナにすぎない。普段は仲が悪いように見えるが、
ときどきケインズ派やマクロ経済学者が異を立てると、一致団結して、「市場原理」を唱えて、「労働組合の弾圧と企業利益の拡大こそ、最善の策だ」と主張する。ま、どちらにしても、経団連の飼い犬です。


(私のコメント)
ネットの世界では生産性や賃金の問題について論争が起きているようですが、ミクロ経済学でマクロ経済を説明しようとすると訳が分からなくなる。ミクロ経済の理論がいくら正しくともマクロ経済では間違っている事になるからだ。一人の人の生産性が上がればその人の賃金は上がって豊かになる。しかし皆が生産性が上がれば商品やサービスの需給が崩れて貧しくなってしまう。

だから生産性を上げれば豊かになるという理論はマクロ経済では間違っている事になる。マクロ経済では労働者の生産性を上げるには賃金を上げれば生産性は上がる。その代わりに企業の生産性は落ちて利益が減る。ところが現実には企業の利益が上がり、労働者の方は正社員のクビを切り派遣労働者に切り替えているから所得が落ちている。

日本が高度成長経済時代には企業の利益が上がり、労働者の賃金が上がっていったから日本中が好景気になった。ところが80年代頃から賃金の頭打ち傾向が続いて物価もあまり上がらなくなった。それまでは賃上げがあれば一般の物価も上がって賃金と物価の値上げ競争が起こっていた。

ところが80年代になってアジアや中国などから安い商品が入るようになって物価の値上がりは抑えられぎみになり、賃金も派手な上がり方はしなくなった。円が高くなった事や外国から安い商品が入ってきたからだ。輸出企業などは円高とコスト競争にさらされて、労働者の賃上げをストップさせる事で調整したからだ。

アメリカからは内需を拡大せよと何度も圧力をかけられてきましたが、賃上げがストップすれば内需の高まりようがないわけですが、政府や日銀は大幅な金融緩和で景気を上げようとした。しかし上がったのは株や土地などの資産だけで内需の高まりはあまりなかった。その結果バブルが発生して崩壊した。

円高などの為替相場と賃金とは深い関係がある。超円高で人件費の競争力がなくなり賃金の頭打ちから非正規社員化で賃下げが起こった。企業の生産性は上がっているが労働者の生産性は落ちた事になる。これでは景気が良くなる訳はない。

最近では円高も一服するようになりましたが、ユーロの登場が円の代わりをしてドルのヘッジ手段としてユーロが買われるようになったからだ。ドルはニクソンショック以来、金との兌換性を失いドルは値下がりを続けた。アメリカは基軸通貨の特権を生かしてペーパマネーを乱発して世界中から物を買いまくっている。日本がドルを買い支えている限り心配はない。

日本はドルのヘッジ手段としての重荷を下ろすことで円の為替は平常の水準に戻ろうとしている。その結果、今年あたりは賃上げも復活しそうだ。円安になれば賃金の競争力も付いて上げやすい。円安は物価の上昇と賃金の上昇をもたらすからミニ好景気も起きるかもしれない。

現在では韓国の物価よりも日本の物価が安くなり海外から買い物客も増えている。土地も安く買えるからオーストラリアから北海道の別荘を買う人も増えてきた。このように円安は労働者の賃上げもしやすくなり国内的には物が動き始めて景気は良くなる。通貨は安いほうが海外から投資も呼び込みやすい。だから円安さま様なのだ。

しかし円安で他のアジア諸国や中国の競争力がなくなるから世界経済的には波乱が起きる可能性がある。性能の良い日本の車やハイテク家電が中国製品や韓国製品を駆逐するのは訳はない。EUの車も危ないだろう。だから世界では円が安すぎると大合唱が起きている。しかし今までが円は高すぎたのだ。

80年代90年代の円高時代は日本企業は生産性の向上に努めてきましたが為替が何十%も動けばいっぺんに吹っ飛んでしまう。逆に生産性を向上させなくとも為替が安くなれば生産性が上がったようになるから景気が良くなる。アメリカのドルや中国の元は安いからバブルといわれるほど景気が良かった。現在厳しいのはユーロ高のEUだ。

このように日本は1ドル=100円でも大丈夫なくらい円高抵抗力があるのに、アメリカはドル高抵抗力はないしEUもユーロ高抵抗力はない。中国やその他のアジア諸国もドルにヘッジしているからドル高抵抗力はない。日本は円高時代に生産性を上げてきたから少しくらい円高でも日本製品は競争力があるが、その他の外国では安くしないと売れないものばかりだ。

生産性の向上には血の出るような努力と知恵を使いますが、それよりかは通貨を安くしたほうが競争力が付いて生産性が上がる。しかしそれを長いこと続けていると企業に競争力はなくなりマイナスだ。アメリカの自動車業界はドルがいくら安くなっても海外には売れない。アメリカが海外に売れるものは農産物とコンピューターソフトぐらいしかなくなってしまった。

アメリカで一番生産性が高くなっているのは金融業でありゴールドマンサックスでは新入社員が数千万円のボーナスをもらっている。なぜそんなに生産性が高いのかというとアメリカ政府はもとより世界各国に情報網を張り巡らせて情報を金に換えているからだ。国際金融資本は国家を動かして金を儲けてる。アメリカは滅ぶ事があっても国際金融資本は残るだろう。

日本人はこのような金融業には向かないから、絶えず技術開発と生産性の向上に努めて行くしかないだろう。しかし日本人も経済や金融や情報に強くならなければ国際金融資本に食い物にされてしまう。ネットにおける生産性や賃金のミクロやマクロの取り違えた間違った経済論争に翻弄されている限り、国際金融資本の情報戦略に踊らされてしまう。

日本における経済学者やエコノミストの生産性は非常に低い。学者ですらミクロ経済とマクロ経済の違いが分からず、国家の経済政策に対する正しい政策提言が出来ていない。小泉首相や竹中大臣のような低脳政治家や低脳学者は生産性が上がれば賃金が上がるなどと一見分かりやすい文句に踊らされてしまう。しかしマクロで見ればそれは間違っている。

今の日本にはアメリカ仕込の古典派経済学が政財界を占めていますが、マクロ経済学やケインズ経済学は理解するには高度な知能が必要だからなかなか理解されない。「株式日記」ではケインズ政策を主張してきましたが需要を起こす事が経済の活性化につながる事を理解しようとせず、財政再建を優先させてしまう。東大出の低脳財務官僚がマクロ経済理論を知らないからだ。




北朝鮮の核(ミサイル)開発の仮想敵国は中国だったのだ。
厄介な北朝鮮がいつ米国の勢力圏にはいるかわからない。


2007年2月24日 土曜日

北朝鮮の核 2月22日 佐々木敏

(前略)
さて、「そこで問題です」。北朝鮮の核兵器やミサイルは、いったいどこを仮想敵国として開発されているのでしょう?
(^^;)
1990年2月、北朝鮮の核兵器開発疑惑が惹起されたとき、地政学の法則を知っていた筆者はこう思った:

「内陸国・北朝鮮が半島国・韓国を侵略するのに、核兵器は要らないはずだ(現に1950年には核抜きで韓国本土の大半を制圧したのだから)」
「1980年代まで北朝鮮が繰り返し、『朝鮮半島の非核化』や『朝鮮半島からのすべての外国軍隊(事実上米軍のみ)の撤退』を主張していたのは、核も米軍もなくなった韓国を単独で、陸軍力のみで侵略できると思っていたからだ」

上記の筆者の考えはいまでも間違っていないはずだ(読売新聞1990年2月15日付朝刊5面「北朝鮮、在韓米核兵器撤去を要請 IAEA査察受け入れを条件に」)。そこで筆者は仕方なく、「1990年代の北朝鮮はソ連崩壊後、ソ連からの援助を失って国内経済が崩壊したので、韓国を侵略できるほどの陸軍力を維持できなくなったのだろう」と、地政学の法則に勝手に「例外規定」を作って自分を納得させていた。

しかし、2005〜06年に中朝国境を取材した知人から「中朝国境(中国領延辺朝鮮族自治州と北朝鮮の境界線)は一触即発であり、いつ戦争が始まってもおかしくない」と聞いて、やっと納得した。北朝鮮の核(ミサイル)開発の仮想敵国は中国だったのだ。内陸国・中国の侵略に備えるために、半島国・北朝鮮が「決定的な破壊力を持つ兵器」を保有したがっていると考えると、地政学の「半島国の法則」に例外を設ける必要はなくなる。

1948年、38度線の北側に建国された北朝鮮の憲法では、首都は(38度線の北側にある平壌ではなく、南側の)ソウルだとされていた。つまり、ソウルを含む半島南部を征服し半島を統一することが国是だったのだ。

しかし、1972年の憲法改正で、首都は平壌(ピョンヤン)になる(72年憲法第11章第149条)。これはどういうことだろう。

●敵に渡すな●
1948年の北朝鮮建国当時、中国共産党(翌1949年に中華人民共和国を建国)とソ連は蜜月関係にあり、北朝鮮は中ソ両国から支援を得て韓国を侵略することが可能だったから、「いずれ(韓国領内の)ソウルを首都にする」という趣旨の文言を憲法に盛り込んでも絵空事とは言えなかった。むしろ、国家目標を示すうえで48年憲法第9章第103条は必要だった。

しかし、1960年頃から中ソ対立(見かけ上はイデオロギー対立だが、実態は地政学上の領土紛争)が顕在化すると、もはや北朝鮮が中ソの支援を得て半島を統一することなど夢物語となったので、現実にめざめた北朝鮮政府(朝鮮労働党)は現実に合わせて憲法を変え、首都を平壌としたのだ。

それでも、朝鮮戦争当時半島の9割を支配下に置いた経験のある建国の父キム・イルソン(金日成)が国家元首であった1980年代までは、北朝鮮は「半島統一をめざす」ことを形式上国是として掲げ続けた。韓国とともに分断国家の片割れとして、その国家としての存在の正統性を問われ続けている北朝鮮としては「わが国は半島全体を代表する正統な国家です」と言い続けるしかなかったのだ。

しかし、1991年、ソ連の体制改革(民主化)による東西冷戦の終結を受けて、北朝鮮と韓国が、東側(社会主義諸国)西側(資本主義諸国)双方の陣営の賛同を得て同時に国連に加盟すると、北朝鮮の独立国家としての正統性の問題には、いちおうの決着が付いた。つまり、半島の統一がなくとも、北朝鮮も韓国もその存在に法的、政治的な疑問符が国際社会から突き付けられる心配はなくなった。いまにして思えば、このとき事実上、韓国にとって北朝鮮は脅威でなくなり、北朝鮮にとっても韓国および在韓米軍は脅威でなくなったのだ。

他方、「北朝鮮の北」には脅威が存在した。
1960〜80年代、中ソにとっては、地続きの隣国・北朝鮮が、敵対関係にある勢力(中国にとってはソ連か在韓米軍、ソ連にとっては中国か在韓米軍)の勢力圏にはいることは死活問題であり、たとえ北朝鮮に先制攻撃をかけてでもそのような事態は阻止したかった。が、中ソは対立してお互いに牽制し合っていたので、北朝鮮は「中ソ等距離外交」と呼ばれる中立政策で中ソ双方から国家体制維持に必要な援助を引き出し、独立を保っていた。

1991年末にソ連が正式に消滅し、その後継国家ロシアの軍事力がソ連時代に比べて著しく衰退していることが明らかになると、「ソ連からの援助を失って弱体化した北朝鮮の国家体制が崩壊して韓国に吸収され、北朝鮮最北端の中国との国境線、鴨緑江の沿岸にまで米軍が進出する恐れ」が現実の問題となって来た。

中国としては、北朝鮮の体制崩壊を防ぐために石油や食糧の援助を北朝鮮に送ってはいるが、この厄介な隣国がいつ米国の勢力圏にはいるかわからないので、「敵に渡すぐらいなら、その前に自分のものにしたい」という防衛策を考えるのは、地政学上当然だった。

2002年、中国政府は、現在の中国東北地方(旧満州)東南部から北朝鮮にかけての広大な地域を紀元前37年〜紀元後668年に支配した古代国家・高句麗を、朝鮮民族の王朝ではなく、中国の地方政権と位置付けて中国史に編入するためのプロジェクト「東北工程」を開始し、2004年には、中国外務省ホームページの韓国史の項から高句麗史を削除した(朝鮮日報日本語版2004年7月14日付「中国大使呼び『高句麗削除』抗議」)。これは紛れもなく、中国が北朝鮮を侵略するための伏線、侵略の「大義名分作り」である。

1990年2月の「北朝鮮核開発疑惑」発覚以降、2007年2月現在まで、北朝鮮は米国に対して執拗に北朝鮮国家体制の存続を保証してくれと要求し続けたと報道されている。この「体制の保証」とは一般的には、「米国が(北朝鮮の核保有阻止を口実に)北朝鮮を攻撃しないこと」と受け取られているが(共同通信2005年2月18日付「北朝鮮の狙いは体制保証 米大統領特使派遣が打開策」、東奥日報2003年7月23日「天地人」 TBS Newsi Web 2006年10月9日「伊藤洋一:世界を読み解くキーワード」)、それは地政学と核技術の常識に反する。

北朝鮮は2006年10月の核実験宣言(実態は「単なる火薬の爆発」。小誌06年10月16日「北朝鮮『偽装核実験』の深層」)の時点でも、軍事利用可能な核技術を保有しておらず、核弾頭を小型化して日米に届くミサイルに搭載するなど夢のまた夢だが、1990年代当時はもっと核技術が未熟だったはずであり、そのような「核後進国」を攻撃すべき理由は、米国にはないからである。



(私のコメント)
2月14日の「株式日記」で「私が金正日ならば思い切ってアメリカに歩み寄ってアメリカに白旗を掲げる事で生き残りを図ることを考える」と書きましたが、佐々木敏氏も北朝鮮にとっての脅威は中国であると書いている。金正日から見れば中ソの両天秤外交からソ連が崩壊して、金正日としては米中の両天秤外交に切り替えざるを得ない。

しかしアメリカは朝鮮半島に対する関心はすでに失ってしまっている。金日成や金正日がもっと外交戦略家であるならばソ連が崩壊した後はアメリカに譲歩すべきだった。アメリカと北朝鮮とは休戦状態ですが、北朝鮮が負けたことにして米朝は国交を回復してアメリカに中国からの脅威に牽制してもらう事が必要だった。

そうすれば金正日は米中の両天秤外交が出来たはずだ。アメリカは核開発で騙されたから北朝鮮問題を中国に丸投げしてしまった。そうなると中国は北朝鮮に対して生かさず殺さずにしてアメリカに対する鉄砲玉として利用しようとしている。北朝鮮をアメリカの中東に対する牽制に使おうとしている。

中国から見れば北朝鮮が核武装する事は決して容認できないはずですが核実験までさせてしまった。北朝鮮は核武装する事で中国からの脅威に対抗する事ができるようになり、アメリカから見れば北朝鮮を中国に対する逆鉄砲玉にすることが出来る可能性が出てきた。北朝鮮の核武装を容認した事は中国にとっては戦略的な失敗だ。

日本のマスコミはしきりと中国や北朝鮮の外交を巧みだと賞賛するが、私から見ると中国や北朝鮮ほど戦略的な外交べたはない。日本に対しても靖国問題や歴史問題を持ち出して外交関係を険悪にしてしまった。金正日もさっさと拉致被害者を返してしまえば数兆円の経済援助が見込めるのに、話し合いすら拒否している。

北朝鮮はまったく孤立してしまって、このままでは核を持ったとしても経済的に締め付けられて崩壊していくだけだ。北朝鮮としては中国に全面譲歩するかアメリカに全面譲歩するかして妥協するしかない。しかしアメリカも中国も全面譲歩を受け入れるだろうか? 韓国との統一も韓国が逃げ腰になっているから見込みはなくなってきた。

このままでは北朝鮮がいくら核保有国と虚勢を張ってもどこも相手にしてくれないだろう。北朝鮮は重油100万トン手に入れたつもりになっているが核開発を放棄しなければ入ってこない。また中国もアメリカも北朝鮮が核を持ったまま韓国との統一は認めない。韓国には多くの原子力発電所を持ち核燃料も沢山持っているから統一したら核大国になってしまう。そうなれば日本も核武装せざるを得ない。

このような現状を分析すれば朝鮮半島は現状を維持したまま北朝鮮をほったらかしにしておくしかない。北朝鮮が核実験したりミサイル実験をすればアメリカは日本に巨額のMDを売りつけることが出来るから現状維持が良い。日本も防衛庁が防衛省に昇格して憲法改正もしやすくなった。まさに北朝鮮さま様だ。


金桂寛次官が3月1日米国入り、ヒル次官補と協議 2月24日 ヤフーニュース

【ワシントン23日聯合】6カ国協議で北朝鮮首席代表を務める金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官が来月1日に米国を訪問し、ヒル国務次官補ら米国代表団と、6カ国協議で採択された合意文書の履行方策を協議する方針だ。複数の米国の消息筋が23日に明らかにした。
 ある消息筋は聯合ニュースの電話取材に対し、金次官一行は来月1日にサンフランシスコを訪れ、スタンフォード大学で講演した後、ニューヨークに向かう計画だと述べた。

 金次官はニューヨークでヒル次官補と、合意文書に基づく5つの作業部会のうち、「米朝関係正常化」作業部会に関する措置などを話し合う考えとされる。

 また金次官は、コリア・ソサエティで北朝鮮の核に関する履行策と米朝関係正常化策などについて講演するための準備を進めていると伝えられた。


(私のコメント)
北朝鮮の金正日が「株式日記」の読者だったとは知りませんでしたが、「米朝関係を正常化」させることで中国を牽制することを狙っているのだろう。金正日にしてもこのままでは中国に併合されてしまうのは時間の問題だった。アメリカとの国交を回復させれば中国に乗っ取られる心配はなくなる。アメリカはこのための交換条件を出すのだろうが、韓国の軍事基地を北朝鮮に移すことも考えられる。




日本では検察に起訴されたら99,9%有罪にされてしまう!
裁判員制度は国家機構の一部になった裁判を取り戻す為のもの


2007年2月23日 金曜日

「それでもボクはやってない」を見てきた 1月20日 磯崎哲也事務所」

(前略)

日本は民主主義の国で、首相や政府に対しても行政に対しても、そして「第4の権力」であるメディアに対しても、国民は非常に厳しく批判的な目を向けており、実際に容赦ない批判が浴びせられているわけです。

しかし、よく考えてみると、三権の一つである司法の問題については、ほとんど話題になることすらない。

それは、「司法にタテツくと怖い」といった恐怖感といったものからでは(おそらく)まったくなくて、司法の実態があまりに専門的で、話題にするにはあまりにつまらなく、お笑い用語でいうところの「からみづらい」存在だからでしょう。

つまり、司法のはらむ問題というものは、テレビや新聞といったマスメディアでは非常に取り上げづらかったし、「ジュリスト」などの雑誌や専門書でも「無罪判決を出すと裁判官の出世にひびく」といったことは書きづらい(また、おそらく専門家の間では「あたりまえ」の話として共有されているので書くまでも無い)ことなはず。
ましてや、前述のとおり、映画として興行ベースに乗るとはとても思えないテーマであります。

それがなぜ、「踊る大捜査線」等で大ヒットを飛ばしており、Wikipediaでも、「日本で数少ない、良い意味で映画を『ビジネス』として見ている人物」と書かれているフジテレビの亀山千広氏の製作で公開されたのか。

うがった(または素直な)見方で考えれば、
「『踊る大捜査線』シリーズでだいぶ儲けたから、今度は亀チャンの好きなものやらせてあげようよ」
的な社内力学で、本来、興行的には取り上げるべきではなかった作品が取り上げられてしまったとも考えられます。

しかし、(周防監督は、3年前から綿密な取材を重ねてこられたということでそういった意図は無いと思いますが)、素直な(またはうがった)見方で考えれば、これは、ニッポン放送=ライブドアの攻防で自社に対する新株予約権の発行が差し止められたフジテレビ(および亀山氏)自身が体験した
「あれっ?裁判官って真実を見抜いてくれる人じゃなかったの?」
という意外感、恐怖感、絶望感または喪失感が背後にあって、フジテレビが、「われわれ以外にこれを送り出せる者はいない」という使命感から「公器」として世に問うた作品なのかも知れません。

作品は、裁判の「実態」を(あまりに)リアルに描いている(だけな)ので、法律関係の方々にとっては日頃見聞きしたり体験したりすることと同じで面白くないでしょうし、善良な一般市民にとっては、「刑事裁判」というのは まったく異世界のこと(数値的なリスクとしては「交通事故よりも確率の低い」もの)なので、これも興味がわくことなのかどうか。

そういえば、亀山氏は「踊る大捜査線」シリーズで、「取調べでカツ丼が出てきたり、現場の刑事の独断で敵のアジトに潜入したり」ではない、官僚機構の中に組み込まれて本庁に頭が上がらない「リアルな」警察の現状を描いたので、この作品もその延長線上といえば延長線上なのかも知れません。(しかし、それにしても「興行離れ」してます。)

出演者の方々も役者のオーラを消し去って、まるでドキュメンタリーフィルムのよう。(「裁判員制度の説明ビデオ」と同列の教材ビデオとしても活用できそうな。)
東京地裁のビルの部屋の窓の外に法務省のレンガの建物が見えたり(CG?)、アークヒルズや第25森ビルを見下ろす泉ガーデンの大手法律事務所と、実際に弁護を引き受けてくれる事務所の対比もあまりにリアル。

被害者の女子高生も駅員も警察も弁護士も検事も裁判官も、それぞれが自分の人生の中でそこそこ真面目にやるべきことをやっているだけなのに、「99.9%の有罪率」の中で刑事事件の被告人が地獄に落ちていくという現実。

見終わった観客の方々も全員、あまりにリアルで不条理な現実に、がっくりとうなだれてトボトボとした足取りでスクリーンを後にして帰っていきました。
デートで見に行っても後の会話も盛り上がらないでしょうし、男性の中には、怖くて満員電車に乗れなくなって生活に影響が出る人もいるのではないかと

ということで、「最高裁判所裁判官の国民審査の投票をするのと同じくらい、日本国民であれば見るべき」映画だと思いますが、「『選挙に行ったときに、最高裁判所裁判官の国民審査もちゃんとやったほうがいいよ』と言うのと同じくらい人には勧めづらい」映画でもあります。



証拠を見て思う検察の姿勢 2月19日 植草一秀氏を応援するブログ

2004年の事件の際、警官の目撃証言は全くのでたらめだった。
実際品川駅・横浜駅ビルに行けばわかるが、あの目撃証言は全くの作り話・でたらめだ。
現場に一度でも行ってみればあれが荒唐無稽な話であることははっきりわかる。
それでも下された判決は有罪判決だった。

今回の事件で検察側が出してきている証人や鑑定、
これほどいい加減なものはないと感じた。
2004年の時と同様、『またか・・・』と思った。

2004年の時の裁判官とも違う、他の痴漢冤罪事件の裁判官とも違う裁判官なので、
私は今回の判事の方々がこの『証拠』に基づく正しい判断を下してくださるものと信じている。
しかし検察側は裁判をバカにしているのではないだろうか。

逆に考えれば検察側の出してきた『証拠』はそう思えるものなのだ。
裁判になった時点で有罪は決まったものとたかをくくって、
『自己矛盾する目撃証言』や『いい加減な繊維鑑定』でもこれで充分と
踏んでいるのではないだろうか。
検察は裁判はどうせまともに審理しないと思っているのではないだろうか。
だからこんないい加減な『証拠』を出してきているのではないだろうかと思う。

検察側の立証はこれで全て終了したのだとするなら、
とんでもなくいい加減な証拠を出して立証を終わりにしたと言わざるを得ない。
おかしな点がいくつもある目撃証人。参考:1月分ブログ12月分ブログ
霞っ子クラブに書かれていた目で見ただけで太さが違うと思われる繊維を類似と表現する鑑定人。
この『証拠』は素人が見ても『証拠』ではない。




(私のコメント)
昨日は『それでもボクはやっていない』という映画を見てきましたが、どうしようもない無力感にとらわれてしまう映画だ。確かに痴漢犯罪は多発しており多くの若い女性が被害にあっている。しかし人気のない場所で女性を襲ったような痴漢とは違って、満員電車の中で起こった痴漢行為は冤罪事件が起きやすいのも事実だ。

植草一秀氏の件に関しては何度か書いてきましたが、どうしても映画の『それでもボクはやっていない』という映画を見ると、日本の警察捜査や検察の国策捜査や裁判制度にいろいろ問題が山積しているようだ。日本では「疑わしきは罰せず」の原則は通らないようだ。そして検察に起訴されると99、9%有罪にされてしまう。じつに恐ろしい事態だ。

映画を見ていて警察や検察にあのように取り調べられたら、気の弱い私などはとても無罪を主張する事はとても不可能だ。たとえやっていなくとも罪を認めて被害者と示談で済ませようとするだろう。実際に裁判まできて争われる痴漢犯罪は少なく99,9%有罪にされてしまうから裁判は無駄なのだ。

日本国憲法では三権は分立しているはずですが、実際の権力は行政が握っている。立法に関しても官僚たちが法案を用意して内閣が提案して議決されるから、法律は議会ではなく行政が作っているのだ。また司法に関しても警察や検察の上からの圧力に抗しきれずに判事達は有罪判決を下す機関に成り下がっている。

マスコミに対しても行政府は記者クラブを通じて統制がされており、植草事件に関しても報道管制が敷かれて自由な報道は出来ない。官僚たちも国民世論に大きな動きが生じれば議会も動き出して厄介な事になるからマスコミを統制したがるのだ。

検察に関してもいったん起訴して検察が敗訴になる確率は0,1%しかないのは検察の面子があるからだ。実際には検察が起訴するかしないかで裁判は決まってしまうようなものだ。そこへ政治家が関与してくれば、政治家は検察の人事権を持っているから政治家達も悪い事をやりたい放題が出来る。それが国策捜査だ。

耐震偽装事件に関しても行政の責任なのですが、結局は姉歯被告などに責任が被せられて国土交通省の高官はお咎めなしだ。役人達は民営化という名の天下り先を沢山こさえては役人天国を形成している。5,5兆円も天下り団体の役員の給与に使われても、政治家が動かない以上、財政再建など無意味だし、財務省はむしろ増税でカバーしようとしている。

『それでもボクはやっていない』という映画を見て裁判官も検察も良心が痛まないのだろうか? 起訴されればほぼ100%有罪が確定してしまう。警察や検察の捜査が100%完璧なわけはないのだから、何パーセントかは確実に冤罪なわけだ。

最近では暴力団の資金稼ぎにオレオレ詐欺が流行っているようですが、少女と暴力団員が組めば痴漢犯罪をでっち上げて示談金を稼ぐ事もあるのではないかと思う。示談金の相場は10万円から50万円だそうですが、起訴すればほぼ100%有罪にしてしまう裁判が誘発している背景になっていると思う。

植草一秀氏の事件にしても起訴された以上は、どんなに警察の捜査がずさんであったとしても有罪の判決は100%下される。実際に痴漢行為があったかどうかは分からないが、起訴された以上は確実に有罪にされる裁判は間違っている。だから映画を見てとても憂鬱な気分になった。

2年後から日本でも裁判人制度が実施されますが、『それでも僕はやっていない』という映画はそれを啓蒙する為の映画といえる。もし植草氏の裁判が民間人の裁判員が加わっていれば、警察や検察のズサンな捜査が明らかになれば無罪になる可能性がある。現在の裁判では判事が国家機構の一部になってしまって100%近くの有罪を下してしまう。そのことを考えてこの映画を見て欲しい。


そういった問題点は、裁判員制度の導入によって改善されると思いますか? 日弁連特別試写会

周防監督:
それは、導入によってより良いものにしなければならないと思います。放っておいたら、職業裁判官の手の内で裁判は進んでしまうだろうという危惧がありますし、証拠開示の問題点もあります。

僕たちのような普通の人間の感覚でいくと、「裁判の証拠って全部見られないの?」と思うものですが、検察官は有罪立証に不必要だと思えば、その証拠は関係ないと思うかもしれません。あらゆる証拠をあらゆる立場から検討するべきだと思いますので、証拠開示をキチッとしていただきたいと思います。裁判員制度が始まったからといって、すべてが改善されるというのは大間違いで、むしろ悪くなる可能性だってあると思いますから。そのためにも、これから実施までの間には、色々とやらなければならないことがあると思います。





日本テレビの『ハケンの品格』 この番組は、おそらく、ハケンの
全面自由化を狙っているのではないか?そのための世論づくり?


2007年2月22日 木曜日

日本テレビ『ハケンの品格』より 桐島部長と対決する大前春子


「TV ドラマ「ハケンの品格」」 1月16日 女性差別を告発する

このドラマは、広告会社と人材派遣業の共同企画であることは間違いない。「ハケンの品格」なるテレビドラマが始まった。優秀な派遣社員は、お茶くみもする。定時に帰社する。だめ派遣社員は、仕事のミスをサービス残業で返す。事前面接でなく、面談ならやってよい??・テレビの威力はすごい、現実には法律違反のことでも視聴者の目は、物語にしてごまかされてしまう。

大体、いまどき、時給3000円で、残業しなくても雇い止めされない、派遣社員がいるなら現実に示してほしい。

この番組は、おそらく、ハケンの全面自由化を狙っているのではないかそのための世論づくりともいえる。

危険極まりない番組なのだ。どんな結末になるか、いちいち違法な行為には違法だというしかない。コマーシャルは、ハケン会社が入っているから派遣会社が儲かる番組であることには違いないのだ。

日本テレビ『ハケンの品格』より 二人のやりとりが面白い


価値観の混濁 ー 経験者と未経験者 元OL派遣社員のおねえさん

派遣の本来のコンセプトは「自分が積んだ実務経験を活かして仕事をする」でした。
つまり派遣社員になるには、社会経験を積み、なおかつ即戦力のある人でなければなれませんでした。

おねえさんが銀行に勤めていた頃、オンラインシステムの変更で通常の2倍くらいの仕事量になり、時間厳守の中でこなすには人数が必要でした。しかし貿易事務という知識を持っていないと書類を作成することができないので、誰でもいいというわけにはいきません。
そこで銀行は数人の派遣社員を雇い入れました。行内のアルバイトはとても安いのに、派遣社員の時給は倍以上。ケチな銀行が太っ腹!なのは理由がありました。知識を教えることなく時間内に仕事ができる人たちという条件では、経験を積んだ派遣社員が必要だったのです。

彼女たちはいずれもどこかの商社で貿易事務の仕事をしてきたので、ひとつひとつ「これがこれ」と教えなくてもサッサと書類を作成し、おねえさんたちは非常に助かりました。毎日輸入だけでも何億というお金を動かさなければならない仕事をよくこなしてくれました。
おねえさんが派遣社員に出会ったのも銀行が初めてで、へえ〜、派遣社員って働き者と思ったのもこれがキッカケでした。

さて慢性的な経済不況の中、就職困難な新卒の学生たちは、おねえさんの時代よりももっと厳しい条件で就職活動を続けています。低迷する経済の中で、新卒を採用しない会社も多く、若い力がなかなか活かせないのが現状です。
働きたくても働けない。でも仕事をしなければ生活していくことができません。
あふれる失業者、フリーター、ニートたち。

時代の世相が変わるにつれて、派遣業界も大きく変わってきました。
社会経験、実務経験、即戦力を掲げた派遣会社も、就職経験のない人たちを受け入れ、少しでも社会へ送り出すために、新卒派遣、第二新卒派遣そしてシニア派遣などのシステムを取り入れています。
そして派遣会社で社会人研修を受けさせ、派遣先へと送り込んでいくのです。
彼らにとってはこのシステムによって社会で働くことができ、派遣先の会社も新人研修にお金と時間をかけることなく受け入れることができます。
若い人が派遣社員である程度会社で働くことを覚え、実務を経験したうえで、改めて就職に挑戦することもできます。(まさに経験者とは逆のパターンです)
うまくシステムを活用すれば、お互いにメリットがあります。おねえさんも多くの人が働けるという意味では、画期的だと思います。

つまり派遣社員には、社会人経験者と未経験者の両極端が存在することになります。
未経験者に対する考えと経験者に対する考えをきっちりと立て分けることが重要です。
今の派遣社員のイメージは、これによる混濁があると思います。

即戦力を売りにしているのに、我が社に来たのは就職をしたことがない全くの未経験者だった、人件費を削減するつもりで雇ったのにキャリアがあるので時給が高すぎる、雑用をさせるつもりが契約内容の仕事しかしない。
これらの不満は、すべて派遣のしくみを理解していない、又はうまく利用できていないためのトラブルです。
トラブルが起きて困るのは派遣先の会社だけではありません。派遣会社も派遣社員もこれに巻き込まれてしまいます。

何のために派遣社員を受け入れるのか、ニーズをはっきりすることが大事です。
未経験者を受け入れるのか、それとも経験者が必要なのか?
ルーティンワークをさせるのか、それともある程度任せるのか?
会社やその職場にさまざまな条件や要求がありますので、それを正確に派遣会社へ伝え、派遣会社も派遣に関する情報を理解してもらうことが重要です。
外部から人間を雇い入れるときは、そういうことを充分考えることは会社として当然であり、また送り込むほうにも同じような努力が必要です。
派遣会社は派遣社員と契約しているので、いわば契約主です。その契約主がしっかりと派遣社員をフォローできないようでは、派遣先の会社で中途半端な立場に立たされてトラブルを招き解消できません。
初めて派遣を経験する派遣社員は「派遣ってこんなものか」というイメージがついてしまい、派遣社員自身の意識が低くなってしまいます。そうするとさらに派遣先の会社にいいように使われてしまう悪循環を断ち切れないでいます。
そして派遣社員も、社会で働く一員として「正社員じゃない」立場で判断することは微妙に食い違いがあったり違和感があったりしたとしても、ひとりで考え込まずに常にコミュニケーションを取ること、働いてお金をもらっているのだから、遠慮して使いまわされないように毅然としていることです。派遣社員も意識を高めることです。

さまざまな価値観の中で、適切なものだけを入手するのは非常に難しいことですが、幅が広がった分、うまく活用すると有益なものになるのではないでしょうか。

日本テレビ『ハケンの品格』より 森美雪役の加藤あい


(私のコメント)
日銀が金利を0,5%に引き上げましたが、経済的な状況は先月とほとんど変わらず、なにをもって金利を引き上げたのか十分な説明責任が果たされていません。確かに現在は異常な低金利ですが経済状況が異常だから金利も異常なのです。気象に例えれば気温が0度だから温度計も0度を示すのであり、温度計を20度に暖めれば気温が20度まで上がるわけではありません。

経済状態が異常だから企業の雇用も非常事態であり、正社員のクビを切り派遣社員に切り替えているのも非常事態だからだ。確かに企業の経営効率を考えれば派遣社員を活用したほうが合理的だ。働くほうにとっても特別なスキルを持っている人ならばそれを活用した職場で働いたほうがいい。

正社員だと社内の移動や日本や世界各地への支店への転勤などがあり、自分のやりたくない仕事をやらされる。私も銀行員を十数年やってきたが一度も希望の職種をやらせてもらえなかった。やらされたのは外回りの預金集めと出納係の金勘定ばかりだった。私としてはファンドマネージャー的なことをしたかったのですが上司に贅沢だといわれた。

銀行といっても大部分は工場労働者と大して変わらぬ定型作業であり、大卒者のやるような職種は少ない。だから30代になったら独立して事業を始めようと金を貯めてスキルを磨いた。現在のように人材派遣会社があったのなら資格を生かした仕事が出来た事だろう。宅地建物取引主任の資格を持っているから不動産の仕事も出来るし、第一種電気工事士の資格を持っているから電気工事も出来る。

日本テレビで『ハケンの品格』というテレビドラマが放送されていますが、社会問題を風刺しているという意味で毎週見ている。その中で大前春子という派遣社員が主役ですが、大前春子的な生き方をする人が確かに増えてきた。私なども大学時代から様々な資格を取って十数枚も免許証を持っている。

だから履歴書などを書くときも特技資格欄には書ききれないほどだ。にもかかわらずなぜ銀行に勤めたかというと給料がいいからだ。だから3000万円ぐらい金を貯めて最初のアパートが出来た段階で銀行を退職した。今だったら人材派遣会社に登録して様々な仕事を経験して能力を磨いた事だろう。

だから私は人材派遣会社に対しては否定的な見方はしないが、新卒や未経験者が人材派遣会社に登録をしているのを見ると問題がありそうだ。正社員になれないから仕方なく派遣会社に就職する人が多いと、単なるアルバイト社員と大して変わらなくなる。ドラマでは森美雪のような派遣社員だ。

昔ならお茶汲みとコピー取り程度しか出来ないOLでも正社員として働いていたのが夢のようですが、現在では時間給600円の女性派遣社員がするようになっているのだろう。これからの企業は職能別に細かく給与体系が分けられて正社員が何から何まですることはなくなり、即戦力として派遣社員が使われるようになった。

このような仕組みは確かに合理的だが、新卒の正社員を企業が育成していくといった仕組みがなくなり、現在の若い人が技術を身に付ける機会も少なくなった。新卒を採用して5年10年かけて社員を養成する余裕もなくなり、一生フリーターのようになってしまう人が増えたら日本全体から見ればマイナスだ。

『派遣の品格』の中の大前春子的な生き方をする人にとってはいい世の中になりましたが、割合からすれば森美雪的な未熟練労働者が大量生産されている現状は変えていくべきだ。企業も社員を使い捨ての消耗品のようにこき使えば有能な社員ほど辞めていってカスしか残らなくなる。そして大企業病におかされて倒産していくようになる。

『派遣の品格』はコメディドラマですが、社会風刺も込められている。大泉洋の演ずる調子のいい会社員は現代の植木等だ。上司にはゴマをすり派遣社員を苛めて悪役を演じているが、典型的な日本のサラリーマンを象徴している。正反対の篠原涼子演ずる大前春子と大泉洋演ずる東海林武とは蛇とマングースのような関係ですが、意外や意外と二人の関係は???

派遣社員制度やホワイトカラーエグゼンプション法案と、日本のホワイトカラーにも荒波が押し寄せている。日本のホワイトカラーは生産性は低いと言われているが、企業への忠誠心ばかりが重要視されている。能力があっても個人主義的な人間は排除されるのが日本企業だ。そのような企業に働くには大前春子的な生き方をしていくしかないのだろう。


偽装請負:安倍首相「対応検討」

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20070223ddm003040116000c.html

 安倍晋三首相は22日、実態は派遣労働なのに請負契約を装う「偽装請負」について「当然違法ですから、徹底的に調べていく」と指摘。「労働法制自体に偽装との関係で問題があるのであれば検討しないといけない」と述べ、労働者派遣法などの見直しも含め検討する意向を表明した。

 この問題は同日の衆院予算委員会の公聴会で取り上げられ、精密機器メーカー「キヤノン」の事業所で請負労働に従事するキヤノンユニオンの大野秀之・宇都宮支部長が公述人として出席。大野氏は実体験を偽装請負と説明し「偽装請負の労働者を企業が直接雇用するよう、厚生労働省は指導してほしい」と訴えた。【谷川貴史】

毎日新聞 2007年2月23日 東京朝刊



(私のコメント)
最近のハケンはアルバイトの代わりとなっており派遣業法の主旨から外れています。テレビドラマもこのような実態を明らかにするようなストーリーだといいのですが、スポンサーに派遣会社がなっているから、実態とは逆の描かれかたをしています。国民はテレビによって洗脳されてしまうのです。




Googleあたりがオンラインで全部アプリを提供し始めたりする
でしょうから、そうなると本当にOSなんでどうでも良くなる。


2007年2月21日 水曜日

OSは論争すべきではない 2月20日 がんばれ!!ゲイツ君

HotMailと聞くと、私などは真っ先にスパムメールを思い浮かべてしまうのですが(実際、HotMailアカウントからのメールをゴミ箱に直行させている人も多いと思いますが)、MSはこの無料メールサービスの名称を、Windows Live Hotmailというものに変更するようです。
ま、別に名称が変わったても中身がクソならどうしようも無いのですが(実際、上記ページへのトラックパットをされている方の記事によるとクソのようなのですが)、しかし例のLive!シリーズの一環であるとは言えWebメールにLive!を付けてさらに長ったらしい名前にして何をやるのかと思ったら、どうもAjaxを面白がって使っているだけのようですね(:-P。
今回は旧HotMailとは完全に変わって一から作り直しているようなのですが、一から作り直した理由がメールの中身を検閲してMSの悪口が書いてあったらフィルタリングをするなんて機能を付けるためかもしれませんから注意が必要です(^^;、そうなると「あなたの何月何日に出したメールには不適切な内容が含まれていましたので、アクティベーションを停止します、なんてことも普通にできますし、全く便利な世の中になったものですね(:-P。
なお、同じLiveの名称が付いているFirewall製品のLive OneCareは、アップデートすると動かなくなるのがデフォルトのようですから皆様もご注意いただければと思います。ちなみにこの記事の中にもある遅延書き込みエラーはかなり問題ですね。1000回に一回エラーが発生してハードディスクが破壊されるようなのですが、こういうプログラムをよく書けるものだと逆に感心してしまいました。何かMSの底力を見せつけられたような気分です(^^;

さて、三週間のご無沙汰でしたが皆様いかがお過ごしでしたでしょうか。東京地方では全く雪が降らず、各地のスキー場では営業ができない所も続出してかなり大変な事態になっていますが、一方世間では何かとお寒い状態が続いているようです。テレビのねつ造問題などもありますが、新聞記者が他誌のWebサイトの記事を見て記事を書く、なんて事件も起きていますね。

ま、最近ではインターネットもずいぶんと一般になりましたし、調べものをするにしてもどこかのWebサイトをコピペして貼付けるんてことも簡単に出来てしまうという問題もあるのですが、しかし最近某巨大掲示板で紹介されていたこの記事には腹を抱えて笑いましたよ。
なんでも福岡の市議が揃って豪華海外視察旅行をしたのだけれど、報告書がWikipediaのコピペだったり(誤字までコピペしたのだそうで)、「歴史がよくわかりました」とかいう三行くらいの報告書を出しただけだったり、「ベトナムに行ってみたけど社会主義国だったから参考になりませんでした」とか行く前に分かるだろ!と突っ込みを入れたくなる出張が満載だったとのことです。さらに任期中のこうした海外視察などの費用として100万円が支給されるようなのですが、民主党の議員などは上限ぎりぎりの999,870円まで使ったとのこと(上記ページでは「芸術的」という表現(笑))。私などはこれを聞いて昔あった「がっちり買いまショー!」の番組を思い浮かべてしまいましたが、しかしこういう海外旅行を議員の特権だと思っている馬鹿政治家が多くて困りますね。そういえば自民党もポルノ小説の領収書で経費申請していたり、公明党も目黒で偽造領収書を使って全員辞職とか馬鹿ばっかりですが、それで財政難で増税なんて言っているからから救いようがありませんね。まぁ選挙にタレントをかついで票を集めることを考えるくらいの低脳揃いですから仕方が無いかもしれませんが。
どうでも良いのですが、Wikipediaをコピペするんなら、その視察代の100万円を弁償する代わりにWikipediaに寄付して欲しいものです。最近財政難が噂されていますから丁度良いでしょう。

ところで、Wikipediaのように無報酬のボランティアにて政治家にコピペされるくらい優良な辞書を編集しようという見上げたプロジェクトもあれば、中身がたいして代わり映えしないのに機能アップを大々的に宣伝してバージョンアップ料金をせしめようという見下げたOSもあります。ま、どのOSとは具体的には申しませんが、どうも世間からは完全に見下げられてしまったようで、かのOSはさっぱり売れなくなってしまったようです。
OFFICE2007の方はそこそこ売れているようなのですが、XPの頃に比べるとVistaは最初だけで最近はぱったり売り上げの伸びも止まり、Vista特需を見込んだ市場には失望感も広がっているようですが、ま、メモリも食うしバッテリの持ち時間も短くなって、画面がやたら派手でうるさいだけと来るとよほどの物好きでなければわざわざ買う人もいないと思います。
でも、世間にはこんな中学生でも分かるような常識が残念ながらお分かりにならないお方もいらっしゃるようで、例えばこのMSSKの現社長のお方などは「VistaはXPの2倍売れる!」と発売前豪語していらっしゃったようなのですね。
どうもこう、MSKKの社長さんというのは昔からお目出たいと言うか冷静さに欠ける人が多いような気がしてならないのですが、ここらへんは伝統の強みというやつでしょうか。まぁ、あまり根拠の無い誇大広告ばかり流していると自分を見失ってしまいがちと思いますので、今一度ご自分の会社の製品というのを見つめ直していただきますと幸いです。

ちなみに、壁紙が動くという以外では、Windows AEROなんてのもゲイツ君は自慢げに宣伝をしておりますけれど、これはMacで以前から実現されていたAquaの二番煎じですし(とはいえ、なんでウィンドウを探し当てるのにわざわざ3Dにする必要があるのか不明)、ガジェット、という、デスクトップにアクセサリ類を配置する機能も、MacのTigerから用意されているウィジェットとこれまたほぼ同じです。相変わらず人のものをコピーするゲイツ君の手ぐせの悪さはガキの頃から変わっておりませんが、それにしても、AeroとAqua ガジェットにウィジェットって、別に名前まで物まねをしなくても良さそうだと思うのですけれどね。名前を考えることくらいたいして頭もいらないのでMS社員の皆さんでも別に問題なくできると思ったのですが、機能をコピーするのに精一杯でそこまで頭の余裕が無かったのでしょうか。
ちなみにMSは、VISTAはこんなに凄い、壁紙が動くだけじゃないんだ!ということを強調しようと、「Windows Vistaにびっくり100回」なんてページを作ったようです。
これ情報を頂いたので私も見てみましたが、いやはや、よくもここまで書いたものです。確かにここまで書かれると書いたこと自体には凄いという感想を発せざるを得ませんが、でも肝心の内容をとても見ようと言う気に全くならないのも凄いですね。多分MSも人にまじめに読んでもらおうと思って書いていないようにも思いますが、私も10数個くらいまで読んで内容の無さに呆れて挫折しました。今まで何個まで見た人が最高記録なのかぜひとも知りたい所です(^^;。

ちなみに、そういうこともあったからかmacはかなり売れているようで、最近米国でもシェアが1.5%上昇したとの報道もありました。インテルアーキテクチャになってMac上でWindowsが快適に動作するようになったこともいくらか起因しているのでしょう。

で、やっと今日の本題なのですが、
私がこの連載を始めた当初しばらくは、OS論争なんてものがかなり華やかりし時代でして、Windows VS Macなんて論争がパソコン通信などの世界などを含めて大流行りしていたものでした。なにしろ、美味しんぼにまで出たくらいでしたしね。例のWindows NT WorldのさよならMac特集(笑)なんてのも懐かしく思い出されます。
しかし、これが少なくとも5年くらい前からかなり下火になり、雑誌などでもそのような特集はほとんど見かけませんし、これだけブログなどが大流行している昨今でも、昔のようにMac党とかWindows教なんて話をしているサイトもほとんど見ませんね。
その一番の理由は、「そんなことはどうでもよくなったから」なのですが、どうもこう、あのAppleのCMはそういう時代の流れを全く読んでいないように思うのですよ。
だいたい、世の中にこれだけWindows機が叛乱している中で、あえてMac(Linuxもそうですが)を選ぶのは、車を買うときに外車を買うようなものでそれなりの理由があるわけですね。実際、私もMacを家で使っていますが、これは明確な理由がありますし(iTunesが動作し、操作性がきわめて良く、しかもUNIXコマンドがフルポートされている、となるとこれしか選択肢が無い)、Windowsマシンに切り替えようなんて全く思いませんが、他の人も似たようなものでしょう。でも、この価値観は人それぞれなので、別に他人に強要する必要も全くありません。例えばゲームをばりばりやりたいとか、家で会社の仕事をやるなんていう人にMacを勧めたらあとで詐欺師だと言われるでしょうしね(笑)。いくらMacでMS-OFFICEが動くと言っても、会社で使っているファイルとレイアウトが完全に再現されるなんてこともありません(まぁWindowsの中でも再現に難があったりしますが(^^;)。それにGYAOが動かないじゃないか!なんてありがちな苦情もも目に浮かびます。

なので、あのAppleの比較CMは完全に時代に逆行しているのですよね。つまり、昔一部にあった、Windowsユーザに反感を買ったMacユーザ、という匂いがあのCMからはどうしてもしてしまうのです。そもそも、Macのウィルスの数が少ないのは別にAppleの手柄でも何でもありませんしね。

Appleも、iPodのようなイメージを重視したCMをMacのCMでも展開した方がよっぽど好感度も上がるはずと思いますが、なんでやらないのかさっぱり分かりません。それか、AppleStoreをもっと店舗展開するとかね。私も先日修理で銀座のAppleStoreに初めて行きましたが、あれは凄いですね。何か高級ブティック屋にでも入った気分になりましたよ(笑)。

ただ前にもちょっと話をしたのですが、これだけネットが広がると、Googleあたりがオンラインで全部アプリを提供し始めたりするでしょうから、そうなると本当にOSなんでどうでも良くなるのですけれどね。たとえば、暗号化されたUSBのデバイスに自分の情報を入れておけば、会社のWindowsだろうが家のMacだろうが、町のNetCafeだろうが海外旅行先のLinux機だろうが、全部同じ環境が再現されて同じように操作ができる、なんて時代はもうやってくるでしょう。

と言ったところで、今日の所は終わりです。ちょっと久々にこういう話をしてみたのですがいかがでしたでしょうか。何やらかなりインフルエンザが流行っているようなので(うちの会社でも倒れている人が多いです)、皆様もお気をつけて頂ければと思います、やはりうがいと手洗いは基本ですね。

ところで、最近ゲイツ君はサンノゼセキュリティニュース誌に登場されて、なにやらソニーと任天堂に対して苦情を言われているようです。任天堂は機能制限が多いし、ソニーは何をやりたいのかさっぱりわからない。それに対してXBox360のなんて順調なこと!なんて趣旨のようで。
ま、ソニーはともかくとして、任天堂ってそんな機能制限があるなんて聞いたことが無いし、見つめ直せ!なんて言っても実際売れているわけだからお前に言われる筋合いは無いというのが正解でしょう。そもそもXBox360も、反MS色がヨーロッパよりよっぽど少ない日本市場で惨敗しているのを棚に上げて「全く問題ない」というのも無いでしょうし(^^;。
ま、パソコンの世界と違って、ゲーム業界についてはこうした言い争いは当分続きそうな雰囲気ではあります。



(私のコメント)
Windows Vistaが発売されましたが、Windowsはバージョンアップされるたびに悪い方向へ向かっています。OSはますます重くなり起動に時間がかかるようになり、ハードにより負担がかかるようになって来ました。私はネットが出来れば他の機能はいらないと思っているのですが、マイクロソフトはより多機能化したOSを作り続けている。

OSやアプリはよりコンパクトになり、電力も食わずに発熱もなくスイッチポンで起動するようなパソコンが欲しい。パソコンをオンすれば自動的にネットにつながりネットサーフィンが出来ればそれで十分なのです。携帯電話が多機能化して日本では携帯でネットを利用するスタイルが普及しています。

携帯電話でネットやワンセグのテレビが見られるのだから、パソコンでも同じ機能にすればいいと思うのですが、マイクロソフトとインテルの陰謀でパソコンは怪物化している。携帯電話を多機能化することでパソコン環境を実現してしまうのなら、携帯電話に大型液晶ディスプレイとキーボードを接続できるようにすれば理想のパソコンが出来上がる。

3月31日からイーモバイルが発売されますが、これを大型化して安くすれば良いと思うのですがウインテル体制では出来ないのだろう。イーモバイルもWindowsの一種なのですが、作ろうと思えばこのように出来るのです。このイーモバイルではパワフルCPUも使っていないし巨大HDDも使っていない。

このように超コンパクトにしなくても、普通のノートパソコンで省電力CPUとノースピンドルマシンにすればバッテリーも長持ちするはずだ。以前にWindowsCEのノートパソコンがありましたが今は無くなってしまった。マイクロソフトの営業戦略でWindowsのコンパクト版は商売にならないとして作らないのだろう。

このようにマイクロソフトにOSの主導権をとられてしまうと、日本の電子産業は思うような製品が作れなくなる。Windowsでなくともネットが出来るようにすれば良いのでリナックスなどがありますが、電子機器メーカーやソフトメーカーはマイクロソフトの目が怖くてなかなかリナックス対応の製品を作ろうとしない。

ブラウザーもマイクロソフトのインターネット・エクスプローラーが標準になってしまって、リナックス対応のブラウザーだと出来ない機能があるから普及が難しい。そろそろリナックスでも良いのではと思うのですが日本の電子機器メーカーは腰が引けてしまっている。ソフトメーカーもWindows対応でないと商売にならないから作らない。

しかし「がんばれ!!ゲイツ君」で書かれているようにGoogleあたりがオンラインで全部アプリを提供し始めたりすれば、ネットのつながるパソコンであるならばどれでもいい事になる。パソコンでなくとも最近ではネットのつながるテレビも出来始めたから、将来はパソコンというものが無くなってすべてが家電化していくだろう。

私のノートパソコンはテレビも見られるし録画も出来るがほとんど使っていない。家電のDVD・HDDレコーダーのほうが使いやすいからだ。現在のノートパソコンはファンやハードディスクの音がやはり気になる。やはりファンのいらないHDDも使わないコンパクトで無騒音なパソコンが欲しい。

このようにしてみるとWindows Vistaのパソコンをわざわざ買い換える理由はまったく無い。新機能にしても買い換えるほどの画期的なものは無い。むしろMac上でWindowsが快適に動くようになって、OSなんてどれでもいいという時代がやってきた。パソコンでもテレビでもゲームマシンでもUSB端子にUSBメモリーを差し込めばたちどころにマイパソコンになる時代がやってくるだろう。

このようにネット環境が整ってくると環境としてのネットよりも使う側の人の問題のほうが重要になってくる。情報はテレビ、新聞、書籍、ネットなどから山のように押し寄せてくる。しかしその情報から正否等を見分ける事は難しく、与えられた情報を鵜呑みにしている人が多い。少なくとも反対意見なども耳を傾けてから正否を判断すべきだ。

Windows Vistaにしてもマスコミの大宣伝だけではなく、識者の批判的な意見も聞いてからマスコミの情報に踊らされないようにすべきだ。ネットなどの情報も信用できるかどうかはバックナンバーなどをよく見て検証してみるべきだろう。「株式日記」は10年間の実績があるが、一貫してマイクロソフトのWindows を批判してきた。より詳しくは「通産省国売り物語」を見てください。




河野洋平は早々に議員を辞職し、自らの誤れる「談話」を
世界に向けて陳謝し、声明を発するべきである。


2007年2月20日 火曜日

河野洋平議員は早々に辞職を! 2月20日 博士の独り言

ようやく政府が声明!

 ようやく政府の声が聞こえてきた。だが、どうせ声を上げるなら、1ヶ月前に「声」を上げてもらいたかった。「決議は法的拘束力は全くない」とはいえ、 かくなる筋違いの「決議」が一旦可決されてしまえば、あの「河野談話」と同じ様に、特定国はいいように利用する。日本人の「常識」では決して測れない、特定国の策動。その点を良識の国民は危惧しているのである。

 “従軍慰安婦”の「虚構」は“事実化”され、世界の共通認識とされる懸念がある。日本の尊厳と名誉を著しく傷付け、日本国民と子孫に対して途方も無い傷を負わせようとするものだ。
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河野洋平は議員を辞職せよ!

 河野洋平に対する“従軍慰安婦”をどのような経緯で認めたのか、と問う産経新聞の取材申込みに対しては、当人は逃げ回っているそうだ。東京マラソンには顔を出すが、自らの都合の悪いことからは逃げ回る。卑怯千万ではないか!

 逃げ回るくらいなら、河野洋平は、早々に議員を辞職すべきだ。国民に対し、万死に値する迷惑をかけておきながら、今も平然と国会議員でいる。良識にとってこれほどの汚辱はない、恥を知るべきである!

 読者はよくご存知の通り、「河野談話」に登場する“従軍慰安婦”は、実際には存在しなかった。事実ではない。この“従軍慰安婦”のフィクションは、戦後40年を経ようかとしている時期(1983年)に、吉田なる人物と朝日新聞の捏造の合作から生まれた虚構が、韓国人の反日活動により瞬く間に「ゼロ」から20万人、30万人という数値に拡大したのである。

 その反日活動が依処(えしょ)としているものは、1993年8月4日の「河野談話」である。これに先立つ、宮澤喜一が訪韓時(1992年 1月17日)になした「調査検証なき謝罪」に韓国政府は狂喜。そして、用意した自称慰安婦たちの“証言”を河野洋平(当時・内閣官房長官)に聞かせ、「強制性を認めればこの問題を収める」ともちかけたのであった。

 韓国の「騙しの罠」である。河野洋平は、自称・慰安婦たちの“証言”の裏付けも取らず、また、厳密な検証も行なわずに、それらの“証言”を「唯一の証拠」として慰安婦の強制性を認め、謝罪したのであった。これが、韓国が「日本政府も従軍慰安婦の存在を認めている」、と誇大宣伝する依処(えしょ)となっているのである。

 この河野談話以降、我も我も、とばかりに元“従軍慰安婦”を自称する者が、雲霞(うんか)の如く湧いて出たのである。だが、膨大な数の申告者が現れたにもかかわらず、多くの有志ブログが指摘している通り、また、小ブログの記事でも紹介した通り、申告者らが“証言”したとされる内容に、当時の年齢や環境、事実との整合性がほとんど見られない。日本国内において、厳密な検証とともに、河野談話の見直しの動きが行なわれるのは、必然且つ当然の経緯である。

 この見直しの動きとともに、河野洋平は早々に議員を辞職し、自らの誤れる「談話」を世界に向けて陳謝し、声明を発するべきである。


歴史カードを永遠に手放さない中国  2006年8月11日 外交と安全保障をクロフネが考えてみた

かつて中国は”道義の優位性”を利用してイギリスやアメリカに対する外交を有利にすすめようとしたことがあったが、江沢民は”道義の優位性”という外交カードを日本に対してだけ、永遠に放棄するつもりはなかったということが今回明らかになった。

 日本がどんなに中国に謝罪し過去を反省して多額の援助をしたとしても、中国は永遠に過去の歴史をほじくり返し、「日本は反省していない、今すぐにでも軍国主義を復活させようとしている」と攻撃し続けることで日本国民の中国への罪悪感が消えないようにして、日本が中国の言いなりになるようにする。

これが80年代後半以降の中国の対日外交戦略の柱だった。

そのことが当時、中国の最高権力者だった江沢民の発言によって明確に裏付けられたわけだ。

 一方、戦後の日本では、左翼系マスコミや”知識人”を中心に「中国が過去の歴史のことで怒りつづけるのは、日本の謝罪と反省が足りないからだ」といったことが盛んに言われてきた。

日本人には「相手が心からの謝罪をしたら、許してやるのが美徳」といった価値観が従来からあったため、左翼のそうした主張がかなりの説得力を持っていたのである。

つまり「中国人だって心からの謝罪を受ければ、日本人と同じように相手を許してあげるはずなのに、いつまでも過去の歴史のことで怒っている。それは『日本人が心からの謝罪をしていないから』という理由以外、考えられない」という論理だ。

こうした論理から、「日本が過去を真剣に反省し、心からの謝罪をすることで、”アジア”との歴史問題をきれいさっぱり清算しましょう」という主張が生まれてくる。

 しかし「日本人がこう考えるから、中国人のような外国人も同じように考えるだろう」と決め付けると間違ってしまう。

また、同じ中国人だからといって、一般大衆と国家主席のような権力者とは考え方や行動様式が同じとは限らない。

「日本人がいつまでも心からの謝罪を拒んでいるから中国が怒り続ける」のだとしたら、「過去に中国を侵略したイギリスやフランス・ロシアなどは、謝罪も反省もせず賠償金も支払っていないのに、どうして日本のように中国から過去の歴史のことで恨みがましいことを言われないのか」という大きな矛盾が発生する。

結論を言えば江沢民がすべてを告白したように、中国は相手によって”歴史カード”を使い分け、必要だと思えば相手がどんなに謝罪し反省して中国に多額の経済援助をしてくれても、永遠に相手を許すことなく「お前は過去の歴史を反省していない、謝罪も済んでいない」と言いつづけるのである。

これには中華思想というracismに基づく日本人に対するhateが大きな影響を与えている。

昨年の反日暴動のときに、中国の市民が日本人や日本資本のお店を狙い撃ちにして襲撃したことに戦慄をおぼえたが、このことからみてもわかるように過去の歴史をネタにした中国の執拗な日本攻撃は、hate crimeの一種と言えるのではないだろうか。

日本列島という閉鎖空間に住んでいて、外の世界の価値観を知らない多くの日本人がこうした事実を知らず、「日本人がこうだから外国人も皆そうだろう」と大きな勘違いをしていただけだ。

(このことは中国と同じ儒教文明圏に属する韓国にも言えることである)

 よって、中国政府や日本国内の左翼勢力の言うとおりに、歴史教科書を書き換えたとしても、首相が靖国神社への参拝を中止したとしても、靖国神社からいわゆるA級戦犯を分祀したとしても、

中国は必要に応じて、いつでも歴史問題を蒸し返して、「謝罪が足りない反省が足りない」と言っては、日本を属国のように従わせようとする。

結局、左翼勢力が言うような「日本が心からの謝罪をすれば”アジア”との歴史問題がきれいさっぱり清算される」といったことは、中国がそのような外交をやり続けるかぎり、永遠に実現しないのである。


(私のコメント)
中国および朝鮮半島は歴史的に見ても地理的に見ても同一国家であり、独立した自治権を持っているに過ぎないようだ。それだからこそ韓国は5000年の歴史を持っていると歴史教育で教えているが、韓国の歴史は1948年からの60年足らずしかないのだ。それ以前はほとんどが中華帝国に従属してきた歴史であり、外交権のない従属国だったのだ。

だから韓国の対日政策と中国の対日政策はほとんど同じであり、歴史問題を持ち出しては外交交渉を有利にしようとする方針はまったく同じだ。クロフネ氏が言うように「動議の優位性」という外交カードを両国とも利用している。だから日本政府がいくら謝罪を繰り返しても、効果のある限り用いられ続ける。

日本の政治家にとっても、山崎拓元幹事長に見られるごとく中国韓国に率先して協力する事で自らの政治的地位を保とうとする国会議員はいつまでも存在し続けるだろう。選挙などでもそのほうが創価学会や統一教会や左翼の協力が得られて有利だからだ。山崎拓氏も創価学会の協力なくしては当選はおぼつかなかった。

最近では日本に歴史問題を持ち出しても効果が無くなってきたので、中国や韓国はアメリカにおいて日本の歴史問題をアピールしようとしている。アメリカの下院議会において従軍慰安婦問題の非難決議が国際関係委員会で討議されていますが、証人の発言も歴史的検証もされることなく一方的に行なわれている。

アメリカの下院議会においても中国や韓国の政治活動家が盛んに工作活動をしていますが、それに対する抗議の声を日本から送りましょう。アメリカにも在留邦人や日系人がいますが、彼らはアメリカ人と問題を起こしたくないから政治的な活動はほとんどないといっていい。

だから日本から直接アメリカの国会議員へ抗議のメールやFAXを送るようにしましょう。メールではスパム対策などで読まれない可能性があるからFAXのある議員にはFAXで抗議声明を送りましょう。それでも効果はあまりないでしょうが日本人が怒り始めた事だけはアメリカの議員に知らせるべきです。




慰安婦決議案について米下院議員にメールやFAXを送ろう!


2007年2月20日 火曜日

アメリカ議会での「慰安婦」非難に対してーーホンダ議員への直訴は 2月11日 古森義久

アメリカ議会下院国際関係委員会が日本のいわゆる「従軍慰安婦」問題に関して、日本政府に謝罪を求めるという趣旨の公聴会を2月15日に開く予定です。
予定される証人はみな反日勢力の代表です。日本の立場を主張する証人も、中立の立場の証人も、いまのところ予定されていません。
そもそもこの問題をなぜアメリカの議会がいま取り上げる権限があるのか。アメリカの政府も裁判所もみな、もう解決ずみとみなす案件なのです。日本側としてはそもそもこの公聴会を主導する民主党のマイク・ホンダ議員が述べるような「セックス奴隷」とか「日本軍が20万人の女性を強制徴用」の事実がないことを主張すべきでしょう。

日本からでもホンダ議員にメッセージを送ることは簡単です。人種や国籍を問わず、弱者の言い分はきちんと聞く方針を標榜するリベラル派の政治家ですから、日本側の見解もきっと真剣に受け止めてくれることでしょう。ただしメッセージは英語でないと効果がありません。
ホンダ議員の連絡情報を以下に書きます。

Rep. Mike Honda
(国民の選良ですから、敬意を表して以下の呼びかけがベターです)
Honorable Mike Honda

email:mike.honda@mail.house.gov

fax:202-225-2699(Washington)
      408-558-8086(California)

なおこの種の第二次大戦にからむ賠償問題は対日講話条約にともなう取り決めにより当事国の政府間ですでに解決済みというのが国際条約上の合意です。


慰安婦決議案に反対してくれそうな米下院議員にメールを ぼやきくっくり

※※※メールを送る際の手順や注意事項※※※

 メールの書き出しは、
  相手が男性だったら
  Dear Mr. Congressman Joe Wilson,
  相手が女性だったら
  Dear Ms. Congressman Sheila Jackson Lee,
 こんな感じでお願いします。

 Prefixは「Mr.」「Mrs.」「Ms.」のいずれかを入れて下さい。
 Address、City は適当に入れて下さい。
 Emailはご自分のアドレスを入れて下さい。

 Subject(題名)が必須の場合はメニューから適当に選んで下さい。
 手入力が必要な際は「COMFORT WOMEN」など適当に。

 文章はできればご自分で考えて下さい。
 英語が苦手な方は翻訳サイトをご利用下さい。
 http://www.excite.co.jp/world/english/
 どうしても独自の文章が書けないという方は、下の方に「腰抜け外務省」さんが作って下さった英文のテンプレを貼っておきますので、参考になさって下さい。

 ●ちなみに何度もこのアドレスが出てきますが、
  http://www.house.gov/writerep/
  これは米下院のHPです。

  もしここから直に目当ての議員のメールフォームを探す場合は、
  トップページhttp://www.house.gov/Welcome.shtmlの一番上の
  「Representatives' Web sites(A-Z by last name)」メニューから
  議員の名前を選びGO。

  例)Ben Chandler議員の場合は
  「Chandler, Ben, Kentucky, 6th」を選びGO。


ホンダ議員向けだった英文及び和訳を、米下院議員全般に向けたものに差し替え
※※※「腰抜け外務省」さん作成の英文見本※※※


Dear Mr. Congressman XXXXX XXXX,(送り先の議員(Mr.=男性の場合)の名前)


(自己紹介などご自由に入れて下さい)


Please forgive us to send you this long e-mail to you suddenly. However, international credibility of Japan and United States of America is questioned by a Resolution going to be brought in to your congress by Representative Michael M. Honda (CA ・15).

Now we, citizens of Japan who share the same universal values were shocked to receive the news that you are going to bring in the “Resolution Calls on Japan to Accept Responsibility for Wartime Comfort Women” to your congress. This is because the accusations against Japanese Government provided in the Resolution are based on “anti-Japanese propaganda” and are absolutely groundless.

The facts “In the 1930s, as Japan expanded to Asia and Pacific islands, and the government forced young women to be sexual slaves, which the world sees as “Comfort Women””, “more than 200,000 women were enslaved” as written in the Resolution do not exist. After 1990s, there were a hot discussion on this subject in Japan, it became a diplomatic issue with South Korea, and the Government had surveyed the past official documents exhaustively, while private scholars advanced their own studies. As a result, the fact that “Japanese Government had kidnapped the comfort women” was not at all confirmed.

Though there were no documents available, “discourse by Yohei Kono, Chief of Cabinet Secretary” was based on the political judgment that there was enforceability “as a result of comprehensive estimation”. Nobuo Ishihara, who was then Deputy Chief of Cabinet Secretary, had admitted that the process to reach that estimation as follows:

There was no evidence of kidnapping. We tried to find someone who could testify who actually kidnapped the comfort women, but we couldn’t anyhow.
Decisive factor was the testimony by 16 former comfort women in Seoul right before we presented the discourse. We admitted the enforceability, though there were no convincing evidence and testimony, in response to the strong requests from South Korea, urging us to admit it at all costs for their honor.

If government liability by Japanese government was the assumption of this discourse, we requested for evidence based on strict investigation on facts. It was admitted with good conscience out of regard for Japan-South Korea relationships. I know there are debates on conclusion that we admitted on kidnapping only by testimonies from the former comfort women. I don’t have excuses as I decided so.

(“Compensation on Secret Treaty Diplomacy”, Yoshiko Sakurai, Bungei Shunju April, 1998) [3, P. 58]

Hearings from the former comfort women was revealed to be nondisclosure and without proof, however, with the results from these investigation,“kidnapping was admitted though there were no convincing evidence and testimonies” “under strong requests from South Korea”.

The part that says “constituted authorities had occasionally been engaged directly in the events where these women were gathered against their will …” in so called “discourse by Chief of Cabinet Secretary, Yohei Kono”, presented by Japanese Government in 1993, were the war crime acts by several soldiers who were away in Indonesia and Java. Without permission from the military headquarter, they forced Dutch female captive to work as a prostitute for one month without her consent. Allies tried 5 soldiers and 4 civilians as war criminals, and they were capitally punished or imprisoned.

Discourse admitted the expression of regret and moral responsibilities toward many women who were compelled to work in the sex trade with Japanese soldiers at the battlefield under imperialism when national self-determination and dignity were not recognized, and had received anguish.

Japanese Government recognized the “regret and will not ever repeat” that Japan had caused suffering toward Korean people under Japanese colonial rule of Korea, and had expressed the “apology and reflection” for people who suffered as comfort women. And there are no changes in this feeling.

While Kim Jong-il terrorists regime in North Korea is actively expanding the political propaganda in the UN which appeals “Japanese Government had kidnapped 200,000 Korean women as sex slaves before war”, in trying to evade their responsibility for kidnapping civilians, the fact that your congress is going to submit the resolution which shares almost the same fact-acknowledgement with political propaganda by North Korea was a big shock, and it, as a result, pleased the terrorists who tried to weaken the bond of US-Japan alliance.

Also we would like to point out the fact that now illegal sex services are provided by many of young Korean ladies in Japan who illegally came into our country by their own will. Unfortunately, we have to tell you that when we Google the key word of “Korea” and “Sex service” in Japanese language, we have 1,410,000 hits in Japanese internet society. South Korean news paper also said in Apr. 2001 that South Korea had 260,000 ladies who were in charge of prostitution services and its market size was 25~26BUS$.

These figures are clearly showing the fact that, in South Korea, they have clear and present human rights issues to be solved now at this moment in their own society. Also we have to doubt the allegation that Japanese government and army enforced Korean ladies to become comfort woman in the middle of the Pacific war when our country was facing crisis as nation state.

For your information, in General HQ of Korean defense forces, still now, they have kind of comfort service premises.

Also when you bring in this resolution to your congress, please examine existence of clear evidence of involvement and enforceability of Japanese government and army, not only verbal evidence from ex-comfort woman. Otherwise we have to consider that your resolution is just groundless. As we stated previously, we never deny the fact that comfort services were provided to soldiers of Japan. But in our understanding, we could not find out any clear evidence of involvement of Japanese government and army on this issue, according to aforesaid joint study made by Japanese and Korean government. Current study and investigation shows that comfort services were provided by private business basis, the same as it is now in Japan and other countries.

In addition, please indicate us your legal basis for imposing Japanese government the obligation of Apologizing, Refuting and Educating on this issue. We are not sure why we have to be obliged to your resolution reach a decision at US congress. Please note that Japan is independent country and under governance of Japanese people.

Lastly, please draw your attention on the fact that in Japan we have heavy involvement of Chinese government, South Korean government and North Korean government on this issue by their own political interest. Please do understand that United States of America, Country of freedom, is now becoming a main battle field of Anti Japanese propaganda for Red China and North Korea, to hide their on going utterly inhuman activities. That means this is very political issue in North East Asia, not simply an issue for human rights. If you believe that US has commitment for international issues in North East Asia, please pay more attention on complexity and sensitiveness of political situation in this region where you have your critical national interest and best allied nation.

Please, to strengthen the ties of US-Japan alliance, and to strengthen the coalition between citizens who believe in world freedom and democracy, please do take procedures to refer to the results of investigation and studies on Japan for example by officially interviewing the Japanese Government and authorities.


Truly yours,


XXXX XXXXX-Tokyo Japan
(自分の名前と地名)


◆※※※「腰抜け外務省」さん作成の英文の和訳※※※

突然このような長文をお送りすることをご容赦ください。しかしながら、いま日本とアメリカ合衆国の国際的な信用がマイク・ホンダ氏によって提出されようとしている決議案により危険に晒されようとしております。

この度、あなた方が「慰安婦問題で日本政府を非難する決議案」を下院議会に提出するという知らせに接し、貴国の同盟国であり、同じ普遍的価値観を信奉する日本政府と国民は強い衝撃を受けています。なぜなら、決議案に示された日本政府への非難は、全く事実無根の「反日宣伝」に基づくものだからです。

決議案にある「日本政府が1930年代から第二次大戦まで、アジアと太平洋諸島を植民地支配した期間、世界が『慰安婦』として知るようになる若い女性を性奴隷とした」「20万人以上が奴隷とされた」という事実は存在しません。90年代以降、この点については日本国内で激しい論争がおき、韓国との間でも外交問題となり、政府も過去の公文書などを網羅的に調査しましたし、民間の学者らの調査研究も進みました。その結果、「日本政府が慰安婦を強制連行した」という事実は全く確認されていません。

資料はなかったが、「総合的に判断した結果」、強制性があったという政治的な判断がいわゆる「河野官房長官談話」の根底にあります。この判断の過程について、当時、内閣官房副長官だった石原信雄氏は、次のように明らかにしている。

 強制連行の証拠は見あたらなかった。
 元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと探したが
 それもどうしてもなかった。
 結局談話発表の直前にソウルで行った元慰安婦十六名の証言が
 決め手になった。
 彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しいという
 韓国側の強い要請に応えて、納得で きる証拠、証言はなかったが
 強制性を認めた。

 もしもこれが日本政府による国家賠償の前提としての話だったら、
 通常の裁判同様、厳密な事実関係の調査に基づいた証拠を求める。
 これは両国関係に配慮して善意で認めたものである。
 元慰安婦の証言だけで強制性を認めるという結論にもっていったこと
 への議論のあることは知っているし批判は覚悟している。
 決断したのだから弁解はしない。

(櫻井よしこ「密約外交の代償」「文塾春秋」平成9年4月)[3,p58]

元慰安婦からの聞き取り調査は、非公開、かつ裏付けもとられていないと明かされているが、そうした調査の結果、「韓国側の強い要請」のもとで「納得できる証拠、証言はなかったが強制性を認めた」ものであります。

1993年に日本政府が発表した、いわゆる「河野官房長官談話」における、「本人たちの意志に反して集められた事例…(に)官憲等が直接これに加担したこともあった」とされている部分は、インドネシア・ジャワ島での出先の数人の軍人らによる戦争犯罪行為です。彼らは軍本部の許可なく、約1カ月オランダ人捕虜女性を同意なく売春婦として働かせ、連合国により軍人5人、民間人4人が戦争犯罪人として裁かれ、死刑、懲役刑などに処されました。

談話は、民族の自決と尊厳を認めない帝国主義時代に多くの女性が戦地での日本軍人を相手とする売春業に従事せざるを得ず、苦痛を受けたことに対して遺憾の意と道義的責任を認めたものです。

日本政府は、日本が朝鮮を植民地支配して朝鮮人に苦しみを与えたことに関して「遺憾であり二度と繰り返さない」と認識し、慰安婦として苦しみを受けた方々への「お詫(わ)びと反省の気持ち」を表明してきました。これにはいささかも変化がありません。

北朝鮮の金正日テロ政権が自分たちの行った民間人拉致の責任から逃れるために、国連などで「戦前日本政府は20万人の朝鮮女性を強制連行して性奴隷とした」という政治宣伝を精力的に展開している中で、貴議会委員会が、北朝鮮の政治宣伝とほぼ同じ事実認識に立つ決議案を提出するという事実は、大きな衝撃であり、日米同盟を弱めようとするテロ勢力を結果として喜ばせるものです。

さらに今現在、違法な売春サービスが自らの意思により、不法にわが国に入国した多くの韓国人女性により日本国内で提供されています。残念ながら私たちが日本語で「韓国」、「風俗」とグーグル上で検索した場合、141万件の検索結果がヒットします。また韓国の新聞も2001年の4月に、韓国には26万人の売春婦がおり、その市場規模は250〜260億ドルと伝えています。

これらの数字は韓国が彼らの社会に、直ちに解決されねばならない人権上の問題が存在していることを示しています。そしてまたこの事実は日本政府と軍隊が、太平洋戦争という国家としての存亡の危機の最中に、強制的に韓国人女性を慰安婦にしたという主張を疑わせるものです。さらには韓国軍の総司令部には現在も一種の慰安サービスを目的とした設備が存在します。

また、議会への提案の際には日本政府と旧日本軍の本件への関与を示す明確な証拠を、元慰安婦の証言だけでなく明示願います。さもなければ私たちはあなた方の決議案は根拠のないものとみなさざるを得ません。私たちは慰安サービスが旧日本軍に提供されていたという事実を否定するものではありません。しかし私たちの理解によれば、日本政府および旧日本軍の本件への明確な関与を示す証拠は存在しないものと理解しています。最近の研究と調査は慰安サービスは、現在もそうであるように、民間のビジネスとして提供されたことを示しています。

さらに、あなた方が日本政府に対し謝罪と、この問題に関する論破、そして教育の義務を課する法的根拠を示してください。私たちは米国議会で議決された決議案になぜ日本政府が従う必要があるのか理解に苦しみます。日本国は独立国家であり、日本国民の主権の下にあることをお忘れにならないでください。

最後に、この問題については日本国内において中国政府、韓国政府、そして北朝鮮政府の大規模な介入が、彼らの政治的な利益に基づいて行われているという事実を認識してください。すなわち、この問題は単に人道上の問題ではなく、北東アジアにおける極めて政治的な課題であります。もしあなた方が国際政治について米国が責任を有するとお考えになるのであれば、あなた方が重要な国益と最高の同盟国を有する北東
アジアの複雑で繊細な政治状況について理解を頂きますようお願いいたします。

どうか、日米同盟の絆(きずな)を強め、世界の自由と民主主義を信奉する国民の連携を強化するため、貴議会におかれましては、日本の政府と専門家から公式に事情聴取をするなど日本における調査、研究の成果を参照する手続きをぜひ取っていただきたいと考えます。





3%の金利差があれば、日本のカネは米国へ向かう。
プラザ合意前後から、日米金利差はつねに3%。


2007年2月19日 月曜日

英中銀総裁、円安批判「理解に苦しむ」 2月15日 日本経済新聞

イングランド銀行(英中銀)のキング総裁は14日の記者会見で、最近の円安傾向にドイツやフランスといった欧州諸国から批判が出ていることについて「日本に国内景気を弱める円高政策を求めるとは理解に苦しむ」と反論した。

 総裁は先週末の7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議に出席。席上、独仏などが「円が安過ぎる」と主張したことに対し、総裁は過去10年、G7は日本に景気浮揚のため低金利を求め続けたと指摘。「日本に景気拡大を望む一方で(低金利の結果である)円安に文句を言うのはおかしい」と強調した。(ロンドン=吉田ありさ)(16:03)


「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 2月17日

日本円は30%も過小評価されている、と英誌『エコノミスト』米国車は不公平極まりない価格競争に曝されているが、日本も米国も認識不足

 老舗『エコノミスト』誌は2月10日号で「日本円が不当に安い」と批判的な記事を掲載した。
 いわく。
「ユーロに対して日本円の為替レートは30%も過小評価されている」。
 このためEU製品は日本へ輸出できる環境にはない。また「米国の自動車は“円安”という有利な武器を背景とする日本車との価格競争で、不公平極まりない状態になった」とも書いた。

 にもかかわらず2月10日からのG7で、円安問題は先送りされてしまった。
 ポールソン米財務長官は就任以来、二回も北京にとんだが、日本にはまだである。彼の目は完全に中国を見ているからだ。
やっと三月に来日する予定で調整に入ったポールソン財務長官だが、米国連邦議会での証言でも「円安は深刻ではない」と立場を鮮明にして、自動車労働組合の圧力に揺れる議会からの批判を抑えている。

 内実はどうなのか。
 米国は財政赤字を補填するために、日本からの資金導入が必要なことは言うまでもないが、日本の外貨準備高9000億ドルのうち、7000億ドルが米国債の保有である。
 理由は極め付きに単純明快。日米の金利差である。

 (米国の政治圧力? それは二の次でしょ)
 
 ちなみに前掲エコノミスト誌の最新データによれば、
 日本の国債10年モノ標準金利  1・73%
 米国の同上           4・74%

 日米金利差は、絵に描いたように3・01%。
要するに3%の金利差があれば、日本のカネは米国へ向かう。プラザ合意前後から、日米金利差はつねに3%。
 これが米国が日本の金を吸い上げる装置である。


 水は高きから低きに流れるように金は金利の高い商品、債券、通貨に流れ込む。
 それに逆らう投資家は殆どいないが、もし存在するとすれば、狂気の持ち主か、逆バリ専門家だろう。あの中国ですら外貨準備のおよそ、4000億ドルが米国債に投資されているように。

最近の日本勢は、18・58%もあるトルコ国債や5・8%の豪州国債、同様なレートのニュージーランド国債へもむかっているものの、少額である。


 ▼国民の大半は物価上昇トレンドを知覚していない

 問題はなにか?
 日本が金利を上げなかったから「円安」が続くのである。日銀の専管事項である金利の決定を、背後から自民党と官僚どもが束になって圧力をかけたからである。かれらは米国の走狗なのか、といえば、そうとばかりもいえない

 つぎに輸出業者が円安に裨益して、これが株価上昇に繋がるという短期的、近視眼的現象に日本の政策決定者が重点を置きすぎた結果である。
 輸出好調の自動車、鉄鋼、製造機械、精密期間などなど。円安によって予想外の経常利益を達成した。

 
 しかし経済も“ゼロ・サム・ゲーム”である以上、円安で被害のでる産業がやまのようにある。
 石油・ガスなど輸入、鉄鉱石、稀少金属など原材料の輸入、日本の生活にかかせない食料品など、これら全ては円安によって為替差損の損害が続出、レストランのメニュウも所謂“百円ショップ”もこれまでの廉価な価格維持は難しく、タクシーは十年以上ぶりに値上げを申請した。

 つまり国民の知覚のない裡に、円安による経済的被害も徐々に忍び寄ってきており、経済の根幹を揺らす事態になりかねない雲行きなのである。

 この文脈では英誌『エコノミスト』の指摘は正しい。


◆文末に、「この文脈では英誌『エコノミスト』の指摘は正しい。」とのご指摘ですが、別の文脈を簡略に紹介してくれませんか。


(宮崎正弘のコメント)
短くても、鋭いご質問ですね。
 ちょっと長いコメントをします。
日本のトータルの国益として考えた場合、円安より円高のほうが、相対的に有利です。
 「強いドル」政策を堅持すると獅子吼しながら、米国が実際にやっているのは「ドル安放置策」。

これはすでに過去三十年にわたっての「ビナイン・ネグレクト政策」であり、もはや米国の製造業が、ドルの操作で競争力を回復できないことを知っているからでしょう。
ピッツバーグの鉄鋼、デトロイトの自動車も、米国は完全に競争力を無くし、あのGMが倒産寸前、航空機はといえば、生産台数において、ボーイングがエアバスを抜き去り、不抜のトップとは言っても、米国の航空会社は青息吐息、ユナイテッドも、ノースウエストも、デルタも“チャプター・イレブン(会社更生法)”の申請を何回も繰り返す。
米国の輸出の花形はコンピュータのソフト、ハリウッド映画。あと、何がありますか?
いまや産業構造はハイテクにあらずブレーンのみ、残りは農業です

議会は、とくに下院は小選挙区制度ですから企業城下町から選ばれ、労働組合の代表が選挙で勝つことになり、当該地域の失業の不満を吸収するために極めて安易に日本批判をくりだす。
その狭い利益の範囲内で、「日本円が不当に安い」とか「中国元は操作されている」とかの批判を口にしますが、ホワイトハウスは、もっと高い国益にたって判断するため、「為替レートを市場に任せる」という口実のもとに放置してきた

 欧米関係で最大の論点が、これです。
 ドルは対ユーロで40%ほどの下落です。エアバスは競争力を失い、フランスは武器輸出で競争力を失い、ドイツの機械も輸出不振。しかし貿易の八割がEU域内ですから、それほど悪影響がでていない
ユーロが強い恩恵でロシアほかからの石油とガスの輸入代金が安くつく。

さて英紙『エコノミスト』が言っているは「キャリー・トレード」への懸念です。
同紙独自の「ビックマック」指標で、40%の差があるユーロ vs 日本円(BIGMAC INDEX とは、各国のハンバーガーの価格を購買力平価で勘案し為替レートの強弱の指標とするモノ)。

その日本円のレートを日本の当局が「調整不能」と密かに嗤いながら、では低金利の日本で円を調達し、海外に投資しているか、といえば、それは2000億ドル前後だろう、と予測しています。
なぜならヘッジファンドが最近日本円を調達していないからだと。(独自の情報源のようで、これは小生には真偽がわかりません)。

日本円が円安にぶれると、輸入でマイナス、輸出でプラスですが、トータルで国際競争力の維持と発展に国益があるとしたらどうなるか。
そう考えた場合、たとえ対ドルレートが、100円を切る円高になろうとも、日本の技術に頼らざるを得ない新興国家は、日本からの機械、製造装置、特殊鋼鈑、ハイブリッド・カーが必要。
一方で輸入は石油、ガス、食料、原材料、稀少金属です。昨年は、これらの値上げによって日本の経常収支は落ち込みました。
 総体比較で勘案しても、円安より円高のほうが、日本の国益に叶う。そういう文脈で、円安は危険である、と小生は思います。
 目先の利益と鞘抜き、キャピタル・ゲインに狂奔する短期眼の市場は、そう判断していないということです



(私のコメント)
世界には陰謀が溢れていますが、日本人は陰謀を信じない人が多い。それだけ善良な人が多いからですが、善良なのはいいのですが陰謀を見抜いてそれに対応して振舞えればそれでいい。しかし陰謀を見抜けずに踊らされてしまう政治家や経済人や学者がじつに多い。

新聞やテレビなどを見てもニュースを報ずるのみであり解説される事はほとんどない。ワイドショーなどでコメンテーターがコメントする事も素人談義であり有害無益なコメントが多い。経済記事においてもどうしてそうなるのかエコノミストや経済学者も分からずトンチンカンな解説をしている。新聞記事も新米の経済記者が書いているから素人同然だ。

「株式日記」では何故そうなるのか陰謀論的な解説をしてきましたが、当たっているかどうかは時間が経てば分かる事が多い。しかし5年や10年の前の学者やエコノミストが書いたことなど誰も読まない。しかし株式日記では10年前のバックナンバーまで読めるようにしているのですが、今読み返しても見当はずれな事は書いていない。

英国の「エコノミスト」誌は権威ある経済雑誌ですが、最近の日本の円安についての記事が書いてあります。確かにユーロやポンドに比べると円は1ユーロ158円とずいぶん安くなりました。2001年には1ユーロ90円だったから75%も値上がりしたことになる。年利にすれば12%以上の利回りだ。

株式日記では早くから外貨はユーロにしておくべきだと書いてきました。2000年にユーロが誕生する以前は日本の円かドイツマルクしかドル安のヘッジが出来ませんでしたが、ユーロの誕生で世界の金持ちは暴落リスクのあるドルからユーロに外貨を移し始めた。


2003年5月29日 株式日記
《 拡大したEUはすでに経済規模でアメリカを上回り、総人口もアメリカより多くなる。だから目減りするドルよりユーロで外貨を持つ事が、ドルの暴落による為替差損を回避するために必要だ。つまりアメリカの日本への経済的脅しは効かなくなる。そして日銀はドルの買い支えはすべきでない。
 》


2003年当時も1ユ−ロ120円だったから30%も値上がりしている。ユーロに引っ張られてオーストラリアドルや韓国ウォンも円に対しても値上がりしている。それなのに円はドル安に引っ張られてドルに連動するように安くなっている。このような動きは金利差だけでは説明できない。

80年代から90年代にかけてペーパーマネー化したドル安リスクに対するヘッジマネーは経済規模第二位の日本の円が一手に引き受けてきました。90年代は経済が不振であるにもかかわらず1ドル80円を切るまで値上がりした。世界の大金持ちからすればドルだけで持つのは不安だから円が買われた。

ところがユーロの誕生でドル安に対するヘッジにユーロが買われるようになり日本の円は買われる事が少なくなった。円では超低金利だから持っていてもメリットは少ないが、ユーロならば2,6%の利回りになり、ユーロ高で合計すれば十数パーセントの利回りになった。だから世界の金持ちはドルや円を売ってユーロに切り替えている。これがドルと円が連動して安くなっている原因だ。

ならば円の金利を上げれば円が高くなるだろうが、日本の経済は不況だから金利を上げれば経済が落ち込んでしまう。輸出企業は円安で潤っているが労働者の年収は落ち込んでいるから景気は良くならない。イングランド銀行のキング総裁もその点を言っているのだ。

問題はアメリカの双子の赤字であり、アメリカの慢性的な貿易赤字は日本や中国などからの資金還流が必要だ。そのためには日米の金利差は3%以上必要だ。だからアメリカが金利を上げれば日銀も金利を上げる事ができるが、金利差が3%以下になるとドルが暴落する可能性がある。

なぜ日本の財務省が景気を回復させまいとするのか不思議だったのですが、アメリカとの密約があるとすれば納得が出来る。アメリカは基軸通貨の特権を生かしてペーパーマネーを刷りまくって世界から物を買っている。貿易赤字が巨額になっても日本からの資金還流があれば平気なのだ。それを保証しているのが日本との3%の秘密協定だ。

アメリカはドル安なのだから金利を上げてドル高にすべきなのですが、そうなると株が暴落してしまう。さらに住宅バブルがあるからむやみに金利は上げられない。だから日銀は金利を大幅には上げられない。FRBのバーナンキ議長もポールソン財務長官も最近の円安について容認しているのも、その辺の事情がある。




日米間の企業買収合戦をリアルに描いたNHKドラマ「ハゲタカ」
バブル崩壊という”経済敗戦”の後、今度は外資が縄を張っている


2007年2月18日 日曜日

NHKテレビドラマ「ハゲタカ」より 彼らは第二の進駐軍なのだろうか?

ドラマ:企業買収劇、リアルに 「ハゲタカ」スタート−−NHK、17日から 2月15日 毎日新聞

 日米間の企業買収合戦をリアルに描いたドラマ「ハゲタカ」が、NHKで17日午後9時から始まる。中村獅童の降板や、柴田恭兵の肺がんなどで放送予定が大きく遅れたが、金と企業を巡って男と男の意地がぶつかる緊張感のあるドラマに仕上がった。【広瀬登】

 真山仁の小説「ハゲタカ」と「バイアウト」が原作のドラマは、90年代後半から始まる。バブル崩壊後、増殖していく不良債権。そこに目を付けた米国・ニューヨークの敏腕ファンドマネジャー、鷲津政彦(大森南朋)が不良債権を買い占め、さらに経営状況の悪化した企業の買収工作を始める。鷲津は日本に乗り込んできた「ハゲタカ外資」の急先ぽうだった。外資の攻勢から国を守ろうと、誇り高き日本の銀行員や企業人、そして現場で働く男たちが続々と立ち上がる。

 ドラマは「ライブドア事件」などを連想させる。真山は「事が思い通りに行かなくなった時、つい『誰かのせい』にしたくなる。不良債権の問題の時も似たような現象が起きた。だが『自分のせい』なのだ。小説の出発点はそこにあった。勇気を持って日本が抱える問題を正視しよう。そんな思いを込めた」と原作者のことばを寄せている。

 買収を防ごうと、鷲津に敢然と立ち向かう日本の銀行マン、芝野健夫を演じるのは柴田。昨年7月末に肺がんの手術が成功し、同年12月から復帰。同じシーンを、多い時は10回も撮り直したというほど思い入れを込めた撮影となった。「病み上がりの僕は、現場で叱咤(しった)激励されながら撮影に臨んだ」と話す。銀行を辞め、企業再生のプロを志す芝野の姿に「僕自身も再生できたのでは」と感慨深げ。大森が「先輩の柴田さんに負けていられないと対峙(たいじ)した」と話せば、柴田は「現場で、大森さんはあいさつもしてくれなかった」と振り返る。2人の火花の散るような熱演には注目だ。

 中村に代わって、急きょ出演が決まった松田龍平は連続ドラマ初出演。老舗旅館の息子から新進IT企業の青年社長へと転身する西野治役をニヒルな空気を漂わせながら演じる。ほかに、買収合戦を取材する経済記者、三島由香を栗山千明、銀行の重鎮役員を中尾彬が演じる。また各回のゲストとして、宇崎竜童や冨士眞奈美、大杉漣、田中泯、菅原文太ら個性豊かな役者陣が出演する。
 全6回。NHKBSハイビジョンでも午後6時から放送予定。

NHKテレビドラマ「ハゲタカ」より テレビレポーター役の栗山千明

ハゲタカファンドは「リストラファンド」になれるか FP親衛隊国家保安本部 日時 2001 年 11 月 21 日

外資が「日本」という餌をついばむ――。不良債権を買い漁るハゲタカファンドは、塩漬けの土地を安く買っては転売して、利益を稼いできた。だがここへきて、ハゲタカファンドが企業再生に乗り出している。不良債権ビジネスの現場で何が起きているのか――。さらに、その外資(リップルウッド)に買収され、今まさに再生過程にある新生銀行が、目指す金融とは何かを追った。
和田芳隆(編集部)

終戦直後、東京の焼け野原で、持ち主が生死不明なのをいいことに、縄を張りめぐらせて自分の土地にした男がいた。男は、その土地を資本に不動産屋として名を成し、区議会議員まで務めた。

それから半世紀――。バブル崩壊という”経済敗戦”の後、今度は外資が、日本の土地に縄を張りめぐらせている。もちろん外資は、正規の手続きを踏んで買っている。対象は、不良債権である。

例えば、この11月1日に看板をおろした熱海温泉の老舗、つるやホテル。経営者が融資を焦げ付かせ、担保となっていたホテルの土地と建物が競売にかけられた。

落札したのは外資系投資会社のニューアライアンスリミテッド。代理人の大木丈史弁護士は「つるやの物件の入手と維持管理、あるいは売却の目的のために設立された企業連合体」とだけ説明する。業界関係者の話では、世界的に有名な投資銀行が、背後に控えているという。

「お宮の松」の正面に建ち、温泉街のメーンストリートの中心に位置するつるやホテルが、今後どうなるのか、まだ明らかではない。

●外資「御三家」 ローンスター、サーベラス、ムーア

バブルの”負の遺産”としての不良債権を外資が買う動きは、1997年から始まった。この年の3月、東京三菱銀行がバルクセール(一括売り)で売却したことが、その嚆矢とされる。買い手は米国の穀物商社カーギルの子会社。簿価は50億円。

むろん、この価格で売買されたと信じる者はいない。バルクセールでは、簿価の5〜10%が売買価格の相場という。入札か、または相対取引。主だった買い手は、東京相和銀行を買い取ったローンスター、破綻した長崎屋のスポンサーのサーベラス、ヘッジファンドの顔も持つムーアキャピタル。この投資会社3社が”御三家”といわれる。

ほかはゴールドマン・サックス、メリルリンチ、モルガン・スタンレーなど。さらに98年の法改正で、債権回収会社(サービサー会社)を設立できるようになったことから、日本企業も市場参入を果たしている。

バルクセールに出される不良債権とは、まず法的整理債権である。銀行が償却を済ませた案件だ。次が破綻懸念先以下の債権である。不動産担保付きもあれば、無担保もある。

不動産担保付きであれば、債務者から任意売却を受けるか、競売にかけて落札(自己競落)する。そのうえで抵当権をクリアにする、不法占有者を立ち退かせるなど、商品価値を高めたうえで転売するのである。当然、簿価よりは遥かに安い。しかしこれでも、買い手には利益が出るのだ。あるサービサー会社の関係者はこう言う。

「簿価30億円の不良債権を、バルクセールで3億円で買う。担保不動産を2億円で売却し、それ以外に3億円を返済してもらう。残債を放棄しても2億円の利益が出る。借金が棒引きされるわけだから、債務者にも事業継続のインセンティブになる」

レアケースだが「証券化」という手法も用いられている。モルガン・スタンレー証券が、これまでに3回手がけた。社債を発行して、不良債権を買い取るSPC(特定目的会社)にノンリコース・ローン(非遡及型融資)で資金を供給、債権を回収して償還していく仕組みだ。

不良債権は、今こうして”最終処理”されているのである。最近は買い手が増えたことから、バルクセールも入札が多くなってきた。価格も簿価の20〜40%まで吊り上がっている。外資系不動産投資会社のケネディ・ウィルソン・ジャパンの本間良輔社長は「大型のバルクセールになると、10社ぐらいの入札で値段も高くなり、ケガをする投資家も出てきた。撤退する企業の話も出ている」と話す。

投資家の常として、大儲けは声高に吹聴しても、損は黙して語らない。だが、そごうの不良債権の買い手は、かなりの損を出したといわれる。

実際、銀行がバルクセールに出してくる不良債権は、簿価より遥かに安いとはいえ、利益が出るようなものは自ずと限られてくる。特に劣悪な不良債権のことを、業界用語で”ポンカス”という。破綻しているが破産していない企業、不動産担保を処分してもなお残った債権などのことだ。だが一括売りなので、たとえポンカスが混じっていたとしても、束で買うしかない。

こうしたところにプレーヤー(買い手)が増えたから、競争が激化、価格上昇を引き起こした。いきおい撤退説が飛び交うことになる。

これに対し、某外資系証券会社の不良債権ビジネス関係者は「買わなくなった会社もあるが、昔ながらの少数のプロは、これからも買っていく」と、撤退説を否定する。それでも、バルクセールで売り物になるような不良債権が少なくなってきているのも確かなようだ。 (後略)

NHKテレビドラマ「ハゲタカ」より 日本を売り飛ばしているのは誰か?


(私のコメント)
昨日の土曜日にNHKで「ハゲタカ」というテレビドラマが放送されましたが、11日に株式日記で紹介した映画の「バブルへGO!!」とバブル崩壊をテーマにしたテレビや映画の作品が続いている。バブル崩壊で多くの人の生活が破壊されましたが、ようやく現実を見つめるだけの心のゆとりが出てきたのだろうか?

しかしテレビドラマでは描けることは限られており、当時の本当の状況は原作本を読まないと掴めないだろう。私自身も「ハゲタカ」に出てくる老舗旅館の経営者と同じ状況にあり、銀行の出方次第ではバルクセールにかけられて外資に債権者が移り、融資の即時返済を迫られて一文無しになったかもしれない。

「株式日記」は1997年から書き始めていますが、日記を読み返してみると当時の状況がよく分かる。毎日毎日絶望的な気分になりながら書いていたのですが、大蔵省の官僚たちも政治家達も銀行経営者たちも右往左往するばかりで、混乱していた状況がよく分かる。


《 1998年2月25日 22日に書いたごとく総会屋=出版社の仕手グループにあの胡散臭いムーディーズまで加わっていよいよ動き始めました。例によってムーディーズが「富士銀行を格下げの方向で検討」と発表と同時に売り浴びせに合い昨日は39円安です。 》

《 1998年3月1日 いったい安田信託、東京三菱、さくら、第一勧銀は何を考えているのだろう。大同コンクリートが銀行の貸し渋りに合い自己破産しました。香港、インドネシアの子会社の業績不振による返済において、単なる「念書」を「債務保証」に切り替えろとか、肩代わり返済を迫られた結果、本体が黒字にも関わらず運転資金や融資引き上げによる黒字倒産です。 》

《 1998年3月11日 外資が日本の金融機関の1兆円の不良債権を1000億円で購入したと述べています。ジャンクボンドを買う感覚で購入したのでしょうが、十分の一で売るとは日本の金融機関も相当資金繰りに困っていたのだろう。十分の一で売るくらいなら債権放棄をしてくれた方が良いのだが。 》



当時は富士銀行ですら倒産は時間の問題とされた状況であり、日本中がパニック状態にあったのですが、マスコミは機能不全でちゃんとした報道をしていなかった。黒字企業ですら運転資金を銀行に引き上げられて倒産させられていた。今から思えば狂気の沙汰なのですが、当時の大蔵省は日本の銀行潰しに奔走していたのだ。

アメリカから不良債権の即時処理を迫られていたからですが、アメリカ政府がなぜこのように日本の内政に口出ししてくるのか、マスコミなどの経済評論家は何も言わない。テレビでは榊原英資が毎週のように出てはジョージ・ソロスとの関係を得意げに述べていた。

昨日のテレビドラマを見る限りでは三葉銀行と外資との攻防しか描かれていませんでしたが、老舗旅館がなぜ潰れたのか? 町工場の社長がなぜ自殺したのか? 当時の絶望的な状況は役者の演技では限界があり、日本政府からも銀行や企業は見捨てられて外資に売りさばかれたのだ。

だから私にとっては「ハゲタカ外資」は悪魔のような存在であり、日本人が経営に行き詰って自殺しようがなんとも思わぬ冷血漢なのだ。日本ばかりでなく当時は東南アジア諸国や韓国などもIMFの管理下に置かれて、つぎつぎと企業や銀行がアメリカの外資に買収されていった。そして多くの人が自殺した。

このような状況をよく知っているのは私のような零細企業の経営者とか経理事務所の人ぐらいだろう。一般のサラリーマンとか公務員とか家庭の主婦にとっては他人事であり、当時の悲惨な状況は当事者にしか分からない。

私自身はもともとは親米派だったが、1997年のアジア金融危機を仕掛けたアメリカを見て反米的になった。ジョージ・ソロスがタイバーツを売り叩き次にインドネシアルピーを売り叩いた。そしてIMFの管理下においてハゲタカ外資がただ同然に買収していった。その脅威が日本に押し寄せてきたのが1998年だ。

「ハゲタカ」というテレビドラマではそのような世界状況は描かれず、外資は医者のように日本を治して債権するといった偽善的な報道がなされていた。新生銀行も進んだ金融テクノロジーを学ぶ為に外資に差し出されたが、実際にやったことは次々と日本企業を潰して瑕疵担保条項で日本政府に不良債権を買い取らせた。日本政府は騙されたのだ。




小泉と連動して「繁華街浄化」により山口組の東京利権を潰して
いる石原都知事のバックには、住吉会系日本青年社がいます。


2007年2月17日 土曜日

山口組 vs 住吉会の仁義なき東京抗争か? 2月16日 フジBLOG

5日に住吉会系小林会の杉浦良一幹部が西麻布の路上で射殺され、住吉会は山口組系の太田会と国粋会に報復攻撃し、一時は山口組と住吉会の仁義なき東京抗争にも発展すると見られていたが、後に双方の最高幹部が和解。ところが、15日に国粋会の工藤和義会長が自宅で死亡しているのが発見される。

 住吉会が報復した太田会は、東京に堂々と事務所を構え、住吉会の裏カジノを荒らすなど、トラブルが耐えなかったが、杉浦幹部の実行犯は国粋会と見られる。「国粋会は関東の組織だが、近年山口組に降り、小林会とは銀座を巡って縄張り争いをしていた。殺された杉浦は常に現場交渉の矢面に立ち、狙われる理由は十分にあった」(捜査関係者)

 杉浦幹部が乗った高級車のセンチュリーは小林忠紘会長の専用車両と言われ、単なる“手打ち”では済まない事態になると思われたが、なぜあっさりと幕引きしたのか?山口組は和解会談で、2004年に浅草で同組員が住吉会系組員に射殺され、報復することもなく和解に応じた経緯を説き伏せたという。既に“血のバランスシート”はとれているというのか?

 そこに国粋会の工藤会長が亡くなった。警視庁は拳銃で自殺したものとみているが、まさか「殺しだ!」といって抗争を煽るわけにもいかないだろう。使用された拳銃は、1丁40〜50万円が相場と言われるロシア製軍用のマカロフで、住吉会が“戦争準備”で雇ったヒットマンにも用意されていた。むろん、山口組も住吉会の構成員全員に1人頭500万円の賞金を懸ける話まで出ていた。

山口組の東京侵攻前夜

 一昨年9月、国粋会は住吉会や稲川会ら関東暴力団の親睦団体「関東二十日会」を脱会し、六代目山口組に傘下入り。工藤会長は山口組の司忍六代目組長と兄弟盃を交わし、山口組最高顧問に迎えられた。このため、山口組は関東で稲川会を抜いて住吉会と極東会についで3番目の組織となった。もはや、「山口組は多摩川を超えず」という不文律も成り立たなくなっている。

 国粋会は「関東一のシマ持ち」と言われ、東京は六本木や銀座、渋谷、原宿など、およそ半分が縄張りで、住吉会は“地代”を支払って借りていた。が、その構図も過去のものとなりつつあり、既に地代を値上げしたり、場合によっては返還をチラつかせるまでになっていた。歌舞伎町商店街の組合がみかじめ料不払い宣言をしたのも影響してるんじゃないか?

 何せ、都内の非合法所得は2005年で5000億円超にも及び、みかじめ料だけでも100億円はある。山口組に近い事情通もこう語る。「“自分たちの縄張りだ”と堂々と出ていって、港区と中央区の物件を扱ったら2000億円とか3000億円の利権なんですよ。細かいゼニじゃあなく、2000億円の戦いなんだよ」



ヤクザと自民党政治の研究part8 2005年08月17日 情報ブローカー日記

一方で、「小泉改革の後ろに誰がいるのか」ということも忘れてはなりません。小泉の選挙対策本部長が稲川会関係者だったこと、小泉の父親が神奈川の松葉会と緊密な関係にあったこと、彼が産廃処理を巡って右翼と協議したことなどを総合して考えると、小泉を支える要素として明らかに関東ヤクザの存在が確認できます。

 また、小泉と連動して「繁華街浄化」(※注11)により山口組の東京利権を潰している石原都知事のバックには、住吉会系日本青年社がいます。

 これらを総合して考えるに、金丸-石井ラインが潰れたバブル期以降、山口組に押され気味だった関東系組織は小泉-石原ラインで息を吹き返していると見るべきでしょう。

 実際、東京進出で関東ヤクザを脅かしていた山口組が揺らいでいる兆候がいくつか確認できます。

 例えば、先日山口組系五菱会が闇金融の元締めだったことが報道されました。これらの犯罪は、従来の資金調達が困難になり、山口組が違った犯罪領域に進出していることを表しています。(※注12)

 さらに、渡邉芳則五代目山口組組長は、昨年改正暴対法により使用者責任を問われることになったことを受け、休養を宣言しました。後を引き継いで今年、司忍氏が六代目組長となりましたが、これは山口組内部で権力移動があったことを示唆しています。

 とはいえ、関東ヤクザも弱体化が進んでいます。山口組を追い払ったとしても、近年東京で台頭著しい中国人・黒人らを排除し、かつての勢力を回復できるかは不透明です。

(中略)

 以上、社会の裏面との関係を軸に戦後の自民党政治について考察してきました。これらを通史としてみると、様々なことが分かってきます。

 「この国の戦後はヤクザと自民党とCIAが作った」という格言があります。結局のところ、この言葉が端的に今の『日本の国の形かたち』を表しているのではないでしょうか。

 なにはともあれ、日本では70年代からバブルにかけて、竹下的な政治手法が確立しました。小泉はその政治手法を破壊して、竹下イズムに染まった日本という国の統治構造を変えようとしていることは間違えないようです。その結果がどう出るのかは歴史の判断に任せるほかないでしょう。

注11…繁華街浄化のターゲットが山口組・中国朝鮮人であることは、重点取り締まり地区が歌舞伎町・池袋であることから伺える。これらの町は山口組・中国朝鮮人が多くの利権を有する一方、渋谷や、五反田では利権の殆どは関東系統のヤクザが有しているために厳格な取り締まりは行われていない。なお、渋谷で関東ヤクザが強いのは渋谷開発を巡って東急と西武がヤクザを使って代理戦争をして以来のことである。

注12…現在のシノギの主流は闇金融から振り込め詐欺に移っている。

なお、渡邉組長は山一抗争を通じて稲川会に借りがあったため、稲川会に融和的だったが、世代交代により変化が予想される。今後の山口組-稲川会の関係を注目すべきである。



(私のコメント)
株式日記ではあまり裏社会のことは書いてきませんでしたが、山口組にとって長年の課題だった東京進出をめぐって、血なまぐさい抗争事件が東京で起きている。まず住吉会の幹部が国粋会のヒットマンに射殺されて抗争が勃発した。国粋会は関東ヤクザだったが山口組の傘下に入って東京進出のきっかけを作っている。

ヤクザの世界では山口組は多摩川を越えないという暗黙の了解があったが、最近の抗争事件を見るとそれがなくなって首都をめぐるヤクザの決戦が行なわれようとしている。表向きは山口組と住吉会の手打ちが行われたという事ですが、国粋会の工藤会長が自殺? したことで山口組が黙っているだろうか?

山口組は日本最大のヤクザ組織ですが関東だけは手が出せないで来た。関東の住吉会や稲川会などは政界との繋がりがあり山口組も東京には手が出せなかった。現在でも小泉前自民党総裁と稲川会や石原東京都知事と住吉会の関係など関東ヤクザは政界との繋がりが深い。

それに対して山口組は日本全国に組織の網を張りヤクザの半数を占めるほどの勢力に拡大している。山口組にとっては東京進出は悲願であり、国粋会を傘下にしたことにより東京進出の足がかりをつかんだ。そして住吉会の幹部がヒットマンに撃ち殺された事は全面抗争のきっかけとなるだろう。

山口組も住吉会も稲川会もヤクザに変わりがなく同じ穴の狢なのですが、関東ヤクザは右翼団体名乗る事が多く政治活動に熱心だ。それに対して山口組は芸能プロダクションなどとの関係が深く吉本の芸人などは個人的にもヤクザと関係がある芸人も多い。

ヤクザの構成員は在日や同和出身者が多いという事ですが、関西系のヤクザの多くがそれらの出身ということになる。同和となると自民党の野中広務元官房長官が有名ですが、彼はヤクザそのものであり森内閣の後を狙っていた。となると小泉純一郎も稲川会系ヤクザだから引っ込んではいられなくなり、アメリカなどの後押しで総裁選挙で勝ことが出来た。

石原都知事も住吉会系のヤクザと関係があるようですが、歌舞伎町や池袋などの中国系マフィアや山口組系のヤクザの縄張りを中心に浄化作戦を行なっている。しかし関東ヤクザも弱体化してそこを山口組が狙っているのですが、警察やCIAを敵に回すわけにも行かず東京決戦は簡単ではない。

山口組も渡邉芳則五代目山口組組長時代は仁義を守って多摩川を越えないようにしていたようですが、司忍氏が六代目組長となって流れが変わってきたようだ。それに対して警察などの行政がどのように出るか注目されますが、石原知事が三選を果たすかにかかっている。

ヤクザの資金源は闇金融などですが、サラ金に対するグレーゾーン金利の廃止はヤクザを締め上げる為のものだろう。だから山口組にとっては東京という金のなる木を欲しがって進出しようというのだろう。東京なら地上げとか不動産売買だけでも利権が千億円単位で利権が転がり込んでくる。となると政治がどうしても絡んでくるから政治に強い関東ヤクザが縄を張る事になる。

国粋会の工藤会長が自殺に追い込まれたのも、山口組と住吉会に挟まれてのものでしょうが、山口組の六代目司組長から住吉の頭を取れと指令があったのだろう。しかしそれに失敗したので責任を取ったのだ。住吉の背後には都知事や前総理などがいるのだから警察が動けば一旦は山口組も手を引かざるを得ない。




アメリカの知的産物を振り返ってみれば、もう文学といい、
芸術といい、学問といい、アメリカ的なるものはなきに等しい。


2007年2月16日 金曜日

アメリカの日本改造計画―マスコミが書けない「日米論」 巻末特別インタビュー 西部邁

常に「アウトサイダー」であるアメリカの空虚

西部
その問題のイントロダクションとして言っておきたいことがあります。つい一〜二年前に、ある大官庁の元東大生が、何年かのヨーロッバ留学から帰ってきて、「ぜひ会って話したいことがある」と言うので聞いてみたら、「西部先生の言っていることはヨーロッバ生活でよくわかった」と。

その理由は、ヨーロッバでは「アメリカ」が話題に出ると、女子高生でさえ肩をすくめてみせるというんです。ヨーロッパ人は外交の場面では、もちろんそんな態度はめったに取らないけど、「ああ、アメリカには困ったもんだ」というのがヨーロッパ人の本音なんですね。

これは、決して僕の反米気分で言うことではなくて、これはアメリカ人もかわいそうなところなんです。僕は日本人といっても北海道人ですからね。北海道なんかいくら頑張ったってダメなんですよ。僕が頑張ろうが、鈴木宗男(衆議院議員)が頑張ろうが(笑)。北海道人っていうのは、もともと内地の食いつめ者が流れて行ったところで、犯罪者もいる、芸人もいる、そういうアウトサイダーたちが移住した場所ですから、言ってみれば北海道は日本の「アメリカ」みたいな場所なんです。

したがって、僕は北海道人として、歴史や文化、もっと言うと人間の良識としての伝統意識や感覚というものがアメリカ人に欠けているのは、アメリカ人が悪いからではなくて、これはもうアメリカの宿命みたいなものです。アメリカというのは、悲しいかな、そういう国なんだと見なさないといけないわけなんです。

その証拠に、アメリカの知的産物を振り返ってみれば、もう文学といい、芸術といい、学問といい、アメリカ的なるものはなきに等しいんです。一九世紀にヨーロッバと隔絶する形でアメリカ的なるものが産声を上げたときに、アメリカのピューリタニカルな精神とか、あるいはアメリカ大陸という巨大な自然の中で、人間が生きるための一種の自然主義とか自然崇拝とか。

ーー森での一人暮らしの記録をまとめたヘンリー・ソローの『ウォールデン森の生活』(邦訳・宝島社、二〇〇六年ほか)のような……。

西部
そうそう。そういうものはアメリカ独自ですけど、いまとなれば歴史の試練に耐えられるようなものではない。そして、ヘミングウェイもフィツツジェラルドも、アメリカ文学の巨匠はアメリカ社会ではアウトサイダーですね。だからこそ、ヘミングウェイはパリに逃れざるをえなかったし、最期は猟銃を口に突っ込んで自殺せざるをえなかった。

フィッツジェラルドもアル中で死なざるをえなかったっていう、そういう社会でしょ? ジャズなんかも黒人、アメリカ内部のマイノリティが持ち込んだものです。ですから、アメリカのマジョリティ、いわゆるワスプの正統派っていうのは、世界を感動させるようなものは、ほとんど何も残してこなかったんです。

「冷戦構造」は左翼同士の内ゲバにすぎない

ーーそれはいったい、なせなんでしょう?

西部
やっぱり歴史の基盤がないからだというのが、その回答になると思うんです。まず、そういうふうにアメリカを見るという常識がなかったんですね。戦後、敗戦処理で吉田茂(元総理)たちが、ます負けっぷりをよくしようと、アングロ・サクソンを見本としていけばうまくいくだろうと考えたのは、いかにも迂闊だったんです。

アングロ・サクソンなんて簡単に言うけれども、やっぱり僕はイギリスのアングロ・サクソンとアメリカのアングロ・サクソンはどこかで通底はしているし、現在で言うと国際政治力学の中でブッシュとブレアは固く手を握っているけど、やっぱり国家の歴史を考えたら、大きく隔たっているものだと思います。.そのことを確認しなきゃいけない。

そのことを、実は吉田茂も、最近でいえば岡崎久彦たちも(笑)理解していないんです。やっぱりヨーロッパとアメリカの隔たりということを、簡単に言うと歴史感覚が豊富か、貧困か、ということの致命的なものを理解していないんだと思うんです。だから、結局のところはアングロ・サクソンと言いながら、アメリカがアングロ・サクソンの中の一種の精神的奇形児であるということがわからないまま、日本人はGHQ方式というものになびいたということなんです。

だから、安倍晋三君が憲法改正とか教育基本法改正とかを調って総理総裁になった、そのこと自体は結構なことだけども、あの連中たちも改正問題の真髄というものを少しも理解していないだろうと僕は思うんです。

もちろん、憲法第九条第二項、例の非武装・非交戦を改正するのは当たり前のことだし、自衡隊を国軍として認めることも当然ですけど、それ以上に大事なのは、やっぱり憲法前文や第一一条、一二条、一三条の人権至上主義、自由主義、個人主義、そういう歴史的前提なきところに、人間の権利、自由、個人の存在というものをアプリオリに想定するアメリカニズム、それがいまの憲法にも教育法にも、色濃くどころか一色で塗りつぶされている。そのことに対する批判精神というものが、あの連中たちにはない。

でも、あの連中たち、つまり、自民党御一党だけど、あの連中たちを批判してもしょうがないわけ。日本国民にもなんにもないんだから(笑)。

さしあたり、GHQ方式の根本思想というのは、もちろんその主流が流れ者のニューディーラーたちの、政府が関与するといういわゆるソフト・ソーシャリズムであったわけですが、多くの人たち、岡崎久彦のような人たちのように、ルーズベルト時代のソフトソーシャリズムなんか昔日のものになったから、いまのアメリカがまともな国だなんて、到底言えるわけがないんですよ。

これ、僕の昔からの持論なんですけど、二〇世紀後半の冷戦体制の本質というのは、歴史破壊の旧ソ連と、歴史不在のアメリカの、要するに左翼同士の内ゲバにすぎなかった。

社会主義が登場する以前、フランス革命(一七八九年)のときに国民公会の左側に座ったやつらを「レフト」と呼んだわけだけど、簡単に言えぱ、個人の自由とか理性、科学とか合理性といったものを崇拝して、それさえあれば歴史なんかは旧体制にすぎないから、これを破壊するのが進歩だと構えた人たちです。それをレフト、左翼と呼ぶわけです。

そういう意味では、アメリカもソ連も実は左翼なんです。たしかにニューディーラーたちのソフトソーシャリストは姿を消したかもしれないが、アメリカの国民精神の根本において、やっぱり歴史不在のところに巨大な社会的実験として構造改革なるものを仕掛けてみせるという、その精神においては、ニューディーラーたちは、たまたま大恐慌の時代的制約下に出てきたわけではなく、アメリカの体質そのものでもあるわけです。

そう考えたら、GHQ体制というのは、単に占領処理の政治技術の問題ではなく、もっと深い、アメリカニズムの体質そのものなんだと思います。ここまで抱きすくめられたら簡単には振りほどけませんけど、せめて先輩たちが振りほどく仕草ぐらいしていれば、われわれの子孫たちも鍛えられるだろうくらいに僕は構えたいと思っているんだけど。(P300〜P303)


現代のネオコンは、世界革命を狙うトロッキストと同根である!

ーー誰が書いていたか忘れたんですが、アメリカは第一次世界大戦では帝政ドイツの皇帝独裁主義と戦って勝ち、第二次世界大戦ではナチス・ドイツや軍国日本のファシスムと戦って勝ち、東西冷戦ではソ連の共産主義と戦って勝ち、いまはイスラムのテロリズムと戦っているんだと。つまるところ、アメリカが敵対するイデオロギーを倒すためには戦争=暴力しかないという認識が、やっぱリアメリカ自身にもあるんですね。だから、ネオコンやブッシュは、突然変異でもなんでもなくて、たまたまアメリカ史の回り舞台の上でそういう役回リを演じているだけなんですね。

西部
そうなんです、しかも、おもしろいことに、アメリカのネオコンの創始者アーヴィング・クリストルは紛れもなく第四インターナショナルの共産主義者、トロツキストだったんですよ。僕は四五年か四六年くらい前に共産党と喧嘩していたころ、アーヴィング・クリストルの文献がタイプ印刷で東京にも流れてきたんだよ。

ソ連の第三インターナショナルはスターリンで、それに逆らったレフ・トロツキーの第四インターナショナルがあって、その首領の一人がアーヴィング・クリストルです。結局、いまのネオコンの世界観、人間観は、やっぱり左翼過激派のトロキツストのそれと同じなんだよ。しかも、トロツキーは世界革命、それも永続革命を唱えたわけです。いま、ブッシュが言っている全世界のアメリカ的民主化は。

ーーまさに革命思想ですね。本来、日本の保守であれば、それに対して強烈な拒否反応、自らの固有の価値観が否定されるのですから、本能的な反発を感じるのが保守なら当然だと思うのです。しかし、日本の「保守」がブッシュのイラク改造を臆面もな<支持している。これは実に不可解です。どうして「イラクの伝統、固有の価値観を専重してやれ」という声が日本の保守から出てこないのか?

西部
だから、アメリカが左翼国家だということは、そういう形で日本人の脳をおかしくしているんだよ。アメリカが日本に迫ってきた構造改革という言葉からくるビジョンだって、実は左翼的なものなんです。なぜかというと、おおよそ歴史感覚のある国々において構造というと、それは歴史の構造のことなんです。

だから日本語の構造、たとえば神道イズムの精神構造とか、そんなものは改革できるどころか、その構造の中にわれわれは存在していて、それをどう応用するかというときに「構造」という言葉を使うわけです。それを改革できるものだと思っているわけですよ。

まともな歴史感覚を持った国民だったら、言葉もきちんと使い分けるべきです。英語で言うとストラクチャーではなくシステム、制度改革という言葉なら、僕はありうると思う。そういう言語感覚の狂いは、いすれ巨大なイデオロギー上の狂気となって立ち現れるんだと思う。

たとえば、自由主義という言葉だってそうなんです。一九五〇年代の半ばにロンドン大学のハイエクが、自由主義者だという触れ込みでシカゴ大学に招かれたんです。それでシカゴに来てみたら、ミルトン・フリードマンをはじめとする市場原理主義的な自由主義者たちが待ち構えていたのにハイエクがびっくり仰天して論文を書いているんです。

自由主義という言葉自体が、アメリカとヨーロツパではほとんど正反対なんです。アメリカでは「自由は素晴らしい」ということになるでしょ? ところがヨーロッバの言語感覚からいうとリバタリアン、自由主義者というのは放埓、無軌道な不逞の輩どものことなんです。

同じことがコンサバティブ、保守主義という言葉にもあって、アメリカのコンサバティブというのは個人主義を守ることで、ヨーロッパのコンサバティブというのは、個人は共同体の中でしか存在しえないんだから、共同体の歴史感覚をコンサーブせよというものなんです。ほとんど一八○度狂っているんです。それを日本人が、アメリカの毒水を飲んだわけです。

だから言っておくけど、日本の自称「保守派」ね、これはもう、ほとんどすぺて、やっぱりヨーロッパとか日本の本来の保守から言えば、むしろ非常に倒錯した、保守主義者にあらざる者たちが保守を名乗っているんです。

彼らの言う保守というのは、しょせん現状維持です。現状維持は、それ自体は社会が健全なら大事なんです。現状がまともなら維持したほうがいいんですが、残念ながら、いまの日本のす現状とは、アメリカに擦り寄って守ってもらえば安全でやっていけるだろうという類の「現状」でしょう。

僕だって、安全と生存、これ、自分にとって大事な価値だけど、同時に自尊、自立も大事なわけでしょう。 (P308〜P310)



(私のコメント)
このシーズンになると音楽のグラミー賞とか映画のアカデミー賞などが話題になりますが、最近のアメリカ音楽とか映画といっても浮かんでくるものがない。今年はやったヒット曲も知らないし歌手も浮かんでこない。FMなどではビヨンセがどうのこうの言っても何の事か分からない。映画にしても今年見たアメリカ映画は「硫黄島からの手紙」ぐらいだ。

西部邁氏が言うようにアメリカという国はヨーロッパから追放されたり食詰めて行った人たちが作った国だからアウトロー的な国家でしかない。歴史も伝統も無い野蛮な国であり、だから日本に対しても構造改革しろなどと平気で言って来る。彼らの本音としては日本をアメリカみたいな国に改造したいという事らしい。

しかしそんな事は、私のような伝統的保守主義で民族主義的な者にとっては許しがたい事であり、ヨーロッパの保守主義と共通するものがある。「構造」を改革しろということは我々の言葉や宗教までも変えろという意味も含まれているようですが、とんでもない事だ。

小泉内閣では皇室典範を改正して2600年続いた天皇制まで変えようとしたが、さすがに国民の反対運動にあって断念したようだ。このように歴史のある国ならば歴史と伝統を守ろうという保守思想があって当然なのですが、アメリカのようにたった230年の歴史しかない国では保守思想が成り立ち得ない。

アメリカ文化として我々が思い浮かべるものはジャズとかロックなどですが黒人のマイノリティーの文化であり、ヨーロッパ人が感心するようなWASPの文化はないようだ。あったとしても本場の人から見れば二流のものであり、アメリカ人はヨーロッパに対して知的文化に対しては頭が上がらない。アメリカを文化国家としてみているのは何も知らない日本人ぐらいだ。

アメリカという国は白人国家としてはヨーロッパの国に歴史と伝統でかなうわけも無く、本場のヨーロッパのまねをしているだけだ。日本人から見れば感心してしまうような事でも真似事なのだ。アメリカといえども白人社会のアウトサイダーであり、人種的にはアングロサクソンでも歴史も伝統もないという意味では隔たってしまっている。

だから自由と民主主義や人権や個人主義といった歴史的な思想的な背景をアメリカ人たちは知らない。だから共産主義といったまがい物の左翼思想にアメリカやロシアといった田舎国家の国民は飛びついてしまい、構造改革のような革命思想を実践してしまった。歴史や伝統がないが為の保守思想がなかったためだ。

そもそも「構造改革」という言葉自身が共産主義用語なのですが、小泉総理は選挙演説で「構造改革なくして景気回復なし」と演説しているのだから、まさに日本に共産主義革命でも起こそうとしているのではないかと日本の保守派は抗議すべきなのですが、日本の親米ポチ保守派は思想的な奇形児なのだ。

「株式日記」ではソ連とアメリカは兄弟国家であると早くから見抜いていた。ソ連が崩壊したという事は兄弟国家であるアメリカも崩壊する事は歴史的な必然だろう。ネオコンにしてもトロツキズムの流れをくむ思想であり、イラクを戦後日本のように民主主義国家として「構造改革」しようとすることはまさにトロツキズムなのだ。

だからネオコンをトロツキストだと株式日記では書いてきた。英語で言うところのストラクチャーとシステムの違いも分からずに「構造改革」を安倍総理も続けている。歴史と伝統を守れというと小泉総理などは「抵抗勢力」と名づけたが、まさにやり方は左翼的なやり方だ。制度改革と構造改革の意味の違いも分からずに制度と構造の意味をごちゃ混ぜにしている。

このような用語の使い方の乱れは自由主義なるものでもヨーロッパとアメリカでは意味が正反対であり、アメリカでは開放的な意味ですが、ヨーロッパで自由主義とはアウトロー(無法者)的な意味を持つ。だから竹中流の新自由主義経済はヨーロッパではアウトロー(無法者)経済なのだ。

コンサバティブという意味もアメリカでは個人主義的な意味ですが、ヨーロッパでは共同体の歴史と伝統をコンサーブするという意味であり、保守派でも中身が異なる。日本の政治思想の混乱はアメリカの政治思想の混乱が持ち込まれたものであり、アメリカは歴史がないからこのような意味の混乱が起きるのだ。

「株式日記」としては日本という共同体の歴史と伝統をコンサーブせよという意味での保守派である。いわゆる親米保守派というのはありえない思想概念であり本物ではない。岡崎久彦氏なども保守派とされているが単なるアメリカ主義者であり保守派とは何の関係もない。だから靖国神社の遊就館の歴史観を書き換えさせるのも保守派ならありえないことだ。




在日新聞社、在日テレビ局はなぜ意図的な捏造報道を繰り
返すのか? 従軍慰安婦問題誤報確定後も執拗に報道。


2007年2月15日 木曜日

TBSの報道番組の花形キャスターの正体
YouTube)それでもTBSを観ますか?Here There and Everywhere


柳沢厚労相の発言を不適切に編集=TBS「サンデー・ジャポン」 2月14日 時事通信

TBSは14日、今月11日放送の情報バラエティー番組「サンデー・ジャポン」で、衆院予算委員会での柳沢伯夫厚生労働相の発言を不適切に編集していたと発表した。
 番組では、同相の発言が野党の追及を受けた7日の質疑の模様を放送。結婚して子どもを2人以上持つことを「健全」とした厚労相の発言に関する民主党の小宮山洋子議員の質問の後に、女性を「産む機械」に例えた発言について厚労相が謝罪した答弁をつないで放送した。その結果、同相は「健全」発言については撤回しなかったのに、謝罪したかのような放送になった。


マスメディアの内容の真偽について 2月10日 霞が関公務員のLateral Thinking

官僚をやっていると何度となく出くわす仕事だが、自分達が所管している施策について事実誤認のある報道(しかも影響が大きいもの)が世に出た場合には、事実関係についてメモを作成して、周囲への周知を図る。加えて、電話等で外部から問い合わせなどがあった場合に備えて、どこの係の者でも一応の事は答えられるように想定問答を作成する。

 要するにマスメディアの流す情報というものは往々にして間違っているということだ。しかも、大ポカをやらかして間違えてしまったというのではなく、故意にということが多い。「こんなことも知らずに勉強不足ですよ、マスコミさん」という批判の文章を見かけることも少なくないが、勉強不足から間違えているのではないこともかなり多いのである(まぁ批判している方も分かっていて馬鹿にしていることが多いのも承知)。

 先日などは、とあるテレビ局の記者(かなり偉い立場の方)から取材を受け、とある法律の内容について説明を求められ、これについて色々と手間をかけて内容を教えたにもかかわらず、誤った内容をテレビで喋られた。取材中のやりとりでは、「こういう理解ではまちがっていますか?」と聞いてきたので、「少し違います。こうです」と正しい理解を示し、「法律の内容ですし、これから関係者にも周知を図っていく必要があるのでここで誤った情報が流れると誤解を招いて困ります」と伝えたにもかかわらずである。相手は「まぁ完全に間違いでなければいいですよね」とか、「それではニュースとして面白くないので、何とかこの内容で」とか粘ってくるのだが、結局は無視して押し切られた形である。

 事実に反することを流して番組が中止に追い込まれた例について、非常に話題になったばかりなので皆さん記憶に新しいことと思うが、それと何も違わないのだ。政府機関にわざわざ取材をして、事実を確認しておきながら、面白いニュースになるからと誤った情報を流すのは「捏造」である。残念なことに非常にこうした手合いが多い。ニュースとして面白くなく、流す価値がなければ流さなければ良いのである。間違った情報を流されるよりはよっぽどマシだ。

 役人の言うことなど、とりあえずの確認として聞いておけば良い。世の中に流してしまえばこっちのものだ。こんな考えなのかもしれないが、しっかり責任をとってもらわねば困る。政府に対する批判だとか、考えや立場の違いの表明なら全く問題ないが、紛れもない事実を捻じ曲げるのは問題のきわみである。

 ニュースの価値というものは、水とダイヤモンドの関係に似ているという。水かダイヤモンドか、人にとって欠かせない重要なものは?と問えば答えは明らかだが、貴重かつ需要があるのはどちらか?と問えば、これも明らかだ。本当に必要なものであっても、それがありふれたものであればニュースとして出てこない。それがためにメディアリテラシー、マスメディアの流す情報の真偽、質を判断できる能力が求められている。

 ちなみに、上で批判したテレビ局は「面白さ」などよりも、「正確さ」にプライオリティーを置くべきとされており、それがために視聴率などを無理矢理稼がなくても済むようなシステムをとっている局である。当然、その方には二度と情報を提供することは無いし、伝えておいた方が良いと思われる既知の方々には「こういう方がいて、これでは信用を失いますよね」と伝える措置をとる。


従軍慰安婦強制連行捏造報道
慰安婦問題の経緯
  1. 昭和58年、吉田清治が、著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で,昭和 18年に軍の命令で「挺身隊」として、韓国斉州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体 験」を発表。朝日新聞は、これを平成3年から翌年にかけ、4回にわたり、報道。
  2. 同3年8月11日付け朝日新聞は、社会面トップで「思い出すと今も涙」「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され,日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が」名乗り出たと報じた。
  3. 同4年1月11日、朝日新聞は、一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。この直後の16日から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束。
  4. 同5年8月4日、河野官房長官談話、政府調査の結果、「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
     石原副長官がすかさず軍・官の強制連行の証拠は発見出来なかった
    (今に至るも発見されていない)と発表したが時既に遅し。

 この河野談話によって日本政府は、慰安婦が軍によって強制徴集されたことを公式に認めてしまったことになる。これを契機として、中学高校のほとんどの歴史教科書に、「従軍慰安婦」が記述されることになった。  この記事に疑問をもった済州新聞の許栄善記者と秦郁彦日大教授の調査により原著書は全くの作り話であることが判明。

 自ら名乗り出た慰安婦について:この女性、金学順さんは、「女子挺身隊」として連行などされていない事を、8月14日の記者会見で自ら語り生活苦から14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」ことも判明。当時、内地でもよくあった気の毒な「身売り」の話なのである。国家による組織的な強制連行とは関係ない。
 そもそも「女子挺身隊」とは、昭和18年9月に閣議決定されたもので、金学順さんが17歳であった昭和14年には存在していない制度である。さらに「女子挺身隊」とは、販売店員、改札係、車掌、理髪師など、17職種の男子就業を禁止し、25歳未満の女子を動員したものであり、慰安婦とは何の関係もない。

 軍の関与について:発見された文書とは昭和13年に陸軍省通達、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」であり、その趣旨は民間の悪徳業者による誘拐まがいの行為即ち「強制連行」を、軍が警察と協カしてやめさせようとした事なのである。

 これを原文書から都合のいい文言をツマミ食いし「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」とした将にヒッカケ記事だった。狙い済ましたように、宮沢首相訪韓のわずか5日前に発表されたことから、絶大な効果を発揮した。ソウル市内では抗・糾弾のデモ、集会が相次ぎ、日の丸が焼かれる中で宮沢首相は事実を確認する余裕もなく、8回も盧泰愚大統領に謝罪。(後略)


<加藤駐米大使>米下院の従軍慰安婦決議案を批判 2月14日 毎日新聞

加藤良三駐米大使は13日の記者会見で、第二次大戦中の従軍慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議案が米下院で審議されることについて、「(謝罪など)日本政府がすでに行ったことを蒸し返して注文をつけ、その結果、日米関係が本来なくてもいい悪影響を受けるのはよくない」と述べ、決議案を批判した。



(私のコメント)
従軍慰安婦問題は在日新聞社の捏造である事がはっきりしても、河野談話や宮沢謝罪がたたって未だに一人歩きしている。アメリカでは下院で日本政府に謝罪を求める下院決議まで審議されようとしている。韓国人などの執拗な謝罪要求は外交の主導権を求める為のテクニックであり、事実がどうであろうと日本政府は謝罪をいったん受け入れれば要求はエスカレートして行く。

河野自民党元総裁や宮沢自民党元総裁の事実を確かめないままの安易な謝罪は日韓外交のためにもならないし、閣議などで河野談話などの取り消し決議などではっきりとした訂正をすべきなのだ。現在の安倍総裁も河野談話を継承しているが、そろそろ日にちも経ったのだから訂正すべきものは訂正してゆくべきだ。

安倍内閣はもしかしたら短命かもしれないので、村山談話や河野談話などは日本外交にとってはマイナスなので閣議で取り消しておかないと、このままずるずると行ってしまって安倍内閣は終わってしまうかもしれない。村山談話は村山内閣によってごり押しして決議されたもので多くの議員は欠席したまま決議された。

アメリカにおいても下院でホンダと言う日系の下院議員が音頭をとっているようですが、捏造だとはっきりしているにもかかわらず決議に持ち込もうとしている。日本大使館も抗議しているようなのですが、証拠も無い出来事に対して謝罪を求める決議は下院の権威を傷つける事にしかならない。

TBSがまたしても捏造報道を繰り返しましたが、柳沢厚生大臣の国会での発言を編集して二度目の発言問題を謝罪したかのような編集が行なわれたようだ。TBSは在日の社員や洗脳カルト教団の社員が大勢居り、下請けのプロダクションの在日やカルト教団の人たちが作っているから問題はなかなか無くならない。

テレビ局の記者達にとってはニュースは取材するものではなく捏造するものであり、霞ヶ関の官庁で担当者が記者に説明しても、記者は都合のいいように理解して記事を書いてしまう。これでは報道機関とは言えずテレビはプロパガンダの道具でしかない。

朝日新聞などもセンセーショナルな記事を書こうと言うあまりに従軍慰安婦を十分な裏付けも取らずにトップ記事にしてしまった。後で学者が調べて証言者の証言は捏造であった事がわかったが、日本の政治家が軽率にも事実を調べもしないで謝罪してしまった。

中国人や韓国人にとっては歴史は政権が代わるたびに作り変えられるものであり、権力者にとって都合のいい事を捏造して歴史として残していくのだ。従軍慰安婦問題も南京の大虐殺も捏造されたものであり、日本の政治家の謝罪を勝ち取れば事実のいかんに関わらず事実として後世に歴史として残されるのだ。

宮沢氏や河野氏はこの事を知らずに日本式に謝罪する事で丸く収めようとしたのだろう。さらには歴代の総理が靖国神社参拝をしないことでこれらの捏造事件をを追認するような結果をもたらしている。さいわい小泉内閣から靖国参拝が復活しましたが、安倍総理は靖国神社参拝をするのだろうか?

朝日新聞にしてもTBSにしても捏造報道を繰り返す事で読者や視聴者の信用を失ってしまっている。昔と違ってネットの監視が効いているから捏造報道すればたちまちネットの集中砲火を浴びる事になり、左翼メディアは信用を失ってしまった。左翼が言ってきたことはみんな嘘だったのだ。

TBSでは今でも筑紫哲也(朴三寿)がニュ−スキャスターを務めている。彼の言論がりっぱならそれでかまわないが、ネットで調べるとやはり偏向したコメントが多いようだ。最近ではユーチューブなどで繰り返し見られるから誤魔化しが効かない。だからテレビはユーチューブを敵視するのだ。冒頭のHere There and Everywhereのユーチューブの動画や記事を見ればTBSがいかに在日に毒されているかがわかる。



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